● 君に問う。 人間の善意と言うものを、君は信じるだろうか。 例えば君が不運にも足に怪我を負ったとしよう。野生の獣ならば餓死、天敵に食われることもあるだろう。 だが、君の事を助ける人間は必ずいる。絶対にいる。 救急車を呼ぶ、おぶってくれる、もしくは直接足の怪我に治療を施してくれる、エトセトラ、エトセトラ。 もし君が不幸なことに心無い人間によって心身の健やかさを侵害されたとしよう。 勿論、我が身可愛さゆえに逃げ出す人間もいるだろう。心無い人間というものが存在することそれ自体が悪だと言う者もいるだろう。 それでも、君の事を助けてくれる人間は、必ずいるのだ。 人間の悪意を否定することはない。それでも私は信じている。人間の善意は必ずある。 素晴らしい! 人間の善意、その根源は愛! 愛あればこそ人は許し憎み救い助け殺し殺されそしてそしてそして――!!! つまるところ、私は人間を愛しているのだ。 路地裏とは実に、実に悲しい。 この土地も治安の悪いなりに秩序の整った街なのだ。が、やはり悪いなりに悪いのもこの街なのだ。 「君達に問う」 「あ?」 私がかけた声に反応して振り返った男達は、揃いも揃ってあまり品があるとは言えない顔だった。忌憚無く言えば、頭が悪そうだ。 うん、何とも醜い。 しかし、このような醜さにも善意はあると信じている。 信じてるから、私は笑顔で両手を広げた。 「君達は一体如何様な想いを抱いてそのような真似をしているのか。ん? 欲を吐き出したいなら風俗にでも行きたまえ」 「っだコラ」 「トんでんじゃねえのコイツ」 「死ね」 路地の奥には着衣の乱れた女が蹲っていた。涙の伝う頬はとても素晴らしい。愛だ。 「あぁ、つまりだね。欲望の開放には適所があるのだ。空腹ならレストランへ。休養が必要ならホテルへ。そう、適材適所という言葉を知っているか?」 つまり私は愛なのだ。うむ、この説得ならば通じるはずだ。 だと言うのに、はなはだ悲しいことに、私の善意は彼らに通じなかった。 「んだテメェ」 「あぁ、アレだ、喧嘩売られてんじゃ?」 「死ね」 あぁ、愛。故に哀。 しかし、信じている、私は信じている。人の善意を信じている。 ただ、彼らはきっと彼らの行いを悪と知らないだけなのだ。 故に私は、一歩踏み出した。季節はずれのコートをはためかせると、一歩踏み出す。彼らは拳を振り上げ、足を振り上げ、打つ、打つ、ああ、何と悲しいことだ。しかし私は甘んじて受けよう。 愛、愛なのだ。 私は、一瞬のうちに手を閃かせる。狐のようにつままれた指先を、三人の男達に打ち込んだ。それぞれ場所は違えど、私には厳然たる根拠がある。 私には持論がある。 つまり、理解こそが善意なのだ。 「君達に問う」 はらり、とコートを纏い直す。私の力も捨てたものではない。善意とは理解なのだ。 「“私の気持ちがわかったかな”」 そう、愛、愛なのだ。 「あぁ……判った」 「人を無理に傷付けるのは……良くない」 「死ね。俺が」 「うん、うん。気持ちはわかるが君達、自分を責めるのは良くない。反省と自責は別物だ。次に活かすことが出来るのは人間だけだ」 そうして、私は彼らの肩をぽんぽん、と叩くとコートを翻した。今の彼らになら、そこの女性を任せても大丈夫だろう。きっと紳士的に送り届ける。 なぜなら、彼らは理解を知ったからだ。共感を得たからだ。 共感とは人間の生きる目的だ。 孤高でありたければ虎に生まれるが良い。 「では、より良い人生と善意、そして愛を送りたまえ。“私達”」 君達に問う。 人の善意を信じるかね? 私はためらいもなく、臆面もなく、恥ずかしげもなく言い切ろう。 それは絶対だと。 ● 「フィクサード、よ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が呟いた。映像はとあるうらぶれた街の路地裏だが、人間ならぬリベリスタ達にもその異常さははっきりと見て取れた。 「通称は『愛染』。本名は空山 権現。流れ者のフィクサードよ。彼自身、強力な覇界闘士。そしてそれ以上に、彼の持つアーティファクトが厄介ね。 彼の持つそれは、所有者の断片を他人に植え付ける……判り易く言うと、洗脳、かしら」 戦場、敵の行動、つらつらと流れるように言うイヴ。それに違和感を覚えた貴方は、こう尋ねたかも知れない。 それで、その男は、何をしたのか、と。 「一般人は殺さない。強盗詐欺その他の犯罪歴はなし。ちょっと身分を詐称することはあるかしらね。表立ってアークと敵対しているわけでもないわ。むしろこの男の通り道では、一般犯罪の割合が極端に減るわね」 では、どうしてこの男がフィクサードなのか。 「異能の人間の精神の、一部とはいえ切り取って植えるのよ。絶対とは言えないけど、被害者の革醒の危険性は格段に跳ね上がるわ。それに、無所属の人間がこれだけ幅を利かせているのを黙ってみているわけにも行かない。下手に他のフィクサード組織に吸収されでもしないうちに対処してほしいのよ」 それに、とイヴは呟く。 「お題目や結果がどれだけ立派でも、やっていることは、ただの洗脳よ……それに人の善意しか信じないなんていうのは、ただの狂人」 彼の愛は、愛じゃないわ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月31日(木)00:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「あの、そのっ……すいません!」 空山権現は、迷っていた。 『戦奏者』ミリィ・トムソン(ID:BNE003772)と言う名前を、彼は知らない。知らないが、焦った様子で駆け寄ってくる彼女の姿に思うところはあった。 「友達がいじめられてて。でも……、私一人じゃ助けられなくて。 お願いします、友達を……小路さんを助けて下さい!」 発汗はやや嘘の感触がする。身のこなしも素人とは思えない。しかし、表情に焦りが見えるのは本当だ。ふむ、と顎に指を当てると、頷く。 ――本当のことを最初から言ってしまうと。空山権現は誤解していた。ミリィの焦りの意味。焦りそれ自体が本物であっただけに、その理由まで追求することはなかった。人の思いというのは大変に複雑なものであるし、例えばそう、嫌っている人間でもいじめられている現場を見捨てるには忍びないとか、そういう事情も鑑みなければならない。むしろ、それならば悪くない。どころか、非常に良い。嫌いな人間ですら見捨てることが出来ないと言うのは、実に人間的で素晴らしい。 「ふむ。それは大変だ、私に何か出来るのならば良いが」 ならば、その為に一肌脱ぐのも悪くは無いだろう。 と、そのように、公的には悪人(フィクサード)として認識されている人間は、いともあっさりと路地裏のまた裏へと誘導されて行く運びとなったのである。 結果として、彼は大変な光景を目にすることとなったと共に、焦りの意味も理解することになる。 小突く。爪先。拳。どれもこれもが、明確に暴力と敵意の匂いを撒き散らしていた。地面に転がる影が、幾度も衝撃に揺れる。 ……のだ。のだが。 蹴られているのは、正真正銘何の見間違いもなく簀巻き布団だった。 「やめろよーぅ、おまえらみんなはげろー!」 布団の中から『働きたくない』日暮 小路(ID:BNE003778)の声が聞こえる。これはいじめか? 本当に? いや簀巻きにするというのも立派な拘束ではあるが、わざわざこんな路地裏で布団と言うのはどうだ? それに罵倒のほうも随分とやる気が見られない。はげろ? 空山権現は冷や汗を垂らした。 「……あんた正気? こんなところで寝てるとか凄く邪魔なんだけど……」 『深紅の眷狼』災原・闇紅(ID:BNE003436)が爪先をぐりぐりと布団に埋めながら言うが、至極正論である。これは果たして、暴力を止めるべきなのか、それとも公共の迷惑を諭すべきなのか。そもそも私を呼びに来た少女は何を以ってこれをいじめと。 空山権現は誤解をしていた。 ミリィ・トムソンの焦りとは、いじめを受ける友人を早く助けたいと言うことではなく……こんな茶番でバレやしないかと考えていたからだ。 「ちょっと、出てきなさいよ!」 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(ID:BNE002411)が布団を剥ごうとする。うん、道端で寝ていると車に轢かれるかも知れない。実はいい子達なのではないか? あの少女が少々誤解をしているだけで、本当はこの簀巻き少女を助けようとしているのではないか。そう空山が思いかけた時 「……ちっ、何見てんのよ」 闇紅は舌打ちするとスマキーを小脇に抱えて、レイチェルと共に走り去っていった。ちら、ちらと何度もこちらを見ながら。 「……う、うん?」 どういうことだろう、これは。まさか現代社会の病んだ病巣は、余人にそれと気付かせないままにいじめを行うような高等技術まで編み出していると言うのだろうか。いや、まさか。 おそらく、これは、私を…… 「ああっ、早く追いかけて下さい! 友達が! 小路さんが!」 空山権現は、頭を抱えてしまった。 ……それにしても、もっと上手く出来ないものなのか!! ● 「騙して申し訳ありません」 「知っていたよ」 「……ですよね」 車にスワンボート、空き地の出口にがしゃがしゃと積み上げながらミリィが頭を下げる。多少の目隠しとバリケードにはなるだろうと言うところだが、無いよりは良い。 「君達に問おう」 そういった諸々もどうでも良い。空山権現は、ただ一言こう言った。 「そもそも本当に騙す気があったのかね?」 小路と闇紅とレイチェルが車座になって、どこが悪かったのかひそひそ談義しているのを横目にもう一つ溜息を吐いてから、コートを纏ってひとつ、腰を落とす。 「で、だ。やるのかね」 「やるよ」 言葉少なに。『食堂の看板娘』衛守 凪沙(ID:BNE001545)が身体を低くすると、飛び込んだ。業炎撃。炎を纏う拳を突き込むが、空山が腕を軽く回すと、軽く曲げた手首が凪沙の腕に絡んで軌道を逸らす。流れた凪沙の身体が空山にぶち当たる。抱きとめるような姿勢から振り上げた手刀を振り下ろそうとする寸前に、眩い閃光が辺りを灼いた。 「ぬ……!」 寸前で袖に顔を埋めて足が止まることは防いだが、追撃を行うことは叶わない。 ミリィが叩き付けた魔力のフラッシュバン。行動こそ阻害したものの、その光は凪沙の目も灼いていた。ショックで棒立ちになっている。その影から、『棘纏侍女』三島・五月(ID:BNE002662)が音も無く飛び出した。土をも砕く重爆撃のような掌底を、内側から叩きながら頭を下げることで逸らす。直撃こそせずとも掠めた空山の鼓膜をびりびりと揺らした。 「ふむ……長居は危険か?」 ゆるり、とコートを翻し、悪人は呟いた。構えから力が抜けて行く。 「くそ、アークマジ外道。あたしを働かせる辺りとか特に……ダメですよ、止まっちゃダメ!」 最適の防御共有。レイチェルの与えた翼の加護を以って、少し高いところから全体を俯瞰した小路が叫ぶ。 近接の間合いに居た五月と凪沙の頭に流れ込んだ小路の思考を以ってしても――僅かに、避けきれない。燃え上がる腕は手刀の形を作り、一刀の下に切り伏そうと言うように鋭く振り切られた。咄嗟に軌道と身体の間に腕を差し込んだ二人、違いがあるとすれば、僅かに軌道の内側に五月が居たと言うこと。後ろに弾かれる凪沙、そして五月はガードごと地面に叩き伏せられる。 間合いが一旦開いたことを確認すると、空山は地に臥せった少女を助け起こした。棘だらけの腕に攻撃したことで受けた傷を見て溜め息を吐いてから、横に立たせて首に手をかける。 「あまりこういうことをするのは好みではないのでね、話を聞くだけに用途は限定しよう。さて、察するにリベリスタ。一応尋ねておこう。何故こんなことを?」 「それは、“私”を増やすことが危険だからです」 問いに答えたのは、今首に手をかけられている五月だ。 瞳に濁りはない。煌きは意志と、間違いなく善意と、揺ぎ無く隣人愛に輝いていた。正気の彼女が鏡を見たら、吐き気を催して両の目を抉り出したくなるような疑いのない純粋な目だった。 「私が増えると、それだけ革醒者が増える危険もあると」 「成程、それは尤もだ。道理に適っている。私の信念とは相容れないのが残念でならない」 「……貴方のそれは……押し付け、アーティファクトに頼ってる……」 「然り」 エリス・トワイニング(ID:BNE002382)がセファー・ラジエルを広げると手の上に乗せた。 「押し付けだろうと」 「その先に何かが生まれると信じれば、いつかは、と」 前半は空山が、後半は五月が。二人は間違いなく独立した二人であると言うのに、同一人物のように思える錯覚。 思考の結論を与えるのでも、記憶を植えるのでもない。 「そんな胡散臭い愛を……エリスは信じない」 眩い光が、本から迸る。 空山のこめかみに衝撃が走った。 喉を掴む腕を支点に、逆上がりか何かのように宙に舞った五月がそのまま空山の頭を蹴り付けて後ろに跳び下がったのだ。 「乱暴なことだ。私になって見た気分はどうだね」 「……最悪に、不愉快ですね」 けほ、と五指の食い込む感覚の残る喉で咳き込む。五月は涙目のまま睨みつけるのだが、空山はそうだな、と言うだけだった。 「今はそうだろう。だが、いずれは慣れる」 慣れる、の辺りで闇紅の小太刀が襲い掛かる。速度に任せた一撃目の突進は腕を切り裂き、行き過ぎたところで振り返りながらの二発目は肘の辺りを押さえられて止まる。咄嗟に飛び下がると、雪白 音羽(ID:BNE000194)の撃った魔曲・四重奏が先刻まで居た空間を打ち貫く。 「人の意志を奪えば、争いは無くなるだろうが成長も無くなる。お前のやり方は人生の刈り取りだ、そんなものは愛じゃない」 「では、成長の為に泣く人間がいるのを正しい道だと君は言うのかね」 こきり。 「ふむ。“私達”の助けを借りるには……この場所は些か、不便だな。呼んだところでどうせ君達は準備をしているのだろう? ねじ伏せられるのが関の山だ」 「その程度の分別は……あるのね」 闇紅。再びの突撃、しかし逆に踏み込まれて距離を潰された。コンクリートの壁にぶつかったような感触。反対側から凪沙が飛び込んできた。 「正直、あたしは他のフィクサードよりはマシだと思ってる」 「ならば、見逃してくれないかね」 「そうも行かない!」 潜り込む。小柄さを活かして懐へ。どう、と音がするが……真芯を捕らえるには行かなかった。肘で打ち払った為に脇腹を抉るようにヒットした掌底は、確実にダメージを与えている。 「本当に正義を広めたくて、性善説……とやらを信じてるなら、そんなアーティファクトはいらないはずだよ」 「ならば、君に問う」 こふ、と咳き込む。 「私と君達。互いに正義を信じ、善であれと信じている者同士は何故こうして互いに拳を交えているのかね」 そして、打ち払った肘はそのまま凪沙の脇腹に打ち込まれていた。 拳を交える一方で、後方ではミリィが状況をジリ貧と判断して広域に目を向ける。一方で小路が味方の能力を整理し、攻撃の手立てを考えては伝えていた。 「うーん、押し付けがましい理屈ですね。ま、あたしは知ったことじゃねーですが。正直どっちの理屈もめんどくさいし。凪沙さんの言を取れば自分で頑張らなくちゃいけない……それはいやだ。働きたくない」 「……いやね、私が言うのも何だが、自堕落は良くない」 ぶつぶつ、ぶつぶつ、という小路の呟きに律儀に答える空山へ、知ったことかとばかりに五月が打ち込む。凪沙と相打った後頭部の方、死角からの攻撃だが、空山は後ろに目でもあるかのように五月の手首を引っ掛けて振り向き様に流すと、そのままその腕を回転させ鉄槌を鼻の根本、眉間より少し下に叩き込む。が、五月の腕は先んじて防御に転じていた。偽七式棘甲の棘が骨に食い込む。 「厄介な武器……いや、それを扱う技術あってこそだな」 「褒められても嬉しくはありませんね」 憮然とした五月の言葉に導かれるように、空山は石榴の実のように弾けた手を見る。眉根を上げるが、どこか楽しそうだ。 「そう言うな。若者の練達は革醒者以前に武道家としての悦びでもある」 練達。つまり成長か。敵である自分達が力を持つことに、どうして。そう考えながらレイチェルは、自分の祖父のことを思い出していた。 10歳の誕生日の翌日から、ほとんど毎日。優しい教え方はされなかった。何度怒鳴られたか、何度頭を叩かれたか分からない。 怖かったし、辛かった。けど 「なら、あなたは悪人たちを殴ってやるべきだったのよ」 天使の歌。 負傷者へ治療を施しながら、レイチェルは前を見据える。 教える者で、成長を喜べるものなら、それならば、伝えるということがどういうことなのか、本当は知っているはずなのに。 「あなたのそれは、ただのエゴよ!!」 「然り」 エリスのマジックアローに鼻先を掠らせながら、空山は笑う。 全く以って然りと。 「しかし、それでは通じない人間も居る。私は私の為すべきことの為に、だ」 「その為すべきっていう愛は、押し付けるもんじゃなく与えるもんだろう?」 「では、再び君達に問おう」 音羽の魔曲・四重奏。奏でる四色の光を真っ向から食らうこともなく、冷静に一歩斜め前に進み出ることで的をずらした。 「その二つの差異は、如何ばかりのものかな」 つらつら、つらつら、空山権現の言葉はどれも対論に過ぎず、何かの結論を出すものではなかった。ああ言えば、こう返す。どちらにも分があるのだと思わせる。 結論を出したいのか、出したくないのか。或いはその時間こそが欲しいのか。 「いや……こんなことを君達に今更言い募っても仕様がないな。君達は恐らく、望んでこの場に立っているのだから」 ぱり、と腕が帯電する。青白く光る身体をよそに、だが、と付け加えるように呟いた。 「そうでない者が居たら、いずれ話を聞いてもらいたいものだ。実際に足を踏み込む感想は……私達。いや、すぐに“元・私達”になるか。彼等に聞いてくれたまえ」 視界から消える。 死角から飛び込んでいた闇紅の短刀を握ると、血が滴るままに喉に一本抜き手を突き、振り向かぬままに凪沙の顎を孤拳で打ち、その勢いのままにさらに半回転すると、三日月蹴りを五月の肝臓に叩き込んだ。出来事は一瞬だ。 一瞬の静寂。 ぐらりと膝を付いた。 「……流石に、全て避けるという訳には行かなかったか……老いたかな。だが」 一瞬の交錯の時。 僅かに軸をずらした為に致命傷は避けたが、最終的に彼は、喰らえば足も止まるであろう土砕掌を使う五月に先んじて一撃を与え、その代償として燃える凪沙の拳を真っ向から喰らったのだ。 「むざむざ負けることも無いだろうが、このままでは本気にならざるを得ないだろうからね」 何故。 決まっている。 「今日は楽しかった。また、話そう……いや、これは間違いなく敗走だが、余計な闘いは良くない。うむ。それ、では……頼んだよ、“私達”」 「「「任せてください、“私”」」」 三人とも、まったく違う他人。 それでありながら、まったくの同一人物だ。 何を任せる。決まっている。 もしも、誰か一人でも、『仲間が』逃走の幇助をすることを警戒していれば、もう少し違った未来も見えたかも知れない。否、実際には居たのだが、絶対数が少ない。壁とされた三人の“私”で、あの場は足りたのだ。 とにもかくにも。彼等を咄嗟に止められるものはここには居ない。それが事実で、それが結末だ。 飛び掛ってきた三人の全力の攻撃を回避し、必死に捌き、ブレイクフィアーによって正気に戻る頃には、フィクサードは既に行方を眩ませていたのだ。 歯がゆくて、そこはかとなく、頭に来る結末だった。 空山権現は早々に街から去ったらしい。しばらくほとぼりを冷まそうと言うのか、活動の痕跡も見当たらない。 これは、予感だが。 あの男はいずれまた、リベリスタ達の目の前に姿を現すのかもしれない。 今度は、もっと正しく。より意見をぶつける為に。 一時的にそんな異常者の心を植え付けられ、記憶を抱え、そうしたリベリスタたちがどう思ったのか……それは、本人達のみぞ知るところである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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