● 夕刻。 日も延びたこの頃では、部活が終わる時間になってもまだ陽が落ちてはいない。 それ故に、備品の片付けも比較的楽ではあるのだが――と、サッカー部の少年は嘆息する。 「何も、片付けを一人に任せなくてもなあ、先輩も……」 誰とも無く愚痴をこぼしながら、少年は倉庫の扉を開け、使っていた備品を片付けていく。 ……その時、彼の視界を、妙なものがよぎった。 「……ん?」 耳を澄ましてみると、もしょもしょと言う、微妙に文字にし難い音と共に、ボールを入れる籠が小刻みに揺れている。 訝しみながらも、少年が其方に向かおうとすると…… 『!!』 ぴたり、と、籠の揺れが収まる。 それを見て、少年も若干驚き、動きを止めた。 僅かな間、緊張が場の空気を支配する。 ――そして、およそ数秒後。 『――――――!!』 「う……ぉわっ!?」 がたーん! と言うけたたましい音を立てると同時に、ボール籠から出てきた『ソレ』は、恐ろしい速さで少年の横を抜け、倉庫の出入り口から出て行った。 「……。な、何なんだ? 一体……」 目を丸くした少年が何の気無しに籠の方を見ると、其処には無惨にも、動物に噛み千切られた跡を残すボールが大量に転がっていた。 ● 「……」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が若干忘とした面持ちでブリーフィングルームの椅子に座っている姿を見かけたとき、リベリスタ達は困惑した。 比較的、職務に対して真面目な態度を取っている彼女がこのような様子になるのは、わりかし珍しい。 ……と、思っていると、彼女もリベリスタ達に気づいたらしく、居住まいを正して、何時も通りに依頼の説明を始めた。 「……今回の依頼は、エリューションの討伐。タイプはE・ビーストで、フェーズは2の後期」 言うと同時に、彼女は万華鏡内で映し出した未来映像をリベリスタ達に公開する。 が、 「……おい」 「?」 「何だ、コレ」 映っている討伐対象は、何というか、実にファンシーな姿だった。 犬だか猫だかに似た外見、ふわふわの体毛に包まれた丸っこい身体に、垂れ耳とつぶらな瞳が何ともチャーミングな動物。 全長はおおよそ50cmくらいだろうか。比較的大きめのサイズではある分、抱き心地はかなり良さそうである。そう言う問題ではないが。 「これが、今回倒すべきエリューション。見た目はコレでも、戦闘能力は格段に高い」 イヴが続けて説明するには、このエリューションは身体を丸めて転がることで、恐ろしく俊敏に動くことが可能だという。 ソレによる回避能力の高さは聞くに及ばず、更に……自己強化能力として、エリューションは僅かな間、質量を三倍から四倍に増加させることが出来るらしい。 其処から行われる回転は、寧ろ蹂躙と言って差し支えない程の性能を備えている、とのことだ。 「……因みに、威力はどれくらいだ?」 「具体的な物差しでは測れないけど、防御に自信が有るリベリスタでも、当たったらかなり危険だと思う」 「……それ本当に俺達で闘えるんだよな?」 思わず突っ込むリベリスタである。 実際、高い回避能力と攻撃性能を持つ敵とか、敗北の気配が濃厚な気はしてくる。確かに。 それを聞いて、イヴもこくりと頷き……同時に、もう一つの情報を開示する。 「ただ、このエリューションには弱点……みたいなものがある」 「何だ?」 「丸いもの」 「……」 続く説明を聞くところによると、件のエリューションは丸いものに対して目が無く、見つけると同時に食べようとするらしい。 ソレによって上手く注意を引けば、或いは戦いが有利に進む可能性があるという。 「エリューションは、みんなが向かう頃には夜の学校のグラウンドにいる。其処で食べたサッカーボールの味が忘れられなかったみたい」 「……」 粗方の説明を聞き終え、ブリーフィングルームから去ろうとするリベリスタの背後に、イヴの小さなため息が聞こえてくる。 そのため息に込められた思いがどのようなものかは――考える必要もなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月30日(月)23:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ふわふわな毛玉が、転がりながら体育倉庫を目指している。 それを見守りながら、スポーツ用品店で沢山のボールを買ってきた『蒼炎の吸血鬼』ルシウス・メルキゼデク(BNE000028)はのんびりと呟く。 「……転がるもふもふか。回避率が尋常じゃないのが難点だな」 戦闘前に於いて全く気負ったところも無く、持ってきたランプの確認をする彼ではあるが、それは単純に自然体でいると言うよりは、出す言葉が無くて途方に暮れている感じである。 ――いや、これ本当にどう感想を述べれば良いんだろう。 そんなルシウスとは正反対に、自身の胸中を素直に口にしていたのは『眠れるラプラー』蘭・羽音(BNE001477)と『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)。 「ふわふわ、可愛い……でも、気を引き締めなきゃ」 「デスね。ボール遊びは明るい時間にやるものなのデス」 若干きらきらと目を輝かせながら言う羽音と、普段の笑みのまま淡々と述べる行方の二人は、妙に気の合った会話をしている様子である。 いずれにせよ、戦闘という避け得ぬ運命を確と受け止めている彼女らではあるが、中にはそうでない者も存在する。 「かわいそう、この子自身は悪気なんて無いのに……」 依子・アルジフ・ルッチェラント(BNE000816)は他の一同とは違う、どうにも気勢を削いだ口調でぽつりと呟いた。 それが世界を崩す存在といえども、倒すという手段一つしか取れないと言うことは、依子にとってはどうにもやりきれない事ではあるのだが……だからといって代替策が存在しない以上、彼女に反論の術は無いのだ。 せめて、可能な限り苦しまずに倒せるようにと、彼女はアクセス・ファンタズムから慣れ親しんだ『恩人』を両手に握る。 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)もまた、自身の手に馴染んだ愛銃を取り出して、誰とも無く言う。 「これが全くの人畜無害な存在なら、一時の癒しを満喫出来るでしょうけどね……」 苦笑混じりに定める照準は、言葉とは裏腹に、全くのブレもない。 「エリューションは排除対象よ――悪く思わないでね」 開幕は、静寂を裂いた銃声。 灯りに照らされた環境下、狙い違わず飛来した弾丸は、エリューションに命中し―― もこっ。 ――そんな、普通聞こえるはずもない擬音が流れた。 「……可愛い」 リベリスタ達の誰かが、思わず言葉を漏らしてしまった。 ● ががががっ、と言う音と共に、『贖罪の修道女』クライア・エクルース(BNE002407)が気魄の連撃を放つ。 が、それらをエリューションは全て回避。転がった勢いを可能な限り殺さぬようにしながら、彼女へと反撃を行う。 形状はこんなでも事前に聞いていた通り、その回避能力は並ではない。 「随分と手こずりそうですね……!」 足元を体当たりによって弾かれた痛みに若干顔をしかめるものの、巨大化していないエリューションの攻撃力はそう高くは無い。 向こうもそれを本能的に理解したのだろう。直後にどんどんと大きくなるエリューションは、最早その体長を2m前後にまでし、運動会でよく見かける大玉転がしのそれと殆ど変わらないサイズになっていた。 危険だ――と思った『A・A・A』アンリエッタ・アン・アナン(BNE001934)は、仲間たちに向かう攻撃をカバーすべく、積極的に前に出る。 浮き輪を背負った姿で。 中華鍋を被った姿で。 「……出来るだけ、敵の注意を引くためです」 褒め言葉として言うが、『必要なこと』に対して此処まで自己犠牲的な人も珍しいと思った。昨今は特に。 ともあれ一応効果は有ったのか、エリューションはアンリエッタを見つけると同時に、そちらに向かって猛進を始める。 「――――――」 それを確認すると共に、彼女が持っていた袋から取り出したのは……一個のボール。 『!!』 やはり円形よりも球状のものに対してご執心なエリューションはさらに速度を上げたが、アンリエッタはそれを、傍らに居る『素兎詐欺』天月・光(BNE000490)にパスする。 「……猫っぽいやつだなぁ」 丸いものをひたすらに追いかけるエリューションに対して、率直な感想を述べつつも、光は受け取ったボールを跳ねたり、指先でくるくる回したりと軽く弄ぶ。 そうしてエリューションの進路がこちらに変更されたあたりを見計らって、そのボールを次の人物に回した。 ――此処まで見れば解るであろうが、リベリスタ達の作戦はこうした「ボールのパス回し」によってエリューションの注意を次々と別の人物に逸らし、その攻撃を誰も受けないようにする、と言うものだった。 アンリエッタ、光、行方、羽音の四人もがそれらを行うため、エリューションがボールを捉えられる確率はかなり低く、彼らの作戦は一先ず功を奏したと言えるだろう。 残る者たちはその間、ひたすらにエリューションへ攻撃を当てるべく、やたらめったらに転がる対象へ、余力を惜しまず攻撃を打ち続けていた。 「愛くるしいからと、手加減も容赦はしないわ」 ミュゼーヌの精密射撃が飛べば、それらはまんまるエリューションの毛に一条の傷をつけていく。 きゅいー! と言う悲痛な叫びに、一瞬攻撃が止まりかけはしたが、かと言ってこのチャンスを逃せば勝ち目はない。 同様に、高威力の攻撃や、敵の動きを止めるための網を起こし続けているルシウスも、エリューションに近寄ってその血を吸うのだが、 ――吸血ついでに、もふれそうで…ちょっと、羨ましいなぁ―― 「……」 一応、ついでに手を伸ばし、大きな体をちょっとだけもふってみるルシウス。 少しだけ、心が和んだ気がした。 「……って、良い大人が何をやってるのだか」 ともあれ、折々にそんな平和な光景を交えつつも、能力者たちの攻撃は順調に、エリューションへダメージを与えていく。 ……が、そう事が上手く運び続けることが無いことも、戦いでは一つの常識である。 「行方、いくよー……?」 幾度目かのパスを行い、再び攻撃対象を逸らす筈のエリューションだったが、向こうは進路を変更する事も無く、そのまま羽音に向かって転がってきた。 「……!」 興味を失ったのか、単に制動をかけ損ねたのか――どちらにしても、その進路が変わらないという点は歴とした事実である。 大玉を巨剣で受け止めようとする羽音ではあるが、やはり此方も事前に聞いていた通り、威力が尋常ではない。 受けきれなかった突進を、最終的にまともに喰らった羽音は、その勢いのまま地面に叩きつけられ、一瞬、絶息する。 「羽音さん!」 依子が叫び、咄嗟に清涼な魔力を乗せた風で羽音を包むことで、そのまま倒れることは防いだものの、未だ残るダメージは重い。 同時に、気を取られた一瞬の隙を縫われて近づいてきたエリューションに対し、行方はポケットの中に入れていたスーパーボールをバラ撒いて気を逸らすが――それも、僅かに遅い。 先の羽音程ではないにしろ、その余力だけでも十分な攻撃力を持つエリューションの突進が、武器でいなそうとした行方の全身をきしませる。 「――――――!」 取り落としたボールを一心不乱に食べるエリューションは、未だその体に受けた傷が深いものではないと直感的に理解できる。 「もしかして、コレ……結構まずい?」 若干強張った笑顔で言う光の言葉に、他のリベリスタ達も胸中で頷いた。 ● 見た目がアレだからと言って、手加減をするつもりはなかったが……それでも一つの作戦に凝りすぎれば、見えるはずの些細な穴すら見逃してしまう。 リベリスタの現状は、まさしくその為に起こったものであった。 作戦の失敗の一つ目は――恐らく言うまでもない。ダメージコントロールの大半を「キャッチボール作戦」に任せてしまったことだ。 事前に彼のフォーチュナが言った通り、敵は丸いものに対して目がないエリューションである。 が、その後の依頼詳細を記した資料にも有った通り、敵が丸いものを持っている者に対しておびき寄せられるというのは、あくまで推測の一つに過ぎない。 先の件以降、エリューションは「ボールによって誘導される」以外の行動――ごく稀にボールよりリベリスタ達を倒すことを優先したり、パスされた者以外で、近くに丸いものを持っている者に襲い掛かったり等、様々だ――を取ることが増えつつあった。 そうして、それら『予想外の行動』に対処しきれず、攻撃を受けた者に依子が回復を飛ばすも、敵の高威力の攻撃に対し、彼女一人での回復では、仲間たちを癒すには足りない。 更に、第二の失敗は、その「キャッチボール作戦」に多くの人員が裂かれすぎたこと。 あの作戦が確実に成功する策なら、これを失敗と呼ぶべきではないのだろうが――先ほども言った通り、この作戦には穴が有る。 敵が高威力である以上、佳良とされる策は堅固な防御によって敵の攻撃をしのぐか、敵を上回る火力で以て、誰かが倒れる前に仕留めるかだが、囮役となった者達はそのための火力を「敵が引っかかっている合間」にしか振るっていない。 元の回避力の高さも相まって、彼らはエリューションに少しずつしかダメージを与えられていない以上、不利なのはどう見てもリベリスタ側にあった。 「アンリエッタさん、避けてください!」 上方から敵の行動をつぶさに観察するクライアが声をかけることで、アンリエッタはエリューションの攻撃をかすらせるのみで済ませたが、その表情はどう見ても暗い。 彼女もまた、前衛故に何度か攻撃を受けた為に、大小を問わずの傷が増えてきている。次にあの突進を受ければ、立っていることも難しい。 本来ならば依子の回復が飛ぶところであろうが、その回復役もまた、度重なるスキルの行使で息が上がっている。 範囲単体を問わなければ、その回復を放った回数はおよそ十度前後。前衛が注意を引いてくれるために比較的攻撃が来ることはないものの、精神力は既に限界を超えているのだ。 「あと、ちょっとだから――!!」 残る余力を歌声に乗せて、仲間達の傷を癒す。 「速度超過は急に止まれないのデスヨ、アハァ!」 それに僅かながらでも力を得た行方が、双斧を振り抜いてエリューションに十字傷を与える。 彼らとて無駄に時間を過ごしたわけではない。少しずつと言っても、蓄積すればそれは大きなダメージとなる。 「大きいという事は的にもなりやすいのだろうが……!」 幾度目かの在らざる網を生み出しつつ、ルシウスはそれをエリューションへとなげつける。 『!?』 今まで、その網を全てよけ続けたエリューションだったが、傷と疲労で気が逸れたのか、すんでのところで引っかかった。 「……今だ!」 叫ぶルシウス。 だが、それはリベリスタ自身が最も理解している。 「月まで飛んでいけっ!」 光が飛び込むと同時に、幻影を纏わせることでその本数を増やした広刃剣は、今まで僅かな傷しか与えられなかったエリューションに幾重もの痕を残す。 きゅいー、きゅいーと泣き叫ぶエリューションに心は痛むものの、手加減を加えるつもりは無い。 「貴方も好きなモノに執着しただけで、悪意があった訳ではないと思う」 ミュゼーヌも同様だ。 今までの精度重視の時間をかけた攻撃から、相手の動きが取れないのを見て数に重きを置いた攻撃。 「でも、私達とは相容れないのよ――絶対に」 手にしたリボルバーから排莢が零れるときには、エリューションのふわふわな毛並みには幾つかの虫食いが出来ている。 拘束も長くは続かず、それが解けそうになった瞬間、聞こえてくるのは羽音の言葉。 「余所見、厳禁だよっ……」 上段よりの、一閃。 切れ味より打撃力を強化された一撃は、漸く自由を取り戻しそうになっていたエリューションの身を幾ばくか吹き飛ばす。 暴れていたエリューションは、その数々の攻撃に体力をこそぎ取られ――動きを停止した。 同時に、大きくなっていたその身体が徐々に小さくなっていく。 「……間に合ったみたいですね」 アンリエッタがぽつりと呟き、戦場の空気が弛緩する。 ――だが。 「!? 未だです! 敵は――っ!」 一瞬遅れて、今まで止まっていた敵が再び動きを取り戻し――リベリスタ達へと転がり始める。 それと共に、『強化が切れた』その身体も、先ほどまでの大きさを取り戻した。 クライアが叫び、牽制のための術撃を幾つも放つものの、それは敵の進行を止めるには僅かに足りない。 先ほどまで、動きの止まっていたエリューションに攻撃するべく、接敵していた前衛陣に、その蹂躙攻撃が襲いかかった―― ● からん、と音を立てた武器が、地面に転がる前に消失する。 最後の一撃を避けきれなかったリベリスタ達の内、その半数は回復しきれぬほどの重傷を負い、気を失っていた。 「全く……目も当てられないな」 傷の痛みのせいで引きつった笑いにしか成らないものの、ルシウスはせめて凍った場をどうにかしようと、不器用な一言を述べる。 「……助けて、あげられなかった」 ぽろぽろと涙を零す依子の頭を、ミュゼーヌはそっと撫でることで労った。 件のエリューションが取り逃がされたことで、今後、新たな被害が出来てしまう事は容易に想像できる。 自分の力不足を嘆く反面、次にあの愛くるしい生き物を倒さねば成らなくなったときのことを想像して、彼女はそっと、苦笑する。 「……溜息の一つも漏れそうだわ」 あとに残ったのは、戦いの傷跡と――食いつぶされた、ボール達だけ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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