●孤独のグラス 人は常に何かと戦って生きている。 生きる上で人は傷つき、それを過去に送って今を歩む。 傷つける過去は置き去りに、未来へ向かって歩き続けよう。栄光こそが目標だ。 されど時に過去は人を支える。 傷つけた過去があるからこそ、今の自分が強くなる。 だから時には振り返ろう。自らを大きくした過去を思い出し、今の自分を見つめなおそう。 その時に傍らにあるべきは一杯のグラス。人を支える一欠けらの嗜好品。 蒸留酒(スピリッツ)とは魂(スピリッツ)。グラスを傾け、過去へ旅立とう。 ――とあるブレンダーの言葉 ●ブリーフィングルーム 「皆さん、これが何かわかりますか?」 アークのブリーフィングルーム。ブランド物のスーツを何時も通りだらしなく着崩した男、『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)は集まったリベリスタに向けて尋ねた。 彼が指し示すのは一つのバスケット。質素な造りの布が被せられたそれは、どことなく欧州の生まれの者ならば郷愁を感じさせる、日本の物にはアンティーク感を感じさせるものだった。 四郎がそのバスケットの布を取り去ると、露になったのは一本のボトルだった。 さして目立つデザインをしているわけではない。ラベルも簡素なもので、高級感を感じさせはしない。そのような地味なボトル。 だが、酒を嗜むものならば感じるものがある。 それは、ボトルの纏う雰囲気。質素ながらも郷愁を感じさせるそれは、同様に作り手の愛情を読み取らせるには十分である。 拘りのこめられた一本のボトル。それがバスケットの中身である。 「――この酒はある欧州の酒造が作った一本です。その酒造はすでに存在していないのですが」 四郎が言うには、このボトルはある酒造のブレンダー――ウィスキーを醸造する者の事――が、ある一つの拘りを持って作り上げたものだという。 その拘りとは、追憶。自分の生きてきた過去を見つめなおす時に、友として呑む一杯。それをテーマに作り上げたというものだ。 酒を嗜む時、人は様々な思いを向ける。味を楽しむ、友と語らう……そして自分を見つめなおす。 この酒は自分を見つめる時の支え木としての一本なのだ。 「ですが思いが強すぎた結果、この一本は熟成と共に変質を起こしました」 強い思いを込められたこれは、破界器へと姿を変えた。酒としてはそのままに、ただ作り手の思いを歪に汲み取って。 ――今ではこれは、過去を振り返りながら呑む者の為の一本。振り返らぬ者へは強烈な毒性を発揮する一本となってしまった。 「さすがに放置するわけにはいかないんですよ。間違いなく美味しい一本なんですが。 ――というわけで、皆さんこれを空けてきて下さいよ。どこでもいいんで、昔を振り返りながら」 事故が起きる前に処理をしてくれと、そういうことらしい。 据え膳食わぬは酒飲みの恥。この一本に手を出すのもまた一興だろう。 ……ただ一つの疑問点を言えば、美味しいと断言する四郎が何故このボトルの封を切らないのか、という点だが。それを問うたリベリスタに対し、いつも飄々とした男は心の底から口惜しげな表情をし、血を吐くように言った。 「……今日ね、車で来たんですよ」 ――皆さんはルールを守って楽しい一時を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月25日(金)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●曇天、空満ちて その日は生憎の曇天であった。 晴天であれば屋外を散策するのには決して悪くない時期であっただろう。だが、今回に関して舞台は屋内である。 ――三高平の一角に、その店はある。 かつてリベリスタだった男がいた。数多の戦いを切り抜け、自らの運命を極限まで削り落とした男は穏やかな市井に戻り残りの生涯を送ることを決めた。 そんな彼が構えた、アルコールで戦士の魂を癒す店。――BARの名は『Fate』と言う。 「……ふむ、良い雰囲気の店だな」 『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)はこの店を訪れるのは初めてである。欧州からやってきてさほど時が経過したわけでもない彼が、市内の店に馴染みがあろうはずもない。 店内は薄暗く、普段は流れている音楽も掛かっていない。 この店は開店を迎える前だ。営業まであと二時間ほどは猶予が存在する。ならば何故、現在この店は空いているのか。 「過去を振り返りながら呑め、か」 『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は鎮座している物を見、呟いた。それは一本のボトルである。 シンプルな形状に、呆れるほどに質素なラベル。だが、そのボトルには名品の風格が漂っている。 メモリーズ十八年。それが名称である。 ブレンダーがその一杯で過去を思い出す事を願い、作り上げた珠玉のボトル。簡素なボトルには、思い出にはそれ以上の装飾等必要ない。そう言わんばかりの情念が込められている。 ――その情念が酒の革醒を促すほどに。 破界器として変質したこのボトル。通常呑む物としては危険に変質しているが為に処理としてボトルを空ける事となったのだ。 家の仕事が酒屋ある『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が手馴れた様子でボトルを手にし、テーブルを囲む皆の顔を見回して告げた。 「……それじゃ、始めようか」 開栓の軽い音が店内へと響く。――さあ、過去への旅を始めよう。 ●過去への追憶 テーブルの上に複数のグラスが並べられる。各自それぞれに合った呑み方があれば、それに合ったグラスも当然存在する。 それぞれのグラスに快が酒を注いでいく。グラス内の氷が注がれた常温の液体に軋んだ音を立て、空白が濃い色に染まる。 軽くグラス内で回された液体が氷によって温度を下げられ、適温へと変わり。またあるグラスにはアルコールを割る為の別の飲料が添加され、割られ。場にいる皆――九人全てへとグラスが行き渡る。 「では、乾杯」 「乾杯」 静かな乾杯。大きな宴会とはまた違う静かなスタート。 通常であれば乾杯と共にグラスを傾ける事となる。だが、この一杯に関してはそれは許されない。 この酒は過去を語る為の酒であり、過去を語らぬ者へと害を与える一杯である。つまり、語らずしてこの一口を呑むことは出来ないのだ。 しばしの間をおいて一人が口を開く。語らねばグラスは空かぬ。だが、口火を切るには珍しい人物であった。 「――そういえば昔の仕事の事を人に話すのは初めての事なのです」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)。職業柄か、本人の性質か。彼女が昔の事を語るのは、至極貴重なことである。 「以前、ウラさんの誕生日にとあるウォッカを贈ったのだけれど」 以前、彼女はここに同席している『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)に一本のウォッカを贈ったという。その家庭の密造酒から生まれたというウォトカは豊かな麦の香りのする一本だったらしいが。 「……その作り方を教わった人と知り合った依頼は酷かったわ」 それはシベリアの地で行われた『木を数える仕事』であった。 その仕事に何の意味があったかは解らない。だが高額の給金故に様々な人々がその仕事を請けた。 居住環境が決してよくはない、掘っ立て小屋での単純作業。だが、一番の問題といえば期間が明記されていなかった事。先の見えぬ仕事に働く者達は心を病み、送り返されていった。 「私には初めてに近い他者との共同生活で色々と堪えたのだけれど」 懐かしむような表情を浮かべるエナーシア。奇妙な話であり、オチも定かではない。いや、オチはあるのだろうが。 「――それは次回の呑みの肴にでもするのです」 そう締めくくり、手にしたグラスを傾ける。 ハイボール。炭酸で割ったその一杯は、特有の年季の入った風味をより強く際立たせる。 アルコールを薄めるだけではない。炭酸の爽快感を添加する意味もあれば、風味をより強く感じさせるという意味合いもあるのだ。 田舎を思わせる香りがエナーシアの口中から鼻へ、喉へ、肺へ。語った思い出と共に自らの身へと染み入らせる。 「――私の話はこれで終わり。次は誰かしら? せっかくですし、馳辺さんはいかが?」 『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)は本来この場にいないはずであった。だが、リベリスタ達が強引に此処に連れてくる形となった為、この場にいる。 リベリスタ曰く。 「車が乗れないなら代行があるじゃない」 御尤も。 「皆さんが思っているような、面白い話は聞けないかもしれませんよ?」 そう告げる馳辺に対し、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が質問を投げかける。 「革醒時の話、本業の話……勿論、無理はしなくてもいいよ」 「――いえ、折角ですしね。この一杯の分ぐらいは教えて差し上げましょう」 キリエの言葉に、手にしたグラスをカランと揺らし、四郎は語り始めた。 「皆さんが信じるか信じないかは別として。私は革醒する以前より、元々霊が見えたのですよ」 四郎は幼少より霊の類が見えていた子供であった。 それを信じる者はいる。そういった人間を相手にしているうちに自然に知名度があがり、彼はテレビでインチキ霊能者のような事をするようになる。 そのような彼にやがて転機が訪れた。 ――霊ではない、神秘の存在。エリューションの事を彼は知るに至ったのだ、最悪の形で。 霊障の調査を頼まれた彼が訪れた時、全ては終わった後であった。依頼人の一家全滅といった形で、だ。彼自身も危うい所であった。その際にリベリスタに出会わなければ。 「――ですが、結果として私は革醒し、此処にいる」 四郎は手にしたグラスを傾ける。 「尤も、私が述べた事が真実とは限りませんがね。信じる信じないは御自由に、というやつですよ。――さて、キリエさん。尋ねた分、次は貴方が語る時間ですよ?」 「うーん……楽しい話が出来ればよかったのだけれど、思いつかない」 キリエは余り酒を美味いと思う性質ではない。だから、この場にいるのも付き合い及び好奇心でここにいた。 だが、促された時呑むは吝かではない。仕事以上に場の空気を壊したくはない。 「えーと、私は母が病気で寝込むことも多かったから、小さい頃から兄妹の面倒を見ていたんだけれど……」 沢山の兄妹、病気がちの母親。流れか役割か、キリエは自然に面倒を見ることが増えていたのだが、その分自由は少なかった。精一杯やったと思う。しかし、その裏で増す思いが存在した。 『いつか自由になりたい』 その思いはささやかだった。だがそれを鋭敏に彼女が感じ取ったのは母故にか、ただの女の勘だったのか。 「『お前は私が早く死ねばいいと思ってるんでしょう?』……そう言われて、考えるのはやめちゃった」 その言葉に自分の全てをキリエは失ったのだ。信頼も、責任も。もしかしたら愛情も失っているかもしれない。そこまではわからないが。 キリエは全てを妹達に任せて家を出た。自暴自棄に危険な事も行い、巻き込まれ。とあるリベリスタが助けなければ今はない。 「これで私のつまらない話も終わり。――私を助けてくれたあの人に、感謝出来る日はくるのかな」 キリエが手にしたグラスを傾ける。甘い炭酸飲料で割られたそれは人によっては上等の酒を台無しにするという者もいるだろう。 だが、呑み慣れない者にとってはその一杯は取っ掛かり。美味い酒というものはどう呑んだとしても美味いのだ。 その甘みは、キリエのほろ苦い過去をそっと胸中に流し込む。少しづつ。そっと。 「家族、か。今の僕の手元にある数少ない大事な物だ」 キリエの話を引き継ぐように話し始めたのは『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)であった。彼には二人の娘が存在する。実の娘ではないが、事情を考えれば決して無関係ではない娘。 「ナイトメアダウン。あの事件で僕は最愛の人を失った」 それを取り戻したい。その理由で達哉は自らを裏の世界へと堕としたのだ。 中小マフィアのボスとなった達哉は、その資本を全てフィクサード組織の研究へと注ぎ込んだ。それは兵器開発の計画ではあったが、達哉にとっては別の意味合いも持っていたのだ。 死者の蘇生。人工生命を生み出す類の研究だったそれは、彼にとって最愛の人を取り戻す手段の一つであった。 ――だが、計画は失敗した。失ったものは還らない。 残ったものはある。計画の産物であった実験体。それが今の彼のたった二人の家族である。 「――僕は失われる事、壊すことを非常に恐れている」 特に子供はダメだ、と。その感情が鬼の動乱の時にも影響を与えた。子供は救われなくてはいけない。彼の信念、妄執は結果として組織として不適格な行動を取らせた。 多彩な趣味を持つ彼の作品にもそれは現われている。 キーボードを奏で、曲を作る時に限局を生かす。菓子も伝統を重んじる方向で作り上げる。よく言えばそうだが、悪く言えば保守的だ。 適度に氷の溶け出したグラスを傾け、蒸留酒を胃に流し込む。 「……過去とは苦いものだな」 ――達哉にとって、この一杯は何よりも苦かった。そんな気がする。 「私も家族を失いました」 来栖・小夜香(BNE000038)が口を開く。彼女もまた、大切な者を失った。形は違えど、失いし者はリベリスタには多い。 思い出すのは母の事。父はいなかったが、優しい母のおかげで当事、満たされていた。 ――それを引き裂いたのは、車両の甲高いブレーキ音。 思わず閉じた目。そして訪れた衝撃……は、想像よりも軽く。激しい衝突音に目を開き、見たものは動かない母の姿であった。 「いつか母さんみたいな白衣の天使になる」 常日頃から小夜香はそう言っていた。だが、未だにその段階ではない。動かない母を救える術を当事の彼女は持っていなかったのだ。 泣く事しか出来なかった自分。ただ泣き続ける小夜香に意識がわずかに戻ったのか、薄っすらと目をあけた母が伝えた内容は。 「『良かった』『ありがとう』『ごめんね』……この三つ」 母は確かにその時、笑って死んだのだ。娘を護って、誇らしげに。わずかな後悔と、多くの安堵。それと共に逝ったのだ。 そこからの事はよく覚えていない。だが、その時の無力感、悲しみ、後悔。それらは今の自分を作り上げた原風景だと小夜香ははっきりと言える。 それがルールであるかのように、語り終わった後にグラスを傾ける。琥珀色の液体は呑み下され、彼女の中に熱を生む。 「泣けてくるけど、涙を拭いて立ち上がらなきゃ、ね。もう二度とあんな思いをしない為にも」 そう言った小夜香の表情はどこか、晴れやかな笑顔を浮かべていた。 「――家族を失うというのは神秘界隈では極ありふれた話だ」 香りを楽しむようにゆっくりと呑んでいた美散が口を開いた。 宵咲家は多数の革醒者を排出する一族である。美散以外にも多数の宵咲の者がアークには所属しているのはわりとよく知られている話だ。 「だが、これも極ありふれた話でな。何事にも例外は存在するものだ」 美散の言う例外、それは彼の妹であった。 二つ年下の妹。リベリスタだった父親。一般人ではあるが神秘に理解のあった母。その家庭は幸せだったのだろう。 ――だが妹が三歳の誕生日を迎えてしばらく経った頃、妹は革醒した。運命の寵愛を受けることなく。 「一族の里だったからな。――ノーフェイスと化した妹を、親父は一族の主力を率いて狩ったよ」 例外があるのは極ありふれた事かもしれない。だが、例外を許す事はありえない。崩界を防ぐ為に、ましてや革醒者の一族ならばなおのこと。 その時、美散は何も出来なかった。殺してやることも、守ることも、何も出来ずただ妹が狩られるのを見ていたのだ。 その事件によって……妹の事で母親は自分を責め、心を病み自害した。 「――まあ、まだマシな方だ。俺を引き取って育ててくれた婆さんや一族の者が居るからな」 その一族の者もまた、妹を狩った者であるという事実。今の美散がそれをどうこう言うことはない。何故ならば、すでに美散は覚悟したリベリスタなのだから。 ただ、口に運ぶグラスの中身だけが。過去の如く複雑な味を醸し出し、美散の心身へと訴えかけるかのように染み込んでいた。 「俺には皆のような家族はいなかった。孤児だったからな」 続いてハーケインが語る過去は、彼の幼少期の記憶であった。 捨て子だった彼は孤児院に拾われたのだが、八歳の時に事件は起きた。街の悪ガキと喧嘩になった際に、倍以上も歳が上の少年を一方的に半殺しにしてしまったのだ。 ハーケインは生まれついての革醒者であった。化け物と恐れられ大人も手を差し伸べない。居た堪れなくなった彼は孤児院を抜け出した。 野良犬のように生きた毎日。それを変えたのは一人の少女……お節介な小娘が、ハーケインの人生を大きく変えたのだ。 「……思えばあいつが手を差し伸べてくれたから、今の俺があるんだよな」 ハーケインはグラスを傾ける。原風景の苦く重い記憶。救われた後の、軽やかな記憶。ブレンデッドの風味はそれらを複雑に混ぜ合わせた、人生のような風味を感じさせてくれる。 ――そのような彼の左手の薬指で、指輪が輝く。それが何を意味するかは……今の彼を見る以上、わざわざ語る事でもないだろう。 皆の話を聞いて、快はグラスを傾ける。 複雑にバランス良く混ぜ合わされたそのグラス内の風味は、ブレンダーの仕事の粋である。追憶がそれを加速させ、味わいを複雑にしていく。語り手の過去にあわせ、変幻自在に。まさに追憶の為の酒である。 得たもの、失ったもの。快の心中にある今最も大きな失われしものは。 「ただの大学生が革醒して一年余。駆け抜けた時間を追憶というには新しすぎる」 呟いた快。その脳裏に浮かぶのは――逝ってしまった戦友二人。 守れなかった事は後悔はしない。彼女達もまた、覚悟と決意をもって皆を護る戦いをしたのだから。 彼女達は庇護すべき相手ではない、誇るべき戦友だったのだ。 だが、喪失感は決して埋められない。二度と並び立つ事は叶わない。 すでに彼が傾けるのは二杯目。重たい感情は酒をより早く胃の底へと引きつける重力を生む。 「――ウラジミールさんは、こんな時どうだったのかな」 呟いた言葉に、ウラジミールは静かに視線を向けた。 ●現在への帰還 「さして面白くない話ではあるが、その問いには自分の過去から話さなくてはなるまい」 かつてロシアがソビエトであった時代。その頃の追憶。 初めての戦闘は恐ろしかった。ニュービーが冷静でいられるわけがなく、隣人が死に、自分が紙一重で生きる。そのような戦場だった。 戦っただけ国が長生きするとは限らない。ウラジミールの祖国は敗戦し、祖国は失われた。友を失い、故郷を失い、愛するものを失った。残ったのは自らの肉体と経験のみ。 されど、護るべき物はまだ存在していた。人も国も収めた入れ物である世界。長き時を経てアークが生まれたのは僥倖であった。 「そのアークで巡り合い、共に戦った。近くにいるだけが付き合いではない。一緒にいた時間があるからこそ、友だろう?」 生きていようとも永遠に会えぬ関係もある。ならば死に別れる事と何の違いがあるのだろうか。 「多くの喪失を経験した。だが自分は苦しみ、悲しみ、悩み、痛みを背負い――今、ここに生きている」 ウラジミールの人生は端から見ると悲しみと不幸の満ち溢れた、波乱万丈なものに見えるかもしれない。 だが自分が救った多くの命がこの国には生きている。失われた物も多いが、護れた物もまた多い。 「自分はまだ見ぬ者達の未来の為に、この一杯を呑みまた明日から行くだろう」 そう、歩き続けるならば雲外蒼天なのだから。辛苦を積み重ねた男は、そう嘯いた。 「……そうだね、一緒にいたんだ。だからこの気持ちを忘れることは一生出来ないだろう」 快の手にしたハイボールの泡は昇っては弾け、消えていく。次々と忘れられていく記憶のように。だが戦友の記憶は忘れられない。あの子は「優しすぎる」と怒るかもしれないけれど。 「それでも俺は前を向く。それしかやり方を知らないんだ」 自己満足と言われようとも、二人に胸を張った生き方をする為に。 掲げたグラスは天に。去りゆく戦友に捧げるように。 ――乾杯。 やがてボトルの中身は空になっていた。 開店準備を行うマスターへエナーシアが声を掛ける。 ボトルを空けた記念に、今こうして語り合った記念に。――いつかこの時のように飲み明かし、この時を追憶出来るように。 リベリスタ、フォーチュナ、マスター。ファインダーが音を立て宴の終わりを告げた。 ――その宴を覚えているのは、その場に居合わせた十人。 そして、今も店に飾られている一本の空きボトルだけ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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