● 「はぁ、今日も疲れた……」 駅から自宅に続く道を歩きながら、女は溜息をつく。 ここ数日、帰宅時間はずっと終電ギリギリだった。 残業手当はしっかり出ているので収入面では有難いのだが、やはり疲れる。 「ケーキ、食べたいなあ……コンビニ寄ろうかなあ」 心身ともに消耗が激しいためか、甘いものが恋しい。 ダイエットの敵ということは重々承知しているが、休みまでまだ日があることを考えると、そうでもしないと耐えられそうになかった。 こうして、怖くて体重計に乗れない日々が続いていくのである。 もう一度大きな溜息をついた女は、ふと顔を上げて足を止めた。 前方に、四個のケーキがふわふわと浮いている。 ――大粒の苺が乗ったショートケーキ。 ――表面にココアパウダーをふったチョコレートケーキ。 ――栗の甘露煮がまぶしいモンブラン。 ――カラメルの焦げ目が食欲をそそるクレームブリュレ。 並んでいるケーキは、どれも女の好物ばかりだ。 あまりに疲れて、幻覚でも見ているのだろうか。 頭を横に振った女にケーキたちが素早く迫り、彼女をぐるりと取り囲む。 やがて、女の悲鳴が響いた。 ● 「……とまあ、こんな風にケーキのE・ゴーレムが会社帰りの一般人女性を襲うわけだ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、そう言ってブリーフィングルームに集まったリベリスタ達の顔を見た。 言葉にしてしまうと笑い話のようだが、そこまで呑気な話ではないことはこの場の全員が知っている。 「このケーキ、四個とも売れ残りでな。 革醒して自我が芽生えたものの、同時に自分達が売れ残ったという事実を悟っちまった。 で、自棄を起こした連中は店員の目を盗んでケーキ屋を集団脱走した、と」 E・ゴーレム達は、自分達を買ってくれなかった人間達への恨みで凝り固まっている。 夜が更けるまでは大人しく身を隠していたものの、深夜に差し掛かった頃、人間に復讐するため行動を開始するのだという。 「幸い、連中が動き始めてからこの女性が襲われるまでには若干の間がある。 その時間を狙って現場に向かい、E・ゴーレムを残らず倒して欲しい」 E・ゴーレム達は怒り狂ってはいるものの、互いに連携をして攻撃を仕掛けてくる。 個々の実力も決して低くはないので、くれぐれも油断はしないでくれ、と数史は言った。 「敵の見た目はアレだが、人の命がかかっている任務には違いない。 どうか、気をつけて行ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月28日(月)00:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――コクのある生クリームにきめ細やかなスポンジのショートケーキ。 ――甘みとほろ苦さが絶妙のバランス、香り豊かなチョコケーキ。 ――栗の風味が口いっぱいに広がるまろやかなモンブラン。 ――かりっと香ばしくとろっと滑らかに、二つの食感がたまらないブリュレ。 「四種とも大好物だわ。 せっかく飛び出すなら私のくちの中に家出してくればよかったのに……!」 周囲に人除けの結界を展開しながら、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が心底残念そうに呟く。たった今、彼女がリアルに思い浮かべた四種のケーキこそ、この任務における撃破目標だった。 「売れ残りが革醒したとはもったいない話です。 ……わたしがケーキの余りを引き取るというのはダメですか?」 続いてそう言ったのは『下策士』門真 螢衣(BNE001036)。研究者を志し、飛び級で大学院に進学した才媛である彼女にとって、頭脳を酷使する機会はどうしても多い。疲れた時は、甘いものが頭と心の栄養だった。 「食べるのは皆さんにお任せしますよ。……ああ、働きたくない!」 『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)が、欠伸混じりに眠たげな目をこする。売れ残りのスイーツといえば値引き、半額シールに心惹かれる彼女だが革醒したケーキを食べるつもりは流石にない。 “幻想纏い”から出した車をセッティングし、ヘッドライトで現場を照らす『悪手』泰和・黒狼(BNE002746)がおもむろに口を開いた。 「……売れ残りの菓子、か。日本の菓子は安価で高品質なものが多いのだが」 世界中を渡り歩いてきた彼は、各国の食文化にも通じている。甘味ばかりが極端だったり、食べ物としてありえないレベルで色鮮やかだったりする欧米の安菓子を思えば、日本の菓子はかなり上等な部類だろう。まあ、それでも売れ残りは出てしまうわけだが。 「ケーキは生物ですし賞味期限も短いですから、売れ残りも多そうですよね。 まるで結婚適齢期の女性のよう……なんてことを言う人もいますが」 さらりと凄いことを呟いた『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が、周囲に視線を巡らせて敵を警戒する。左右で色の異なる瞳で前方を見据えるリオン・リーベン(BNE003779)が、固い口調で言った。 「哀れではあるが、同情の余地はない。 恨みをぶつけるのであれば製作者にぶつけるべきだ。……いや、それも困るが」 売れ残った原因はパティシエの腕か、店の立地か、それとも宣伝不足か。そこまで考えて、リオンは意識を任務に戻す。 「……まあ、そもそも俺は甘いものは苦手だが」 リベリスタであり、同時にフリーのジャーナリストとしても活動する葉月・綾乃(BNE003850)が、小首を傾げながら口を開いた。 「ケーキが人を襲う、ですか。なんともはや。 怪談としてスクープしようかなぁ、とも思ったんですが…… ちょっとパンチが弱い気がするんですよねぇ。残念」 絵面を想像してしまうと、柔らかなフォルムのケーキはどうにも迫力に欠ける。エリューションである以上、一般人にとって危険な存在であることは承知しているが、怪談のネタとしてはコミカルに過ぎるようだ。 予備の照明として懐中電灯を設置する『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の視界に、横道から飛び出してきた四種のケーキが映る。 仲間達が一斉に身構える中、アンジェリカはチョコケーキに向かって真っ先に駆け出した。 「ボクは君が好きだ……!」 ● チョコレートケーキに愛を囁きつつ、アンジェリカが瞬く間に距離を詰める。 「ボクはチョコレートが好き……。チョコレートケーキも大好き……! 君が売れ残るなんて信じられない、ボクならお店のチョコケーキを全部買い占めるのに……!」 愛するチョコケーキと戦わなくてはならないのは辛いが、人の命を危険に晒すというなら放っておくわけにいかない。 アンジェリカは深い悲しみに心を染めながら、チョコケーキに破滅のオーラを放った。後に続いた彩花が“White Fang”に雷光を纏わせ、チョコケーキとモンブランを同時に叩く。 先制攻撃を受けたケーキ達は、負けじと反撃に移った。 アンジェリカの足元にチョコレートの海が広がり、ブリュレがバーナーの炎で彼女を焼く。モンブランがクリームを伸ばしてリベリスタ達を撃った直後、ショートケーキが苺のミサイルを乱射した。 美味しそうな四種のケーキをじっと見つめ、ニニギアが体内の魔力を活性化させる。ブリュレを抑えるリオンがオフェンサードクトリンで味方全員の戦闘効率を高めると、ショートケーキをブロックする小路がディフェンサードクトリンで守りを固めた。 「売れなかったのは美味しくないからではありません。 あなたたちは運が悪かっただけなのです。 丁度全部売れるようケーキを焼くのは人間には無理なのです」 癒しの符でアンジェリカの傷を塞ぎながら、螢衣がケーキ達に呼びかける。 彼女は先の攻撃で服についたモンブランのクリームを指ですくいとると、美味しそうにそれを舐めた。 「わたしたちに美味しく食べられてみませんか? それがあなたたちケーキの本懐ではありませんか」 螢衣の言葉に、ケーキ達は一瞬顔(?)を見合わせる。 しかし、既にアンジェリカと彩花の二人に攻撃を受けていたチョコケーキが徹底交戦を主張するように体を揺らすと、他の三体もそれに倣ってリベリスタ達に向き直った。 怒りに我を忘れ、どうにも冷静な判断ができずにいるらしい。 「討伐は気を抜かずに行かないと、ですね」 ケーキを四種とも視界に収めた綾乃が、誘導性の真空刃でチョコケーキを狙い撃つ。切り裂かれたスポンジから、どろりと濃厚なチョコレートが流れ出した。 「香りが強すぎるものは苦手でな……先に片付ける」 周囲に漂うチョコの香りに眉を寄せつつ、黒狼が雷気を帯びた“蛇咬手”を繰り出す。 激しく火花を散らす彼の手がチョコケーキを掴み、表面を抉った。 すかさず、彩花が壱式迅雷で追い打ちをかける。彼女の手甲が蒼く輝くと同時に、チョコケーキとモンブランに拳が叩き込まれた。 追い詰められたチョコケーキが、濃厚なチョコレートの香りを漂わせる。 心揺さぶる甘い芳香も、アンジェリカを混乱に陥れることはできない。 足元に広がるチョコレートの海に飛び込みたくなる衝動を抑えつつ、彼女はすぐ横の塀を足場に攻撃を仕掛けた。 「大丈夫。ボクが美味しく食べてあげるから」 溢れる愛を込めた黒きオーラの一撃が、誰にも渡すまいとチョコケーキを射抜く。 仲間が倒されたのを見たショートケーキが怒ったように生クリームを撒き散らし、モンブランが栗のクリームでリベリスタ達を狙い撃った。 「おいしそうな順とかじゃないから後回しになったケーキもさらに拗ねたりしないでね!」 残る三体のケーキをひっそりと気遣いつつ、ニニギアが聖神の息吹を呼び起こす。具現化された癒しの力が仲間達を包み、状態異常を払うと同時に傷を塞いだ。 ブリュレが放つ激しい炎を、リオンは大盾を翳して防ぐ。 盾を通して高熱が伝わってきたが、彼は一歩も退かなかった。 「……っつ、やらせはしない。あいつらを狙うなら俺を倒してからにするんだな」 防御を固め、仲間に攻撃が向かわぬよう自らの全身で射線を塞ぐ。そのリオンの背を、螢衣の癒しの符が支えた。 黒狼が、生クリームに塗れた地面を慎重に踏みしめてショートケーキに向かう。クリームに足を取られて転倒とか、コント紛いの事態は避けたい。 「ただでさえ普段とは喰いちぎるモノが違うからな……」 卓越した平衡感覚で危なげなく進んだ彼は、目標の前に立つと同時に破壊の闘気を漲らせた。 勢いに乗ったリベリスタ達は、ケーキ三種の猛攻を凌ぎつつショートケーキに火力を集中させる。 「働きたくねーですが、状態異常もいらねーです」 戦場全体に視野を広げた小路が、再度の生クリーム攻撃をすんでのところで避けた。彼女の振るう【止まれ】の交通標識から真空刃が生じ、眼前のショートケーキを抉る。 「夜中にケーキ。そそるものがありますが、エリューションでは食べるわけにもいきませんね」 ――少し残念ですよ、という言葉とともに、綾乃がさらに神秘の刃を叩き込んだ。 苺の果汁を血のように滴らせるショートケーキに、彩花が冷気を纏う拳を真っ直ぐに打つ。 「ケーキの長持ちには冷凍保存が一番ですよね。もう手遅れですけど」 たちまち凍りついたショートケーキは、そのまま力尽きて地面に落ちた。 ● 残るブリュレとモンブランの頭上に、アンジェリカが極小の赤い月を輝かせる。バロックナイトを再現する月の光が、売れ残った彼らに真の不吉を告げた。 しかし、ケーキ達も負けてはいない。リオンに向けられたブリュレの炎は不運に阻まれて外れたものの、モンブランの投擲した栗爆弾が黒狼を直撃した。 「見た目ほどには甘くない……か。やれやれだ」 自らの運命を燃やして踏み止まった黒狼に螢衣が駆け寄り、癒しの符で彼の傷を塞ぐ。 大盾を翳したままガードの構えを崩さないリオンが、荒れ狂うケーキ達を鋭く見据えた。 「ふん……どれだけ恨みが募っていたのかは知らないが、 こうして人を襲う様を見ていてはますます購入意欲が失せるな」 神秘の真空刃でモンブランを狙い撃つ小路が、続いて声を張り上げる。 「いいですか、食べ物というのは食べられるから食べ物なのです。 人襲ったら食べ物じゃないでしょーが! 恥を知れ恥を!」 リオンの言葉に色めきたっていたケーキ達は、それを聞いて一瞬びくりと身を震わせた。 「売れ残りでもなんでも食べ物の自覚を持って生きるのです。生きてないけど」 ケーキ達が動揺した隙を逃さず、黒狼が雷光の一撃をモンブランに見舞う。素早く短弓を構えた綾乃が、そこに矢を放った。 迫り来る危険を感じ取って我に返ったらしいモンブランが、クリームの触手を伸ばしてリベリスタ達を撃つ。胸を貫かれた綾乃が、運命を代償に己の背を支えた。 「まだやられるわけにはいきません!」 エリューションとはいえ、ケーキにむざむざと倒されるわけにはいかない。 ブリュレから激しく噴き上がる炎がリオンの肌を焦がした直後、ニニギアが聖神の息吹を呼び起こした。彼女と螢衣、神秘の力に優れた二人の癒し手が健在である限り、回復が追いつかなくなる事態などそうそう無い。 リオンに癒しの符を投げた螢衣が、式神を伏せておいた後方の様子を窺う。戦いに手間取れば、会社帰りの一般人女性がここに来てしまう。万一の時は魔眼で対処するつもりでいるが、今のところはまだ式神からの報告は無い。戦闘開始から経過した時間を考えても、まだ少し余裕があるだろうか。 “蛇咬手”に蒼き雷を纏わせた黒狼が、モンブランに掴みかかる。指の内側に仕込まれた鋸刃がクリームに覆われた表面を喰い千切り、激しい放電とともにモンブランを屠った。 ただ一体残ったブリュレの逃げ道を塞ぐように動いた小路が、チェイスカッターでカラメルの層を削る。 白き牙の名を冠した手甲を凍てつく冷気で覆った彩花が、ブリュレに肉迫した。 「食されもせずに後は廃棄されるだけの運命には同情しますけど、 こういう売れ残りって勝手に配るだけで犯罪なんですよね」 彼女の拳がブリュレを捉え、その全身を容器ごと氷に封じる。 「呪うのであれば、飽食文化の日本という国に生まれついた運命を呪って下さい」 彩花の声とともに凍り付いて動きを止めてしまったブリュレに、アンジェリカが黒き破滅のオーラを放った。白い容器に、大きな亀裂が入る。 「大体、甘味というモノは幸福を与え人を笑顔にするものだろう」 消耗した仲間と意識を同調させて自身の気力を分け与えたリオンが、眼前のブリュレに声を投げかけた。 人を笑顔にするべきケーキが、逆に笑顔を奪う存在と化す。 それは自らの存在価値を否定する行為に他ならないし、彼らをこの世に生み出したパティシエだってそんなことは望んでいないはずだ。 「自らの過ちを認め、さっさと消え去るがいい」 リオンの言葉に、動けぬブリュレがカタカタと身を震わせる。 それは抵抗か、それとも悔恨の表れか――。 詠唱により魔方陣を展開したニニギアが、既に倒されたケーキ達を順に眺め、最後にブリュレを見る。 ――皆、大好きよ。 囁く声とともに放たれた魔力の矢が、ケーキ達の逃避行に幕を引いた。 ● 「……それを食うのは止めた方がいい」 倒されたケーキの残骸をじっと見つめるニニギアとアンジェリカに、黒狼が声をかける。 綾乃も、彼の言葉に頷いた。 「気持ちはわかりますが、エリューションですし……それに」 リベリスタ達の攻撃を受けたケーキ達は見るも無惨な状態で、元がE・ゴーレムであることを差し引いたとしても食用に堪えられる状態とは言い難い。 それでも、食べてあげると約束した。 比較的原形を保っているチョコケーキに、アンジェリカがそっと手を伸ばす。 頬を紅潮させる彼女の口中に、濃厚なチョコレートの味と香りがふわりと広がった。 ニニギアもまた、悲しげに眉を寄せながら無事な部分のクリームやカスタードを指ですくう。 売れ残って拗ねてしまった彼らを、せめて一口なりと味わってあげたかった。 「おいしいよ……」 二人の想いは、ケーキ達にとって何よりの弔いになっただろう。 その後、リベリスタ達は手早く後片付けを行い、戦いの痕跡を消した。 ケーキの甘い匂いも含めて、である。 「襲われるのとは別の意味で彼女に被害を与えかねませんから」 とは、彩花の弁。 ちなみに、彼女自身はまったく太らない体質であるらしい。世の女性達が聞いたら、さぞ羨ましがられるだろう。 「行き過ぎたダイエットも身体に良くないのですけどね。 運動して摂取したエネルギーを燃やすのを忘れなければ、たまにケーキを食べるくらい問題ありません」 そう言った螢衣も、ダイエットには縁遠いように思える。 片付けが一段落した後、小路が「もうあたしは帰って寝る!」と声を上げた。働きたくなくてアークに来たはずなのに、気付けばたびたび仕事に駆り出されているのは何の因果か。 そんな小路の傍らで、ようやくケーキの香りから解放された黒狼が大きく息を吐いた。 声高に主張こそしなかったものの、甘い匂いに包まれるのは正直辛い。 これからカフェに立ち寄り、のんびりエスプレッソでも飲んで落ち着こうと心に誓う。 コーヒーの香りが、今は恋しく思えた。 「明るくなったら、ケーキを土産に買って帰ろうか」 呟くようなリオンの声に、女性陣の何人かが彼を振り返る。 「……ふん。スタッフへの労いも必要だろう」 思わず目を輝かせた彼女らから視線を逸らすようにして、リオンは「俺は甘いものは苦手だ」と一言付け加えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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