● 「……っと、来ましたねえ」 深夜、人気のない廃倉庫に、何処か気の抜けた男の声が響く。 声の主は、一人の中年男性だった。ひょろりとした体格は、吹けば飛びそうな脆さを感じさせるが……その相貌に潜む光は、毒蛇のそれに近いものがある。 「アニさん、どうしますか? こっちの準備は整ってますが」 「……問題は無ぇ。丁重におもてなししろ」 問うた中年男に応えるのは、彼とは正反対な、がっしりとした筋肉を身に纏う初老の男だった。 頭髪や、少し伸ばしている髭に若干白いものが混ざりつつも、巌のような野太い声と、僅かな衰えもないその肉体は、彼に一歳の老いというものが無いことを示している。 中年男はそれに対して「はいはい」と呟いた後、思い直したように再度、初老の男に質問する。 「しっかし、ねえ……。あの蝮サンがジブンらのような下っ端に、直々にお声をかけるような事態ってなあ、一体なんでしょうね」 「知らん。知る必要もない」 掴み所を見せぬ中年男のささやかな疑問に対して、しかし初老の男は断固たる態度で応えるのみだった。 『相模の蝮』――。他のフィクサードを圧倒するほどの実力を備えておりながら、それをひけらかすことはせず、仲間に対して情の厚い男。 その彼からの直々の頼みとなれば、動かぬ理由はない。それが、初老の男の判断だった。 「不器用な餓鬼が、漸く人に頼ることを覚えた。それだけの話だ。仮にも年上としちゃあ、応援しないわけにはいかん」 「……いやはや、アニさんも中々……と」 言いかけた言葉を呑んで、武器を構える中年男。 彼の視線の先には、既に何人かの敵の姿が確認できる。 「それじゃあ、ジブンはジブンなりに、アニさんの後ろをつかせて貰いましょうか」 「精々置いて行かれないようにすることだな。……行くぞ!」 あくまで厳しい言葉で会話を区切る初老の男とその子分達を、中年男は苦笑混じりに追いかけていった。 ● 「どうも、おかしい。フィクサードの事件は毎日起きてるけど、一度にこれだけ感知されたからには……何か事情がありそう。今、アークの方でも調査をしている所なんだけど」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、何時にも増して厳しい表情を浮かべつつも、この度現れたフィクサード達の情報をリベリスタ達に公開していた。 今回現れたフィクサードは、総勢五人から成る小勢。 とは言っても、実力に於いては今回の依頼参加者達に後れを取るものではない。慢心は禁物であることは言うまでもないだろう。 「敵のリーダーは、筋骨隆々とした、初老の男性。年齢は恐らく50前後。基本的な攻撃は拳を使っての直線的な殴打。けど、それ以外にも――得意ではないにしろ――別の攻撃方法を使ってくる可能性があるから、気をつけて。 それと、注意すべきはもう一人、彼の後方から銃による援護を行う中年の男性」 基本的に、初老の男は鍛え上げた肉体によって防御力が比較的高く、中年男はその背後に隠れるようにして的確な射撃を放ってくるため、此方から狙いを定めるのは中々上手くいかないだろう、とのことだ。 更に、その周囲には、小刀と銃を持つ部下達が居り、此方の攻撃を牽制することで、初老の男と中年男に向かう攻撃を減らそうとしてくるらしい。 どうにも、厄介な相手である。 「また、向こうは貴方達の戦術に対して、戦い方を柔軟に変えてくることもある。私が視た未来映像では、彼らは初老の男性と中年男性、両者を攻撃の軸に置いた戦法を取っていたけど、貴方達の作戦次第でそれが変わるかもしれない」 奇を衒う行動を取るならば、それ相応のリスクを覚悟しろ――と、言うことだろうか。 「最後に、フィクサード達が居る場所だけど……今現在は、三高平近辺の町にある、稼働していない工場の倉庫で、私たちを待っている。時折彼らの部下が、リーダーの指示を受けて通り魔まがいの行動を取っていることから、長時間彼らを放置させることで民間人への危険が広がると、暗に伝えているんだと思う」 気をつけてね、と言う最後の言葉に対して、リベリスタ達は頷き、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月28日(土)01:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「フィクサードが一度に多くの事件を起こすなんて、何かあるのかな」 戦いの舞台――フィクサード達が待ち構える廃倉庫へ向かう途中、『灼焉の紅嵐』神狩 煌(BNE001300)は素朴な疑問を投げかける。 それは、恐らく今現在、アークの構成員全員が抱く考えであろう。 唐突に始まった、<相模の蝮>を筆頭とするフィクサード達の組織的な行動。 敵の人格や、それらが個々に行う行動に差はあれど、彼らの行いは、明らかにアークに対する何らかのサインだと、簡単に理解できる。 「任務には、全力で取り組むけれど……彼らを動かすものがなんなのか、知りたいわ」 煌の言葉に対して、言葉を選びながら発言するのは『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)。 民間人の危険を排除するため、倒さねばならないことは確かではあるが、それ以上に、彼らとの戦いの中で、何かを掴もうと、そう意志を込めて。 「ま、正義って柄とは言い辛いっすけど、ある意味フィクサードとリベリスタの正義のぶつかり合いみたいな物っすかね」 「いずれにしても……今の私達に出来る事は、一つ一つを確実に叩いていく事だけ、ですね」 『のらりくらりと適当に』三上 伸之(BNE001089)と『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)がそう締めくくり、彼らは件の廃倉庫に入る。 うっすらと埃の積もった、薄暗い空間が、戦いの前の静けさにどこか相応しくも思えた。 「……来たか」 言葉と共に、彼らの前方にいる男性が、低い声で呟く。 依頼の説明にあった初老の男だろう。彼はじっと彼らを見据えた後に――拳を構え、彼らとの戦闘体勢を整える。 「さて……団体戦の戦略の勝負か。……やってみるとしよう」 戦場と、敵の姿。両方を視界に捉えながら、片目を瞑り応えるのは『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)。 敵と認識した相手に対し、彼は一切の容赦をする気はない。 武器を構え、意気を昂める彼らを見て、中年男は苦笑混じりに言う。 「ジブンの子供程度の年齢まで居るとは。どうにも、やりにくいですねえ……」 恐らく自分のことを言われたのだろう、と『螺子式蜂蓮』カヤツ・ホウレンジ(BNE002271)は理解しつつも、それに対して言葉を返すようなことはしない。 戦いは既に始まっている。仮に、もし仮に言葉を交わすとしたら、それは戦いを終えた後のことだ。 「ま、わざわざ来ていただけたんだ。丁重に、おもてなしさせていただきますよ」 「こちらとしても、全力をもって当たらさせていただきます」 未だ飄々としたままの中年男に、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)は生真面目な反応を見せる。 細剣と短剣を抜き、ぴたりとフィクサード達に狙いを定める瞳には、一切の迷いが無い。 剣抜弩張。互いに武器を構え、それぞれが交わる僅か数秒前。 ぴりぴりとした空気を一気に弾けさせたのは、『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)の叫声。 「そんじゃあ、精々楽しんで……ヤりあおうぜぇ!」 ● 最初に動いたのは孝平。 体内のギアを上げると共に、初老の男性目がけて剣を振り下ろす。 「む……!」 初手から此方を狙われるとは思っていなかった初老の男は、その行動に反応が遅れ、剣を腕で受け止める結果となる。 岩の如く硬い腕から流れた血は、僅か一筋。 さもありなん、と孝平は思う。 巨石を穿つ雨だれは、未だ一滴を垂らしたのみだ。次ぐ仲間たちの攻撃を以て、石を少しずつ削らねばなるまい。 最も―― 「……っ、来ます!」 ――それまでの間、彼らが敵の猛攻を凌げれば、の話ではあるが。 誰かが叫ぶと共に、敵方から放たれた二条の銃弾は、同じく前衛に立つ火車に違いなく命中する。 少なからぬダメージを受けて傾いだ身体を、ニニギアが詠唱を以て起こした風で癒していく。 人数――より具体的に言えば手数に於いてリベリスタ達はフィクサードに勝ってはいるが、個々の力量で言うならば、フィクサード側が上なのは認めざるを得ない。 必要なのは、戦術だった。 「動くと、余計、痛イよ」 幾度目かの錯綜。 カヤツが狙いを定めると共に、敵へと襲い掛かる銃弾は、まさしく流星雨のような無数の煌めきを拡散させる。 「……っ、くそ、アイツら……!」 初老の男をかばう子分の一人が、悔し紛れに声を荒げる。 リベリスタ達の睨んだ通り、子分たちは初老の男に攻撃が集中するや否や、自身の行動を捨てて初老の男のカバーに移った。 向こうもそれは考えてはいたのだろう。一定時間ごとにおける一人ずつのローテーションを行うことで、子分一人一人に与えられるダメージは予想していたほどではないにしろ、それでも確実に、彼らはその体力を削らされていた。 依頼の説明時通り、彼らの継戦能力は高くない。 それは単純に技を発動させる気力だけではなく、体力――攻撃を喰らい続けるだけの持久力に於いても言えることだ。 着実なダメージの積み重ねによって、子分たちの余力は限界に近い部分にある。 「……本命は餓鬼どもの方か。俺を庇うだろうことを最初から念頭に入れてたってワケだ」 「卑怯だと思うか?」 オーウェンがそう問うと、初老の男は首を振った。 「意地を賭けた喧嘩なら別だがな。これは単なるやり合いに過ぎねえ。勝つために出来ることは、何であろうとするべきだ」 「最も……それはジブンらも同様ですがね!」 再び飛ぶ、銃弾と拳を受けて、煌と火車が呻く。 「っ……まだまだ!」 言いはするも、やはりリーダー格である初老の男と中年男は、子分達より尚高い攻撃能力が備わっていた。 傷の重さは、未だ後列に下がるほどのものではないにしろ――その余裕が何処まで保たれるかは、かなり怪しいところでもある。 故にこの戦闘は、短時間の間に、どれだけ相手に食らいつけるかがキーとも成った。 「暫く付き合ってもらうぞ……!」 オーウェンの言葉に応えるかのように、幾本もの黒弦が意志を持つかのように跳ね、初老の男……正確にはそれを庇っていた子分へと絡みつく。 既にかなりのダメージが蓄積している子分は、これに対して後悔の表情を浮かべるが……もう遅い。 「先ずは……」 双撃が舞う。 孝平の二刀が、仄かな光源を除いた薄暗い室内に、銀の閃きを浮かべる。 「一人目!」 拘束されたままの部下は、それを回避する事も出来ず、どうと地面に倒れ伏す。 時間はかかったが、これで敵の手数は一つ減った。 が、逆を言えば……倒したのは、未だ一人。 「月並みではありますが……ここからが本番、でしょうか」 前衛陣の傷が重いリベリスタ側に対し、敵方の方は、ダメージが子分に集中しているため、初老の男と中年男にはごく微小な傷しか付けられていない。 戦闘に、未だ終わりの気配は見られなかった。 ● 『手数を減らす』と言う選択。 それが間違っているなどと言うつもりは無い。寧ろ、有効な戦法の一つと言って良いだろう。 だが、例えどんな戦法を取る以上、それ相応のリスクも存在する。 彼らにとって、この現状は――まさに、そのリスクを負うべき状況でもあった。 「ったく、キツイっすね。本当……!」 傷を負い、後退した煌に代わり、敵の攻撃を引き受ける伸之ではあるが、その表情は苦虫を噛みつぶしたものとなっている。 敵も此方と同じように、攻撃を個人に絞って行うスタイルであり、それを予想していたオーウェンは、何人かをカバーリングに回すことでダメージの拡散化を図ったが……敵が此方に与えるダメージは、彼の想像を上回った。 既に、子分たちは後衛に居る一人を除き倒し終えた。しかし――敵の手数が減ったことは確かに有利ではあるものの、逆を言えばそれまでの間、本命である最高火力に、大した傷を付けることが出来ないと言うことでもある。 リベリスタ側は行動に焦りが出ていたためか、その子分達を倒すのにリソースを惜しみなく費やしている為に、これを倒しきれるかは、正直厳しいところでもあった。 加えて―― 「うわ……っと!」 事前に言ってあった、転倒への対処を怠ったことも、一つのミスである。 これは些細な点であり、かかる者も多くはなかったが、それでも転倒から回復する為に一手を打つ時間を捨てるというのは、未だ予断を許さない状況では致命的だった。 後列の回復を受けた煌が、転がっていたガラクタに足を取られた隙を、中年男は見逃さない。 的確に頭部を狙った殺意の凶弾は、回復したばかりの彼女を朱に染める。 「……あなたみたいな人が、どうして多くの人を苦しめるようなことをするの」 即座に、ニニギアが再度の回復を施すものの、その声色には覇気がない。 先も言った通り、敵の火力は未だ主力が残っているため、それに応じて彼女が起こす癒しの風と歌も、自然とその行使回数が増える。 悠月が念のための備えを残してはいるものの、それでも回復主体の彼女が余力を使い果たした時にどうなるかは、考えるまでも無いだろう。 初老の男は、彼女の問いに対して淡々と答える。 「情だ」 幾度もリベリスタ達と武器を交え、戦う前の彼とは思えぬほどの血と傷にまみれながらも、その双眸に宿る光に、未だ一切の衰えは見られない。 「世界と言う大義より、救いを乞う餓鬼共を守れるだけの器で、良かったんだ。俺たちはな」 世界を守るため、時に何の罪もないものをすらその手にかけねばならないリベリスタ。 例え悪と呼ばれようと、罪科無くして「世界の敵」と成らざるを得なかった者たちを守ろうとするフィクサード。 恐らく、間違いはどちらにもない。想いも、矜持にも。 ただ、譲れないものが有り、互いにとってそれを崩さねばらならなかっただけ。 「……ならば、これ以上の言葉は不要であろう」 オーウェンが、今一度、決意の言葉を述べる。 飛ぶは黒糸の呪縛。無数にも見えるそれらは、蛇のように初老の男に喰らいつき、決して放そうはしない。 「この体勢ではかわせまい……!!」 初老の男はこれを引きはがそうとするも――それよりも、リベリスタ達が総攻撃をかけるだけの隙はある。 「どこまで通用するか分かんねえけど……」 接敵した煌が、恐らく最後となる炎を起こし、腕に絡み付かせる。 「全力で当たるのみ!」 突き出された拳を受け止める初老の男ではあるが、其処から発生する炎は今までのそれより遥かに強い勢いで、彼の全身を焼き焦がす。 気合でそれを振り払う男ではあるが、その息は傍目に見ても荒く、彼がもうじき倒れるであろうことを悟らせる。 「……ン、大丈夫 外さない」 それを誰よりも早く理解したカヤツは、番えた矢の照準をぴたりと男に合わせる。 人ならざる眼が定め、放つ一矢――金貨撃ちの精撃は、男の身を貫き、その身を地面へと縫いとめる。 そうして、最後に飛ぶのは。 「ご教授……願うぜぇ!」 叫ぶ火車が振りかぶるクローを、未だ拘束された状態の男は睨むことしかできない。 袈裟懸けに振り下ろされた武器と共に、鮮血が散り、同時に傷口が燃える。 初老の男の拘束が、その時解けた。 まごう事無く、それは彼の体力が限界を迎えたという証明。 「……負けましたか」 言って、残る二人――中年男と、銃使いの子分は互いに武器を地に置く。 前衛が崩された以上、残る後衛陣だけでは、未だ全員が残るリベリスタ達を対処することも、逃亡することも難しいと言う結論に至ったための、敗北宣言であった。 ● 結論から言って、やはり彼らが今回の行動に於いて知っている情報は微々たるものであった。 唯一聞き出せた手がかりは、首謀者たる者の名前のみ。 「……相模の蝮、蝮原咬兵」 アークの人員がフィクサード達を護送車へ誘導している間、待機していた悠月は夜空を見上げ、小さく呟く。 恐らくは此度のフィクサード一斉蜂起に於ける、中核たる人物の名を言い、その人物が何者なのかを考える。 集団戦の成功と言う喜びよりも、今後、彼らがどのような行動を取るのか。それが、今の彼女の頭の中では渦巻いていた。 「ふぅ、おなかすいたわ。帰ったらお夜食!」 リベリスタ達は皆、同様の面持ちではあるものの――それは今気にしても仕様がないと割り切ったのか、ニニギアは腕を伸ばしながら、一際元気に声を出す。 苦笑する仲間たちではあるが、他の者たちもそれを理解したのだろう。一先ずは骨休みのため、帰還の準備を整え始める。 ……その途中、火車は護送車に乗っている筈の彼らに向けて、届くはずのない一言を、呟いた。 「先生さようなら。敵さんさようなら。 ――次会う日がありゃ、また頼まぁ」 全体に比べれば、これは微々たる勝利に過ぎない。 だが、それは彼らにとって確実な、そして意義ある勝負だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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