● 良く温めた鉄板の上で。 薄く伸ばして焼かれた生地に重ねるのは、鰹節の粉とたっぷりの千切りキャベツ。 薄切り豚肉を丁寧に乗せてから、つなぎの生地を振りかけて、一気に引っくり返す。 広がるのは肉の焼ける良い匂い。形を整えじっくり蒸らす横では、少量のソースを絡めたそばが炒められていく。 程よく麺が解れたら、次は蒸らした生地をその上に。押さえ付けて固めながら、ついでに麺に焼き目をつけると尚美味しい。 その隣で次に広げられるのは、目玉焼きの様に落とされた卵。 固まる前にへらで黄身を潰してやれば、広がるのは黄色と白の鮮やかな生地。 手早く上に生地と麺を重ねて裏返した其処に、甘味のあるオタフクソースを伸ばせば仕上がりはもう間近だ。 好みで青海苔、マヨネーズをかけて。鰹節も振るって。 ソースの焦げた良い香りと共に、切り分けたそれを、皿に乗せる。 黄身は半熟でも美味しいだろう。近頃では明太チーズや、変り種ではベーコントマト等もあるらしい。 まだ、地元以外ではあまり馴染みの無いそれを。 是非、一度食してみる気は無いだろうか? ● 「あー、どーもどーも。……丁度良いや、あんたら暇? 暇なら付き合って欲しいんだけど」 ブリーフィングルーム入口。 誰かを待つように立っていた『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、通り掛ったリベリスタを捕まえ、声をかけた。 何に? と首を傾げる相手に、嗚呼、と首が振られる。 「別にお仕事じゃないわよ。……晩ご飯のお誘い、って奴。ちょっと、地元の味、って奴が食べたくなったんだけどさ。 一人で食べに行くのもなー、って事で。広島風お好み焼き、って言って通じるか分かんないけど、近くに良い店があるから。 ……如何? 一緒に来てくれる?」 傾げられる首。そもそもその食べ物を知らなかったのであろうリベリスタが首を捻っていれば、後ろから異なる声がかかった。 「関西風のお好み焼き、とは少々違うものですね。そばやうどんの入った、ボリュームのあるものだったと記憶していますが……」 私も食べた事はありませんね。声の主、『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)の言葉に、フォーチュナは大きく頷いた。 「そうそう。……嗚呼そっか、馴染みの無い奴も居るのかな……まぁ、味は保障するからさ。 一応他にも、焼きそばとか、とんぺい焼きみたいな鉄板焼き系とかは取り扱ってたと思う。デザートとかもあるよ。 あ、酒も有るから。成人組は如何? 勿論私は飲むんで。……ちゃんとソフトドリンクもあるから、そっちも安心してね」 因みに、代金も心配しなくて良い。そう告げたフォーチュナは、意味有りげに笑う。 「……店の食品が、廃棄になると革醒する、って言う未来をあたしが予知したんで。貸切だから。 あ、そういう意味では一応お仕事かな。まぁ、精々目一杯食べて、楽しんで頂戴」 じゃ、また夜ね。ひらり、手を振って。何時もより随分と上機嫌なフォーチュナは、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月01日(金)23:31 |
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● 午後6時半。 丁度夕食時のお好み焼き屋は、恐らくは開店から今までで最も盛況していた。 総勢100人。あまり広くは無い店内の、使えるスペース全てを埋める程集まったリベリスタに、お店は嬉しい悲鳴を上げている。 楽しんで行って欲しい。そう笑う店主の思いに応える様に賑わいを見せる店内の片隅で。 今回の首謀者、とも言うべきフォーチュナは、己と相席するリベリスタの顔を見回し、何時もより上機嫌に笑みを浮かべていた。 「こんにちは、響希さん! あれから寝覚めの方はどうかしら?」 先日の依頼振りだ。そう告げながら、輪に入ってきたのは暁穂。 この間のあの、ある意味口にしたくない依頼の影響は抜けたのだろうか。 そう気遣う言葉に、流し込んだビールを吐き出しかけたフォーチュナは若干引き攣った顔で首を振った。 「どっちかって言うとさ、その、……あの日の記憶を飛ばして欲しいかな。暁穂ちゃんの気遣いは助かったけどね」 あの日は有難う。告げつつも何処か遠くを見詰める彼女の肩を優しく叩いたのは、ティアリア。 広島焼きはそばもいいが、うどんも良い。歯ごたえが明らかに違うのが魅力。 店員に注文を告げた彼女に向き直ったフォーチュナは、気を取り直す様に首を振った。 「……うん、今日はね。またティアリアサンが構ってくれてるし。思いっ切り食べて飲んで忘れる!」 「ふふ、そうね、響希には一枚焼いてあげましょうか。いつものお礼よ」 手を汚さないで食べた方が美味しいけれど、たまには。そう首を傾げる彼女に、是非。と頷く。 豚玉が良いなぁ。リクエストを店員に告げ様とすれば、代わりに顔を出したのはエナーシアだった。 「どう? 出来上がってる」 片手にはコロナビールの瓶。更には何かが足りないお好み焼き。 手早くエプロンを外して腰を下ろした彼女は、少しだけ重くなった肩を回してビールを流し込む。 「良いもん飲んでるわね、お疲れ様。手際良くって吃驚しちゃった」 店員さんみたいね。空になったジョッキの代わりに、巨峰サワーを注文したフォーチュナが声をかければ、手伝いの経験がある、と返る声。 予想外の人数に慌てているだろう。そう思い手伝いに回った彼女だが、本音を言えばアレが苦手な事を誤魔化す為でもある。 それでも、明らかに手馴れた包丁捌きや配膳の仕方は、店員さえ感嘆の吐息を漏らす程だった。 「私は知ったのが早かったからお好み焼きと云えば此方なのだけど、厚い鉄板に火力がいるから久しぶりだわ」 遠慮無く頂かせて貰うわよ。働いた後のご飯はなんとやら。自分で焼いたそれを口に運ぶ彼女の横では、新たに追加されたお好み焼きが鉄板の上で良い香りを漂わせる。 これで3枚目。美味しそうに、しかしかなりのスピードで食べ続ける暁穂のペースは全く衰えを見せない。 「あ、暁穂ちゃん、そんなに食べて大丈夫なの?」 「ん、ん……そんな事無いわ。わたし、燃費悪いのよ。沢山食べなきゃコブシも握れないわ!」 ほんっとに美味しい。満面の笑みで応じる少女に、驚きと微笑ましさ混じりの笑みを浮かべたフォーチュナがその頭を軽く撫でる。 好きなだけ食べたらいいわ。そんな彼女の手の中で揺れる透き通った紫に、暁穂の瞳が興味深げに向けられる。 「お酒って美味しい? わたしはまだ早いけど、大人になったら飲んでみたいわ」 それは、階段の先へのほんの少しの憧憬だろうか。 20になるの待っててあげるわよ。そう笑うフォーチュナの手の中でからり、溶けた氷が音を立てる。 「月隠さん、焼いた事あります?」 お酒のお付き合いは出来なくても、食事のお付き合いなら幾らでも。 そんな言葉と、丁寧な自己紹介と共にこの席にやってきた翔子は、難しい顔で首を捻っていた。 その手には大きなへら。試しに挑戦してみたは良いものの、思いっきり崩れてしまったそれに溜息が漏れる。 「ん、嗚呼。あたし、お好み焼き屋でバイトしてたんだよね。だから鉄板系は大体出来るよ」 他の料理はマジで無理だけど。ティアリアに焼いて貰ったお好み焼きに表情を緩めながら。肩を竦めた彼女の言葉を聞いて、翔子は何とか、崩れたそれを整える。 ある程度形になったそれにソースを塗れば、美味しそうな香りが立ち込める。ああ、うん。食べ過ぎる未来が見えるようだ。 練習、と称してもう一枚。今度はコツを聞こうと、手を挙げる。 「はいはいっ、しつもーん! コツとかってあるんですか?」 一生懸命問い掛け、次こそはと意気込む彼女を微笑ましげに見詰めるフォーチュナの隣では、零児が勧められるまま、酒を口にしていた。 焼きそばが入っていて旨い。広島風お好み焼きについては一応、知っていた。 慣れないと作るのが難しそうだ。そう呟いてから。グラスを置いた彼は、こちらに向き直ったフォーチュナにへらを差し出す。 「折角目の前に鉄板があるんだ。響希の自慢の腕前を披露してもらえないかな」 ぱちり、紅の瞳が瞬く。予想外だったのだろう、一瞬反応が遅れたものの、やはりグラスを置いたフォーチュナは、折角だしね、と頷いた。 「言っとくけど、暫く遣ってないから期待は駄目よ。……飛鳥君のリクエストは?」 餅チーズ、と返った声に、生地を持ってきて貰ってから。今日もごてごてに飾っている爪からは想像出来ない慣れた手つきで、お好み焼きが仕上げられていく。 くるり、最後の難関も越えて。トッピングのチーズを足してソースを塗ればもう出来上がり。 はいどうぞ、切り分けたそれを受取って、零児はきっちり、いただきますと手を合わせる。 「広島風はこれで食べると聞いてたが、難しいな……」 かつり、皿に当たる小さなへら。幾ら慣れてきたとは言え、未だぎこちない左手には難しいのであろう動作を見かねたのだろう、その皿に箸が添えられる。 別に作法じゃないから大丈夫よ。そんな言葉と共に自身の分を口に運びかけたフォーチュナは、ふと思い付いた様に首を傾げる。 「あ、それともサービス、って事で食べさせてあげた方がよかった?」 くすくす、笑うその顔は、ほろ酔い加減に少し紅い。酔っ払いの悪乗りとは恐ろしいものである。 ● 愛しい人の手料理、と言うものはもうそれだけで最高のものである。 けれど、出来るならより美味しいものを。そして、出来るなら良い所を見せたい。 そう願うのは、ある意味当然の事。 広い鉄板でへらを構えるフツもまた、そんな想いを抱いていた。 難しいと聞いていた広島風。下宿先で確り練習はしてきた。此処まではほぼ完璧。後は、ひっくり返すだけだ。 じっくりと、一番綺麗に、そして美味しく返せるタイミングを見極める彼をじっと見詰めるあひるは、自分の恋人の格好良さにほう、と溜息を漏らした。 真剣な表情も。練習を重ねてきたのだろう手つきも。何度惚れ直しても足りない位。 わくわく。じっと見詰める彼女の目の前で。勢い良くひっくり返せば、表に出るのは焼き目の付いたきれいな円形。 大満足の仕上がりだ。ささっとソースを塗って仕上げたそれを切り分けながら、フツはふと、目の前の少女へと視線を向けた。 今日の為の練習を重ねて居る時に思った。そう前置きして。 「あひるの料理がいつもウマイのは、あひるも練習してくれてるからなんだよな」 それは、恋する乙女にとっては当たり前なのかもしれない。けれど、自分も練習したからこそ。 改めて感謝の気持ちを覚えた。そう、告げられた言葉にあひるは嬉しそうに、笑みを返す。 「フツに美味しいって言ってもらえるたびに、もっと言ってもらいたくって、練習頑張っちゃうのよ」 大切な人に食べて貰えるなら、何度だって頑張れる。 同じ気持ちを、彼が抱いてくれたのだとしたら、それは何て嬉しい事だろう。 微笑んだ彼女の口に、切り分け冷まされたお好み焼きをあーんして。 フツもまた、表情を緩めて口を開ける。 「これからも沢山練習して、ウマイ料理を食べさせてな」 お返し、と差し出されたお好み焼きが美味しいのは、やはり愛が上乗せされているからだろうか。 お好み焼きを楽しむカップルは、彼らだけではない。 手早く混ぜて、鉄板に広げたら形を整える。片面が焼けたら…… くるり。一瞬宙を舞ったお好み焼きは、丸と言うよりは……半円2つ。 「……崩れたけど、味は一緒だもん……」 (´・_・`)まさにこんな顔。へらを握り締めた羽音がぼそぼそ呟けば、隣に座る俊介が笑顔でその背を撫でた。 大丈夫。羽音の言う通り、少しくらい失敗したって味は同じ。 「それにほら、胃で混ざれば同じだもんな!」 にっこり。とってもいい笑顔の恋人に気を取り直して。ソースとマヨネーズ、青海苔に鰹節をたっぷり乗せたそれを、丁寧に切り分ける。 ふーっと、優しく息を吹きかけて。差し出したそれは瞬く間に俊介の口へと消えていく。 「ん、美味しい!」 「ふふ、それなら良かったぁ……♪ あ、俊介、ソース……」 華奢な指先が、俊介の口元のソースを拭い取る。 その指先が彼女の口に消えたのを確認すれば、俊介の顔は途端に真っ赤に染まった。 可愛いなぁ。そう、瞳を細める彼女に動揺を隠し切れない俊介は、慌てて生地の入ったお椀を取った。 「こ、今度は俺が作ってやんよ!」 食堂の息子の名は伊達じゃない所を見せてやる。 そう言わんばかりに手早く広げられた生地が空中分解するのは、このほんの少し後の話である。 ふわり。宙を舞うお好み焼きが、見事に鉄板に舞い戻る。 豚、イカ、タコ、エビ、ネギ、天かす、卵。流した生地に具材を重ねて、あとは只管待っていたのだ。 本当に旨いお好み焼きとは、ひっくり返す唯一度だけしか触らないのだ。それ以外は只管待つ。待つ。 それを見事に体現した竜一のお好み焼きは、漫画知識とは思えない程見事な仕上がりだった。 その手つきに、ユーヌも思わず感嘆の吐息を漏らす。漫画知識って如何なんだ、なんて意見は撤回しよう。中々に上手い。 「よし、ユーヌたんあーん……さすがに熱いから、自分で食べてもらったほうが良いね」 「ん、別にそんなふーふー息荒げなくても大丈夫だぞ?」 力一杯息を吹きかけられたこれを奪っていくのは恐らく、あの妹くらいのものだろう。 別にあーんでも良かったけれど。そう付け加えながら、ユーヌはたっぷりのソースとマヨネーズをかけたお好み焼きを口に運ぶ。 広がる旨み。贅沢に使った具は勿論、素晴らしい味を演出しているけれど。 何より、十分に入った隠し味が、この味を産み出しているのだろう。 そう一人納得するユーヌはふと、目の前の彼の口許に付いた色々に目を留める。 「ちょっとこっち向いてくれ……む、余計付いてしまったか」 ぺろり。舐め取っては見たものの、ほんのりソースが付いてしまったかもしれない。 今度は優しくハンカチで拭う彼女に、竜一が力一杯すんすんしに飛びついたのは言うまでも無い。 「ニニー、それじゃあ混ぜたり焼くの頼んだからなー?」 とんとん。軽やかな音を立てるのはまさかの斧。 次々ランディが切り分ける具材を一生懸命混ぜながら。ニニギアはこれから出来上がるであろうお好み焼きに想いを馳せる。 一段目は豚。二段目は。野菜。3枚目はイカ。 巨大ピザも真っ青なサイズのそれを手早く焼いて、間に挟む予定の焼きそばも炒めていく。 広島と関西の垣根を越えた、お好み焼きサンド。それの仕上がりが近付く度に、ニニギアの瞳が輝きを増していく。 「こんなに大きいの? うまくひっくり返せるかしら?」 すごいすごい、おいしそうだ。ふわり、ひっくり返ったそれに思わず、ちょっとだけ手を伸ばす。 「ニニ、つまみ食いしてないか?」 「し、してませんよつまみ食いなんて」 もぐもぐ、動く口に思わず笑う。さぁここからは、2人仲良くもぐもぐタイム。 とっても美味しく出来たそれに、笑みをかわしながら。頬に跳ねたソースも一緒に食べて。 2人は今日も、美味しいものと一緒に愛を深めていく。 ● 「辛口のソースとかないのかな、ボクはとにかく辛いのが好きなんだけど」 「店の隠しダマ的なモンとかはあるのかね?」 店員を捕まえて。声をかけたのはウィンヘブンと燕。 たまたま同席する事となった明、省一、アルフォンソと共にお好み焼きを囲む彼女達の要求に応える様に、新たなソースと具材たっぷりのお好み焼きが運ばれてくる。 それを眺めながら、久々の広島風、否、久々の外食に省一は舌鼓を打つ。 そういえば学生以来。折角だ、学生時代に戻った気分も悪くはないだろう。 「広島風お好み焼き、というか、お好み焼き自体が私には未体験の食べ物ですね」 食の楽しみこそ、人生においての楽しみでは最大のものの1つ。 そう考える彼にとって、どんなものを、如何に美味しく食べられるか、と言うのは、とても大切な事だ。 注文したビールを飲み干す。 さぁ、次はどんなものを食べようか。その瞳が、壁に張られたお品書きをひとつひとつ確かめていく。 「翔太! どっちが上手く焼けるか勝負だっ」 「やってやるぜツァイン! って、あれなんか上手くいかねぇ……」 たっぷりの具材。それを力一杯ひっくり返して、しかし上手く行かなかったそれに、男2人の悲鳴が上がる。 お前不器用だな。っつーかお前が言うなよ! そんな論争を挟みながら、彼らが助けを求めるのは他の仲間達。 「フ、任せろ翔太。何時如何なる状況下に置かれたとしても、完璧に裏返してくれる」 「任せてください、はい、どうぞ」 手早く直して見せる親友、そして、今回の【焼方教室】講師の活躍に、男2人――翔太とツァインは安堵の吐息を漏らす。 総勢7人。非常に賑やかな彼らと同じく、鉄板に広がるお好み焼きも非常に個性的だった。 焼きそばにキャベツは翔太。手先からは想像もつかない器用さで七海がひっくり返したお好み焼きの上には、大葉と梅。 豚玉はツァイン。因みに必死にコテガードしているが、その肉は常に優希に狙われている。 優希は今からだろうか。その隣の陽菜のそれは、薄い赤と茶色。混ざり合う香りが甘酸っぱいのは気のせいだと思いたい。 祥子のお好み焼きは変り種だ。ぺったんこにした生地に、刷毛で醤油を塗って。香ばしい香りを漂わせるそれは、お好み焼き県民的には駄目なのだろうか。非常に美味しそうである。 そして。今回の講師、祢子が講習代わりに焼き上げたのは、たっぷりのチーズとネギが乗ったネギチーズ。 非常に豪華な鉄板の上。タイミングを計っていたのだろう、優希が不意にへらを構える。 「この時を待っていた!」 くるり。綺麗に裏返ったそれが、鉄板の上に再び戻る。 思わず漏れる楽しそうな笑み。料理が下手だとしても、この瞬間が何より楽しい。達成感を感じたら、今度は腹がすいてきた気がする。 全て出来上がったら食べ始める。進む手と同じ位、会話も弾んでいた。 「七さん……手羽なのになんて器用な……」 「伊達に独り身ではありません……」 その返答は、少し寂しい気がします。 祥子流お好み焼きの人気は中々のもの。そんな彼女が手を伸ばしてみたのは、陽菜のチョコお好み焼き。 甘すぎないものを選んだからだろうか。比較的美味しい、気がする。 「お好み焼きとチョコ、意外と合うんじゃない」 驚きに満ちた声音に、優希が興味を示し首を傾ける。 「お好み焼きにチョコとは新しいな。美味いのか?」 「チャレンジャーだね優希ってば……はい、あ~ん!」 ずい、と差し出される茶色いお好み焼き。 こういう時に好感度アップ狙うべき。ほら、切り分けて食べさせてあげるなんて女子力高いじゃないですか。 そもそも中身的に間違った女子力の気配もするけれど。口に運ばれたそれの味は、やはり案外悪くなかったらしい。 「皆さすがだなぁ、料理が苦手な俺からしたら感心するよ」 「必要なら、もう1回お手本を見せてあげますよ?」 熱した鉄板の音に焦げたソースの香り。少し前まで居た故郷が、酷く懐かしく感じられる。 折角だからもう一枚。料理が苦手と言う翔太の言葉に託けて、祢子は再び、新しいお好み焼きを焼き始める。 手際の良さはやはり地元民。とは言え、地元民にとっても難易度の高いこれを成功させる人間が多いのは、リベリスタ故だろうか。 「あれ。あんたら楽しそうね、上手く行ってるじゃない」 「月隠さーん、まま、一杯どうぞ」 ふらり、顔を覗かせたのはフォーチュナ。お好み焼きを食べていた手を止めて、ツァインは彼女へと酒を勧める。 頼むのは、大学での授業の事。 見た目こそ外国人の彼だが、育ちはほぼ日本。詳しくないから、学びたいと告げれば、フォーチュナは楽しげに目を細める。 「そうねぇ、まず、月隠講師って呼ぶのは無しね。……こっちこそ宜しく」 響希ちゃんって呼んでくれていいのよ。冗談交じりの返答は、楽しげな笑い声に溶けていく。 ● 折角だし、広島風も関西風も。 食べた事の無いエレオノーラの為の提案は、不器用を自負するミカサがへらを握らざるを得ない状況を作り出していた。 「……広島風も、関西風も、こんなに具を入れてひっくり返せるものなの?」 物珍しさから興味深げに鉄板を、そしてミカサの手元を見詰めるエレオノーラが思わず、呟く。 確かに見慣れなければ凄いものなのだろう。そう、頭を巡らせるミカサはふと、思いついた様にへらを差し出してみる。 「……エレオノーラさん、ひっくり返してみますか?」 折角だから。そう、折角だからだ。 ひっくり返すくらいは出来るみたいなプライドとか。ぷるぷるしてた腕とか。 そう言うものから目を背けた訳では断じて無い。 かつん、ぶつけたグラスに透けるのは、清清しい程に崩壊したお好み焼き。 ビールにサワー。やっぱりこれだ。切り分けたお好み焼きを楽しみながら、エレオノーラが至福の吐息を漏らす。 何杯まで? 寧ろピッチャーでその侭……は、流石に厳しいかもしれないので、自重しておく。 しかし、それにしても。幾ら器用なエレオノーラとは言え、箸はやはり使い辛い。 微かに、眉が寄る。フォークを頼めばいい? それはプライドに関わるのだ。言えない。 そんな彼の様子を見かねて。ミカサは静かに、近くの店員に耳打ちする。 程なくして持って来られたフォーク、流石、対応もはや、い…… 「わーかわいーうさぎさんのふぉーくだあー」 エレオノーラの目が死んでいる気がする。でも泣かない。ビールうまいし。 ミカサの表情も思わず引き攣る。ビール飲んでるよ。この人大人です。空気読んで。お願いだから。 そんな無言の圧力が、店員に伝わるのはまだまだ先の話である。 お好み焼き。粉モノ。 それを幾らでも、タダで食べていいのだ。それも、自分でやらなくても焼いてくれる! 此処が神の国か。店では一種異様な、布団に包まると言う姿で鉄板前に横たわる小路の口許へ、お好み焼きが運ばれてくる。 「寝てばかりだと牛になっちゃいますよ? ああでも今は小さいから丁度良いんですかね」 当然全て中身を変えて。次々お好み焼きを焼いては与え、食べ、また焼くのを繰り返す桐の手際は非常に手馴れている。 もぐもぐ。何て美味しい。これこそニートのしふk……嗜み。野菜も取れちゃうし。健康になればより長く引き篭もれるし。 何これいい事尽くめ。酷く満足げにお好み焼きを食べ進める小路が、次を要求する様に口を開く。 「さあおよこし。あたしにごはんをおよこし。苦しゅうないぞ」 いや、食べすぎでむしろ自分が苦しゅうだが。 無理。出て運動するのと食べるのどちらか選べ。なら食べる。 そんな問答を繰り返す彼らも、やはり何処か楽しそうだった。 ふっくらさせる為に、生地は手早く混ぜて。やっぱりふっくらさせる為に焼き始めたら弄らない。 その2つを確り守って、てきぱきと作業を進めるそあらは、関西風派だ。 けれど折角なら。空いた時間に手早く、広島風も仕上げていく。 意外と何でも作れるのは、当然だ。だって。 「未来のさおりんの妻としてはこれくらい朝飯前なのです」 (`・ω・´) 心なしか表情も凛々しい。気がする。 「悠木様、相席いいですか?」 さささっと。寄って来たのはまお。今天井から降りてきた? 気のせいではない。 広島のお好み焼き、というかそもそも、お好み焼きを店で食べるのが始めて。 ある意味未知数の状況で、たまたま相席する事の出来たのがあの有名なそあらなら。まおが話を聞きたくなるのも当然だろう。 でも、まずは。 「では、いただきます」 くぱぁ。マスクは外して幻視も忘れて。食欲の赴くまま、まおの蜘蛛の顎が開く。 ぱくぱくむしゃむしゃ。見たことも無い動きをするそれに、そあらが驚きの叫びを上げた。 「びっくりしたのです! お口がぱかぁ! って!」 そんなそあらの反応など、まおは気にしていられなかった。 Σ( >非<) 思わずこんな顔をしてしまうくらいには、熱い。熱い。本当に熱い。 幾ら美味しそうでも一気に食べてはいけなかったと今更思う。鉄板じゅーじゅーだったんだから。 今度は落ち着いて。美味しく食べるまおを眺めて。そあらは嬉しそうに笑う。 「美味しいですか? 熱いですから気をつけて食べて下さいです」 ソースがべったり付いてしまっている事を教えながら。彼女もまた、お好み焼きを食べ進めていく。 ● 「月隠ちゃんはクールだよねぇ~かーわい。あ、今日のネイルもおしゃれだね~」 唐突な来訪で、戻って来たフォーチュナを酷く驚かせてから。 相席に殺人鬼はいかが? 首を傾げたのは葬識。 首が無くならないなら喜んで、と楽しげに笑ったフォーチュナの隣に、生ビールのグラスが置かれる。 「お誘いありがとねー。びんぼー人だからこういう御飯食べれる機会ってほんとありがたいよ~」 サービスであーんとかしてもいいくらい。そうけらけらと笑う青年に、紅の瞳が細められる。 酔っ払ってるし良い事教えてあげる。耳貸して。手招きと共に告げてから、顔を寄せて。 「……あんまりからかってると本気にしちゃうけど」 困るんじゃないの? 冗談とも本気とも付かない笑みを浮かべて。離れたフォーチュナは、鉄板に手早くそばを広げていく。 「……ん、あんた。よう、前も会ったな」 ひらひら、振られる手。視線を向ければ、何度か顔を合わせた顔に、フォーチュナが首を捻る。 少しだけ考えるように。しかしすぐに思い出した様に頷けば、手招きして席を空ける。 「あんた、あの子よね。ええと……名前が印象的だったから覚えてる。フェザーちゃんだ」 色んなところで会うわよね。趣味が合うのかしら。面白そうに目を細める女に頷き腰を下ろしてから、プレインフェザーは鉄板で焼けるお好み焼きを見詰める。 食べた事のないものに釣られて来たが、やっぱり物珍しい。 何風、と言われてもピンとはこないけれどそれでも、美味しそうなものは美味しそうなのだ。 広げられている薄い生地。そう言えば、トルティーヤと似てるかもしれない。 遠い異国。しかし彼女にとっては馴染み深い彼の地との共通点に、思わず口許が緩む。 こういうのって面白い。そう思った彼女が顔を上げる前に。手早く仕上がったお好み焼きを切り分けたフォーチュナが、新しい皿に盛ったそれを差し出した。 「あんたの地元の料理なのか? 食べ方に作法とかあんなら、教えて欲しいな」 見慣れない。興味深げに皿を見詰める彼女を見詰めて。少し考えた末に、フォーチュナが差し出したのは銀のフォーク。 箸でも良いんだけどね。そう前置きしてから。彼女は微笑ましげに目を細める。 「こう言うのは楽しけりゃ良いの。初めてなら慣れたもので食べたら良いわ」 ほら、もっと色々話しましょうよ。その声はひどく、楽しげだった。 剣に生きる鬼。剣鬼にして剣姫。 眼前の敵を切る事しか知らぬ人生を、歩んできた。 酷く神妙に。膝の上に丸めた拳を置いたイセリア。まるで盛大なオープニングとか始まりそうな雰囲気の彼女の前に、ことりと。 置かれたのはビール。そして、焼きたてのお好み焼き。 その瞳が開かれる。握り締めたのは、へら。そして皿。 「さあ食うぞ! ビールだビール!! 飲むぞっ!! ありったけっ!」 それはまさに鬨の声。ほぼ同時に凄まじく……もないスピードで、お好み焼きが彼女の口の中へと消えていく。 食を制すものこそ戦を制す。ならば逆もまた然り。 兵站を重んじることは常勝の鉄則。 だが、しかし。 イセリアは、これ以上に過酷な戦場に出会ったことが無かった。 広大な鉄板。数々のお好み焼き達。全てが魅惑。それなのに。それなのにだ。 1人ではとても全てを平らげ切れない。嗚呼、この哀しみは伝わるだろうか。否分かるまい。これを目の当たりにしなければ! ならばせめて。今、一人の修羅として無我の境地を悟り。 「……三つぐらい食う!」 要するに意外と小食なだけな気がします。 「狩生くんもこの広島風お好み焼きを目にするのは久しぶりなのかな?」 そんな騒ぎもあまり届かない、フォーチュナと隣の机。 少しだけ落ち着いた空気の漂う其処で、よもぎはゆっくり首を傾けた。 自分は写真を見たことはあるけれど、目の前で焼かれているのを見るのは初めてだ。 そう告げれば、狩生は緩く頷いた。 「ええ。……随分昔の話になりますね。近頃は余り、外食もしないので」 その昔、がどれ位昔になるのかは分からないが。 そんな返答を耳にして向き直ったのは、それまでずっとカウンターの店員の手さばきを眺めていた那雪だった。 「竜牙さん、お家で、お料理とかするの……? お酒は?」 あんまりイメージが無いけれど。疑問に思ったら聞くのが一番。 珍しく立て続いた質問に瞬きしたものの、漏れたのはくすり、と小さな笑み。 「ええ。料理は一応、人並でしょうね。……酒は嗜む程度に。浴びる程飲むのは、若い頃だけで十分だ」 意外ですか? 面白そうに目を細めながら、男は透き通った日本酒を口に含む。 鉄板に運ばれてくるのは、焼きあがったばかりの広島焼き。 危ないですから、と切り分ける青年の手元を眺めながら、よもぎはふ、と表情を緩める。 「……地域によってこんなに違いが出るのか、って、うん。ちょっと驚いている」 こういう発見があるから良いね。心なしか楽しげなよもぎに対して、取り分けられたお好み焼きをすぐに口に運んだ那雪は涙目だ。 熱いのがベスト。そう聞いた。でも、これはちょっと熱すぎる。美味しい。でも熱い。そう瞳を潤ませる彼女に差し出されるのは水。 「……竜牙さんは、火傷、してない?」 礼を言って水を飲んでから。尋ねてみれば。返るのは勿論、と言う笑い混じりの答え。 ぱちぱち、跳ねるソースと共に。楽しい時間は進んでいく。 ● 食事というのは感謝の連続だ。 得られる食事に感謝し、作ってくれる料理人に感謝し、食材に感謝する。 一片残さずすべて、無駄にすることは許されない。 だから。食べにきたんだ。ここに、粉モノを。 最後が無ければすごく格好良かったかも知れない。はい次。と言わんばかりに手を挙げた有紗の前に、次のお好み焼きがやってくる。 リベリスタの大食漢。一般人のそれとは比べ物にならない量をその細い身体に収めようとするのは、彼女だけではない。 「……自分で作る時なんて具は無いも同然ですからね」 ソースも遠慮せず。もう兎に角ゴージャスな店のお好み焼きを堪能しよう。 何時もと変わらず黙々と食べ続けるリーゼロットの隣では、アルトリアがやはり、手を止める事無く黙々とお好み焼きを食していく。 そばの分、ふんわりとした、と言うよりは確りとした歯ごたえが楽しめる。 野菜にそばに、麺に卵。複雑に絡み合う味わいはとても重厚で、其処に合わさる焦げたソースの香りは殊更素晴らしく感じられる。 「主人、代えを頼む。次は豚平焼きを」 とりあえずお品書き全制覇は必須だろう。すぐに運ばれてくるそれの、丁度いい焼き加減に思わず溜息が漏れる。 うん。今日も食が進んでしまう。 三高平の食事代表と言ってもいい二人に負けないペースで、有紗も食べ続けていた。 そばならばストップというまでそばは出続ける。でも、これはお好み焼き。 つまりお好みのうちはいくらでも食べられるってことだ。 そんな独自の理論を展開して。彼女は再び手を挙げる。 「一人前、二人前。それじゃ足りないね。十人、二十人、どんどん持ってきなさい。私が食べ続けてあげるから」 勿論感謝は忘れずに。流石と言うべき食べっぷりである。 そんな彼女達の元に。ふらりと現れたのは守夜。 「焼きそばの入った広島のお好み焼きを食ったら、そばなしじゃ物足りなくなった」 そう、笑顔で告げて席に着いた彼は、店員へとお好み焼きの注文を告げる。 自分で焼くよりも、やはりこういうところでは焼いてもらった方が美味しいし。 殆どが知り合いの空間で、彼もまた、広島焼きを存分に楽しんでいた。 なんと! はいぱーだいすきなお好み焼きを、ゆーしゃは自分で焼いてしまうのです! 店員の手際を確りと見て。自分のものにしたイーリスは、それこそ何か、大きな敵に向かうような表情でへらを構えていた。 ゆーしゃたるもの、何事も挑戦。一発勝負だろうと受けて見せよう。 ぱちぱち、跳ねる音が聞こえる。そろそろ。きっとそろそろだ。見極めて、よし、此処! 「たりゃあっ!!! 必殺! イーリス返し!!!」 ひゅんっ、と。音を立てて裏返るお好み焼き。 上手くいくか? 流石に無理である。勢い良過ぎて。 べしゃり、広がったのはお好み焼きだったもの。辛うじて鉄板に戻ったそれを見つめて、沈黙。 沈黙。 更に、沈黙。 ちゃんと食べるよ。悪いの見た目だけ。そう見た目だけなの。味はばっちり。だから本当に、その、こっちを見るのは止めて欲しい。 「……ごめんなさいです……でもちゃんとおいしいのです……」 焦げてないはずなのに、ほんのり苦いのはきっと、気のせいだ。 「作るほうなら任せとくれっ!! だてに食堂やっちゃぁいないからねっ」 てきぱきと。実に慣れた手つきで生地を広げる富子の周りにも、リベリスタは集まっていた。 作るのは言うなればお富風お好み焼き。味には自信があるのだろう、周囲の仲間に笑顔を見せながら、彼女は手早く、焼きあがった生地を裏返す。 かりっかりに焼けた豚バラ。とろろ芋たっぷりの生地は、恐らく口に含めば優しく崩れる様な食感だろう。 お好み焼きはとろろ芋だと私も思います。仕上がりはもうすぐだよ、と笑う彼女の横では、その腕前に興味を示したカイが手伝いがてら鉄板を覗いていた。 飲食に関わる仕事をしている者として、良く耳に入る富子の料理を是非とも食べてみたい。 そう希望する彼もまた、慣れた手つきで皿や箸を並べていく。 「完成だよっ! さぁアンタ達、好きなだけ食べとくれっ」 たっぷりのソースとマヨネーズをかけて、熱で踊る削り節をたっぷりと。 食欲をそそる匂いを漂わせるそれを切り分けた富子が、次々に近くのリベリスタへと皿を回していく。 「あ、ありがとうございます……」 受取ったお好み焼き。何処か懐かしいような、けれど薄い膜を隔てた様に手の届かないそれに、リサリサはそうっと、溜息を漏らした。 一口。熱さと共にふわり広がる味に、思わず表情が緩む。 富子の持つ、大きな愛。それが料理にも、そして勿論、本人の纏う雰囲気からも溢れている様に感じた。 ずきり、頭が痛む。何か見えた気がしたけれど、やはりそれは掴めない。 なら、今は。 「ごちそうさまでした、ワタシにもなにか手伝わせていただけませんか?」 気を取り直して、手伝いを。そう皿を取った彼女の手元を、じっと見つめる気配がひとつ。 うるうる。今にも大粒の涙を溢しそうなルカルカの瞳が、リサリサを、否、その手の中のお好み焼きを、見つめている。 羨ましそうに。今にも死んでしまいそうに。その視線は、心の底から施しを望んでいた。 「おい、ルカに恵m……恵んで頂戴」 広島でも鹿児島でも屋久島でも何でも良いんで。もう1週間食事らしいものにありつけていない彼女にとって、これは死活問題だった。 なら自分で焼けばいい? それは無理だ。鉄板こわいし。触ったら熱くて火傷したし。はらへりなルカに何てトラップだろう。 はいどうぞ。差し出されたお好み焼きを、勢い良く口に放り込む。 実はこれで5枚目だって言うのは、内緒である。 ● そんな、賑やかな店内の片隅で。 個人行動と言わんばかりに黙々と食事を進める影もちらほらと、見られていた。 香ばしいソースの香りに混じって、明らかに異質な、甘ったるい匂いを放つナニカを焼くゐろはは、一人黙々とそれを食していた。 ソースですか? いいえチョコレートソースです。 マヨネーズですか? いいえカスタードクリームです。 生地はもしかしたらホットケーキミックスかもしれない。甘い甘いお好み焼き(?)を食べる彼女は喋らない。 無言。完全な沈黙。美味しいの? と尋ねたくなるが、実はもう店員に尋ねられた後だったりする。 無言のサムズアップ。相当美味しいらしい。チャレンジする勇気はないけれども。 飽きたら今度はケチャップ。マスタード。豆板醤。ラー油。酢。 切り分けたブロックごとに手を変え品を変え。幾ら飽きが来ない様に、とは言っても見てるこっちからしたら相当凄い。寧ろやばい。 そして、もう一枚。広げて焼きあがったそれに塗るのは、今度こそソースと、マヨネーズ。 「やっぱこれだよね~」 あっと言う間。計3枚平らげた彼女は満足げに息をつく。 タダメシハオイシイネ! なんて。そんなに華やかな格好で、庶民っぽい事言わないで欲しい。 タダ飯っていい響き。そんな事を呟くのは、何もゐろはだけではない。 そこまで困窮していなくとも、やはり人はタダ、と言われれば惹かれるものなのだろう。 お供はビールのみ。やはり1人黙々とお好み焼きを味わう弐升は至福の味わいにしみじみと頷く。 うん、これで明日も戦える。 因みに、彼らは選択ぼっちというかぼっちが良かった人たちである。曰く。 「モノを食べる時は、誰にも邪魔されず自由で……」 要するに、騒ぐのも悪くは無いけれど、今回はゆっくり1人で楽しみたかったのだ。 しかし。中にはやっぱりぼっち悲しいってひとだって居たりするのだ。 「第27回! チキチキ☆ベネ研お好み焼き大会!!」 どんどんぱふぱふー♪ 効果音自分で言っちゃう辺りが何より寂しい。弱点:ぼっちと言う肩書きをそろそろ背負ってもいいんじゃないかな、な舞姫は鉄板をじっと見つめる。 右側には、焼きあがったばかりの広島焼き。 左側には、広げて返すのを待つばかりの関西焼き。 「ここだっ、えいやぁっ!!」 ひゅん、と、華麗に舞うへら捌き。けれど。 見事に空中で半分に分かれたそれに、一瞬だけその表情が引き攣る。いや、未だだ、本番は此処から。 食べ比べ食べ比べ。おいしー、と表情を緩める彼女の視線はやっぱり、関西風を見なかった事にしたいらしい。 なんとか全て食べ終えた彼女が、フォーチュナに革醒した! と経費でクレープを希望するのは帰り際である。 行けたかどうかは、ご想像にお任せする。 手にはお玉。そして生地の入ったボウル。目の前には、キラキラ輝く期待の眼差し。 もしかして杏、焼ける? 本場の広島お好み焼き! そう、瞳を輝かせて真独楽が杏を見上げたのはほんの数分前の話。 愛しい愛しいまこにゃんのお願いだ。アタシ頑張る。 そう決意を固める杏だが、実際そんなに自信は無かった。 確かに広島出身だけど、自分で作った事は無いのだ。作ったとしても混ぜ焼きだったし…… まあ、光景自体は良く見ていたのだから何とかなる、かも知れない。 覚悟を決めて。大丈夫、大事なのは躊躇しない事だ。 お玉で手早く、大胆に生地を広げる。多少の厚みは気にしない。 真剣な表情の杏に、真独楽も思わず息を飲む。 広島焼きは難しいらしい。もし失敗しても大丈夫、そう告げようとした言葉は思わず飲み込んでしまった。 手順はばっちり。重ねた具材、蒸しあがったキャベツ、それらが安定したところで2本のへら。 身体全体を使って、躊躇しないでひっくり返す―― ふわり、少しだけ崩れたけれどほぼ原型を保って裏返ったそれに、思わず安堵の溜息が漏れる。 「ごめんねまこにゃん、少し崩れちゃったわ……」 「ううん、お友達と一緒に食べたら楽しいもん、きっとおいしいって!」 それにとっても上手だったよ。そう告げる笑顔に、つられて笑みが漏れる。 手早く切り分けて、熱いからお皿に乗せて、箸を添える。 「はい、まこにゃん、ふーふーしてあげるわね」 「うん、じゅうぶんおいしいよ! ……はい、杏もあーん」 どう見ても女の子同士にしか見えないが。とても幸せそうである。 「こんばんはー。隣いいですかっ?」 その邂逅はまさに、偶然だった。 店内に入ったチャイカの目に、最初に留まったのはカウンターで黙々とお好み焼きを食べる零六の姿だった。 日本でこういうものを食べるのは初めて、作法があるなら知りたい。 臆面無く無邪気に。かけられた声に酷く戸惑った表情を浮かべたものの。彼もまた拒みはしない。 「ん、あぁ……俺も詳しいわけじゃないんだが……」 まぁ、へらで切って皿に取って、箸で食えば良い。嫌な顔もせず丁寧に教える彼に、彼女もまた楽しげに話に耳を傾けて言われるまま食事を進めた。 嗚呼美味しい。そう、表情を緩める少女は、どう見ても見慣れぬ顔だ。 新入りか? そう尋ねれば、あ、はい! と元気のいい返事が上がった。 「あ、私チャイカって言います。チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ。……ロシア語で、カモメさんって意味なんですよ」 「……チャイカちゃんか。俺は神守零六だ」 少しだけ間の空いた返答にも表情を変えず、伝えられた名前を復唱する彼女は、酷く嬉しそうに笑みを深める。 「神守零六……良いお名前ですね。日本人の名前にはとても深い意味があるって聞いています。 そうだ、レイムだからレイと呼びましょう! ふれんどりーに!」 きゃっきゃ、と。楽しげに笑う彼女を一瞥して。彼は少しだけ、思考の淵へと沈みかける。 名前の、意味。微かに変わった表情に、目の前の少女の首が傾く。それに気付いて、彼は慌てて首を振った。 「……何でもねぇ。ほれ、食うぞ、冷めない内にな」 たまにはこんな出会いも、悪くないかもしれない。 ● るんるんと。楽しげにお好み焼きを待っていた終の前に、漸くお好み焼きが運ばれてくる。 家では家事担当。今日は偶然にも両親が居ない日。なら、大好きなお好み焼きを楽しもう! 目の前で広がる香ばしいソースの香りに、その表情が緩む。 「熱々うまうま、ソースの匂いさいこー☆」 準備はしなくていいし、お皿洗いもしなくていいし、しかも美味しいし。 その上経費は全てアーク持ち。これぞ最高の節約。家計に優しすぎる。 お財布も心もあったかくなりながら。お好み焼きを楽しむ終の頭に過ぎるのはやっぱり、両親の事。 鉄板料理はあんまりやらないけど、たまにはやろうかな。でも。 「2人の帰りが中々合わないのがな~。仕事だから仕方無いけど……」 ほんのり、滲んだ寂しさに少しだけ、眉が下がる。 「…どうした、ジース。余り箸が進んでいない様だが」 焼いたお好み焼きを食べ進めながら。 拓真は不意に、其方を見る事無く問いを投げ掛けた。 久々の食事。尊敬すべき師匠と共に居る時間は、何時もなら楽しい筈なのに。 箸どころか会話すら弾ませる事の出来ないジースは、胸につかえた棘に微かに眉を寄せて、微かに口を開いた。 この間の戦いで、助けられなかった命があったのだ、と。 「俺は、彼女の仇だと怒りに我を忘れ、救出を後手に回しました。助けられたかもしれない命をです」 だから、次は必ず助けると誓った。でも救えなかった。 命の重みはこの手から消えていった。護りたかったものは嘲笑う様に指の隙間をすり抜けた。 また、目の前で、自分は命を失ったのだ。自分の、せいで。 歯噛みする。悔しさは胸を苛んで、吐き出しても痛くて痛くて堪らない。 そんなジースに、投げ掛ける言葉はきっと普通なら、優しい励ましだろう。 けれどそれが為にならない事を誰より理解している拓真は、その鋭い眼光を彼に向ける。 「……お前はそうやって、それを理由に逃げるのか?ジース」 かたり、箸が置かれる音。底冷えする様な強い視線に思わず姿勢を正したジースに、彼の言葉は続く。 悔やむのはいい。けれど、命は重く、消えれば二度と帰らない。 ならば、それ以上にすべき事がある。そう、告げる。 きりが無いのだ。リベリスタをやっている以上、手から滑り落ちる命など両手の数ではとても足りない。 悔やむ事は、顧みる事は成長を促すけれど。其処に留まり続けるのなら、それはその命への冒涜だ。 「言い訳をしている暇があるのなら、お前のこれから行うべき事だけを数えておけ」 冷ややかに其処まで告げて。けれどふと表情を緩めた拓真の手が、ジースの紅の髪へと伸びる。 くしゃり、撫でられる感触。 「……結果はどうであれ、お前は命救ったんだ。諦観は何も生まない、それを誇れ」 「……、……このお好み焼き、美味しいですね」 じわり、視界が滲む。味なんて、もう分からない。 自分の為に。重ねられた言葉は何より、胸に染みた。 「レナーテさん、お好み焼きのご経験は?」 「……なんでそんな微妙に堅苦しい感じの言い方なの」 作ってみた事はあるけれど、焼きそばの残骸みたいな仕上がりになってしまったと言う快と。 一応出来たけれど、無難だなぁ。という感想以外何も沸いてこないものになってしまったレナーテは、目の前で音を立てる仕上がり済みのお好み焼きを挟んで、グラスを交えた。 「広島風のお好み焼き、俺の地元だと屋台でよく見かけるんだよね」 大きな鉄板一杯に並べられたそれをくるくる裏返していく様は、見ているだけでも面白いものだ。 関東圏の祭では良く出ているそれは、幼心に食べたくて仕方なくなるもののひとつで。 頻りに親に強請ったなぁ。そんな回想の言葉に釣られたようにレナーテも首を傾ける。 そう言えば、じっくり見たことはなかったように思う。子供時代なら見ているだけで誘われるのも当然だろう。 今度見に行くのも面白いかもしれない、そう思案する彼女がビールを傾ける中、ふと思い出したように快が視線を投げる。 「そういや、レナーテさんは小さい頃はドイツだったっけ?」 あっちに粉ものって無いよね。そんな問いには、そうね、と軽く頷く。 「私の子供の頃は屋台って言ったらソーセージかクレープか……ああ、あとケバブか、って感じだったからねえ」 粉もの、とは案外日本独特なのかもしれない。故郷の違いを思考しながら、2人は食を進めていく。 「ねえねえ、お好み焼きの作り方ってこれでいいの?」 日本には来たばかり。だから勿論、お好み焼きなんて食べた事は勿論、焼いた事だって無い。 でも、今回は特別だ。食べられる上に自分で焼く事も出来てしまう。 難しいとは聞いたけれど、リベリスタならきっと出来る。そう信じていたものの、手順が不安な彼女が声をかけたのは、周囲をふらついていた櫂だった。 「……ええ、合っていると思うわ」 何時ものヘッドホンは外して。団欒、何てものには慣れていないけれど。精一杯の配慮を見せている彼女もまた、セラフィーナの前でへらを握る。 折角だ、広島風……否、麺入りお好み焼き、自作してみよう。 たっぷりの野菜と肉を放り込んだそれを混ぜ混ぜ、じゅー。 手首を使ってひっくり返して、けれど崩れてしまったそれに、セラフィーナの眉が下がる。 嗚呼でも、結構楽しいかもしれない。そう思えば表情も自然と、笑みに変わる。 「これを食べたら、またやってみよう。今度こそ成功させるよ!」 そんな彼女の横で、櫂もまた仕上がった、ほんの少し型崩れしたお好み焼きを口に運ぶ。 悪くない。食後はアイスカフェオレを楽しむとして。取り敢えずは。 残飯が革醒、なんて事にならないように確り、食べきろうじゃないか。 ● 「どーする? デカいんでも作るか? それとも皆で思い思いのモン作って分け合って……まあそっちの方が楽しいよな!」 定番の広島風の生地を注文して。創太は楽しげに声を上げる。 さっと拡げた生地は少しだけ歪だが、その手つきは明らかに手馴れたもの。 豪快さと繊細さ、両方を求められるそれを手早く裏返していく彼の手元を覗く夏栖斗は、酷く楽しげに相手の顔を見上げた。 「お! 創太、結構手際いいな、感心感心!」 「別に。彼女もいねー一人暮らしだ、料理くら………って御厨テメェ!」 テキ屋でバイトでもしてたの? そう首を傾げながらも、仕上げられたお好み焼きへとマヨネーズで何やら書き込んでいく。 D T でかでか。たっぷりと後から乗せたネギの上に書かれた文字に、創太が復讐する前に。 「ちょっと御厨夏栖斗! 食べ物で遊ぶなっ!」 入ったのはアンナの鋭い突っ込み。 夏栖斗と同じく食べる専門。理由? やっと揚げ物が出来る様になったばかりなのに、こんな器用なもの出来る訳ないからです。 「あ、アンナも食えよ! ネギのせも美味いなぁ……あ、おでこに青のり!」 慌てて話題を逸らす様に。その指先が示したのは、綺麗に秀でたアンナのおでこ。 即座にお手拭で額を擦る。あれ? 何もついて…… 「……何もついてないじゃない! こらーっ!」 本日二度目のアンナの叫び、入りました。 ほんの少しだけカロリーは気になっていたけれど。それさえ吹き飛ぶ位に楽しいひと時に、思わず吐息が漏れる。 物騒な近頃。だからこそ、こう言う機会は大事にすべきだ。彼女はそう思いながら、夏栖斗が配った水を口にする。 不意に。相変わらずちょっかいを掛け合う夏栖斗と創太に、悠里が酷く神妙な顔を向ける。 「――彼女がいても料理上手とは限らない。それを理解しておいたほうがいい」 エンジェルマジ可愛いとか言うリア充が言うと、何だかとっても重いです。 先程から苦戦している仲間のお好み焼き作りを手伝う様子を見ていると、余計に。自炊もきっと完璧なんでしょうね。 「まぁそういうとこも可愛かったりするわけだけど!」 あ、結局惚気でした。 周りよりほんの少しだけ年上の悠里は、楽しみながらも何処か、遠慮するように笑みを浮かべる。 その様子に気付いたのだろう。ベーコントマトを楽しむ夏栖斗が、不意に鉄板に広げてある塩焼きそばを指差した。 「あ、ここの塩焼きそばうめぇぞ! 悠里も食えよ!」 「ん、ありがと夏栖斗。……よし、すいませーん! 生中ください!」 折角だし。やっぱり此処は、飲んじゃおう。 楽しげにグラスを傾ける悠里の横では、エリスがじーっと、己のお好み焼きを見詰めて居た。 匂い。重なっていく具材。それを確りと押えて成形する。 蒸し焼きでじっくりと仕上げるこの時間が、とっても待ち遠しい。 「どんな……味に……なっているか……楽しみ」 勿論。これを皆で切り分け食べるという楽しみがあるからこそ、だが。 皆で焼くのも楽しいが、やっぱりお店の人に作って貰うものも食べておきたい。 特に、見た事が無いものなら尚更だ。 そんなユウや小太郎のリクエストに応じて運ばれてきたお好み焼きに、思わず彼女達の瞳が輝く。 「おおお……これが広島風お好み焼き!」 あちらでは主食と目される程にポピュラーなものだと聞いている。ああ、何て素晴らしい炭水化物イズム。 胃袋がキュンキュンうずいちゃいます。なんて。何時も思いますが、お姉さんが言うとアレです。 「お行儀悪いですがガブりと! いっちゃいます……あ、前歯に青のりくっついちゃった」 そんな彼女の横で、小太郎もまた、お好み焼きに手をつける。 普段は外食なんてしないから、とても楽しみだ。 口に広がる旨みに思わず表情が緩む。関西風とは違う旨みがまた堪らない。 「色々と知らないことを知るというのは良いですね。……あ、炭酸飲料とも合う」 またひとつ、新たな発見が増えたようだ。 「折角教えて頂きましたから、皆さんにも」 そう言ってへらをとったのは京一。流石子供大好き、お父さんの鑑と言うべきだろうか。 自宅でも手軽に出来る関西風のコツを聞いたらしい彼の手際は、元々の技術もあるだろう、実に見事だ。 くるり、裏返ったそれは綺麗な狐色。程よい焦げ目に、満足げに頷く。 その姿を眺めるドーラは、初めて見る光景に楽しげに瞳を輝かせていた。 初めて食べるものへのワクワクだけではなく。皆で食べるというのは楽しいものだ。 「おお、この食材はこうやって楽しむのもありなのですね……私も次、試していいですか?」 「ええ。私で良ければ教えますよ」 好奇心旺盛。楽しげに鉄板を示すドーラに、京一もやはり、楽しげに応じる。 ビールを飲んで楽しむのも良いけれど、やはりこうして作るのが性に合っているのだろう。 たっぷりのソースを塗られたそれが、仲間内で配られていく。 それを受取って、麻衣もまた、満足げに食事を進めていた。 住んでいた地域的に、良く見ていたのは関西風。しかし、どちらが本場だとしても、美味しいものだから否定出来ない。 ウーロン茶のグラスが揺れる。やはり美味しい。でも、何時もより更に美味しいのは。 「……皆とわいわい食べるのが一番ですね」 楽しさと言うスパイスは、どんな料理にでも合うようだ。 ● 賑わう店内の中、たった一人だけ。 半ば壁と向き合うようにしてぶつぶつ、何かを呟き続けるのは珍粘……基、那由他だった。 最近全くいいことが無い。怪我は多いし失敗ばかりだし。 でも今日はそれを忘れるのだ。そう決めた。汚れてもいい服(ジャージ)も着てきたし。ばっちり。大丈夫。 「じゃんじゃん、持って来て下さい。後、なんかお酒も!」 食べて食べて飲んで飲んで。嗚呼いい気分になってきた。 ふわふわ、酔いの回った頭から理性と言うものがぶつり、と飛ぶ。 ぐたり、机に突っ伏して、偶々近くに居た義弘を捕まえて、彼女は語り始める。 「私だって格好良く決めたいんですよー。それなのに、名前がねー。格好悪いのよー。残念なのよー」 ちんねんってつけるとかひどいでしょー。ありえないでしょー。 泥酔間近。とろりと蕩けた声音は只管に、自身の名前を貶し続ける。 「ちがーう、わたしのなまえは、なゆたなのー……ちんねんいう、な……」 かくり、その頭が落ちる。聞こえてくるのは寝息。 漸く寝たか。絡まれ続けた義弘は溜息混じりに酒を傾ける。 餅は餅屋。折角だから焼いてもらったお好み焼きを食しながら、彼は彼なりに彼女の労を労ってやったつもりだ。 まぁ、覚えているかは甚だ疑問だが。 それにしても。いい店だ、と義弘は思う。神秘に理解があるところまで完璧。 「気兼ねなく食えるし、今後通ってしまうかもしれないな」 漏れた言葉に、店主が嬉しそうに是非! と声をかける。 あまり大きくは無くとも、その雰囲気の良さは中々のもの。彼は楽しげに、新しい酒を注文する。 これで何度目だろうか。 鉄板を挟んで向かい合い。宗一が面白そうに目を細める。 「……まあ食べるの好きだよな、霧香は」 「……そうだよ、好きだよ食べるの! だって美味しいじゃん!」 気恥ずかしげに、しかし素直に認める霧香に、宗一の瞳に揺らめく悪戯な色はより濃さを増す。 けれどまぁ、先ずは。 喋りながらも手を動かしていた宗一のへらがくるりと返れば、ほぼ完璧な状態でお好み焼きも裏返る。 男の料理が豪快なだけだと思ったら大間違いである。 ソースを塗れば即座に漂ういい香り。 「さ、焼けたぜ。召し上がれお姫様、なんてな」 目の前で一気に紅く染まる顔に、思わず笑いが漏れる。 喉を鳴らした彼がお好み焼きを食べる様を、ほんの少しの悔しさと恥ずかしさを孕んだ瞳で見上げながら。 霧香はそっと、溜息を漏らす。 あんな事言ってるけど。実は、からかわれているだけだったりして。 真意はわからないけれど、でも。今食べているこれがとても美味しいから。 少しだけ沈みかけた表情も笑みに変わる。 「うん、美味しいっ。宗一君ももっと食べようよ!」 はいはい。そんな返事と共に、2枚目から店の人に焼いて貰ったものを食していく。 とても美味しそうに。躊躇い無く食べ進めていく姿は、見ているこっちの気持ちも幸せにしてくれる。 自然と交わる瞳。その瞳に滲む優しさに、霧香が気付くのは何時になるのだろうか。 「モノマ先輩!! お好み焼きですっ! おそばも入ってるです!!」 「お好み焼き屋だからそりゃお好み焼きがでてくるだろう。うまそうじゃねぇか」 お腹一杯まで食べ尽くす。そう決めやってきたモノマは、声を弾ませる恋人の頭を優しく撫でてやる。 何時ものお腐れ様は何処へやら。きらきら、瞳を輝かせた壱也は非常に愛らしい。 冷めないうちに手を合わせて、きちんといただきます。 うん、うまい。ボリューミーで豊かな味わいに舌鼓を打つモノマの横で、熱々のそれを一気に口に入れた壱也は涙目で口を押さえていた。 食べる前のふーふーって、すごく大事です。でも美味しい。 「熱いもんは熱い内に食った方がうまいが、舌火傷しねぇようにな」 「うう、もう火傷しちゃったかもしれません……」 水を一口。冷めるのを待つ内は、大好きな先輩に寄りかかって少し休憩。 よし、きっともう冷めただろう。手をつけて、程好い熱さのそれに満足げに頷く。 これで3皿目。壱也がご馳走様でした、と呟けば、モノマもまた、きっちり手を合わせてからその身を横たえる。 頭は勿論、壱也の膝の上。 うとうと。満腹と優しい温もりに眠りに誘われる恋人の頭を優しく撫でて。 壱也もまた、満足げに笑みを漏らした。 「広島風かぁ……よーし、いっちょ焼いてみるのに挑戦してみるか!」 関西の方なら馴染み深いけれど、こういうのは初めてだ。 けれど、フォーチュナの言う通り、とても美味しそうだから。そう頷いて見せる木蓮と共に、龍治も運ばれてきた生地を鉄板に拡げる。 他ならぬ木蓮がそう決めたなら、付き合ってやる他あるまい。 だが。周囲を見る限り、これは非常に難易度が高い様に見えるのは気のせいなのだろうか。 取り敢えず店員に作り方を確りと聞いてから。彼は堅実に、黙々と作業を進めていく。 「……なぁ、焼けたらそっちのも一口貰っていいか?」 沈黙を破ったのは木蓮。不意の問い掛けに微かに視線を動かした恋人に慌てて、自分のはあるけれど、その、と言葉を探す。 自分のは、そう、ある。あるけど。……そこにあるのは、大好きな恋人が焼いたものだ。 もごもご、口篭りながら告げる彼女を再度、一瞥して。 龍治は構わん、と頷いてみせる。 「そちらの出来は……、ああ、聞くまでもなかったか」 明らかに焼き目というか、焦げ目の付いたそれに、微かに笑う。 後は食べるだけ。切り分けて、食べる最中ふと、木蓮の表情が一気に緩む。 焦げてしまったものだって、彼は躊躇わず食べてくれる。嗚呼、やっぱり自分はこの人が、大好きだ。 ビールを傾ける恋人と。家でまた作ろう、と約束を交わす彼女は実に、愛らしかった。 ● 「みんなー、こっちこっち」 ひらひら、手が振られる。総勢5名。【MAC】のメンバーは、美雪の運転で店までやって来ていた。 先ずは注文。明太チーズやベーコントマトの様な変り種を中心に。 その横では、美雪が広島焼きに挑戦せんと店員の教授に耳を傾けていた。 せっかくだから挑戦。注文の品がやってくるまでの間に試したそれは、少し崩れたものの悪くは無い出来上がり。 続いて運ばれてきた店のお好み焼きも合わせて。漸く、宴会は始まった。 「ボリュームがあるよねえ。熱くて美味いな。あ。飲み物もいるか」 疾風が注文を告げる中、遥香は嬉しそうに食事を続けていた。姉が、たまには2人きりではないのも如何かと嬉しいことを言ってくれたから。 今日は目一杯食べる。ソフトドリンクも飲み干す勢いで。 新体操時代の食事制限を取り戻すように。姉の作ったものと、店の焼いたものを食べ比べる。 「はふは、うんおいひい、ひあわせ~」 あ、あるなら焼きそばとソーセージとポテト追加。そう宣言する彼女の頭からは既に、比べると意識は飛んでいるようだった。 関西風と広島風。別れてはいるけれど、ルーツを辿ると「麩の焼き」になるらしい。 そんな豆知識まで披露してみせる疾風の後ろから。顔を出したのは席を回っているのであろう響希だった。 「へぇ、物知りね祭雅クン。……どーも、顔出しに来ちゃった」 そんな彼女に話しかけるのは美雪。 まずはお酒。そして、作ってみた広島焼きを進めながら、大学の話に華を咲かす。 美味しかった、また学校で。そう立ち去ったフォーチュナを見送りながら、瑛もまた、広島風を楽しんでいた。 初めて食べるけれどとても美味しい。何時もなら1枚で十分だけど、折角だから頑張って2、3枚目も。 その彼女の隣では、一度も見た事もない鉄板と、その上のものに怪訝な表情を浮かべる蒼龍が、1人静かに、ミカンを取り出していた。 「ああ、ではそろそろみかんを焼こうか」 「蒼龍さんはいつも焼きミカンですね♪」 にこにこ、瑛は見守っているけれど。前代未聞である。 今日だけはいいですよ。そんな店員の譲歩にそっと焼き始められたみかんを眺めながら、蒼龍はそっと吐息を漏らす。 疾風や神宮寺姉妹との食事は初めてだ。瑛と何時も一緒だが、仲間とこういうのも、中々良い。 隣の彼女は何時だって、とても幸せそうに食事をしてくれる。 だからこそ。この笑顔を護っていかねばと、自分は思うことが出来るのだ。 「トマトジュースをいただこう、……ないのか?」 ここは何の店だ? 傾げられる首。見ての通り、お好み焼き屋です。 くすくす、笑い声。楽しい宴はまだまだ、終わりを見せない。 「料理は数少ない私の取り柄……お好み焼き作り、頑張らせて頂きます!」 ぐっと、拳を握って。決意を固めるシエルの腹の虫が、唐突に鳴る。 一瞬、固まる表情。真っ赤に染まる彼女の視線の先、零二は微笑ましげに目を細める。 「おや、かわいらしい腹の虫だ」 一緒に食べよう、それが楽しみで来たのだからと告げれば、嬉しそうにシエルも微笑む。 焼き上がりは待ち遠しいけれど、始まってしまえばあっと言う間。 絶妙な焼き加減に仕上がったそれを取り分けながら、シエルはじっと、相手を見つめる。 落ち着いた物腰の紳士的な相手。経験豊富な彼は、どんな風にお好み焼きを食べるのか。そもそも、好きなのだろうか。 それに、気になる事はまだまだある。例えば昆虫採集に詳しいところとか。知れば知るほど、不思議で仕方無い。 「ふむい、おふぁはい……ん、気付かぬうちに、旨いものは頬張って食べる癖がでてしまった」 ほら、今だって。豪快に笑う彼の新たな一面は、シエルの想像も及ばないものだ。 けれど。 「その……こういう時間も悪くないものですね……」 何時もは後姿しか見る事叶わぬ相手。それをこうして面と向かって食事を出来る、なんて言うのはなんて嬉しいことだろう。 そう、目を細める彼女へ。 お好み焼きを頬張り続けていた零二は不意に、真直ぐに視線を投げる。 「もうすぐ夏だ。子供達が遊ぶには良い時期だね。……子らが、健やかに時を重ねられるように。 そして、またこういう時間を楽しめるように、」 オレ達は戦っているんだろうね。漏れた言葉に、シエルも頷く。 帰りは送っていくよ。そんな約束の声は、すぐに喧騒に消えていく。 ぱちぱち、跳ねる油と共に焼き上げられるのは、ブタモダンと豚玉。 食べた事は勿論、見た事も作った事もないそれに興味津々のリルの前で。 凛子は手早く生地と肉を重ね、味をつけたそばに乗せる。 「余り押さえ付けるとふわっとしないんですよ」 「凛子さん料理の手際すごいッスね。いつでもお嫁さん行けそうッス」 何時かは自分で作ってみたい。そう真剣に手元を見詰めて居たリルが思わず呟く。 普段見られない姿、と言うのは新鮮だ。 その手際の素晴らしさは勿論、賞賛に値するけれど。 こうして見る事の出来た新たな一面に、知らず知らず胸が高鳴ってしまう。 仕上げのトッピングはチーズ。食べやすく切り分けたそれを凛子が渡せば、リルは嬉しそうにそれを掬い取った。 凛子さんのも欲しい。そう告げれば冷まされてから差し出されるブタモダン。 「美味しいですか?」 「はいッス。凛子さんも。あーん、ッスよ」 お返し、と差し出したリルが、今度はその口元についたソースを拭われ胸をときめかせるのは、また別の話である。 潰して、整えて、引っくり返して……うん、上手に焼けた。 一人暮らしと飲食店バイト掛け持ちという哀しくも逞しい日常生活で得たスキルを存分に発揮したダンテの横では、千歳が漏れ出す笑い声を堪え切れない様子で相手を見詰めて居た。 誘えちゃったし沢山お話しなきゃ。何度も何度も話しかけては見るのだが、作業に集中するダンテの反応は芳しくない。 「ほんと、いいお嫁さんになれるよ!! んふふっ」 どちらかというと発言の内容が問題なのかもしれない。 もぐもぐ。出来たそれを食べる。大丈夫、やっぱり美味しいなぁ。ダンテが半ば現実逃避気味にお好み焼きを食していれば、千歳がいきなり立ち上がる。 「ちょっとおおおおおおおおおおおお!!!!! 普通上手くできたのを彼女に渡すでしょ!? そうでしょう!?」 何で自分だけ……嗚呼でも、そんな所が好き! 虐げられればられるほど。阻まれれば阻まれるほど。愛って奴は深まってしまう。ああ、ダンテって何て罪作りな男なんだろう。 ツンデレ最高。本当にもう、仕方の無い人。愛してる。愛してるんです。ええ。一方的だけどね。 た だ 一 方 的 に 愛 し て る 。 ぞっと、ダンテの背を寒気が走る。急に黙った千歳が怖い。 おぞましいオーラも、感じる、気がする。 「お、おこのみやき楽しみたい、なぁ……」 ぼそり、漏れた本音が叶う日は来るのだろうか。 ● 「いいですか?我が孤児院は、アークからそれなりに援助してもらっているとはいえまだまだ貧乏なのです」 自分達の様に、リベリスタとして活動していない子供達も居る。 当然、食費だって馬鹿にならない。 店の一角。酷く神妙な顔で言葉を始めたエリエリが、勢い良く立ち上がる。 「ゆえに! 今日はここで食事を終わらす覚悟で! 片っ端から食べてもらうのです!」 否、寧ろ数日分蓄えるつもりって言うか蓄えろ。 にっこり笑顔。でも目が笑ってないですお嬢さん。そんな彼女の横には、半ば引き摺られて来た様な姿の梨音が、どんどん追加されるお好み焼きに呻き声を上げていた。 くーる系邪悪ろりの自分に、鉄板で食い溜め何てイメージ的に全く相応しくない。 そもそもクール系がスク水で活動するかと言われれば首を捻りたくなるのですが。それは置いておいて。 これも孤児院の結束を深める為と言うならば是非も無し。 「……もう限界……ぽんぽん重い……うぷ……」 でも、やっぱり限界あるんです。そもそも自分の得手ってスピードだし。こういう体力勝負って言うかそう言うの向いてないし。 そんな彼女が何とか、皿の一枚を食べきったところへ。 「はい。新しいやつね」 ことり、置かれるのは熱々のお好み焼き。そして、優しい笑顔。 エリエリの為に。皆にどんどん食べて貰う為に手を尽くす美伊奈は、誰に対しても容赦無く、新しい皿を配っていく。 食べ終わりそうになったら新しいのをお皿に入れて。 あ、今度はあっちが食べ終わりそう。 手早くどんどん、延々と皿を回し続ける彼女へと。 「ほら、みいちゃんも食べるんですよ! おのこしはノーマーシー!」 ぐいぐい。半ばもう押し込む様に、お好み焼きが口へと入れられる。 笑顔のエリエリに、慈悲なんてものは存在しない。 もう食べられない? そんな弱音聞いてられない。ほら食べろ。食べるんだ。あふれるまであふれても食べるんだ。 お腹一杯とか言う前に熱いです。熱いんです。そんな美伊奈の心の叫びも、エリエリには届かない。 口に広がるソースの味。熱さに涙目になる彼女はしかし、ほんの少しだけ、安堵の表情を浮かべる。 今日のエリエリは、無理して悪ぶっている様子が無い。 何時もの邪悪ロリ! な彼女も勿論好きだけれど、何時も気を張っているようで、心配だったから。 「……ちょっと嬉しいな」 口はちょっとだけひりひりするけど。思わず漏れた笑みは押さえずに、彼女は輪の中に戻っていく。 「やっほーい、タダ飯タダ飯ー♪」 「ウマーイ! おかわりっ!!」 段々と限界の見え始めている先2人に対して、後2人、タヱとはまちの勢いは全く以って衰えていなかった。 粉ものっていいよなぁ。ソースの焦げる香りが、食欲をそそる。 先ずはマヨネーズをかけずに、と熱々のお好み焼きを食すタヱの前では、はまちがピッチャーごと渡された水を流し込んでいた。 「どんどん焼け! あたしが全て食べてやる! ほら、白米もってこい! 炭水化物はおかずです!」 食とは戦いである。エリエリと完璧に合致した意見を掲げながら、はまちは出てきた白米と共にお好み焼きを掻き込む。 聞こえるだろうか。カロリーを気にする女の子の悲鳴が。 聞こえるだろうか。腹をすかせた貧乏人の歓声が。 相反する二つの感情が交わると何だか最強に見えるそうです。どう言う事かは分かりません。 再び一皿平らげたはまちが次に狙うは、美味しそうに焼けたもちチーズ。 伸ばしたへら。しかし、それは済んでのところで阻まれる。 「むっ、それはアタシの分……てやー!」 タヱとはまちの仁義無きお好み焼き争奪戦は、当分終わりそうに無い。 まだまだ詰め込む。食べ続けるエリエリの顔が、若干青ざめているのは気のせいだろうか。 味? ……美味しいですよ! 「おや、食べないのかい?」 「……悪いがエリューションでない肉は食わぬ誓約を立てていてな」 偶然にも。相席となったサヴェイジが席を立とうとするのを見かねて。 声をかけたセオドアに帰るのは、何処か残念そうな、しかし毅然とした言葉。 リベリスタが集っていると聞いたから来たものの、制約は破れない。そう席を離れていこうとする彼を再度呼び止めて。 セオドアは話を続ける。 このお好み焼は放置するとエリューション化するとフォーチュナが予知したもの。 つまり、エリューション予備軍。其処まで告げれば、サヴェイジも要領を得たように笑みを浮かべる。 「結局は革醒してしまうのだから、胃の中に入れてもいいと思うんだよね。どうだい?」 「……む。成る程。確かに、言い訳としては通じるな」 此処で何も食べずに立ち去るのも無粋。ならば折角だ、この『使命』を果たそうではないか。 さあ、どんどん食べよう。手早く注文をして、運ばれてくれば即座に食す。 流石、と言うべきだろうか。凄まじい勢いで積みあがる皿に、思わずセオドアは笑いを漏らす。 「中々美味しいものだね?……少々食べ過ぎのようだけど」 「……使命であろう。是非もなし。エリューション対策なれば遠慮する方が寧ろ怠慢であろう」 にぃ、と見える牙。リベリスタ大食漢の1人に加えるべき逸材かもしれない。 美味しいお好み焼きの後は、デザートだって必要だ。 食べ盛りな肉食系男子、亘は店主お勧めのお好み焼きを頬張りながらお品書きを見つめる。 熟練なる技術で創り上げられたお好み焼き、まさに芸術的びゅーてぃふる! 一口食べただけでうーまーいーぞー! と叫びたくなるそれは実はもう3枚目である。 止められない止まらない。どこかで聞いたようなフレーズが頭を過ぎるものの、やっぱりこういうのには締めって必要です。 「すいません、チョコミントありますか?」 やっぱりこれ。そう信じるアイスを頼めば、ありますよ、と差し出される。 鮮やかな緑に、ぽつぽつ浮かぶチョコレート。まさに至高。もし他にチョコミント派改めチョコミン党が居るなら、是非とも話したい。 さわやかな甘味に舌鼓を打つ彼の横では、エーデルワイスが大量の皿を片付けて貰っているところだった。 食べる専門。太る? メタルフレームだから問題ない。でも言った奴は漏れなく地獄へご招待だ。 まぁ、気を取り直して。食べ終わった事だし。 「わたしは! 断固! アイスクリームを要求する! ……もちろんバニラね♪」 素早く差し出されるそれは、やはり甘く冷たく、満たされた胃を刺激する。 甘いものは別腹って、まさにこの事だろう。もう一個食べてもいいかもしれない。あ、在庫切れ? それなら誰かをパシッて……なんて、冗談です。 食事とは、生きる為に他の命をいただく行為。 それを用意し過ぎたと打ち捨てられれば、怒りに狂うのも通りだろう。 「安心しろ。お前達の命、何ひとつ無駄にはしないぞ」 そう、小さく囁いて。鈴はお好み焼きを食べ進めていた。 広島近隣の島に住んでいた彼女にとって、このお好み焼きは馴染みあるもの。 反射を鍛えろ! そう言われ、引っくり返す役目を任される事も何度もあった。 ……まぁ勿論、放り投げてばかりだったが。 嗚呼本当に懐かしい。今日は、自分で焼こう。 そんな想いに浸りながら焼いていたものの、そろそろお腹も一杯。 しかしまだ、少しお好み焼きは残っている。ならば。 「ところでフォーチュナに確認したいのだが、店内で食べ切らないと駄目なのだろうか? できたらお持ち帰りしたい。弟にも食べさせたいんだ」 本音を言えば食費節約、とも言うのだが。それは伏せた彼女の気持ちなどお見通し、と言わんばかりにフォーチュナは頷く。 ちゃんと明日の昼までに食べきりなさいよ。そう添えられた言葉と共に、店員達が持ち帰りの要望を聞き始める。 そろそろ、お開きだろうか。 段々と人が減り始める気配のある店の中で。嗚呼そうだ、と。 ふと思い出した様に。よもぎはそっと、狩生の頭に手を伸ばす。 この間のお返しだよ。そう告げて、軽く撫でれば、珍しく驚きの表情を浮かべた男はしかし直に、笑みを浮かべる。 有難う御座います。そう、返された声は、普段より柔らかだった。 食材は全て空。時刻はもう日付が変わる頃。 此方も楽しかった、また是非来て欲しい。 そんな言葉に見送られながら、リベリスタ達の一夜限りの宴は、終わりを告げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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