● 今日も、随分と帰りが遅くなってしまった。腕時計に目をやり、男は家路を急ぐ。 このところ残業続きで、早い時間に家に帰れたためしがない。 二人目が生まれて、まだ間もないというのに……。 愛妻家であり、また子煩悩でもある男は、小さく溜息をつく。 子供たちは、ちゃんと眠っているだろうか。 下の子のミルクにかかりきりな妻も、少しでも眠れていると良いのだが。 週末までには、仕事も少し落ち着くはずだった。 せめて、休日は家で過ごしたいと、男は思う。 幼い二人の子を抱えた家は戦場のような慌しさだが、それも家族との時間には違いない。 なにしろ、先週は散々だった。 休日前に付き合いで飲み会に駆り出され、正体を無くすまで酔っぱらうという大失態である。 おかげで、せっかくの休みを二日酔いで棒に振ってしまった。 どうやって家に帰ったのかいまいち記憶にないが、出迎えた妻の膨れっ面だけは覚えている。 ――早く、家に帰ろう。 妻と子供たちの顔を思い浮かべながら、男は足を速めた。 ● その日、ブリーフィングルームでリベリスタ達を迎えた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の眉間には深い皺が刻まれていた。 挨拶もそこそこに、彼は手にしたファイルを開いて任務の説明を始める。 「今回の任務は、『ハートイーター』と呼ばれるアザーバイドの撃破だ。 以前にも同種のアザーバイドが確認されているが、こいつは生き物の心臓を食い、その心臓に擬態する習性がある。――つまり、一種の寄生生物だ」 『ハートイーター』は喰らった心臓の代わりを務めて宿主を生かし、宿主の血液から養分を得て自らの命を繋ぐ。命の危険が迫れば宿主の肉体を乗っ取って戦うが、それ以外で本性を現すことは無い。 平穏な日常にある限り、宿主は今までと変わらない生活を送ることができる――表面上は。 しかし、『ハートイーター』にフェイトは無い。 フェイトを持たないアザーバイドは、例外なく崩界を加速させる。 送還が不可能であるなら、撃破するより他にない。 この世界を守ることが、リベリスタにとって何より優先されるべき使命だからだ。 「――既に、『ハートイーター』は人の心臓を食ってしまっている。 撃破が絶対条件である以上、宿主を救う方法は無い」 数史の表情には、事前にそれを感知できなかった無念が滲んでいる。 『ハートイーター』の寄生を防げなかったということは、つまり、宿主になった者を殺さなければいけないということだ。 「宿主は東野浩一(ひがしの・こういち)、三十四歳のサラリーマン。結婚していて、子供が二人いる。 神秘に関する知識の無い一般人で、『ハートイーター』に寄生されてることに気付いていない」 そう告げて、黒翼のフォーチュナは言葉を区切る。 重苦しい沈黙の中、ファイルをめくる音だけが響いた。 「東野浩一と接触するには、彼が残業を終えて帰宅する深夜に待ち伏せるのが都合がいい。 帰り道に大きな公園があるから、そこなら人目につかないし音も外に漏れないはずだ」 命の危険が迫れば、『ハートイーター』は宿主の肉体を奪って戦うが、宿主の意識はそのまま残る。 それがどういうことか、数史は殊更に説明しようとはしなかった。 「俺からは以上だ。……どうか、気をつけて行って来てくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月22日(火)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜の公園で、八人のリベリスタが一人の男を待っていた。 男の名は東野浩一。アザーバイド『ハートイーター』をその身に宿す彼をもろともに討つのが、今回の任務だ。 「心臓を喰らい、成り代わるアザーバイドか――以前にも出たらしいな。厄介なものだ」 安羅上・廻斗(BNE003739)の言葉に、懐中電灯を肩に括った『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)が舌打ちする。 「……相も変わらず胸糞悪ィ話だ」 エリューションやアザーバイドが絡む事件は、殆どがこのように後味の悪いものばかり。 「ケドなァ。だからっつって、何もしねェって選択肢はねェだろうよ」 黙っていても世界は緩やかに崩れ、運命を歪められた命は次々に零れ落ちていく。 それを食い止めるのは、リベリスタしかいないのだ。 木の陰から公園全体を視野に収めた『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)が、やや早足でこちらに歩いてくる浩一の姿を捉える。僅かに震える手を、彼女は仲間達から見えないように隠した。 同じく、タクティクスアイで認識を広げていた『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)が、懐中電灯を手にベンチから立ち上がる。 「ああ面倒臭い。働きたくないのに、事件は起きるんですよね。今、ここでも」 人除けの強力な結界を展開した『八咫烏』宇賀神・遥紀(BNE003750)が、低く呟いた。 「……救えない、巣食われた者を狩り取るか。 何て皮肉なんだろう、大切な者の為に死を強いるなんて」 せめて、目は逸らすまい。遥紀は決意を秘めて、浩一を見据える。 「心を喰われた女性の次は父親か。ホントいつも通りのクソッタレな運命で安心したぜ」 そう言って眉を寄せた『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)が、その身に闇のオーラを衣の如く纏った。 「んじゃ、始めるとするか。救いも何もねぇ仕事ってヤツをな」 霧也の声と同時に、『不屈』神谷 要(BNE002861)が仲間全員に十字の加護を与える。 肉体の枷を外して自らの力を高めた『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が、浩一に歩み寄った。 「――東野浩一だな。悪いが死んで貰う」 「はい?」 間髪入れず、美散はオーラを纏わせた“禍月穿つ深紅の槍”で突きを繰り出す。 反応すらできずに立ち尽くす浩一の全身から赤い血が噴き出し、攻撃の軌道を僅かに逸らした。 飛散した血が三ヶ所に集まり、芋虫のような形をした『ハートイーター』の分身と化す。 「こ、これは……?」 突然の大量出血に加え、瞬く間に体の自由を奪われた浩一が、ひどく狼狽したように口を開いた。 自分の身に何が起こっているのか、まったく理解できていないのだろう。 「さあ、人殺しといこうか」 廻斗が、サーベルを鋭く抜き放つ。 たとえ一般人ごとアザーバイドを斬るという任務であっても、彼は躊躇わない。 それで剣先を鈍らせ、敵に殺されるのは真っ平御免だ。 ● 「な……何なんだ、君たちは!?」 浩一が叫ぶと同時に、血を媒介に生み出された魔力の網がリベリスタ達を襲う。 分身の一体を抑えに向かったユートが、ブレイクフィアーの光を輝かせて仲間達の呪縛を解いた。 美散が別の一体をブロックし、禍々しき深紅の槍にオーラを纏わせて敵を穿つ。浩一の前に立った要が、全身のエネルギーを防御に特化させた。 味方から少し離れた場所にいる分身に、エクリが神秘の閃光弾を投げつける。爆音と閃光が血色の芋虫に降り注ぎ、その動きを止めた。麻痺に陥った分身の前に廻斗が立ち塞がり、破壊の闘気を漲らせる。 防御の効率動作を共有して仲間達の守りを固める小路の後方で、遥紀の活性化させた魔力が強力に循環を始めた。 「――いつも通り纏めて薙ぎ払う。ソレだけだろ」 全ての敵を射線上に捉えた霧也が、暗黒の瘴気を呼び起こす。 生命力を糧に生み出された呪いの瘴気が、浩一と分身たちを同時に撃った。 二体の分身が反撃とばかりに血で紡いだ網を撃ち出し、エクリと霧也を捕らえる。 瘴気に咳き込んだ浩一の全身から、血の色をした霧が瞬く間に広がった。 麻痺や呪縛を一切受けつけないユートが、聖なる光をもって全員の状態異常を払う。 槍を構える腕に力が戻ったのを確認した美散は、眼前で蠢く分身に再びオーラの一撃を見舞った。まずは、最もダメージの深い敵から確実に落としていくまで。 真紅の網から逃れたエクリが、エネミースキャンで『ハートイーター』の解析を試みる。 彼女の願いは、このような悲劇を繰り返させないこと。対策を講じるには、まず相手を知る必要がある。 (――下層に落ちてくるのは偶然?) できれば生態や繁殖方法についての情報が欲しいところだったが、戦闘能力に直接関わらない項目であるためか、思うように解析が進まない。残念ながら、目ぼしい成果は得られなかった。 回復役である遥紀への射線を遮るように立つ小路が、今度は攻撃の動作を全員と共有して戦闘効率を高める。まったく言うことを聞かない体に戸惑う浩一が、周囲を見渡しながら呻いた。 「一体、何が起こってるんだ……!?」 分身たちに向けて瘴気をばら撒く廻斗が、浩一に呼びかける。 「東野浩一。お前は心臓を化け物に喰われ、その化け物に生かされている」 「化け物……?」 天使の歌を響かせて仲間の傷を癒す遥紀が、そこに声を重ねた。 「貴方は異界の者に心臓を喰われたんだ。……その力が、その証。此の世界を歪める災厄」 「喰われたって、そんな」 「信じられないかもしれませんが、本当の事です」 大盾を翳し、浩一の視界を狭めると同時にガードを固める要が、念を押すように言葉を紡ぐ。 浩一には、彼が何故ここで討たれなければならないのかを知る権利があり。 そして自分達には、それを正しく彼に伝える義務があると、要は思う。 権利が与えられたとして、浩一がそれを望んで行使するかどうかはわからないが――。 「そのまま放っておくと、身近な人にも似たようなことが起こります」 要の後に続いて、浩一と分身たちを暗黒の瘴気で狙い撃つ霧也が口を開いた。 「俺たちは、そうなる前にアンタを止めに来た」 殺される理由を教えたところで、救いになるとは思わない。 むしろ、余計に絶望に叩き込むだけかもしれない。 それでも――仲間達の多くは、浩一に真実を告げることを選んだ。 結末が一つである以上、各々が少しでも納得できる方法を取るしかない。 ● 『ハートイーター』の分身たちが、血潮を固めた弾丸を次々に放つ。 浩一を中心に真紅の網が広がり、彼の射線上に立つリベリスタ達を絡め取った。 眼前で繰り広げられる超常の戦いを目の当たりにしても、浩一はまだ自分の置かれた状況が信じられない様子で、せわしなく瞬きを繰り返している。 仲間達を呪縛する網をブレイクフィアーで消し去り、ユートが浩一に声をかけた。 「アンタだって分かンだろ。これが酔っぱらって見た夢に思えンなら別だけどな」 廻斗もまた、分身の一体に強烈な打ち込みを見舞いながら言う。 「いいか、その化け物はいずれお前だけではなく、お前の家族にも害を為すだろう」 「家族……」 父親ならば、家族を危険に晒すことを許しはしないはず。 廻斗が予想した通り、浩一は彼の言葉に反応を返した。 「だから俺達が殺しに来たわけだ。……ああ、嘘はつかねェよ」 「殺す……僕を、か……?」 ユートの宣告に、浩一の顔が青ざめる。 公園の木々の後ろに立ち、浩一からの射線を遮るように動くエクリが、感情を排して口を開いた。 「人間に制御できない、いつ間違って周囲に向けられるか分からない力を野放しにはできない」 努めて冷静に言い放ち、誘導性の真空刃で分身の一体を切り裂く。 美散がすかさず、“禍月穿つ深紅の槍”の一閃で止めを刺した。 彼は、戦いが始まってからずっと沈黙を貫き続けている。浩一に事情を説明する仲間達を止めはしないが、自らそこに加わることもしない。 事実を語ろうが何をしようが、これから殺されようとしている男から同意も納得も得られるはずがないことを、彼は知っている。 「『化物』に心臓を乗っ取られた時点で、浩一さんは既に亡くなっています。 私達に出来るのは、ご家族が『化物』に傷つけられる前に浩一さんを討つことだけです」 さらなる犠牲を阻止するために。崩界を防ぐために。 それがリベリスタとしての理屈に過ぎないとわかっていても、要は言葉を紡ぎ続ける。 大盾で防御を固める彼女の背を支えるように、遥紀が天使の歌を響かせた。 「貴方に強いらなければならない。世界の為に潰えてくれと」 浩一と同じ二児の父親である彼は、血を吐くような思いで声を放つ。 言葉を失い、凍りついた浩一の表情を、遥紀は紅蒼の双眸で真っ直ぐに見た。 自分は、最後まで見届けなければならない――。 呆然とする浩一をよそに、彼の体を操る『ハートイーター』とその分身たちは、リベリスタ達を果敢に攻撃する。血潮の弾丸が飛来し、赤い霧が肌を刺すように纏わりつく中、小路が【止まれ】の交通標識を振るって真空の刃を生じさせた。 「あー、もう。事故ってのは不条理ですよね。 気付いたら化け物でした、なんて誰が想像しますか、ふつー」 彼女も美散と同じく、浩一に事実を語るつもりはない。 これ以上、不幸の上塗りをしても仕方が無いし、何も知らないまま、人間のつもりでいられるうちに死んでもらった方が良かったのではないか、とも思う。 殺される側にとっては、『どちらがマシか』という程度の違いでしかないが。 「まあ、あたしはさっさと終わらせて帰って寝たいのです。ああ、働きたくない」 溜息交じりの呟きとほぼ同時に、真空刃が分身を両断する。 生命力を糧に暗黒の瘴気を生み出す霧也が、半ば放心状態の浩一に視線を向けた。 納得できないのも、無理のないことだと思う。 (いつも通りの日常が既に終わっていて、世界の為に死んでくれって言ってるようなモンだからな。 ヤツに話したのは、俺達の自己満足だろうよ――) 放たれた瘴気が、残る分身を霧散させた。 ● 三体の分身が倒され、残るは『ハートイーター』本体のみ。 一帯に広がる血の霧を突っ切り、ユートが浩一に迫る。 「アンタは殺す。それは譲れねェ。……ただ、この中の誰も別にアンタが憎いわけじゃねェんだ」 そう言って大上段から白刃を振り下ろした後、彼は心の中で呟いた。 (……ハ。なんなんだろうなこりゃァ) いずれにしても、殺すことに違いはないのに。 美散が、浩一の左胸――そこに寄生する『ハートイーター』を目掛けて“禍月穿つ深紅の槍”を繰り出す。オーラを纏う槍の穂先は僅かに狙いを逸れ、浩一の左脇近くを深々と抉った。 破邪の力を帯びて鮮烈に輝く要の剣が、そこに追い打ちを加える。 全身を貫く激痛に、浩一が絶叫を上げた。 「お前の家族に、最期に伝えたい事があるなら伝えてやる。 選べ、ただの『哀れな犠牲者』として殺されるか、最期まで『父親』として死ぬか」 サーベルを操り、オーラの一撃を見舞う廻斗が、浩一に語りかける。 微かに動いた浩一の口から、鮮血が滴り落ちた。 真空の刃で浩一を撃つエクリが、軽く唇を噛む。 分かり切った正答があるなら、誰も選択に迷ったりしない。 必要なのは、何を望むか把握して、実現に動く意思。 (あたしは次を防ぎたい。こんなのフォーチュナだけが背負うものじゃないよ) 全ては、同じことを繰り返させないため。それが、エクリがここに立つ理由。 「だから……臆してる場合じゃ、ないの。たとえ人を殺すのが初めてだったとしても」 浩一の傷口から流れ出す血が、弾丸となって廻斗を貫く。 直撃を受けた廻斗は、大きくよろめきながらも己の運命で全身を支えた。 遥紀が癒しの息吹を届け、彼の傷を塞ぐ。 浩一と遥紀を結ぶ射線上に陣取る小路が、交通標識から真空刃を放った。 「他人の血を利用してますが、自分の血も流すべきですよね。 もうねーかもですが。寄生は良くねーですよ」 リベリスタ達の集中攻撃を受けて、浩一の体に傷が増えていく。 全身の至る所から血を流し、痛みに呻く浩一を見て、霧也の胸中に怒りが湧き上がった。 「……ふざけるなよ、アザーバイド……!」 アザーバイドの全てが悲劇を撒き散らす存在ではないと知ってはいるが、それでも叫ばずにはいられない。 霧也の放つ瘴気が浩一を射抜いた直後、飛来した真紅の網が彼の全身を切り裂いた。 運命を燃やして立ち上がり、霧也は決意を込めて浩一を見据える。ここで倒れるわけにはいかない。 「より多くを生かす為に、切るべき最小を切る汚れ仕事だ」 “禍月穿つ深紅の槍”に輝くオーラを纏わせた美散が、強烈な一撃を浩一に叩き込む。 ここで浩一を取り逃がせば、次は彼の家族が被害者となる可能性が高い。 宿主を守ろうとする『ハートイーター』の攻撃に巻き込まれるか、新たな宿主として心臓を喰われるか。 どの結末を迎えるにしても、負の連鎖に違いは無い――そうなる前に、元凶を殺す。 小路とエクリのチェイスカッターが、次々に浩一を襲う。 終わりが近いことを感じ取り、要は眼前に立つ男にそっと問いかけた。 「ご家族に伝えたい事、渡したい物はありますか……?」 命を救うことはできないが、願いがあるなら可能な限り聞いてやりたい。 「何でも言ってくれや。……命と引き替えなんだからよ」 ユートが言葉を重ねると、浩一は虚ろな視線を中空に向け、呟くように口を開いた。 「帰りたい……家族が、待ってるんだ……」 一筋の涙が浩一の頬を伝い、零れ落ちる。 瞬間、彼は目を見開き、声を限りに叫んだ。 「どうして……! どうして、僕が……っ!! あの子たちは、まだあんなに小さくて……それなのにッ!!」 天使の歌を響かせて仲間の傷を癒した遥紀が、死を前にして感情を爆発させる浩一を見つめる。 幼い子供を残して死ぬ男が、心安らかにその瞬間を迎えられるはずがない。 遥紀には、彼の気持ちが痛いほどわかる。 「……呪い、怨み、憎悪して良い。貴方にはその権利がある。吐き出して、どうか安らかな輪廻に」 可能な限り女子供に手を下させたくはないと、霧也が暗黒の瘴気で浩一を撃つ。 「恨むなら、俺を恨めよ。 アンタを救うことが出来ず、ただ殺す事しか出来ない俺の事をな」 浩一の叫びは、もはや言葉にならない。 彼の懐に潜り込んだ廻斗が、刀身を赤く染めたサーベルを真っ直ぐに突き出す。 「貴様の命……その偽の心臓ごと、奪い去ってやる」 サーベルが浩一の左胸を貫き、そこから『ハートイーター』を抉り取った。 ● 地に倒れ伏した浩一には、まだ僅かに息があった。 霧也はスーツのポケットから転がり落ちた携帯電話を手に取ると、発信履歴を頼りに浩一の自宅に電話をかける。 『もしもし?』 繋がった電話から眠そうな女性の声が聞こえてきた時、霧也は携帯電話を浩一の口元に寄せた。 『……あなた? どうしたの?』 妻の声を聞き、浩一が僅かに口を開く。 「ごめん……」 たった一言、彼は妻にそう告げた。 さらに何かを言おうと唇を動かし、浩一はそのまま事切れる。 最期の別れには、あまりに短すぎるやり取りだろう。 それでも、どうか彼の思いが伝わるようにと、要は祈らずにいられない。 「何処まで行っても所詮は自己満足だろうけど……、な」 電話を切った後、霧也は苦い声で呟いた。 「……偽善に見えてもやれる事はやンのがアーク、だなァ。……畜生め」 ユートが、足元の小石を苛立たしげに蹴り飛ばす。 浩一の傍らに膝をついた遥紀が彼の衣服を整え、口元を汚す血を拭ってやった。 それを黙って眺めながら、美散は思う。 この男に罪は無い。唯、運が悪かっただけだ――と。 「早く、家に戻してやらんとな」 亡骸を見下ろす廻斗が、低く言葉を漏らした。 帰りたい――それが、浩一の遺言であったから。 アークに事後処理の要請を終え、小路が帰り支度を始める。 「あたしはさっさと帰って寝るんです。 一生寝る羽目になった彼には申し訳ねーですが、あたしは普通に寝るんです」 そう言って、彼女は浩一の亡骸を一瞬振り返った。 「ままならねーもんですね、世の中」 一方、エクリは浩一の左胸から抉り取られた『ハートイーター』の死体をじっと見つめる。 これを回収してアークで解析してもらえば、同様の事件を防ぐための手がかりになるかもしれない――。 全てが終った後、遥紀は天を仰いだ。 今夜の空は薄い雲に覆われ、月も星も見えない。 (太陽、花名、お父さん、暫く君達を抱きしめられそうにない――) 同じ父親なのに、護れなかった。 この力は、誰かを癒すためなのに。どうして、ささやかな幸福すら壊してしまうのだろう。 「畜生……畜生っ!」 自分自身に爪を突き立て、遥紀は喉から声を絞り出す。 戒めに刻まれた傷が、鈍い痛みを放っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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