●序 東京都、赤坂――とある料亭。 黒塗りのリムジンが外で待機している。 見送りの者もなく、ひとり悠然と料亭から出てきたスーツ姿の凪聖四郎(なぎ・せいしろう)。 車で待機していた竜潜拓馬(りゅうせん・たくま)が出迎え、後部座席の扉を開けて主人を中へと通す。 「こういうところは好きにはなれないな」 車に入ってネクタイを緩めると、微苦笑混じりで拓馬にぼやく。 頷いて、車を動かすよう指示した拓馬。 「会合ですか?」 「あぁ、無駄な付き合いは時間の浪費だ。この国にはつまらない慣習が多過ぎる」 元々海外暮らしが長い聖四郎には、それが煩わしい以外の何者でもない様だ。 「かといって無視する事もできない。本家の命とあれば、な」 やれやれといった表情で、車の窓を開けて大きく息を吸い込む。 車は首都高速へと向かって走っていた。 「ところで聖四郎さん。『ハーオス』からまた護衛の要請が……」 「断れ」 拓馬が言い終わる前に、彼は興味なさげに結論から言い切った。 「どうせこの前のテストの続きだろう? 事前にアークが感づくのは目に見えている。 彼等とは今、正面切って争いたくない。とにかく『今は時期を待て』と伝えろ」 聖四郎は言いながら窓を閉め、拓馬に向き直ると話題をあっさり移す。 「天正に預けた例の案件だが、そろそろ結果が届く頃だな?」 リムジンは首都高へそのまま登っていく。 ●承前 某所――『ハーオス』の魔術師たちが集まる闇の中。 「時期を待て、だと? あの小僧、一体何様のつもりだ!」 イワノフ=フルシチェフは憤慨した様に言い放ち、ワナワナと怒りに震えている。 ローブの魔術師たちも、それぞれ不快そうな声を露にして話し合っていた。 昔の盟約が生きて『逆凪』からの庇護は受けたものの、彼等にとっては所詮離島の格下集団にしか見ていないことがありありと覗える。 「だがどうする? 『逆凪』の護衛なしでは……」 「何を言う。我らはその為に用意した『手駒』がある」 「神木実花(かみき・みか)、あやつを早々に失ったのは痛手だったが……」 彼等の視線が、まばらに下座にいる男たちへと向けられた。 そこには数々の獣の因子を持つフィクサードたちが控えている。 「……我等の為に、貴重な『盾』を用意してくれておる」 魔術師たちの下座に控えていた獅子神(ししがみ)はそれを聞き、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。 そんな彼にそっと耳元で呟く鷲尾(わしお)。 「あまり不快にしていると、彼等に感づかれますよ」 無言のまま獅子神は顔を背け、外へと歩み去っていった。 片目を瞑り、視線で見送った牛王(ごおう)は視線を魔術師たちへと移す。 「今回はその凪という男の言う通りだと思うがな」 「だとしても」 肩をすくめた鷲尾は、一旦間を置いて言葉を繋ぎ直す。 「あの様子だと、彼等は儀式を強行するつもりなのでしょうね」 彼の言葉に小さく溜息だけを返す天羽(あまはね)。 魔術師の首座に座る男がローブたちを手で制し、立ち上がった。 皆一応にして沈黙し、鷲尾と牛王もそれに従う。 「イワノフ、今度こそ儀式を成功させよ。『逆凪』が使えぬのなら、『手駒』を自由に使うが良い」 牛王は小さく首を横に振り、鷲尾は「ね?」とばかりに苦笑した。 イワノフは大仰に従う素振りを見せるが、首座の男の次の言葉に戦慄する。 「死しても、成功させるのだ……言い訳は聞かぬ。必ずだ」 ●依頼 「また『ハーオス』が動き出したの。儀式でアザーバイド『混沌の使者』を召喚しようとしてる。 場所も前回とまったく同じ、東京の北区にある氷川神社。 今回の任務も儀式の阻止、または召喚されたアザーバイドの排除」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちにまず結論から述べ、そこから詳細の説明へと入った。 『ハーオス』とは、帝政ロシアを拠点にしていたフィクサードの一派である。 今からおよそ100年前、シベリア地方で『ツングースカ・バタフライ』という大爆発を引き起こした魔術師たちの残党だ。 その原因は『混沌の王』と呼ばれるアザーバイドを招来した為と言われている。 時を経て、彼等は東の離島である日本に集まっていた。 目的は未だよく分かってはいないが、どうやら『混沌の王』の再招来を目論んでいる様だ。 盟友だった『逆凪』の護衛を受けて儀式のテストを一度試みたが、リベリスタたちによって阻止されている。 「『逆凪』の支援は今回受けられないみたいだけれど、彼等はそれでも強行する。 どうやら急がなきゃならない理由があるみたい」 儀式を行うのはイワノフ=フルシチェフという老魔術師。 今回は命懸けで儀式を遂行しようとする為、手強い相手となるだろう。 またその護衛に、かつてハーオスの『駒』として動いていた神木実花の用意するフィクサードたちが当たる様だ。 「護衛たちの中でも、別格に強いのが四人。 天羽(あまはね)、鷲尾(わしお)、牛王(ごおう)、獅子神(ししがみ)。 彼等はイワノフの近くを常に警護していて、最近実力もかなりつけてきたフィクサードだから、十分に気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月31日(木)23:47 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●覚悟 東京都北区――氷川神社、近郊のビル屋上。 神社を遠くから観察している竜潜拓馬(りゅうせん・たくま)の姿があった。 「……やはりな」 小さく溜息を吐いた拓馬は、聖四郎の慧眼に改めて感嘆する。 一度彼等に忠告はしたものの、恐らく聞く耳を持つことはないだろう。 狂信者に物事の道理を説くこと等、釈迦に説法の様なものだから。 聖四郎はそう考え、拓馬をこの神社に送り出している。 彼は老魔術師とそれを護衛しているビーストハーフたちの様子を影からずっと監視していた。 護衛をしている革醒者たちは、何れも神木実花(かみき・みか)という女フィクサードが創り出したらしい。 彼女の死後、『ハーオス』の魔術師たちの配下として扱われている。 自身が魔術師たちの使い捨ての駒同然に扱われ、果たして満足しているのかどうか。 ビーストハーフたちがそれでも構わない覚悟を持っているのなら、別にそれはそれで問題ない。 ただ彼らがやむを得ずそうしているだけであれば――。 ――氷川神社、近郊。 獣たちが警護を固めている表口へ、突撃をかけようとするリベリスタたち。 それは丁度つい先日、この神社で逆凪の護衛たちと対決した時の再現でもあった。 しかし今回はアーク側が二正面作戦へ出る程、人員に余裕がない。 まして、敵は一度この地で儀式を試みて失敗している。 「死を賭して行え」と命じられたイワノフ=フルシチェフは、不退転の覚悟で臨むだろう。 『ハーオス』の老魔術師の情報を思い返し、紫色の瞳を神社へと向けながら『朔ノ月』風宮紫月(BNE003411)はぼんやり思考する。 「……強力なマグメイガスですか」 自身の父親も、マグメイガスだったと紫月は聞かされている。 しかし彼女は直接父親が魔術を駆使して戦う姿を目にしたことがなかった。 子煩悩でとにかく優しかった父との思い出だけが、彼女の胸には残っている。 遠くを見つめる紫月の肩に手を置いた『星の銀輪』風宮悠月(BNE001450)。紫月の父親の技(アート)を受け継いだ、彼女の実の姉である。 「敗北と失敗、百年の時を経てなお求め続けるその執念……見事です。 魔術の徒として、その姿はかくあるべき物なのでしょう」 素直に感想を口にした悠月だが、その行いを看過するつもりは毛頭ない。 漆黒の衣装を身に纏った彼女はきっぱりと宣言する。 「ですが、私はその行いを看過する事はできません」 姉の声に肯いて答える紫月。姉妹の心はこの暴挙を阻むことで一致していた。 『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は、アークでの依頼内容を思い返しながら風宮姉妹へ視線を転じる。 「己が為に世界を危機にする……実にフィクサードらしい」 かつて海外の紛争地を渡り歩いていた時に覚醒した軍医だった凛子は「命に対して真摯に接する」ことを信条としていた。 だからこそ、命そのものを脅かし世界に危険を及ぼす存在を招来する。その行為を許すことはできない。 凛子の溜息にも近い声に、言葉を重ねる『斬人斬魔』蜂須賀冴(BNE002536)。 「『混沌の王』を召喚出来たとして、彼らは何を求めているのでしょうか?」 それは単に世界の崩界を推し進める存在でしかなく、彼女にとって正気の沙汰とは思えない所業。 自身の鬼丸をスラリと抜き放ち、冴は神社を真っ直ぐに見据える。 「私の刀で、その邪悪な野望を斬り伏せて見せます」 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)も赤と青のオッドアイを揺らし、同意するように頷いた。 「負けない。絶対に帰ってみせる」 その一方で、先頭に立つ『合縁奇縁』結城竜一(BNE000210)は何処かしら焦った様子。 「この俺をさしおいて、混沌を呼びださせてたまるかよ。 混沌を名乗るに値すべきは、この俺だ……!」 右手に巻かれた包帯へと触れ、強気の口調を崩さない竜一。 しかし、その内心は動揺に揺れている。 (つか、そもそもそんなもん召喚されたら俺に封印されてるはずの原初の混沌がハッタリだってばれるだろうが! それだけは避けなきゃならない……!) 自身の誇りと尊厳を賭け、何としてでも儀式を止めなくてはと必死だったのだ。 そんな竜一の内面の嵐は知ってか知らずか、話を変える様に『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が神木実花のことが気になると告げる。 「名前も顔も報告書の中でしか知らない人だけど、何だろ……。 死せる孔明じゃないけど、未だに彼女の盤上で動いてるような感じだね……」 彼女は本当に、単なる『駒』でしかなかったのだろうか? という素直な疑問。 事前に終は注意深く、前回の儀式の様子を『カレイドシステム』で確認していた。 その状況を仲間たちに細かく伝え、前回と今回との儀式の差異がないか確認するためだ。 『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)は、一行の中で唯一、実花本人やその配下たちと相対しているリベリスタだった。 「……それにしても、触手……彼女(神木さん)絡みは、この手の姿が多いのは何故……?」 もしかしたら、彼女は何処かの混沌の神でも信仰しているのだろうかと想像の羽を広げてみる。 『混沌の王』がそれに当たるのだとしたら、それはそれで辻褄が合う。 だがそれだけではない、もっと何か奥に潜むものがいるとしたら――。 那雪の思考を中断させたのは、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の鋭い一言だった。 「爺さん達に言いたいことはただ一つね。 憶えておきましょう、傲慢は常に破滅の一歩手前で現れるということを」 最短で向かうと仲間たちに告げた彼女の覚悟に、一切の迷いはない。 間もなく、死闘が幕を開ける。 ●突入 ――氷川神社、表口。 「敵襲!!」 警護するフィクサードたち目掛け、真っ直ぐ正面突破をかけてきたリベリスタたち。 背面の裏口を警護する者たちは前回の二正面作戦が頭を過ぎり、そのままの位置で待機し続けている。 終は最速で敵の懐目掛けて前進したものの前衛に行く手を阻まれ、狙いをデュランダルに絞った。 「速攻で倒す!」 ナイフと短剣を両手に翳して回転するような連撃を叩き込み、更にステップを踏み直して刺突の連撃を見舞う。 だがそれでは終わらない。更に宙を舞い、上空から再度ナイフの連撃が重ねていく終。 三度の連撃がデュランダルの急所を突き、その動きを完全に封じ込められた相手が大きくよろめいた。 凛子は翼を仲間たちに授け、いざという時に備える。 慧架は流れるような水の如き構えを取り、フィクサードたちとの距離をやや取った。 古き武術を組み合わせ、相手の力を利用して戦う彼女得意のスタイルだ。 その後方で全身から気糸を飛ばし、フィクサードへと叩き込む那雪。 「さて、と……始めようか」 口調を変えた彼女の鋭く放たれた気糸たちは、正確に獣たちの後列を襲っていく。 那雪の隣に位置した悠月は、突撃する直前にその先を正確に見通す目を駆使して境内を覗っていた。 イワノフは獅子神たちを彼の警護に受けつつ、儀式に没頭を続けている。 儀式は前回とその様式を異にしていて、魔法陣がより強固に創られているのが気になった。 簡単には破壊されないよう、注意深く準備をしてきている様で破砕点が容易に見つからない。 「向こうも相当準備してきてますね。急ぎましょう」 素早く一条の稲妻を巡らしてフィクサードたちを撃つと、悠月は仲間たちに声をかける。 雷の次は銃弾が。エナーシアの手にしたライフルが火を吹き、蜂の襲撃の様に獣たちを襲う。 「時は金なり、ね。最短で突入するわ」 出し惜しみをしている余裕はない、一秒でも早く敵を掃討して境内へ向かわなくてはならないからだ。 紫月は後方から、仲間たちを支援するべく結界を張っていく。 「姉さん程、上手くやれるかは解りませんが……参りましょうか」 リベリスタたちの護りを固めながら、彼女は敵の出方を待つ。 直後前線の三人が駆け、フィクサードたちと正面から激突する。 ノエルは前進して覇界闘士の前に立ち、Convictio――貫くものを大きく繰り出した。 「わたくしは『正義』を為すまでです」 その一撃は全身の闘気が爆裂し、正に強大な刺突となって敵を襲う。 竜一はノエルと並び立ち、両手の剣を鋭く交差させる。 「ケモナーズに用はねぇ!」 破滅的な破壊力を爆発させた双撃は相手に深い致命傷を与え、覇界闘士は反撃する暇も与えられなかった。 冴は大きく踏み込むと、その刀を居合の如く振り抜く。 「蜂須賀示現流、蜂須賀冴。参ります」 全身のエネルギーを武器のみに集中させた一撃で、デュランダルを吹き飛ばす。 しかしリベリスタの初撃に大きく動揺を見せながらも、体勢を立て直して反撃に転じるフィクサード。 リベリスタたちは表口の敵を一早く掃討して、境内へ一気に突入する戦略を立てている。 この戦略は初手に最大攻撃を用いて前衛の壁を突き崩し、どれだけ短時間で敵の後衛を掃討できるかに係っていた。 時間をかける程イワノフの儀式は進んでいき、加えてリベリスタの増援部隊はいないと敵に気づかれる可能性も高くなる為だ。 しかしそれに対して通常戦闘と変わらず、暇をかけて準備を行う者が複数存在した。 時間にすれば、ほんの数秒から10秒といった僅かな時間でしかない。 だがそれは、後々まで双方の戦況に影響を及ぼすことになる。 この時点で1枚潰されたとはいえ、まだ敵には4枚の壁が残っており、終、竜一、ノエル、冴は敵の後列へ斬り込めずにいたのだ。 相手は幾ら彼等より格下とは言え、それなりの腕を持つビーストハーフたちである。 彼らも自身の回復しながら、必死でリベリスタたちへと食らいついていた。 ――氷川神社境内。 一心不乱で儀式に取り組むイワノフの周囲で警護に当たる4人のフィクサードたち。 鷲尾(わしお)は、その鋭い視覚でリベリスタたちの戦況を的確に捉えていた。 「表口から全力突破を図っているようですね」 その言葉に「ふむ」と考え込んだ仕草を見せる牛王(ごおう)。 獅子神(ししがみ)はちらりと裏口の方を見て取る。 「向こう側に変化は?」 「ありませんね、今のところ」 鷲尾の回答に天羽(あまはね)は逡巡した。 「裏口の動きがなければ、増援に回せば?」 「それこそ罠かもしれん」 牛王は用心深く天羽の提案を遮った。 獅子神が腕組みをしながら、3人へ告げる。 「今少し、事の成り行きを見定めてからでも遅くはない」 彼等はそれぞれの能力を高め、敵の襲来に備え始めていた。 ●連戦 ――氷川神社、表口。 僅かな時間の斬り合いの末、竜一とノエルの強撃によって2人のデュランダルが斬り倒され、ようやく前衛の枚数が敵より上回る。 そこへ冴の居合い斬りでの吹き飛ばしが再度炸裂し、クリミナルスタアが後退したことで終に道を作った。 飛び込んだ終の止まらぬ連撃が、ようやっと後列のホーリーメイガスを斬り裂き、深手を負わせていく。 「みんなで攻撃を集中させて確実に倒してこー☆」 こんな時こそ焦らず、一体ずつ確実に相手していくしかないと呼びかけながら、終は仲間の援護を待つ。 獣たちの必死の攻撃が予想外に味方を傷つけ、凛子は早い段階から回復へと回ることを余儀なくされていた。 「犠牲を出さぬために全力で参ります」 高位の存在の力を借り、自身の魔力を高めたその力で仲間たちの傷を次々と塞ぐ。 慧架は中列より距離を置き、ホーリーメイガス目掛けて蹴撃を振るった。 「こんな所で私達は足止めをくらう訳にはいかないんです」 真空波が終の連撃の傷と重なり、堪りかねた獣が吠えるようにその場に突っ伏す。 朔望の書を開いた悠月の稲妻が、再度フィクサードたちを薙ぎ払う。 那雪が稲妻で脆くなった傷口を抉るようにして、後列のフィクサードを狙って複数の気糸を送った。 耐え切れずに無言で沈んでいくマグメイガスを横目に、その戦況を確認する。 前線の竜一が、大きく気合と共に二刀流を振り下ろす。 「しかしビーストハーフどもばっかってのは、そういう組織なのかね」 それなりに頭数が集まっていれば名の知れた組織になりそうなものだが、竜一の耳にそんな組織のこと等伝わってはいない。 ノエルもその爆裂する槍の一撃を合わせ、双撃でクロスイージスの壁を地に堕としていた。 「そう言えば、聞いたことありませんね」 肩をすくめるノエル、残るフィクサードは半数にまで減っている。 道を切り拓いた冴が後方のスターサジタリーへ袈裟斬りを見舞った。 鋭い雷撃に全身を撃たれ、沈黙するフィクサード。 前衛たちの攻撃を逃れた獣たちに、今度はエナーシアの銃弾と紫月の氷の刃の如き雨が容赦なく降り注ぐ。 次々と射抜かれて戦意を喪失していくフィクサードたち。表口の勝敗は既に決しようとしている。 紫月が悠月に大きく声をかけた。 「姉さん、境内の様子は?」 戦況が掃討へ向かいつつある今、気にすべきはイワノフの儀式の進行度合いである。 悠月は攻撃の手を止め、視界の意識を境内へと集中した。 イワノフは既に儀式を中断させ、フィクサードたちと来るべき戦闘に備え集中し始めている。 もし、自分たちが最初から全力で攻撃に傾けていれば、ここに至る前に相手と対峙できたかもしれない。 だが僅かに此方側の突破が遅れてしまった。 既に敵はそのスペックを最大限に高め、尚且つ集中できるアドバンテージを持たれてしまっている。 「急ぎましょう。敵は此方に備えて集中し始めています!」 悠月の警告に舌打ちをした竜一。このままでは後手後手に回りかねない。 「行くぞ!」 終、慧香、悠月、紫月が竜一の先導に続いて境内へと駆け出す。 予め打ち合わせた通り、殲滅の為にエナーシア、那雪、冴、ノエル、凛子はこの場に残った。 先行する竜一たちを止めようとするソードミラージュに、刃を向けて押し留めた冴。 「邪魔はさせません」 稲妻を帯びた鬼丸を薙ぎ払い、フィクサードの動きを釘付けにしていた。 那雪はフリーとなっていたナイトクリークに気糸を突き立て、動きを封じていく。 「つれないな……もう少し、私の相手をしてくれてもいいだろう?」 仲間の移動の妨げとなる相手をブロックしつつ、彼女は次なる一手を思考していた。 形容するのであれば死神の微笑、対物ライフルから銃弾の嵐を撃ち込むエナーシアが告げる。 「続けるの? 駄目なら殲滅する迄だけど?」 ――氷川神社、境内。 表口から境内に入ったリベリスタと、待ち構えるフィクサードはそれぞれ五人。 左右に別れて敵へと当たろうとするリベリスタたちに対し、フィクサードたちは魔法陣の近くに固まって動かずに迎撃する。 誰よりも速度の早い終は、牛王をイワノフの護衛から引き剥がそうと接近した。 同時に位置をイワノフと牛王との直線上に置き、その射線から逃れる事も忘れない。 集中したその拳に氷を纏わせ放つ彼に対し、全身の膂力を爆裂させ巨大な戦斧での一撃を返すフィクサード。 強烈な打撃と鷲尾の炎の矢が合わさって重くのしかかったが、速さで上回る終は的確に抑えに回り牛王へ話しかける。 「そういや、こないだ友達が神木実花さんに会ったんだって☆ 六道の合成エリューション……キマイラになった姿で」 「……?!」 一瞬、牛王の動きが鈍った隙を見逃さず、終の拳が牛王を凍りつかせた。 「お兄さん達、本当に『ハーオス』の為に動いてるの?」 続く連撃を受ける牛王が自身の力を以て氷を粉砕して、戦斧を叩きつける。 「我々は皆、『混沌』によって創られた」 終が素早く反転して戦斧を避けたのを見、牛王は一瞬イワノフへ視線を向けて混沌が『ハーオス』である事を暗に示す。 「思う所はある。が、我等は他の行き場を知らぬ」 刹那に炎矢が終を撃ち、牛王は巨大なその斧を翳して破邪の光を輝かせる。 その一撃が終を捕らえ、ショックを受けた全身が大きく揺らぐ。 慧架は真正面に構えていた獅子神へと突き進み、蹴りと拳の雪崩で先手を打つ。 「何故混沌なんて求めるかは存じません。ですが私は、私の帰りを待つ人たちの為に戦います」 剛剣を手にすべて受けきった相手が、鷲尾の援護の矢の直後に集中を重ねた破滅的な一撃で返礼する。 「何故此処に来た?」 獅子神の一撃がイワノフの黒き鎖を対となって大きく全身を打ちのめす。あまりに圧倒的な威力の差に、愕然とする慧架。 「絶望を混沌ではなく……未来を希望を信じて……」 彼女は自身の傷を癒すべく呼吸を整えようとするが、胸部に深刻な打撃を受けてしまって息が上手く出来ない。 見下したように巨大な獣(しし)は、再度その力を爆発させる。 「どちらにせよ。生か、死かだ」 更に慧架の身体を黒き津波と闘気の一撃が襲った。 致命的な一撃を受けても尚、彼女がその場に立ち続けられていたのは自らの運命を開放していたからである。 だが自身を癒す術はなく、凛子が合流するのを待たなくてはならなかった。 慧架は他のリベリスタと比べ、僅かにその覚悟が足りていなかったのかもしれない。 獅子神の手傷は瞬く間に天羽によって癒され、呪縛されて動きの封じられた慧架を睨みつける。 「貴様には、その覚悟は感じられん」 業炎の矢、黒き鎖の津波、そして破滅の剛剣が立て続けに押し寄せ、慧架の意識は死の淵へと沈んでいく。 終と慧架に敵の前衛を任せ、イワノフへと肉白する竜一。 だが彼より素早い鷲尾がカバーに回った為、直ぐに接敵できずにいた。 「簡単には通しませんよ」 鷲尾の銃から放たれた炎矢が、竜一を含むリベリスタたちへと牙を剥く。 イワノフは邪悪な笑みで口元を歪め、その手首を掻き切る。 「前回の繰り返し等、させぬわ」 集中した黒き鎖の津波が、終を除くリベリスタ四人を呑み込んだ。 射撃と魔術によって炎と猛毒に侵された悠月だが、その手に翳した稲妻がフィクサードたちを捉えている。 「……この霊地を、実験で穢させはしません」 続いた紫月も業炎に身を焦がしながら、まずは仲間の防御を優先した。 「あなた達の思い通りにはさせません」 結界がリベリスタたちを包み、その護りを固めていく。 竜一は流血を物ともせず、全身のエネルギーを両剣に込め鷲尾を大きく後方へと吹き飛ばした。 「疼くぜ……俺の右手が……! てめぇの首が、欲しいってな!」 老魔術師を睨みつける竜一。これで両者との間に阻む者はいなくなる。 イワノフよりも後方に自身を置いた天羽は、全体を見渡せる位置から高位の存在を召喚し仲間の傷を癒し始めていた。 一方後方まで後退させられた鷲尾は、戦線に戻らずに意識を裏口へと向ける。 リベリスタの決死の突破に、不審感を抱いていたのだ。 「……やはり、そうでしたか」 その千里を見渡す視界が、リベリスタの恐れていたことを見抜いた。 「敵はこれ以上来ません。合流を!」 鷲尾が通信で指示したのは、裏口を見張る配下たちである。 イワノフは更に津波を止めることなくリベリスタたちへと向けた。 「くくく……この地に沈め、愚か者どもっ」 その鎖が竜一の動きを呪縛し、風宮姉妹の傷を更に深めていく。 悠月は頭上に黒い魔力の大鎌を召喚し、イワノフへと呪いの一撃を送る。 「収穫の呪いを……」 強かに切り刻まれるも、狂気じみた笑みを絶やさない老魔術師。 隣の風月は自身を含めたリベリスタたちの状態の悪化を懸念して、神々しい光を放つ。 「神なる光よ、邪をすべて消し去って!」 光によって仲間たちを覆う炎も、毒も、呪縛をも次々と消え去っていく。 だがその間にも天羽によっての癒しと、舞い戻った鷲尾の炎の矢、そしてイワノフの黒き津波は繰り返された。 姉妹は自身の運命をも犠牲にしたことで、倒れることなくその覚悟を見せつける。 悠月から放たれた呪いの大鎌が、再度イワノフを撃つ。 「命を賭して災厄を退けた偉大なる先人達に、そして我が父と母の名に賭けて。 『ツングースカ・バタフライ』、『ナイトメア・ダウン』……その再来など、させはしない!」 続けて風月の光が、再び仲間たちを包み込んだ。 「風宮の姓を名乗る以上、マグメイガスに負ける訳には行きません……是が非でも……!」 呪縛から解き放たれていた竜一は、真っ直ぐにイワノフへと躍りかかった。 「殺せるものかよ、この俺を! 此処が混沌を呼ぶ場ならば、此処は俺の領域だ…!」 運命をこじ開けて死の抱擁を跳ね除けた彼の、全身全霊を込めた二刀流がイワノフを斬りつける。 それでも笑みを絶やそうとはせず、ニタリと竜一を見据えた老魔術師。 竜一が近くでイワノフを直視したその時、表口と裏口の双方からそれぞれの仲間が駆けつけようとする足音が聞こえてきた。 ●召喚 先行隊のリベリスタの中で、唯一運命を開放せずに立ち続けていたのは終だけだった。 既に慧架は倒れ、他の三人もギリギリの線で踏み留まって戦っている。 牛王の破邪の一撃も、短剣で受け流して軌道を僅かに狂わせていた。 「おっと、まだ行かせないよー」 合流した仲間たちの援護さえ受ければ、この戦線は自身一人で抑えきれる。 少なくても自身の運命と引き換えなら。そう覚悟している終。 氷の拳で牽制を行い、更に牛王の注意を自身へ引きつける。 しかし双方の応援より、前線に戻った鷲尾から炎の矢が放たれるのが、到着した凛子の行動よりも僅かに速かったのだ。 増援を含んだリベリスタたちに襲いかかる矢によって、終もついに運命の力を借りる他に立つ手段がなくなる。 そして風宮姉妹もまた、この一撃によって倒れようとしていた。 殲滅が終わって境内へ駆けつけた凛子は、まず仲間の回復を行う。 「まだまだ行けます」 リベリスタたちを勇気づけるべく声をかける凛子だが、思わず先行隊の状態に唇を噛む。 僅かに自身の癒しが遅れた結果、三人が既に戦闘不能となってしまっていたからだ。 それも慧架の状態は致命傷で、直ぐに処置しなければ取り返しのつかない事態になりかねない。 那雪は以前、別の依頼で対峙したことのある天羽へと気糸を伸ばす。 「さて、ご機嫌麗しゅう、お嬢さん。 あの時は途中になってしまったが……今回は最後まで遊んでくれるのかな?」 その鋭い糸の刺し傷が、天羽に過去のことを思い出させていた。 「あら……あなた、万年筆の時のリベリスタね?」 微笑して那雪に視線を向ける天羽に、怒りの影は見当たらない。 仲間に施された護りの力によって、傷を抑えた彼女は自身を含んだ仲間の癒しを続けていく。 エナーシアは前進してきた鷲尾の前に立ち、前線への道を作り出す。 同時に周囲へ銃弾の嵐を打ち込みながら、鷲尾へと言い放った。 「そいつに付いて行って先があると思うの? 妄執に目の前も見えてない奴に。 逆凪のがまだマシだと思うけど?」 鷲尾は彼女の指摘に思わず苦笑する。正確に的を射た発言だったからだ。 「成程、貴女の言う通りかもしれませんね。今回の戦いが終わった後にでも考えてみますよ」 妄執に取り憑かれた老魔術師は後続のフィクサードたちの到着とこの戦況を見て、自身の勝ちを悟っていた。 竜一から距離を取るように後退し、位置を変えて魔法陣と向き合う。 「これでもう、貴様等に儀式は止められん!!」 イワノフが儀式を再開したのに対し、尚も追いすがろうとする竜一。 だが獅子神が入れ替わって立ちはだかっていた。 使う技は竜一と同じ、破滅をもたらす生死を賭けた一撃。 「どけぇ! そこのジジイの首にこそ、用があるっ!」 双方の剣が大きく火花を散らし、激突するデッドオアアライブの双撃。 繰り出す技は同じでも、威力は獅子神の剛剣の方が上回っていた。 大きく肩口から身体を斬り裂かれ、竜一はその場に膝を着く。 「詰めが、甘かったな」 自身も相当の手傷を負いながら言い放った獅子神に対し、そこへ飛び込んできた冴とノエル。 真っ直ぐに獅子神を狙った冴は、鬼丸を抜き放った。 「この世界を異界の者共の好きにさせはしません!」 全身のエネルギーを込めた居合い斬りを正面から受け、大きく後退を余儀なくされた獅子神。 そこを駆け抜けたノエルが裂帛の気合を爆裂させる。 裏口のフィクサードたちが押し寄せるまで、一撃の猶予しかなかった。 この一撃に賭ける他、儀式を止める手立てはもうないに等しい。 「例え肉を斬らせてでも……確実に決めます!」 Convictioの重厚な刺突が、儀式に入ろうとするイワノフを抉るように貫く。 それでも、老魔術師の笑みは消えない。 致命的な打撃によって体力を大きく削られながらも、それ等を無視して魔方陣へ向き合っていた。 直後、裏口のフィクサードたちが大量に乱戦に雪崩込み、形成が一気に混沌と化してしまう。 ノエルとイワノフの間にも獣たちが割って入り、これ以上の攻撃を不可能にさせた。 「ハハハハハハッ……」 突然高笑いをはじめるイワノフ。 あと一枚だけでもノエルの援護があれば、勝利の女神はリベリスタに微笑みかけたかもしれない。 だがほんの一つ、たった一手、それだけが足りていなかった。 儀式は、止められなかったのだ。 ――氷川神社、裏口。 立ち去ろうとしていたフィクサードの四人に、思わぬ同行者が一人加わっていた。 竜潜拓馬である。 だが彼を含めた五人とも、既に満身創痍の状態だった。 「もしオマエたちさえ良ければ、一緒に『逆凪』へ来ないか? まぁ。正確には逆凪じゃなくて、あの人の配下になんだが」 「……凪聖四郎か」 牛王の視線に頷きで返す拓馬。 鷲尾は少し沈黙してから、肩をすくめたまま問いかける。 「もし、我々が『ハーオス』に強制されて従わなければならない立場だとしたら?」 「あの人はオマエたちの事情を聞いた上で、そちらのお偉いさんと話しを付けるつもりだ。 その為の取引材料も、用意してあるらしい」 獅子神は視線を思わず拓馬へ向ける。根回しの良さに驚いた様子だった。 「一体何者だ?」 その質問には苦笑混じりの拓馬だったが、特に気分を害した様子もなく話し始める。 「あの人は少し変わってるから、俺の口からは何とも。 実際に逢って自身で確かめるのが、一番手っ取り早い……だが」 彼は真っ直ぐに境内を指さす。 「自分の配下にあんな真似等、絶対にさせない男だ。それだけは俺が保証する」 拓馬の返答に天羽は思わず目を細めた。 「……その答えは私たちにとって、とても重要ね」 四人ともその言葉の意味をよく理解できていたからだろう。 それぞれ無言だったが、彼等の答えは既に決まった様だった。 ――氷川神社、境内。 境内の中心にある魔法陣。 既に爆風と血によって一面が汚され、儀式の状況は粗方残されてはいない。 あちこちには、フィクサードの死体が転がっている。 何れも裏口を警備していた者たちだ。 そして、爆発の中心に倒れる老人の死体――イワノフ=フルシチェフ。 リベリスタたちが儀式を止められないと悟って撤退に転じた後、彼の儀式は完成した。 扉は開かれて『混沌の使者』が召喚され、ラッパの音が鳴り響く。 制御できない不浄なる混沌が真っ先に餌食としたのは、招来したイワノフ自身である。 その結果――『使者』を元の世界へ駆逐して生き残ったのは、彼等五人だけだったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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