●宣伝も兼ねて 広めのブリーフィングルームに通されたリベリスタに向けて、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)が笑っていた。すごく笑顔だった。 で、その手には結婚情報誌とパンフレットとファックス文書と思しきものが手にされていた。 「結婚式場の宣伝をして頂きます」 唐突にもほどがあった。一体全体この包帯はアークのりベリスタに何を期待しているんだ。 「以前、皆さんに革醒現象の抑制と補修を行なっていただいた旧『ガーデン』……改め、『グランローザ三高平』の開場に伴い、皆さんにイメージビデオを作っていただきたく。 まあ、あの時期には出来なかった庭園整備も兼ねてといいますか。撮影器具は借りてきましたし、結婚衣装もこの通り、貸衣装屋に話をつけてきました」 何だかよくわからないが凄く生き生きとした目をしている。超楽しそう。どうした、アーク随一の非リアフォーチュナ(自称)。 「まあ、まあ。前回の抑制作業の際も結婚式的なものは執り行いましたが、半年くらいでまたカップルとか増えているんでしょう? 増えていますよね? やっちゃいましょうよ、この際。届出出すまではフリーですよ?」 ……本当に、何があった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月12日(火)23:24 |
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●あなたに理想を 「では、模擬挙式希望の方はそちらの衣装部屋へ。それと、ビデオ公開やスナップ公開を許容しない方は僕に一言お願いします。撮影はしますが、貴方がただけ、というのは可能ですから」 三高平市郊外、『グランローザ三高平』。到着したリベリスタ達に向けて夜倉が向けた一言は、一応の配慮があってのことだった。 何しろ、撮影にノリ気ではない者は少なくない。純粋に楽しみたいという気持ちは尊重されて然るべきなのである。 だが、そのような言葉より早く返ってきたのは、アウラールによる捕縛からの流れるようなネッククーラー装着作業だった。 「ところで良い事あったのか? ブリーフィングで超楽しそうだったけど」 「イエ、ナニモ」 言えない。朝起きたら本棚にゼ○シィがあっただなんて。 「よかったわね、今回は夜倉狩りはないみたいよ。わたくし以外」 次いで、背後から聞こえるティアリアの声。鈴のように鳴るお嬢様の声は、しかし彼にとっては地獄の閻魔もかくやと言わんばかりの死刑宣告に等しい。 ダッシュで逃げた。追いつかれた。あとは、推して知るべし。 「動画はなし、写真は一枚か二枚だけでお願いしたいのだが」 「あ、お二人の意向は存じてます。撮影スタッフ一人つけるので、どうぞどうぞ」 というわけで、オーウェンが交渉に来た頃には夜倉はタキシード着てました。なんてこった。 「こう言った正式な服装を着るのも、何年ぶりか」 苦笑いするオーウェンに対し、未明はしかし表情が冴えなかった。当然といえば当然なのだろう。恋人の誘いからことここに至るまで、一貫して参加を否定してきた彼女だ。 チャペルなんて以ての外だ。故に、その表情は推して知るべし、といったところなのが悲しい話ではある。 そんな彼女を慮るように、彼女の背に手を伸ばし、耳元に唇を近づけるオーウェン。 「大好きだ、ミメイ……」 その言葉に彼女がどういった反応を示したか、などに関しては本人同士の秘密ということにしておこう。 余談であるが。花嫁衣裳を着ると婚期が遅れるという逸話は、この二人にとって些事であることは間違いあるまい。 「私、式が終わったら婚姻届を出しに行くんだ!」 「……ま、まあ可愛い妹の遊びに付き合ってあげるのも兄の役目だしね!」 竜虎相見えるというか。この兄にしてこの妹ありというか。竜一は良い感じに追い詰められていた。 そう言えば前回、虎美は他者を(物理的に)押しのけてブーケを奪い取っているのである。遠回しにでも実現するとは凄まじい執念だ。 神父役として二人の前に立ったリリも、その様子に若干押され気味である。 「唇には、さすがにするわけにもいかぎゃぁぁぁぁぁ」 竜一の拒否権は、電極が爆ぜる音に遮られた。 「お兄ちゃんが初めてじゃないのは引っかかるけど私のファーストキスはお兄ちゃんで決まり!」 「お、おちつけ虎美! あの暗黒ピーチに騙されあばばばばばばば」 当然、こんな映像使えるわけもなかった。 「虎美ちゃん、良かったわねぇ。幸せになるのよ」 ……つな。 侍らせたドレス姿の那雪と胸元のコサージュを揃え、進む姿は男装の麗人と呼ぶに相応しい凛々しさすら感じ取れる。 (あぁ、那雪可愛いなあ……) (お揃い、可愛い……) お互いがお互いこんな感じであるが、カップルではないらしい。お似合いではあるんだけどなあ。ほっぺにちゅーとかしてるし。 「参列者のみんな! 今日は本当にありがと~!」 「……あら、まぁ……」 そして、レイチェルは那雪をお姫様抱っこ。体躯からすれば確かに大変そうではあるが、そこは女の意地と革醒者としての地力がそれを感じさせない。 参列者へと向き直り、嬉しげにアピールする彼女の何処に辛さがあろうか。抱え上げられた方の那雪はと言えば、レイチェルの頬にキスを落とし、その親密度を如実に表現していたりもするわけで。 この辺ちょっと解像度処理して使っちゃおうぜ。レイチェルが余りにも男らしい。 「はい、調整終わりましたよー。本当にみなさん楽しそうですよね、なんだか私まで笑顔になっちゃいます。幸せのお裾分けって感じでしょうか」 そんな結婚式の様子を遠巻きで眺めながら、チャイカは機材調整に勤しんでいた。 そんな彼女が準備した機材のド真ん前に陣取り、どや顔ダブルピースをかましてくるのがレイだった。シスター服がダブピとか見た人はどう思うやら。 「この日くらいは祝ってあげます。末永く幸せに。ただし明日は覚えてろ」 やめて! グランローザ三高平のイメージが! 「ジューンブライドは戦争だったのか……!」 待てベルカ。君のその発想はどこから出てきた。 「雑草ハンター(自称)として一本たりとも残さない!」 亘は亘でいつの間にそんな称号を手に戻ってきた。 ちゃんと植え替え用の苗を手に作業している辺りは評価するけど。凄くいいことだけど。 「シベリアで鍛えた単調作業、見て驚けー!」 素晴らしいまでに鋭い動作でむしられる草と草と草。単調作業の中に工夫すら見えるその動作には感動すら覚えたりもするわけだが。 「……六月って結婚のシーズンなんですね」 色恋沙汰には余り興味が無いのか、はたまたヒーロー的な何かに夢中で見えていないのか。 悠子にとって、ジューンブライドと言われてもぱっとしない印象なのは事実であった。 ヴァンパイア「らしい」彼女からすれば、教会に居ること自体むず痒い行為でもあり、戦いで心をすり減らすことこそあれ、癒されるような拠り所を得ることを望むのは慮外なのだろう、という思いがある。少なくとも、自分自身がそうであるだけで、周囲に対して強要するつもりはなく。 幸せがあることはいいことだ、とは感じるのだ……が、目の前を横切った影に驚嘆の声を挙げた彼女からすればどうでもいい思慮である。多分。 ヴィンセントとうさ子が手入れに回った花壇は、嘗て彼らがその種子を植えた日々草とマーガレットのそれであった。丁度、そのどちらもが花をつける時期にきており、花壇の華やかさは彼らの頬をほころばせるに足る状態だったといえる。 とは言え、花が咲くのに適した環境は、同時に雑草が栄えるにも適している。それらを適時駆除するのも、植えた責任というべきか。 「今の僕達にはここのほうが落ちつくような気がします」 「まだゆっくりと進んでいけばいいのだよ。ね、ヴィンセントさん」 結婚式の撮影に挑むメンバーをほぼ同時に横目に見た彼らは、これまた同時に互いに視線を向けた。お互いの頬が紅潮しているのを意識しつつも、微笑ましく感じるのは是であるということか。 剪定した花で冠を作りあい、互いに送り合い。指輪すらも贈り合うその仲は、ある意味ではチャペルのそれと大差ない誓い合いにすら思える。 「……微笑ましいですねー」 「他人のことはいいから。写真だけは撮らせてもらうわよ?」 「ティアリア君、凄く楽しそうですねホント」 こんなやりとりがあったとかなかったとか。 「ジューン・ブライドかぁ……やっぱり憧れちゃうなぁ」 「ま、六月だしこういうイベントもあるだろう」 霧香と宗一は、共に草むしりに勤しんでいた。 根っこから抜かなきゃ、とコツを実演しつつ熱心に手を動かす霧香に対し、黙々と、しかし彼らしい勤勉さで手抜きの見られない作業を続ける宗一とは、それらしい相性の良さだった。 足腰を鍛えられるな、と言う宗一の言葉は、そのストイックさを如実に表しているとも言えるだろう。 一方で、霧香は作業に忠実でありながらも、しきりに結婚式会場に視線を向けていた。その視線は、やはり熱っぽさのこもるもので。 「どうした、気になるか? 着てみたいとか?」 「あ、や、え、えっと! ……そりゃあ、あたしだって女の子だもん。ちょっとは憧れるよ?」 当然、それは宗一にも気になるものだし、霧香とて無碍に否定できるものではない。慌てぶりは周囲からすれば微笑ましいまでに顕著だった。 然しまあ、宗一は宗一で性急にすすめるべきではないという考えがある。物事には順序があるのだ。 「いずれはあの場に立てると良いな」 「うん、いつか立てるといいな……」 いや本当、微笑ましい。 と、こんな感じで観察していると整備組もリア充ばっかりかよふざけんな! という声が聞こえてきそうだが、当然といえば当然の如くこのイベントは独り身のための整備作業である。 あ、オチ担当? あれはちょっと待て。 「それこそ小学校以来というべきでしょうか……」 あれ、台湾って小学校でよかったんです? よくわからないけどそうすると20年弱ぶりの草むしりか。星龍さんも遠くにきたものである。 「どんどん働いて仕事を終えた後のビールを楽しみにするさ」 ディートリッヒさんは本当、力仕事で頼りになりつつビールがあれば制御しやすそうでいいっすね実際。 とか、まあこういう感じで独り身の男率の高いことと言ったらない。 ときに。 イメージビデオ撮影の合間の休憩時間、ビデオ撮影係の袖を引っ張る影があった。 何故か花嫁衣裳を身にまとったロリ、シェリーである。曰く、会場内の案内を撮影したいとのこと。撮影係は割と常識人なので、ホイホイ騙されるわけであり。 「こちらが、式場の入り口になります。ちなみに妾の身長が145cm 将来は170ぐらいになる予定」 その身長のままでいてくれと言う何処かの団体の声が聞こえそうだったり。 「よくわからんが新郎新婦が愛を誓う場所だな。ちなみに妾は、告白は手紙で頼む。恥ずかしいから……」 あろうことかよくわからないと断言しつつ喝采を受けそうな、というか子役が頑張ってあれこれしてるような謎映像が出来上がったことは、まあそういうことで。 ●彼と彼と彼女と彼と 「夏だと、やっぱりヒマワリッスかねぇ」 「向日葵です。種は美味しいですが、食べてはダメですよ?」 植え終わり、若干余ったひまわりの種をしげしげと眺めるリルに対し、先手を打つように凛子は釘を刺す。リルの獣化を考えればまあ、分からないでもない指摘ではあるが、しかし彼はそんなことよりも気になることがあるわけで。 「やっぱり、凛子さんもああいうのは興味あるッスか?」 「神社での結婚式は、家の方で何度か見たことがありますからね」 そう言っておにぎりを差し出す凛子に対し、リルは彼女が「そういう」状況に至った日を夢想する。流石の彼でも、それを思い浮かべることは気持ちのいいものではなかったのだろう。自信を重ねられない純情さというやつもあるだろうが。 「こっちの整備終わったッスし、見てても面白く無いッスから散歩しようッスよ」 「男の子には余り楽しいものではなかったです?」 そんなリルの態度にもやはり曖昧に首を傾げる凛子の胸中は如何程かは、彼女のみぞ知る。 「夜倉お兄さんも、一緒に食べよ~よ♪ とら、ゴハン一升も炊いてたくさんおにぎり作って来たんだからァ☆」 「良かったら一緒に食べない?」 「……一升……!?」 アウラールに半ば引きずられるようにして連れてこられた夜倉は、しかしその昼食の量と質に目を丸くする。 サンドイッチ、おにぎり、サラダ、プリンと果物のジュースと。 塩麹で下味をつけた大根がアクセントとなったサラダはつなの自信作だったか、その味は好評であったり。 とらがキリエの自宅(四階)に窓から突入した逸話に対し、夜倉がやんわりと叱ったらとらの反応が大きかったり。 「とら、夜倉お兄さんと平音さんが結婚したら、夜倉お兄さんちの子になろうかなぁ♪」 とか 「ひょっとして、メリクリーさんの方がいいの?」 とか 「まあ、夜倉さん……道ならぬ恋に身をやつしているのね?」 とか。『あ゛っー』って言いたいのはこっちである、と夜倉は思った。 因みに自炊してます。 ミリィと壱和は、依頼で何度か共に戦った縁から親睦を深めているだけあってか、花壇の手入れを行う雰囲気は和気藹々としたものだった。 本質的に怖がりという点で共通項を持つ二人がこうして共感を強くするのはある種必然でもあり。 真面目であるという点を持つ二人にとって整備作業が苦になることはありはせず。 でも、やはりミリィは女の子である。教会で繰り広げられる幸せの風景は、意識せずともちらちらと目を向けてしまうのが道理だ。 何しろ、女性同士のやりとりなどもあっては注ぐ視線の熱が高まっても仕方あるまい。 (ミリィさんにじっと見られてるのは何故でしょうか……っ) そして、ミリィの視線が帯びる熱をもろに受け止めた壱和にとって、さてどうしたものか、となるわけで。 「……ジーっと見ちゃってすみません。その、お友達になりませんか?」 「えっと、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」 我知らず視線を向けていたことに驚きつつごまかしを加えるミリィと、突然の言葉に嬉しさと緊張を以て受け止め、思わず三つ指ついてしまう壱和と。 「いっぱい仲良くして欲しいです」 そんな、素直な気持ちが日向の如き温もりを与えていたり、とかなんとか。 「実際に出来ない様なトコトン盛大な結婚式を!」 「……まぁ、男性側は御飾りの様な物と言うか」 カミラに押し切られるように参加したエインシャントは、しかしノリが悪いわけではなかった。流石に軍服はないけど。 あと盛大なBGMはどうすればいいのかちょっとわからないけど。ラジカセ持って来い。 エインシャントの威風堂々とした佇まいとか、カミラの豪勢なドレスとか、盛大な音楽とか。 取り敢えず参列者置いてけぼりなんだけど、いいのか。いいのかそれは。 「やっぱり純白のドレスが素敵ですの~」 「流石に動き辛いが仕方ないな」 櫻霞は、櫻子にひっつかれながらも満更ではない様子を見せていた。 何より先に彼女に引きずられて会場入りした彼だったものの、そもそも愛する伴侶(予定)の要求を飲まない度量ではない。寧ろ積極的に受け入れるのが彼だ。 口ではどうとでも言えようが、彼にとってはその度量を見せるのがある意味では楽しみのひとつであるのかもしれず。 「櫻子と櫻霞様、私達の結婚式もお姫様抱っこで登場したいですの♪」 という櫻子の要求も甘んじて受け入れるのが櫻霞である。まあ、お姫様抱っこの前例がある以上はやってみせるのが漢ということか。 周囲の歓声の中、櫻子と櫻霞の間で交された誓いがどういったものだったかはまあ、察して頂ければありがたい。 「あッ! もしかしてさり気なくサボってないかー!?」 「……やっている。心配するな」 そんな様子を他所に、龍治と木蓮の二人は整備作業に勤しんでいた。 尤も、龍治自身は結婚式は愚か、土いじりにも深く興味を示さないタイプの人間だ。 木蓮の誘いや願いを唯々諾々と聞き受ける傍ら、彼にとっての居心地の悪さは増すばかりではある。 加えて、結婚式の様子を見る度に木蓮がよりはしゃぐのだから手に負えない。 無論、その真意をも理解しているからこそ、居心地がよろしくないわけで。 今の自分がそれに応じられるか否か、と考えてしまう程度には、彼も思慮深い人間なのだ。 「ウェディングドレスじゃなくて俺様はこんなシャツに軍手姿だけど、龍治が傍に居るから幸せだぜ」 ……それでも。そうやって笑ってくれる木蓮が居ることを。 「そうか、なら良い」 仏頂面の奥で肯定する程度には、龍治とて男であることは否定出来ない。 「日本には、枯れ木も山の賑わいという言葉がありますが」 大丈夫だろうか、と自らの身なりを整えて賑わいになればと考えるアルフォンソの傍らを、小柄な影が通り抜けた。神父服を着ていたようだが、確か神父役は既に居た筈であるが…… 「バイブルベルトの原理主義教会で生まれ育った経験が火を噴くです」 ……まあ、見なかったことにしようと。賑やかしの一人であるが故に、思ったりするアルフォンソである。 「う、うううぇでぃんぐ、ど、どれす」 自らの晴れ姿とモノマの文字通り「服に着られた」様に視線を往復させ、壱也はあわあわと声をあげていた。 結婚式の手順ってどうだったか。誓いの言葉ってなんだっけか。うへへキスしか覚えてないや。 普段なら、或いは他人ごとなら相応に頭が回るというのに、いざ自分のこととなると思考がフリーズしてしまうのは腐女子共通の問題らしい。 だが、モノマはわからないことを問題にする気はないらしく。寧ろ専門の人間がいるんだから八割任せてしまえばいい、と緊張しつつ余裕を感じる。 「ち、誓いのキス!? え、え、うあ、せ、先輩と、ひ、ひひ人前で、うあ」 「ありゃ、壱也ぶっ倒れたな」 唇の触れ合う感触に、壱也は一瞬でノックダウン。力なくしなだれた身体を支え、そのままモノマは難なくお姫様抱っこ。 今回最大の男気を感じるお姫様抱っこである。 (お姫様だっこ、初めてのデート以来、だ) 思い出深い姿勢は、確かにその絆を強くするものでもあるわけで。 二人が何処へともなく駆け出す前に放られたブーケが、宙を舞う。 「く、この身長ではなかなか……え?」 受け止めようと、必死に身長差を覆そうとアピールしていた麻衣の手に、ブーケが滑り落ちる。 驚いたように顔を挙げた先には、彼女へ向けて手の甲を向けた包帯男の姿があったような気がするが、逆光とその前髪で判然としなかった。 「……気持ちは嬉しいんですけどね、まだ早いです」 そんな、不機嫌そうな声が聞こえた気がするが。ブーケをしっかりと抱えた彼女には、関係のない話だった。 「一緒に戦った場所だから、そういう意味では縁があったのかな」 「そうかも、だけど、変な……気分」 意外性という意味でならば、快と天乃の新郎新婦という取り合わせはリベリスタたちにとってとても意外に見えたかも知れなかった。 何しろ、この二人に関しては色恋沙汰が――片一方は出来ては潰しなのかもしれないが――縁薄いものとして見られる傾向が強いからだ。 とは言え、この教会は嘗て二人が激戦を繰り広げた場所でもあり、そういう意味での縁としては面白いもの、なのであろう。 笑顔を促す快に対し、返す彼女の笑顔が闘争を思い出したが故の不敵なものなのが惜しいと言えば惜しいのかもしれないが。 で、神父役だが。 「いあ! いあ! すとらま! ……ん!? まちがったです……?」 おいどうしたバイブルベルトの原理主義者ことエナーシア。 改めまして。 「汝、新婦はこの男を夫とし 良き時も悪き時も 富める時も貧しき時も 病める時も健やかなる時も 共に歩み他の者に依らず 死が二人を分かつまで 愛を誓い 夫を想い 夫のみに添うことを誓いますか?」 「誓い……ます」 「汝、新郎はこの女を妻とし、火が降ろうと槍が降ろうと、フェイトを失おうと異世界に迷おうと例え裂けた大地に挟まれようと、徹頭徹尾一意専心 三千世界を敵に回せど無理も道理も蹴り飛ばし 死が二人を分かつまで 妻を想い、 添い遂げることを誓いますか?」 「ちょ、ちょっと待ったエナーシアさん、何で新郎だけ要求値跳ね上がってるの!? おかしくない?」 「私も女の子なのです><」 ひでぇ誓いもあったもんである。 「……女神に、見られてると思うと、変な気分」 そんな風に、自然さを増した笑みを向けた天乃に対し、我知らず心拍数が上がるのは仕方なし、と感じる快だったわけだが。 誤魔化そうと視点をずらすだけだったはずの誓いのキスで、頬に受けてしまったとか、そういうオチもあるわけで。 「おめでとう、おめでとーっ……とある新郎役の方はほんとの彼女を作って下さいね、ほんと頼みますよっ」 「……?」 幸せの気配を嗅ぎ分け、自らも幸せに浸ろうとする凛麗の傍ら、快の幸せを心から願うカイの最期の呟きは、何だかこう、切実にも感じられた。 「火車くん、どうかな? 似合う?」 (さ……誘ってしまった……! 形だけとはいえ結婚式というイベントに……!) 「お……ぅ……」 朱子と火車は、終始この調子だった。 緊張しているという点であれば二人共大差ないが、朱子は撮られているという状況を確実に意識している。変に構えるよりは自然体で、ということらしい。 対する火車は、相手の花嫁衣裳の決まりっぷりに既にたじろいで居た。 たじろぐ余り、彼が採った行動は単純明快に抱きしめること、だった。 これは、二人の事情を知っている参列者でも僅かなざわめきを与えてしまうだろう。だーいたーん。 参列者に混じった終などはきゃっきゃと騒いでしまう程度には見栄えのするワンカットであることは間違いない。 「私……初恋の人と結婚して、いつまでも一緒にいるっていうのが……夢なんだ」 ところで。 「くっはー、さすが六月! 陽射しも強いです!」 女子力が高い次元まで到達してしまい、一周して女子力バーストしちゃってジャージ姿の少女が居た。 「……あー、あっちは華やかだねー、うん、幸せそうだねー、わたしは、ずっとこっちがわだよね……」 華やかな雰囲気から離れ、何処か諦めの濃い表情で黙々と草をむしる金髪の少女。 「うん、陽の当たる場所はまぶしいね。いっしょに、森の奥に帰ろう、石の裏にはさまって、腐葉土を囓りながら静かに暮らそう」 転がるダンゴムシをつつきながら、ワラジムシをもつつきながら、腐葉土を探して渡しながら、少女の独り言は続く。日が暮れるまで。 (他の……今咲いている……花や……次に……咲く……蕾の……ために) そんなテンション乱高下の舞姫の傍らで、地味ながら堅実な作業を続けるのがエリスである。 しおれた花や不要な実を取ることで、より長く花が咲き誇るために、出来る事を確実に。 これは、世界の維持に関しても言えること。彼女自身、それを意識しながら行うこと。 何時か咲く、幸福という花のために行う、地道な日常。 それこそが今、それだけが今。 ●幕は引かず、幸福の残滓にあやかるべし 「……随分と静かな物だな、昼間の騒ぎが嘘の様だ」 「浄化の時よりも一層手が入って、本当に立派になりましたね」 西日に赤みが増し始めた頃、拓真と悠月は改めて教会へと足を運んだ。 浄化の儀式を行った際も、二人はここを訪れている。 もっと述べるなら、それ以前も、だが。 「……過去は今に塗り替えられ、時が過ぎれば忘れ去られていく」 時間というのは不条理である。嘗てあった悲劇も惨劇も慟哭も絶望も、時間と共に摩滅させて削り取っていく。 そこに幸せを上塗りできるのが人としての幸せなのだろうと考えればいいことなのだろうが、果たしてそれはすべてが幸福であるのか、と言えば疑問ですら在る。 悲しみを忘れることは痛みを喪うことだ。それが、拓真にとって正しいとは思えない。だからこそ、という語り方もできるのが、彼か。 「かつての出来事、俺達はそれを伝えていかなければならない。……俺の祖父、悠月の父上や母上の様に」 「ええ……誰かが覚えていれば、例え生きた証が失われたとしても」 覚えていよう、伝えていこうと。再びに誓いを交わす二人の姿がそこにはあり。 「……任務の途上どんな死の危険に晒されても、どんなにボロボロで不様な姿を晒しても、必ず迎えに行きますからね」 「次は結婚式をする時、でしょうか?」 たとえどんなに稚拙でも子供っぽくても言葉だけであったとしても、カイと凛麗もまた、静かに誓いを重ねあう。きっと半年ほど前よりも、その結びつきは強いはずだ。 「叶えられるのは火車くんしかいないんだから……いつか叶えてね」 「いつか……なんてのんびりした事、言わねぇさ」 ああ、斜陽が紅く染まる。 改めて、誓いを交わす彼らの髪に似た色に。その想いの色の如くに。 染まっていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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