● ――ねえ。 しあわせなのは、わるいことかしら。 たのしいことは、わるいことかしら。 くるしいまま、つらいまま、 しんでしまうことより、わるいことかしら。 だれかのこころのかなしさを、 だれかのこころのくるしさを、 よろこびにかえてあげるのは、わるいことかしら。 ねえ、 ねえ、 ねえ、 ● 「フィクサードの討伐をお願いしたい」 唐突に言い切った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉は、平時通りに変わらない。 善も、悪も、灰暖かさも、凄絶も、未来視を越えて覗いた少女の意志は不動の巌の如くである。 それを幾度となく経験したリベリスタも手慣れたもので――ブリーフィングルームの適当な椅子に着きながら、彼らはイヴに問うた。 「対象は?」 「三尋木に属するフィクサードの少女。彼女は『蠍座の聖杯』と呼ばれるアーティファクトを介して『あらゆる事象を幸福に思える』と言う特殊な麻薬を精製、裏社会を混乱させ始めてる」 「……」 麻薬。 問うまでもない。使用した者に紛い物の幸福と確実な不幸をもたらす狂気の産物だ。 耳にするだけでも渋い表情を浮かべたリベリスタ達は、声を返すことはなく、目線のみで続きを促した。 「『蠍座の聖杯』がもたらす効果は合計で二つ。 一つは水を麻薬へと転じる能力、一つは状態異常の付加確率を向上させる能力。これは周辺の一般人が死亡した場合、更に精度を上げるように成っている」 「負荷をどれだけ減らせるかが鍵、か?」 「それだけじゃない」 言ったイヴは、ふるふると頭を振った。 「彼女の周囲には何人かの部下……と言うより、彼女に勝手に付いてきている、かな……が居て、その編成も厄介な構成。 それに……戦場となる舞台には十数人の一般人も居て、皆が皆、戦力となるフィクサード達を庇い続けている」 「……は?」 呆気にとられたリベリスタ達。 麻薬の効果か何かか、と問いを投げかけてみるも、イヴはそれにすら否定の答えを返す。 そして、次いで、為した言葉に秘められていたのは―― 「一般人の彼らは正気。だからこそ、性質が悪い。 彼らの存在は、『フィクサード』である少女を、ある側面にして『リベリスタ』たらしめているから……」 巌に覗く、微かな悲しみの色、だった。 ● 「……」 とぷん、と小さな音がする。 『聖杯』に満たした水に手を入れて、小さな呪文を紡ぐと同時。燐光と共に水は麻薬へと変質する。 繰り返した行程は、恐らく千は超えていよう。それの成果物の行き先は、彼女個人が向けるものか、彼女の組織が向けるかという違いは有れど。 「……ねえ」 薄い藍色の目をした少女だった。 澄み渡る空のような水色ではなく、 静穏な海の底のような青でもなく。 人の身の悲しさを湛えたような、色彩。 「……幸せなのは、悪い事かしら」 今は麻薬と変じたものから手を抜いて、少女は呟く。 堕落の根源、悪徳の一つ。彼女はそれを幾多もの人に手向け、絶望した者を、悲嘆した者を『救って』きた。 「楽しいことは、悪い事かしら」 セカイを諦めた人がいた。自分を諦めた人がいた。 皆が皆、その命を絶つ寸前にまで追い込まれ、それを救おうと与えた堕落の元は、けれど、確かに彼らのセカイを幸福にしてくれた。 ――してくれた、はずなのに。 「苦しいまま、辛いまま、死んでしまうより、悪い事かしら」 幸福の果てに死んだ彼らを、その友人達は、家族達は、皆が皆、嘆いていた。 麻薬なんかに手を出して。悪い子達に付き合うから。嗚呼もっと私たちがしっかりしていれば―― 多くの人々が見捨てた彼らに、少女は『救いの手』を差し伸べて、けれどそうして潰えた彼らを、今更になって囲う彼らの言葉は、今も、彼女を苛むのだ。 それが、カタチばかりの哀悼でも。 「誰かの心の悲しさを、誰かの心の苦しさを」 薬に濡れた手を覗く。 或いは、これを私も口にすれば、その煩悶すら無くなるのだろうかと。そう思う。 ……けれど、嗚呼、否や。 「喜びに変えてあげるのは、悪い事かしら」 それさえも出来ないから、私は、こんな『救い』しか作れないのだ。 ひとしずくの涙。ぽたり、杯に落ちたそれすらも、『聖杯』は堕落へと変じてしまう。 「……そのような事は有りません、――――様」 けれど。それを、想う人々もいた。 周囲には幾人かの影。近づきつつあるそれらは、大人も、子供も、男も、女も、共通点など無く。 ただ、その顔に、少女を想う笑顔が有るという、それだけ。 「息子は……幸せだったと思います。例え薬に溺れた人生でも、最後の最後に、自分の居たセカイを、愛することが出来たのですから」 「僕も、そう思う。お姉ちゃん、とっても嬉しそうな顔してたよ。いっつも怖い顔して、泣いてたのに、――――様に会ってから、ずっと笑ってた」 母親のような初老の女が肩に手を置き、幼い少年がじっと少女を見上げている。 「――――様、確かに、貴方を苛む多くの方は『常識』を強く持つが故に、貴方が『救った』者達を不幸と嘆きます」 年老いた男性が、車椅子をひきながら柔和な声で言う。 「けれど、覚えておいてください。その『常識』を超えて尚、大切な者を想う儂らにとって、貴方の存在は救いであった」 ――――様、――――様、 自らの名を尊び呼ぶ彼らに、少女はより一層の涙を流す。 其処に潜む感情が、悲痛などでは無いことなど、多くの者が疾うに解っていた。 例え、過ちでも、誤りでも、間違いでも、 誰よりも優しく、誰よりもあたたかな、『救いの主』は、彼らに笑顔を向けてくれた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月16日(土)22:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 幸福の定義は、何だろう。 救いの定義は、何だろう。 大多数が思い悩む恒久的な問い。その大半が齢幾許も無いリベリスタ達は勿論のこと――『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)をして、その解答は明確足り得ない。 ――足り得ない。が、しかし。 「貴方達は救われて、救った気になってるだけ、その薬と同じ」 此度、相対するフィクサードに対して、少女じみた彼の心は決まっていた。 蝎の麻薬。万物を幸福に魅せる狂気の薬物の製造現場を前にし、リベリスタ達は突入準備を整えている。 「うんうん、位置は大体この辺かな~。電灯は相当高い位置にあるし、やっぱりブレーカー壊す方が良いみたい」 其処に神秘の在らぬ限り、千里の先すら見通す『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、簡素な地図を記していく。 ――壁越しに映った、憂いを秘める少女へ、 「世の中のさ、幸せなんて誰かの不幸せの上に存在してるのが大半だよね~。幸せなんて最初から歪んでいるものだよ」 聞こえもしない胸中の言を、笑顔の侭に呟きながら。 「……彼女の作る薬は一握りの人々を救い、麻薬流通として多くの被害を生みます。 被害を食い止めんとする我々は、単純に彼らを殺します。 如何に救おうと殺人は罪悪であり、どれ程罪深くとも救いには何らかの価値があります」 『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)の言葉は凛然そのものだ。 「万人に対する救いなど、人の身に為せましょうか。 一方へ救いを与えただけ、他方へ絶望を与えると弁えるべきなのです」 「幸せな道を歩めるのなら拙者はそれを肯定するでござる。それが女性のしている事なら尚更。だから拙者的には悪ではないと思っているのでござるが……」 解答など人の観点により違い、変わる。『女好き』李 腕鍛(BNE002775)も、かるたの吃とした語調に苦笑いを浮かべた。 事実――双方の言葉は或る意味で、双方共が真理でもあるのだ。フィクサードは確実な死を内包した救いを、自己の意志の元に行い、其処に今現在も賛同者が付いている。 「全てが幸福では、それはただの日常。偽りの中で得た物など、容易く壊れてしまう。そんなものなら、俺はいらない」 だが、否と。『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が、首を振るって言った。眇めた碧の瞳には、一個人の思いは消え、唯リベリスタとしての責務を映すのみ。 「簡単な話よ。だからこそ難しくもあるんだろうけど」 善悪なんて、視点が違えば変わってしまうもの。そう口にした『кулак』仁義・宵子(BNE003094)は、口の端に想いを紡ぎ、未だ見やれぬ彼らを思うた。 思い悩むならば、それは結局の所、解答と同じ。 それを――自身に従う者に問うて、耳障りの良い返答で誤魔化す彼女は、宵子にとってただ、空しく映るだけの存在だ。 「……救いが正しいのか悪いのかなんてわかんねぇ」 そうして。 その場の空気が変わったのは、『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)の冷めた言葉によってだった。 彼の中に正義はない。在るべき判断基準は、其処に意志はあったのか、否か。 彼女らの行いは、ともすればモノマにとって――正しくはなくとも――間違いではなかったのだと思わせるが。 「お前らの救いは三尋木の資金源になってやがるし、市場へと出荷してやがる」 ――てめぇらはフィクサードだよ。だから、止めるさ。 ● 非常扉を開き、直ぐ其処に見えたブレーカーを。エレオノーラの精撃が、葬識の暗黒が、付近のコンテナも併せて破壊した。 「な――」 「悪いけど、眠ってて貰う」 唐突な暗転。一般人が惑うより早く。 即座に近づいた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)を筆頭に、リベリスタ達は一般人へスタンガンを当て、直ぐさま気絶させていった。 逃げまどう人々の中、暗視と暗視ゴーグルによって視界の確保を済ませているリベリスタ達が、次々と一般人を気絶させ、倉庫の隅へと連れ去っていく。 その傍ら、コンテナを破壊する腕鍛の姿もあった。大人十人近くが手を広げて囲めるほどのコンテナの中身は、粉末、アンプル、錠剤と、様々な種類の麻薬が収められている。 時と共に悲鳴は聞こえなくなっていく。戦場の一般人が次々と意識を失う中、不意にぱっと光が灯った。 「……っ」 光源は、少女を含めた何名かのフィクサード達である。 リベリスタには知る由もないが――何らかの災害にあって、危険な物質や精密機械を稼働させている工場、倉庫などには、非常用電源とは別に細部のチェックを行うための懐中電灯などが各所に用意されている。 頭部にしたヘッドライトの光で、リベリスタ達を、破壊されたコンテナを、そして今なお連れ去られようとしている一般人を見て、少女は唇を震わせていた。 「アークの、リベリスタですか。随分と名のある方々もいらっしゃるご様子で」 「話が早えな。降伏したりはしねぇか?」 八卦図を描いた小盾を構える初老の女に、一般人を腕に囚えるモノマは平然とした調子で降伏勧告を投げかけた。 「てめぇらがやってる事に関しては特に止める気はねぇ。 だが、三尋木に協力してるって事は誰かや世界を危険に晒してる。他人がどうなろうが救いって奴が出来れば満足か?」 「……それを」 少女は、震えている。 惑いの核を穿たれたことに対する動揺――では、ない。 「それを……今の貴方達が、言えるんですか!?」 憤怒。 思わぬ反応に虚を突かれたモノマは、否、モノマ達は、其処で漸く気づいた。 「……っ!!」 破壊されたコンテナ、飛散、散乱した大量の薬物。 そして……それに気を払う意識を刈られた一般人。 見れば、無力化した一般人の二、三人は既に薬を体内に摂取しており、それに気を狂わせている。 全員ではない。こういう形での被害が出ることを懸念したエレオノーラの指針によって、一般人は倉庫の端に移動されており、少なくとも今すぐに薬の被害を受ける事はない。 が、タイミングの問題があった。仮に一般人へ影響を出すことなく事を起こしたかったのなら、コンテナの破壊より移動させることは――必須とは行かなくとも、定石。 要は――単純なこと。彼らは全てを自らの手でこなそうとし過ぎていた。 コンテナに積まれるほどの薬は、あくまで三尋木が求めるもの。少女自身が必要とする量の薬など、聖杯一つあれば好きな場所で作成できると同義。 一般人を巻き込まぬ為に戦場を変えようと言えば、少女は従っただろう。 一時的な休戦を敷き、一般人の無力化に共同して当たろうと言えば、少女は配下のフィクサードと敵対してでもそれに頷いただろう。 或いは心を交える可能性もあった少女との糸が、此処で断ち切られたことは誰もが理解したこと。 「あなた方が、そう言う手法で来るというなら……!」 ● リベリスタ達が態勢を整えると同時、フィクサードの側もそれぞれが動き始めた。 「蒼穹へ、至る、加護を……僕等に!」 救助活動の傍ら、葬識からの奇襲を受け、防御に専従し続けていたホーリーメイガスの少年が、視界を確保した状況で短音を呪文と為す。 次いで――フィクサード勢に出される双翼。同様に守護結界を始めとした味方、自身強化スキルを用いて態勢を整えたフィクサード達に、リベリスタはその時を待たじと飛びかかる。 敵が直ぐ様光源を確保したが為に、宵子の照明弾が使われる機会がなかったことは若干予想外ではあったものの、一時的な視界封殺によって得られたアドバンテージは確かに彼らへ奏功している。 コンテナの遮蔽が可能な限り少ない位置から敵を定め、赤き月の凶兆を倉庫内にもたらすレンを、クロスイージス――車椅子の老人が苦々しい声で吐いた。 「中々に、練りあげてらっしゃる……!」 「どの口がっ!」 返すレンも、その表情に余裕はない。 一つ一つが微細ながらも、フィクサード側全体に底上げされた加護は確かな効果をもたらしていた。並大抵の精度では捉えられず、また貫けぬ。 が、しかし。 「あんた達にはあんた達の通す筋がある。勿論あたしにもね」 「はいはい、幸せ宅急便、コレクト払いでよろしくね。代金は君たちの命で~」 インヤンマスターの女性に接近した宵子、葬識の、反動をすら恐れぬ苛烈な攻勢を以てすれば、其処に罅を入れるなど容易。 並々ならぬ衝撃に苦悶すら上げることも成らず、蹌踉めいた身を縛る毒と虚脱は、彼女に一時、膝を着かせた。 「……」 それを見て。 全身をローブで覆ったナイトクリークが、動いた。 頽れた老女を、いざというときにカバーできる位置にキープしつつ、少女の元へ向かうモノマに、彼は立ち塞がる。 「……名は聞いている。アークの『黒腕』」 低い、男の声だった。 黒弦が、ふわり、ふわりと球形のオーラを生み出す。ハイアンドロウ。死そのものを凝縮した爆撃が、モノマの身体を次々と抉っていった。 「彼の方の元へは、行かせん――!」 「随分と盲目じゃねえか。俺は死ぬ間際でもてめぇの価値観で考えて生きていたいけどな」 「抜かせ!」 静寂を塗り替えられる戦場、次々と各所で起こる攻防。 同様に、少女もその助けとなるべく移動を始め―― 「此処は、通すことはできんのでござる……!!」 ――その眼前に立ちはだかるのは、構えを取った腕鍛の姿。 「っ、邪魔……しないで!」 適度に、足場を確保できる範囲で飛行を始めた少女を、リベリスタ達は止めることが出来ない。 一定の高さから戦場全体を見下ろせる位置へ。絡み合わせた両手を、我流を以て縮めた詠唱を矮躯に束ね、自身を炉とする強大な魔力が、彼女を基に顕現する。 「『蝎毒』、葬送――!!」 戦場全体を呑み込む黒気の嵐は、場にいたリベリスタの殆どを貪り喰らった。 強大な魔力を一挙に放つ少女も、幾許かの傷を負いはしたものの――対するリベリスタの負傷はその比ではなく、尚かつ其処に四重の呪いが付加されている。 克己力の平均が五割を僅か下回るリベリスタである。その連発は間違いなく、彼らの敗北を意味しているのだ。 「時間は、掛けられない……!」 悠里が、クロスイージスの老人へと堅甲を振りかぶる。 壱式迅雷。意志秘める猛攻が、枯れ木の如き痩身を大きく揺らがせた。 ● 「御機嫌よう、救いたがりのお嬢さん。 女性の名前を聞かないと失礼よね、教えて頂ける?」 「あたしは宵子ちゃん。お嬢ちゃんは?」 戦場の趨勢は秒単位で変化し続ける。 繰り返される攻防の最中、世間話でもするように声を掛けたのは、エレオノーラ、宵子の二人。 が、 「罪無き人々を被害を顧みぬ貴方達に名乗るほど――」 クロスイージスの老人を越して、唱えた詠唱は何度目か。 繊手が複雑な印を象り、己が身の傷も厭わずにまたしても葬送を奏でた。 「――安い名には、したくありません」 眩んだ身体を、運命が未だ繋ぎ留める。力を失ったはずの宵子の足が大地を踏みしめ直し、再度、不敵な笑みを浮かべさせた。 とは、言え―― 「状況は、芳しくはありませんか……」 力なく呟き、付け爪型の幻想纏を通して傷癒の異能を加速させるかるたも、既に一度、運命を変転させている状態である。 実際、リベリスタ達の攻手は苛烈を通り越し、熾烈とすら呼べる勢いでフィクサード勢を削っていた。 インヤンマスターは戦闘不能寸前、ナイトクリークは劇的な再起を以てどうにか持ちこたえている状態。未だマグメイガスの少女を守るクロスイージスの老人も、その体力を半ば以上に削り取られている状態は見て取れる。 それでも、余裕が無いのはどちらだと問われれば、それは明らかにリベリスタと呼べる程度には、彼らもまた追いつめられていたのだ。 「聖神の、息吹――!!」 『リベリスタ達の遙か上方で』、回復を飛ばし続けるホーリーメイガスの少年。 その背には、術式を以て一時的に中空を往く加護が施されている。他の者達も同様に。 要因は、つまりその一点。彼らリベリスタは、敵方の回復手が、攻撃の及ばぬ場所に至る可能性を考えず、また他の面々をブロックできない可能性を考えていなかった。 戦列は、彼らの自在に移動できた。対してリベリスタ達はその殆どがコンテナという障害物のために相手を追うことすらまともに出来ず、結果として相手方のダメージコントロールに見事嵌ってしまっている。 先に説明した二人だけではない。反動を恐れず攻撃し続けた葬識も、ナイトクリークの猛攻を凌ぎ、さばき続けたモノマも、既に運命を燃やした状態。 勝機は――低い。其処に奇跡を見いだせるならば、それは、 「生きていても幸せになれないだなんて、幸せになれないって諦めて、大切な人を見殺しにした君たちの言い訳じゃないか!」 コトバ。意志を伝える最後の武器。 「幸せな事は良い事よ。楽しい事も、苦しくて辛いまま死ぬよりは最高でしょうね。 でも、お天道様に真っ直ぐ顔を向けて生きられなきゃ、後ろめたいまま死んじゃったら心の何処かが辛いだけ。少なくとも私はそう思う」 悠里が、傷んだ宵子が、口々に自らの意志を告げる。 少女は――苦渋に顔を染めるも、それだけ。 攻勢が止まることはない。再度、織り成された詠唱が黒気を紡ぎ始めた。 「わかっているんだろう? お前は、誰も救ってはいない。お前が、救いを求めている限り人を満たすことはできない――!」 「同意見よ。物ひとつが救いになる程、人生は甘くない。何より……これは受け売りだけど、貴女が救い主じゃないといけない程、人間はそんなに弱くないらしいわよ?」 立て続けの気糸による射撃、バッドラックを意味するカードが、少女を――少女の聖杯を狙う。 クロスイージスの老人は頑健だ。それらを庇い、受け止め、零した血の量も少なくはない筈なのに――落ち窪んだような双眸に宿る光は、まるで手負いの獣のように、爛々と。 それを――それを覆しうる者が居たとするならば、それは。 「腕鍛さん……多少、無茶を」 「承知でござるよ!」 腕鍛が、それに付くかるたが、一挙動を以て突出した。 「迷わず、目を背けず、進み続ける。出来ぬならば――!!」 クロスイージスの老人が防御態勢を整えるも――ホーリーメイガスの回復が追いつくよりも早く、二人の単爪が、零距離からの砲撃が、その身を確実に貫いた。 「果てる、のみです」 「……あ」 一手。 眼前で吹き飛んだ身体を、生命の色を失った仲間の姿を見て、忘我した少女に、彼は―― 「君たちがその薬をばら撒いて、結果死に追いやられた人が救えなかったなんて誰が決めるんだ! 誰がわかるんだ!」 悠里は、近づく。 終ぞ生まれたチャンス。卓越した直感力を唯一点にのみ集中し、既に見つけ出した聖杯へ、彼の飯綱が、舞う。 「それは悪魔の道具だ、絶対に打ち壊す!」 「……っ、『蝎毒』――!」 我を取り戻した少女の葬送曲、戦場を埋め尽くす黒を、切り裂くように突き進む斬風脚。 パキン、という硬質な音と、 怨、と戦場を埋めた冷たい衝撃音は、同時に響いた。 ● 少女は泣いている。 一つの絶望を、その身に背負いながら。 少女は泣いている。 自身を見下ろすリベリスタ達など、気にする由もなく。 「……貴方達は、言いました」 嗚咽混じりの、必死な、言葉が聞こえた。 「私たちのしていることは、間違っていると。少なくとも、正しくはないと」 その手は血に塗れている。 彼女を庇い、逝った、一人の老人の血に。 「理解しています。私は今の救いの外を求めている。貴方達の言葉を、否定はしません」 「……」 「なら、教えてください。貴方達は……救えるんですか?」 「『其処に神秘の関わらない』、『救いを必要としている』――人々を。その手で」 リベリスタは応えない。 当然だ。アークは世界を守るための組織。その内に在る人々の絶望も、世界の一ピースとなれば――。 「……ヒキョウだ。お兄ちゃん達は」 ホーリーメイガスの少年が、十字を握りながら、叫ぶ。 「――様の言うことを悪い、悪いって言って。だったら、僕のお姉ちゃんが泣いてるとき、お兄ちゃん達は代わりに何をしてくれるの!? 助けようとしてくれるの、なら一体どうやって!?」 「……俺たちは」 お前を救いたかったと言いかけたレンが、しかし、その言葉を止める。 もっと早くに気づくべきだった。彼らは、リベリスタには出来ないことを、やっているのだ。 それが如何に間違っていても、如何に迷いを内包していても、アークが向けられぬ救いの手を、彼の少女は必死に伸ばそうと、足掻き、悶えている。 血の涙を、零しながら。 「……退いてください。これ以上は、貴方達も並の被害では済まないでしょう」 インヤンマスターの女性が、ナイトクリークの男性が、リベリスタの背後に立っている。 少女を見下ろすリベリスタの周囲には――葬送曲に倒れた仲間へ武器を向ける、フィクサード達が居る。 今動くことが何を意味するかなど、問う意味はない。彼らは踵を返し、仲間達を抱えながら外へ出る。 その、間際。 「ねぇ知ってる? 最高の救いは、死ぬことだよ」 「……っ」 笑顔にして、瀕死の身体を引きずられる葬識が見たものは、強く強く握られた、罅だらけの聖杯だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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