●ビジネス 「なぁ、どんな奴らだと思う?」 天上の星と地上の星とに挟まれた中空の闇で、声がした。 海を渡る巨大にして長大な鉄の吊り橋。海の中に間隔をおいて建つ主塔が、鋼鉄のワイヤーを吊り、何千トンという張力の均衡で橋を支えている。 「少しは手応えがないと面白くない、よ、な」 その鉄塔の途中、踊り場のような作業場で小さな小さな火が灯る。相棒が手の中に包むように灯した火に煙草を寄せた痩身の男は、紫煙を吐き出すと、期待を自ら否定するように肩を竦めた。吐いた煙はわだかまる間もなく強風にさらわれていく。 『ちょっと先輩! 遊びじゃないんですから真面目にやって下さいよ!』 割り込んできた女の声は、男が片耳に嵌めたイヤフォンからのもの。 「うるさいぞ、入江。俺は仕事を真面目に愉しみたいだけだ。それよりおまえ、ポーッとして津雲さんの足引っ張るな、よ」 襟元の小型マイクに呟いた男は、『な、なんで私がポーッとしなきゃならないんですかっ!』と一層甲高く喚きだす声に顔をしかめてイヤフォンを耳から抜いてしまう。 踊り場のへりに立ち、遥か下を流れる無数のヘッドライトを眺めていた男は、 「……瀬野」 寡黙な相棒のたった一言の意味を解してイヤフォンを着けた。 『状況は』 「明るすぎるアレがみんな沈んだら、星が良く見えるだろう、な」 低く問うた声は、関係のないことを返す男にかすかに苦笑するような吐息を洩らした。無駄話をできる状況、という彼なりの返答に応えて短く言う。 『明るすぎる天の川も悪くないがな』 「ああ、嫌いじゃない」 『……だが、仕事だ』 わかってる。 当てつけから生じた命令だとて、任務は任務。遂行するのがプロの仕事。 答える代わりに口を噤んで、苦々しい煙を胸の奥まで吸い込んだ。指先で弾いて捨てた煙草の火は、天穹の瞬きをも掻き消すような地上の光にすぐに紛れて何処かへ消えた。 ●ミッション 「どうにも大変でいけないね」 猫の手を借りたいくらい忙しいってのは冥利なのかもしれないが、と語る『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)は、前の卓での斡旋を終えると休む間もなく次の卓に着く。 「キャットハンズオールフリー、何せラヴ&ピースが一番だから。沙織ちゃんも情勢を調べてるらしいけどね、おまえたちにもご協力願いたいってワケなのさ」 言葉は軽いが、告げられる事実は軽視できない。 今回予見されたフィクサードの目論みは、橋の破壊だという。 「海を渡る交通の大動脈、地上のミルキーウェイは両岸の恋人たちの逢瀬を助けてるっていうのにな」 実行されれば被害は逢瀬だけでは済まされない。光の帯を描く数多の車が暗い海の底へ沈むだろう。 「吊り橋を吊るワイヤー、その命綱を繋ぐ主塔のひとつに奴らは潜入してる。塔の入口まではアークが手配するから、あとはおまえたち、頼んだぜ」 まず直通エレベーターで塔の大部分を一気に上がる。扉が開けば申し訳程度のエレベーターホールに、二人の黒服が待ち構えているだろう。 「待ち構えてる、って言葉は実に正しい。入口を施錠しエレベーターを止めとけばおまえたちの突入は困難だ。だが、そうはしなかった」 覚悟して臨めよ、と言外に告げる。 「最初の二人をどうにかして梯子を上がれば、そこから上は吹きさらしの踊り場だ、作業用のな。踊り場ったって、あんまりアグレッシヴに踊りすぎて転落するなよ?」 その踊り場にも、黒服が四人。更に上の最上段の踊り場に、もう二人。 最上段の二人が、ワイヤーの切断かなにかの破壊工作を進めているようだ。 「途中の踊り場に居る、赤毛のファンキーな男と、スキンヘッドの大男には気を付けろ。他の奴らとは格が違う。それに、最上段に居るオールバックの男と若い女の二人もだ」 四人の精鋭と、四人の部下という構成と思われる。 「部下ったって一対一ならおまえたちより強いんだが、あとの四人は格が違う。倒してから進もうなんて考えてると間に合わないぜ」 つまり、奴らの破壊工作が完了してしまうというのだ。 「なら、どうすりゃイイかって? 簡単だ。良くあるだろ、『ここは俺に任せて、おまえたちは先に行け!』ってヤツがさ」 もちろん、敵は黙って進ませてくれるわけもないし、格上の相手を抑えておけなければ仲間を先に行かせても意味は無い。 「奴らはプロの仕事屋だ、手抜きはしない。中には未知の技を使う者も居る、強敵だ。だが、どうやら時間の都合もあるようでね、おまえたちが善戦して奴らの持ち時間を過ぎさせてしまえば、奴らは破壊を諦める」 破壊を阻止できれば、それは勝利だ。 伸暁はそう言って、リベリスタらを送りだした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月29日(日)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●迎 ……くる。 肌が粟立つ。研ぎ澄まされた勘が脳裏に警鐘を鳴らす。 「みなさん! 気を——」 気をつけて。『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)が発した警告は、半ばにして暴力的な噪音に掻き消された。 エレベーターの扉が開いた途端、待っていたのは熱烈な出迎え。射線を重ねた二丁のマシンガンが火を吹き、銃弾が雨霰と降り注いだ。 敵は、待ち構えている。襲来を待つ者がエレベーターの到着に備えぬはずもない。 「想定内、だよ……」 残響が消えるよりも早く、身を低くした『眠れるラプラー』蘭・羽音(BNE001477)がホールへ踏み込んだ。頬には一筋の朱が走っていたが、防御を固めていた彼女が負ったのはほんのかすり傷。対して、羽音と英美を除く多くは——獣の半身が反応した者は痛打こそ免れたが——手痛い鉛の歓迎を浴びていた。 切先が鋼鉄の床を撫で、耳障りな音と火花を散らす。身の丈ほどもある大剣を振り回した羽音は、勢いのままに手近な一人を斬りつけた。刃に満ちた力が弾け、黒服の身体が吹き飛んだ。鉄柱に叩き付けられた黒服を追い、攻勢を重ねる『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。 「時間は少ない、一気に行くぞ……!」 両の刃に全身の力を乗せて一閃する彼に、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)も全力で続いた。残像を描き幻惑を呼ぶ剣技は、黒服が身をかばう腕をすり抜け急所を穿つ。 その一方で、力を温存する者の攻撃は威力は元より精度の点でもなかなか決定打とはなり得ない。リベリスタの攻撃が二人のどちらに集中するでもなくばらけたことも黒服らを持ち堪えさせた。冷徹な銃口を向け、敵は再び引き金を引く。 けたたましい銃火が薄暗い空間を断続的に照らし、床に、壁に、新たな紅を塗りつける。 『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)の背に護られながら、『無謀な洞窟探検者』今尾 依季瑠(BNE002391)は口中で素早く詠唱を紡いだ。硝煙に混じる色濃い血臭を、聖なる歌が薄めていく。 「おぬしらと長々戯れては居られぬで御座る!」 煌めく螺旋を描いた糸が、触れるものを切り裂いた。『ニューエイジニンジャ』黒部 幸成(BNE002032)が全身から放つ気糸に締め上げられ、血塗れた音を立てて突っ伏す黒服。 ようやく、一人。 だがもう一人とて手傷は深い。残る一人が乱射した銃弾が、不運も重なり深手を負っていた坂東・仁太(BNE002354)の残る力を撃ち砕いたが、リベリスタらの猛攻が集中すればその先は無い。やがて手から滑り落ちたマシンガンが硬い音を響かせて床に転げた。 第一の戦場を制圧し振り向いた一同の目に、震える膝を押さえて立ち上がる仁太の姿が映る。 「よっしゃ、進むぜよ!」 腹を貫いた銃創を押さえ、彼は激痛すら笑い飛ばすように言った。 「こっからが本番じゃきぃ、わくわくするのぅ!」 ●送 下段から覗かせた顔の間近の床を叩いて、弾丸が弾け飛ぶ。 慌てて一度頭を引っ込めた羽音は、意を決し先陣を切って踊り場へ飛び出した。短銃の狙いが彼女に引きつけられている隙に、次々と踊り場へなだれ込む戦士たち。 「あんた、雨堂っつーんだってな」 名指しされたスキンヘッドの大男がわずかに首を動かした。サングラスの奥の視線が向いたであろう先には、『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)。 「その名前はなにか? ギャグか?」 神経を研ぎ澄まし一息に肉薄するも、雨堂は腰を落とし身構えただけで特に何を言うでもない。 「鈍い野郎だな」 なおも凍夜はせせら嗤う。 「流石、ウドウの大木は一味違うってか」 それでも、やはり口を開かない。対峙はしても手を出してこない相手に意識の一端は残しつつ、雨堂はまたちらりと首を動かした。この場の敵には目も呉れず踊り場をつっきろうという五名のリベリスタ。その目指す先を横目で確かめたのだろう。 行く手を塞ごうと踏み出した大男に、今度は極細の罠が投じられる。 「君達強いんでしょ、ならさっさと俺達を倒せば良いんじゃないの」 闇の瞳に然したる色も乗せず、ミカサが煽る。投じた気糸は絡む間も無く引き千切られたが、一瞬でも雨堂の意識がこちらに向けば儲けもの。 そのとき、寡黙な相棒に代わるように声がした。 「俺を、無視するな、よ」 言うが早いか床を蹴った赤毛の男に『Gentle&Hard』ジョージ・ハガー(BNE000963)が対応する。だが、側面を位置取るだけでは障害足り得ず、彼を一瞥した瀬野が五名の一団の横っ腹に突っ込む足は止まらない。 その進路を断ったのは、狙い澄ました一矢であった。 「邪魔せんといてくれんかのぅ」 硬貨をも射抜く精度をもって、仁太が文字通りの足止めを図る。 「邪魔してんのは、そっちだ、ろ」 飛び退って避ければ進路も逸らさざるを得ず、瀬野は小さく口を尖らせた。 上を目指す五名の背に発砲音を響かせる黒服には、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が優雅にささやきを送る。 「お相手を間違えていてよ」 凛とした声音は刺すような棘を孕み、蜂の襲撃を引き連れて薄く微笑む。前衛に並び立つ英美も加わった二重の弾幕が、余所見など許さぬとばかりに降り注ぐ。 「……じゃあ、また、……あとでね」 梯子に手をかけた羽音が残した呟きは強風にさらわれたが、構わない。今はただ仲間を信じて進むのみ。役目はこの先にこそあるのだと、拓真は振り向かず梯子を上る。 「先にどうぞで御座るよ……!」 仲間に梯子を譲り、幸成は柱に飛びついた。梁、筋交い、面を接したあらゆる物を足場に忍者はするすると鉄塔を登る。雨堂が再び視線を向けたときには、上へ向かう最後の一人、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)の足が上階へ消えるところだった。 プロに対する礼儀は、己もプロで在ること。 自らの仕事を全うすべく、彼はぴたりと銃を構えたまま上へ続く道を背に立ちはだかった。 「さあ、ショウ・タイムだ。お付き合い願えるかな、ジェントルメン?」 手招く代わり、軽く顎を上げてうそぶいてみせる。 ●阻 高度が増すにつれ、大気は荒々しい本性を表しはじめる。 亜麻色の髪が乱暴に掻き乱された。髪留めごと持っていかれそうな突風のなか、羽音の目に飛び込んだのは、やはり強風になびく金髪だ。 「あっ、来ました! 来ちゃいましたよ津雲さん!」 わたわた見上げる若い女に、落ち着け、と男が小さく唇を動かす。手には鈍く光るレンチらしきもの。ワイヤーを留める根元の金具を外すことで、橋を支える張りを断とうということか。 「そんな……こと、……絶対に、させないっ」 最上段の踊り場の中央を貫く支柱の先、ほんの数メートルのところに金具はある。裂帛の気合いを発し駆けた羽音は、支柱の足元に立つ女目掛けて鉄塊のごとき剣を走らせる。 ギィン、と鋼がかち合う音が響いた。柱から飛び降りた津雲が割り入り、強襲を懐刀で受け止めていた。刃の角度を逸らし威力を減じた手練はしかし、続々と現れる者たちに眉間にわずか皺を寄せる。 「リベリスタ、新城拓真だ。……一応聞くが、手を引く気はないのか?」 陰謀を砕く意気を漲らせた拓真が、津雲の正面ににじり寄る。幸成の姿が一瞬闇に紛れたのは、彼の影がゆらりと立ち上がったからだ。 「悪いが、これも仕事でね」 困ったものだよ、『上』のいがみ合いもね。 ふ、と苦笑を洩らしてみせるものの、言葉ほどの感情は窺えない。二人対五人、その状況を「上等だ」と言い切る男は、運命を引き寄せんと己を高めた。 総毛立つ肌は上積みされた力を察していたが、お望みとあらば幾らでも戦いを挑んでみせる。拓真は剣のみに神経を注ぎ、臆せず斬りかかった。 「無辜の人々を、犠牲にはさせない!」 叫びは夜空に霧散して、人々の耳に届くことはない。それでも、彼は彼の流儀を曲げる気など、毛頭無い。 「入江」 短い言葉が指示を告げた。投げ渡されたレンチに女は素っ頓狂な声を上げる。 「えっ……。私が、ですか?」 「あとはボルト一本だ。……それとも、彼らを受け持つか?」 「い、いえ! いいです、私こっちやります!」 しゃきんと背筋を伸ばし支柱に登ろうとする女を、けれど幸成が放ってはおかない。影を連れ音も無く馳せた忍者は、突きつけた短刀を囮に、絡め取るように気糸を放った。 そこに息吐く間も無く重ねられる鷲祐の連撃。羽音が全力で一閃した大剣が身をよじり仰け反った女の喉元を脅かす。 「ちょっと! なんで私ばっかり!!」 批難がましく喚いた入江は、銃を構えた束の間の静止から瞬時に魔弾を発射した。 巨大剣を振り上げれば撃ち抜かれた二の腕が悲鳴を上げたが、羽音は猛攻をやめるつもりはない。同じく執拗にメガクラッシュを繰り出す拓真の双剣を自ら飛び退ることでいなした津雲は、その狙いを察して瞳を細めた。 「……なるほど。ならば、目には目を、といこうか」 ●耐 「おまえ、ソレ、全然愉しくないだろーが」 首筋を伝う血で立て襟を染めた赤毛の男が文句を垂れる。 「……我ながらセコい戦い方だよね?」 ミカサが拭う口元の血は、彼自身のものではない。 吸血と防御に徹し消耗を抑える彼の戦略を瀬野は「つまらない」と断じたが、それも仕事と言われれば肩を竦めた。大仰な溜息が示すのは共感か、諦観か、はたまた別のものか。 「けど俺、おまえの相手すんの飽きてきた、ぞ」 そうボヤいた姿が眼前から消えたと思った次の瞬間、背後に殺気を感じたときにはミカサは喉に溢れ返った己が血潮に溺れていた。 依季瑠は瀬野の未知の動きに目を見張ったが、呆気に取られている暇はない。すぐに清純を喚ぶ祈りを紡ぐ。鉄骨の狭間を吹き抜ける強風がふわりとやわらぎ、癒しの微風が舞い降りた。 掻き切られた首を押さえたミカサの足に踏み止まるだけの力が戻ったのを見て、瀬野が舌打つ。とどめを刺すべく踏み込みながら、指先だけを依季瑠に向けた。 「いいか、そこのおまえ。俺様は女子供は滅多にヤらないが、あんま目障りだと」 「興味ないですね」 語るポリシーを言葉半ばで切り捨てられて、男は思わず歯噛みした。 「おい、おまえらあのメット女を狙……」 部下を振り返った男は、今度は自ら言葉を止める。 短銃を操る二人は度重なる銃撃に蜂の巣にされ、流星のごとき光弾を浴び、既に一人は伏している。 戦乱のなかでもジョージの照準は違わず獲物を捉え続けた。瞳を細めて引き金を引けば、寸分狂わぬ射線の先で黒服の額に紅い華が咲く。血を噴いて倒れた部下が起き上がらないと見るや、狙いを即座に次へ移した。 「加勢します!」 英美の良く通る声と共に飛来する風切り音。弓を離れた正確無比な矢が、対峙する凍夜を追い越し雨堂の肩に突き立った。 ここぞと抜き放った小太刀が澱みなく闇に閃く。初めて攻勢を見せた凍夜に、雨堂もまた初めて表情をあらわにした。ほとんど動かぬ顔のなかで、片眉だけがかすかに跳ねる。防御に徹する相手にやはり退屈していたのか、音速の斬撃に身を刻まれながらも男は手応えを確かめるように、全身の気を溜め握り直した拳を突き出す。 ミシリとあばらが軋み、肺が潰れる。 吹き飛ばされる凍夜の姿に仲間の誰もが息を呑んだが、彼が中空に放り出される寸前、その身を受け止める者が居た。後方に居ながらも常に立ち位置を調整していた仁太だ。 ヒュウ、と瀬野が口笛を吹く。 「おっさん、読むねぇ」 眉を上げ驚いた素振りを演じた男は、しかしすぐに真に驚愕するはめになる。 「まだ、終わってねえっつてんだろ……」 ぐったり意識を失ったかに見えた身体を仁太が床に下ろした際、凍夜が咳き込みつつ上体を起こしたのだ。 「粘っこい男は嫌われる、ぞ」 渋面で吐いた瀬野は、 「瀬野」 相棒が顎で示したほうを見遣り、さらに苦虫を噛み潰したような顔をする。 「うわ、しつこ」 「……俺って結構、鬱陶しいでしょ」 エンドレスの吸血地獄をやっと終わらせたと思ったのに、ミカサが強風によろめきながらも再び立ち上がっていた。 全力で邪魔をするのが、今回の仕事。 嫌がらせのように立ち続けることこそが最高の成果に繋がるのだ。 ●刻 冷徹な思考が凝縮された力に変じる。圧縮が解けた瞬間、周囲を巻き込み炸裂する。 津雲が放った力の奔流は、激しい爆風を伴い入江に肉薄するリベリスタらを襲った。まともに喰らった羽音の口からくぐもった声が洩れた。 衝撃に身体が浮く。爪先が床を離れる。 吹き飛んだ彼女の視界はあっという間に暗転した。いや、星の無い夜空が見えたのだ。そして煌めく大地の星々が頭上に見えた。 真っ逆さまに、落ちる。 頭の片隅で覚悟を決めたとき、がくんと肩が抜けそうな衝撃と共に流れる景色が止まった。 「羽音殿、しっかりで御座る!」 面を成す全てを足場に動く幸成が、伸べた片手で腕を掴んで命を引き留めていた。半ば倒れ込むように踊り場へ引き上げられる姿に一同は安堵の息を吐いたが、その隙にも津雲は視線で入江を促す。 柱と女を背負い立つ津雲に、拓真が二振りの剣を手に躍りかかる。横凪ぎの一閃は懐刀に跳ね上げられたが、同時に振り下ろしたもう一振りが袈裟斬りの手応えを得た。 入江が反射的に拓真に銃を向けるも、津雲に低く一喝され、唇を噛んで支柱を登る。 ボルトにあてがったレンチを二度ひねった女は、手首に裂くような痛みを感じて悲鳴を上げた。腕に、身体に、煌めく気糸が巻き付いていた。 蜘蛛の糸にも似た、けれど強靭な撚糸を束ねた幸成に女が引きずり落とされる。 取り落としたレンチが鋼鉄の床を跳ね、鷲祐の靴にぶつかった。 レンチを拾い上げた彼へと走りかけた入江の肩を押しとどめたのは、津雲の手だった。ちらりと伏せた視線が腕時計を確かめる。 「時間だ」 口元に寄せて告げた腕時計にはマイクが仕込んでもあるのだろう。 それからの動きは迅速の一語だった。斬りかかる孝平に津雲が応じる間に、その脇をすり抜け踊り場のふちへ駆けた入江が跳んだ。間髪入れず津雲も後を追う。 「ちょい待ち。もう、ちょっ、と」 「……」 自身も傷を負いながらも物足りない様子の瀬野は、無言の却下を示した相棒に問答無用でかっさらわれる。痩身を小脇に抱えた大男もまた、踊り場の端から強い追い風に乗って身を投じた。 「どうして、こんな……」 踊り場のふちに駆け寄った羽音は、遥か足下の海面に上がった飛沫と、波を引いてやってくる一艘のモーターボートを目にして呟いた。 一体、何を始めようとしているのだろう。 その信念がどこにあるかまでは知れないが、一陣の風のように退いた手際にジョージはプロの手前を見たとも思う。 支柱を確かめた拓真は緩んだボルトを締め直し、冷えた柱に手を寄せる。 眼下に煌めく無数の光は、今宵の一切を知らず、変わらぬ流れを描いている。 だが、それでいい。 それこそが、橋を護りきった何よりの証なのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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