● 街灯もまばらな裏通りで、少年――井崎康孝(いさき・やすたか)は異形の怪物と戦っていた。 周囲はひどく薄暗かったが、夜目が利く彼の瞳には怪物の姿がはっきりと見える。 一メートル以上もある大きな蜘蛛の背に、子供の上半身が生えていた。 子供の双眸は虚ろに濁り、口を開けば意味をなさない奇声を上げる。 人の形はしていても、頭の中身は人からかけ離れているらしい。 もっとも、康孝にとってはその方が戦いやすくはあったが。 ガントレットに覆われた両腕でガードを固め、数歩下がって呼吸を整える。 自然に眠る力を体内に取り込み、康孝は自身の傷を癒した。 ――それにしても、何なんだ、こいつは。 対峙する怪物を眺めながら、康孝は考える。 この数ヶ月、神秘に歪められたモノと戦ってきたが、人と虫が混ざったような奴は、これが初めてだ。 肩越しに振り返り、さっき逃がした男の姿が見えなくなったことを確認する。 人が怪物に襲われているのを見て助けに入ったのだが、とりあえず目的は果たせたようだ。 とはいえ、敵は自分をそう簡単に逃がすつもりはないだろう。 康孝としても、こんな危険なものを放っておくわけにはいかない。 「……!」 怪物が康孝の眼前に迫り、蜘蛛の顎で喰らいつく。 脇腹の肉を持っていかれたが、それでも彼は一歩も退かなかった。 咄嗟に蜘蛛の脚を一本掴み、牙を立てて体液を啜る。 いかにも不味そうだが、この際構ってはいられない。 「こんなところで死ねるかよ……!」 思わず口を拭いつつ、康孝は怪物を睨む。 自分の手に余る相手とは承知しているが、だからといって大人しく殺されてやるつもりもなかった。 ――まだ、でかい借りが残ってるんだ。 命を救われた借りを返すまで死なないと、そう誓ったのだから。 ● 少年と怪物の戦いを遠巻きに眺める白衣の男たちが、淡々と言葉を交わす。 「アークを釣るつもりが、とんだ横槍だな」 「まあ、連中が駆けつけるまでの前座にはなるだろうさ。データは有効に利用すればいい。 万が一痛手を被ることになっても、こちらにはあと二体いる。 予定通りアークが来ればそれで良し、そうでなければ実験体が増えるだけだ」 周囲を強力な護衛に固められた彼らの口には、薄い笑みが浮かんでいた。 「研究の成果は上がりつつある。焦らずとも、我々の望む結果が出る日は遠くないだろう――」 ● 「最近、六道派フィクサードの動きが活発になってきてるのは知ってるな。 今回は、奴らの研究の産物と思われる謎のエリューションと戦ってもらうことになる。 ちょっと急ぎの事情もあるんで、駆け足になるがよく聞いてくれ」 ブリーフィングルームに全員が集まったのを確認すると、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は挨拶もそこそこに任務の説明に移った。 「謎のエリューション……『エリューション・キマイラ』と呼ぶべきかな。 こいつらは以前にも出てきたことがあるが、ノーフェイスでもなければE・ビーストでもない。 当然アザーバイドでもなければ、他のエリューションの分類にも当てはまらない存在だ。 おそらくは、人為的に手が加えられた『研究の結果』として生み出されたんだろう」 今回、戦うことになる『E・キマイラ』は三体。 いずれも、巨大な蜘蛛に、人の上半身を組み合わせたような姿をしている。 強靭な顎や、粘着性の糸で攻撃してくる他、リベリスタやフィクサードが使う攻撃スキルとよく似た技を操るようだ。もともと耐久力が高い上に自己再生能力をも備えているため、倒すには骨が折れるだろう。 「現場でフリーのリベリスタが一人、『E・キマイラ』の一体と戦っている。 三体の中では一番攻撃力が弱い個体だし、相手をするリベリスタもそこそこ防御が堅いもんで持ち堪えてはいるが……正直、勝ち目は薄い」 残りの二体は、まだ戦いに加わっていない。 六道派の真意は不明だが、おそらくはアークのリベリスタが来ることを予想し、それに備えて温存しているのではないか――と、数史は言う。 「リベリスタの名前は井崎康孝(いさき・やすたか)。十七歳の少年で、ヴァンパイアの覇界闘士だ。 以前、別の事件でアークのリベリスタに命を救われているが、アークへの勧誘は断っている。 その後、フリーのリベリスタとして独自に動いていたようだな。 E・キマイラと戦いになったのも、襲われそうになった一般人を助けに入ったから、らしい」 一般人は無事に逃げおおせたが、代わりに井崎康孝が命の危機に晒されている。 急げば、彼が倒される前に現場に辿り着くことが出来るだろう。 「六道派のフィクサードが遠くから現場を監視しているが、申し訳ないことに、『万華鏡』でも連中の戦力や正確な位置は掴めていない。 E・キマイラとの戦いに直接介入してくることは無いはずだから、今回は放っておいた方が無難だろう」 ただでさえ強力なE・キマイラを三体も相手にする上、六道派フィクサードとも戦うのはリスクが高すぎる、ということらしい。 「いつにも増して厄介な話で申し訳ないが、放っておくわけにもいかない。 ――どうか、気をつけて行ってきてくれ」 数史はそう言ってファイルを閉じ、リベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月19日(土)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 人気の無い裏通りを、八人のリベリスタが駆ける。 時刻は深夜。街灯は酷くちらついており、いかにも頼りない。『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)、『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)が持つ熱感知は、戦いの役に立つことだろう。 『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)が、肩に括った懐中電灯のスイッチを入れた。今回、暗闇でも支障なく動けるメンバーは多いが、彼を始めとして夜目が利かないメンバーも数名いる。薄暗くて敵がよく見えないとあっては、そもそも戦いにならない。 この先では、リベリスタの少年が単身でE・キマイラと戦っているはずだった。 井崎康孝――彼と面識のある『銀猫危機一髪』桐咲 翠華(BNE002743)が、走りながらぽつりと呟く。 「……相変わらず、厄介な相手に絡まれるわね?」 翠華は、以前に康孝の命を救ったリベリスタの一人だ。 前回は死者の無念から生まれたE・フォースの群れ、今回は六道の研究の産物たるE・キマイラ。いずれも、強敵には違いない。 まして、数ヶ月前の康孝は駆け出しの革醒者に過ぎなかった。あれから彼がどれだけ経験を積んだかは知らないが、E・キマイラを一人で倒すのは難しいだろう。 「研究の為の当て馬にされてるんだね。 まぁ露骨に利用されてるとしても逃げ出せないのが正義の味方の辛い所だね」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の言葉を聞き、『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)の瞳に力が篭る。 「……実験に付き合う訳じゃ、ない。守りたいもの、守りに行くの、です」 その声には、研究のために犠牲を厭わぬ研究者たちへの静かな怒りが込められていた。 「井崎康孝君はかつてアークのリベリスタに助けられたことがあるそうですが、 その命がアークの手で再び助けられることになるとは本人も思っていないでしょうね」 アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の声に、『人造リベリスタ』桜花 苺(BNE003725)がふと思考を巡らせる。 聞けば、井崎康孝は『リベリスタへの借りを返す為に強くなる』と誓っているとか。 (リベリスタ達は自分の仕事を果たしたのみ。それを借りと感じるのは、心によるものなのでしょうか) “作られた”苺に、心と呼べるほどの感情の動きはまだ無く。 彼女はこの世界を守るため、様々な情報を集めて心を理解しなければならない。 (井崎様の気持ちを聞けば、苺にも心が少しでもわかるでしょうか――) そのためには敵を撃ち滅ぼし、彼を救う必要があった。 「まぁ、何かがあっても嫌だし……さっさと片付けてしまうわよ」 そう言って、翠華が走る足を速める。 数ヶ月前、生きる目的を見失っていた康孝にかけた言葉を、うっかり思い出してしまったからだ。 気恥ずかしさを覚えつつ、彼女は心中で声を放つ。 (別に私が行かなくても良いと思うし、心配してる訳じゃないんだからねっ!) 再会の時は、もう目の前に迫っていた。 ● 炎を纏う康孝の拳が、子供の上半身を生やした蜘蛛を打つ。 辛うじて当たりはしたものの、厚い装甲に阻まれてダメージは浅い。 「ちっ……!」 現状は一進一退の攻防と言っても良いが、長期戦になれば自己再生がない分、康孝が不利だ。 彼もそれは承知していたが、だからといって退くつもりもない。 諦めずに拳を握る康孝の背後で、男の声が響いた。 「天に煌めけ、神秘の力ぁぁ!!」 気合とともに、喜平が愛用の大型散弾銃に外付けされた打ち上げ銃を天に向ける。 マグネシウムと硝酸ナトリウムが巻き起こす超神秘現象――もとい特注の照明弾が、空を照らした。 康孝に駆け寄ったユートが、新手を警戒しつつ声をかける。 「よォ、頑張ってンじゃねェの、兄弟。俺達の仕事も残しといてくれな?」 「たった一人でありながらよくぞ耐えた、康孝殿」 変幻自在の影を足元から伸ばす幸成に名前を呼ばれ、康孝は驚きの表情を浮かべた。 「助太刀するぜ、俺たちはアークだ」 「アークだって?」 アウラールの言葉を聞き、康孝が目を丸くする。 振り返った先に、借りを返すべき恩人の一人――翠華がいた。 「相変わらず元気そうね。……ちょっと、力を貸してもらうわよ?」 康孝の近くに立った彼女は、血の掟を己に刻んで運命を引き寄せる。 前に出た仲間達のやや後方についたアルフォンソが、防御の効率動作を瞬時に共有して全員の守りを固めた。 康孝は気付いていないが、敵はまだ二体のE・キマイラを温存している。 数の上でも多勢に無勢、あのままでは彼に勝ち目は無かった。 少年がむざむざ殺されるのは、アルフォンソにとっても寝覚めが悪い。早急に敵を撃破し、康孝の命も守らねば。 「魔素増幅」 敵からの射線を遮るように前衛の陰に立った苺が、体内の魔力を活性化させる。 待機していたフィネが天使の歌で康孝の傷を癒した直後、道の両側にそびえ立つ廃ビルの屋上から、二体のE・キマイラが糸を伸ばして滑り降りてきた。 男性と女性、成人した人間の上半身を生やした蜘蛛の胴体は、先の一体よりもかなり大きい。 素早く着地した男性型キマイラがオーラの糸を放ち、リベリスタ達を次々に狙い撃った。 身体能力のギアを大きく上げた喜平が、糸を掻い潜って女性型キマイラに相対する。鈍器としても扱われる大型の散弾銃から繰り出される打撃、そして至近距離から打ち出される弾丸――芸術的な冴えを秘めた攻撃の数々が、女性型を幻惑してのけた。 「このような所で果てるわけにはいかんので御座ろう? 敵の加勢がある以上、ここからは自分達も加勢致そう」 康孝に向けて肩越しに語りかけた幸成が、女性型に肉迫する。後ろに下がっていろ、などとは言わない。自らの意志でここに立っている以上、康孝も戦力の一人として扱うつもりだ。 幸成の全身から伸びる気糸が、女性型を絡め取る。女性型をブロックする二人のやや後方についたフィネが、脳の伝達処理を高めて自らを集中に導いた。 子供型キマイラが放つブレイクフィアーに酷似した光が、女性型の魅了と麻痺を払う。 直後、業火を帯びた蜘蛛の糸が、炎の雨となってリベリスタ達に降り注いだ。 「なまじな打撃より怖ェんでな」 アウラールと共に男性型のブロックに向かうユートが、仲間達を包む炎をブレイクフィアーで消し去る。 「何なんだ……こいつら」 革醒者の技を用いるキマイラ達を見て、康孝が呻くような声を上げた。 「この人達は六道といういかれた革醒者グループが、実験材料にするために攫ってきた人達だろう。 元は人間だよ、この組み合わせは……親子だろうな」 男性型を抑えるアウラールが、ジャスティスキャノンを撃ちながら康孝に答える。 「人間だって……!?」 「……もう理性も残ってはいないだろう。こうなっては倒すしかない、そっちは任せる」 アウラールの言葉を聞いた康孝の表情が、怒りに歪んだ。 夫婦と思われる二体のキマイラに視線を走らせる彼を、翠華が嗜める。 「こいつらは、私達が何とかするから……そのまま、目の前の敵を倒せば良いのよ」 努めて冷静に言い放った彼女は、かつての恩人が使っていた投擲用ナイフ“神風招来”を立て続けに放った。それで少し頭が冷えたのか、康孝が眼前の子供型へと向き直る。燃え盛る炎の拳を叩き込む彼を一瞥した後、アルフォンソは色素を欠いた赤い瞳で三体の敵を見据えた。確実に攻撃を当てるため、自らの集中を高めていく。 「雷光解放」 抑揚のない苺の声とともに放たれた一条の雷が、夜の闇を蒼白く染め上げた。 ● 速度で敵に勝る喜平が、光の飛沫を散らしながら女性型に散弾を浴びせる。直撃こそ紙一重で避けられたものの、至近距離からの銃撃は確実に蜘蛛の装甲を傷つけていた。 人ならぬ叫び声を上げた男性型が、前に立つユートとアウラールの急所を的確に狙って連続攻撃を仕掛ける。並のリベリスタなら混乱に陥っていたところだが、精神攻撃に耐性を持つ二人はそれに耐えた。 続いて、蜘蛛の脚がアウラールを抱擁するかのように彼を刺し貫く。 傷を癒そうと動いたフィネは、キマイラの虚ろな瞳を正面から見てしまった。 感情も何も読み取れない、底なし沼のようにどろりと濁った双眸。 一瞬怯んでしまった自分を叱責するように、フィネは頭を横に振る。 ――終わらせるしかできない。だからせめて、逃げないことで、あの命に報いる。 癒しをもたらす天使の歌声が響く中、幸成が動いた。 此度、彼が携えてきたのは護衛忍務用ではなく、暗殺忍務用の攻撃的な装備。 最も警戒すべき高火力の担い手に対し、守りに入るのはかえって不利だ。 「早々に片付けねばこちらが危うい故、優先して討伐致す」 黒き殺意を帯びた影が女性型の肌を裂き、その再生能力を封じ込める。反撃とばかりに幸成を蜘蛛脚で抱擁した彼女は、再び業火の雨を降らせた。 アウラールがブレイクフィアーで消火にあたる中、大盾を翳して防御に徹するユートが忌々しげに口を開く。 「ケ、蜘蛛人間ってもどっちかってーとアレだな。 まァフィクサードにその手の話期待する方が間違いかよ」 キマイラの“元”を考えれば腑が煮えくり返る思いだが、それを今言っても仕方が無い。 まずは、目の前の仕事――戦場に立ち続けることに全力を尽くす。 子供型を抑える康孝は、まだ持ち堪えられそうだ。翠華は一旦彼のもとを離れ、ダメージが大きい苺のフォローに向かった。 「回復は、本業じゃないんだから……あまり期待しない方が良いわよ」 放たれた符が、苺の火傷を癒す。アルフォンソが、女性型に誘導性の真空刃を放った。 敵味方が入り乱れる戦場では、対象を選ばず炸裂する閃光弾は使い難い。そう判断した彼は、確実にダメージを与えられる攻撃に切り替えたのだった。その後を追うようにして、苺の雷光が激しく荒れ狂って敵を撃つ。 混乱の効かぬユートとアウラールが男性型を、麻痺を弾く康孝が子供型を抑える間に、リベリスタ達は 女性型を集中的に叩いた。ブレイクフィアーに酷似した技を操る子供型の存在もあって状態異常で縛り続けるのは厳しいが、確実にダメージを蓄積させていく。 追い詰められつつある女性型が、絶叫を上げて蜘蛛糸を乱射した。 いかに前衛の陰で射線を遮ろうと、全体攻撃までは防げない。糸に貫かれたアルフォンソと苺が、己の運命を差し出して自らの体を支える。 「研究、いったい、何のための研究だというの、でしょう」 癒しの福音を奏でて仲間達を癒すフィネが、悲しげに呟いた。 「すくえなくて、それでも取り零すまいと必死に足掻く、優しい人達を巻き込んで。 こんな悲しい存在、生み出して。いったい、何が成せると」 地を這う女性型の逃げ道を塞ぐようにして、廃ビルの壁に喜平が立つ。 「精々見せてやるとするか、こんな研究幾ら重ねても何にも成らない現実ってのを」 愛用の大型散弾銃が、勢い良く振り上げられた。 大雑把なようでいて的確に狙い澄まされた打突と銃撃の嵐が、光の飛沫の中に女性型を撃ち倒す。 女性型さえ倒してしまえば、もはや敵に全体攻撃はない。後衛の安全は、より確保しやすくなるはずだ。 次の目標である男性型に駆けた幸成が、敵を拘束すべく気糸を放つ。攻撃を加えつつも、彼はフィネの前方に立って射線を遮ることを忘れなかった。回復の要といえる彼女を危険から庇うことも、忍びの務め。 今まで防御に徹してきたユートが、攻撃に転じた。大上段から振り下ろされる刃が、神聖なる力をもって男性型を穿つ。攻撃は最大の防御――ここまで来れば、いっそ早めに倒してしまった方がかえって仲間の被害は少ない。 翠華が投擲したナイフが、白刃に風を纏って二体のキマイラを貫く。慎重に攻撃の狙いを定めるアルフォンソの後方から、苺が再び蒼き雷光を解き放った。 子供型の放った光で気糸の拘束から逃れた男性型が、鋭い蜘蛛脚でユートを抱擁する。 直後、男性型を中心に広がったオーラの糸がリベリスタ達を射抜いた。 左肩を抉られた翠華の前に、康孝が立つ。かつて命を救われた借りを、少しでも返そうとするかのように。 翠華は僅かに微笑むと、不敵な声とともに“神風招来”を投擲した。 「この程度で、私達に勝てると思わない事ね?」 すかさず、アルフォンソが真空の刃で追い撃ちを加える。咄嗟に身を捻った男性型の寸前で曲がった刃が、ナイフに貫かれた傷をさらに広げた。 苺の周囲に、彼女が展開した魔方陣が浮かび上がる。 「魔矢射出」 そこから放たれた魔弾が男性型の心臓を過たず撃ち抜き、これを斃した。 これで、あとは一体。 アウラールのブレイクフィアーとフィネの天使の歌で体勢を立て直したリベリスタは、残る子供型に集中攻撃を開始した。 子供型に肉迫して死の爆弾を炸裂させた幸成が、康孝を見る。 「その実力、見せて貰うと致そうか」 彼の言葉に応えるように、康孝が炎の拳を子供型に叩き込んだ。 仮に康孝が倒れるような事態になれば、幸成はすぐさま彼を退避させるつもりでいたが――男性型の抑えを担当していた二人がその攻撃の大半を引き受けていたこともあり、思ったよりも康孝の傷は浅い。これなら、心配は要らないだろう。 子供型が放った蜘蛛糸を、喜平が身に纏ったロングコートの裾で払いのける。 人のかたちを外れ、心すら失った哀れな子供の姿を、アウラールの双眸が映した。 「ごめんな。俺達には、君たちの尊厳を無視し、意に反する行為をさせ続ける 最低な連中との関わりを断ち切ってやることしか出来ない」 詫びる言葉とともに、決意を秘めた十字の輝きがキマイラを射抜く。 続いて繰り出されたユートの一撃が、神聖なる力をもって最後の敵を打ち砕いた。 ● 戦いを終え、「久しぶりね?」と言った翠華に、康孝は複雑な表情を返した。 「礼は言っておく。……また、借りが増えたな」 「色々、聞きたい事とかあるけど……後で、聞かせてもらうわよ」 そう言って、翠華は彼から離れた。 代わりに進み出た苺が、平坦な声で康孝に語りかける。 「井崎様はリベリスタに助けられたと聞きます」 「ああ、そうだ」 「それはあくまで任務としての行動。井崎様は何故、彼らに借りと感じているのでしょうか」 苺の問いに、康孝は面食らったようだった。 「……どう言えば良いんだろうな。任務でも何でも、助けられた事に違いはないだろ。 他の奴がどう思うかは知らないが、俺は助けられたまま終わるのは嫌なんだ。 助けてもらった分、助けることで返したい。それだけだ」 未だ心を持たぬ苺に、康孝の答えはどのように届いたのだろうか。 続いて、アルフォンソが声をかける。 「以前、貴方はアークへの勧誘を断ったそうですが……もう一度考えてもらえませんか」 思わず眉を寄せた康孝に、彼は“万華鏡”について説明した。 「万華鏡の情報を元に、一人ではなくチームで動くことで、困難な任務も可能となります。 より多くの人を助けることもできるでしょう」 アウラールもまた、康孝に語りかける。 「アークのリベリスタには仕事を選ぶ権利がある。だからここにいるのは、俺の意志だ。 君はどうだろう? これ以上こんな事には関わりあいたくないと思うかい? それとも、理不尽と戦い続ける意志があるだろうか?」 「……俺は逃げるつもりはない。見て見ぬフリなんて、できるかよ」 康孝の返答を聞き、アウラールはさらに言葉を続けた。 「もしそうであるなら、俺達にはあいつらと戦う力が必要だ。 その気があるなら、俺達と一緒に行かないか?」 難しい顔で、康孝は考え込む。 借りを返す前に誘いに乗って良いものか、思案しているようでもあった。 これまで黙っていた喜平が、軽く肩を竦めながら口を開いた。 「理由あってのソロプレイなんだろうけどさ…… 意地と現実、何処かで折り合いをつけないと次は本当に死ぬよ」 痛いところを突かれ、康孝が唇を噛む。 命が惜しいわけではないが、借りを返せないまま死ぬのは不本意極まりない。 「……ま、群れンのがなんとなく好かねェ気分は俺も否定はしねェんだけどな。 キツいと思ったら無理せず来いよ。意地張って死んじまったらお互い後味悪ィからな」 ユートの言葉に続き、フィネがそっと語りかける。 「お試し期間、とか。その程度で良いんじゃないかって、思うのです。 いっしょに戦いたいと言ってくれる人。自分のこと、考えてくれる人―― 心配をかけ続けるより、一歩、踏み出してみる方が、ずっと良いって」 顔を上げた康孝に向けて、幸成が声を重ねた。 「自分達と肩を並べて戦えると康孝殿が思える時来たらば……ARKに来るとよう御座るよ」 最後に。再び前に出た翠華が口を開く。 「今……アークは人手不足で、戦える人が少しでも欲しいのよ? 一人で戦う位なら、来なさいよ。これ以上、心配してやる気はないんだからねっ!」 顔を背けながら、早口で語られた言葉。 それを聞いて、康孝はとうとう心を決めた。 「わかった。これ以上借りが増えたら、返すのが追いつかないからな――」 ● 「連中を押し切るにはまだ力不足、か」 「さらなる改良が必要だな」 戦闘テストを終え、記録を済ませた白衣の男達は、そう言葉を交わして現場を後にする。 蓄積されたデータは、いずれ研究を完成に導くだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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