●承前 首都圏、某所――逆凪本家。 獅子落としと水の流れる心地よい音が時折響く、広大で静かな日本庭園の向こう側。 広い屋敷の応接間には、二人の男が向かい合って座っている。 上座には胸元が開けたワイシャツ、派手な金のネックレスと指輪をした顔の右半分に仮面を付けた若い男。 下座には柔らかい茶色の和服に身を包んだ、やや痩せ気味の老人。 「以上が今月の報告で御座います。邪鬼様」 「そうか」 氷のような瞳と表情を持つ老人から一通りの報告を受けていても、関心がなさそうに気怠い返事を返す逆凪邪鬼(さかなぎ・じゃき)。 だがその瞳の光は何処か凶々しさを纏っている。 「それと『ハーオス』の者たちの処遇については、今回は凪聖四郎(なぎ・せいしろう)に一任致しました」 「聖四郎?」 不愉快そうな顔をして、姿勢を崩して邪鬼は老人を睨みつける。 「どういう事だ? ヤツが日本に帰ってきた等、俺は何も聞いちゃいねぇぞ?」 「申し訳ございません。黒覇様からの直接のご指示でございます」 「何、だと……?!」 更に表情に不愉快さを増していく邪鬼だったが、当主の名前が出てはそれ以上の追求は難しい。 手を振って払い除ける様な仕草を一つすると、続けて老人へ問いかける。 「例のモノと候補地は、もう手配できたのか?」 「はっ、此方に。それにしても邪鬼様。一体どうなさるおつもりで……?」 老人から差し出された和紙の中身を見て、邪鬼はとびきり歪な笑みを浮かべた。 「決まってるだろ……玩具は使ってみてこその玩具、だろうが」 それには何も答えず、老人は静かに一礼する。 邪鬼は歪な笑みを崩すことなく、和紙を手に立ち上がりヅカヅカと和室を後にした。 残された老人は無表情のまま、柏手を大きく二つ叩いて家人が来るのを待つ。 「使いを出せ。これを渡すように」 家人へと懐から出したもうひとつの和紙を託すと、老人は小さく溜息を吐いた。 ●依頼 アーク本部、ブリフィングルーム――。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はリベリスタたちが全員着席したのを見て話し始める。 「今回の依頼は『逆凪』に所属する2人のフィクサードの討伐と、彼らが所有するアーティファクトの破壊です」 そう告げてカレイドシステムに映し出されたのは、何故か街の中を悠然と走る戦車。 この街は自然の中に孤立するように創られた観光地のようだ。 人口も見たところそれ程多くはない。 目の前の止まっている乗用車を踏み潰しながら、戦車は周囲の建物に向けて次々と大砲を撃ち放つ。 「この戦車はアーティファクト『キング・タイガー』。 かつてティーガーIIと呼ばれ、第二次世界大戦でドイツ軍が使っていました。 『逆凪』に所属するフィクサードの仲夏兄弟がこれに乗って突然現れ、所構わず砲撃を繰り返します」 戦車の焼夷弾で、辺り一面を次々と焼き払っていく。 瞬く間に美しい景観は吹き飛ばされ、人々の阿鼻叫喚する声が響いた。 「突然彼らがこの凶行に及んだ理由は、定かではありません。 ですが同じ頃、この地で起きるフィクサード同士の争いに、何か関係しているのかもしれません」 ほぼ同時刻、フィクサード同士の戦闘も別の場所で起きているらしい。 だがアークとは直接的に関わりのない争いであり、尚且つ戦闘で一般人や建物等への被害や目撃などが起きない為、今回は黙殺されている。 「まず優先すべきはこの被害を最小限に食い止めること。 ただ従来の敵と違い、相手は鋼鉄の戦車の中にいます。くれぐれも気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月23日(水)22:27 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●開戦 山梨県、某町―― 東京と長野を結んでいる幹線道路沿いの小さな街。 ここは四方を山林に囲まれ、自然に溢れた景観豊かな観光地だ。 夏は避暑地として、冬はリゾート地として利用されていて、四季折々の山の幸が食卓に並ぶ。 電車駅に突き当たる駅前通りはシャッター商店街と公共機関が、駅前通りと十字で交差するバイパスには観光向けのメインの建物が並ぶ。 産業は観光業が中心となっていて、山荘や宿泊施設が多く、土日になればそれなりに観光客がこの地へ訪れている。 今日は平日で人の出入りは然程激しくはないものの、昼間の街にはそれなりに人が行き交っていた。 やがて真夜中を迎え、街は最も静かなひと時を過ごしている。 間もなくこの街に一台の暴走する戦車が現れると、殆どの人々は露程にも思っていない。 だが一部の運命を持つものたちは、その時が来るのをジッと待ち続けていたのだ。 ――街の北、とある山荘付近。 暗がりに潜む、迷彩服のフィクサードたち。 彼等は山荘を包囲するように二手に分かれて待機したまま、静かに時を待っている。 通信越しに連絡が届く。 「配置完了。何時でも作戦決行は可能です」 通信を受け取った暗がりに潜む男は、街の様子を横目に言葉を返す。 「街の方で起こる爆発が合図だ。それと共に作戦を決行する……抜かるなよ」 ――広く薄暗い一室。 部屋の中央奥には巨大なモニターがかけられ、それをソファに座って眺める顔の右半分を仮面で覆う男。 後ろには屈強な男たちが直立不動で立ち、仮面の男を護るように位置していた。 モニターには上空から幹線道路を広く捉えた映像が映し出されている。 逆凪邪鬼(さかなぎ・じゃき)は歪な笑みを隠さず、街へと近づきつつある戦車を眺めながら、瓶を直に手にとって赤ワインをガブ飲みする。 「仲夏兄弟は、玩具の使い方をちゃんと覚えたか?」 視線をモニターに向けたまま片手をひらひらとし、テーブルに置かれたスライスされてある炙り肉にもう片方の手に持つナイフを突き立てた。 「はっ、邪鬼様」 鼻で笑うように返事をした邪鬼は、ナイフで口元へと寄せた炙った肉をそのまま噛み千切る。 その視線は、モニターの一部の異変に気づく。 「……どうやら、面白い連中が来やがったぜぇ?」 歪な笑みが一層の広がりを見せ、玩具に立ち向かおうとする連中を面白げに眺めている。 「戦車対正義の味方ってか?」 手に入れた玩具が盛大に街を破壊したとしても、もしくは邪魔者たちによって玩具が破壊されても。 ただ衝動のままに破壊と殺戮を一方的にする玩具を見て悦に入るか、必死な連中の足掻いている様を眺めて嘲笑うかの違いでしかない。 「さぁ……楽しませてくれよ!」 大声で笑いながら、画面を食い入る様に見つめる邪鬼。 ――幹線道路。 まばらな配置で敵を待ち受けているリベリスタたち。 彼等はタッチの差で、戦車の到着よりも一早く現場へ辿り着いていた。 自身の速度を最大限に保った『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は、前にいる『紅炎の瞳』飛鳥零児(BNE003014)の隣へ降り立つ。 零児はちらりと亘に視線を投げかけ、思い返した様に夜空を見上げた。 「こうしてると、赤い月の夜を思い出すよ」 「ふふ、一緒に死線を駆けたあの夜は情熱的でしたね」 彼と同じく夜空へ視線を向ける亘。 あの紅の月の夜、彼等は三ツ池公園で共にあるフィクサードたちと相対していた。 交渉によって戦闘途中で終了した為、彼等との決着は未だついていない。 カレイドシステムの映像通りだったのを確認したツァイン・ウォーレス(BNE001520)は、誰ともなしに口を開いた。 「目標を視認、情報通りティーガーIIだ。 ……なぁ、いつからここはノルマンディーになった?」 思わず口にした戦車の名は、このアーティファクト『キング・タイガー』の元となった戦車の正式名称である。 第二次世界大戦中、ノルマンディー戦線でこの戦車を見たアメリカ軍が恐れをなして『キング・タイガー』と名付けたらしい。 彼に賛同したように調子を合わせた『√3』一条・玄弥(BNE003422)。 「戦車のアーティファクトでっかぁ。スゴイでさなぁ」 玄弥は全身から漆黒の闇を生み出し、無形の武具として身に纏っている。 小鳥遊・茉莉(BNE002647)は後方からツァインと玄弥に相槌を打つ。 「調べてみますと、第二次世界大戦の化け物戦車と称されるものなのですね」 火力と防御力を重視する余り、整備や燃費等を無視していて欠陥もあった様だが、当時の連合軍ではまともに撃破できなかった戦車なのだという。 「そんな物を使って暴れるなんて、余程「おいた」が好きな人なのですね」 自身の魔力を循環させて高めながら、茉莉は戦車に関する調査結果を一向に話していた。 茉莉の発言に対し、玄弥の三白眼が好奇に揺れる。 燃料いらずの戦車、しかも骨董品としての価値も相当あるだろう。 「骨董品でも価値があるなら売りたいのぉ」 思わずにんまりと笑んだ玄弥を余所に、やれやれと言った表情を見せる『トランシェ』十凪・創太(BNE000002)。 「わかってねーよ。わかってねぇ。 んなもん。同じ戦車達の砲撃の中で輝くからこそだろうが」 創太に同意するように言葉を重ねたのは、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)である。 「随伴歩兵も無しで市街に入るとか、運用も知らない力に魅せられた素人だわ」 軍隊戦術で戦車が単身にて市街へ特攻する事自体、まず有り得ないと断じる二人。 敵は恐らく、そんな事すら考えて行動してはいないのだろうと凡その推測は付く。 エナーシアは遠目に見えた『キング・タイガー』を見つめ、冷静に相手を分析する。 装甲は全体的に補強され、特別薄い箇所はない様だ。 しかし足回りは従来そのものであり、他の戦車に比べて機動力にかなり劣るように感じられた。 「どうやら足回りの遅さは変わってないわ。宝の持ち腐れね」 エナーシアの報告に頷き返した創太は、バスタードソードを手に闘気を爆発させる。 「そうかい……相手にとっちゃ不足はねぇ。 腕が鳴るじゃねーか。『凪に逆らう』者は俺様――『十を凪ぐ』者が止めてやる!」 同じ凪の字を持つ敵との戦いに、堂々と言い放った創太。 続いて意気揚々と言葉を発したのは『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)だ。 「ぶっ潰し甲斐があります! 昔の偉い人いわく、『we shall never surrender』ですから」 『我々は決して降参しない』――かつて、第二次世界大戦でイギリス首相を務めたチャーチルの有名な一節である。 引き合いに出したユウは自身の集中を研ぎ澄ませ、不退転の覚悟で戦闘開始の時を待つ。 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は無表情ながら、僅かに声が上気している様に聞こえた。 「何と言いますか、よりにもよってという感じですね」 彼女は手にした『虎殺し(ティーガースレイヤー)』を見つめつつ、その命中精度を高めに入る。 対戦車ライフルへこの名を付けた彼女にとって、敵は至上の対戦相手と言える。 「かたや連合軍の戦車兵を恐怖に陥れた第三帝国の虎。 かたや対戦車砲の役割すら果たせず対物砲に成り下がった極東の遺物……」 いつもの控えめなメイドの態度はそこにない。 今回ばかりは本気ですよ? と。闘争心を露わにした彼女。 モニカの言葉に頷きながら、銀の刀身を持ったAuraを抜き放った亘。 零児は視線を戦車へと移し、剣と思しき鉄塊を手に自身の肉体の制限を解き放って戦闘力へと転換する。 二人はほぼ同時に仲間たちに告げた。 「「……さて、虎狩りといきます(いく)か」」 準備の整った皆の様子を見つつ、仲間たちに十字の加護を送ったツァインは広刃の剣を抜く。 一方で彼は道路周辺の住民たちの避難誘導をアークに頼んでいた。 自分たちと同様にギリギリでの到着となった為、彼等は今も駆け足で対応してくれている。 それ等をすべて確認した上で、リベリスタたちに向けて声を発した。 「よし、一つ戦争をおっ始めるとしようや!」 だが彼らの準備する合間を無視し、ひとり先駆けて特攻するリベリスタが既にいたのだ。 『飛常識』歪崎行方(BNE001422)は猛ダッシュで真正面から戦車へ駆け寄っている。 「対戦車戦用意! アハハハハ! 肉を刻むはないけれど、鉄を砕いて刃を通す、実に殺り甲斐のある獲物じゃないデスカ……」 ゴウゥゥッ!! 突然『キング・タイガー』の主砲が真正面に火を吹き、駆け寄ろうとした行方を中心に業炎の爆発が襲いかかる。 強烈な爆風が一瞬で後方のリベリスタたちを通り抜け、それが開戦の合図となった。 ●包囲 正面突破を図った行方以外のリベリスタたちは、それぞれ戦車の包囲を狙って散開し大きく回り込もうとする。 業炎に身体を覆われながら、痛みを歓喜に変えて左右に蛇行しながら特攻を続ける行方。 「戦車は脅威、されど都市伝説は軍事と踊る! アハハハハ!」 再度主砲が火を吹き、その身体を更に業炎が包み込む。 爆炎が道路一帯を襲っていき、土煙の中真っ直ぐ飛び込んでくる行方。 「さあさあ始めるデスヨ、鉄と鋼鉄がぶつかり合って飛び散る火花と緊張感!」 既にかなりの衝撃と業炎を一身に受けているにも関わらず、狂気的な笑いを崩さない彼女は戦車へと接敵してそのまま装甲を駆け上がった。 元より小細工が苦手な彼女だからこそ、真っ向から挑み、徹底的に破壊する選択をしたのだ。 その場で自身の肉体の力を解放し、行方は戦いにすべてを集中させていく。 直後、目の前の上部機銃が行方へと繰り出され身体を撃ち抜いていった。 如何に行方といえども、これだけの直撃を真正面から受け続けては流石に体力が尽きてしまう。 それでも彼女は運命にしがみついて、肉斬リと骨断チの肉切り包丁を機銃へと叩き付けた。 「肉を斬るか鉄を斬るか! アハハハハ!」 強烈な一撃が機銃を襲い、鋼鉄が曲がる程の当たりを見舞う。 ここまで戦車の狙いが彼女に集中したことは、リベリスタたちにとっても、街の人々にとっても幸いしている。 正面の行方を狙い続けたことで、建物への主砲被弾が回避され、リベリスタたちの散開包囲網がスムーズに完成したからだ。 亘は低空飛行で左側面から戦車を駆け上がり、追討ちをかけるように上部機銃を狙う。 「徹底的にぶっ潰してやりましょう」 短刀を鋭く振るった亘。その攻撃は光の粉末の様に機銃へと飛び散り、行方に曲げられた鋼鉄の銃身が完全に曲がってしまう。 建物の影で様子を伺っていた玄弥は、戦車をザッと見回してそのキャタピラに照準を定める。 「燃料いらずなら高く売れそうやなぁ」 その手に黒きオーラを収束し、左のキャタピラへと直撃させる。 一撃でどうこうはならなそうだが、回数を加えれば破壊は可能そうだと判断した。 ユウは戦車との距離を置いて光弾を機銃へと向ける。 「打たれ強くて、火力も高い。 そういう敵ですから、皆で狙いを集中させないと駄目ですね」 砲塔上の機銃にダメージを重ね、直後にユウは後ろへと引き下がった。 更に行方は機銃を狙って勢い良く、両手の肉切り包丁を振り降ろす。 立て続けな強烈なる攻撃に、砲塔上の機銃は耐え切れず遂に破壊された。 「次はハッチを殴りつけてこじあけるデス」 行方が言いかけた直後、前面の機銃が突然火を吹く。 機銃から放たれた業炎の矢が、突然四方に分散してリベリスタたちへと襲いかかったのだ。 運命を既に削られていた行方は、この一撃に耐え切れずその場から地上へと転げ落ちてしまう。 炎の矢によってそれぞれに手傷を負ったリベリスタたちだったが、ユウは事前に後退していて難を逃れている。 「同じ射手が機銃を操作している以上……」 その能力も対策方法も、ユウにはある程度は推測ができていたのだ。 また茉莉も遮蔽物の影で集中を重ねていた為、炎の矢からは逃れている。 「こちらには回復役がいません。できる限り攻撃され難いよう位置取りを」 彼女は声をかけながら集中し、自身の威力を高めた上で戦車へ叩き込もうとしていた。 右手側面から飛び込んだ創太は、低空飛行で同じく駆け上がり上部のハッチ付近へ雷を帯びた剣を叩き込む。 「さあ、この鎧でテメーらの弱さ、どんだけ護り抜けるかな……!」 言いつつも流石に本体の装甲は分厚く、創太は一筋縄ではいかない事を実感させられていた。 エナーシアはそれを見て、狙いを左側のキャタピラに絞る。 「擱座を狙うわ」 凄まじい早撃ちがキャタピラに叩き込まれたものの、装甲の厚さから簡単に擱座させるのは難しい。 合わせて躍りかかったツァインが、左のキャタピラへ破邪の光を帯びた剣を打ち降ろす。 「うおっ、やっぱ硬ぇ、でも……そうでなくっちゃなぁ!」 鈍い音と共に跳ね返されたものの、僅かずつではあるが損傷は与えている。 ツァインは仲間の攻撃が分散しないよう、全員へ呼びかけた。 「左のキャタピラを狙うぞ!」 零児が気合を爆裂させ、その一撃に全身の闘気を込めて鉄塊を振り抜く。 恐らくリベリスタの中で最も威力のあるその攻撃でも、キャタピラへは僅かな損壊を与えた程度でまだ留まっていた。 「今の俺らを象徴してるかのようだな」 もっと鋭く、もっと確実に相手へ叩き込まねば。そう零児は自身に言い聞かせている。 モニカは斜め側面から、前面機銃を狙い続けていた。 「目の前に現れた絶好の敵を落とす……」 正確無比な射撃が襲い、大きく衝撃を与える。 「……私がここにいる理由はそれだけです」 ――広く薄暗い一室。 邪鬼は興奮気味にリベリスタたちと『キング・タイガー』の戦いを見守っていた。 「思ったよりやるじゃねぇか、連中も」 炙り肉へと食らいつきながら、赤ワインを口に流し込む邪鬼。 リベリスタたちは鋼鉄の戦車相手に包囲戦を挑み、砲塔上の機銃を潰してやや優勢に戦いを進めている。 だが彼等がキャタピラの攻撃に手間取っている間、着実に機銃の攻撃に晒されていた。 しかも単なる機銃攻撃ではなく、仲夏康(ちゅうか・やすし)によって炎の矢に強化されている。 「そろそろ戦況を面白くしてやった方が良いな……ん?」 その瞬間、邪鬼の顔が何か思いついたように更に歪さを増す。 「おい。仲夏健(ちゅうか・たける)に繋げ……」 部下は言われた通りに連絡し、携帯電話を主人に手渡す。 「健よぉ、てめぇに面白いコトさせてやんよ……」 左半分しか見えないその表情は、この上ない狂気に包まれていた。 ●暴発 ――幹線道路。 依然、戦車とリベリスタたちの激しい攻防は続いている。 左のキャタピラに攻撃を集中させた結果、徐々に繋ぎ目は破壊され始めていた。 しかしそれまでの時間に手間取り、リベリスタはその防御力に舌を巻く。 亘はほんの僅かだが『キング・タイガー』のエンジン音が上がった様に感じた。 キャタピラの破壊に回ってからしばらく経ち、そろそろ敵もリベリスタの動きに慣れてきただろうと彼は考える。 そこで亘は左側のキャタピラから、上空を回り込んで戦車の前に立ちはだかった。 「ふぅ、ろくに性能も発揮できない玩具で遊んでる子供が……」 運転席に聞こえるような大仰な物言いで、短刀を戦車へと向ける。 「……貴方達みたいな不幸をばら撒き、笑ってる馬鹿は一番許せないんですよ」 目立つように連続の刺突を戦車へと散らし、相手の意識を自身へと引きつける様に振舞う。 微かにその挑発に対し、鋼鉄の鎧の中から罵声らしき音が響く。 「さぁ、かかってきなさい」 悠然と見下すように言い切った亘の動きに合わせ、キャタピラの攻勢を強めるリベリスタたち。 更なるヒット&アウェイで、ユウは光弾をベルトコンベアへと放った。 「こちらは一転集中……」 徐々に繋ぎ目の振動が激しくなり、大きく軋み始めている。 玄弥はここが勝負所だと踏んで、金色夜叉を手に一気に前進した。 左のキャタピラはあと一息でその機能を止められそうだと直感したのだ。 「壊れてしまえやぁ!」 強欲なる爪が禍々しい黒光を帯び、告死の呪いをキャタピラの繋ぎ目へと刻み込んでゆく。 繋ぎ目が一層大きく亀裂を広げ、頑強だった足回りがついに崩れようとしている。 時間を重ね、自身の集中を最大限にまで高めきった茉莉もここで詠唱に入った。 玄弥と同様、勝負所が来たと直感したのだ。 「下がってください……いきます!」 黒き魔力で創られた大鎌の召喚。 その収穫の呪いは告死と重なり合うようにキャタピラを襲い、繋ぎ目を大きく粉砕した。 ガクンッ! と、戦車の左側面が段違いになって傾く。 「次は……」 その足回りさえ破壊してしまえば、相手は単なる砲台に過ぎなくなる。 茉莉はようやく此処まで漕ぎ着けたと、ひとまず安堵の表情を浮かべた。 ツァインはキャタピラの破壊を確認して、戦車の正面に回って前面機銃へと狙いを切り替える。 「誰か、砲身の穴狙い打てたら好きなだけ奢ってやるよ」 破邪の一撃を叩き込みつつ、さりげなく一箇所で固まらないよう仲間たちに忠告した。 「……言ったわね?」 その言葉に即座に反応したのはエナーシアである。 彼女は距離をとったまま前面機銃が狙えるギリギリの位置に移動し、音速の早撃ちで狙いを機銃の砲身へと弾丸を放つ。 射撃は正確に銃身を捕らえ、鋼鉄が衝撃で破壊されていく。 更に創太が低空飛行で位置を変え、前面機銃へと襲いかかっていた。 「風穴、開けてやんよ!」 自身のオーラを球体へと変化させ、バスタードソードを薙ぎ払って機銃へと斬撃を加える。 それまでにモニカによって積み重ねられた機銃のダメージは、3人の攻撃で一気に昇華して砕け散った。 「……約束通り奢ってもらうわよ?」 小さく笑いかけたエナーシアに、微苦笑して「わかった」と肯こうとするツァイン。 しかしその直後、突如『キング・タイガー』が暴走を始めた。 左側のキャタピラが壊れ、直進することが不可能な戦車は正面のツァインを巻き込み、創太を跳ね飛ばして左側へとスピンするように回転移動をしたのだ。 「ぐおぉぉっ!!」 70トンの踏み潰しによって、全身の骨が砕けるかのような衝撃を受けたツァイン。 だがその持ち前の防御を最大限にまで強化していた為、通常ならば即死クラスの衝撃を何とか運命を味方に携えて立ち続けていた。 「この程度で、やられてたまるか!」 創太も衝撃を受けたものの、飛行していたおかげで轢かれはせず、辛くも体勢を立て直す。 更に回転は前進していた零児と玄弥をも巻き込み、彼等は自身の運命を手繰り寄せて踏み止まっていた。 玄弥はニヤリと笑みを浮かべ、ここで引き下がる気は毛頭ないとばかりに言い放った。 「戦車倒して『タンクハンター』の称号をゲットするんやでぇ」 そして回転途中で止まった『キング・タイガー』の主砲が、亘へと狙いを定める。 この場で主砲を炸裂させ、戦車ごと周囲を業火に巻き込む算段なのは明らかだった。 零児は運命を手繰り寄せたまま、大きく主砲へと踏み込んだ。 (生きるか死ぬかは、俺の一撃にかかってる) そういう強い気持ちが大事なのだと、心に強く念じて鉄塊を握り締める。 「させるかぁっ!!」 主砲が撃ち放たれるよりも早く、零児は裂帛の気合と共に全身の闘気を爆発させた。 大きく一閃した巨大な鉄塊が、砲身へと強烈な打撃を叩き込む。 既にキャタピラの損傷によって回避力が落ちていた砲身はその直撃を受け、大きくその根元に裂傷を作る。 続いてモニカが片手に装着した九七式自動砲を構えた。 狙いは零児の大打撃によって砲身を歪ませた主砲の根元部分。 「大金星を挙げますか」 魔力を込めた一撃が動かぬ的を正確に捕らえ、裂傷が更に増して砲身が歪む。 その結果焼夷弾は発射されず、砲身の根元がその場で爆発してしまった。 立て続けに根元を攻撃された為、砲弾はその場で詰まって暴発を遂げたのだ。 ――広く薄暗い一室。 邪鬼は拍子抜けした様子で、首を大きく横に振ってモニターから目を離した。 「もうちょっと楽しませてくれるかと思ったが……つまんねぇ終り方しやがって」 吐き捨てるように言うと、邪鬼はソファからゆっくり立ち上がる。 食事を終えて赤ワインを空にした今、彼の玩具に対する興味は急激に失せていた。 「(玩具は)もうダメだな。始末しとけ」 後ろの配下たちに命じ、邪鬼はモニターを振り返ることなく部屋を後にする。 男たちは顔を見合わせ、一人がソファへ無造作に置かれた黒いリモコンを取った。 モニターではリベリスタたちが一斉に攻勢へと転じる様が映っている。 配下がリモコンのボタンを押し、そのままモニターの電源を切った。 ●鉄屑 ――幹線道路。 主砲の暴発によって、残る戦車の武器はもう存在しない。 同軸機銃も主砲と同時に破壊され、そこには回転しかできない単なる鋼の塊が残るのみだった。 そこを創太の大剣が。 エナーシアのライフルが。 亘の短刀が。 モニカの機銃が。 ツァインの剣が。 茉莉の鎌が。 零児の鉄塊が。 ユウの光弾が。 玄弥の爪が。 一斉に火を噴く戦車隊の砲撃の様に戦車本体へと注がれる。 徐々に、だが確実に、彼らの刃は鋼の塊を砕き始めていた。 この猛攻に耐え切れなくなった仲夏兄弟は戦車を捨て、上部ハッチを開いて脱出を試みる。 真っ先に飛び出した康が、飛び出した途端に銃を乱射した。 ヒット&アウェイによって距離の届かないユウ、物陰で集中を重ねた茉莉、戦車の影に回っていた零児を除く全員に烈火の矢が降り注がれる。 炎が身体を次々と焦がし、ギリギリまで踏み止まっていた玄弥がその場に崩れ落ちた。 その攻撃に続いて健が飛び出し、一目散に遠くへ駆け出そうとする。 亘は炎の直撃で滑り落ちそうな意識を、己の運命の炎を大きく灯すことで回避した。 「例え無様でも……」 敵を逃がしはしない。そう断じた彼の放つ光の粒子が康の身体を突き抜ける。 後退して炎の矢から逃れていたユウは、再び前進すると逃げ出した健に鋭い気糸を放つ。 「逃がさずに仕留めますよ」 脆い箇所を打ち抜かれ、ユウに対して怒りを爆発させる健。 だがそれこそ彼女の思い描いた通りの展開だった。 エナーシアは飛び出した二人の様子と戦車を確認し、怒りに駆られる直前の健が慌てて戦車から逃げ出したことに注目する。 同様に康がチラチラとハッチの下を気にしながら戦っていることも見逃さなかった。 「戦車を爆破放棄する気です。皆下がって!」 後方から警告を発し、エナーシア自身も物陰に身を隠す。 茉莉は集中した魔力を転換し、自らの血を黒き鎖の津波と化して仲夏兄弟へと襲わせる。 「彼等は生きたまま捕獲を!」 鎖に呑み込まれた兄弟は流血し、その身体を自由に動かすことができなくなっていた。 ツァインは炎に毒されながら、目の前の康へ目掛け突き進む。 「さて、もう終わらせようぜ」 自身の膂力を爆裂させて、剣を振るって大きく叩きつける。 既に傷の重なっていた康に抗う術はなく、同時にツァインは昏倒した敵の首根っこを掴んで一気に戦車から駆け離れた。 深手によって亘と同じく運命を手繰り寄せたのは、創太も同じである。 だが度重なる炎の矢にも屈することなく、彼は自身の内なる力を解放して健を追って走り込む。 「真っ向からぶっ飛ばす!」 輝くオーラを纏い、立て続けの連撃を健へと浴びせていく創太。 動けなくなった健は大きく後方へ吹き飛ばされ、その場で気を失う。 零児とモニカはエナーシアの警告を聞き、それぞれ駆け出していた。 気絶した玄弥を抱えた零児は、そこから引きずる様にして後退を始める。 ちらりと視界の隅にモニカを捕らえた。 「おい、逃げるぞ!!」 戦車から無理矢理砲台を引き抜こうとするモニカ。 「虎を落とした証……」 亘は素早く体勢を直して低空飛行で行方を抱え上げ、悪戦苦闘するモニカへと大声で呼びかけた。 「もう間に合いません、モニカさん離れてください!!」 既に仲間たちは大きく離れ、それぞれ建物等の遮蔽物へと身を隠している。 何としても『虎殺し』の証を手に入れたいモニカではあったが、今回の作戦で戦車の武器は破壊され尽くしていた。 これ以上の危険を冒しても、最早砲台の獲得は難しい。 溜息を吐いて口惜しげな声で後退するモニカ。 「正真正銘の『虎殺し』になったのに……」 間もなく、かつて『キング・タイガー』だった鋼の塊は大きく爆発して炎上する。 第二次世界大戦を生き抜きアーティファクトと化した戦車は、ただの燃えた鉄屑へと変わり果てた。 ――北の山荘。 他の仲間に重傷者を預けた創太、ツァイン、ユウ、亘は遠目から山荘の様子を伺う。 遠目からでも望遠鏡の如く見通す力を駆使し、山荘の様子を確認した創太は小さく首を横に振る。 「もう終わった後だな。中にいるのは死体だけだ」 襲った連中は既に立ち去っていると判断した四人は、そのまま山荘へと足を踏み入れた。 何の変哲もない貸し山荘。 フィクサードの死体は10体、その死に様は奇襲され抵抗する間もなく殺された様だった。 ツァインは死因を確認しながら、何か手がかりになるものはないかと物色する。 「随分手際がいいな……余程腕が立つ連中か、コイツ等とは格段の実力差があったか……」 特に身元を明かすもの等は所持しておらず、持ち物も綺麗に運び去られた後のようだ。 同じく手がかりを探して死体を調べているユウ。 不意にその手が、死体の一つに掴まれた事に気づく。 「! ……まだ、生きてる方がいます!」 急いで仲間たちを呼び、ユウは必死で声をかける。 「ここで、何があったんですか?」 息を吹き返した男は血の泡を吹き、たどたどしい言葉で伝えようと必死にもがく。 「……突然………傭兵に……襲われ………盗まれた……………」 亘はその身体の損傷の激しさから、この男がもう助からないとわかっていた。 それでもできるだけの情報を聞いておくべきだ、と更に質問を続ける。 「一体、何を盗まれたんです?」 男は大きく血を吐き出し、最後の力を振り絞るとリベリスタに告げた。 『賢者の石』、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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