● 実験の結果は出た。賢者の石の力を借りようと兄弟の復活に唯の『屍解仙』じゃ紛い物が過ぎる。 存在しもしない、脆弱な何かを肉体の代わりにしたとしてもそれは黄咬砂蛇とは言えやしない。 ならばどうするか。本当の肉体に……それもとびきり強靭な代物に下ろせばいい。文句が無い程のものを術の贄に宛がえばいい。 だったらどうするか。簡単だ。此処に自分が最も信頼する肉体がある。 最後の手段として、あの日から無駄を削って練り上げた、今ならば黄咬砂蛇の器に足ると自負するこの肉体が。 想いが、魂の概念を強化すると言うのなら、そうだ。黄咬砂蛇を成すべき概念は、この身の内にこそ最も多く存在するのだ。 他の誰にも、この役目は譲らない。 ……はぁ、と深い溜息が砂蛇の口から零れ落ちる。 なあ、匡よ。 お前、馬鹿だろ? いや馬鹿だ。馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で、馬鹿で仕方ない大馬鹿野郎だ。 此れがお前のしたかった事か? 刃金を、ミヤビを、火吹を、……いや、火吹は良いか。 女に狂ったアイツらしい最期だ。アイツも馬鹿だ。吐き気がするほど生温い、甘ったるい最期だ。だがアイツが自分で決めたならそれでもう良いわ。 火吹はお前に感謝してるかも知れねぇが、でもよ、これが、刃金やミヤビを使い潰してまでしたかった事なのかよ。 俺はよ。負けたんだよ。 どうしようもなく、心折れて敗北を納得して、倒されたんだよ。 なのにお前は、幾ら頭が悪いつっても、蛇足って言葉くらい知ってろよ。 情けねえ。格好わりい。こんな無様な思いは初めてだ。 しかも『六道』まで巻き込んだかよ。 テメエの無節操さにはほとほと参るわ。俺があいつ等嫌いな事位知ってるだろうが。 なあ、匡よ。 それでもお前は俺が1番だって信じてたのか? それは幻想なんだぞ? 寧ろ可能性があったのはてめーだよ。 刃金よりも、ミヤビよりも、ウィウよりも、火吹よりも、俺よりも、お前の方が強い。 俺はお前ならクソ忌々しい運命にだって勝てる、あの正義の味方連中だって何時かぶっ潰せるって思ってたんだぜ? 俺には無理だったが、お前ならってな。 ……それでも、匡、てめーは俺にやれって言うのか? 今でもお前は、俺が一番だって信じてるのか? なら良いさ。他ならぬお前がそう言うなら、きっと俺は一番なんだろうさ。 他ならぬお前がそう信じるなら、まずは其の幻想を現実にしてやる。 なあ、匡よ。 俺は、俺が、お前の信じるこの俺こそが、黄咬・砂蛇様さ。 砂蛇は、記憶とはすっかり違ってしまった、其れでも一目見れば彼だと判る『鏡の中の匡』に、そう誓う。 最適の肉体、賢者の石、望むべくも無い最高の環境を持ってしても、輪廻を介さぬ蘇りの歪さは消せはしない。 歪みを抱えたこの肉体に残された時間が多いのか少ないのか、其れは本人にもわからねど……、だが、だからこそ、『裏野部』らしい。砂蛇らしい。 後先は要らない。目的の為に、義弟の信じた自分を体現する為に、残りの全てを。 砂嵐が、もう一度吹き荒れる。 ● 「いやよ。冗談じゃないわ」 少女は大袈裟に、イヤイヤをする様に、……実際しているのだが、首を振る。 「良い? 幾ら貴方が首領のお気に入りでも、私は貴方のチームリーダーだった『運命喰らい』と同格の部隊長格なのよ。何で格下の貴方の言う事なんて聞かなきゃならないの」 少女がウィウの首に突きつけるは、切っ先無き魔剣『魂砕き』。 けれども只黙って自分を見据えるウィウの態度に激昂しかかった少女の肩を、男が掴んで引き止めた。 「やめなさい。ウィウ君は我々にお願いしているのですよ。命令ではなく、ね」 男の名前は血蛭・Q。少女の持つ魔剣と作者を同じくする妖刀を持つ、少女の言い方を真似るなら同格の存在。 「触らないでよ『血吸い蛭』。気持ち悪い。血の臭いが移るわ。アタシが一番気に食わないのは血生臭いアンタと一緒にってトコなんだから」 強引に腕を振り払う少女に、血蛭の笑みが深みを増す。親愛ではなく、殺意に。 この2人、嫌い合うのはお互い様なのだ。少女は血生臭い血蛭や彼のやり方を、血蛭は自分を棚上げにする同じ穴の狢の少女を、其々嫌っている。 「其れは私も同じですよ。でも他の七つ武器の連中はもう既に動き出してます。お一人を除けばね、もう私と貴女だけなんですよ」 どうせ組むのなら裏野部にあっては珍しく話の通じる燈篭あたりであれば、この話も早かっただろうにと軽く溜息を吐く血蛭。 まあもっとも彼のパートナーは常に不動であり、彼女が絡んだ時の燈篭の狂おしい嫉妬に巻き込まれるのは、如何に狂気を好む血蛭と言えど些か面倒くさい。 「問題はそれよ。何でアタシ達7つ武器を駆り出そうとする訳? そんなの下っ端にやらせたら良いじゃないの」 7つ武器、運命を喰らうナイフ、血を啜る妖刀、魂を砕く魔剣、2つで1つの双子の刃、魂を乖離させる鎌、全てを己が範囲に捕らえる巨斧、そして斬鉄の妖刀。 「私達は一つだけ、この武器の作者に借りがあるでしょう? 私達の為に在ると言って差し支えないこの武器を作って貰った借りが。彼が完全に消滅した以上、その借りを彼の意に沿って返す機会はもう今回の件しか無いと思いますがね」 狂気に満ちたそれ等の武器は、全て刃金と呼ばれた鍛冶師の作だ。 「……でも、だからって」 理屈では無く感情で嫌がる少女は、僅かに頬を膨らませ不満を表す。 「そうそう、言い忘れてましたが、戦う相手はアークのリベリスタ連中ですよ」 けれどその血蛭の一言に、 「其れを早く言いなさい。準備の時間が減ったじゃないの。夜駆け、今回は安心してアタシに任せなさい。でもこんな使われ方するのは今回だけよ。良い? これは特別で、貸しなんだからね!」 一瞬で表情を喜色に染めた少女は、ウィウに突き付けていた剣を退いて歩き出した。 変わり身の早い少女の態度に、残された血蛭も苦笑いを浮かべて、 「では私も行くとしましょう。心配せずとも真面目にやりますよ。格下の貴方の代わり位は然して難しい事ではありませんし、アークが相手ならば尚更です」 ウィウに背を向ける。 「其れにね、私は匡君を気に入ってる……或いはいたんですよ。一つの対象にあれ程入れ込み狂信出来る。さぞや気持ち良い事でしょうね。この結末、見逃すのは面白くない。一二三さんかご子息が貴方に何を命じたのかは知りませんが、こちらは私に任せておけば良い。何、良い様にも悪い様にもなりません。ただ、在るがままに」 ● 「とある地方都市の地下には、広い地下空間があると言う。旧軍の地下壕として掘られた物と天然の洞穴が繋がったりして、まあ中は複雑怪奇な迷宮らしい。なぜそんな場所に街を作ったのかは理解に苦しむがな」 モニターに写る地図の光点を棒で指し、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が語る。 「其の地下洞窟への入り口で、一人のフィクサード……『岩喰らい』の匡の姿が確認された」 モニターが上空から取られた一枚の写真へと切り替わり、 「先日行われた砂人形、石人形、岩石王との戦いで採取された石と、この近辺の石の材質も一致した。襲われた街までの距離等から考えてもあの木偶どもは此処の地下から送り出されたと見るのが妥当だろう。そもそも此処等の石材は神秘に対して親和性があり、アーティファクトの材料に向いていると神秘界隈の一部では知られているそうだ」 其の写真の中央には、上空を、此方を睨みつける匡の姿が映し出されている。 「すぐさま洞窟ごと崩落させる案を具申してみたのだが、どうもそうすると街に甚大な被害が出るらしく案は却下された。寧ろ、敵があそこに篭るのは洞窟を崩して街を沈下させて完全に沈める心算があると思われるのだそうだ」 一つ溜息。 「いや、違うだろうな。恐らくはそうするぞと脅しをかける事で、諸君を招き寄せるのが真の目的なのだろう。先日の事件も其の為だったと考えれば辻褄も合う。……後手に回るのも、相手の思惑通りなのも癪な話だが、諸君等の出番だ。無論連中に爆破を躊躇う理由も無いだろう」 ばさりと束になった資料が机の上に放り投げられる。 「地下洞窟内の地図と敵の資料だ。地下洞窟は無数の砂人形や石人形の群れで満ちているが、私の指し示す道を通れば奥に辿り着く事は出来るだろう」 手製であろう地図には無数の書き込み。 「警告する。最大限に注意せよ。この匡と言う男、今までとはまるで別の、そう、まるで別人の様な力を得ている。それに敵には増援もある様だ。実に厄介な事だが、諸君等に任せるしかない。諸君の健闘を祈る」 資料 <チームA> リーダーユニット フィクサード:『岩喰らい』匡? プロアデプトのスキルと覇界闘士のスキルを使用。非戦スキルは超幻視(特別製)と物質透過。 EXスキル『灼熱の砂嵐・改』『爆砕装甲・改』を所持。 『灼熱の砂嵐・改』:敵全体に業炎と麻痺と致命、更に必殺の効果付きの強力な攻撃。 『爆砕装甲・改』:纏う装甲を爆発させ、燃え盛る破片で敵全体に超強力な攻撃を行う。極炎と必殺が乗る。ただしこの技を使用したターンは、再び装甲を纏う事ができない。 その他に<砂の結界><砂の盾>を使用し、更に岩の鎧を身に纏う。無数のナイフを所持しており、毒を付与して武器に使ったり投擲したりの攻撃も行ってくる。 そして其のナイフの中の一本に、『運命喰らい』がある。 『運命喰らいEX』:ナイフ型アーティファクト。刃金と言う名の鍛冶師がフェイトを得た革醒者を殺し続けて創った魔性の武器。この武器の所持者からの攻撃を受けた者は、残りフェイトと同じだけの追加ダメージを受ける。この攻撃が痛打(150%ヒット)もしくはクリティカルだった場合、ダメージを受けた者はフェイトを2点失う。 更に持ち主の力の増大や改造によりリミッターが外れ、フェイト復活や、歪曲運命黙示録などのフェイトを消費する行動が周囲で行われた場合、其の消費量を倍にし、尚且つ消費された運命の残滓を喰らって所持者のHPを消費されたフェイト×50回復させる能力を得ている。 ユニット 岩石王×1 相良雪花を模した精巧な岩石の人形。戦闘指揮1lv(砂人形と石人形にのみ有効)。 クリミナルスタアの一部のスキルを使用する。 石人形×3 石の鎧を身に纏った砂人形。砂人形よりも速度に劣り、攻撃力と防御力に優れる。麻痺と毒系統のBS無効。 石の鎧を炸裂させる事で20m範囲内の敵全体に対しての攻撃を仕掛けることが出来、石の鎧炸裂後はノーマルの砂人形と同じデータに変化する。 砂人形×5 麻痺と毒系統のBS無効。 半径10m内を吹き飛ばす自爆が可能。 <チームB> リーダーユニット フィクサード:『狂人』血蛭・Q(ちびる・きゅー) 裏野部に所属するフィクサードだが、血に狂ったその性質に組織内でも持て余され気味。しかし厄介な事に実力は一級品。 デュランダルの技を振るう。 所持武器は『妖刀・血吸い蛭』。種族はヴァンパイア。 所持EXは?。 『妖刀・血吸い蛭』 刃金と言う名の鍛冶師が血蛭の為に作り上げた攻撃力が高めの刀型アーティファクト。 ヴァンパイアがこの刀を用いて敵に攻撃を命中させた場合、与えたダメージの半分のHPとEPを回復します。 ユニット 血蛭の落とし子×1 蛭の形をしているが、生物の枠に囚われた存在では無いので何をしてくるかの判断は難しい。攻撃に吸血を重ねてくる事だけは判明している。 血を吸い殺す程に耐久度、攻撃力、サイズを増す。(HPや攻撃力は基礎値+血を吸った人数×?。体長は血を吸った人数×50cm) リベリスタから血を吸った場合(攻撃が命中した場合)与えたダメージの半分のHPを回復する。与えたダメージの1/4だけ基礎攻撃力を増す。 現在は一人分の血しか吸っていない。 <チームC> リーダーユニット フィクサード:『コイバナ』八米 刀花 裏野部に所属するフィクサードだが、恋に恋する乙女(笑)。 ゴシックな衣装に身を包み、プロアデプトの技を使う。 アーティファクト『魂砕き』と『魂吸い』を所持する。 所持EXは?。 『魂砕き』 無鋒剣型。刃金と言う名の鍛冶師がクルタナを模した非殺の魔剣。この武器所持者からの攻撃を喰らった者は、其の威力分のEPを消失する。ただしHPへのダメージは0。(%HITによる50%や150%等の増減は起きるが、物理防御や神秘防御による減少が起きない)この攻撃でEPが0になった者は精神を砕かれ戦闘不能状態に陥る。 一度攻撃をする度にEPを150消費する(スキルの消費に追加で)。 『魂吸い』 リップのアーティファクト。このリップの所持者が心身を喪失、或いは精神的に衰弱した状態にある者に口吸い(キス)を行った場合、口吸いされた者は口吸いした相手の操り人形と化す。 また口付けを行った相手が己の操り人形に念じれば、其の生命力を燃やし尽くしての自爆を行わせる事が出来る。 ユニット 操られるリベリスタ達×3 刀花の御眼鏡に叶わずに敗北したリベリスタ達の成れの果て。元恋人候補達。 魂吸いによって操り人形とされている。其々デュランダル、クロスイージス、ホーリーメイガス。 盾であり爆弾であり、落とし子の弁当。 爆弾 E・ゴーレム:巨大爆弾 巨大な爆弾がE・ゴーレムと化した物。 攻撃を受ければ爆発する。 爆破条件を満たせば爆発する。 爆弾護衛ユニット 岩石王×1 『菊に杯』九条・徹を模した精巧な岩石の人形。戦闘指揮1lv(砂人形と石人形にのみ有効)。 クリミナルスタアの一部のスキルを使用する。 砂人形×5 麻痺と毒系統のBS無効。 半径10m内を吹き飛ばす自爆が可能。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月11日(月)22:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 憎い。 家族を失った。 父さんは死んだ。母さんも死んだ。 悪い奴に、殺された。 憎い。 心許しあえた仲間を失った。 マリー・ゴールドは死んだ。クリス・ハーシェルも死んだ。 命を燃やして戦い、散ってしまった。 「私の好きな人はたくさん死んでしまったのに……」 どうして。 「どうしてお前は生き返って! 私の前に立っているんだよ!」 『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の叫びが洞窟内に響き渡る。 眼前には、『岩喰らい』匡の姿から超幻視により姿を変化していく一人のフィクサード、朱子にとっての、悪が。 「ハッ、知るかよ。バァカ」 舌を出すは、そう、『砂潜りの蛇』。 「砂蛇ァアア!!!」 黄咬・砂蛇。 嗚呼、思えばこの時既に結末は見えていたのだろう。 火は悪を滅ぼす為に燃えた。大事な物を失う度に、其の火勢を増した。 けれど、火は激しく燃えれば燃えるほど、その寿命が尽きるのは早いのだ。 『消えない火』鳳 朱子。彼女は正に、火の様な女性であった。 繰り広げられるは死闘。 死闘とは、死に物狂いの闘い。死に、狂う、闘い。 逆凪は全てを含む伏魔殿。万魔が巣食い蛇蝎が相食む。蝮が抜けどもそれは変わらぬ。 剣林は最も強い。唯只管に、それのみを求めるが故に、何処までも強い。 恐山は謀略をもって絡め取る。謀り、計り、廻らせる。 三尋木は穏健の皮を被る。他派に比して穏健である事が、何よりの武器と知る故に。 六道は道を歩む。何人にも己が道の邪魔をさせぬ。 黄泉ヶ辻は隔絶する。自らの世界と、世界を、閉鎖し、隔絶する。故に彼等を知る事能わず、怖気のみを知る。 そして裏野部は、暴力を、死を撒き散らす。欲望のままに、力を振るう。 彼等は例えるならば嵐だ。理不尽に襲い来る、避け様の無い災厄。 敵も味方も、無関係な者すらひっくるめ、被害の大きさに酔い痴れる。 故にこの戦いの末に待つ物も、彼等にとっては本望なのだろう。 全てが滅び、壊れ行く。 ● 「任務を開始する」 もう一つの戦いの火蓋は、新たな敵の接近を察知した『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)の宣言により切って落とされた。 得物を構える別働隊の前に、『狂人』血蛭・Qが、『コイバナ』八米 刀花が、固い岩の地面に足音を響かせながら、現れる。 「……おや、足止めですか。なるほど、悪くない。流石は情報収集においては我等の遥か先を行くアーク。情報においては、ですがね」 皮肉一つ飛ばし、抜き放たれるは『妖刀・血吸い蛭』。他者の血を啜り尽くす為だけに打ち鍛えられた其の刃の輝きに、けれどツァイン・ウォーレス(BNE001520)は臆する事無く其の眼前に立つ。 「よぉ血蛭、今日もお前の足止めは俺だ。……ゆっくりしていけよ」 十字の加護と、更には全身の力を防御に特化させたツァインは、其の言葉通りに全力で足止めを行う構えだ。 しかし血蛭はそんな彼を見て怪訝そうに眉根を顰め、 「………………?」 思い悩む。 切り掛かる隙を探るでもなく、攻撃を警戒するでもなく、まるで自らの記憶を探るように、 「……あぁ、貴方ですか。生きてましたか。其れは重畳。片割れの彼はお元気ですか? ……で、何の用です? また足止めですか? 私は今少し急ぎの用事があるんで、出来れば後にしていただきたいんですが」 そして漸く思い出し、ツァインの敵意を踏み躙る。 プライドを抉る其の言葉にも、けれどツァインは動かない。 判っている。此処で激昂して切り掛かれば、血蛭は嬉々としてカウンターを叩き込んでくるだろう。あの時の彼の仲間が倒された時と同じ様に。 「うわぁ、仕留めそこなった相手にもう一回前に立たれて、しかも忘れてたとか、……ダサ」 刀花の言葉にも、 「仕方ないでしょう。貴女は去年の夏に潰した蚊の数を覚えていますか? それと同じ事ですよ」 血蛭の言葉にも、ツァインのプライドは傷を負う。だが其のプライド故に、ツァインは決して己の役割を放棄しない。 侮るならば侮れば良い。耐える事も、また戦いだ。自分のしつこさ、粘り強さを、眼前の敵に見せ付ける。例えるならば、そう皮肉にも蛭や蛇の様に纏わりつき、敵の侵攻を食い止める事こそがツァインが自らに課した役割なのだ。相手の手には、乗らない。 嘲笑う血蛭の口をツァインに代わって閉じさせたのは、『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が放った光の弾丸、スターライトシュート。 「借りを返しに来たよっ」 虎美は、血蛭とも、刀花とも戦いを繰り広げた事がある。 其れは常に賢者の石を巡る戦いだった。 「あら御機嫌よう。今日は愛しのお兄様と一緒じゃないの? あれから恋は進展したかしら?」 親しげに虎美へと声をかけたのは刀花。近親への恋と言う背徳的で刺激的な恋をする虎美を、刀花は好奇心一杯に友情を込めて応援するが、虎美から返す視線は憎しみに満ちている。 虎美にとって刀花は兄に色目を使った縊り殺すべき雌猫の一匹に過ぎない。 相手の考え等如何でも良い。兄の事に関する一点にのみ絞って言うのなら、虎美は過激派よりも性質の悪い猟奇的な、妹なのだ。 すれ違う思い。 だが二人が直接的に切り合う戦いは発生しない。 「可愛いお嬢さん、おじさんで悪いがお相手を願おうか」 刀花から虎美を庇うように、割り込んだのは刀花の抑えを担当するウラミジール。 其の鋭利とさえ言えるウラミジールの外見に、 「まあ素敵なおじさま。全然悪くなんてありませんわ。素敵よ。まるで北の国に吹く氷雪の様な眼。でも私が求めるのはもっと、熱く、思いを秘めた人なの」 虎美の事などすっかり忘れた様に舞い上がる。 「それとも私と戦えば、おじさまは其の氷を溶かして熱い心を見せてくれるかしら? 熱い正義で、私を叱ってくれるのかしら?」 焦がれる様に口から吐息を漏らし抜き放たれるは魂を砕く魔性の刃。切っ先無き魔剣『魂砕き』。 血蛭と刀花、2人の魔性の武器が翻り、リベリスタ達に其の威を知らしめる。 けれども響くは歌声。 刀花に操られたホーリーメイガスの歌う天使の歌を掻き消す程に澄み、響く歌声で、『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)が願う聖神の息吹が流された血を拭い去る。 あひるは、ただ仲間を信じて歌う。 今此処にいる仲間達を、離れた場所で惨劇の元凶と戦う仲間達を、更には他の爆弾を止めに行ったアークの勇士達を、あひるた心の底から信じている。 「血と恋に狂ったあなた達、あひる達がお相手」 此処の戦いを終らせて、先に行くときはきっと、仲間がすべてを終わらせてるはずだから。 引かない、負けない、食い止める。 しかし彼等の想いとは裏腹に、現れるは石人形二体と砂人形二体の、増援。 ● 「いい加減、……終わりにさせてもらうぞ」 砂の結界へと敢えて踏み込み、己の生命力を暗黒の瘴気に変えて放つ朱子。 その攻撃、暗黒は砂蛇だけでなく周囲を取り巻く木偶達をも巻き込んでいく。 けれど……、 「ぬるくなったなぁ、朱子ちゃんよぉ。それが全力なら、テメーは10年どころか一生かかっても俺には届かねぇ」 其の攻撃は、視界が霞む程に濃い砂の結界に隠された砂蛇の身体を捉える事叶わず、砂の盾への切り替えを強いる事が出来ない。 仲間達の出足が止まる。 嘲笑いながら瘴気をすり抜け、眼前に立つ砂蛇。 空間を雷光が塗り潰す。疾風にも負けぬ圧倒的な速力で、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は襲い来る木偶相手に、雷を纏いし拳で、脚で、殴り、蹴り、舞い踊る。 壱式迅雷。其れは落ちる雷鳴の如く。 受けるは衝撃と光。音は、遅れてやって来る。 けれど敵は怯む事無く、数を頼りに攻め寄せる。恐らくは、其の武舞を脅威と認識したからこその、初手からの砂人形の自爆が悠里を飲み込む。 一体だけでは無く、二体、三体と、悠里への自爆を試みる砂人形達。 だが其の寸前で放たれた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)のピアッシングシュートに頭を吹き飛ばされた二体目が三体目にもつれる様に転んだ為、三体目の起こした爆発は二体目の体で威力弱まり、悠里を潰し切るには至らない。 後衛へと迫る石人形と岩石王の表面で激しく火花を散らすは『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)が放つ無数の弾丸、ハニーコムガトリング。シューティングスターで更に高められたその攻撃を、回避で劣る彼等が避けれよう筈も無い。 速度で圧倒し、先手を譲らない彼女に、けれども木偶達は頑健さを持って対抗する。 吹雪の様な弾丸の猛打を掻き分けて振るわれた石人形の腕を、バックステップでひらりと回避した京子の背が何か硬い物に触れた。 ゾクリと、彼女の身体を怖気が振るう。 咄嗟に振り向いた京子の瞳に映るのは、相良雪花の物と同じ笑みを浮かべた岩石王。 一体何時の間に回りこんだのか、超高速で背後を奪い首を搔き切るクリミナルスタアの技、ナイアガラバックスタブに京子の喉から血が噴水の様に噴出する。 そして吹き荒れるは砂嵐。超頭脳演算による状況処理と最適命中プラン。掲げられるは運命を喰らう、対能力者を主眼に置いて作られたナイフ、運命喰らい。 砂蛇の操る砂が灼熱の炎に包まれ、高熱でガラスと化しながら嵐となる。 朱子が、こじりが、悠里が、そして砂の結界が砂の盾に切り替わるチャンスの時を唇を噛み締めながら唯ひたすらに待つ『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)が、灼熱の砂嵐に巻き込まれていく。 身を庇うマントも、眼を覆うゴーグルも、ガラスと化した砂に切り裂かれて役に立たない。防具の隙間に潜りこんだ灼熱の砂粒が肉を焼く。体内にすら入り込み、痛みと苦しみで其の動きを縛る。 何よりも、其の攻撃を介して運命喰らいが彼等の運命を貪り喰らう。 殺す為の、踏みにじる為の、嘲笑う為の、何処までも裏野部らしい、砂蛇の圧倒的な必殺技。 唯一人、砂による麻痺も、業炎も、影響を受けない絶対者たる朱子の胸に蘇るは、懐かしき絶望。 そう、何時だってコイツと戦う時は絶望しかなかった。 絶望の砂使い、黄咬・砂蛇。 でも、それでもリベリスタ達は一度たりとも其の絶望に頭を垂れた事は無い。 会心の一撃を放った筈の砂蛇の、身体を貫くは衝撃と驚愕。 惑わし縛る砂の結界を潜り抜け、視界内の全てを受け止める砂の盾を発動させず、あらゆる攻撃から身を守る岩の鎧をすり抜けて、砂蛇の身を貫いた衝撃の正体はダメージの反射だ。 突撃する前の朱子に、そして灼熱の砂嵐に先んじて悠里に、傷を癒すと共に反射を付与していたのは『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)が施した浄化の鎧。 からくりに気付いた砂蛇と、彼を見据える俊介の視線が絡む。 俊介の其の瞳は、幾度と無く戦って来たリベリスタ達と同じ色を宿している。 忌々しい、あの瞳だ。 「ハッ、期待ハズレかと思ったが、ちったぁ遊ばせてくれるじゃねえか。良いぜ、テメェは殺さねぇ。生かして捕らえて嬲りつくして、この世界に生まれた事を後悔させてやる。テメェの心は、この黄咬・砂蛇様が圧し折ってやる!」 超幻視で作られた顔の傷を一つ撫で、砂蛇が吼える。 ● 死者の魂を呼び戻して自らの身体を持って屍解仙を成す。 更にはこの広域な戦場に敵を呼び寄せさえもした。 「自己犠牲もここまで来ればあっぱれだ。けれど……、匡の人格や魂などというものは全く無くなっているのかね?」 ウラジミールの疑問はヘビースマッシュと共に放たれ、刀花を庇ったクロスイージスに蹈鞴を踏ませる。 「あら、おじさま。そんなにあちらが気になるのかしら。妬けるわね。でも構わないわ。他ならぬおじさまの疑問ですもの。……蛭、答えて差し上げなさいよ」 露骨に態度を使い分ける刀花に、ツァインと刃を交える血蛭は僅かに溜息を吐く。 こちら側の戦況は既に若干膠着状態気味だ。 「まあ構いませんけど、此方の彼の目的は時間稼ぎのようですし……ねぇ?」 ギチリと、刃を押し込む力を強めた血蛭は振り返らぬままに語る。 「結論から言えばアレは匡君ですよ。多少以上に混じってはいますが、黄咬君の力と記憶と人格を手に入れて、彼のフリをする、ね!」 不意に刃から力を抜き、不意を突いたツァインへの一撃は、だが油断無く翳された盾によって阻まれた。 盾と剣、其の両方を巧みに扱うツァインの防御は硬い。 後方では、あひるを狙って襲い掛かった落とし子と、それを庇う虎美が戦闘を繰り広げている。 「チッ、全く面倒な……。まあ匡君は消えてしまいたかったんでしょうけどね、守れなかった黄咬君を復活させる事と引き換えに」 砂人形と石人形が少しずつ集まってくる。 「そんなに上手くは行きません。そもそも『死んだ人間は生き返りません』し」 チラと視線を交わす血蛭と刀花。 此処でリベリスタの一部を引き付け続けていれば最低限の義理は果たした事になるだろうが、この一件の裏で糸を引く彼には、確実に評価を下げられるだろう。 下に見られる覚えも無いが、侮られるのは多少面白く無い。 「屍解仙も紛い物です。残留思念が世界に残された情報を必死に搔き集めて姿を成す。それじゃあ少し自我のはっきりしたE・フォースと何ら違いは無い。元が異能者だっただけに強い事は強いですがね。それに、そんなに簡単に生き返られるなら、私達が安心して殺しに励めないじゃないですか」 今まで無数の人間を傷つけ殺して来た血蛭だからこそ、確信を持って言える其の言葉。 どうにもならない現実に怒り嘆き、想いに狂う匡が、血蛭にはたまらなく好ましいのだ。 「まあ其れはさて置き本当に飽きました。いい加減鬱陶しいんですよアナタは!」 血蛭が言葉と共に刃を向けたのは、彼の足止めをするツァイン……では無く其の後方で癒しの力を撒くあひる。 蛭の視線と殺気をまともに浴びるあひるは、 「あなた達の好きにはさせない」 しかし其の視線を弾き返すように瞳に力を込め、はっきりと宣言する。 そう、彼女こそがこの膠着した戦況を作り出し支える最大の要因なのだ。 如何にツァインが防御に全力を注いだとしても、血蛭の攻撃をずっと受け続ける事は難しい。あひるの癒しが無ければ。 ウラミジールはも同様だ。精神を削る魂砕きを持つ刀花の前に、未だ意識を保ち続けていられるのは、あひるがインスタントチャージで彼の心を支えるから。 このまま殴り合いを続けてもば、釣り合う虎美の火力と刀花に操られたホーリーメイガスの癒しが、あひると刀花のインスタントチャージによって終る事無く続くだけなのだ。 けれど、 「ごめんねおじさま。私の攻撃に耐えれるおじさまは素敵よ。嘘じゃない。でもおじさま達が私達を倒し切れないのも判ったわ。だからそろそろデートは終わりよ」 振るわれた魂砕きから放たれたのは幾本もの気糸、ピンポイントスペシャリティ。其の糸が貫くは、魂砕きの力によって身体では無く心。 心に衝撃を受けるツァインとウラミジール、虎美の3人に。複数の人間に一度にインスタントチャージをかける術をあひるは持ってはいない。 膠着し始めていた戦いが其の一撃を皮切りに一気に激化する。 ● 「初対面だけれど、大嫌いよ貴方」 朱子に代わり砂の盾を発動させたのはこじりのピアッシングシュート。 「ァン?」 元より好かれている筈など無いのは明白だ。それでも敢えて宣言したこじりに、砂蛇は意図を掴みかねて問い返す。 ビシリと、砂が集まり彼女が放った銃弾の勢いを殺す。 「悪党の癖に」 こじりの唇から漏れる小さな呟き。 心から信じた仲間の為に戦うとか、こじりが望んで止まない、こじりの大切な彼と同じ物を持ってるなんて。 嗚呼、判ってる。此れは醜い唯の嫉妬。八つ当たりも良い所。 「……結局は全て自分の為だったのね」 それでも、目の前に立つこの男だけは此処で終らせる。 役割を変わってくれたこじりの為に、朱子はこじりが果たす筈だった役割、全身の力を武器の一点に込めた一撃メガクラッシュで重い砂蛇を、それでも数m後退させた。 砂の結界はもう消えている。ならば思い届かぬ筈がない。 朱子は自覚する。自分は御厨・夏栖斗や新田・快の様に誰かを守れるほど強くないと。彼女が心の底より愛する彼、宮部乃宮火車の様に優しくもないと。 彼らの様に、正義の味方になんて、なれやしないのだと。 憎しみの火が心から消えない。 唯只管に、彼女は、鳳朱子は、悪の敵だ。 悪を滅ぼすためだけの炎なのだ。 「知るかよ。テメー等、言いたい事ははっきり言え。お前等の相手は目の前だ。目の前に居る、この黄咬・砂蛇様だろうがよっ!」 覚悟と意思が身を縛る麻痺を凌駕し、振り解く。 動き出した悠里とモノマは砂蛇を挟み込む様に前後から土砕掌を放つ。 前を取った悠里の攻撃は、砂蛇の視線に、集まる砂に阻まれ其の威力を大幅に減じるが、けれども背中側からのモノマの攻撃は、 「てめぇのやり方は気にいらねぇ。上に住んでる奴は関係ねぇだろうがっ!」 砂蛇の身体を真芯から捉え、怒りと共に防御を無視して破壊的な気を注ぎ込む。 自分が自分で、モノマが、モノマらしくある為に、こんな暴虐は許せない。食い止めねばならないのだ。 だがそんなモノマの意思は、砂蛇には伝わらない。 「あ? 馬鹿かテメーは。関係ある無しじゃねえよ。奴等は其処に居るだろう? それだけで充分殺す理由になるじゃねぇか」 口から血を零しながら砂蛇が吐き出すは、人間には理解の出来ぬであろうその言葉。 砂蛇にとって、裏野部にとって、殺しへの文句ほど心に響かぬ物は無い。 落雷に、竜巻に、台風に、地震に、山火事に、津波に、凍える程の寒さに、命を奪う程の熱さに、其れ等無数の災厄に、文句を言っているのと同じ事だ。 裏野部は避け様ない災厄。唯それが人の形を成しているだけ。そもそも、フィクサードもリベリスタも、彼等は既に人間ではない。 砂蛇は、そう、例えるならば灼熱の砂嵐。 砂蛇をはじめとする裏野部にとって、モノマの様な青い真っ直ぐさは浸け込むべき隙であり、噛み砕くべき甘い果実。 二人の闘士の武技に応じるように、不意に砂蛇の動きの質が流水を思わせる其れに変わる。 匡なら、敵からの攻撃を集める為には装甲を敢えて外す事で敵を引き付ける必要があった。 けれども今は違う。遠距離戦を得意とし、砂の結界や砂の盾で身を守る砂蛇を攻略する為に、敵は勝手に寄って来る。 これから来る技を察し、悠里の顔が屈辱に歪む。何故なら其れは、悠里自身が得意とする技でもあるからだ。 匡ならば絶好の、必勝の機会にこう叫んだだろう。 「壱式迅雷!」 と。 突如疾風にも負けぬ圧倒的な速力を発揮した砂蛇が、雷撃を纏った武舞を悠里とモノマに向け、周辺の空間ごと叩き潰していく。 左腕、右足、左足、次々に襲い来る雷撃を纏った攻撃。だが不思議な事に利き手であろう筈の右腕は、雷撃を纏う事無く温存されていた。 敵を引きつけてからの壱式迅雷だけでは、以前の匡と変わらない。兄弟たる砂蛇の復活を願って己が肉体を磨き続けた匡には、更にこの先が存在するのだ。 「焔腕!」 ダブルアクション。振るわれる砂蛇の温存されていた右腕が紅蓮の業火に包まれる。炎が、周辺全てを薙ぎ払う。 ● インスタントチャージに、EPの回復に躍起になれば、当然HPに隙が生じる。あひるは確かに優れた癒し手ではあるのだが、今回は敵の狡猾さが其の上を行く。 血蛭の攻撃で傷付いたツァインに組み付きその動きを封じるは刀花が操るデュランダル。無論封じるだけには留まらず、刀花の合図でデュランダルは一気に其の生命力を燃焼し始める。 そして起こるは砂人形のそれとは質の違う、自爆。勿論、リベリスタ一人のありったけの生命力を犠牲にしての自爆は、砂人形の其れとは質だけでなく威力も桁違いだ。 身体から煙を上げ、膝から崩れていくツァイン。更には其の隣を、あひるを目指して刀を構えて通り過ぎんとする血蛭。 だがそんな血蛭の身体がガッチリと、倒れ行く筈のツァインによって掴まれる。 「待てよ血蛭。お前の相手は俺だろ。……お前の太刀を一番刻み込んでるのは俺だ。少しずつでも覚えてやらぁ」 運命を対価に踏み止まったツァインには、この不利な戦況にも欠片の諦めも見えはしない。 そう、其の言葉の通り唯只管に防御を固めるツァインへ攻撃に、血蛭は徐々に集中を強いられ始めていた。ツァインは一太刀を浴びるごとに確実に、血蛭に対応しつつある。 「気をしっかり……すぐに痛いの、なくすから」 放たれたあひるの聖神の息吹が仲間達の傷を癒す。あひるも、まだ諦めていない。 今この瞬間も戦う仲間達、そしてリベリスタからの要請によって町の避難誘導にあたってくれている筈のアーク、救うべき町の人々、あひるが彼等を信じる様に、きっと彼等もあひる達を信じてる。 信じてくれている人のためにも、負けられない!!! 丁度其の頃地上では、 「落ち着いてください。大丈夫。発見された不発弾は直ぐに爆発したりはしません。指示に従ってゆっくりと避難してください」 公的機関職員の姿に扮したアーク職員達が、町の住民の避難にあたっていた。 無論彼等とて何時沈むとも知れぬ町での避難誘導に対する恐怖はある。この騒動の真相が単なる不発弾の発見でなくフィクサードの仕業であると、真実を知るが故の恐怖が。 けれど彼等はそれを欠片も表情には出さない。救うべきは町の人々。 前線に立てぬ自分達が、リベリスタ達が後顧の憂い無く戦える一助となるならば、何を恐れる必要があろうか。 一つの爆発では街は沈まない。二つの爆発で沈んだとしても、まだ逃げ延びる時間はある筈だ。 リベリスタ達を信じ、リベリスタ達の期待に応えよう。 面倒臭そうに避難する住民は、彼等の心の内で行われる戦いを知らない。 決して華やかではなく、抗う力を持たぬが故に恐怖も大きい、けれど負けられない、そんな戦い。 「チッ、本当に鬱陶しい。こんな忌々しい戦いは始めてですよ。貴方のしつこさにはうんざりだ。寝てなさい!」 振り解いたツァインの心臓に、一撃を叩き込もうと振り被った血蛭の腕にしかし一つの穴が開く。 1¢シュート。纏わり付く落とし子に吸われ顔から血の気を失いながらも虎美が放った一撃は、狙い逸れる事無く血蛭の一撃を食い止める。 「させないよ」 どんな危機にあろうとも、AlcatrazzとRising Force、2丁の銃に想い託して。 「恋する乙女は強いものだな」 「おじさまこそ、思った以上に強くて熱いわ」 魂砕きをソルジャーハンドで受け止めたウラミジールと、そんなウラミジールの手首を押さえナイフでの一撃を防いだ刀花が鬩ぎ合う。 視線を絡め、吐息が掛かる程の距離に顔を寄せ、まるで恋人同士の情熱的なダンスの様に。 火花散らす戦いは熱冷ます事無く、続く。 ● 「何度でも立ち上がってやる。絶対に倒れてやるもんか。生きて帰るって、約束したんだ!」 「倒れてなんていれるかよっ。俺は、俺の意地は砕けねぇ!」 悠里、モノマ、立ち上がった二人を癒すは俊介の歌声、天使の歌。 発生したハニーコムガトリングの連撃の前に、笑顔を浮かべて動きを止める相良雪花、……否、岩石王。 仲間達の大半が砂蛇対応に集中せざる得ない状況となった為、砂人形や石人形、岩石王等の木偶の全てを一人で相手取る事になった京子の消耗は激しい。 岩石王は漸く落とした。けれど彼女を取り巻く戦況は未だに好転したとは到底言えぬ。 その理由は唯一つ。続々と沸く増援だ。一定時間ごとに石人形1体、砂人形1体ずつの増援が此方に向かって寄って来る。 其れは京子の苦戦の要因であると共に、木偶達が此方に増援としてやってくる事が可能な状況、つまりは他の戦場が苦戦していると言う事を示していた。 消耗に、絶望的な状況に、京子の唇から小さな溜息が漏れる。 だがそれでも諦める事なんて出来やしない。胸の奥に宿るもう一つ。受け継いだ歴戦の記憶と勇気が諦める事なんて許さない。 だから京子は唇の端をキュッと上げ、其の顔に笑みを浮かべる。 まだまだ戦いはこれからだ。 続く戦いに、明らかにリベリスタ達は劣勢の色を濃くしつつあった。 増える増援に木偶を排除し切れず、否、例えそれが出来ていたとしても砂蛇一人の脅威だけで戦況は不利だったに違いない。 其れ程までに今の砂蛇は強い。防御だけでなく、飛び抜けた癒し手である筈の俊介の癒しを上回るほどの攻撃力。 既にフェイトを対価にした悠里、モノマは言うに及ばず、朱子、こじりも其の身に深いダメージを負っている。 生命線である俊介の回復も無限に続く訳ではない。限界は必ずやって来る。無論先に前線に立つリベリスタ達が崩壊する可能性の方が高くはあるのだが、。 木偶を一手に引き受ける京子も、じわじわとダメージを募らせつつある。速度に優れる京子とは言え、数に物言わせて無理矢理肉迫して来る相手の自爆を避け続ける事は難しい。 反射に土砕掌。少しずつとは言え、砂蛇にもダメージは溜まりつつある。だが圧倒的に其の速度が足りていない。 唯一の希望は、繰り返されるメガクラッシュにより近付きつつある砂蛇と巨大爆弾の距離。 だがそれは同時に爆弾を護衛する木偶達と、リベリスタの距離が近付いた事も意味している。 爆弾を守る岩石王、九条・徹を模した一体の合図に動き出す新たな木偶達。 そして再び吹き荒れるは灼熱の砂嵐。朱子が、こじりが、身体を刻む砂嵐に運命を対価にしての踏み止まりを余儀無くされる。 モノマに対して、まるで戦いを愉しむかの様な笑みを唇に張り付かせ、九条が、否、彼を模した岩石王が無頼の拳を打ち込む。 尚も増す砂蛇の脅威に、追加された新たな戦力に、悠里は一人覚悟を固めた。 死ぬ覚悟ではなく、無理を押し通して生き残る為の覚悟を。 ● それからの一連の流れに必要とされた時間は僅か十数秒。 こじりのピアッシングシュートが砂の結界を抉じ開け、朱子のメガクラッシュが砂に阻まれつつも砂蛇の重たい身体を浮かす。先程までと何ら変わらぬ流れ。 ……此処までは。 違いは此処からだった。モノマと連動し、土砕掌を叩き込むはずだった悠里が、唯一人猛然と未だ宙に身体を浮かせたままの砂蛇に突っ込み、其の勢いのままに砂蛇の身体を爆弾に向かって運んだのだ。 「撃て!」 悠里の叫びが洞窟内に木霊する。 その叫びにびくりと体を震わせたのは俊介。撃てる筈がない。撃てば、悠里は死ぬかも知れない。 敵を殺す事は覚悟はして来た。上の町の人々に犠牲が出るかもしれない事も、アークのやり方をわかってこの道を選んだ自分だからと吐き気を飲み込み覚悟してきた。 本当は誰も傷つけたくは無いけれど……。 だが戦友を殺すかも知れない引き金を、この手で引き事なんて出来る筈が、無い。俊介の震えが花染に伝わる。 守れと、鬼より託された白金の一振りに。 「躊躇う暇は無いわよ」 逡巡は一瞬。こじりの叱咤に我に返った俊介の目に飛び込むは、しがみ付く悠里の背に運命喰らいの刃を今正に振り下ろさんとする砂蛇の姿。 「ちくしょおおおおおおおおお!」 叫びを詠唱とし、展開された魔方陣から魔力を込めた矢が飛び出す。 其れは運命喰らいが悠里の背を貫くよりも早くにE・ゴーレム巨大爆弾へと到達し、……咄嗟に悠里を刺す事を諦めた砂蛇は彼と体を入れ替えて彼の身体を盾に、……しようとした砂蛇の、動きが止まる。其の動きを止めたのは、モノマ、悠里の土砕掌で生じた岩の鎧の罅割れに、1$硬貨をも貫く精密な射撃で弾丸を潜り込ませた京子の一撃。 その攻撃の威力は決して高いとは言えないが、それでもほんの一瞬砂蛇の動きを確かに止めた。 そして其の一瞬の間に、巨大爆弾は火柱を上げて洞窟内を震わせる。 構造的急所を突く場所を狙って局所に威力を集中して放てるよう配置されたとは言え、街を沈める為に用意された爆弾の威力は尋常ではない。 其の爆発に巻き込まれても悠里が生き残れた理由は唯一つ。悠里が砂蛇の身体を盾にしたから。 もっとも死んでいないと言うだけで、其の身に負った負傷は重傷どころの騒ぎでは無く、瀕死だ。 砂蛇を押さえ込む為に其の身体に回していた2本の腕は爆発の影響をもろに受けた為炭化して運よく身体にぶら下がっているだけ。胴体もずたずたに引き裂け、割れた岩で切った腹からは内臓が覗く。 だがそんな悠里を心配して、駆けつける事が出来た者は居ない。 何故なら、爆発の残滓の炎の中から、弾け飛んだ燃え盛る岩の鎧の破片がリベリスタ達を引き裂いたからだ。 想像を絶するダメージを誇る、必殺付きの攻撃、爆砕装甲に、モノマが、こじりが、戦闘継続不能のダメージを受けて倒れ伏す。 「へ……へへっ。終わりかよリベリスタ共。街を沈める手助けを買って出て、それで終いかって聞いてるんだよぉ!」 炎を掻き消し現れたのは、運命を対価に堕ちることを拒絶した砂蛇……、いや、拒絶したのは匡だろうか? 其の姿は、絶望その物。 ● けれど本当の驚愕は其の直後にやって来た。身動き取れぬ悠里の眼前で、傷だらけだった砂蛇の身体が光り輝き癒され始めたのだ。 其の現象に驚いたのは、リベリスタ達だけでなく砂蛇も同様だった。何故なら其の現象は、そんな事をする筈が無いと思い込んで居た為に除外された可能性だったから。 何が起きているのかを理解するは唯一人。其の現象の呼び水である鳳朱子のみ。 朱子の行動。其れは歪曲運命黙示録。運命喰らいの能力によって重い制限を課せられていた筈の其れ。 真なる運命の恩寵に消費される運命の残滓を喰らい、運命喰らいが主の傷を癒していたのだ。 「…………め……ろ……」 悠里の口から掠れた声が漏れる。其れは最後の力を振り絞っての制止。だがもう既に遅い。 始まってしまった以上、傷の癒えた砂蛇を倒す手段は、もう他には無いのだから。 「マリーさん、力を借りるよ」 炎が、起こる。炎が起こす風に吹かれ、舞い上がった赤帽子。 炎が形を成すは、其の赤帽子の嘗ての持ち主、マリー・ゴールド。燃え盛る運命の炎で現れた少女は、悲しげに、けれどもはっきりと、頷く。 「はっ、ははっ。そうだ。そうだ。あの時もお前等二人だった。待ってたぜぇ。さあ来いよ。決着を、つけ損ねた決着を!!!」 其れは砂蛇の言葉を借りてはいても、紛う事無き匡の物。 あの時砂蛇の胸を貫いた2人との決着を願う匡の本音。 「お前を殺さなければ私が見捨てた全てが無駄になる」 炎が猛り、渦巻く。この炎は朱子其の物。己の全てを燃やし尽くし、炎と変わった今の朱子の全てだ。 「逃げる隙なんて与えない」 朱子と、マリーの姿が重なる。 「逃げるものかよ。これだ。此れをずっと待ってたんだ!」 砂蛇の……否、匡の身体が岩の鎧に包まれた。残りが幾らあるかも判らないこの生に、こんなチャンスは二度とない。 今度こそ守ってみせる。この身の内に抱えた黄咬・砂蛇を、今度こそ守り通してみせる。 「私は……私は悪の敵だ。ただお前が……憎い!!!」 言葉と共に其の身を象る炎を矢に変え、放たれるはエネルギー全てを収束させた一撃。 先程の爆弾を遥かに上回る炎の奔流が、一人の悪を包み込む。 其れは全ての悪を打ち砕くと言われる不動明王が放つ炎にも似て……。 「っ……、間に合いませんでしたか」 足から伝わる振動に崩壊を察した血蛭は、虎美に向けた刃を鞘に納めた。 ツァインとウラミジール二人は倒れ、虎美とあひるだけが残っている。 「良いんじゃないの。この人達は強かったわ。掛け値なしに、ね。誰にも貶させはしないわよ」 自らの精神を賦活させた刀花の、倒れたウラミジールへの口付けは、操る為の口へでは無く、頬へ。 情熱を込めて、満足げに。 「……やれやれ。確かに梃子摺りはしましたし厄介だったのは認めますが……。ふう、切り合って貰えなかったのは不完全燃焼ですね。まあ、この洞窟はもうじき崩れる。ここらでお開きとしましょう」 虎美と、あひるに、一礼する血蛭。 「貴方達も早めに逃げた方が良い。生き埋めなんて死に方をさせるには少々惜しい。そして出来れば、そうですね。私の剣を覚えたというのなら次は」 喉をトントンと指差し、 「届かせて見せろ。そうお伝えください」 倒れたツァインを見下ろし、血蛭は告げる。 押し通れなかった以上、この戦いはリベリスタ達の勝利なのだと。 ● 大きなスクリーンに地に飲まれていく映像が映し出されている。 この日地下で起きた爆発は3つ。多くの住民と、そして避難誘導にあたっていた者達が、逃げる間も無く地の底に飲まれて消えた。 跡に残るは吹き出た地下水と瓦礫が作り上げた巨大な沼地。けれど見る者が見れば、それは真っ赤な血の池に見えるだろう。神秘の力を持つ者ならば。 「町が沈んだね。四八……、死葉姉さんの予言通りに」 だが沼の底に今も眠るだろうヌシを叩き起こす事は出来なかった。防がれてしまった爆弾が一つ。 贄は足りただろうが刺激は少々足りなかったらしい。 とは言え其れは望みすぎだろう。あのアークを相手に3個もの爆弾の爆破が成功した事は僥倖と言うべきなのだから。 胸にぶら下げた赤い石を弄繰り回し、スクリーンを見詰めるのは10を幾つか過ぎたばかりの少年。 けれど其の少年が漂わす雰囲気は、明らかに尋常の物ではない。 「でもこれで狼煙は上がったよ。父さん。此れでもまだ協定があるから自由に動けないのかな。だったらもう、僕が動かしちゃっても良いよね」 少年の名は、『裏野部の忌み子』裏野部重(かさね)。今回の一件の裏で糸を引いていた張本人にして、裏野部一二三の実子。 生まれて直ぐから施された、裏野部流の英才教育の成果。 「さあ同志の皆、狼煙が上がったよ。この国で恐怖の代名詞は、死を撒き散らす者は、伝説の使徒でも蘇りし鬼でも無く、僕ら『過激派』裏野部だ。殺そう殺そう、この国の全てにそれを思い出させよう」 其の呟きはまるで歌う様に、撒き散らされる死に恋焦がれる様に。 少年にとってこの世界にあるのは壊すべき物、殺すべき者、そして其の為の道具のみ。 其れは未だ届かぬ遥かな高みの父さえも同様で……。 「ねえ、岩喰らい。教えて欲しいな。君の死は、満足な物だったのかい?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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