●BIG7 壁に掛けられた六つの大型モニターに映る、何れも癖のある――油断のならない『旧友』を眺めながらその男はへらへらとしたふざけた笑みを崩しては居ない。 『……用があると呼び出したのは主の筈だが、黄泉ヶ辻』 重厚な男の声が呆れを孕む。年の頃は四十半ば過ぎ、筋骨隆々たるその身体を黒い道着に押し込めた男は眼光鋭くカメラの向こうの『彼』を――黄泉ヶ辻京介を睨んでいる。 「そう、焦らない。焦らない。全員揃うのは久し振りじゃん? 六道ちゃん」 泣く子も黙る六道ちゃん――六道当主・六道羅刹の剥き出しの日本刀のような威圧を浴びながらも皮張りの椅子に深く座り、机の上に長い両足を投げ出したままの京介は意に介した様子は無い。 「こうして話し合うのは『蝮』の時以来? いやぁ、あの時は面白かったけどねぇ。特に最後!」 『……それは宣戦布告かね? 黄泉ヶ辻京介』 『こら、京坊! あんなもん、話し合いって言えるかい!』 『相模の蝮』事件の最終局面は互いへの不信感から来る空中分解である。それに楽しそうに触れられれば主導的な立場でそれを牽引した逆凪黒覇が気分を害するのは当然であった。スマートなスーツ姿に一分の乱れも無く整髪料で丁寧に撫でつけられた黒髪。外見は如何にも紳士然としたこの男が見た目程穏やかな人間で無い事を知る三尋木凛子は(やや薹が立った)自慢の美貌に苦笑を浮かべ、不穏に緊張しかけた空気を取り成した。 『冗句より、時は金なり。唯の暇潰しならば他を当たって貰いたいが――』 それから――あのエージェント・千堂を利用して黒覇の作戦に致命的打撃を加えた謀王・恐山斎翁その人もである。彼も又、あの事件を振り返って欲しくは無い人間の一人であった。 「相変わらず若作りだねぇ、凛子ちゃん」 『京坊!』 「んー? 俺様ちゃん、別に遊びで呼び出したりしてないよ?」 京介は相変わらずのらりくらりとモノを言う。 コーンの上のアイスを齧りながら、注意力散漫といった風。 日本フィクサード主流七派。カメラ越しとは言えど、一堂に会する事は珍しい。 「恐山の爺ちゃんの『七派のチョーワ』のルールに従って報告をしようと思ってね」 『京の字よ、てぇ事はおめぇ』 察し良く京介の言わんとする所を察したのは藍の着流しに身を包む巨漢――大親分の貫禄を十分に見せる剣林百虎である。 「そーそー。最近、あんまりつまんないからねぇ。 ちょっと俺様ちゃん、遊んで貰おうかと思ってねー」 生き馬の目を抜くとも言われる無法地帯、戦国日本でしのぎを削ってきた彼等七人の首領は互いを良く知りながらも基本的に群れる事をしない。かと言って本格的対立や衝突を望まぬ七派は、互いが互いに対する抑止力となり、牽制しあう事でその『首領級』が動き出す事等も封じてきたのだ―― 「よーするに、俺様ちゃん出撃するよってワケ。まー、何処までやるかは気分次第だけどねん」 ――混沌に籍を置きながらも一種の調和を期待する七派に於いて、建前とも言うべき形で用意されたルールが『首領が直接動く前に事前に互いに通達する事』であった。これまでにこのルールが適用された事は無い。何故ならばそれは『首領が動く』という致命的な隙を獅子身中の虫に告げる事に他ならないからである。 リベリスタとフィクサードは敵同士だが、かと言ってフィクサードとフィクサードは仲良しこよしの味方であるという事は無い。七派に於いてさえ唯一真の混沌とも呼べる黄泉ヶ辻は一種の腫れ物扱いでここに在る。何をしでかすか分からない、出来る事ならば関わりたくない――その認識はリベリスタのみならずフィクサード達も共有する部分なのだから、成る程。彼等にだけは協定のくびきが通用しないのも又道理ではあった。 『――ま、いいじゃねェか』 沈黙が降りた会談の場に次の言葉を投げたのは顔に刺青を入れた凶相の男――七派の中でも最も残忍で最も危険と言われている裏野部の首領、一二三その人だった。 『六道の。お前の妹も散々暴れてる。逆凪の。不肖の弟だけならまだいざ知らず、テメェが分家の餓鬼を使って何か企んでるのは分かってンだ。ま、俺のトコも他人の事は言えねぇ。黄咬のが楽しい楽しいパーティさ。最初から問題は程度なんだろ? なぁ、爺さんよ』 『まぁ、な。黄泉ヶ辻の本隊が動くならば話は少々ややこしくなるがな。 あくまで京介殿、個人のお遊びならばまだ――』 七派協定の顧問とも言うべき斎翁が一二三の向けた水に渋々といった調子で頷いた。枯れ木のような老人の頭の中は今この瞬間にも猛烈な勢いで思考を回転させている。一二三はコーンをバリバリとやり始めた京介にもう一度視線を送ると言葉を続けた。 『だ、そうだ。黄泉ヶ辻が動くワケじゃねぇんだろ?』 「一二三ちゃん、いいヤツだねー」 けらけらと笑った京介は一二三を持ち上げ、その言葉に頷いた。逆凪と三尋木が比較的親しいのと同じように狂気めいたこの二人も相性が良い。一二三の顔を立てる……という程理性的な男では無いが、京介は楽しそうな表情のままモニターの中の六人の顔を見回した。 「大丈夫、ちょーっと遊ぶだけね。俺様ちゃんが個人的に。あくまでちょっと。 黄泉ヶ辻は別モンよね。ねー、ナツキ、フユミ」 「いちいち、構ってられないし」 「全部思いつきなんだもの、この人」 京介は傍らに控えていた黄泉ヶ辻の幹部二人に声を向けた。二色のゴシックロリータに身を包む二人の『少女』が首領達が目にするモニターに映り込む事は無かったが。 「ね、ね! だから大丈夫っしょ」 閉鎖主義の黄泉ヶ辻、何を始めるか分からないという意味では最悪である。コントロール出来ない彼の気まぐれな動きを歓迎している首領は居ない。しかし、六人の首領はその内心は様々ながら彼の言葉を消極的に肯定した。 その縄張りを鬼の居ぬ間に喰らおうと思える相手ならばどれ程良かった事か。言って聞く人間ならは最初から苦労は無い。 否、『チョーワ』の為の報告なんて最初から大嘘である。 京介は嫌がる首領達の顔を見たかっただけなのだ。 そしてそんな単純な事実は当の首領達も嫌と言う程知っていた。 「いいね、いいね。皆愛してるよ、あいらびゅー!」 はしゃぐ青年の名は黄泉ヶ辻京介。通名を『黄泉の狂介』。 好き好んで関わっては『いけない』人間の一人である―― ●阻止任務 「アークの皆さんの胸キュンリベリスタ生活に潤いを添えるハッピー★宅配便、皆のアシュレイちゃん(22)が今日もやって来ましたよ!」 リベリスタ達が神妙な顔をして集まるブリーフィングルーム。壮絶なサバを読みながら相変わらず狂気に満ちた発言を展開したのは言わずと知れた究極のサゲマン――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)その人であった。 「……重大な事件と聞いて来たんだが」 「はい。重大ですよ」 うんざりしたような顔を見せたリベリスタの問い掛けを魔女はあっさりと肯定した。 「非常に危険で重大な事件なので、せめて空気だけでも明るくしてみようかと思いまして!」 「……」 「重要なポイントは『起きた』ではなく『これから起きる』です。 阻止出来るタイミングでの話なのですから、リラックスが大切ですね!」 「……それはもういい。で、本題は?」 アシュレイの戯言を遮ったリベリスタは彼女に先を促した。少し拗ねたように頬をぷくっと膨らめて唇を尖らせるその姿は到底『最低』三百歳には見えない部分である。 「えーと、国内主流七派。フィクサードですね。 皆さんも多数の交戦を繰り返している相手だと思いますが、何と今回」 「今回?」 「その内、『黄泉ヶ辻』の首領さんが暴れだすみたいです。どんどんぱふぱふ!」 「……は?」 「この方、黄泉ヶ辻京介様は白昼の駅前に出現する模様ですね。 ええと、それから見渡す限りの人をぶっ殺し、駅を破壊し電車を横転させ、銀行を襲撃し、最後に辺り一面火の海にするようです。このままなら」 「……」 予想以上の『最悪』さに絶句するリベリスタ。 多かれ少なかれ『黄泉ヶ辻』は何を考えているか分からないが、首領ともなればその狂気に輪がかかってくるらしい。 「ジャックじゃあるまいし……そんな事してタダで済むのか?」 「まぁ、流石に素顔を晒して矢面に立つ心算は無いみたいですけどね。京介様は幾らか『手勢』を連れてくるようですよ」 「手勢?」 「『手勢』って表現が正しいのかは微妙でした。『武器』の方が良いのかも知れません。あの方、私も知っている『ある』アーティファクトをお持ちのようでして……」 「……そりゃ、どんな?」 「遠隔操作で知的生命体を含む物体を人形のように操れるアーティファクト。 名前を『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』。十本の指にそれぞれ嵌める銀色のリングなんですが、これ。喰らえば囚われるのはリベリスタでもフィクサードでも変わりません。 欧州在住のウィルモフさんが作った最悪の……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月14日(木)23:53 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●黄泉の狂介I 白昼を征く悪魔が下手な歌を口ずさむ。 ――――♪ 大きく息を吐き出したリベリスタは疲労の圧し掛かる身体に鞭を入れるかのように、洒落た赤いジャケットを引っ掛けたその男を見た。 蒸す陽気にも関わらず汗一つ浮かべていない彼は何処か皮肉だ。涼しい喫茶店で十分に時間を潰して今ここにやって来た――知れた事実は知れているだけに誰の胸にも苛立ちを積もらせるそれだろうか。 「……成る程、いい性格ですね」 一人ごちた雪白 桐(BNE000185)の声には呆れと感心が半ば程、マーブルしあっているそんな調子。 不自然な熱気とノイジーな気配に攪拌された六月の空気が足元から這い登り全身の肌に絡み付いている。 まさに文字通り剣呑としたその場所は色濃く死と魔性を湛え――無傷の者等、『例外』を別にして居る筈もない。 この場所は戦場だったのだ。否、起きた理不尽は戦争ですらない。どんな理由も無く、或る日突然――『訪れてしまった災厄』は天災めいた人災だ。世界を染める赤い炎の舌と断続的にパチパチと爆ぜる火花の音色は『常識の世界に在る筈だった』白昼の駅前が非常の時間を迎えている事をまさに言葉よりも雄弁にリベリスタ達に教えていた。 ――――♪ しかして、その『例外』は自らが引き起こしたとも言えるその惨事に何ら頓着する事は無く。 まるで自身に注目するリベリスタ達をからかうようにその唇の端に歌を乗せている。 「それも、アメイジング・グレイス……」 七布施・三千(BNE000346)の声は硬い。 白昼を堂々と闊歩する悪魔は聖なるかな、聖なるかなと大いに皮肉を謳っているのだ。 「洒落てるでしょ?」 「最悪です」 平素から穏やかな三千が珍しく苦虫を噛み潰したような顔をした。 それは気楽な足取りで、全く子供じみた落ち着きの無い姿であり。同時にタールを丹念に煮詰めたかのような粘ついた悪意そのものも思わせた。 彼我の距離、僅か百メートルにも満たず。焼け溶けたアスファルトを踏む面々の影法師が正午より傾いた太陽に照らされて伸びている。 「ご機嫌麗しゅう、『京介さん』――」 張り付いた血と汗で汚れた頬を軽く拭い、『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が水を向ける。 「高見の見物はおしまい? 人形劇はここまで?」 「楽しめたでしょ?」 「この辺で勘弁してよ、僕ら頑張ったじゃん。暇潰しなら美味しい蜜豆の店知ってるよ、良かったら一緒にどう?」 「そりゃいい提案だ。『陰ト陽』なら俺も付き合うよ」 吐き気にも似た怒りを押し殺す夏栖斗の軽口に『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が相槌を打つ。やり取りは軽いが『極自然に』悪魔の、例外の、京介と呼ばれたフィクサードの行く手を阻むように味方より前に出た二人はフロントを形成し、一切の油断が無い。 「御厨夏栖斗に新田快。何処にでも沸くんだなあ、英雄君。ウチにも占い屋はいるからねぇ。君等が見えてこりゃいいやって笑ったモンだ」 そんな姿を見て、京介と呼ばれたフィクサードが足を止めた。 「でも、俺様ちゃんパフェ三つも食べて来たんだよねぇ」 全く気楽な言葉を吐く京介はギラギラと煮える戦場の空気と隠せないリベリスタ達の敵意にもまるで気負った様子は無い。 堪えに堪えて夏栖斗が言った『暇潰し』程度を理由に惨状を引き起こして起きながら、そんな事気にも留めていないのだ。 「どうして――関係ない人を巻き込むのですか」 「面白いから」 「楽しくなんてないです。面白くもないのです」 柳眉を釣り上げた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の目に憤慨の色がある。僅かに生理的な涙が溜まっている。 そのピンク色の瞳に神秘の光を湛える彼女は思わず口を突いて出た質問の『無意味さ』を知りながら問わずには居られなかったといった所か。 そうしてやや『感情的』な所を見せながらも彼女は一方で何処か冷静に――京介の能力の看破を試みている。 (やっぱり、簡単に底は見せないのです) そあらの目に映る彼は果たして本当の彼なのか――それ自体が定かではない。 「これが――『黄泉の狂介』――」 へらへらと笑う男は一見すればまるで気を張っていない。完全に迎撃の姿勢を整えたリベリスタ達に対して余りにも隙だらけとも言える態度と姿だが――『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の首筋を流れた汗はかえって冷たいものになった。 (――決して当たって欲しい予感では無かったのですが) フィクサード主流七派の最大戦力は『首領自身』。悠月の予感は果たして、いざ『狂介』に相対してみれば疑う余地も無い確信へと姿を変えていた。主流七派においても最も異端であり、最も閉鎖的であり、最も不気味と呼べる勢力『黄泉ヶ辻』。彼女自身、それなりに多くのフィクサードと相対し、多くの狂人を見てきた自負はあったが――京介の纏う空気はそれ等と比べても一際禍々しい。 「……」 悠月は一文字に引き結んだ形の良い唇の端を強く噛んだ。 言うなればそれは『逸脱』である。あの後宮シンヤが望み、その一歩を踏み出しかけた『逸脱』。魔人ジャック・ザ・リッパーと比してどうなのかは彼女の理解に及ぶ筈も無かったが――それが一種の同種である事は分からない筈は無い。唯、言い切れる事は――黄泉ヶ辻京介は後宮シンヤの遥か先を歩いている……そんな単純事実である。 あの日以来なのだ。 確かにあの日見た『逸脱』そのものなのだ。 理屈よりも先に多くの死線を潜り抜けたリベリスタだからこそ直観する、肌のざわつくような感覚は―― 「人形遊びが好きなら一人自室で遊べばいいものを」 全く淡々と唾棄するように『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が呟けば、悠月は追従するように苦笑いを浮かべている。 「しかし、『現れてしまったものは』仕方ないのだろうな――」 長い黒髪が吹き抜けた温い風に靡く。小柄な少女のなりをしたユーヌは『自認する普通』よりは随分と腹の据わった調子で言葉を続け、黒い目を剣呑に細めて歓談に応じる様子の京介を見つめていた。 「出来れば、勝手に果てて満足でもしてくれていれば手間が減ったのだがな」 「愛の『交歓』はお互いに楽しむものでしょー?」 「生憎と楽しむ謂れも、楽しませてやる義理も無い」 愛らしいと表現するべきその可憐な容姿は事の他手厳しい毒を吐く。 全くすげないユーヌに手足をブラブラとさせた京介は「まったくだ」とケタケタ笑う。 彼我の関係を思わば、全く有り得ない位に気安い『談笑』はしかして至上の緊迫感を孕んだままだ。 「相棒、何分……何秒ならもたせられると思う?」 「少なくとも二十秒、いや三十秒は――」 「それなら、倍だ」 少しずつ煮詰まっていく空気に空元気でも余裕を見せて夏栖斗が訊いた。快が答えた。 拳をこつんと合わせた夏栖斗の言葉に快は頷く。 「……あくまで個人的見解を言うならば」 高まり続ける殺気の濃さにポツリと桐が言葉を発した。 「こんな『絶対強者』とやり合う機会なんてものは――中々得難い。悪い気はしないんですが」 「ふぅん?」 「面白がってばかりも居られない、状況ですよね?」 構えを取る桐の大振りの獲物が雲間から覗く太陽の光をぎらりと跳ね返した。 初夏には一足早く汗ばむ陽気に汗が浮く。 世界はほんの少し前まで平和だったのに。六月の晴天の見下ろす光景は煮沸した地獄のよう。 悪辣さは、嫌という程知れていた。あれだけ丁寧に教え込まれてそれを知らないリベリスタは一人も居ない。 「出来れば、交戦したいシーンではありませんでしたが――」 「勿論――」 何処か諦念の感じられるユーキ・R・ブランド(BNE003416)の声。 『黄泉の狂介』の名を持つ男は両手を横に広げ、何処か芝居がかった調子で言った。 まさに鼻腔を突き刺すような死臭と格別の狂気を湛えて、彼はリベリスタ達に言ったのだ。 「――一人たりとも、逃がさねー。俺様ちゃん、全員この場でぶっ殺すから」 ●狂気劇場I 時刻は少し遡る―― 「――――!」 息を呑んだのは誰だっただろうか。 予想とも、予定とも異なるタイミングで鼓膜を揺るがしたその爆音と。苛烈な火の手に絶句したのは誰だっただろうか―― 白昼の駅前のあちこちで炸裂した爆弾は平穏な日常の時間を一瞬で悪夢の様に染め替えていた。 それぞれ、役割を分担して――そこにある人間という、かけがえない命という『守るべきもの』を避難させようとしたリベリスタ達は広がる最悪の風景に刹那、悄然と意識を奪われていた。 事件の始まりはブリーフィングで告げられた一報だった。 国内主流七派『黄泉ヶ辻』が首領、黄泉ヶ辻京介が動き出した――有り難くない事実である。 元来、絶妙なパワーバランスの上に成り立つ七派の首領達が簡単に動く事は無い、それが神秘界隈の常識ではあったのだが。特に無軌道な『黄泉ヶ辻』と京介は『暇潰し』等という酷い理由で本来重い筈の腰を上げてしまったのだった。彼の目論む『見渡す限りの人をぶっ殺し、駅を破壊し電車を横転させ、銀行を襲撃し、最後に辺り一面火の海にする』を『察知してしまった』アークは凶行を食い止める為の戦力を繰り出した。『彼の言う暇潰しを本気の戦争に変えさせない』程度の戦力を――精鋭を当てる事で被害を食い止める……目論見を言葉にすれば簡単だが、それがどれだけタイト・ロープを渡るような芸当かは言うに及ぶまい。 京介は三十体の人間と二体なる異能を己が力、アーティファクト『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』で操作するという。 到底看過出来ないこの事件に相対するのはアークの中でも最精鋭級といっても良い十人のリベリスタ達だった。元より全ての被害を押さえ込む事等不可能に近い事は知れていた。しかし彼等は自分の中でのベストを尽くすべく、その小さな掌を一杯に広げ、零れいく砂を掬い取ろうと努めたのである。 「駅構内で火事です、駅の外に逃げてください! いいですね、駅の外に逃げてください!」 虚脱している暇は無く、三千が必死に声を張る。 「爆弾テロだ! 駅からできるだけ遠くへ! 建物は駄目だ! 早く!」 同じく別所で。駅内部の避難誘導を請け負った快が怒鳴る。怒号と悲鳴と混乱に塗れた現場に負けじと聞き慣れぬ位の剣幕で声を張る。 本来リベリスタは三千と快が駅内部に居る多くの人間を逃がし、その間仲間達が『マリオネット』と『廣瀬孝司』、『バラバラ死体』を食い止めるという作戦を用意していたのだが――展開は全くその状況に達していない。 混乱の中、逃げ惑う人々の中――無表情のまま動かない子供が言った。 『火事だのテロだのさあ。叫ぶのもいいけど、それってリアリティの欠落じゃん?』 無表情のまま動かない女が言った。 『面白くないんだよねぇ、それ。実際に人を逃がすなら一発ぶっ飛ばした方が早いじゃん』 腰の曲がった老人が言った。 『だから、俺様ちゃんが手伝ってあげたのよ。マリオネットも五体は減って――良かったね、リベリスタちゃん』 『暇だから』凶行を計画し、自ら前に出た京介は『面白くないから』リベリスタ達の避難誘導を許さなかったのだろう。 駅前に散った彼のマリオネット達は『予定通りに』無差別の爆破を敢行したのである。リベリスタ達の取らんとした作戦は極当たり前で、極普通のそれだったが、避難させるなら何処か吹き飛ばせば手っ取り早い――等と言う狂人が相手では話が別である。 「黄泉ヶ辻、京介……!」 遥か彼方、数百メートル以上の距離を置いて――悠月と京介の視線が絡む。 千里の距離さえ短縮するその魔眼はお互い様か。視線は確かに合っていた。 銀色のスプーンで生クリームを頬張る京介のその表情はまるで彼女に笑いかけるかのようだった。 「――好きにはさせません。絶対に……! せめて……犠牲だけでも、最小限に食い止めましょう」 悠月の語気が何時に無く強い。 幸いにして京介もリベリスタ側を甘く見てはいないらしかった。駅前付近に幾らかの数のマリオネットを散らしているのは確かだったが、その大半は一つの戦力として纏められており、リベリスタ側がこれを補足するのは易かった。 「五感の共有。精密極まりない遠隔操作――ついでに頭のネジがぶっ飛んでいる。厄介極まりないとはお前の事だ」 駅前の広場で主敵とも言うべき戦力に相対するのは悠月や『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)以下、八人のリベリスタ達である。 廣瀬孝司より三千、快の聞いたものと同じ言葉を聞いた彼女達は悲鳴と混乱に塗れた現場で既に戦闘を開始している。 その始まりは済し崩しとも言えるものであったが、何れにせよ長い猶予が認められていない事は確かであった。 「……っ!」 前に出る孝司の動きは格別である。アークの精鋭リベリスタさえ寄せ付けぬ猛烈な勢いは渦巻く烈風となって夏栖斗の姿を叩き巻いている。 そこへ次々と飛び掛らんとする老若男女バラバラのマリオネット達を身を翻したユーヌが迎撃した。 「まったく、非常識な連中め――」 圧倒的な速度を誇る彼女の始まりの一手は敵陣に怒りを植えつけ自身に攻撃を集めんが為の『挑発』だった。 素晴らしい機動を誇る彼女の技量は簡単に捉えられるものでは無い。被害を少しでも減らし、効率の良い戦いを展開するという観点に於いて彼女の考えは確かに正解だった。果たして心を揺さぶる衝撃は見事多数のマリオネット達を貫き、彼女は自身の策の成功を確信したのだが―― 『頑張るねぇ、ユーヌちゃん? でも操られる木偶に自由なんて無いんだよ。引きつけたいなら俺様ちゃんを何とかしなきゃ』 ――成る程、けらけらと笑う京介の言にも一理ある。『狂気劇場』の操る人形達は自身の心に従って、自身の自由に従って行動している訳では無い。何の能力もない一般人の群れがユーヌに肉薄する事等元より出来ないのだからそれは当然である。 「煩い。口を縫え」 『おー、怖い! 可愛い!』 (何れにせよ――少しは――) ちらりと周りの風景に視線を送ったユーヌは周囲から人がはけているのを確認した。 火の手の上がる駅内部の様子は彼女には分からなかったが、そちらは快と三千が対応している筈――と考える。 『でも、早く何とかしないと今度は警察ちゃんに消防ちゃん、病院ちゃんもここに来ちゃうよ? まーた爆発しちゃうかも?』 マリオネットが次々と不快な言葉を発している。女の声が子供の声が――京介の肉声ではない声が愉悦を隠し切れないといった調子。 不意にバランスを崩しかけたユーヌをマリオネットの指先が浅く抉った。 小さく漏れた少女の声。赤い血がパタパタとアスファルトに降りかかる。 「悪趣味め。まさに命懸けの遊び(ゲーム)か、人使いの荒い……ッ!」 数体からなるマリオネットの猛攻を身のこなしで翻弄するユーヌを『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が援護する。 「精々楽しめ。結果の保証はしないがな――!」 白昼に星が瞬く。旧式のマスケット――火縄銃の銃口は信じ難い程に精密に星の尾を引く光弾を疾(はし)らせた。 まさに狙撃こそを身上とする彼が狙ったのは動き回るマリオネットばかりでは無い。唯命中させる事等、この男にとっては所詮児戯。彼が狙ったのはそのマリオネット達が備える京介の玩具――強力な爆弾を繋ぎとめるベルトだった。 言葉にすれば余りに容易い。 しかして人間離れした猛烈な動きで戦闘を展開する小さな的を『切り離す』等という芸当がどんなものかは言うに及ぶまい。 『流石、八咫烏! 『伝説』に比べたら人形は随分役不足?』 「……造作ない事だ。人形も、お前も」 快哉を上げる京介に唇の端を吊り上げた龍治は挑発めいた。 京介の反応は待たず、コレに続いた者が居た。 「救いたくない訳じゃない――」 目を大きく見開いた碧衣の頭脳が最大限に活性化していた。 瞬時で状況を見極め、見えぬモノまで見通した彼女の認識は、演算は――状況を圧倒的に『正しく』分解する。 「――必要なら躊躇はしない──殺す覚悟も無くこの場に立ちはしないさ」 碧衣の指し示すその先に無数にも思える光の線が降り注ぐ。 その一本一本が精密極まる『ピンポイント』。まさにその異名の面目を躍如した彼女の一撃は鮮やかに間合いを切り裂き、弾幕に留まらぬ『全弾命中の当然』を達成した。 神気と精密なる射撃を繰る彼女は言葉通り冷静だった。 願わくば不殺、願わくば一人でも少ない犠牲を。それは当然の事としても、それが叶わなかった時の――叶わない時の覚悟をも決めている。 散りかけたマリオネットの足を強かに貫いた光線は迷わぬ彼女の戦闘論理をまさに示していると言えるだろうか。 (いつも通りだ。いつも通り──皆で帰る為の糸を手繰って掴み取ってみせるだけだよ) 凛とした視線はそのままに、碧衣は自分に言い聞かせるように内心だけで呟いた。 畏れは無い。畏れは無いが否応無く高まる動悸は『黄泉ヶ辻』の発するプレッシャーによるものか―― 「貴方の相手は私です」 明らかに人間的ではない――まさに壊れた人間を思わせる不自然な挙動を取るコートの女――バラバラ死体をユーキの切っ先が牽制した。 「残念ながら、ここは貴方がこれ以上在るべき場所ではありません」 手にしたバスタードソードが迫る影を指し示せば、黒い霧が白昼に存在感を現した。 敵影を巻く漆黒は中世の拷問具の名さえ冠した深淵騎士の得手である。スケフィントンの娘は一切の容赦なく哀れなる死体を黒き苦痛の箱に押し込めたかのように見えたのだが―― (……流石に、一筋縄ではいかない……!) ――京介の言葉を借りるならば所詮それは操作された物体に過ぎないという事なのだろう。 ユーヌの挑発が効果を発しなかったのと同じように、バラバラ死体の動きは止まらない。ユーキの放った呪殺は確かに『彼女』を貫いてはいたがその効果は限定的に留まっていた。 おおおおおおおお……! 京介の言葉に拠らず。どんな原理か、死体が悲痛に泣き叫ぶ。 かくかくと不自然に傾ぎ、バラバラに切り離された四肢を不自然に動かした女は変則的な動きに引きずられ、やや態勢を乱したユーキに一気に組み付いた。 『キャットファイトってヤツだねぇ』 至近距離で聞く京介の言葉にユーキの柳眉が否が応無く歪む。 馬鹿馬鹿しい程の怪力に四肢が引き千切られるイメージが浮かぶ。骨が軋み、筋が千切れるそんな気がした。 (やはり、やはりこの戦いは――) 押し倒されるようにアスファルトに叩きつけられ、抵するユーキは『想定していた事実』を再認した。 (――これ等を無理に生かすものではない。これは、犠牲を『出さない』のではなく『減らす』仕事) アークの若さと理想が理解出来ない訳では無い。悪魔に操られた一般人や廣瀬孝司を救いたいという仲間達の気持ちを理解しない訳ではない。しかしユーキはそれ自体が黄泉ヶ辻京介という悪魔が丹念に仕掛けた罠であるような気がしてならないのだった。 「……っ、あああああああ……ッ!」 彼女の首元に血塗れて壊れた女の貌が喰い付いた。 「簡単には……!」 自身もマリオネットに集られながらも、悠月の術が危急のユーキを支援する。 乱戦めいた戦場に次々と訪れる危機。黙っていないのはこの時の為に戦場に居る――そあらである。 「傷つけたくないなんて綺麗事言ってられないです。 あたし達が負けたり……爆発してバラバラになってしまったら救えないのです……!」 声は激励となり、天使の歌が響き渡る。 そあらの持つ異能者としての魔力は案の定と言うべきか『泥試合』の様相を見せる戦況に確かな楔を打っている。 状況を強引に引き戻し、戦う為の力を与え続ける。攻め手に向かう余力こそ薄いが戦線を支える意味はそれ以上に大きい所。 「退きなさい」 桐がバラバラ死体に斬りかかる。 やはり不自然な動きでユーキの上から飛びのいた『彼女』は生臭い匂いを吐き出して澱んだ眼球をぐるりと剥いた。 「人を……人を守るための力をこんな風に使わされるなんて悔しいだろ! 目を覚ませ!」 渦巻く風を弾き飛ばし、夏栖斗が裂帛の気を吐いた。 意志の無い瞳で動き続ける戦闘人形(マリオネット)に彼は渾身の掌打を打ち込んだ。 確かな手応え。短い呻き声と共に孝司の体がくの字に折れる。 『あー、やだやだ。リベリスタってのは何時もそればっかりだもんねぇ』 しかし、京介の言葉は気楽そのもの。 彼は傷みもせず、血の一つも汗の一つも流さずに涼しい喫茶店で『暇潰し』をしているに過ぎないのだから。 ●狂気劇場II (笑っている……) 悠月の見据える京介は未だその重い腰を持ち上げない。 一進一退の消耗戦は一層激しさを増していた。 パーティは各々が自分の仕事を理解し、戦術の下に戦闘を展開していたがそれは京介側も同じであった。 異常とも呼べる程の視野の広さと集中が『狂気劇場』の副産物なのかは知れなかったが――文字通り全てを一に操作する彼のマリオネット達の連携は臨機応変に場を見て的確に動き得るリベリスタ達と比べても劣るものではなかったのである。 「遅れましたっ! すいません――!」 戦場に離れて避難誘導に当たっていた三千が参戦する。 彼の衣装は煤に汚れ、丸い眼鏡にはヒビが入っている。駅構内で更なる犠牲を生もうとしたマリオネットを阻止し、身を呈して一般人を守ったのが彼である。その消耗は否めないが、彼が未だに高い士気を保っているのは一目見れば分かる事実であった。 「……これ以上は、兎に角……!」 「ああ」 そして、もう一人。三千の後を追うようにリベリスタ達の戦場に舞い戻ったのは快も同じである。 短く頷いた彼は三千と同様に――傷みながらもその瞳に烈火のような意志を燃え盛らせていた。 「『幸いな事にまだやれる事は多い』」 快の背筋をおこりのような寒気が舐め上げた。 許せない。けれど怒りに身を任せたとしてもこの状況は突破出来ない。 未だ京介は大いに余力を残し、『面白半分』で事態を更に悪化させる手段を握ったままである。 (冷静になれ。冷静になれ。冷静に、落ち着け――) 鉄分の味が滲む程に唇を噛み締め、暴走しそうになる感情を唯理性で封じ込める。 今、自分が為すべきは何かを考えた。それは即ち――彼の目が見通した残る爆弾を処理する事である! 「――夏栖斗!」 「ああ!」 圧倒的とも言える快の装甲とタフネスは苛烈な孝司の一撃さえ食い止めた。 『相棒』の献身を受けた夏栖斗はこの機会に更なる痛打を叩き込む。 「しっかりして下さい――!」 そあら、悠月に加わった三千の呼ぶ聖神の奇跡は傾く天秤を大いに押し戻す。 新たなピースの登場に隙の生まれた戦場にリベリスタ達の躍動は『観客』を大いに喜ばせるものになった。 『追い詰める程に味わい深い。いいねぇ。それでこそ、俺様ちゃんの遊び相手に相応しい感じじゃん。いいよ、いいねぇ!』 「抜かせっ!」 軽薄な声を龍治の一喝が遮る。 彼の繰り出した連続攻撃は幾度目か素晴らしい精度で敵を撃つ。 手足がもげる。首が落ちる。殺さねば殺される――如何ともし難い戦場にそれ以上の情は無い。 例えその的が『唯の哀れな犠牲者だったとしても』である! 『バァ』 如何にパーツが損傷したとしてもその京介のコントロールはその程度では外れない。 首のもげた女の体が龍治に向けて組み付いた。 「……!」 身を捩った彼の足に下半身の無い子供が絡みつく。 同時に轟音。連続して爆花が咲き、火炎と爆煙に龍治の姿が見えなくなる。 『あーあ、動かせなくなっちゃった』 流石の人形もこれでは機能しない。辺りに飛び散った炭と肉片に京介は退屈そうな言葉を漏らした。 倒れる龍治は辛うじて運命とリベリスタの頑健さで一命を取り留めたものの、それ以上戦う術が無い。 「こちらが狙いか――」 大きくバックステップを踏んだ碧衣が思わず小さく呟いた。 黄泉ヶ辻京介は狂人である。しかして彼は唯気楽のままに暴れ、リベリスタに楽をさせる心算は無いようだった。 パーティの生命線は回復を主に担うそあら、三千であり、同時に圧倒的な精密さで敵を追い詰める龍治、碧衣である。彼等の目的がこれ以上の被害を食い止める事ならばそれは尚更で『スナイパー』の仕事はその双肩に重く圧し掛かるのは必然。 京介は自分のゲームにとって『何が脅威』かを考えているのだ。それは木偶を食い止める前衛ではない。強固さにモノを言わせ死力を尽くして前を守る夏栖斗ではない。快ではない。倒す事が目的ならばそあらや三千を狙うのが道理であり、弄る事を狙うならば龍治や碧衣が捨て置かれる道理は無いという事だ。『破壊程度』では沈黙しない敵の数は多く、リベリスタは敵の攻勢をコントロールする事は出来ないのだから! 「簡単に、やらせない――!」 執拗な追撃を受ける碧衣が反撃とばかりに鮮烈な光を放つ。一面を灼いた白光に幾つかの敵個体は小さくない打撃を受けたがそれまで。 まるでビデオをもう一度再生し直すかのように敵の濁流と爆花の乱れにさしもの彼女も吹き飛ばされる。 『ごめんねー』 二人は脆く、京介にとっての『脅威』だったが故に倒されたのだ。 「……この……!」 悠月の服を敵の一撃が掠めて切り裂く。 「迷う理由等あるか」 倒しても無駄ならば、破壊程度が意味を成さないならば機能消失まで唯砕く事――当然とばかりにユーヌの放った氷雨が荒れ狂う。 リベリスタに激しい消耗を刻みながら戦いは続く。 「――これで」 剣が烈しく猛々しい雷光を纏う。 青白く破壊の威力を秘め、言葉の調子よりは遥かに苛烈に繰り出された桐の一閃に死体のコートが吹き飛んだ。 「ああ。趣味じゃないんですよね、こういうの――」 赤い紐でパーツとパーツが繋ぎ合わされた死体は全く不出来なマリオネットを思わせる。 血で汚れ、臓物を吐き出し、どす黒く腐り果て――漂う死臭は酷く鼻の奥に刺さる。 「単なるホラーの演出とは思えませんが、さて……」 バラバラの死体が腕をぐん、と伸ばして嘯いたユーキを襲う。 彼女はその身に抱いた漆黒と傷みでバラバラ死体を良く凌ぎ、夏栖斗は快は死力を振り絞って謂わば『格上』とも言える孝司を食い止めた。 『リベリスタは難儀な商売だよねぇ』 饒舌な京介の言葉を今度は死体が吐き出した。 『最近、最近ある所にフリーのリベリスタのペアが居ました。二人は腕利きで一人は勇猛果敢な戦士、もう一人は彼を支えるフォーチュナでした』 京介の戯言に耳を貸したい人間は居ない。否、生か死かを濃密に争う戦場ではその余裕すら希薄である。 しかし、彼はリベリスタ達を猛烈に攻め立てながら至極楽しそうにお喋りを繰り返している。 『正義感の強い二人はある時、大層悪いフィクサードの一派と事を構える事になりました。大層悪いフィクサードは連携の良い二人に次々とやられ、やがてそのボスに泣きついたのです。きょーすけさん、きょーすけさん、リベリスタのクソ野郎が僕達を苛めるんです』 言葉にぴくりと反応したのは夏栖斗であり、快であり、気のせいか――目前の孝司自身だった。 『そこで心優しいボスは面白そうだから……じゃなかった、可愛い部下達の為にお礼参りをする事にしました。 彼はフォーチュナの女の子に会いに行きました。両手両足をぶち砕き、椅子に縛り付けてお薬を少々、未来視の彼女に『京介さんの人生劇場』を延々と見せる事にしました。二十四時間、一週間。二週間。泣いて叫んで狂って壊れて……白いワンピースの似合う綺麗な女の子はすっかり別人のようになってしまいました』 自然とリベリスタの視線が――生前の姿見る影も無い酷い酷い死体を向く。 正視したくもならない有様に置かれながら、未だに眠る事も許されぬ死体を向いた。 『クソ生意気なリベリスタ野郎に変わり果てた彼女が届いたのはそれから暫くしての事でした。 彼は彼女の回復を信じ、献身的に看病しました。傷付いた彼女は本来ならば回復しない傷を負っていた筈でした。その予定でした。 けれども、ああ、素晴らしき愛の奇跡! 彼の想いに応えた彼女は心を取り戻し、緩やかに快方に向かったのです。 彼女は外に出れるようになりました。彼は彼女に付き添って或る日買い物に出かけようと『この』駅に立ち寄ったのです』 数を減じ始めたマリオネットが集中力を増すリベリスタに掃討されていく。 「――! 動いた!」 悠月の声に戦慄が走る。銀色のスプーンを机に投げた京介が一万円を置いて立ち上がったのだ。 店の戸をくぐり、トントンと軽い足取りで階段を下りる。 それは恐怖であり、怒りであり、昂揚でさえ、あった。 「こんなの……」 やり切れない気持ちを支えるものは何か、そあらの場合言うに及ばぬ。 愛らしいその顔にハッキリとした嫌悪を滲ませた彼女のマジックアローが又一つの『人形』を貫いた。 救えない。必要以上に誰も救えない事は最早明白だった。ユーキの考えた通りに、この戦いには――悪意以外の何も無い。 『談笑する駅のホーム。力ないながらも彼女は彼の冗談に応え、微笑む。 そこには失われた筈の小さな幸せがあったのでした。彼女が真向かいのホームで手を振る黄泉ヶ辻京介を見つけてしまった、その時までは!』 桐の一撃がバラバラ死体を真上から砕き、切り裂いた。 「碌なものじゃありません」 元より『知っていた』ユーキの一撃が『彼女』に終止符を打つ。 『……飛び込み自殺って後始末が大変なんだよねェ』 溜息混じりといった調子で言った『京介』に夏栖斗と快の一撃がめり込んだ。 『黙ってろ』 言葉も一撃もピッタリと重なる――二人の一撃はこの時最高の威力を発揮した。 いや、この痛撃はそれだけに非ず。抜群の技量でリベリスタの攻め手を阻んだ孝司の動きがその瞬間硬直していたように見えたのは奇跡なのか、それとも唯の気のせいだったのか―― 『そーだね。喋る事喋ったし、人形劇にももう飽きた。そろそろ俺様ちゃん、そっちに遊びに行こうかな』 言葉と共に残る数体のマリオネットが――孝司も含めたマリオネット達が何の前触れも無く爆発した。 リベリスタは勝ったのだろうけれど、まるで用済みと言わんばかりに。まだ誰も生きていたのに。 ――――♪ 遠くから、爆炎と煙に煙る死地の向こうからアメイジング・グレイスが響いてくる。 満身相違にも似たリベリスタ達は誰も彼方の彼を見た。 そこには洒落たジャケットを引っ掛けた一人の若い男が居る。黄泉ヶ辻京介がそこに居る。 ●黄泉の狂介II ――かくて、物語は冒頭へと収束する。 「――一人たりとも、逃がさねー。俺様ちゃん、全員この場でぶっ殺すから」 ――待ってました! 流石、きょーちゃん! マジイケメン! まるで談笑の延長であるかのような調子で気楽に発せられたその宣告にリベリスタ達は一斉に構えを取る。 彼の十指に嵌った銀色のリングがぴかぴかと瞬き、調子のいい声を響かせているのは――ある意味で見慣れた光景である。 元より彼等は京介と『やり合わなくてはならなくなった時の事』を想定していた。 勝ち目が無い事は知れている。せめても万全であったならば幾らかはマシなのかも知れないが、全く傷んでいない京介に対してリベリスタ陣営は既にその余力を殆ど残していない。 この場より何とか逃れる――意図は一致しているが簡単な仕事では無い。 「分のいい博打とは言えませんが――」 「――覚悟を決めるとしましょうか」 ユーキの言葉を悠月が繋ぐ。 自身等の運命が目の前に広がる闇の先にしか無いというならば是非もなし。 「精々、意地を見る事です」 胸の奥に蟠る『本音』を今は隠さずに悠月が朔望の書を開く。 アスファルトと靴がジリ、と擦れる音がした。 退き気味のリベリスタ陣営において敢えて一歩前に出たのは快である。 「相棒、もしもの時は……頼む」 「操られて誰かを傷付けるなんて、もう沢山だ」 「実力のある愉快犯は面倒だな。ハッキリ言ってやる。反吐が出るぞ、気狂い野郎」 快の言葉には明確に応えずに鉄心の少年少女(かずととユーヌ)はそう呟いた。 (少しでも次へ繋ぐために……) 桐の目が細くなる。 (せめて、全員で帰る……それだけは……!) どれ程の試練に出遭ってしまおうとも、三千に諦める心算は毛頭無い。 リベリスタ達の気力は傷んだ体とは裏腹に充実し、彼等の運命はまさに青白く燃え上がる―― ――かに見えたのだが。 「っ、ぷ、あははははははははははは! 何て嘘ぴょん!」 ――HEY! きょーちゃん、相変わらずイカスぜ! 最高! 狂人と『狂気劇場』のコンビは最高潮を迎えた覚悟と緊張感を一笑に付した。 「京ちゃんのゲームはおしまい。駒は全滅、被害は上々。急いては事を仕損じる。 君等みたいなサイコーの玩具、簡単に壊す訳無いっしょー?」 一方的に言って踵を返した京介は後ろ手にひらひらと手を振ったのだ。 「まぁ、その内――『また』ね」 二度と来て欲しくは無い『また』を軽快に気楽に口にした男は京介。黄泉ヶ辻京介。 その名は――狂介。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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