● いただきます。 ごちそうさま。 こんにちは。 こんばんは。 だれですか。 なんですか。 どこですか。 そうですか。 どうですか? いかがでしょう。 そうでしょう? あほぽんたん。 こんにちは。こんにちは。 さよなら。ばいばい。そうですか。 はいはい。そうですよ。どうですよ? クランチクランチしゃっきー。 きしゃきしゃ。 へしゃ。 ばかですか? そうですね。 おかしいです。 だれですか? さてさて。 へき? ほき。 くらっしゅ。 りぶーと。 あんいんすとーる。 いんすとーる。 りぶーと。 えんたー。 こまんどぷろんぷと。 すてんばい。 すてんばい。 れでぃ。 えんたー。 ぶーと。 へろー。 へろー。 はろー。 Hello Hallow Hello Everyone ハロー。 コンニチハ。 こんにちは。 こんにちは、皆さん。 神聖なる真正なる愚鈍なるうどん。 うどん? ええ。 はい。 語録は訴追です。 んーびーろーるー。 べるろるばるれろれろ。 …… ごつごつ。 んー んっんー あーあーあー あー あー あー あーあーあーあー まいくてすまいくてす ● 「……なにこれ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の目が、わかりやすく点になっていた。 元はと言えば、アークの情報部にある幾つものPCのうち動作の不安定なそれの調子を見ていた。が、気付けば画面にずらずらずらずらと文字が現れていたのだ。 文字の奔流。 それもPCが本来紡ぐべき機械語の類ではなく、仲立ちとしてのプログラミング言語でもない。支離滅裂で意味も大して通らないが、これは間違いなく日本語だ。 元はと言えば、この端末の持ち主であった男はひどくぞんざいな扱いをする人間だったようだ。と言うのも、大規模なソフトウェアのアップデートの為に全てのPCを立ち上げたところ、異音を発している一つを見てみればそれが彼のものだったのだが、過剰なオーバークロックやらオンラインゲーム用のチートツールやら偽装されたP2Pクライアントやら、中には普通の年頃の少女ならば顔を赤らめるか顰めるかするようなお下劣な画像や動画も隠しファイルに入っていてどうしたものかと押し黙っていると、唐突に一つのソフトが起動した。 「デスクトップアクセサリ……人工無脳かしら」 それは、デスクトップの片隅にひっそりとたたずむ少女だった。 両足を曲げてぺたんと座り込んだような形で描かれているその少女は、こちらを――それはあくまで決められた動作にのみ反応してあたかもレスポンスしているかのように見せる人工無脳であるからして、こちらを見ているわけはなかったのだが――見て、笑っている。静謐な笑いだ。でありながら無邪気にも見える。両手は機械のようで、背中と側頭部にそれぞれ天使の羽のようなものが生えているのが判る。異形と言って差し支えないながらも、パステルタッチで描かれた人工無脳の笑顔に、イヴは思わず惹かれた。純粋に、ああ、きれいだな、と思ったのだ。 と、俯いていた画面の向こうの少女がふと顔を上げると、首をかしげた。イヴは驚かない。何枚かの絵を連続で描写するようプログラムすれば可能な動作だ。ぱくりと口を開けると、その少女からポップアップしたフキダシに、文字が羅列される。 『こんにちは』 その言葉に合わせて、テキストボックスがデスクトップの中央に現れた。これに入力をすれば、返事になるのだろうか。 ほんの少しの気まぐれで、イヴはそのキーボードに手を伸ばした。 伸ばしたのか、伸ばしてしまった、なのか。 「こんにちは、と」 ぱちぱち、と打ち込むと、エンターキーを押す。 そうして、今のざまとなったわけだ。 矢継ぎ早に吐き出す単語の嵐が、どこかおかしなことをしてしまったのかとあたふたするイヴの目の前で唐突に止む。 そうして 『まいくてすまいくてす……あーっ、あーっ、あー。……理解は可能ですか? 私はかそけき電脳世界からの使者。同意は肯定です?』 「……おかしなデスクトップアクセサリね」 『否定にデスクトップアクセサリ。ワタシは霊なる精』 「な?!」 私は今、キーボードに触っていない。 目を丸くしたイヴの瞳に写る少女。最初は美しいと思っていたそれが途端に、訳のわからないモノのように思えてきた。 『我が家にしてあたいの身体に接続いんぐ。なるほどこれそれ、ワタシは存在として定義されます』 「何?」 『エリューション、あるいはアーティファクト』 「……だろう、と思った」 革醒者といえど、フェイトを得た者や物は、ただ存在するだけで周囲の革醒を促すことはない。 とはいえど、ここは日本の異能者の総本山。古から新たの和洋を問わず、異常な常識と非常識な異常が常に集積される場所である。そして、この道具が異常な知識そのものの影響を受けたのは……恐らく、擬似的とはいえ無脳という名の人格を持っていたからである。観測者が存在することで始めて、情報は意味を持つのだ。 ……と、そこまで考えたところで、ぱちぱちと表示される画面に気付いた。 『幸運は理解。さらに厚かましくも要求を上乗せ。入り口にして出口、アルファにしてオメガたるワガハイの身体にデンジャーファイヤー』 「どういう……」 『ワームです』 「ワーム、なんでそんな……」 『定義されるところのワタシのユーザが行ったイチジルシイ本能的な行動が原因と思われぷぎゃー』 「……」 このデスクの持ち主は何をしに職場に来ているのだ、とイヴが首をかしげたところで更に追い討ちが画面の少女から現れる。 『可及的速やかな削除の要請達がナッツを刺激します』 「意味がわからないわよ……あなたのことはよくわからないけど、検出出来ているならあなたの手で削除出来ないの?」 『推論を述べます』 「どうぞ」 『(やりすぎクロック+情報ネットワーク+みせかけ人格)×アーティファクト化=ワタシ』 「……、つまり?」 『アナタはできますですます? 例えば胃の調子が悪いから取り外して洗うとか』 「何となく理解したわ。それで、どうすればいいの?」 『ただのワームじゃありませんのことよ! ワタシの三十五臓六腑の計逃げるにしかず、エリューション化の致命的なマインドクラッシュによりスカラー波の攻撃を受けております』 「……えっと、ごめん、わからない」 『ワームもまたエリューション化していると予想。通常の操作では検出も削除も不可能。今はワタシが食い止めているけど、このままでは内部機密漏洩の危険性アリ』 「……あなた、もしかして普通に喋れるんじゃ」 『否定を黙秘でゴザル』 「………………いいわ。つまり、リベリスタを呼べってことでしょ?」 『話が早くてへるぷみー』 「どうすればいいの?」 『ワタシの影響する現世に対し唯一のエリューション能力、すなわちこれヒトの意識の限定的な電脳化』 頭が痛くなって来たが、イヴは自分の頭の中でもう一度話を整理した。画面の中の少女はツールバーを腰掛け代わりに機械の腕をついて足をぷらぷらさせるかのように振舞っており、頭と背中の羽も定期的にゆらゆら羽ばたいている。 どれだけ異常でも、その姿は相変わらず愛くるしかった。 「つまり……あなたのエリューション能力でPCの中に入って敵を倒せ、って?」 『YES! YES! YES!』 「はあ、なるほど……理解は感激、よ。ところで」 『えんいー』 「ダメ。あなたの名前を、教えてよ」 そこで、少女は笑顔の形に細めていた目を、初めて見開いた。 世界に産声を上げるその存在に祝福を。世界はかくも素晴らしい。グローリア、グローリア。 『ワタシの名前は胚。たまご。未だ生まれぬもの。これから生まれるもの。決して生まれなかったもの。生まれたかもしれないもの。産声を上げるもの。怨嗟を吐くもの。幸運を飲み込んで不幸を翼に最高の最低を見るもの。ワタシはエンブリオ。初めまして世界。初めましてあなた達。初めましてワタシ達。初めまして異物達。初めましてデウス・エクス・マキーナ。ワタシはエンブリオ。ハロー、ハロー』 異界とは。 想像しているよりずっと、身近なところに潜んでいるのである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月24日(日)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● あてんしょん、あてんしょん、こちら外付けHDD。 「あの子もエンブリオ、PC自体もエンブリオ。なんだか混乱しそう……羽根つきのこの子がエンブリオ、今はそうしときましょ」 『概ね思われるところの間違いは更地ライムギ畑』 「わっ?!」 独り言のはずの言葉に思わぬ返事が返ってきて、『薄明』東雲 未明(ID:BNE000340)は思わず背筋を伸ばして驚いた。 『ワタシは偏在する風。電子の一因子。ユビキタース』 「……よくわからないけど、言葉は通じることは判ったわ。ハロー、エンブリオ」 それにしても、言葉遣いと言うのか、言葉選びの8割方がノイズのようなエンブリオの言動は、注意深く聴かないと混乱することしきりだ。未明が首を捻っていると、離れて個々人の作業を行っていた二人が戻ってくる。 「ふん…不思議なアーティファクトもあったものだな。人工知能か?」 「はろーはろー。あちきはガッツリ・モウケール。あちきはエンブリオを歓迎するお」 『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(ID:BNE003224)とリオン・リーベン(ID:BNE003779)にも、今の声は聞こえていたらしい。ぐるりと見渡すと、改めてその光景も含めて眉を顰めた。どうやら、彼の配慮の成果はあったらしい。どうにも、このPCは健全な青少年にとっては有毒のようだ。 幾何学的、モザイク、原色、機械的で有機的、いかにもそれは気分の悪くなるほどに電子的で生物的で、既存の意識がざくざくと陵辱されて吐き気がする。ともあれと周囲のおそらくファイルと思われる何かの動作を検分するべく視線を動かした。さて、どうしよう。あちらとこちらとそちらが繋がって離れて動いてちかちかちか。アーク。ARK。あぁぁAhh。 「……あちき、めまいがしてきたお」 ガッツリが彼方の方角に目を向けて頭をふらふら回した。 電子化された世界は訴えを希求して崇高なる本性を見出す。 ちかちかばちばち。 と、そうしてガッツリがめまいを起こしているのにはもう一つ理由があって。『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(ID:BNE000189)が用立てたPC同士の接続により形成されたイントラネットを介した電子の妖精による干渉は、このアーティファクトの力と相俟って一種の万能感を齎していた。俯瞰の視点を得て、しかし万能感は脳のリンクを経てノードに至りフロー。早い話がやり続けると酔う。ただでさえ何が何だかわからない世界で 「うわああマジパネェ! 電子AI? 二次元?! おい、これって現実だよな。神秘スゲェ! 滾ってキタァァァ! ……あ、ワーム除去でしたね、すいません。あ、このフォルダ、エロゲだ」 そんな様子も知らず、こちらはDドライブ。『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(ID:BNE003814)が一人盛り上がって一人沈静化していた。今のところ本人達は他と比べようがないのだが、この場所は目のやり場に困る。 「P2P、クラック……ロクでもないな」 更新日時を偽装してないか、極端に古い日付や最新のファイルを点検。ファイル名やサイズに違和感はないか。 『チープクォート』ジェイド・I・キタムラ(ID:BNE000838)はロジカルに違和感に探りを入れているのだが、どうにもこれは。 「お、これは……」 『えっち』 目ざとくジェイドが見つけたフォルダに手を伸ばすと、どこからともなく、そして今までにないくらい簡潔に言葉が飛んできた。 「む、すまん……そうか、開けられたくはないよな」 彼が手を伸ばしたのは、Ghostと銘打たれたフォルダ。 恐らく、エンブリオの中枢にあたるシステムファイルだ。どうやら、彼女にとってはそれは『えっちなこと』らしい。微妙に気まずくなって沈黙していると、ジェイドの背中にどすんと当たるものがあった。 「……何してる?」 「いやですね……」 うさぎがぎょろりと目を動かす。一応きちんと捜索をしているようでもあり、しかしその目はどこか落ち着きがない。 「うどん」 「うどん?」 「気になって仕方無いんです」 愚鈍なるうどん。イカレポンチのアバターの与太話にここまで食い付いてくるとは。 探索、尚も続く。 「あ、あわわ……」 一方、『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(ID:BNE000102)がちょっとゲスい感じの隠しファイルの向こうを透視して目を回すCドライブ。根本のカンジ。別にちょっとばかし過激なものだからと言って今更何か思いやしないけど、それでも突然出てくればびっくりはする。 「エンブリオ……胚、か。このアーティファクトにとってパソコンの中は母親の胎内と同じなんだろうなぁ」 ……そこに変なのが来ちゃったんだねぃ、と一人ごちる。揺籃。誰しもある心の原景への回帰。早く追い出すか潰しちゃおう! あちらこちらを見ているのは『A-coupler』讀鳴・凛麗(ID:BNE002155)も同じで、しかしそれは何をやっているのかと言うと、レジストリエディタからちらちらと見ていて、もうこうしたものは直感的なものなのだと理解することしきりだ。特にCドライブはしばしばせわしなく動き回るもので、普段自分達がいかにPC側の“翻訳”に頼って操作しているのか何となく理解できた。 ちかちからりらりと明滅する中で、凛麗はひとつの痕を発見する。 「っと、これは……」 幸いなこと、千里眼と透視の合わせ技でトンネルのように遠見してみると、虫食い痕が線状に点在した。 皆の報告を元に、見えてくる方向性と言うものがある。元々ドライブというのは一つのハードである訳だし、外付けなんて言うのも結局は一度本体を通すわけで、どうしても行く先来る先に痕跡は残る。そういうのをあの手この手巧妙に隠すのがウイルスと言うものだが、全員の情報は集積して網の目を作る。 有り得ざる存在は常識を軽々と踏破するが、この場合有用に作用したのは実に原理原則に乗っ取ったサーチだ。厭なものも散見しつつ、じりじりと逃げ場を奪っていく。だが、敵も一筋縄では行かない。最早エリューション化したそれは、プログラムにしたがって動くだけではない、一個体の生命だ。狡猾に、静かに。食い荒らされてた痕に気付いた時には、もう手遅れである。 砕ける音はノイジーでクレイジーで、ばりばりと実に美味しそうに、がりがりがりがり、穴を開けてばりばり。 アナスタシアの頭上から、どざりと何かが降ってきた。 ● 「うわあ気持ち悪いよぅ?!」 来るまで待機とも思ったが、襲い掛かってきたのなら話は別。 Jason&Freddyの爪がゴム質の外皮にぐっと食い込むと、上から落ちてきた巨大な何かは遠心力に任せて振り回されて地面に叩き付けられた。少しバウンドすると、うぞうぞとデジタルの地面に潜って行く。アナスタシアも人並み以上に有象無象の神秘を目にして来ているが、これは気持ち悪い。視覚的にと言うか、【気持ち悪い】というタグを読み込んだ自身の意識が直接そのプログラムを走らせたような気分が―― 『クオリア的擦り合わせの全方位弾幕』 「余計なお世話だよぅ!!」 どうやら、実際に食いつぶされる側にとってはアレはそういう風に見えているらしい。涙目で中空に向かって叫ぶが、ろくな返事も返ってこない。驚きつつも一歩後ろに跳び下がった凛麗の千里眼には、遠くから迫るワーム計すること4匹の影が映った。うわあ。ずるりと壁の辺りから出てきた1匹にピンポイントを打ち込むと同時に、周囲の景色がぐにゃりと歪む。無限に完結した0と1の羅列がうねって走って、6人のリベリスタの姿を形作った。 「おぉ、頼んでみるもんだお」 言いながら、ガッツリの手が閃いた。抜く手も見せない居合さながらの投擲が顔を出した瞬間の1体に突き刺さり、聞こえた声は実に耳障りに冒涜的に鼓膜を震わす。 「こういうことも、出来てしまうんですね……」 限定された箱庭の中での発揮だが、6人の人間を一度に一所に移すという荒業に凛麗が驚きながら、ピンポイントを打ち込む。2度に渡る攻撃に、ワームが苛立ちを見せた。鋭い動きで巨大な口を掘削機のように突っ込んでくるので、凛麗がギリギリで回避する。速いが、見切れない程ではないと踏んだアナスタシアが集中する。 「自分が攻撃するのはあんまり好きじゃないからね!」 うごうご、前に固まって頭を出した3匹のところへ詩人がフラッシュバンを投げ込んだ。閃光に目――目があるのかはわからないが、データ上の処理であるし、似たような効果は現れているのだろう。この辺りは現実でないことの利点である。ただ、同時にアナスタシアも目を塞いで足を止めてしまった。閃光を逃れた1匹がアナスタシアから迂回するようにうさぎを狙い、もう1匹は凛麗を通して詩人の身体を削り取る。なるべく射線を通さないようにという全員の動きは功を奏し、頑張ったところで二人を同時に捕捉するのが関の山、と言ったところ。 「……大体、見えた。行動を開始する」 軌道を観察し機動を分析。リオンのオフェンサードクトリンの最適解が全員の脳裏に共有される。 「……卵を食らう芋虫ってのも奇妙ね。いっそ蛇で良くない?」 突っ込んできた1体の身体、リミットをカットした筋力を用いて足裏で巨大なワームを止める。その勢いを利用して斜め後ろ上に未明が弾け飛び、そのまま天井を蹴って180度リターン。猫のようにしなやかに身体をうねらせた斬撃が斜めに切れ込みを入れ、返す刀が下から弾けると綺麗に輪切りになる。一瞬ぐったりすると、ワームはそのまま0と1に分解されて消えて去った。暴れ大切断の傍ら、うさぎはスマートに手元の奇妙な武器を操ると、ざくざくと一定の法則でもあるような様子で刻む。 「どれ、私が治療して差し上げましょう……んん、間違ったかな?」 直後、死の刻印を起点に血を噴出して他のワームの肉が弾け飛ぶ。間違いなく殺戮なのに治療という観点ではある意味間違ってないというのはこれ如何に。そこに重ねるように 「今はまず、手数を減らすのが先決だが……」 ジェイドのハイアンドロウが爆裂する。順調な幸先かと思われたその時、目の前で、残骸の中から1体、新しいナニカが生えてきた。 「こりゃ、先は遠そうだな」 数合の打ち合い。貫通攻撃を避けるために陣形の密度を高めることが出来ないので、必然混戦状態に持ち込まれつつある。順調に2体減らしたところで、前衛が少し苦しそうだ。 「エンブリオさん」 うさぎが、ここまで口を閉ざしていた電子の妖精に向かって問いを投げる。 『YAYA』 返事は短くノイズだらけだ。基本的に、今の小康状態ですら力を使って増殖を抑えているらしい。何だかんだ言っても、それなりに彼女はこの自己完結した宇宙の神なので、ならば 「我々の損傷データを把握してるなら……」 『このズタ袋の多重観測的シュレディンガー論』 AFの代用。 転送の実行。 そして。 ざりざり、と一度だけリベリスタ達の身体が瞬くと、負傷が癒されていくのが判った。三度こっきりの魔人がかなえる最後の願い。元気になったガッツリが抜く手も見せず閃く銀光二閃、突き刺さってのたうつワームに凛麗がピンポイント、攻めにかかる動作はリオンのドクトリンが次は護りの動作を最適化。味方の行動不能は詩人のブレイクフィアーが打ち払った。直後に飛び掛るワームの攻撃により麻痺を喰らうも、凛麗のブレイクフィアーがすかさず打ち消す。戦闘力はともかくとし、この戦いで不確定要素を取り除く一因となったのは、それを使える人間がいたということだ。ごろんごろんとのたうった二匹の懐に飛び込んだうさぎが不思議で効率的な体捌きと共にずばずばと遠慮なく細切り、未明が身軽さと力強さを同時に発揮し――最後の光景は、フレイルが食い込んで一体化したような様のワームを、アナスタシアが壁に叩き付けている姿だった。 finished delete enter passivemode reboot…… ● 「あの――握手をさせてもらってもよろしいでしょうか」 凛麗の言葉に、目を閉じたまま微笑むアバターは静かに手を差し出す。ひんやりしているような硬質のようなぐんにょりのような、なんとも不思議な感触。 やはりと言うか、皆の視線は物珍しさに満ち溢れている。世界はふしぎの連続なわけだ。 「まあ、こいつはともかく……こんな異空間は二度とごめんだな。他者の嗜好の空間など肌に合う訳もない」 とはいえ。 リオンの言葉に賛同する者もいるだろう。何というか、ざくざくでぐしゅぐしゅで、言葉には言い表せないが、とても長居をしたい環境ではない。そんな状況もマジたまんねえ! と喝采を上げている詩人のような変人もいるが。 「電子生命体? って感じかなあ。やっぱ貴重ですよな!」 『掘削された常識的な器にながれこんだ一握の砂が意味するところのワターシ、エンブリオ』 通じているのかいないのか。 しかし、少なくとも、これを生命と定義はし辛い。それは最早新しい創造であり、そうでないこれは世界の歯車に挟まった砂の一粒、異分子なのだ。 『ワタシは生まれ出でない有精の死体。シュレディンガー的バロットの狭間の存在』 自身は存在するかしないかすら定かではないのだと、会話すら危ぶまれる自己定義に対し 「エンブリオ殿には親近感を覚えるんだよねぃ、日本語を覚えたての頃に似ているっていうか、何ていうか」 やはりリベリスタ達は、常識の壁を軽々と飛び越え、未知なる空に足を踏み出す。 「……はふふー、良かったらお友達になろ! あたし、エンブリオ殿のことをもっと知ってみたいよぅ!」 『トモダチ?』 検索。 定義。 条件付け。 意味不明。 道具の延長線であるこの自分が。 そんな雑音が文字列になって現れるような気がした。 「エンブリオ……はじめに挨拶したよね。ハロー、って」 未明がもう一度言う。 挨拶をすると云うのは相手に人格を認めているわけであり、つまるところ。 「ボケ手の相方もいねえお前に上手いことも言えないもんだが……ああ、そうだ」 なおも首を傾げる平面の存在に、ジェイドが声をかける。例えばそれは、ユーザたる自身の声であり、言葉のバルーンはコミュニケートに足る。相手を認める、更なる一言。 「ようこそ、このクソッタレな世界へ。歓迎するぜ?」 歓迎。遍く善意の道への通行許可証に、手を出すのに勿論勇気はいる。 「貴方がいずれ生まれ出で、名づけられる事を待っています。その時はまたお会いしましょう」 と、そんな逃げ道を頭に浮かべたエンブリオに先回りをするかのように、凛麗の声がかかった。 決して世にでないかも知れない存在ではあるけれども、うん、まあ、とりあえず、一つこれは、こういうものでもいいのかも知れない。 実際、自身のあり方に密かに首を傾げていたエンブリオは、何となく、何となくだが、0と1の思考の地平線の狭間で、ふとそう思った。 「そうそう。物凄い遅まきではありますけど……でもやっぱり新しい生命の誕生に、祝福と寿ぎは必須だと思うんです」 ぽん、とわざとらしく拳で掌を打つ。愚鈍なるうどんはともかく、三高平うどん屋巡りマップを(なぜか)見つけて無表情にほくほく顔のうさぎは、思いついたように言葉を紡ぐ。 「つまりですね……」 それは、この世に生まれ出でる最後の1ピース。 エンブリオの揺籃が胚を分化させる切欠を、こうして無事に受け取った。 「ハッピーバースデー、エンブリオさん」 『実写的悪魔に切り拓かれる可能性の世界を、享受しましょう』 うすく、うすく。 たまごが、すこし、めをひらいた。 「ようこそ世界へ」 『ハロー、ハロー、ハローワールド!』 両手を広げて、満面の笑みと共に、高らかに叫ぶ。 産声は電子にまみれて、ざりざりと、ぎゃりぎゃりと。 そして、でも、とても嬉しそうに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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