●実験場 『ア、ハハハハハァハハ! イヒヒ、ヒヒハヒハァ――!』 スピーカーから声が漏れる。 狂喜。あぁ正しくその言葉が似合いそうな声色だ。 『どうしたどうしたぁ? 早くなんとかしねぇと死んじまうゾォオォ!』 「ッ……! さっきからうるさい声ばかり……!」 一人の女性が地面に放置されているスピーカーを蹴り飛ばし、後ろに跳ぶ。 直後、先程まで女性がいた場所に“何か”が群がった。それは、 「一体何体出てくるのよ……この蜘蛛は!」 蜘蛛。八本足を持つ、日本でもよく見かける節足動物だ。 もっとも、彼女を今襲っている蜘蛛達は全て“頭部がおかしい”が。 確認できるだけでも蜘蛛の体に犬、猫、狼、蝶に果ては鰐の頭部を持つ個体がゾロゾロと居る。サイズも人間クラスの大きさから、小型犬程度の大きさまでまちまちだ。しかしそれら全て一様に襲いかかってきている事には相違無い。 「倒しても倒しても湧いて来る! このままじゃ……!」 彼女――リベリスタの、美恵という人物だが。彼女は六道の事件を追っている最中だった。 その過程において件の研究員達が、あるビルの地下を根城にしているとの情報を得る事が出来、偵察を行いにきた……のだが、どうも完全に罠だったらしい。 地下の様子を窺った瞬間に出口がシャッターにより閉鎖。以降はどこからか湧いて来るこの化け物どもの相手を延々とさせられている。どうにかして脱出したい所だが、 『おいおい逃げられると思うなよ? なぁに、安心しな! “ある程度”満足したら帰してやるから!』 「それはッ、死体でって事かしら?!」 『そいつはァ――』 蹴飛ばしたスピーカーから尚も声が漏れる。 煩わしい声だ。どうしてこんなに人をイラつかせる事が出来るのか。 そんな事を思った瞬間、 『お前の頑張り次第だなァ?』 ――爆発音が轟いた。 何、と思考した時にはもう遅い。足元付近に地雷があったようだ。踏んだ感触はしていない為に、恐らくスピーカーの声の主が起爆させたのだろう。 ダメージそのものは大したことは無い、が。 「しまッ――!」 足が一瞬止まってしまった。踏ん張りが効かず、転んでしまう。 そして僅かでも動きが止まってしまえば後は物量で勝る蜘蛛達の事実上の餌だ。狼頭の蜘蛛が恵美の首筋に被りつけば、鰐頭の蜘蛛が武器であるナイフを持つ右腕を呑み込んだ。 「か……ハッ……! う、ぁぁ……!?」 呼吸が出来ない。腕が動かせない。脳に酸素が渡らず思考が働かない。 残った左腕が知らずして痙攣を始めればもう終わりだ。抵抗の余地は完全に失われ、化け物どもに体が喰らい尽くされていく。 光を失っていく視界。そこに、最後に映ったのは―― 天井に張り付いてこちらを見ている、一際巨大な蜘蛛の姿だった。 ●蜘蛛 「と、まぁ件の六道の仕業だが、今回は救出任務と言った方が正しいな」 『ただの詐欺師』睦蔵・八雲(nBNE000203)の語る口調は淡々と。 「今までも何度か奴らの行動は確認されていたが……どうもまた妙な化け物を伴っているようだ。エリューションの区分が難しい“妙な化け物”をな」 様々な要素が一体の生物として構成されている化け物。 故にソレを何と区分すべきかは難しい。強いて言うならば、 「キマイラ……あぁその言葉が適切か? まぁ今回のコイツはそこまで外見が歪と言う訳ではないが」 八雲がモニターを操作すれば、そこに現れたのは蜘蛛だ。 一見すると姿形はそのまま蜘蛛だが、腹部を見るとおかしい。毛皮が生えていたり、鱗で覆われている部分があるなど、とても蜘蛛とは思えない部分がある。これが今回のキマイラとしての特徴だろうか。 「この蜘蛛の頭を持つ蜘蛛が、母体のキマイラだ。ビルの地下どこかに潜伏していて子供達を次々と生み出していく様でな。先の映像であった狼や鰐の頭を持つ連中は子供だ。延々と生み出す様なので、この母体を探し出せない限り戦いは終わらないと考えて良い」 いや、あるいは、 「母体が子を生みだす能力が限界に達せば自滅するかもしれんが……六道側も研究を進めたのだろう。非常に安定性の高いキマイラだ。自滅するにしてもかなり長い時間が必要だろうな。ま、如何な戦術を取るかは諸君らに一任する。……あぁ、それと」 一息。 「今回はフィクサード共が間接的に邪魔をしてくる。ビルの地下にいくつかセットした爆弾を起動させてな。邪魔ではあるが、威力は低い。無視しても破壊してもいいぞ。起爆型の様だから、近距離で直接破壊しても爆破は無い。安心しろ」 爆弾。 威力は低いとの事だが、数は多い様だ。さてどのように対処するのか正しいか。 しかしそれとは別にもう一つ気になる事がある。スピーカーから声を出していたあの男の声は、 「……六道の研究員の様だ。『バギーラ・キプリンギ』という蜘蛛の因子を持つフィクサードらしくてな、名は分からない。どうせ遠方の安全圏から覗いてるだけだから罵声の一言でも浴びせてやれ」 さいですか。つまり、狙えないと。 「然りと言っておこうか。 ――さ、そろそろ行きたまえ。ビルの地下で奮闘している彼女が失われては元も子もないからな」 ●蜘蛛の巣 「さぁ、て? そろそろ増援さんが現れてくれるかねぇ?」 ビルでは無いどこか。 そこで『バギーラ・キプリンギ』は笑みを浮かべていた。自身の研究の成果たる蜘蛛が存分にその性能を発揮している事に満足しているのだ。が、 「流石にリベリスタ一人じゃあ不足すぎらぁ。もうちっと数がいてくれねぇと数で押しつぶせるだけだろコレ。こちとら戦闘結果そのものはどうでもいいんだぞコラァ」 複数存在するモニターに流れている地下の戦闘映像を見ながら愚痴を零す。 研究成果がしっかりと動いてくれるのは良い。しかしそれとこの状況は別問題だ。 これでは駄目だ。これだけではデータが薄すぎる。さぁ早く来い。早く来て、闘ってくれ。 オレの研究成果をもっと、もっと輝かせる為に――! 「ア、ハハハハハァハハ! イヒヒ、ヒヒハヒハァ――!」 狂乱の声が、スピーカーから流れた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月28日(月)23:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●巣への侵入 蜘蛛は潜む。 影に隠れ、獲物がその糸に掛るのをじっと待つのだ。 罠を張り、 糸を巡らせ、 そうして馬鹿な“食糧”が巣に囚われるのを待っ―― 「そんな事、知ったことじゃねぇんだよッ!」 瞬間。ビルの地下を封鎖していたシャッターが衝撃と共に破砕した。 『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の一撃である。かの天使の名が刻まれたランスでシャッターを突き破り、奴らの“巣”たる地下へとそのまま駆け抜け、 「おら、来てやったぞ変態非モテ野郎! それじゃ早速だが掃除といこうか……!」 『ああッ!? んだテメェは! いきなり人を挑発するたぁいい度胸――』 近場のスピーカーを蹴り飛ばせば壁にぶつかり音声が途切れる。 金属が歪にひしゃげる音が響き渡って。さて、と呟いて前を見据えれば、 「恵美さぁ――ん! 助けに来たよっ! 大丈夫!?」 シャッターに開いた穴を広げるべく『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が死の爆弾を炸裂させる。金属で出来たソレに植え付けられた爆弾はいとも容易く穴を拡大させ、人が数人通過できる程の入り口と化した。 そして、先行したカルラに次いで地下へと入りこんだのは『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)であって。 「一人でも戦いに行き急いじゃう気持ちは分かるよ。でもね……」 言葉と共に凪沙が突き進む先は、子蜘蛛に半包囲されている恵美がいる地点。 走り、暗視ゴーグルで蜘蛛達をその眼に捉えて。 「死んじゃったら、何もかも意味は無くなっちゃうんだよ」 その内の一体に拳を振るって牽制しつつ、恵美と合流を果たした。 突然の闖入者に戸惑っているのか子蜘蛛の動きは鈍く、故に、 「あ、貴方達は一体――」 「勿論、アークのリベリスタだよ恵美さん。 安心して。貴方の救助に来たんだ」 子蜘蛛と恵美の間にさらなる割り込みを『本屋』六・七(BNE003009)が仕掛けた。 蜘蛛の攻勢が掛って恵美が喰い殺されてはどうしようもない。故、七は恵美を庇える形で蜘蛛達と対峙する。前面に立ち塞がり、奴らの視線を自身へと集中させた後に。 「ここは私達に任せて一旦脱出して! 大丈夫。後で必ず一緒に帰るから……!」 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)が続く形で恵美への射線を完全に封じる。疲労困憊の恵美とは言え、少なくともこれで直ぐに殺される危険は無くなったと言えるだろう。 「……ッ、御免なさい。迷惑かけちゃったわね」 「さ、ともかく早くこっちに。出口までは私が付き添うわ」 リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)が走る先を誘導すれば、出口へと一直線だ。万が一にも子蜘蛛に襲われないように周囲に敵がいないか警戒もしながら。 『おいおいつれねぇな……ゆっくりしていけやオラァァア!』 だが、先程砕けたのとは別のスピーカーから声が発せられた。 同時に彼女らの足元に埋もれていた爆発物が光を見せる。威力こそ大して無いものの、足を止めるだけなら充分たる衝撃をソレは持っていた。 「まだだ、走るのだ! ここはボクたちに任せてくれればそれでいい!」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が守護の意を持つ結界によって援護すれば、歩みは止まらない。なんとかシャッターを超えて地下を脱出する事を成功させれば、ひとまず恵美に関しては安全が確保されたと言っても良いだろう。 「ん~、それじゃあ改めて仕切り直しと行きましょうか~♪」 そして来栖 奏音(BNE002598)が複数魔法陣を自身の周囲に展開させ、純粋な魔力を高めて行く。恵美の脱出が終わり、リリィがこちらに戻ってくれば後は闘うのみだ。そう、 「…………クヶ、ヵヵヵ……」 この暗闇のどこかに隠れ潜む母蜘蛛を倒す――闘いである。 ● 「ていうかなんなのこの蜘蛛の多さ――!? お、多すぎ! 絶対多すぎだよコレ――! 台所に出る黒い悪魔もビックリだよ!」 ヘッドライトで薄暗い地下を照らす文の視線の先には子蜘蛛の群れだ。 確認出来ているだけで八体はおり、瓦礫の隙間にいるのも合わせればもっといるだろう。それだけの数が密集し、蠢き、あまつさえは涎を垂らしてこちらを見ている。思わず文も半泣きである。 されど涙見せる暇は無い。数が増える前に倒して行かねばさらに涙目展開になる事必至である。故、彼女は覚悟を決めて踏み込んだ。かつて、鬼が握っていた短刀を新たな主は握りしめて、 「数を減らして行くよ……!」 ステップを踏んで切りつけた。一歩目で斜めに薙いで、二歩目で横に切りつけ、三歩目で一回転すれば複数の蜘蛛達を纏めて捉える。 「今ならどぉ~んと行けそうですね~♪ と言う訳でくらいなさいです~」 次いで奏音が追撃を掛ける形で光を放った。 それは聖なる光であり、攻撃だ。認識しうる限りの全ての蜘蛛を余さず包みこめば、小・中サイズの子蜘蛛達がそのままの意味で焼き払われていく。堪らじと、大きな子蜘蛛が出入り口となったシャッターに走れば、 「全く、油断も隙もあったものじゃない……!」 恵美を地上へ送り届けたリリィと丁度鉢合わせたようだ。シャッターの穴を乗り越えようとする子蜘蛛をリリィはまず蹴り上げ、宙に浮かせる。更なる動きで無防備な腹へとナイフを突き刺せば、そのまま抉りこませる勢いで腹を掻っ捌いた。 「……それにしても母親は一体どこに?」 言うは凪沙。超直観をフルに用いてどこかに居る筈の母親を探すが、発見できないのだ。 子蜘蛛はいくつか始末出来ているが母親を倒さねば何体湧くか分かった物では無い。早めに見つけてある程度位置を把握しておかねば後が面倒だと思考して。 「天井には居ないみたいだな……となると少なくとも壁か、下か――!?」 その時だ。3m程度の高さを飛行する雷音が視線を上から右下へと向けた瞬間、そこには“口”があった。子蜘蛛のソレではない。明らかに一線を画した存在の“口”である事が見た瞬間に察せられた。 ――まずい。もう既に狙われている、と思った瞬間には生きる為に反射的に体が動いていた。空中で身を翻し、少しでも離れようと行動すれば。 「ッ、ぅ! こいつ、いきなり心臓を狙って……!」 脇腹が僅かに喰い破られるが、なんとか致命傷は回避できたようだ。そして離れた先、改めて“奴”の存在を確認すれば――そこにいたのはやはり、一際大きな存在感を放つ母蜘蛛の姿。 近くに“獲物”が来たのを感じ取って奇襲してきたのだろう。脇腹から出血が止まらないが、まぁこの程度ならばまだ問題は無い。それよりも、 「――待てッ!」 再び暗闇に潜もうとする母蜘蛛を雷音は逃がさない。 手に持つ香水を投げつければ、硝子が割れる様な音と共に臭いが母へと染みついた。姿は見えなくなるが、これで暫くの間大体の位置を感じ取る事は可能になったと言えるだろう。臭いである故にある程度距離が近くなければ感じ取れないかもしれないが―― 「いや、俺なら分かる……! 戦場のどこにいようが、俺にはお前の位置が分かるぞ!」 猟犬持ちたるカルラならば距離に関係無い。広いとは言え窓の無い空間だ。その中で特に臭いの強い場所を特定することは彼にとって容易かった。今や母は、暗闇に潜みつつも位置はカルラを経由してリベリスタらに完全に筒抜けの状態と成ったのである。 「そ、こだぁ――!」 「……!? クケ、ヵヵ?!」 母が驚愕する。懐中電灯や奏音の発光である程度明かりがあるとは言え、暗闇に潜んだ筈の自分をこうも正確に捉えられるとは思っていなかったのだ。 故にカルラは往く。ランスを、死翼を構え、特注の噴射加速機を稼働させれば蜘蛛の体を突き破らんと跳躍した。己が身も削り暗黒の魔力を付与すれば更なる威力を伴って、 「ヵ――!」 穿った。 蜘蛛の血たる緑色の血液が飛び散れば、危険を感じた母は後方へと飛び退いて距離を取る。 「逃がさない……! こんな研究成果なんて、叩き潰してあげるよ!」 そこへ七が即座に間合いを詰めた。足の一つに刻むは死の刻印だ。 蜘蛛はそのままが一番と考える彼女にとってこんなおかしな生き物にされているのは許しがたい事だ。何より、悪趣味過ぎる。必ずや潰してみせようと気概を込めた一撃を放てば。 『おいおい俺の作品そんなボコボコにしないでくれねぇかな?』 キプリンギの声が聞こえた。いくつもあるスピーカーの一つからまた発せられており、 『マジさ、テメェらみたいな猿頭にはわかんねぇだろうが、そいつ作るのには色々苦労したんだぜ? 片っ端から猫とか犬とか攫って来てグチャグチャにかき混ぜてそっから遺伝子掻きだしてだな――』 「うるせぇ変態DT野郎。マニアが蜘蛛飼う話は聞いた事あるが、猿にも蜘蛛が飼えるなんてのはこっちが初耳だよオイ」 『アァン!? なんだと、やんのかコラぁ!? 女の中に一人だけ男とかテメェは俺じゃなくて女の尻でも追い掛けてきたのかァ?』 「うるせぇ! 女の気を引きてーからって一々絡めて声かけてくんなウゼぇ。引きこもりは引きこもりらしくお友達()と一緒に大人しくしてろや!」 キプリンギとカルラの罵り合いがピークに成ろうかという勢いで進められる。 その間も無論戦闘は戦闘として継続中だ。実際に、母の位置が特定出来ている内にと、壱也が投げるはカラーボール。鼻で探るだけでなく、目でも追える状況下にしておこうという訳だ。 しかしその時。何か、何か音が聞こえた。 足元で何かが起動するかのような電子音が。 視線を落とせばそこにあるのは爆弾で、 「これ、って――!」 瞬間。戦場域の複数地点において――爆発物が一斉に起動した。 ●バギーラ・キプリンギ 『ハイハイハイ、俺からの突発プレゼントだ! 有難く受け取れやオラ!』 爆破。言葉以外でキプリンギが唯一干渉できる手段だ。 別にさっきの挑発にキレた訳ではない。キレてない。うん、キレてないっすよ。 ……真面目な話。母蜘蛛が逃げれる隙を作る為に一斉起爆させた訳である。このままでは袋にされて終わる可能性があった。それは避けたい故に。 「――こんな小細工程度で、あんまりわたし達を舐めないでよね!」 爆風の中から真っ先に突き抜けて来たのは壱也だ。 爆発の影響か右脚を負傷しているが、関係ないとばかりに左脚に力を溜めて跳躍。前進する。 「わたしを盗撮とはいい度胸じゃない…… あんたらいつか殴り飛ばしてあげるから覚悟しときなさい」 道中、見つけた隠しカメラに目線を合わせて、はしばぶれーどを肩に構えれば、 「わたしの名前は羽柴壱也だよ――宜しく、ね!」 勢い良く振り降ろし、カメラを粉砕した。 遠くのスピーカーからウアアアッ――! と苦しむ様な声が聞こえたが、恐らくカメラを壊した時の音がマイクを伝って大音量と成り耳を襲ったのだろう。良い気味だ。放っておこう。 「皆、母蜘蛛は壁に張り付いてるわ! 子蜘蛛がどんどん溢れて来てる……!」 そして七が示した先。母は先の騒ぎに紛れて壁の少し高い所に張り付いていた。 下に居ては囲まれると感付いたか、降りるつもりは無さそうだ。そこから悠々と子を生みだして送りこんできている。 「ま、まだ来るのぉおお!? もうやだホント、多すぎだよ――!」 「うむ……ボクもちょっとアレだけ多いと苦手だな。わしゃわしゃしてると、うん、怖い。 だがそうも言ってられないか……來來氷雨!」 文に雷音は、まるで蛆の様に群れて来る子蜘蛛達に気味悪くなっているようだ。 とは言えここで逃げる選択肢は無い。降りてくる子を殲滅する為に武器を手にとって迎撃の構えだ。文は短刀で切り刻み、雷音は呪力で雨を降らせ、ついでとばかりに目に付く爆弾も巻き込んで破壊した。 「ちぇぇぇぇすとぉぉぉぉぉッ――!」 凪沙が声を張り上げ武舞を降りてくる子達目がけて展開すれば、小さな子蜘蛛達が壁に叩きつけられ血飛沫と散る。が、それを耐えきる大きめの子蜘蛛は飛び跳ね、 「――ッう!」 リリィの腕へと鋭い歯を突き立てた。 骨に届く勢いのソレは激痛を走らせて。 「こ、の程度の傷がなんだって言うのよ!」 声を張り上げリリィは魔術の炎を発生させる。 目標は遠方、母蜘蛛の居る地点だ。生まれた子もろとも焼き払わんとすれば。 「――ヵ、ク、ケヵッ!」 歪な悲鳴と共に母が糸を吐きだした。 降りて噛みついては危険と未だ判断している為だろう。遠距離から糸を吐きだした先、降り注ぐ粘着性の物質は一番近場の飛行している雷音へと纏わりついた。が、 「そうはいかないのですね~♪ 奏音が対処させてもらいます~♪」 すぐさま奏音が反応し、邪気を祓う光で糸の麻痺性を打ち祓った。 癒しの詠唱を行って味方の回復に専念していたが、ブレイクフィアー持ちの雷音の行動が固められるのはまずいと感じたからだろう。ねばつく糸はその性質を失い、力無く溶けて行った。 「そろそろ降りて来て貰おうか……!」 そしてカルラより発せられる暗黒が母蜘蛛を容赦なく襲う。 先の糸とは違う性質で母へと纏わりつき、逃がさない。壁に張り付きなんとか耐えようとするも、度重なる攻撃に足が滑ったのか体が揺らぐ。 直後、その巨体が地へと落下した。 「――ヵ、ッ!」 「チャンスだね! 今なら、届く!」 「もう一度刻印を……刻んであげるよ……!」 落下による鈍い音が響いたと同時、近接で届く様になった壱也と七が母蜘蛛へと踏み込む。 壱也は全身のエネルギーをぶれーどに集中させ、七は死の刻印を再度刻まんと往く。先の衝撃が響いているのか母の回避は一瞬遅れて――直撃した。 「ヵ、ヵヵ……ヵヵヵ!?」 血が止まらない。足の位置が定まらない。体の軸を維持できず、立つことが出来ない。 限界が来たと言うことだ。どれだけ命を弄繰り回しても生きているのならいずれ死は訪れる。それが今、来たのだ。 「……!? 子が――」 炎を纏った拳で残存の子を倒していた凪沙は見た。 母から新たに生まれようとしている子が“溶けている”。いや正確には、溶けながらにして生まれている、と言うべきか。いかなる状況でも生まれてくる能力であるが故に、母体が限界を迎えてもなお生まれようとしているのだ。 腹から生まれる。溶けて、液体となって、それでも意思に関係無く生まされて、生命として誕生して、すぐ消えて、産声挙げれば他の子の液体が押し寄せ溺れて死んで、肉が無いから目が零れ、歯が浮かんで、骨とぶつかり、混ざり合えばそれも溶けて。 生まれて死んで生きながら溶けてやっぱり死んで、それが高速で巻き起これば終焉はさらに早まり。 「――」 最後は生まれてくる子達の上に、限界迎えた母の体が落ちて来て、 全部潰れて死に果てた。 ●蜘蛛 ――闘いは、終わった。 「一つの命が……こんな風になるなんて……」 動かなくなった母蜘蛛を壱也は見据えながら呟いた。 恐らくキマイラというからには様々なモノが掛け合わされたのだろう。あらゆる命が犠牲と成り、混ぜ合わされて――そして今、また死んだのだ。 「どうやら母は溶けていないようだな。何か、手掛かりになるかもしれない……」 言うは雷音だ。体は無事な母蜘蛛から、何か情報を得ることは出来ないかと近付けば、 『はい、それじゃリベリスタの皆さんおつかれちゃ~ん』 キプリンギの声が聞こえた。と、同時。母蜘蛛の周囲で爆弾が炸裂する。 頭が吹き飛び、肉片と子らの液体が近寄ろうとしていた雷音の顔に飛び散って、片目の視界を塞いだ。まだ生温かい肉の塊は気色悪い所の話で無く、 『うん御協力有難うございまぁ~したぁ! この御礼は後ほど仇として返させて頂きま、』 「……臆病者ほど吠えるとは良く言ったものだ。 次は貴様を倒すつもりなのだ、バギーラ・キプリンギ。首を洗って待っているがいい!」 顔に張り付いた肉片を払い落としつつ、スピーカーを破壊する。 出来ればそう言ったモノから情報を得たいが、向こうも向こうで警戒はしているだろう。何か情報を得ることが出来ても、確信に至る程の情報が流れる確率はほぼ皆無と言って良かった。 「と、とにかく撤収しよう……? さっきも爆発したけど、もしかしたらもっと大きな爆弾が仕掛けられているかもしれないし……そ、それに……」 文が見るのは溶けてはいない子蜘蛛の死体だ。 戦闘中に増えた無数の死体はあちこちに転がっており、背筋に寒気が走る様な光景である。虫に関してはそれほど苦手ではない彼女であっても、長居したい気持ちは無かった。 「そうね、地上で待ってる恵美の無事も確認したいし……一旦アークに帰還しましょう」 リリィが言葉を繋げば、皆が同意する。爆発物が道中に無いか、注意をしながら入ってきたシャッターへと進めば、最後に出ようとしたカルラが振り返り、 「――人は街に、猿は木に、蛆虫はゴミ溜めにってな。お前も似合いの廃棄場へさっさと逃げ帰れよクソカスが!」 聞こえているか分からないが、それでもと言葉を残して脱出する。 現場にあったほとんどのスピーカーは壊された。しかし、その壊された中の一つからノイズ混じりに声が流れた。 狂った様な――それでいて、とても不愉快になる笑い声だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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