●どこかの海沿い倉庫にて 「なんでこんな面倒くさいことになってるんですか、もう……」 上流階級のお子様が通う小学校制服の少年がぐったり横たわるのを見て、柔らかなテノールヴォイスの男は心底呆れたようにぼやく。 痩せ形の体躯に眼鏡、そこそこのスーツを着こなす彼は、よく言えば柔らかな物腰、悪く言うと優柔不断で気の弱そうそんな地方公務員テイストな男だった。 手にしたコンビニ袋に生活臭が漂っている。はみ出ているのは5人分のお弁当だ。 「オスッ。た、高羽(たかばね)さんが、山田シンジロウを浚えって……」 うん。 確かにこのぐったり気絶している9歳の少年の名前は『山田慎二郎』君である。 「浚ったっス」 巨体を縮こめながらおずおず手をあげ返すのは顔に傷がある強面。後ろの4人も、肩口に刺青があったり、ゴールドアクセじゃらじゃらだったりと、どう見ても堅気じゃないその筋の人。 「ええ言いましたよ? でも親子で同姓同名だから、間違えないようにっていいましたよね?」 眼鏡男が持つ指示書には『山田真二郎』とある。 しかし目の前の子にはりっしんべんがついている。 「私は『こころない』方を浚えって言ったんですけどねぇ……難しすぎましたか?」 こく。 皆一斉に頷いた。 「俺ら、学ないっスから」 うすら笑いが伝播した、つられるように眼鏡男も唇の端をあげた。 えへらえへら。 あらステキ、薄暗くてカビ臭い倉庫がちょっと和やか空間に。 「大人浚えって言ったはずですよね!」 ――怒った。 「政府高官の『山田真二郎』は、うちの組にいろいろーと厄介だから『これをついでに』消そうって話で、選んだんですよ?」 「お、お言葉ですが……」 「はい、なんですか? 磯崎君」 「『その際』に、身代金もってこいって呼び出して親子もろとも殺してしまえばいいと思うっス」 はあああああああああ。 眼鏡男は木箱に座るとがっくりと肩を落としてこれでもかといわんばかりの大きなため息を、ついた。 「それができればどんなに楽か……」 あの人うるさいんですよね、子供には手を出すなとか……うちらヤクザじゃないですか、なにこだわってんでしょうね、めんどくさい…………。 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。 ぶつ。 「もういいです。こうなったら、光太郎君に三津子ちゃん、愛人の子の四葉ちゃんも浚っちゃってください。それでお父さん本人に身代金もってこいって言ったらくるでしょ、さすがに」 浚っちゃってください。 このボンクラどもは学はないが、暴力沙汰は得意中の得意だった。 ので。 光太郎君も三津子ちゃんも四葉ちゃんも無事浚われました、まる。 ●ブリーフィングルームにて 「スマートじゃないな、力技もいいとこだ」 薄い笑みを浮かべる『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の声音に滲むのは、驚嘆。呆れているが感心もしているらしい。 とん。 リズムをとるように端末のスイッチを押せば、モニタに壮年の男が浮かび上がる。添えられた文字は政府高官『山田真二郎』とある。 次に現れたのはマスコミには開示されていない彼の娘息子4人誘拐の記録だ。 最初に浚われたのは二男の慎二郎、次の日に同時多発テロのごとく長男と長女、愛人の娘が連れ去られた。 そばにいたボディガードは殺されていたという、常人有らざる力でもって。 「そう、俺達の領域の話ってわけ、さ。ポリスじゃ歯が立たない」 この件にはフィクサードが絡んでいる。 「沙織ちゃんはすぐに山田サンに連絡をつけた。彼とアークは知らない仲じゃないらしい、まぁ、詮索するのは野暮ってもんだね」 眉を軽く上げ伸暁は犯人グループから山田につきつけられた要求を口にした。 「山田真二郎本人が1億のキャッシュを持って、指定時刻指定の場所に来ること。TVドラマでよくあるありきたりなご指定だ」 呼び出しは深夜、場末の海沿いの倉庫前。 もちろん他に知らせると命はないの脅しつき。 「最優先事項は子供たちの救出。作戦はお好きに」 彼らは取引現場前の倉庫のいずれかに人質と共にいると予測される。ただし倉庫は七つあるためそのどこかはわからない。 痕跡を調べるのもよいが、目立ちすぎれば人質が殺される危険性がある。充分注意されたし。 「山田サンは指定時刻にキャッシュを持って行くと譲らない。ラヴだね、親の」 取引になれば彼らは人質を伴い出てくるだろう。 取引現場を急襲する場合は、誰かが山田を気絶させる必要がある。どうやらアークと『そこまで』の仲ではないらしい。 また、取引に向かう山田に途中で接触してなり替わることも可能かもしれない。 「チープな身代金の額から察するに、奴らの真のターゲットは山田サンじゃないかな。各方面から恨みを買ってるらしいしね」 ――山田を殺せば向こうの勝ち。 伸暁は肩をすくめると瞳にかかる前髪をつまみ弄ぶ。 「どうにも大変でいけないね。猫の手を借りたい位忙しいってのは冥利なのかも知れないが。キャットハンズオールフリー、何せラヴ&ピースが一番だから」 翻訳すると。 なんだか面倒な事件が方々で起こってて大変っぽい。 「沙織ちゃんも情勢を調べてるらしいけどね」 おえらいさんも難儀だね憐憫を刻み、ヴォーカリストは肩をすくめて見せる。 まったくだ。 「子供は世界のトレジャーだからね、フィクサードのせん滅より優先してくれよ」 伸暁は最期にそう念を押すと、一足先にブリーフィングルームを出て行った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:一縷野望 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月28日(土)03:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 女のヒストリックな声。 否。 赤ん坊の泣きわめく声。 否。 答えは、カラスに掠め取られた腐ったかまぼこに毛を逆立て抗議する、痩せた野良猫のエレジー。 廃港寸前の淀んだ空気の中、闇に溶け込むように佇むは12人のリベリスタ達。 「……見つけました」 山田氏到着まであと3時間半、といった所で『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は静かに息を吐いた。 「大丈夫ですか?」 眉間をもみほぐす悠月に、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は気遣わしげに冷水で湿らせたハンカチを差し出す。 「ありがとうございます」 浅緑が水吸うように集中疲れが癒されるのを感じつつ「四番倉庫です」と唇にのせる。 「子供の状態はどうだった? 配置は?!」 逸る心を抑えられず『残念イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、口早に問うた。 「落ち着いてください」 藍色の髪を揺らし『オールオアナッシング』風巻 霰(BNE002431)が夏栖斗を窘めた。眼鏡越しの水色は冷静な彼女そのもので。 「ごめん」 「でも気持ちはわかります。子を思う気持ちを陥れるなんて、許しがたき外道の所行」 唇を切り結ぶ『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)に、女の子好きの夏栖斗の口元がさがった。 子供達は縄で縛られ猿轡で悲鳴もあげられぬようにされているが、衰弱したり痛めつけられたりはしていない。 それを聞き『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は胸を撫で下ろした。 「大体の図解、お願い出来ますか?」 舞姫が差し出すボードを受け取ると、悠月は再び四番倉庫の方へ視線を向ける。 きゅきゅきゅ。 遠目の娘がペンで記す図を食い入るように見据える面々。その1人『穢翼の天女』銀咲 嶺(BNE002104)は、やれやれと額に指を当てた。 「全く、訳がわかりませんね」 「嫌でも裏を考えてしまいますね……」 カルナも重々しく頭を揺らす。 雨後の筍のように同時多発したフィクサードの事件。ヤクザやならず者が犯行の中心にいるようだが、それがなにを示すのやら。 「裏に何があれ子供たちには関係ない、無傷で救い出してみせる」 ただそれだけだと『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は、アイスブルーの瞳を瞼に隠した。 その間にも悠月の手により倉庫の内部が付け足されていく。 出入り口は正面、対面に裏口。 無断使用で潜んでいるためか、外に見張りはなし。 また壁際や箱の影になる部分は暗い。 乱雑に置かれた木箱は、1回ぐらいなら身を隠す盾になりそうだ。 「この窓が良さそうだな」 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)がつつくのは倉庫後方の天窓。 「しかし、縛られているのを解く暇は到底なさそうで御座るな」 天窓から脱出は無理かと唸る『ニューエイジニンジャ』黒部 幸成(BNE002032)。 「出来る限り敵の目を惹くようにする」 ハルトマンの台詞に英美が大きく頷き、つっと子供達の場所から裏口までのルートをなぞった。 「わたしが足のロープだけでも斬ります」 自分で走ってもらった方が庇いやすいと舞姫。 「あとは襲撃のタイミングですね」 嶺は4人の子供と6人の悪漢が篭る倉庫に厳しい目を向けた。 砂時計の砂が落ちるが如くじりじりと2時間半が経過した。 「高羽が……動きました」 磯崎を伴い人質から離れた、入れ替わったのはナイトクリークが2人。 「じゃあ、僕は行くよ」 襲撃を決めた面々に、『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は軽く手をあげた。 頬に掛る切り揃えた絹髪と闇より深い混沌孕む紅だけが彼がここにいると判らせる。 「山田さんの確保、念のためにね」 万が一作戦が変わっても、成り代わりやすいだろ? と、身代わり役のハルトマンを一瞥。子供ほどの年齢の仲間に別れを告げてこの場から消えた。 「笑顔、見れるといいな」 弓を握りゆるり唇を動かすのは『アクマノキツネ』九尾・黒狐(BNE002172)。親子の情愛とは無縁な人生だから良くはわからないけれどと、黒檀の瞳が瞬く。 霰は気合を入れるように伸びをする。 「お仕事しましょう」 ――アークのアークによるアークのためのお仕事を。 ● 『こちらは配置につきました』 救出班を天井に運んだカルナが合流したタイミングで少し下がり、辛うじて見える人影に霰はテレパスを送った。 『ご武運を祈ります』 「僕ら正義のリベリスタってね! 悪いやつはいねーかー」 その言葉が届くか否かの刹那、夏栖斗がけたたましく倉庫のドアを蹴破った! 「?!」 驚きながらも襲撃の心づもりはあったのか、子供達の前に陣取っていたナイトクリーク2人は素早く子供の頭に手を伸ばす。 ……ト、ずぐぅ。 「ぎぃおああ!」 手の甲を貫くは完璧なる軌跡で飛来せしめし、矢。 「幼き命を危険に晒す外道者! 父の弓は……パーフェクトです!」 受け継ぎしは完璧なる父の腕、それ即ち立花英美が完璧なる乙女であるとの証明。 矢と同じ速さで直角に飛び降りたるは、黄金の糸。 「おねーさんたちが、助けに来たから、もう大丈夫!」 燐とした笑顔の後ろ、子供達に降らせぬよう背負った硝子が痛むが構わない! 即座に体勢を立て直し、くるり円を描く舞姫。切っ先で一気に4人のロープを斬り裂いた。 「走れ」 「こちらで御座る」 飛び降りた拓真は勢いのまま箱に大剣を突き立て壊し、幸成が子供の手を引いて走り出す。 「てめぇ」 「させないよ」 黒狐の矢で意識が逸れた所に、 つ。 こめかみを糸が、通る。 「織れば高価な鶴の気糸」 すんなりとした嶺の指が編む糸は心を負に染める。 「昔話くらいはわかりますよね?」 「なんじゃとわりゃあああ!」 嫋やかな笑みの天女に向うは無粋なヤクザモノ。しかし助けはなにもいらぬ、この天女は強かに極上の殺意で身を飾る。 「加納の間抜けがッ」 人質から離れた仲間と入れ替わるように1人が子供目掛けて走り出す。 立ちはだかる舞姫の血花を散らす、随するように英美の矢を喰らった奴も舞姫に飛びかかった。 「! くっ」 「すぐに治します」 ナイトクリークの技は嵌ると一気に命の力を持っていく。だからこそ皆に歌届く位置にカルナは立つ、突出はしないよう細心の注意は払いながら。 「……」 瞼をおろし、ふわり。背なの翼が輝きを帯び羽ばたいたかと思うと、場に満ちるは清浄なる天声。 「オレだって、歌える」 磯崎の隣で黒い尻尾が揺れカルナから主導権を奪った。傷だらけの猫耳を生やした男が奏でる音にヤクザ側の傷も塞がった。 だがその間にも、夏栖斗が磯崎に抉りこむように横腹にトンファーをねじ込み、悠月が埃まみれの庫内に青白の雷光を迸らせる。 「回復は面倒ですね。目障りなんですよ、姑息で卑怯なだけで」 的確に喉を突く霰の連撃に仰け反る背に、磯崎は苦々しげに歯がみすると手にしたドスを床に刺した。 血を吸い濁った刃が光に包まれる。荘厳なる輝きは仲間を苦しめる戒めを消し去った。 「高羽はどこだ」 ハルトマンは磯崎を殴りつけるが、彼は血混じりの唾を吐きつけるだけだ。 ● 革醒し運命をねじ伏せ味方につけた者達は、僅かな時間があれば殺し合える。 だが通常の人間は、極限の命の遣り取りを目の当たりにすれば、10秒など怯えて震えていればすぐに過ぎる。 「やだやだぁ」 「怖いのぉ、いやああ」 「えっくえっく……」 「…………」 舞姫達が賢明に宥めるが彼らは悲鳴をあげ泣きわめくだけで。もちろん宥めているのが無駄なわけではない。少なくともパニックになってデタラメな方向に走り出すことは防げている。 磯崎狙いを認識している者もいはしたが、子供達の安全確保第一なためか、攻撃対象は見事にばらけていた。 対するヤクザ側のターゲットは子供を逃がそうとする舞姫達と、攻撃を寄せた嶺に集中している。 「ああもう高羽さぁん、どこいったんスかぁ?」 「ああもう高羽さぁん、どこいったんスかぁ?」 先行したのは霰の声。 愕然と口をひらくは英美の矢を受けた男。 くすくすくすくす。 意地が悪い笑み声に男の背を嫌な汗が流れる、怒りよりは不気味さが先に立つのか惹きつけるには至らないわけだが。 「後の憂いとならぬよう、刺せるなら止めを」 「え?!」 銀の瞳がありありと見開かれたかと思うと嶺の簪がはじけ飛んだ。 「!?」 ぱん。 妙に乾いた――棒で叩かれ割られた西瓜がたてるような音が響いたのは、嶺の後方。 下ろし髪で振り返れば、血しぶきあげて仰向けに倒れていく霰の姿が目に入る。 「あ、上手に当たりましたよ」 嬉しそうな声と共にひょっこりと子供達のそばの木箱から顔を出したのは、リボルバーを構えた眼鏡の男――高羽だ。 初めて見る技だった。 得体の知れ無さにゾッとする。 当たり所が悪かったのか、それともこれが基本ポテンシャルなのか……わからない。 たったの一撃であっさりと流れを変えられた――そんな恐怖がリベリスタ達の心に染みこんでいく。 「霰さん!」 「だいじょう……ぶ、まだ……やれます」 絞り出すような声にカルナの頬が安堵で緩む。不幸なのか幸いなのか、強靱なリベリスタの体はそう易々死にやしないのだ。 悠月は血だるまの霰を前にゴクリと唾を飲み込んだ。これはただの弾丸ではない、黒々とおぞましくも恐ろしい……。 「殺意」 その殺意の源たる男は、のんびりと仲間にお説教なわけだが。 「東雲くん落ち着いてくださいよ。それぐらいの芸当、私にも出来るんですからね」 「う、うっス。高羽さん、すんません」 怯えおののく瞳にあの男を映させないと、舞姫は腕を広げ立った。 マジックシールドを前に、大股で近づいてきたハルトマンが更に子供達から隠すように回り込む。 「そこまでだ」 短い言葉と共に体を覆うは気高き護りのオーラ。彼が背負うは子供の命だけあらず、仲間の命もまたその肩に。 「ははぁ、キミは磯崎君みたいな感じなんだねぇ」 不遜な態度に眉を顰めカルナは喉からメロディを解放する。 「命は等しく尊く、摂理を曲げて己の欲望のままに奪って良い物ではありません」 英美も矢をつがえ天井に向け、放つ、放つ、放つ放つ放つ放つ放つ!! ざぁ……。 一拍置いて降り注ぐ矢の雨に、ヤクザ達の体が傷つけられていく。その傷を覆すように響く男性ボーカルにあわせ、高羽はでたらめな歌を口ずさむ。 「殺させやしない、絶対に!」 床を蹴り夏栖斗は高羽の前に回り込んだ。 この男は不穏だ。 自由にさせると嫌な予感しか浮かばない。 「ああ、キミは……御厨夏栖斗くんか」 毅然と睨みつけてくる浅黒肌の少年に、高羽は興味津々の視線を向けた。 「どうして僕の名前……」 「そっちにいるのが、新城拓真くん……ですよね?」 名を呼ばれ吃驚する夏栖斗と不機嫌に唇を歪める拓真を前に「だって有名人でしょ、キミら」と高羽はくつくつと喉を鳴らす。 「後の憂いとならぬよう、しっかりと」 子供から自らに引き入れるように、嶺は糸を放つ。 「操り人形はごめんですよ」 タンッ。 軽くリボルバーを繰り、高羽は糸を撃ち落とした。 ● ――ナイトクリークの東雲が倒れた時点で、アーク側は霰と嶺が倒れ、懸命に抑えていたハルトマンも膝を折りかけていた。 運命をチップに彼女達が起き上がらんとする、刹那――。 「いやあ、強いですね」 東雲を担いだ磯崎を背後に、高羽は困惑を顔に貼り付け肩を竦め、おもむろに床に銃弾を叩き込む。 あわせて猫耳と手の甲に傷を持つ男、加納もドスを差し込み、浮いた床を跳ね上げる。 「てことで、撤収しますよー」 海と泥の混じった匂いが一気に倉庫に満ちたかと思うと、彼らは躊躇いなくその中へと落ちていった。 確かにここは彼らの巣、撤退の準備は整えられていてもおかしくはないが……見切りの早さに唖然とさせられるだけだった。 「じっとしていて下さい、無理しないで」 悠月に包帯を巻かれながら、ハルトマンは山田氏の元へ向う事を提案する。 「そうだなー。子供達は任せていいか?」 拓真と幸成、そして行くと譲らないハルトマンの4人は、りりすの元へ向う。彼が上手く隠していてくれるはずなので、大丈夫だとは思うが念のため。 「ええ。手当が済み次第後を追います」 しっかりと頷くカルナの背後では、英美がクッキーを子供達に握らせていた。 「パーフェクトクッキーです!」 「わ、この『完璧』ってココア生地ですか?! 良かったねー」 笑顔の舞姫につられるように「ありがとう~」が3つ。英美もにこにこ上機嫌。 ようやく見えた笑顔に、黒狐も不器用に頬を緩める。 「知らない人から者貰うなってママが言ってるし」 ……慎二郎くんは空気をぶち壊すのが上手なようです。 ● 「失敗しちゃったっスね……げっほっえふっえふっ」 磯崎が咳き込む振動で左肩の東雲が顔をしかめた。 「口から呼吸ですよ、磯崎君」 携帯端末をいじりながらさくさくと歩く高羽に、後ろの加納がおずおず口を開いた。 「高羽さん……もうちょっと粘れば倒せたんじゃないッスか、あいつら」 「そうですね」 さらり。 悪びれない肯定に、湿った足音が止まった。 「攻撃が散ってましたからねー。恐らくは人質に意識が向きすぎたんでしょうね」 「だったら!」 「でもね」 再び歩き出した高羽は振り返らず、ぼそり。 「――粘ったら、うちの誰かが死んでたかもしれない」 死なせたくない。 自分につながりを結んでくれた者を死なせるものか、もう二度と。 「……高羽さん、怒られるっスよ」 背を丸め歩き出した磯崎が伺うように見る。 この人はいつもそうだ。 本当は最良の結果が出せるくせに、いつも三番ぐらいの出来で留めてしまう。自分達のような脳みそ筋肉のクズを使い捨てにすればもっと上にいけるのに。 「いいんです、成果は出てますから。欲しかったのはデータですし。この身にガンガン刻みましたよ、戦闘力その他」 そんな磯崎の気持ちを知って知らずか、高羽はいつも通りの丁寧だが空虚さを孕むテノールでへらりと笑う。 「こんな秘密裏の取引にまで首が突っ込めるって知れたのも幸いです。一応はそれなりに隠しといたんですけどねぇ」 同時多発的の事件一つ一つに、細やかに対応する力をアークは備えているのだ。 「そこを辿って叩けば面白いコトが出来るかもしれませんね」 肉体的な能力は勿論のこと、作戦立案に深く影響する精神性も知れたのは、行幸。対アークの戦略判断材料の一つには数えられるだろう。 「あの甘ちゃんなオッサンの進退に影響がでれば、きっと面白いですよ♪」 そう。 未だ上は混沌でどう進むかわからない……蛇原とて蛇ではなく蜥蜴の尻尾の如くぶった切られる可能性だってあるのだ。 だからこそ、目先の派手な成果よりも説得力のある情報を積み重ねておきたい。 「大事なのは命ですよ、自分『たち』の、ね」 いつだって、そうだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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