● 恋が永遠に続くだなんて、夢見てたわけじゃなかった。 人の心は移り気で、ちょっとしたことで離れていく。 それを、私は知ってたはずなのに。 一週間。たった一週間で、この恋は終わってしまった。 初めて会った時、先に声をかけてきたのは彼。 仲良くなった時、付き合おうと言ったのは彼。 そして。やっぱり別れようと、そう切り出したのも彼。 何がいけなかったんだろう。 寝坊して、待ち合わせに五分遅れたのがダメだった? デートのために買った、新しい服が似合ってなかった? それとも――なんだろう。 一週間で、恋人として合う合わないとかって、わかっちゃうもの? 今日が、休みで良かった。 車を遠くに走らせて、とにかく一人で静かに過ごしたい。 そう考えて、私はこの湖まで辿り着いた。 車を降りて、湖に近付く。 まるで鏡みたいに、綺麗な水面。見ているだけで、心が落ち着く気がする。 自分の気持ちをリセットさせるために、ここは良い場所に思えた。 別に、これが初めての失恋ってわけじゃない。 少しだけ、ほんの少しだけ時間があれば、私は立ち直れる。 もっと湖に近付こうとした時、水面がぼこぼこと波打った。 湖の真ん中から、半透明の――人影みたいなものが浮かんでくる。 まさか、幽霊……? そういえば。ここは自殺の名所だって誰かが言ってた気がする。 でも。だからって、こんな昼間から出てくることないでしょう? 咄嗟に逃げ出そうとした時、半透明の人影は消えた。 代わりに現れたのは、彼の姿。 ――あのさ、期待ハズレだったんだよね。オマエに告白なんかして損したわ。 ちがう。彼じゃない。 いくらなんでも、ここまで酷いことは言われてない。 心の中で叫ぶ私を無視して、頭の中に彼の声が響いた。 ――オマエさあ、生きてる価値ないよ。ここで死ねば? 彼に言われるまま、ふらふらと足を踏み出す。 底がまったく見えない、深い湖の水面に向かって。 私の意識は、そこで途切れた。 ● 「自殺者の思念から生まれたE・フォースが、一般人の女性を湖に沈めて殺そうとしている。 今回の任務は、一般人女性の救出とE・フォースの撃破だ」 アーク本部のブリーフィングルームで、ファイルを手にした『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って説明を始めた。 「E・フォースはフェーズ2、半透明の幽霊みたいな姿で湖の上に浮いている。 戦いになれば、こいつの犠牲になったE・アンデッドが三体加勢してくるから、敵は合計四体になるな」 戦場は湖の上。敵は水面の少し上に浮いた状態で、しかも湖の外に出ようとしない。 湖はかなり深いので、飛ぶか、水の上を歩くかしない限りは、近接攻撃を仕掛けるのは困難だ。 「一番厄介なのは、湖に幻を映し、それを見た人間の心の傷を抉るというE・フォースの能力だな。 まともに喰らうと、自分の意思に関係なく湖に身投げする羽目になる。 ――抵抗するには、とにかく心を強く持つしかない」 現場にいる一般人女性は既にこの能力の影響下にあり、湖に飛び込む寸前だという。 すぐに阻止しなければ、間違いなく溺れて死んでしまうだろう。 「この一般人女性は『朝美(あさみ)』という名前で、年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだ。 彼女、付き合っていた男にフラれたらしくてな。 気分転換にこの湖に来て、E・フォースに襲われたらしい」 本来は前向きな性格で、失恋で自殺を選ぶような女性ではないようだ。 彼女が不本意な死を迎える前に、その命を救って欲しいと、数史は言う。 「これ以上、E・フォースの犠牲者を増やすわけにはいかない。 骨の折れる任務だが、どうかよろしく頼む」 数史はファイルを閉じると、リベリスタ達に向けて頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月21日(月)22:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 幻に心奪われた朝美が、湖に向かって歩いていた。 水面の少し上に、亡霊の如きE・フォースと、半ば腐りかけた三体のE・アンデッドが浮かんでいる。 そこに駆けた『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が朝美を背に庇うと、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)が彼女を押さえ込んだ。 ユートの腕の中でじたばたと暴れる朝美の後姿に、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が叫ぶ。 「朝美、キミの未来はそっちじゃない……こっちだ!!!!」 彼は『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)と共に朝美達の前に立ちはだかり、壁を作った。 「貴方はここで死ぬべきじゃない。 たとえ夜になっても、たとえ雨が降っても……必ずいつか、日は昇ります。 だから、救ってみせます」 足元から意思ある影を伸ばす『鏡花水月』晴峰 志乃(BNE003612)が、朝美に声をかける。今はまだ、言葉は届かないかもしれないけれど。 友人から譲り受けた斬馬刀“臥龍桜花「宵霞」”を引き抜きながら、『空中楼閣』緋桐 芙蓉(BNE003782)が湖上のE・フォースを見た。 「自殺を促すエリューションですか。 景勝地はそのまま自殺の名所と言われたりしますし、実際死者に誘い込まれるとも言われてますが……」 これ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。 彼女は防御の効率動作を全員と共有し、仲間達の守りを固める。 水際に立った『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)が防御のオーラを身に纏った直後、半透明のE・フォースが禍々しい瘴気を放った。 「自ら命を放棄するような弱虫が、生者の足を文字通り引っ張るか! 沈むなら一人で勝手に沈んでいろ!」 怯むことなく、風斗が声を張り上げる。全身に闘気を漲らせた彼は、白銀の愛剣“デュランダル”を鋭く抜き放った。 飛来した真空の刃に肌を裂かれたE・アンデッドが、風斗に視線を向ける。 今にも腐り落ちそうな身を揺らして迫り来る死人たちを、零二の残影剣が迎え撃った。 前衛達が敵の気を惹く隙に、ユートが抵抗する朝美を両腕で抱え上げる。 「……悪ィが詳しく話聞いてる暇がねェ!」 後退したユートに朝美を託された『チープクォート』ジェイド・I・キタムラ(BNE000838)が、彼女を敵の射程外に連れ去った。 ● 朝美を湖から引き離したジェイドは、彼女をロープで拘束する。 これも命を守るためだ。悪い夢とでも思って、戦いが終るまで我慢してもらうしかない。 「生きてれば機会は幾らでもあるさ」 完全に動けなくなった朝美を木の陰に隠して安全を確保した後、ジェイドは戦場に戻る。 その頃、残りのメンバーはE・アンデッドに狙いを定めて攻撃を仕掛けていた。 湖上から動かぬE・フォースが撃ち出す瘴気を掻い潜り、ユートが十字の光でE・アンデッドの一体を撃つ。怒り狂った死人が上げる呪いの叫びを、彼は悠々と耐えた。毒はともかく、ユートに麻痺など通用しない。 続いて、残る二体が呻くように嘆きの声を漏らす。動きを封じられた志乃を見て、ステイシーが邪を払う光を輝かせた。 麻痺から立ち直った志乃が、素早くリボルバーの引き金を絞ってE・アンデッドを撃つ。 炎、雷、氷、毒――様々な状態異常に蝕まれて絶叫する死人に、後方から戦場全体を視野に収める芙蓉が「宵霞」の切先を向けた。そこから生じた神秘の刃が、的確な追い撃ちで傷ついたE・アンデッドを屠る。 今回のメンバーは状態異常には強いものの、その一方で傷を癒す手段には乏しい。 味方の損害を抑えるためには、敵を一体ずつ迅速に落としていく必要がある。 前衛たちの挑発、そしてユートらのジャスティスキャノンで引き寄せた死人たちに向けて、リベリスタ達は攻撃を集中させていった。 風斗の“デュランダル”が生み出す旋風が、鋭い刃となってE・アンデッドを襲う。全身に破壊の闘気を漲らせた零二がそこに迫り、輝くオーラの一撃をもって死人を斬り伏せた。 朝美の保護を終えて戻ったジェイドが、射程ギリギリに敵を捉えてショットガンを放つ。 散弾を浴びたE・アンデッドが呪いの声を響かせると同時に、E・フォースの瘴気がリベリスタ達を撃った。 「風斗さんが麻痺したようです、回復をお願いします」 全体の被害状況を確認したうさぎが、ステイシーとユートにブレイクフィアーを要請する。 うさぎはそのままE・アンデッドとの距離を詰めると、死の刻印をもって最後の一体を沈めた。 死人たちが全滅し、残るはE・フォースのみ。 ブレイクフィアーで風斗の麻痺を解いたステイシーが、“幻想纏い”に収納していたスワンボートを湖に浮かべる。 水面の少し上に浮かぶE・フォースは湖の外側に出ようとせず、そしてリベリスタ達に空を飛ぶ手段はない。水の上を歩くことができる零二を除いて殆どのメンバーがE・フォースに接敵できないため、その不利を補うべく足場を作らねばならなかった。 ユートが、“幻想纏い”からトラックを出し、水面に浮かべようと試みる。中空のコンテナが湖の中に生えていた木に運良く引っかかり、不安定ながらも足場にすることには成功したが、E・フォースに接敵するには遠い。それは、ステイシーのスワンボートも同様だった。 「――行くぞ、うさぎ」 風斗が、うさぎを伴ってゴムボートに乗り込む。オールを漕いで湖面を進む二人の先を行き、零二が水上を駆けた。E・フォースが勢いよく噴き上げる水柱をすんでのところでかわし、敵の近くで“幻想纏い”からゴムボートを出現させる。足場としては頼りないが、無いよりはずっと良い。 同時に、岸に控えるメンバーが攻撃を始めた。芙蓉の操る刃が空中を旋回しながらE・フォースに襲い掛かり、志乃がリボルバーの弾丸を叩き込む。 彼女らの後に続いたジェイドがショットガンで追い撃ちを加えた直後、E・フォースの姿が不意にかき消えた。 鏡の如く澄んだ湖面に波紋が広がり、全ての音が消え失せる。 これこそが、E・フォースの最も厄介な能力に違いない。 心の傷を暴き、それを抉る幻を映す水鏡――。 死に誘う幻影が、リベリスタ達を一度に包み込んだ。 ● それは、かつて人であったものだった。 昨日まで未来を語り合っていた零二の友、目を輝かせながら将来の夢を彼に語った子供たち。 戦火は、そういった人々を一瞬にして呑み込み、彼らを物言わぬ肉片に変えた。 眼下に広がる地獄絵図。 紛争が続くこの地で、命の価値はあまりにも安く。 そして人は、どこまでも無力だ。 鳴り響く空襲警報の音を、芙蓉は聞く。 友人の後を追い、慌てて駆け込もうとした防空壕。そこに、芙蓉が入る余裕はなかった。 空襲の中、息を切らして山まで走る。 無事に逃げ延びた彼女は防空壕に向かったが、友人の姿はどこにも見当たらない。 千切れた手足や内臓、無惨に転がった頭。 もはや何人分かもわからない人の残骸を、芙蓉は呆然と見つめる。 愛すべき金属と融け合った体と心。念願叶って、自分で自分を愛でることが出来たというのに。 ステイシーと向かい合った誰かが、彼女に問いかける。 ――自己満足と我儘の塊なのに生きる価値あるのか。 ――いつまで一人遊びの行動で他人様の足を引っ張るのか。 何かを掛け間違えて、失敗を重ねた時に囁かれる自分(だれかさん)の妄言。 それが、やけにはっきりと頭に響く。 機械化する前の浅黒い左腕が、唐突に視界に映った。 ユートの眼前で、大勢の人々がフィクサードに殺されている。 ストリートで彼が守っていた子供、世話になった探偵、いけすかない警官――。 好ましく思っていた者も、嫌っていた者も、関係なく蹂躙されていく。 その日、彼は生身の左腕と、多くの知己を喪った。 川の向こう岸に、今はもうこの世にいない人々が立っている。 全員、風斗にとって見覚えのある顔だった。彼がかつて、救えなかった人たち。 自分にもっと力があれば、救えたかもしれない。 自分の知恵がもっと働けば、護れたかもしれない。 そもそも、世界がこんなにも脆弱でなければ、彼らは死なずに済んだかもしれない――。 ジェイドは、眼前に自分自身の姿を見ていた。 本来、骨格と筋肉の一部に留まっているはずの機械化が、凄まじい速度で進行していく。 皮膚を硬質の金属が覆い、全身が機械に侵されるさまを目の当たりにして、彼は恐怖に駆られた。 別世界の因子が、変化を生むのなら。 全て入れ替わってしまえば、自分ではない別の何かに乗っ取られるのではないか? 呻く声さえ、今は耳障りな機械音にしか聞こえない。 虚ろな瞳で立ち尽くす死者の群れが、うさぎを取り囲んでいる。 かつて組織により洗脳を受けていたうさぎが、拉致や暗殺を担当した人々。 当時のうさぎは、それが悪い事なのだと認識すらしていなかった。組織の命令を、言われるまま実行しただけ。 口々に自分を罵る死者たちの声を、うさぎは黙って聞く。 洗脳による暗示が解けた時、うさぎは自らの行いの意味を知った。 彼らが自分を憎むのは、当然のこと。 志乃の左腕に、生温かい感触が纏わりついていた。 いつの間にか、“彼”に抱きしめられている自分。 そして――“彼”を深々と貫く、血に染まった自分の左腕。 『ごめん……』 立ち尽くしていた志乃は、耳に届いた“彼”の声で全てを悟る。 それは過去の記憶。革醒の際、当時リベリスタだった“彼”を殺めてしまった時の。 「ぁ……うぁ……」 ――違う、違う! これは幻だ、そういっていた筈なのに! 志乃の叫びは、意識の中に空しく沈む。 ● 「……ハ。クソ野郎もここまでわかり易いと笑えてくンなオイ」 骸で埋め尽くされた幻の中、機械の左手を握り締めたユートが表情を歪める。 この腕は、誰一人助けられず、自分だけが生き残ったあの時に得たもの。 「――で、だからどうしたんだよ」 あの時に誰も守れなかったから、また人が死ぬのか? 冗談も休み休み言いやがれ、とユートは声を絞り出した。 「助けられなかった奴なんざ山ほど居るよ。それがストリートってもンだ。 世の中クソで上手くいかねえのが普通だ、それでも足掻くのが俺達の流儀だろうがよ……!」 叫んだ彼の眼前で、幻が晴れていく。 零二もまた、自らの過去を映す幻と向かい合っていた。 儚く零れていく命に対する無力感と絶望。人は容易くその穴に陥り、自分もそれは例外ではない。 (………だが、諦めて何になる?) どう足掻こうと、喪ったものは戻らない。 しかし、彼らが与えてくれたものは消えない。 己の全てが灰燼に帰そうとも――決して、消させない。消させるものか。 積み重ねた過去の上にある現在で、力強く足を踏み出し。 そして、未来に希望を見出す――。 「――それが、オレの選んだ運命……!」 顔を上げた時、零二は再び湖面に立っていた。 彼岸に並ぶ死者の顔を、風斗は順に見つめる。 理不尽の前に、なす術もなく奪われていった命。彼らを救えなかった罪悪感は、今も風斗を苛み続けている。 だが――ここで歩みを止めたとして、一体誰が救われるというのか。 力が足りないなら鍛える。 知恵が無いなら借りる。 世界が脆弱なら、それを支えて守り抜く。そう、全ては―― 「オレが失いたくないから。もう二度と、失う気持ちを味わいたくないがために!」 その手に携えるは、決して折れぬ剣“デュランダル”。 白銀の刀身に刻まれた赤いラインが、主の決意を受けてひときわ強く輝いた。 戦争が生み出した死の光景を、芙蓉はその瞳に余すところなく映していく。 今でも夢に見る、忘れようもない心の傷。 そして。革醒に至った彼女は、それまで知りもしなかった理不尽な出来事や、不条理な死を目の当たりにすることになった。 それでも――最近になって、芙蓉は思う。 革醒と同時に得たこの力には、そんな悲劇を覆す可能性があるのだと。 今はまだ、『空中楼閣』に過ぎぬのだとしても。 「少しでも多くを救えるようになる為に……此処で死ぬわけにはいきません!!」 声とともに、血塗られた防空壕が幻に消える。 ――アークで失敗続きで恥ずかしくないのか。 ステイシーにそう囁くのは、自分(だれかさん)の声。 他人の目線ばかり気にして、失敗にビクビク怯えて、勝手に病んでた自分の声。 けれど、今は違う。 自分が楽しむために、愛して壊して憎まれて朽ちられる。 そんな運命と人生を手に入れながら、満喫しない理由が見当たらない。 「一人遊びも自己満足も自己防衛もぜーんぶ自分Loveな結果。 嗚呼、愛せるって素晴らしいわぁん!」 声と幻を振り払ったステイシーは、恍惚とした表情で叫んだ。 「……え、もう終りぃ? ワンモアプリーズ!」 いち早く体勢を立て直した零二が、仲間達の安否を確かめる。 今も幻に心奪われているのは、志乃、ジェイド、うさぎの三人。 岸に立っていた二人は近くの仲間が止めに入ったが、ボートの上にいたうさぎだけは間に合わなかった。 「うさぎ!」 湖に飛び込んだうさぎの後を追い、風斗が身を躍らせる。 芙蓉が、二人の近くに浮き輪を投げ込んだ。 『僕が居ない内に、君は随分と辛い思いをしてきたんだね……大丈夫、もう休んで良いんだよ』 幻の中で、志乃は“彼”の言葉に首を降る。 「違う! 自分は、貴方に認められたくて、戦ってきたわけじゃない!」 “彼”の好きだった世界を守る。それは、自分のエゴ。 「自分の命が尽きるまで、守り続けると、そう決めたんだ! だから!」 声を限りに叫ぶ志乃の目の前で、“彼”が消えていく。 「はぁい、おかえりぃ♪」 顔を上げると、湖の寸前で自分を留めたステイシーの姿があった。 とうとう全身が機械と化した己の姿に慄いていたジェイドが、自分に手を伸ばすユートを視界に捉える。 機械化した彼の左腕が、ジェイドの心を此岸へと引き戻した。 「チ……若いのが頑張ってるんだ、俺がこんな所で終われるかよ!」 気力を振り絞って幻を払い、両の腕でショットガンを構え直す。 「人間らしさは見た目じゃねえ、行動だ。そうだろ? ヒーロー」 ジェイドはそう言って、湖上のE・フォースに狙いを定めた。 自分を罵る死人たちに引きずりこまれるまま、うさぎはゆっくりと水に沈む。 (……罪と罰があるのだと、貴方達にそう言って貰えるのなら、私は……) そっと瞼を閉じたうさぎの腕を、誰かが強く引いた。 「何死のうとしてんだ! ふざけんな! オレの前からいなくなるなど、絶対承知せんぞ!」 水面に引き上げられたうさぎの耳に届くのは、風斗の声。 随分と、勝手なことを言ってくれる。 (……いや。それでもやっぱり、私は死にたくない) ――何故だ。 「嫌だからです。当たり前でしょうが」 死人の問いに、うさぎは咳き込みながら声を絞り出す。 「私は正しくも誠実でも清廉でもない、醜くて身勝手な俗物だ。 だから誰に罵られても憎まれても、泣きながら吐きながら這いずってでも生きていくんだ。 ――邪魔すんな紛い物……!」 そう、これは彼らの幻、ただの偽者に過ぎない。 死して骨と化した彼らに、語る口など無いのだから。 ● 水鏡の幻から逃れたリベリスタ達に、E・フォースが禍々しい瘴気を撃つ。 全身に絡みつく死の気配。志乃と芙蓉が相次いで膝を折り、己の運命と意志をもって自らを支える。 「自分は……戦う!」 強い口調でリボルバーを構え直す志乃。 芙蓉もまた、「宵霞」を手に言葉を紡ぐ。 「生きることは辛いです。同時に、楽しいことでもあるんですよ」 七十年余の人生、嬉しいことも辛いことも経験してきた彼女だからこそ。 水上を駆ける零二がE・フォースに接近し、渾身の一撃で亡霊を陸に吹き飛ばす。 すかさず、ユートとステイシーがジャスティスキャノンを撃ち込んだ。 「傷を抉られる感触は、切り刻まれるよりスパイシー♪」 投げキッスの如く十字の光を贈るステイシーの口調は、どこか愉しげでもあり。 その間に陸に上がったうさぎと風斗が、E・フォースを取り囲んだ。 「わずかでも気概があるのなら、オレを引っ張りこんでみろ!」 死の印を刻むうさぎに続き、風斗が生と死を分かつ一撃を叩き込む。 「このっ……!!」 志乃のリボルバーから吐き出された弾丸が、一度、二度と会心の当たりを見せた。 自分はここで屈するわけにはいかない。何としても――。 ジェイドが、構えたショットガンの銃口をE・フォースへと向ける。 「クソ野郎が……心の傷を抉るなんざ三下の仕事だ、大人しく湖の底に沈んでろ!」 彼の散弾がE・フォースを捉えた瞬間、半透明の亡霊は霧散して消えた。 迷いも、過去も、心の傷も、後悔も。 その全てを映し出した湖面は、どこまでも澄んだ色を湛えていた。 沈んでいった数多の魂を、水底に抱きながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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