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人の話はちゃんと聞こう。


 悲しいことに、私には力がない。
 力と言えば、凡愚な輩は単なる武力、否さ暴力の話だと思うだろうが、それは違う。
 むしろ、我らが栄えあるリィアリア王国近衛兵団長たるこの私にとって、兵力は生半な相手に遅れを取るどころか、正対するにも値する者すらそうは居ない。
「姫様……姫様!」
 混乱した頭のまま主を揺さぶるが、ショックの為か未だ目覚めない。
 ……クソ。どうしてこんなことになった。
 落下は高高度から。ゴミをクッションにしてしまったことに、更に口汚くののしりの言葉を上げる。
 思わず、汚い言葉が口をつく。貧困街出身の私の口の悪さは、直そうと思ってもそう直るものではない。それが漏れ出る度に、姫様は私を嗜めて下さった。かつての薄汚い浮浪児から努力と腕っ節だけで名を上げた私を、偏見も差別も籠めずに近衛兵団の長として取り立てて下さって、教養や知識を授けて下さった姫様。
 そんな大恩ある姫様を前に、私は彼女を安心させること一つ出来ない。歯痒さと不安と苛立ちだけが募る。
 たとえどれだけの武力をこの身に有していようとも、今私と主の身に降りかかった状況に対して何の対処も出来ない。
 私には、力がないのだ。
 尚も揺さぶると、姫様はようやく目をお開けになられた。目だった外傷は無いが、一刻も早く治癒術者に検査をさせたい。
「姫様、お体に大事は御座いませんか」
「あ……フィル。貴女こそ。ここは……?」
「皆目見当も付きませぬ」
 天まで届こうかと見紛うほどの高い建造物。一枚板で出来た面妖な煉瓦。馬の居ない鉄の馬車。
 ……見たことも、聞いたこともないモノで溢れている。
「今は路地裏にて身を隠しておりますが、ご覧の通り。王都にもこのように煌びやかでおぞましい眺めは御座いません」
「では、やはり」
「は。“妖精堕とし”かと」
 それが、この最果ての世界ボトムチャンネルでは『偶然開いたディメンジョンホールを潜り、異界へと出てしまった』と言うことを私はまだ知らない。
 その昔より、私達の世界ではごく稀に、唐突に行方不明になる者が現れる。その殆どは帰還を果たせなかったものの、ごく稀の中から更に僅かに、帰還を果たした者もいるのだ。恐らくは、私達もその類。
「申し訳御座いません。私がついていながら……」
「やめてください、フィル。貴女が居なければ、私は今頃……」
 未だ幼さの残るその顔に残る悔恨の表情に、私は歯噛みする。
 そう、どうせ追われる身だったのだ、私達は。
 この年若き身で、親族にあらぬ疑いを、いや、そのように言うものではない。むしろもっと正確に、クソッタレ共のイカれた権力欲と言うべきか。命からがら逃げ切った果てにこのような有様ではあんまりだが、一度追っ手を完全に撒けただけでも稀有と言うべきだろう。
 と、その時だ。
 私ともあろう者が、気を抜き過ぎた。溜息を吐く。
 若い男達が、いつの間にか私達を取り囲んでいる。喋る言葉はどれも聞き覚えのないものだ。
「アー……」
 戸惑う。服装もやたら奇抜でみすぼらしい割りに縫製はしっかりしているというちぐはぐな姿だ。これがこの世界の衣裳か。面妖な。
「フィル。丁度良かった。助けを求めましょう」
「……ええ、そうで……」
 頷きかけた私の鼻に、その時。とても嗅ぎ慣れた匂いが漂った。取り囲んでいた男達が、私を眺める目つき。鎧姿が珍しいのか、上から下まで睨め回す。
 興奮。
 暴力。
 怒り。
 劣情。
 嗜虐。
 言葉など通じなくとも判る。
 凡そ人間として最高に軽蔑し唾棄すべき感情。
 ……成る程。
「どうやら、私の国でもこの世界でも、路地裏にはクズが吹き溜まるのは同じらしい」
 こすぷれ、とか何とか言う単語を吐いてから、クズ共は下品な笑い声を上げた。何か、馬鹿にされていることだけは分かる。
 ……こめかみに、血管が浮き上がりそうになるが、我慢する。私とて最早場末のチンピラではないのだ。この程度の恥辱は物の数ではない。とはいえ、言葉が通じないのも困ったものだし、ボディランゲージでどうにかするとしてもまずはこいつらを屈服させるべきだろう。どうやら、帰る前に一仕事する必要がありそうだ。
 そうして、立ち上がりかけたとき
「キャ……!」
 奴らは
「お、お放しなさい。ダメ、やめ……!」
 絶対に、してはならないことをした。
 姫様を。ただ高貴なだけではなく優しくて気高く意志を持つ御方。真の王族たるべき方の髪を引っ張って、立たせて、どうするつもりだ。
 私への挑発など、ものの数ではない。
 非協力的でも精々、関節のひとつでも押さえた程度で交渉してやるつもりだった。
 だが、もう、ダメだ。
 もう、止まらない。
 ぴしゃり、と水音が裏路地に響く。
 あんぐりと口を開けたチンピラは、その手首が姫様の襟元に引っかかっているままであることを視認すると、悲鳴をあげて後ずさった。
 抜剣の瞬間など、チンピラ如きに見えた筈がない。
「野蛮人共め……」
 抜き打ちで切り落とした手首を、姫様のお召し物を汚さないよう注意深く取り外すと、そのままその辺りに放り捨てた。
「貴様らがその毒牙にかけようとしている御方の価値と、貴様ら自身のどうしようもない無価値を私が断罪してやろう」
 剣を、地面に突き立てる。
 一時でも、気を抜いた私が愚かだった。
 一片の欠片のみ存在する平和な解決への道を模索しようとしたのが愚かだった。
 人間の本性の薄汚さを、私は知っている。
 だから。だからこそ。
 万全にして一片の欠片の容赦もなく、姫様の安全のみを第一に考えるべきだったのだ。
 もし仮に、こいつらの次に現れるモノが善人のような顔をしていたところで、“もう、ダメだ”。信用しない。
 精々、愚か者共を恨め。
 私は、何と言われようとも。
「ダメ、フィル! ダメで――!」
「四陣。万象の如く。刻め。守護者よ」
 突き立てた剣が振動する。近衛兵団に代々伝わる優美なその剣は、魔力の光を帯びて淡く輝いた。
「我は王の護り人。祖たるアイオン。兵を与えよ」
「フィル!!」
「“セイブ・ザ・クイーン”」
 姫様が、咄嗟に目を瞑る。ご安心ください姫様。生暖かい薄汚れた血の一滴たりとも、姫様には触れさせませぬ。
 びしゃ。
 びしゃびしゃ。
 ぐしゃっ。


「アザーバイド」
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が呟いた。どこか、焦りが見えるのは気のせいではないだろう。
「どこかのチャンネルのどこかの二人組。……恐らく、どこかの王族とその護衛、と言ったところかしら。彼らの出てきたD・ホールの場所は割れているから、丁重にお帰り願えばいいだけだったんだけど……この映像。見て」
 流れる映像は、ただただ惨劇を示していた。一人の騎士と、それを囲むように戦う四つの影が、裏路地で暴れまわる。瞬く間にぐちゃぐちゃにすり潰すと、姫と思しき人間を背後に庇ったまま路地の外に出る。必死に止める女性の声を、最早騎士は聞いていない。
 恨まれても、非難されても、例え自分の非道で主が自分を見限ったとしても。
 今日この場での彼女の身の安全は絶対に確保しようとするかのように。
 或いは、見知らぬ世界で唐突に浴びせられた悪意を、必死に振り落とそうとするかのように。
「良くないことに、これはそう遠くない未来の映像。今すぐ貴方達が出発して最短で辿り着いたとして、そう……不良達が、この女性の髪を掴み上げた、丁度その位」
 俯く。
「この騎士の暴走は、止められない。判断は、貴方達に任せるわ……こう言う事を言うのは何だけど。彼女達も被害者。それだけは、きちんと伝えておくわね」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:夕陽 紅  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月15日(金)23:03
●目的
アザーバイドへの対応
最優先するべきは神秘の秘匿であり、その他の対処はリベリスタに一任する。

●戦場
裏路地にて、不良少年4人がアザーバイドの一人を掴み上げているところからシーンはスタートする
幅はやや広く5mほど。両側は雑居ビル。
D・ホールは隣接ビルの屋上に空いており、リベリスタ達ははっきりと位置を示せる。
閉所での戦闘を望むならばこの戦場は適している。付近に空き地は存在するが、その場合は誘導する為の策が必要。
結界は必要。不良達に対する処置はリベリスタ達に一任するが、アザーバイドは不良達が居る場合、最優先で彼らを襲ってくることを明記しておく。

●敵情報
・フィルメーア・ド・ブクリエ
アザーバイド。
軽鎧とサーベルを携えた20歳程度の女性。
異界の近衛騎士だが性質は苛烈。
姫を護る為の極端すぎる手段として、“近付くものは全て斬る”ことを決断している。
命中・回避・速度が特に高い。
性能としては、高レベルのソードミラージュのようなもの。
当然だが、通常この世界にある言語では、意志の疎通は図れない。

・フランジア・エル・ミア・シャミア
アザーバイド。
現代日本には全くそぐわない、豪奢ではないが高級なことが分かるドレスを見につけている。
彼女自身は基本的に、リベリスタの邪魔をする気はない様子だ。
もっとも、接し方次第ではどうなるかは分からない。

●異界の魔法具(アーティファクトのようなもの)
・セイブ・ザ・クイーン
王族を護ることを条件に4つのトークンユニットを生み出す剣。

・味方のステータスを上げるスキルとガード及び庇うことを得意とする騎士
・範囲攻撃を得意とする魔術師
・変幻自在の状態異常を生み出す奇術師
・癒しの力で治癒とBS回復を司る神官

HPや耐久力は低めだが、代わりに1ターンの間を置けば何度でも再生する。
動きを止めるには、所持者から意識か武器のいずれかを奪う他ない。

●STより
夕陽 紅にぇっと。
さてはて。相手に人格があることを考慮しない場合、もしくは人格があるかないかよりも大事なものがある場合。殲滅とは至極当然に念頭に浮かぶもの。
きっと、彼女にとって皆様は、ばけ――
ご縁がありましたらよろしくお願いします。

何も間違っていない!
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
プロアデプト
天城・櫻霞(BNE000469)
ソードミラージュ
早瀬 莉那(BNE000598)
スターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
ホーリーメイガス
アンナ・クロストン(BNE001816)
デュランダル
★MVP
降魔 刃紅郎(BNE002093)
ホーリーメイガス
天船 ルカ(BNE002998)
クロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)

●改変
 私への挑発など、ものの数ではない。
 非協力的でも精々、関節のひとつでも押さえた程度で交渉してやるつもりだった。
 だが、もう、ダメだ。
 もう、止まらない。
 ぴしゃり、と水音が裏路地に響く。
 ……はずだった。
 閃光が、路地裏を照らす。純白よりも真っ白な光は路地裏にへたりこむ少女の髪をわずかに揺るがし、騎士の鼻先数寸を行き過ぎて――不良青年を、吹き飛ばした。
「あぁ、もう間の悪い馬鹿共! 不良やるなら鼻も磨いときなさいよ全く!」
 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(ID:BNE001816)がグリモアをばたんと閉じて仁王立ちし怒鳴る。そうしながらも、心中は忸怩たる思いに囚われていた。一般人に打ち込むのは、不本意だ。でも、そうしなければコイツが死ぬ。仕置きされて当然っぽいけど、殺される程のことはまだしてない。
そんな思いも露知らず、ごろつき連中はぽかんと口を開けている。
「……あ、んだコレ?」
「委員長? セーラー?」
「デコビーム?」
「デコッ……!?」
 ぶちむ、と血管の切れそうな表情で一歩踏み出しかけたアンナの肩を、大きな掌が引き戻す。入れ替わるように踏み出した巨躯は
「痴れ者共が」
 『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(ID:BNE002093)は、静かにそう言った。野生的な体躯と炯炯と光る瞳に、剣を抜きかけていたフィルメーアのうなじがぞわりと総毛立ち、眉間にぎゅっと絞ったような感覚が走る。野生の獣を前にしたようなその予感。歴戦の騎士をしてそれだったのだ、武力はともかく暴力には敏感な路地裏の住人達は、その男に恐怖して悲鳴を上げながらばらばらと走り出した。
『……逃がすか』
 騎士がその背を追いかける。日ごろ酒とヤニにまみれて落ちた体力と、上位世界の実力者では比べるべくも無い。一瞬で切り捨てる心積もりで、視界から消えるように走る。
 果たして。路地裏に鳴り響いたのは、湿りではなく甲高い金属音だった。
「痛っったぁ……!」
 渾身の力で振り下ろされたとはいえ、片手持ちのサーベルだと言うのに鋭いだけでなく重い。本来後衛の『Gloria』霧島 俊介(ID:BNE000082)は、出来れば前に出たくはなかった。が、逃げる一般人の背に刃が降りかかるとなれば話は別だ。防御した日本刀ごと押し込まれた刃は腕を痺れさせ、ずぐりと肩に深く刃を食い込ませていた。
『邪魔をするのか。なら貴様らも敵だ!』
 俊介を蹴り飛ばすと、豆腐か何かのようにコンクリートに剣を突き立てる。
『ダメ、フィル! ダメで――!』
『四陣。万象の如く。刻め。守護者よ……我は王の護り人。祖たるアイオン。兵を与えよ』
『フィル!!』
 これほど手を尽くした。尽くして尚、状況は変わらない。ただ、標的が一般人からリベリスタへ変わっただけ。
 しかし、だから、状況は白紙になった。これからの未来はここにいる誰か次第。決定されたルートを破界し、どこへ逸脱するか。
『“セイブ・ザ・クイーン”!』
 さあ、みんなで考えよう。


 夜闇を祓うように、華美な影が四つ立ち上がった。騎士、魔術師、奇術師、神官。個々に籠められた神秘の力はただならぬものであることが判る。全身を鎧と盾に包んだ騎士は、すぐさま後ろに飛び退りへたりこんでいた少女を抱えると、そのまま魔法陣を展開し何かの術を発動した。ビルの屋上から下を見下ろすと、『がさつな復讐者』早瀬 莉那(ID:BNE000598)は口をへの字にする。
「おーお、キレやすい騎士様だな。ま、人の事言えないか、世界は違っても育った環境が同じなら人は似るもんだ……」
 莉那自身、そういうところにいる存在だった為に少し身に覚えがある。まずは自分に出来ることをしようと、仕事に戻った。そんな一幕も知る由なく、奇術師が手を広げる。周囲に一瞬の煌きが走った後に、騎士の周囲に居た俊介と刃紅郎がびたりと動かなくなった。道化の仮面を被った細身の男形が投げつけたナイフが影を縫いとめるのと入れ替わりに、大きな帽子とローブですっかり姿を隠した魔術師の杖が前を指し示し、二人の居る空間を鎌鼬が切り裂く。気圧の位相差を利用した術はその場の空気も容赦なく乱すが、動けない。、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(ID:BNE000469)がコンセントレーションを使用する間に止んだ暴風は、しかし、二人を殺すには至らない。
『おのれ……!』
『姫!』
 敵が自分に敵し得る力を持つ人物だと、騎士フィルメーアが歯噛みしたその瞬間、彼女にとって信じられないことが起きた。『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(ID:BNE002998)のつむいだ言葉は、今までこの世界の登場人物達が誰一人として紡がなかった言葉……騎士の国の言葉だった。びくり、と一瞬止まる。その耳に、畳み掛けるように言葉が降りかかった。
『先ずはこの方々の非礼と蛮行をお詫び致します!』
 物静かな普段の彼では決して出ない声だが、ルカは、騎士に庇われるという形で遠ざかってしまった姫に声を届かせる為に声を張った。
『ですが、このような者でも、私達には護る義務があります! それに、彼等は私達の世界の法で――!』
『斯様な戯言、今更信じられるか!』
 大きな声が、更なる大音声で掻き消される。
 騎士の目は、最早何も聞いていなかった。姫が返事をするのも聞かないままに、瞬時に戦闘態勢を整える。ほんの僅か……ほんの数瞬、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(ID:BNE003247)は、フィルメーアの瞳に何かを見た。鋼のような強情さの裏に、ほんの少しのつるりと軟らかくて脆い部分を。だが、それは直ぐに覆い隠される。先ずは、これ以上の無用な騒動を起こさない為にと結界を張った。『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(ID:BNE001150)がそれを確認してから不良達の背を追いかけて逃がすのを追撃しようとするフィルの目の前で、俊介が手をぶんぶんと振り回した。
「わわ、ちょっ、待っち! 戦意はない、戦意はないんだ!!」
『通じる言葉で話せ、野蛮人!!』
 火を吹く様な瞳で睨みつける女騎士が前にびゅんと剣を突き出した。鼻にちくりと剣先が刺さる。仮にも幾多の修羅場を抜けてきた彼も殺気に怯えることはいが、手を出さずに場を収めようという場では勢い慎重にならざるを得ない。絶対に手を出すまいという決意。とはいえ、動きを縛られて体も血塗れ、下がりたいのに下がれない。
『……やはり出来ぬか。ならば死ね!』
「おいっ! わかんねえけど何か無茶苦茶なこと言ってんのはわかるぞ!」
 俊介が叫んだ瞬間、上から落下制御で降ってきた莉那の眼前に、騎士が現れた。速い。刺突、刺突、踵を翻して俊介の刀の防御を掻い潜り、足に斬撃、翻して刺突、最後に巨躯の男を――
 だが、最後のその男は、身じろぎすらしない。何か策があるのか。戸惑った騎士は、結局一番何かあるかも知れないと踏んだ、組んだ腕を避けて腹を突き刺した。躊躇った分急所は外れたが、刺突は隆々とした腹筋を突き抜けて背中から飛び出た。その様子に、騎士は更なる戸惑いを見せる。
(見切れなかったのか? いや、ならば何故剣を抜かない……)
 まさか、わざと攻撃を受けたのか? いや、まさか。それこそまさか、だ。今、ほだされてどうする。迂遠な罠の可能性も、十二分にあるではないか。そう考えていたフィルメーアのずっと後方、自分を後ろに下がらせた騎士が前衛に出るのを見て、姫もまた茫然としていた。正直なところ、無暗に戦うのを止めたとはいえ、刃紅郎はじめ武器を構えたリベリスタ達には怯えていたのだが、その中の一人である男は今、何も言わず、唇の端から血を流しながらも、穏やかな目でこちらを見ている。
 わずかの静寂を、奇術師が撒いたカードの音が引き裂いた。一瞬空中で舞い、周囲に飛ぶカードの群が唸りを上げて刃紅郎、俊介、莉那、そしてルカを庇ったユーディスの身を貫く。呪いと共に、何かが身体を侵食して縛る。動けなくなった全員の身体を、爆炎が灼く。
『フィル、もう止めなさい!』
『姫様、止めて下さるな! また裏切られても良いのですか!』
『だからと言って――』
 唇を噛む。後一押し。何もかもハッピーエンドとは行かなかったが、彼女の心は揺らいでいる。
 もしかしたら信じていいのではないか。今の彼女には、あと少しの確証があればいい。
『申し訳御座いません。力ずくで彼女を止める許可を頂きたい。正直手加減出来る相手ではないので、殺さないと確約は出来ません。しかし努力はします。私達なら、貴女方を元の世界に帰す事が出来ます』
『……信じても、良いのですね』
『姫様!』
『頭を冷やしなさい、フィル』
『……申し訳ありません。姫様。それは、罷り通りません』
 ふ、と剣と先を下げて逡巡するが、結局騎士は、再び剣を掲げた。
『最早、私には……貴女を守る自分しか信じられぬのです』
 ルカが再度目で問うと、姫フランジアがこくりと頷く。それを皮切りに、状況は動き出す。
「やってください」
(……信頼に、感謝を)
 ユーディスが、テレパスで直接語りかけながら礼をする。
「承った。まずは癒し手を潰させてもらう」
 ルカの言葉に応じて、櫻霞の展開する気糸の結界が神官を包もうとするが、直前に飛び出した騎士のトークンがそれを突き飛ばし、代わりに絡め捕られた。その隙に神官が仲間の体力を回復するが……
「ああ、結局こういうことになったんですか……」
 後方、闇から聞こえる声は、威力を伴っていた。
 不良を逃がし、こうして再び合流したモニカが掲げたるは九七式自動砲・改式「虎殺し」。暴力的なその光景を以って、口径20mmの鉄塊がゴンゴンゴンと火を噴く。火線は実際に威力を持ってトークンを襲い、魔術師と奇術師、そして騎士の身体を大きく抉り、仰け反らせた。辛うじて剣で防ぐが、フィルメーアは人知れず戦慄する。矢でもない、魔法でもない、見知らぬ攻撃に目を白黒させて、牙を剥く獣のように剣を勢い良く突き出した。
『おのれ、ゴーレムか何かの類か。人のような顔をして、不気味な!』
「よく居ますねこういうタイプ、どうせ元の世界でも似たような問題ばかり起こしていたんでしょう。まあ、主人を馬鹿にされて怒る気持ちも解りますが……って、私の主人はアホなので馬鹿にされても別にいいんですけど」
 ひたすら無表情なアイアンメイドと苛烈な騎士との温度差の噛み合わせは、実際悪い。梅とうなぎの如く、食べたらお腹を壊しそうだ。このかみ合わなさぶりを理解できるのが、この場ではルカだけというのが悲しい。
「アンナたん、回復!」
「今やる!」
 開いたグリモワールが、光を放つ。聖神の息吹。後衛なのに、不良を庇ったばかりにさんざん前衛で攻撃を受けさせられた俊介。ようやく下がれると思ったその瞬間には、またも眼前でセイブ・ザ・クイーンが閃いた。再び前衛を呵責無く切り刻む。避ける者も居たが、縦横無尽に走る刃は切り傷を付ける。折角治りかけた傷おをまたつけられてふらふらしながら、俊介が天使の歌を唱えた。同じく傷跡から未だ血を迸らせながら、莉那が後ろに飛び下がりながら拳銃を神官に向けて放つ。
『小ざかしい真似を!』
「吼えてろ吼えてろ、まともに接近戦なんかしてられっか!」
 そうして捨て台詞を吐きながら飛んだ莉那の足元を潜るように、刃紅郎が踏み込んだ。中距離の位置に居た奇術師へ、獅子王「煌」を抜きつけ様に振り抜く。
 轟音。
 一歩下がったはずの奇術師の身体が、水風船か何かのようにはじけ飛ぶ。回復に回ろうとする神官は――
「邪魔だ、貴様はそこで黙っていろ!」
 櫻霞の指が、複雑に魔力を糸として編み上げる。今度こそ、遮る者のいないトラップネストが神官を捉えた。脚が止まる。
『クソ、だがまだ――』
『全てを斬って、斬って……世界の全てを敵に回して、それでもたった一人で彼女を護りきれますか』
 まだまだ、余力は残していた。
 実際、この剣と彼女の実力があれば、最低でもここにいる全員を重傷に陥れることが出来た。
『貴女の行動が逆に姫君を危険に曝している事が解らないのですか

 だが、姫が説得され、こうして言葉を投げかけられ。
 彼女は、己の信じるものを見失いかけていた。
 ルカが説得を続けながら、翼の加護を全員にかける。空中を蹴って、斜め上からユーディスが踏み込んだ。曇りのない刃が直接
(私達の言葉を聞かないのは別に構わない)
『念話か……!』
(けれど、騎士たるならば仕えるべき主の心を見なさい。主の心に沿わず、悲しませるなど騎士の行いに非ず)
『……黙れ』
 ぎん、と剣と剣が交わる。手に裂傷を負いながら、騎士はその攻撃を受け止めた。
(貴女は、姫を悲しませる為にその剣の力を振るうのか!)
『黙れ!』
 力強く地面を蹴ると同時に、膝をユーディスの腹に叩き込む。僅かに止まった時間に、火の雨が降り注いだ。がらんがらんと吐き出されていく薬莢の音を響かせ、モニカが再び弾丸の豪雨をばら撒いた。魔術師のトークンは消し飛び、騎士もまた、神官を守ってその魔力を吹き散らされる。
「ちょっと、大人しくしてなさい!」
 一歩前に出ようとする神官を、アンナがジャスティスキャノンで打ち貫く。
 それでも、未だ折れない。騎士の心は、既に自分の為に使うものではない。だが、自身は迷っていた。捧げた心の置き所は、だから――
「っ、いい加減に、なさいっ!」
 ぱしぃん、と。いとも簡単に崩れ落ちるのだ。
 ユーディスの平手打ちに放心する。歴戦の戦士として、一瞬のその油断は、間違いなく致命的だった。
 一瞬の内に、刃紅郎の刃が鍔元を激しく叩く。緩んでいた手に握られた刃は、いとも容易く甲高い音を立てて空高く舞い上がる。
『く……!』
 咄嗟に目の前の巨躯に蹴りを繰り出した。しかし、ぐずぐずの心のままのそれはバランスも威力もてんでめちゃくちゃで、刃紅郎は蹴り足を掴むと、そのまま地面に転がして
『はっ、放せ! くそっ、辱めを受けるくらいなら私は――あっ、ちょ、ちょっと待てっ、わ、うわあっ!』
 鬱陶しいとばかりにフィルメーアの腕も押さえつけてしまった刃紅郎の服を、ぐいぐいと引っ張る影がある。振り返ると
『や、やめなさいっ! いくら勝者とはいえ、乱暴はっ!』
「……刃紅郎、多分、今めっちゃ誤解されてる」
 泣き顔の姫と、苦笑する莉那の姿がそこにはあった。
 どっとはらい。

●通訳込みでお話下さい
『……フィルを、あまり責めないで下さい』
 深くうなだれている騎士の肩に手をかけながら、姫は言った。
『私を裏切った者の筆頭は、彼女の養父とでも言うべき者でした。何かを信じるのが怖くなろうとも、無理はありません……咎は、私が負います』
「姫チャン可愛いやあー……」
 と、そんな姫を見て、眼帯男がのほほんと呟く。
「いやあ、俺の姫は、ラディカルエンジン振り回して、おとなしく見えてじゃじゃ馬だわ」
 背景に、鷲のビーストハーフが目線にモザイク入れてチェーンソーを振り回す絵が浮かんだような気がした。
『貴様、姫様に色目を――』
『フィルッ!』
 厳しく制され、またも凹む。こうして見ると、気を張っていた時とは違い、すっかり少女のようだった。
「もう、姫を悲しませないで下さいね」
『……努々、気をつけよう』
「もう迷い込んでくるなよ」
 ユーディスの言葉に頭を掻くと、櫻霞も追随するように言う。
 今、彼等はビルの屋上近くに存在するDホールの近くに佇んでいる。帰る時は、もうすぐだ。
『……帰れば、また戦ですね』
『姫様。出来ることなら、私は貴女には戦って欲しくは……』
『いえ。これは、私の義務です』
 それは、人とは違う高みに立つものとして。
 人の命を背負う者の選択として。
『ですよね』
 にこりと、フランジアは一人の男に微笑みかけた。
 誰も死なず、死なせない。甘い考えでも、己を王と称する者の誇りにかけて遂げて魅せた、刃紅郎という男に向かい。
 それを見て、口をむっとへの字にすると、先刻の騒動の余韻のままに顔を赤らめながらフィルメーアは男の顔を見て、次があれば、負けん。と呟いて目を逸らし、ついでリベリスタ達に目を向けた。
『……迷惑をかけた。もう、大丈夫だ。もう惑わない。姫が己で立つとお決めになったから、私はもう……』

 だから、ありがとう。
 最後にそう言い残して。ほんの少しの来訪者は、ちょっとした気持ちと誇りと、小規模で大きな闘いを路地裏に巻き起こし、そして人知れずこの世界を去って行った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
夕陽紅です。お疲れ様でした。

色々と要因はあったのですが……大怪我が結果的に被害を抑えるのに繋がるという奇妙な結果に。正直そう来るとは思っていなかったので、驚きました。

色々複線を残しつつ、今のままではこれで終わりに御座いますこの二人と皆様の物語。また機会があれば、よろしくお願い致します。