● 最初は、私と同じ苦しみを味合わせてやろうと思った。 大切なものが、自分の目の前でなす術なく壊れていく絶望。 あいつら全員にそれを与えることで、あの子の無念を晴らせる気がしていた。 ――今、あいつらは私の前で、『ガロット』に首を絞められている。 アークの妨害で仕留め損ねた一人だけは連れ出せなかったが、それは最後にでも取っておけばいい。 あいつらが『ガロット』で苦しむさまを見れば、胸がすくと考えていたのに。 なぜか、愉快な気持ちにはなれなかった。 だからといって、解放してやるつもりはないけれど――。 軽く咳き込んだ直後、唇の端から血が滴り落ちる。 『ガロット』を一度に四台も起動した代償は大きいが、戦えないことはない。 アークは、必ず私の邪魔をしに来るはずだ。 首から下げた『復讐者の黒水晶』を、強く握り締める。 こんなことをしても、あの子は戻ってこない。 誰に言われるまでもなく、そんなことはわかっている。 でも。復讐が、何も生まないというのなら。 体の奥底から湧き上がる、この憎しみはどうしたらいい? 私は、あの子を死なせた全てのものが許せない。 執拗に心を痛めつけて、あの子を自殺に追いやったあいつらも。 すぐ近くにいながら、あの子を止められなかった私も。 その全てを滅ぼし尽くした時、私の復讐は終わる。 待っていて。姉さんも、もうすぐ行くから。 それまで、もう少しだけ力を貸してちょうだい。 ● 「――と、集まったな。今回は急ぎの仕事だ、ちと駆け足になるが説明始めるぞ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達の顔を見渡し、すぐ本題に入った。 「今回の任務は、フリーのフィクサードに殺されかけている四人の一般人を救出することだ。 しかも、アーティファクトが二つほど絡んでいて、二重の時間制限がかかってる」 数史によると、一般人は全員が『ガロット』と呼ばれるアーティファクトで拘束されている。 これは金属製の椅子で、座った人間の動きを封じると同時に鉄の輪で首を絞めてじわじわと殺す――という一種の処刑具らしい。 「四人が『ガロット』に絞め殺されるまでの時間は、最長で見積もっても一分半と少し。 まずは、これが第一のタイムリミットになる」 手の中のファイルをめくり、数史は説明を続ける。 「『ガロット』で一般人を殺そうとしているのは黒岩ミサ(くろいわ・-)というフィクサードだ。 彼女は、イジメで弟を自殺に追い込んだ同級生たちを憎み、復讐を誓っている。 以前、同級生の一人を恋人もろとも捕まえて殺そうとしたが、アークに阻止されて未遂に終わった」 そして今回、黒岩ミサに捕まっているのは、その時の一人を除いた残りの四人であるらしい。 「問題なのは、黒岩ミサが持っているもう一つのアーティファクトだ。 『復讐者の黒水晶』と呼ばれるペンダントで、死者の思念を取り込み、その復讐を果たそうとする所有者の力を高める――という触れ込みにはなっているが、どうもそれだけじゃないらしい」 その全容は万華鏡でも掴めなかったが、一つだけ確かなことがある。 「どういうわけか、『復讐者の黒水晶』に取り込まれた思念が膨れ上がっていて、今は破裂寸前の状態だ。 放っておくと、現場で大規模な爆発を起こす」 爆発の威力は凄まじく、一般人であればまず即死は免れないという。 「『復讐者の黒水晶』が限界を迎えて爆発するまで約二分。これが第二のタイムリミットだ。 それで、何とかする方法だが――」 まず『ガロット』は、椅子に座っている犠牲者を動かそうとしたり、所有者である黒岩ミサの命令を受けた時に死刑執行人のE・フォースを一体生み出す。 『ガロット』四台分、四体のE・フォースを撃破すれば、全ての『ガロット』は機能を停止し、犠牲者を助けることが可能になるということだ。 「次に、『復讐者の黒水晶』だな。 こいつは、これを身に着けている黒岩ミサを戦闘不能にした上で、『復讐者の黒水晶』を破壊する必要がある。戦闘中に無理矢理壊したり何だりすると即座に爆発するんで、そこは気をつけてくれ」 どうにも得体の知れないアーティファクトであり、壊して全て解決するとも考え難いが――ここで破壊しない限り、囚われた一般人たちの命はない。 四体のE・フォース、そして『復讐者の黒水晶』で能力を強化された黒岩ミサを相手にする以上、制限時間内に一般人四人を爆発範囲外に逃がすことは不可能に近いからだ。 「――とにかく、今回は時間との戦いだ。 かなり厄介な任務で申し訳ないが、どうかよろしく頼む」 黒翼のフォーチュナはリベリスタ一人一人の顔を見た後、頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月02日(土)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「――来たわね」 千里眼で倉庫の壁を透かし見たミサは、リベリスタ達の接近を察知すると『ガロット』から四体のE・フォースを生み出した。 突入に合わせて呪印を放ち、先陣を切った『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)を縛ろうとするも、ユートはそれを意に介することなく後続の『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)を守るように立つ。いかなる呪縛も、彼を封じることはできない。 ユートは、四体のE・フォースのやや後方――『ガロット』に首を絞められる四人の少年たちの少し前に立ったミサを見た。 長い黒髪に、灰色がかった背の翼。青白くやつれた顔の中で、復讐に濁った瞳だけが痛々しいほどに鋭い光を放っている。 (……気持ちはわからんでもねェ。俺も同じような事やったからな) 復讐は理屈で片付けられない。自分の気が済まないから殺す、その心情はユートにも理解できる。 でも――だからと言って、ミサを放っておくつもりはない。 黄金に輝くダブルアクションリボルバー“オーバーナイト・ミリオネア”を構えた『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が、神速の連射で死刑執行人の姿をしたE・フォースを次々に撃ち抜く。 「さぁて、初めからあげていきましょーか」 『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814)が防御の効率動作を共有して守りを固める中、黒い翼を羽ばたかせる『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が宙を駆けた。 彼女を始め、『不屈』神谷 要(BNE002861)、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)、『Beautiful World』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)は、以前の事件でミサの復讐を阻んだメンバーであり、電話越しに言葉を交わしたこともある。 四人の顔を知るミサは、僅かに眉を動かした。 「また、あなた達なのね」 「約束通り、お邪魔にきました、よ!」 死刑執行人の一体を気糸で絡め取った後、フィネはミサが首から提げている『復讐者の黒水晶』に視線を走らせる。 二分足らずの間に四台の『ガロット』を止め、『復讐者の黒水晶』を破壊するのが、今回の任務。 「まずは、その悪趣味なアーティファクトからぶっ壊させてもらおうかねえ」 付喪が自らの魔力を解放し、ミサと死刑執行人たちの頭上に激しい雷を落とす。荒れ狂う稲光が、倉庫の中を青白く照らした。 ミサの抑えに回った要が、十字の加護を皆に施しながら口を開く。 「もう自分でも判っているのでしょう……? これは、弟さんの為ではなく自分の感情をぶつける為の行為でしか無い事を」 沈黙を返すミサの瞳を、要は真っ直ぐに見た。 「ゆえに貴方の復讐を邪魔する私達がそれを引き受けましょう。 どうぞ、全力で」 「言われるまでもないわ……!」 ミサの声に応えるように、死刑執行人たちが動き出す。 一体を気糸で封じたフィネ、ミサの眼前に立つ要に斧が繰り出され、神秘のロープが福松の首に巻きついた。 「今回は、時間がありませんっ……!」 福松の首を絞める死刑執行人のブロックに入った如月 凛音(BNE003722)が、薙刀を豪快に振るってこれを弾き飛ばす。敵が後衛に向かわぬよう抑え、かつ迅速に数を減らせるよう攻撃に専念するのが、彼女の役目。 全員に射線が通る位置を確保した杏樹が、“アストライア”を構えてミサに語りかける。 「自己満足の復讐に囚われて、弟をちゃんと弔ってやったのか?」 黙ってこちらを向いたミサの顔は、今にも溢れそうな感情を堰き止めているようにも見えた。 ずっと泣きたかったはずなのに、泣けないまま復讐に身を投じて。 そうやって自分を追い詰めていくのは、とても辛いことだ。 「復讐は誰のためにもならない。正論だって言われるだろうけど、だから私は止める」 巨大なボウガンから放たれた五本の光矢が、ミサと死刑執行人を同時に射抜いた。 ● ミサの占術が不吉の影を生み、杏樹を包む。 続いて仕込み杖を構えた彼女は、そこから幾つもの光弾を撃ち出してリベリスタ達に攻撃を浴びせた。 「良いから撃ち続けろ! てめェの火力俺の五人分ぐらいだろうがよ!」 付喪の盾となり光の弾丸を一身に受けるユートが、肩越しに叫ぶ。 彼に頷いた付喪が、顔を覆う兜の下から言葉を返した。 「派手に行こうじゃないかい、派手に」 天井から降り注ぐ雷が、ミサや死刑執行人を強烈に貫く。 呪縛から逃れた福松が.44口径のマグナム弾を叩き込んでいくと同時に、ユーニアの放つ暗黒の瘴気が敵を包んだ。 戦場全体に視野を広げた詩人が、「それにしても」と呟く。 「親族の復讐、とは実にテンプレですねー。 まあ、マクロではテンプレでもミクロではバリエーション豊かだけどな」 道徳観念が薄く、また己の欲望に忠実な彼は、他人の復讐に関してどうこう言うつもりは無い。これが仕事でなければ、止めもしないだろう。 (まー、末路は燃え尽き症候群でまっちろけって感じになりそうだけどねん) 詩人がちらりと視線を走らせた先で、要がミサに破邪の刃を繰り出す。 その斬撃を仕込み杖で受け止めて直撃を避けたミサは、死刑執行人たちに攻撃を命じた。 神秘のロープが首に巻きつこうとするのを、杏樹が咄嗟に身を沈めてかわす。 「お前の復讐なんかで、止まってたまるか!」 即座に体勢を立て直した彼女は、女神の名を冠したボウガンから再び光矢を放った。 活性化した魔力を循環させる『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が、癒しの福音を響かせて仲間達の傷を塞ぐ。待機していたフィネが、バロックナイトを再現する赤き月の呪いを解放した。 「……力を貸して」 赤月の呪力に身を蝕まれるミサが、胸元の『復讐者の黒水晶』を強く握り締める。 彼女を中心に漆黒を孕んだ光が広がり、死者の無念を呪詛に変えてリベリスタ達を打ち据えた。 仲間達の被害状況を見て取ったユートが、ブレイクフィアーで厄介な状態異常を一掃してのける。神聖なる輝きが完全に消える前に、詩人が神秘の閃光弾を投げた。 「ひゃっほーう、楽しいなぁ」 激しい閃光と轟音が、二体の死刑執行人を巻き込んで動きを封じる。 その隙を逃さず、凛音が薙刀を一閃させた。全身の闘気を集中させた強烈な一撃が死刑執行人を両断し、まず一体を屠る。 麻痺に縛られた死刑執行人はともかく、『復讐者の黒水晶』を有するミサの攻撃はなかなかに脅威だ。今は仲間を倒れさせないことが優先と判断し、フィネも麻衣に続いて天使の歌を響かせる。 全体の回復を担う二人を見たミサは、連続で彼女らの運命を占い、その頭上を不吉の影で覆った。 フィネの運が大幅に奪われ、麻衣の周囲を循環していた魔力が取り払われる。 ユートがブレイクフィアーでフィネの不運を払った直後、福松の“オーバーナイト・ミリオネア”が火を噴き、二体目の死刑執行人を撃ち倒した。 ● 死刑執行人の撃破に伴い、『ガロット』の半数が機能を停止した。 そこに座す少年たちは今も拘束されたままだが、首を絞めていた鉄輪が緩んだことで死の危機からは脱している。一方で、残る二人の少年たちの命はなおも『ガロット』の手中にあった。 涙と鼻水を垂れ流し、潰れた蛙のような声で呻く少年たちを見やり、詩人が含み笑いを漏らす。 「しかし、復讐っても苦しませて殺すとか慈悲あるなぁ。 ……だって、苦しむけどオートで楽になれるわけじゃん?」 ただ殺すのではなく、じわじわと壊して苦しみ抜かせ、自分から死を願うように追い詰めてこその復讐ではないか。それをしないミサの慈悲深さには、まったく哂えて涙が出る。 「――それとも、私がマッド過ぎるのかな」 細面に柔らかな笑みを浮かべ、詩人はスローイングダガーで死刑執行人を狙い撃った。 青白い火花を散らす付喪の雷が敵を貫き、曇りなく輝く要の剣がミサを傷つける。 『ガロット』の半減に伴ってミサに攻撃目標を移した杏樹が、“アストライア”で矢を射かけながら彼女に呼びかけた。 「なぁ、ミサ。その水晶は本当に死者の念を集めるのか?」 「そうよ。これには、あの子の無念が詰まっているの」 「お前の弟は生前、復讐を喜ぶような人間だったか?」 一瞬、ミサが言葉に詰まったところに、杏樹が言葉を重ねる。 「私には、お前の、お前自身を含めた全てが許せないって憎しみが膨れあがって見える」 「……」 沈黙するミサに、さらにフィネが語りかけた。 「死者の思念を取り込んで、使用者の力を高めるアーティファクト。 一見すれば、故人が力を貸してくれるように錯覚します、ね。 けれどもし、両者の思いに隔たりが有っても強制力が働くのだとしたら?」 「……何が言いたいの」 「万華鏡が――」 「止せ、ファインベル」 『復讐者の黒水晶』が爆発の危機にあることを告げようとしたフィネを、福松が止める。 彼が見る限り、ミサは己の身を守ろうという意識に乏しい。 そんな彼女が『復讐者の黒水晶』が爆弾であることを知ってしまえばどうなるか。 最悪の場合、自分もろとも憎き仇を滅ぼそうと『復讐者の黒水晶』を自ら爆発させるかもしれない――。 福松の制止でその可能性に思い至ったフィネと杏樹が、揃って口を噤む。 沈黙を破るように、凛音が死刑執行人に薙刀の一撃を叩き込んだ。 険しい表情で眉を寄せたミサが、再び『復讐者の黒水晶』を握り締める。 「余計なお喋りの時間は、無いんじゃなくて?」 呪詛を帯びた禍々しい漆黒の光が、たちまち一帯を覆い尽くした。 死者の無念に全身を蝕まれた詩人が、耐え切れずに倒れる。 直前に癒し手たちが天使の歌を響かせていたが、それでも回復が追いつかなかった。 「ノーマン、頼む」 状態異常を免れた福松が、ダブルアクションリボルバーのトリガーを絞りながらユートにブレイクフィアーを要請する。頷いたユートが邪を払う光で仲間達を縛る呪詛を消し去った直後、麻痺から回復した処刑執行人たちが巨大な斧を繰り出し、前に立つフィネと凛音の首を薙いだ。 急所を斬り裂かれた二人の首筋から、鮮血が飛沫を上げる。 今、ここで倒れるわけにはいかない――。 自らの運命を引き寄せ、二人は闇に閉ざされかけた意識を繋ぐ。 空中で体勢を立て直したフィネの視線の先で、凛音が薙刀で己の身を支えた。 「行き場の無い怒り、憎しみ……。 あのもどかしさは、私にも経験がありますっ……」 凛音は、ミサの姿にかつての自分を重ねている。 愛する夫を失い、一時は死すら考えた。 若くして授かった愛娘――守るべき幼い手がなかったら、自分はここに居なかったかもしれない。 そう、思うからこそ。 要がミサの注意を引きつけるべく輝きを纏う剣を繰り出し、杏樹の矢が追い撃ちをかける。 これ以上誰も倒させまい、倒れまいと、麻衣とフィネが癒しの福音を高く響かせた。 状態異常の回復を待って控えていた付喪が、満を持して雷を召喚する。 激しい雷光に貫かれた二体の死刑執行人がほぼ同時に霧散した後、付喪がミサに声を放った。 「次はあんたの番だよ。覚悟しな!」 ● 全ての『ガロット』が止まったのを見て、ミサは仕込み杖の銃口を少年たちに向ける。 リベリスタ達が彼らを庇おうとした時、彼女は身を翻した。 「……まだよ。まだ苦しませなくちゃ、あの子が……!」 仕込み杖から光の弾丸を乱射し、リベリスタ達を撃つ。 「たとえ何も生まない自己満足の復讐でも、もう私は止まれない。 あいつらに絶望を味合わせてやれるのなら、命だって惜しくないわ!」 「復讐は何も生まない? 何を当たり前のこと言ってンだ」 降り注ぐ光弾の中を走るユートが、事も無げに言葉を返した。 「俺は否定しねェよ。憎い奴をやっつけてェ。出来れば殺してやりてェ。当然じゃねェか。 感情の問題に理屈でゴネられたってどうしようもねェよ。 ……でもなァ、それでてめェが死ぬってなァどういう了見だ」 ミサを鋭く睨み、ユートは拳に握ったナイフのグリップを全力で振り下ろす。 「てめェの人生にゃァ弟しかねェのか。 人が一人死んだからって、世界が終わる訳じゃねェんだよ!」 「くっ……!」 打撃で膝を揺らすミサを魔弾で追い撃ちながら、付喪が口を開いた。 「自棄になった奴ってのは面倒な事ばっかりするね。全く……見てられないよ」 ミサの復讐は、自分もろとも亡き弟を貶めているに過ぎない。 気付いていないのか、気付いてなお止められないのか――。 「この世界に“IF”は無い、って言ったよな、あんた」 状態異常の効かぬ身を活かして暗黒の瘴気を撃ち続けるユーニアが、ミサに呼びかける。 こちらを向いた彼女の瞳を、彼は迷いなく見据えた。 「そんなことわかってる。……だから俺は、今できることを全力でするんだ」 ミサは死なせない。ミサが死ねば、彼女の弟を思い出してやれる者は居なくなってしまう。 辛いだけの復讐は、ここで終わりだ。 「“IF”は無い――か、その通りだ。起きてしまった事は変えられん」 銃口をミサの頭に向け、福松が呟く。 「だが、防ぐ事はできる。例えば、あんたが死に逃げする事とかをな」 不可視の殺意がミサのこめかみを捉えた直後、要の剣が肩口に一撃を加えた。 続いて、凛音が薙刀でミサに打ちかかる。 彼女がここに来たのは、ミサの結末を見届けるためだ。 自分が取る可能性があった、もう一つの未来を見たかったからだ。 「また、弟さんの声を聞かないまま終わって良いのですか? こうなっているのは、弟さんが現状、悲しんでいるからではないですか?」 天使の歌で傷を癒すフィネの問いに、ミサは『復讐者の黒水晶』を握り締めてヒステリックに叫ぶ。 「あの子はずっと、私に語りかけてるわ! 僕の無念を晴らしてくれって!」 「お前さんの弟は死んだ。もう何も言わねェ。……死人言い訳に使ってねェで自分で決めろや」 漆黒の呪詛をブレイクフィアーで打ち消したユートが、遮るように声を重ねた。 「結局復讐なンてな感情の問題でしかねェ。 終わりは本人が自分の心で決めるしかねェし、逆に決められるンだ」 「嫌よ、聞きたくない!」 頑なに拒絶するミサを見て、付喪は思う。 やはり、彼女は気付いているのだ。分かっていて、それでも止まれないのだ。 ならば――悔しさも悲しさも苦しみも、その全てを。 展開した魔方陣から魔弾を撃つ付喪に続き、杏樹が矢を放つ。 「ごめんな。私にできるのは、受け止めてやることだけだ。 泣きたい時は泣け。気持ちが溢れたら、私が受け止めてやる。ぶつけてこい」 まだ、ミサは踏み止まれる。だから、誰も死なせはしない。 刻々とタイムリミットが迫る中、大胆に踏み込んだ凛音が気合とともに薙刀を打ち込む。その一撃に圧倒されるミサを、鮮烈に輝く要の剣が捉えた。 要も目の前で弟を亡くした身であり、弟を救えなかった事に負い目を感じている。 ミサとは、その時の感情の行く方向が、ほんの少し異なってしまっただけ。 ただ――それだけの違いなのだろう。 ミサが動きを鈍らせた隙を逃さず、福松が銃を構える。 「死ぬのなんざいつだって出来るだろう。 その前に考えろ。あんたが弟の為に出来る事を、復讐以外でな。 これは“IF”の話じゃない。これからの、未来の話だ――」 いずれ弟のもとに行くのだとしても。 生きて、生き抜いて。それから。 「何も出来なかった自分が許せないなら、今度こそ、本当の声に耳を傾けてあげてください――」 フィネの全身から放たれた気糸がミサを縛り、彼女を戦闘不能に追い込む。 動きを止めたミサの胸元に、杏樹が“アストライア”の狙いを定めた。 「私は私のエゴで、お前を死なせない」 放たれた矢が、『復讐者の黒水晶』を射抜く。 次の瞬間、忌まわしき水晶は砕けた。 ● 翼を広げたフィネが、倒れるミサを受け止めて彼女の頭を抱き寄せる。 少年たちも、彼女自身も。憎む者全て、ミサの目に映さないように。 その時――砕けた『復讐者の黒水晶』から、黒い思念が膨れ上がった。 福松が、ユーニアが、ユートが、麻衣が、少年達を庇いに走る。 巨大な思念に見慣れぬ少年の顔が浮かび上がり、哄笑が響いた。 その声を聞いたミサが、信じられないといった様子で呟く。 「この、声は……あの子の……」 ミサが気絶した直後、黒い思念は狂気の笑いとともに消えた。 思念が消えた場所を見つめて立ち尽くす凛音の傍らで、ミサに歩み寄った付喪が溜息を漏らす。 「やれやれ、まだ終わりそうにないね、これは……」 フィネに抱かれるミサの表情は、安らかな寝顔にはまだ遠い。 あの思念も気になるが、まずはミサの命を救えたことを喜ぶべきだろうか。 杏樹は黙って、ミサの顔を眺めやる。 「おい、今の……」 「あいつだ、あいつの顔……!」 怯える少年達に、傷ついた身を起こした詩人が苛立たしげに口を開いた。 「騒ぐんなら指とかツメんぞ糞餓鬼共」 途端に黙ってしまった彼らを尻目に、詩人はアーティファクト回収に動く。 福松が、少年達の拘束を解いてやった。 命が助かったとはいえ、この恐怖はさぞ身に沁みただろう。 眠るミサの傍らに、要が膝をつく。 手を汚さずに済んだとはいえ、彼女の行いは許されることではない。 でも、助かったからには、どうか別の道を探して欲しいと思う。 「行きましょう、アークへ」 目覚めぬミサに、要はそっと囁いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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