● ――老人が目を覚ますと、家の中には誰もいなかった。 それどころか、知らないうちに家がひどく荒れている。 床は一面ほこりまみれで、天井には大きな蜘蛛の巣。 窓から見える庭木も、いつの間にか伸びてしまっていた。 一体、使用人たちはどこに行ってしまったのだろう。 こんな状態では、おちおち眠っていられない。 「誰か、おらんかのう……」 急に心細くなって、老人はぽつりと呟いた。 ● 「人が住まなくなった家って、不思議とすぐ荒れるんだよな……」 手元のファイルを覗き込んだ『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、そう言って「いや、依頼の話なんだけどな」と任務の説明を始めた。 「『河原崎寛尊(かわらざき・ひろたか)』っていう資産家の爺さんが数ヶ月前に大往生したんだが、 E・フォースになって自分の家に戻ってきちまったんだ。 皆には、この爺さんの対処にあたってもらうわけだが……まず、今回は戦闘はご法度」 戦ってはいけない、と言う黒翼のフォーチュナに、リベリスタの何人かが首を傾げる。 「この爺さん、自分の喰らった攻撃を自動的に数倍返しする厄介な能力があるんだ。 下手に攻撃を仕掛けても自滅しかねないばかりか、 うっかり怒らせるとパワーアップして手がつけられなくなる」 しかし、攻撃できないのであればお手上げではないか。 そう言ったリベリスタに、数史は頭を掻きながら言葉を返す。 「幸い、今のところ爺さんに攻撃能力は無い上、性格も至って穏やかときてる。 何とかして爺さんを満足させることができれば、自分から消滅するはずだ」 そうなると、問題になるのは河原崎老人を満足させる方法である。 「――爺さんの死後、遺産争いで相当モメたらしくてな。 色々あって、爺さんの家は住む人間がいなくなったまま放置されている。 中にあった美術品とか金目の物は、根こそぎ親類が持ち去ったみたいだけど」 E・フォースとして戻った河原崎老人は、荒れ果てた家を見て愕然とした。 家の手入れをしてもらおうと雇っていた使用人を探すも、当然ながら誰もいない。 そのまま、途方に暮れて立ち尽くしているのだという。 「そこで、だ。――皆にはこの爺さんの使用人になって、家の手入れをしてもらいたい」 綺麗に掃除して、痛んだ箇所を修繕して、庭木を整えて。 そうやって可能な限り生前の環境に近付けてやれば、河原崎老人は再び安心して眠りにつくことができるだろう。 流石に持ち去られた美術品などはどうにもならないが、あまり執着はしていなかったようなので、そこは無視して構わない。 「ま、どちらかと言えばモノより心の問題だな。 いつもとはちょっと毛色の違った任務になるが、頼まれてくれるか?」 手の中のファイルを閉じ、数史はリベリスタ達の顔を見た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月10日(日)22:53 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 荒れ果てた庭に佇む寂れた洋館。その扉の前に、十人のリベリスタが集っていた。 クラシカルなヴィクトリアン調のメイド服を纏う女性陣を見て、一ノ瀬 あきら(BNE003715)が思わず「メイドさん!」と歓声を上げる。 「……違う! 爺ちゃんを喜ばす為に頑張るんや!」 直後、ぶんぶんと首を横に振るあきら。死後にE・フォースと化した洋館の主、『河原崎寛尊』氏を満足させ、彼を成仏(消滅)させるのが今回の任務だ。 「E・フォースなのに倒しちゃだめなの? なんでさー! 闇ある所、光あり。悪ある所、正義あり! 悪は倒してこそ正義が光るんだよ!?」 納得いかない様子で、蓮見 渚(BNE003890)が声を上げる。『影狗』小犬丸・鈴(BNE003842)が、彼女にそっと耳打ちした。 河原崎老人はE・フォースだが、攻撃能力はまだ無い。 しかし、あらゆる攻撃を数倍の威力で跳ね返す上、下手に追い詰めてしまうと斜め上の進化を遂げてしまう危険がある。 そうなっては手がつけられないので、今回は平和的解決が求められているのだ、と。 「……ゴメンナサイ、私メイドサンニナル 大人しくオシゴトスル」 途端に従順になった渚の後ろで、『聖なる業火』聖火 むにに(BNE003816)が「誰だよこんな仕事オレに回したの」とぼやく。『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が、軽く肩を竦めた。 「ま、小さいことからコツコツと積み重ねないと崩界を防げないしな」 老人の世話や家事の類は面倒だが、飯のタネを逃すわけにもいくまい。 「ボクは戦うのはあまり好きではないから、戦わないで済むのはありがたいな……」 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の言葉を聞き、むににが観念したように口を開いた。 「ったく。しゃあねーなぁ。やるよ。やればいいんだろ」 家事……家事ね、と少し考えた後、「燃やすのとか得意だぜ?」と薄い胸を張る。 落ち葉の時期なら好都合だったかもしれない。 「お金持ちって、意外と幸せじゃないんだよね。 お金持ってると、普通の人とは普通に友達になれないし、 お金持ちの友達だと、見栄の張りあいになっちゃうし……」 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)の呟きに、皆が彼女を見る。 「……最後は遺産相続がどうのこうのってさ、やだやだ」 誰かが、小さく溜息をついた。 ● 扉を開けると、エントランスホールの階段上に河原崎老人の姿があった。 「ただいま戻りました、ご主人様!」 元気にお辞儀をする『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)を見て、老人が「おお……」と表情を綻ばせる。 「おはようございます、寛尊様。今朝の目覚めはどうですか?」 一流メイドの如く振舞うシェリーに、彼は「起きたら誰もおらんでのう」と眉尻を下げた。 「全員流行病で寝込んでいて、お掃除が出来なくて申し訳ございません」 深々とお辞儀をするアンジェリカに続き、執事服姿の『眼鏡っ虎』岩月 虎吾郎(BNE000686)が前に出る。 「おお旦那様、ご無事でしたか。私です、執事の岩月です」 虎吾郎の穏やかな雰囲気に心和んだのか、老人が微笑んだ。虎の因子を持つ彼の姿を見ても、さして気にしていないようだ。 「いきなり流行病に倒れてしまい、長らく不義理を致しました。 この岩月、旦那様の事を考えると、どれだけの眠れぬ夜を過ごした事か」 「もう体は良いのかい」 「この通り」 虎吾郎と言葉を交わす老人を、『From dreamland』臼間井 美月(BNE001362)が笑顔で見つめる。 やはり、人当たりの良いお爺ちゃんだ。彼の『生前の環境』を再現するには『皆の笑顔』が欠かせないと、美月は思う。 こんな人と一緒にのんびり暮らしていた使用人が、幸せでない筈がないから。 「今からお掃除をいたしますから、くつろいでいてくださいませ」 アンジェリカの言葉に、老人がにっこり頷いた。シェリーに伴われて自室に戻った後、彼女に礼を言おうとして小首を傾げる。 「私はお付のシェリーです。お忘れですか?」 「おお、そうじゃった」 老人が破顔すると、鈴が「失礼致します、旦那様」と部屋に入ってきた。 「素敵な花をいただいたので、こちらにも飾らせてください」 サイドテーブルを手早く拭き、季節の花を活けた花瓶をその上に飾る。 「見事じゃのう」 花に見入る老人に頭を下げ、彼女は部屋を後にした。扉の前で、あきらとすれ違う。 「爺ちゃん、家の図面とか昔の写真なんかある?」 彼の明るい声が、背中越しに聞こえてきた。 一方、こちらは美月と明奈のペア。二人は、ゲーム研究会の部長と部員でもある。 バケツにモップ、箒にちりとり。さらに雑巾とはたきで、装備は完璧。 「フルアーマーメイド・あきなちゃん! 完成!」 準備万端といった明奈を見て、美月が表情を綻ばせた。こういう仕事を親しい相手とできるのは、何だか嬉しい。式神の『みに』にもお手伝いを頼み、いざお掃除開始! ちょっぴり(と書いて『ものすごく』と読む)不器用な美月を明奈がフォローしつつ、天井の埃を払い、壁の汚れを落とし、床のゴミを箒で掃いて。 それが終われば、固く絞った雑巾でレッツ雑巾がけ。 ぶきっちょ美月も、隣の明奈と動きを合わせて拭くべし、拭くべし! うっかり足を滑らせ、勢い余って壁に頭をぶつけた美月に、明奈が笑って手を差し出す。 「リベリスタの仕事なのに友達と遊んでる気分だぜ、うへへ」 楽しいことは良いことだ。 厨房では、作業着に着替えた虎吾郎がガスや水道の配管を点検していた。 幸い、ライフラインは生きているようだ。料理で火を使っても問題はないだろう。 その傍らで、調理服に身を包んだ凪沙が掃除に精を出していた。美味しいものは清潔な調理場から、が彼女の持論。 調理台をピカピカに磨く凪沙の横で、アンジェリカが食器棚に仕舞われていた食器類を洗う。老人が使っていたと思われる皿を一枚手に取り、その記憶を読んだ。 「洋食が好きだったのかな……」 皿に盛りつけられていた料理の傾向から老人の好物を推測し、凪沙に伝える。 調理を担当するのは、凪沙とむににの二人。「家事全般は苦手なんだがねぇ」という呟きを聞き、凪沙がむににを不安そうに見た。 「まぁまて。オレだって食えないものを作る気はねぇ。 砂糖と塩間違えるようなこたぁねえし、丸焦げにすることもねぇよ」 誤解のないよう補足すると、彼女は派手な失敗料理をお見舞いするようなタイプではない。むしろ、一人暮らしが長いので料理の経験は豊富だ。単に人に振舞ったことがないだけである。 安堵した凪沙が、少し考えて提案した。 「おじいさんはこの家に元からいた人なんだよね。 だとすれば、お客さんを招くというよりも、みんなで楽しく食卓を囲むのが良いと思うんだ」 本来なら、『使用人』の自分達は『主』と食事をともにすべきではない。 でも、老人がぽつんと食卓につく様子を想像すると、いかにも寂しく思える。 「――独りぼっちの食卓を周りから見られるのって、嫌だよね」 ● 厨房を後にしたアンジェリカは、高所の掃除を積極的に引き受けつつ、館に残された調度品の記憶を読んでいった。亡き妻との思い出の品が見つかれば、老人になれ初めを聞いてみたいと思う。 自分にも好きな人がいると打ち明けたら、彼は人生の先輩としてアドバイスをくれるだろうか。 その頃、美月と明奈は二人で老人の部屋を訪れていた。 老人はちょうど、渚と話しているところで。 「この世に悪のある限り、正義の怒りがそれを討つんだよ!」 「おお、そうかそうか。それは立派じゃ」 渚が語る内容を老人がちゃんと理解しているかどうかは怪しいが、お互い楽しそうなので良しとする。 会話が一段落するのを待って、明奈が老人に声をかけた。 「ご主人様、あのお部屋なんですが……」 可能な限り老人の意向に沿えるようにと、作業上の疑問を一つ一つ確認する。 とにかく、彼に喜んでもらうことが第一だ。 それが終わると、美月が窓を開けて老人を振り返った。 「見て下さい、今日凄く良い天気ですよ」 笑顔を向ける彼女に、老人がうんうんと頷く。 式神のみにが茶の用意をする中、美月は改めて思った。 家を元に戻すのはもちろん、使用人との繋がり――信頼を取り戻すのも、きっと大切なことなのだと。 (安心して眠れる家って、やっぱり、『皆』が揃ってる家だもの) 美月の前で、老人は穏やかに微笑んでいる。 老人が茶を飲み終えた頃、シェリーが彼に声をかけた。 「屋敷の方は、使用人達が総出で修繕にかかります。見て回られますか?」 「うん、見に行こうかのう」 シェリーは素早く車椅子を準備すると、老人を乗せて部屋を出た。 「これは旦那様」 車椅子に乗った老人を見て、虎吾郎が頭を下げる。 ちょうど修繕が一段落し、鈴が作業の後片付けを行っているところだった。 「爺ちゃん、こんな感じでどや?」 クロスを張り替えた壁を指し、あきらが老人に笑いかける。皺一つない仕上がりに、老人がほう、と感嘆の声を上げた。 虎吾郎、あきら、鈴――この手の作業に慣れた三人の手際は、老人を唸らせるに足るものだった。 修繕箇所をリストアップして手筈を整え、割れた窓を板で塞ぎ、たてつけの悪いドアを直した。 切れた電球を交換した廊下は明るく、雰囲気まで違って見える。 「荒れてよかったじゃないですか。前より綺麗にリフォームできたんですから」 シェリーの言葉に、老人は満足げに「そうじゃのう、得したのう」と言って笑った。 厨房では、むににと凪沙が調理の真っ最中だった。 「料理は愛情ってか。愛情ってなんだろうねぇ」 などと言いつつ、むにには大きな鍋をなみなみと満たすスープをかき混ぜる。 とりあえず、自分が美味いを思うものを作ると決めた。 鶏もも肉とベーコンに、人参と玉ねぎ、キャベツにじゃがいもといった野菜を加えたコンソメのスープ。それと、鶏肉のステーキだ。 一方の凪沙は、調理台でテリーヌを作る。アンジェリカのサイレントメモリーで得られた情報をもとに、老人の好みを可能な限り取り入れた結果だ。元の料理長に話を聞くことさえできれば、当時の好物をそのまま再現できたのだが……まあ、そこは仕方がない。 神の舌を持つ凪沙の手による、旬の野菜をふんだんに使ったテリーヌ。 それは、宝石の如く美しかった。 ● 館の修繕を終えた虎吾郎とあきらは、外に出て庭の手入れに移った。 「庭弄りは俺の得意分野や!」 俄然張り切るあきらに、渚が「これでいいのー??」と枝切り鋏を手渡す。 メイド服を纏っているものの、彼女は料理や掃除に一切関わっていない。何でも、『不器用にも程があるから』という理由で両親に止められているらしい。 曰く、「料理をしたら死人が出る」「掃除をしたら壷を割る」だそうで……両親の苦労がしのばれる話である。 よって、渚は自分にもできる仕事として、庭木を剪定する虎吾郎とあきらのフォローを担当することにしたのだった。二人の手で形を整えられていく木々を眺めつつ、落ちてきた枝を集めてゴミ袋に纏めていく。 いっぱいになったゴミ袋を持ち上げた瞬間、彼女は悲鳴を上げた。 「ああっ、枝が刺さって袋がやぶけそうっ!」 どうやら、頑張って枝を詰めすぎたらしい。 花壇の雑草を抜き、芝刈り機で芝の手入れを済ませると、庭は見違えるほど綺麗になった。 車椅子を押すシェリーに連れられ、良いタイミングで外に出てきた老人に、虎吾郎が声をかけた。 「旦那様、庭で日向ぼっこでもして行かれませんか」 「いい天気じゃし、そうしようかのう」 ニコニコ顔の老人に、あきらが素早く駆け寄る。 盆栽いじりを嗜む彼は、棚を作って盆栽を並べたくなる衝動に耐えていたのだった。 「爺ちゃん盆栽とか興味ある? あるんやったら今度持って来るで!」 「盆栽は好きじゃよ。見てみたいのう」 老人は、そう言ってにっこりと笑う。直後、厨房の窓から凪沙が顔を出した。 「ごはんできたよ~。みんなで食べよ~」 それを聞き、シェリーが老人の顔を覗きこむ。 「寛尊様、そろそろ食事のご用意ができます。如何なさいますか?」 「天気も良いし、外でお食事など如何でしょう?」 余った木材で大きなテーブルと人数分の椅子を作り終えた鈴が、額の汗を拭いながら言った。 大仕事を終えた彼女の黒柴の尻尾が、満足げに揺れている。 日当たりの良い場所に設えられたテーブルと鈴の顔を交互に見た老人は、満面の笑みで頷いた。 「そうしようかのう。――皆も疲れたじゃろう、一緒に食べなさい」 テーブルの上に、凪沙とむににの料理が所狭しと並べられる。 旬野菜のテリーヌ、鶏肉のステーキ、具沢山のスープ……デザートは、冷やして一口大に切ったメロンだ。 「おじいさんを中心にしてみんなで楽しく食べられればいいよね」 老人を中央の席につかせた後、テーブルを見回す凪沙。 器に盛ったスープを配るむににが、やや固い表情で口を開いた。 「さぁ食え。全部食え。残したらころ……許さねぇ」 実際、人に料理を振舞うのがこんなに緊張するものとは知らなかった。 全員が席についた後、アンジェリカがバイオリンを手に立ち上がる。 「よろしければ……」 そう言って彼女が奏で始めたのは、老人にとっての思い出の曲。 館の片隅に打ち捨てられていたレコードプレーヤーの記憶を辿り、一曲だけ読み取ることができたものだ。 流れる音楽に身を任せ、老人が目を嬉しげに細める。 傍らに控えるシェリーが、スープを一匙すくって彼の口元に運んだ。 「寛尊様、これも私の勤めです。さ、アーン♪」 もぐもぐと口を動かす老人に、むににが歩み寄る。 「あ……あぁっとな。どうかな。味とか」 訊ねた後、彼女はハッとして声を上げた。 「いや、ちがっ……オレの料理が食えたんだ。嬉しいだろって!」 迷いなく頷き、老人が「いい腕、しとるのう」と微笑む。 続いて凪沙のテリーヌを口にした老人は、いたく幸せそうにそれを味わっていた。 一方、テーブルの向かい側では。 「フォークは左、ナイフは右……だっけ」 確認するように口にする明奈に、美月がこくこくと頷く。 「マナーは一通り教わって知識はあるんだけど……実践はその、サッパリで……」 そう言ってナイフとフォークを手に取った美月は、直後、それを取り落とした。 「あっ、あわわ!?」 すかさず、明奈が落下しかけたナイフとフォークを受け止める。 その傍らでは、あきらが食事を楽しむ傍ら、女性陣の素敵なメイド姿に鼻の下を伸ばしていた。 (でへへへ、眼福眼福) 男子高校生としては、いたって健全な反応である。 目の保養ができて、美味しいご飯も食べられて言うことなしだ。 「実に楽しいですな旦那様」 執事服に着替えた虎吾郎が老人に声をかけると、彼はうんうんと頷いた。 ● 食事を終えて自室に戻ると、老人は大きな欠伸をした。 よく見ると、彼の体が半分くらい透けている。そろそろ、消滅が近いということか。 「今夜はぐっすり眠れそうですか?」 シェリーの声に、老人は眠たげな目で彼女を見つめる。 「……起きた時、また一人だったら寂しいのう」 「ご安心を、どうせ老い先短い年寄りの世話なんです。最後までお傍で仕えさせて頂きます。寛尊様」 はっきりと言い切った彼女に、老人は「違いない」と笑った。 「旦那様、お休みになるんですね。……おやすみなさい」 ベッドに横たわる老人に、美月がそっと毛布をかける。少し位置がずれたのはご愛嬌。 アンジェリカが彼の手を優しく握り、子守唄を口ずさんだ。 「ありがとう。わしは幸せ者じゃ――」 ゆっくり目を閉じた老人の姿が、次第に薄くなっていく。 あきらが、「爺ちゃんこそありがとな!」と大きな声で言った。 老人が完全に消滅を迎えた後、渚が「これで、終わったのかな……?」と呟く。 戦うことはなかったが、これもまた、一つの正義のあり方なのだろう。 「……おじいちゃん、っ、ぢゃんど、っ、満足じでぐれだがな……」 老人の消滅と同時に涙腺を決壊させた美月が、大きく鼻をすすり上げる。 その肩に手を置いた明奈が、もう片方の手で涙を拭いつつ言った。 「泣くなよ! な!」 せっかく綺麗にした洋館から、老人が去っていってしまったのは寂しい。 でも、笑顔で彼を見送れたこと。そして、彼が笑って旅立てたことが、何よりの慰めに思えた。 ぽつりと、鈴が口を開く。 「――つい振り返りたくなるような、良い人生を歩まれたのだろうな」 運命の偶然がもたらした、人生の延長戦。 もちろん、全てが生前のままとはいかなかっただろうが、自分達は老人のために全力を尽くしたという自負はある。 きっと、彼は思い残すことなく逝けただろう。 アンジェリカの頬を、一筋の涙が伝う。 「どうか、やすらかに眠ってね……」 彼女は目を閉じ、子守唄の代わりに鎮魂の聖歌を歌い始めた。 旦那様の魂が奥様の魂に出会えますようにと――優しい祈りを込めて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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