● それは神々の中で最も大きな力を持つと言われた。 それは、世界を作った神の片割れと言われた。 いくつもの側面を持って語られるが、その強大な力に関しては共通している。 そのものの名前は……。 ● 都内某ビル。 黄泉ヶ辻が所有するダミー会社の1つだ。 そこで、黄泉ヶ辻のフィクサード、ミランダ・鍵守(-・かぎもり)は黒曜石のナイフを手に、最後の準備を行っていた。彼女はアザーバイドの研究――異界の力を利用する術の研究者だ。そして、今晩いよいよ、その成果であるミラーミスの落とし仔、『テスカトリポカ』の召喚を行うのである。 「フフッ、さすがに自分でも手が震えるのが分かるわね」 これから行う儀式の重要性、そして今までにかけてきた準備を思うと、さしものミランダも緊張を隠しきれない。もちろん、妨害が入る可能性も高い。これほどの異界の力が動くのだ。アークが感づかないはずは無い。 「だけど、ここまで来た以上、ここで止めるわけには行かないわね……。さぁ、準備は良いかしら?」 『UGAAAAAAAAAAAA!!』 ミランダの言葉に、獣人達が唸り声を上げる。『テスカトリポカ』の眷属達である。儀式の副産物として、異界の力が流れ込み、彼らも本来の力を取り戻していた。普通ならば、勝ちを確信できる所ではある。しかし、彼女の研究者としての側面は、これを以ってしても慢心を赦さなかった。 実際、同じアザーバイドを屠って来た相手なのだ。加えて、エリューション・アンデッドによるかく乱作戦も阻止された。本来、真正面からの戦いを好まないミランダにとっては、好ましくない状況である。 そうした状況を思い返しながら、強く手の中にある黒曜石のナイフを握り締める。儀式の核であるアーティファクトだ。愛する男性、いや、愛したふりをしていた相手を殺した道具でもある。これを見れば、今まで費やしてきたものを思い出せる。フィクサードとしての自分が、リベリスタ等捻じ伏せてしまえと心に決める。 「来なさい、大いなる煙吐く鏡。ここにあなたの降り立つ大地があるわ!」 ナイフから光が迸る。 また1つ、世界は崩界へと一歩近づく。 それを止めることが出来るのは……。 ● GWも終わった5月のある日、リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められた。そして、その前にいる『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は集まったメンバーへの説明を始めた。 「まず、最初に。今回はかなり危険な任務になる。心して聞いてくれ」 守生の表情はいつに増して険しく、リベリスタ達に重大な事件が起こったことを予感させた。そして、リベリスタ達の表情を見て頷くと、任務の説明を始めた。 「フィクサード、主流7派の陰謀があちらこちらで深度を増しているのはみんなも知っての通りだ。そして、先日明らかになった黄泉ヶ辻の儀式。それを止めてもらいたい」 黄泉ヶ辻の名に、リベリスタ達がざわめく。ジャック率いる後宮派壊滅以降、幾度と無く奇怪な事件を起こしている組織だ。集まったリベリスタの中にも、戦ったものは少なくない。 「儀式を行っているのはミランダ鍵守って女だ。先日、こいつのアジトでの戦闘があった際に、かなりのことが分かった。こいつの目的は強大なアザーバイド、『テスカトリポカ』の召喚だ」 息を呑むリベリスタ達。 テスカトリポカと言えば、アステカの神話において、語られる神の一柱である。 「もちろん、このアザーバイドと神話の関連性については何とも言えない。ただ、重要なのは『黄泉ヶ辻がミラーミスの落とし仔とも言われる強大なアザーバイドの召喚、使役を目論んでいる』ってことだな。残された資料からすると、召喚はほぼ確実に成功する、支配に関してもそこそこの成功率は提示されている」 思い起こされるのは、先日起こったばかりの鬼道の邁進である。黄泉ヶ辻が支配に失敗すれば鬼事件の再来になるし、支配に成功すればフィクサードの手にアレに匹敵する戦力が渡ってしまう。そのようなことを、アークとしては見過ごすわけにはいかない。当然の話だ。 もちろん、黄泉ヶ辻もそれに備えた防備を準備している。 「ミランダは都内にある黄泉ヶ辻が所有するダミー会社で儀式を行っている。儀式の場は屋上だな。数名のフィクサードが護衛についているし、以前にも姿を見せた獣人のアザーバイド――『テスカトリポカ』の眷属だったみたいだな――も配置されている」 守生の資料を読む限り、それなりの戦力が配置されている。黄泉ヶ辻にとっても重要な作戦と言うことだ。 「加えて、儀式の場に『テスカトリポカ』の力を導く術式が施されている。これをどうにかしない限り、儀式を守る連中に力が供給されることになる。術式を残したままだと正直、勝利は覚束ないだろうな」 ビルを囲むように存在する、4つの貸し倉庫。そこにアーティファクトを用いて配置されたエリューションやアザーバイドが、術式を維持しているのだという。それらを倒すことで術式は消すことが出来る。しかし、1体1体倒していては、儀式の阻止に間に合わなくなってしまう。ことに当たる際には、チームを分散する必要があるだろう。 「儀式の中枢は、ミランダが持っているアーティファクト、黒曜石で出来たナイフだ。これを奪えば儀式は止められる。もちろん、ナイフを破壊するとかミランダ本人をどうにかするってのでも可能だ。どうするかは任せる。正直、手段を選んでどうにかなる相手でもないしな」 ナイフの魔力を活性化させるためには、「1年間幸せに過ごした未覚醒の革醒者の心臓を、幸福感の中で抉る」という必要があったという。加えて、魔力の蓄積にも革醒者の血をナイフに吸わせる必要がある。『テスカトリポカ』の召喚にどれ程の命が失われたのかは定かではない。だが、このような準備を平然と行える人間に、アザーバイドの力が渡れば何が起こるのか、想像するだけで吐き気を催す気がした。 「出来る説明はこんな所だ。危険な任務だとは思う。だけど……」 説明を終えた少年は、リベリスタ達に精一杯の送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 11人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月24日(木)23:31 |
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■メイン参加者 11人■ | |||||
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● 「チッ、撤退だ! 引き上げるぞ!」 肩に鋼鉄の装甲を持った男が憎々しげに吐き捨てる。 目の前では、獣の頭を持つアザーバイド達が吼え猛っている。今までのデータに無い戦闘力だ。さすがに分が悪すぎる。 男は裏野部派に属するフィクサード。黄泉ヶ辻派による、アザーバイド召喚の情報を聞きつけた彼らは儀式の阻止――あわよくば、技術の強奪を目論んで、儀式の場に攻め込んだ。しかし、結果はこの有様。仲間の半数は敗れ、撤退を余儀なくされていた。 事前に掴んでいた情報通りなら、勝てる相手だった。だが、目の前のアザーバイド達は、あり得ないタフネスで裏野部を迎え撃ってきたのだ。 そんな不意打ちから逃走を図るフィクサード達を見下すように笑うのは、黄泉ヶ辻のエージェント、ミランダ鍵守だ。アザーバイド召喚の技術を研究し、いまやミラーミスの落とし仔、『テスカトリポカ』の召喚を目論む女である。 「フフッ、悪くは無かったわ。でも、人のものを横取りしようというのは感心出来ないわね」 アザーバイド達に囲まれ、ミランダは笑う。この研究のために費やした時間は決して短くない。また、売り渡したものも少なくない。いまや、計画は最終段階に至ったのだ。ここで奪われてなるものか。 フッと自分の手の中にある黒曜石のナイフに目をやる。胸をささやかな感傷がよぎる。 もしかしたら、自分の選択肢もあったのではないだろうか? 少なくとも偽りの愛に逃げることは出来た。このような血で血を洗う戦いの起こる、神秘の世界に背を向けて逃げることも出来たのかも知れない。 しかし、ここまで来た以上、そんな選択肢は無い。さらに、既にそのような状況ではなくなっている。裏野部が情報を嗅ぎ付けてきた位だ。アークは必ずやって来る。『カーニバル』――アザーバイド、「テスカトリポカ」の召喚プロジェクト――が承認された時点では、アークなど問題ではなかった。しかし、いまやその勢いを恐れぬフィクサードは国内にいない。 目的達成を控え、本来なら勝利の美酒を用意しても悪くないタイミング。だが、ミランダの心を占めるのは焦燥。 そうだ、感傷など焦りが生んだ迷いに過ぎない。何か心の内側から聞こえる声に耳を塞ぎ、アザーバイド――『戦士』達へ警戒を強めるよう命令を飛ばす。 「まだ夜は長い、お楽しみはここからね……」 ● 「GAoooooooooN!!!」 唸り声を上げるジャガーの獣人を前に、『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)は赤い十字が刻まれたダガーを構える。目の前にいるタイプのアザーバイドとは幾たびも交戦してきた。後れを取ることは無いという自信もある。 「やれやれ、面倒なことだ」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)はため息をつく。いっそのこと、ビルごと破壊できたらどれだけ楽だろうか。とは言え、都内でそこそこに目立つ場所にあるビルだ。破壊するには人目につき過ぎる。何よりも、破壊した後の黄泉ヶ辻の動きも計算出来なくなってしまう。結局は真正面から進むことになり、それが彼女を苛立たせる。 そして、そんなリベリスタ達の感傷など、異界の住人であるジャガーの獣人にはあまり関係の無い話だ。 彼らの使命は自分達の主が、このボトムチャンネルに降り立つ道標になること。その邪魔をするものを全て打ち砕くことだ。 当然、リベリスタとの戦いを避けることは出来ない。リベリスタは、アザーバイド『テスカトリポカ』の降臨を阻止するために来ているのだから。 「サテ、六八。テメーと私の初舞台ダ、シマッテイクゼ」 『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は手の中の得物に囁くと、倉庫の中を跳躍する。彼女にとっては地面も壁も空中も等しく足場だ。しかし、そんな彼女の技を以ってしても、手の中の得物は言うことを聞いてくれない。 複雑可変型機構刀・六八。 六道派に属する達人、『土俵合わせ』路六剣八から譲り受けた武器だ。『武器』という曖昧な表現になるのは、六八が複雑な変形機構を持ち、様々な武器の姿を取るという特性を持つからに他ならない。 (使いこなせるかは私次第か……) 余りにも使い手を選ぶ武器。 それが刀の形を取り、ジャガーの獣人を貫いていく。それを操る少女の顔からは満足行っていないことが伺えるものの、普通ならその美しさに目を奪われるほど華麗な刺突だ。 それに追随するように、ユーヌがジャガーの獣人へと不吉な予言を投げかける。 「所詮は獣か、動きの荒さが目立つぞ?」 これらのアザーバイドとの間に意思疎通は存在しない。しかし、インヤンマスターであり、運気の変転を感じ取るユーヌの言葉は、それ自体が力となって獣人の身を締める、じわじわと真綿で首を絞めるように。 「……ん、回復……は、必要ない……。時間も……ない……。だったら……」 エリス・トワイニング(BNE002382)の目の前に魔法陣が形成され、そこから現れた魔力の矢がジャガーを襲う。彼女が攻撃を積極的に行う姿は珍しい。普段は仲間の支援を念頭に動き、長期戦にあっても補給を行えるようにしている。だが、今日は話が違う。 いつ『テスカトリポカ』が姿を見せるかも分からない、そんな状況だ。早めに倒せるならそれに越したことは無い。加えて、戦力が充実している上に、敵の動きは封殺されている。ならば、一気呵成に押し込んでしまうのが吉だ。周囲に溢れる濃密な異界の魔力を取り込み、まだまだ魔力も十分だ。 「うん……まだ……いける」 「時間が無いからね、早々に決めさせてもらうよ!」 『さくらふぶき』桜田・京子(BNE003066)の持つ黒鉄のリボルバーから、軽快に弾丸が放たれる。類稀な集中から放たれる2発の弾丸。それは異なるタイミングで放たれたにも関わらず、1つの傷跡を穿つのみだ。一発を外したのではない。自分の作った銃創に2発目の弾丸を撃ち込んだのだ。 「GAooooooooo!!!」 体内で暴れ狂う2つの弾丸に暴れ狂うジャガー。 (モリゾー君に美味しいもの用意して待ってて、なんて言った手前負けられないしね) 思えば2月ほど前にも同じフォーチュナの依頼で、似たような状況に向かった。あの時と今回とでは、違う点も多い。だが、危険なアザーバイドの出現を阻止しなくてはいけないということに変わりは無い。 「この一連の事件に、片をつけましょう。そのためにも……!」 動きが出来ないジャガーを、さらにクローチェの気糸が縛り上げる。アザーバイドは暴れて引きちぎろうとするが、クローチェの決意を込めた糸は鉄よりも硬い。 十重二十重に拘束されたアザーバイドを、さらに『朔ノ月』風宮・紫月(BNE003411)が呼び出した式神の鴉が啄ばむ。 苦しみの声を上げて弱っていくジャガーを見ながら、鴉を操る紫月の表情に余裕は無い。 もしも自分達が間に合わなかったら、何が起きるのか。 また無辜の民の命が奪われ、世界は傷つく。 そのようなこと、是が非にも止めなくてはいけない。 「相手は弱っています。トドメを!」 「行け! 運命喰い(フェイトイーター)!」 三度、京子の銃から弾丸が放たれる。 「GAooooooooo!!!」 もんどりうって倒れるジャガーの獣人。死ぬ間際の一暴れだけで、壁をぶち抜いて見せた。 しかし、それもすぐに収まり、動きを止める。 リベリスタ達は周囲の魔力が少し弱くなったのを感じていた。 「よし、次の場所へ向かいましょう」 アザーバイドが動きを止めたのを確認すると、リベリスタ達は別働隊の仲間に連絡を取り、事前に準備したトラックで次の戦場へと向かうのだった。 ● 思えば最初から気に入らない。 元々はまた黄泉ヶ辻派の事件なのかと興味を持っただけだった。 だが、いつからだろう。あの人の影が重なり始めたのは。 自分と同じ名前をした、蜘蛛だけど狗のような雰囲気を持つあの女性。彼女は後宮派のフィクサードであり、結局自分は彼女の一番になれなかった。 彼女の影が重なるのに気に入らないのか、重なるから気に入らないのか。 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は、渦巻くようにうねるエリューション・エレメントへのろいの弾丸を撃ち込みながらそんなことを思っていた。状況が切迫しているだけに、真面目に戦うつもりではあるが、人間の心はそう簡単に割り切れる程便利に出来てはいない。 倉庫の中に入ったリベリスタ達を迎え撃ったのは、水の塊のようなエリューション・エレメント。 渦を巻くようにして、人の形を取り、リベリスタ達を押し潰そうとして来る。 二手に分かれて儀式のサポートを行う術式の破壊を行うリベリスタ達。先ほどは炎の塊のようなエリューションと戦った。別働隊も順調にアザーバイドを撃破し、先ほどエリューションとの交戦に入ったと連絡が入ってきた。 時間のロスを防ぐために移動手段を用意していたこともあり、想定よりも速いペースで作戦は進んでいる。それでも、余裕などいくらあっても足りない状況なのだが。 「出し惜しみはしないぜ!」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の手に握られた2振りのナイフが一層スピードを上げて閃く。 ミラーミスの落とし仔、と聞いて終が真っ先に思い浮かべるのは、鬼の王『温羅』だ。もちろん、先日解決したばかりの事件であり、アークのリベリスタ達にとっては未だに記憶に新しい相手だ。とりわけ、彼は『温羅』復活の現場に居合わせたリベリスタである。あの手の存在が、どれ程強大で恐ろしいものであるかは誰よりも知っていると思う。 (もうあんな悔しい思いはしたくない……) 水が激しく飛び散る中、ナイフが閃き、水を『切り裂いて』いく。 そして、その中で水と戯れるかのようにしているのは、『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)だ。 「邪魔なんだよね、君。早い所消えてもらえないかな」 その手に握られるのは血に濡れたように赤いナイフと名も無き真っ直ぐな刀。いずれも名うてのフィクサードが所有していた代物だ。それらが幻のように閃き、揺らめき、エリューションを襲う。 りりすの眼中には、はなからエリューションなどいない。召喚されたアザーバイドによって苦しむ人々の姿も無い。あるのは、ミランダが持っているというアーティファクトへの興味だけだ。 そして、リベリスタからの集中攻撃にエリューションがひるんだ姿を、『勇者を目指す少女』真雁・光(BNE002532)は見逃さなかった。 「こんなところで足止めされるわけにはいかないのです!」 光の目の前に現れた魔法陣から、魔力の矢が飛び出して、エリューションの体に吸い込まれていく。 普段は精神年齢の幼い光だ。軽く見られてしまうこともある。それでも構いはしない。勇者が不要な世界――平和な世界――であれば、何も問題無いのだから。しかし、このような有事の際には話は別だ。自分は全力を以って、悪に立ち向かう。それこそが勇者の使命だ。 「ふむ……それでは、そろそろ終わりにしましょうか」 その長身を漆黒の防具に包み、ユーキ・R・ブランド(BNE003416)は大上段に剣を構える。元々の長身もあいまって、与える圧迫感は目の前のエリューションに勝るとも劣らない。 「はぁ……!」 ユーキが気力を込めると、握られたバスタードソードがより深い闇に覆われていく。 それと同時に彼女の体から生命力が失われていった。 呪いの代償は自身の生命力。それ故に、呪いは威力を増す。 水のエリューションの防御力は高い。しかし、暗黒騎士の操る呪いを防ぐことは出来ない。 ユーキの剣が振り下ろされた時、エリューションの姿は雲散霧消していた。 カランカラン 乾いた音を立てて透明な石が転がり落ちる。 先ほど、炎のエリューションを倒した際にも出てきたものだ。別働隊に向かったユーヌが先ほど教えてくれたのだが、エリューション・エレメントを生成することが出来るアーティファクトだったはずだ。彼女は同種のアーティファクトの事件に関わったことがある。 このアーティファクトは、ワンオフのものでなくそこそこに出回っており、しばしばフィクサードが用いることもある。しかし、これ程の大きさは2つも3つもあっさり用意出来るような代物ではない。 「これだけ周到に計画された召喚の儀式。きっと恐ろしいものが出てくるのです。未然に防がなければならないのです」 勇者として見過ごすわけには行かない、と拳を握り締める光。 そうだ、これはまだ外堀を埋め終えただけに過ぎない。本番はここからなのだ。 アクセス・ファンタズムを介して別働隊から連絡が入る。どうやら、向こうも戦いが終わったようだ。 「ミラーミスの落とし仔か…やっぱり温羅みたいに強いんだろうね。召喚成功したら鬼道の事件みたい大きな被害が出るかも」 終は儀式が行われているビルを見上げる。あの場所では、その危険極まりない儀式が行われているのだ。 そして、改めて決意の言葉を口にした。 「絶対に、阻止する……」 ● 鍵守家はアザーバイドの封印を行う、それなりに高名なリベリスタの家系であった。 しかし、WW2の最中に一族の中でも優秀なものを失い、国内での勢力を大いに減退させることになる。 加えて、トドメを刺したのが、1999年8月13日に起こった『ナイトメア・ダウン』である。一族の1人が『R-TYPE』殲滅のために、かつて祖先が封印したアーティファクト、『ヨアルリ・イツトリ』――リンク・チャンネルへの道を開き、異界の存在を支配下に置くとされるものだ――の封印を解こうとする。行為そのものは純粋な正義感から出たものであり、毒を以って毒を制する、という発想だ。 しかし、この案は却下される。『ヨアルリ・イツトリ』に関する研究はほとんど行われておらず、制御の確実性に関してははなはだ疑問視されていたからだ。その男が、一族復興のために、外国のリベリスタの血を入れていたというのも、一族上層部の不興を買った一因かも知れない。 そこで男は妻と共に『ヨアルリ・イツトリ』を強奪し、儀式を強行しようとする。しかし、その試みは失敗に終わり、男と妻は粛清されることとなった。その後、『R-TYPE』との戦いでまた一族のものは散っていく。 しかし、ここで『ヨアルリ・イツトリ』の物語は終わらなかった。 男には中学生になる娘がいた。 両親を殺された少女は、復讐を誓い、一族を出奔する。 そして、接触を取ったのが主流7派の1つ、黄泉ヶ辻だった。10代半ばの少女がフィクサード社会に入る、それがどれだけ恐ろしい行為であるかは説明するまでも無いだろう。ましてや、閉鎖主義で知られる黄泉ヶ辻だ。どれ程おぞましいことがあったのか、それは定かではない。 ただ、それでも少女は生き残った。 その頃には、フィクサードとしての力と自分を偽る仮面を身に付けていた。 『ナイトメア・ダウン』から3年、黄泉ヶ辻で地位を手に入れた少女は、その兵力で鍵守家を襲った。結果、鍵守は滅び、『ヨアルリ・イツトリ』は少女の手に渡る。 少女の名前はミランダ。 黄泉ヶ辻派フィクサードの1人である。 ● 「その儀式まったー!!」 風の吹き荒ぶビルの屋上に、光の声が明るく響く。 その声は一瞬、その場のリベリスタとフィクサードに状況を忘れさせる。 「勇者参上なのです! 貴様らの企てを黙って見逃すわけにはいかないのです! 成敗するです!!」 風にマフラーを靡かせて、光が凛と宣言する。勇者の如き剣に、勇者の如き鎧。その姿にフィクサードとアザーバイドは警戒の構えを取る。 「なるほど、気配は感じていたわ、アーク。やっぱり、あなた達が邪魔しに来ない理由は無いわよね」 足元に転がる裏野部派フィクサードの死骸を踏み付け、リベリスタを睨みつけるミランダ。 「やあミランダさん。いっつも射抜いてすみませんね。あと13本ほど如何ですか?」 冗談めかした口調の七海。しかし、眼差しは真剣そのものだ。本気の殺気が宿っている。 「フフッ、いつもいつもご丁寧に。ただ、いつもこちらばかりがもらっていては申し訳ないもの。お返しにあなたの体を8つの肉片にして差し上げようと思うのだけど、どうかしら?」 交錯する視線。 互いの視線に宿るのは、目の前の相手を殺すという絶対の意志だ。 当然、こうした睨み合いは漫然と行われている訳ではない。 敵対する相手の気配を探り、互いに相手の隙を見い出そうとしている。 また、リベリスタ側にしてみれば、落ち着いて状況の把握を行える数少ないチャンスでもある。 (召喚までのタイムリミット……どんな具合かな?) 終が小声で仲間に確認する。 (入ってくる……魔力は……減ってる。だけど……気配は……近寄ってきてる) (まだ、余裕はあります。でも、戦闘中に無理やり呼び出す手段が無い保証もありません) 詰まる所は、本来いないはずの場所にアザーバイドを引っ張り出すための儀式だ。そう簡単に済むものではないのだろう。しかし、一度リベリスタ達の体勢が崩れてしまえば、立て直している余裕はあるまい。 「テスカポリトカ、神の一柱の名を冠するアザーバイド……ミラーミスの落し子、ですか」 「……アステカの……神……として……知られている……けれど……そんな……存在は……私たちに……必要ない」 神秘の力を感知する力を持つ紫月とエリス。2人にしてみれば、ここに立っているだけで、現れようとする強大な存在の力を感じて倒れてしまいそうになる。しかし、そういうわけには行かない。もしも止められなければ、再び想像も出来ない大災厄が起きるのだ。 「ミランダ鍵守、あなたの思い通りにはさせませんよ。此処で、あなたの思惑……断ち切ります!」 「フフッ、言ってくれるじゃない。そんなことが出来るとでも思っているの?」 紫月の言葉をいつものように鼻で笑うミランダ。ミランダも目の前の少女が自分の使役するアザーバイドを倒せる実力を持つことは知っている。だからこそ、そう簡単に打倒し得ないだけの戦力を用意したのだ。本来、『テスカトリポカ』の召喚準備というだけなら、眷属の召喚はもっと少ない数で事足りる。 「貴女の罪は人の幸せを軽んじた事。偽りの愛で得た力なんかでは、何も齎せないわよ」 クローチェの言葉に対して、眉を顰めるミランダ。しかし、すぐに表情をいつもの余裕の笑みに戻した。 「偽りの愛、ね。あなたに何が分かるのかしら。あなたの方こそ、愛が何なのか知っているの?」 ミランダもクローチェの過去まで知っているわけではない。ただ、過去数度の会話の中から、何となしに感じた違和感のようなものを口に出しただけだ。しかし、まさしくそうした過去から脱却しえていないクローチェにとっては、そう簡単に答えられるものではない。 そこで口を挟んだのはりりすだった。 「そういうのは良いからさ。ミランダって言ったね。そのナイフ、僕にくれよ」 気軽に。 事も無げに。 子供が、玩具が欲しいと言う様な口調だ。 「へぇ、随分と簡単に言ってくれるわね。そう言われてどうぞって渡すフィクサードがいるとでも思ったかしら?」 「大丈夫、どうぞって言わせるやり方を僕は知っているから」 そう言って、りりすは腰を屈める。そろそろ問答の必要も無いだろうと察したのだ。 りりすの構えにアザーバイド達が唸り声を上げる。 高まって来る戦いの気配を感じながら、ユーキはあくまでも柔らかい物腰で対応する。原則、普段は温厚な性質なのだ。戦いの場ではガチではあるが。 「鬼の動きは見たでしょう。高位アザーバイドがどんな存在であるかは貴女がたもご存じの筈だ。人の手に負える物ではない。その術式で最もリスクを負うのは貴女自身だと思うのですがね」 「あら、リベリスタらしい物言いね。鬼道との戦いは伊達ではなかったと言うことかしら?」 「えぇ、まぁ。……止めておきませんか。今ならまだ間に合いますよ」 「ここで止めるようなら、そもそもやろうだなんて思わない。そうでしょう?」 ミランダの言葉にため息をつくユーキ。 その様子を見て、気だるげにしていたユーヌも痺れを切らす。 「そろそろ良いだろう。引き立て役たちも、そろそろ我慢が効かなくなってきたようだ」 猛るアザーバイドを指差すユーヌ。その言葉にユーキは頷くと、すらりと剣を抜き放つ。 「ヨクワカラネーが神話の世界ガシャリデテクルンジャネーヨ。今度は従ッテモラウゼ、六八」 まだ言うことを聞かない得物を片手に地を蹴るリュミエール。誰よりも速く、戦線を切り開いた。 「行きなさい、『戦士』達。奴らの血を煙吐く鏡に捧げるのよ!」 素早く指示を飛ばすミランダ。声に従うように獣人の姿をしたアザーバイド達も飛び出した。 戦場は五分と五分。 実の所、互いが相手を追い詰めると同時に追い詰められている状態だ。 リベリスタはミランダを追い詰めているが、一歩間違えば『テスカトリポカ』が姿を現す。 ミランダも『テスカトリポカ』召喚まで後一歩だが、リベリスタと対峙しなくてはいけない。 そんな薄い氷の上でのダンス。 だからこそ、京子は誓う。必ずこの戦いで勝利を掴んで見せると。 獲物を最速で狙うのがチーターだ。 ● リベリスタの行動は迅速だった。 もし、緒戦において時間をかけ過ぎていたら、ほとんど余裕が無い状態での決戦となっていた。 しかし、細かくタイムロスを削った甲斐はあり、多少なりとも補給を行った状態で戦いに挑むことが出来る。 そして、黄泉ヶ辻も負けてはいない。術式によって『テスカトリポカ』の力を得ることは叶わないが、アザーバイドの地力は健在だ。 互いに一合打ち合ったところで、それぞれに自分達の傷を省みて、それを確認する。 「受け継イダ武器、使イコナセナキャ……!」 自分に武器を託したあの男に申し訳が立たない。 再び刀の姿をした得物でジャガーを切り刻むリュミエール。 「また沢山の人が傷つくのは嫌だ。あの悲劇は繰り返させない!」 ジャガーの巨体の下を掻い潜る様にして、終の斬撃が襲い掛かる。 さすがに上と下からの立体攻撃を前にしては、防御などし切れるものではない。 それでも、ジャガーは自分を留めようとするリベリスタを引きずるようにして後衛へと切りかかる。ブンッと体が揺らめいたかと思うと、近くにいたリベリスタ達の体から血が飛び散る。 そして、その刃がエリスに到達しようとした所、庇ったのはユーヌだった。 「ははっ、獣臭いな? おっとウドの大木を獣と比べては失礼か」 防御用のマントでジャガーの刃をいなすと、蹴りを入れてやる。アザーバイドが後ろに下がった所で、ユーヌの視界が開ける。 (ご丁寧にガッチリ固めている、か。厄介なことだ) ミランダの様子を見て、心の中でため息をつくユーヌ。 どうやら敵方のクロスイージスは全員ミランダの護衛のようで、彼女の側を離れようとしない。おそらく攻撃役はアザーバイド達なのだろう。それならそれで攻撃の優先順位に変わりは無いが、後のことを思うと気が重くなる。 その一方で、りりすの動きは軽快だ。 蝶のように軽やかに宙を飛び、いや、獲物を食い千切る鮫の如く野蛮にジャガーを切り倒した。 そして、血に汚れた顔を拭うことも無く、ミランダへ凄惨な笑みを向ける。 「君の積み重ねてきた全ては、それに詰まってそうだし。どんな味がするかね。君の絶望は」 チッと舌を打つミランダ。 正直な話、りりすはミランダが何者であるかなどに興味は無い。 りりすにとって「敵」足りうるのは、精神的な強さを持つもの。ミランダはそれに値しない。 そんな相手の心情など、自分が欲しいものを彩るスパイスに過ぎない。 「簡単に味わえるなんて思ってもらっちゃ困るわ、まだまだよ」 憎々しげにりりすを見ると、それでも冷静に自分の戦い方を続けるミランダ。 ミランダの詠唱に従って現れた息吹が、フィクサードとアザーバイドの傷を癒していく。「癒し」というと清らかなイメージを与えるが、所詮は力の現れ方の1つでしかない。そして、力に善悪など存在しないのだ。 そして、それと合わせるかのようなタイミングで、別の方向からも癒しの息吹が吹き込み、リベリスタ達を癒す。エリスだ。 「簡単に……行かないの……は……お互い様」 2つの方向から流れ込んだ息吹は交じり合うことなく、対流を起こす。そして、再び戦場を強い風が吹き荒れる。テスカトリポカが現れるにはふさわしい嵐だ。 「Shaaaaaaaa!!」 その風に興奮したのか、鳥頭の獣人達は雄叫びを上げると、黒いエネルギーの塊をリベリスタに向かって放つ。生きる気力を奪い取る、死と絶望のオーラだ。 しかし、そのような時こそ力を発揮するのが勇者というものである。 「回復ならまかせてください。勇者たるもの治癒の一つや二つできて当然です!!」 光の力強い言葉と共に、絶望を打ち砕く力強い輝きが発せられる。恐怖を打ち砕く、勇気そのものだ。お陰でミランダとアザーバイドの攻撃で動きが鈍っていたリベリスタ達はまた自由な動きを取り戻す。 「簡単に行かないなんて分かっているのです」 剣を向けて高らかに宣言する光。 「それでも、挫けないのです!」 「そう言うことです。攻撃なら負けません。殲滅まではする気はありませんよ」 ミランダを狙って、七海が弓を引く。矢が彼女の手の中のナイフをかすめる。 「ただまあ……いい加減鬱陶しい。退け」 本気で忌々しげな声を出す七海。 「ようやく本性を見せてくれたわね。らしくなって来たじゃない」 ミランダはナイフを持ち直し、今までの余裕を捨てることにした。形振りなんか構っていられない。『狂介』――黄泉ヶ辻派首領、黄泉ヶ辻京介のあだ名だ。もちろん悪い意味で――も十分に恐ろしいが、それ以上に今までの自分の人生を否定されることが何よりも恐ろしい。もはや、お互いに余裕など何処にも無いのだ。 「余裕風を吹かせる暇は無くなったようですね。それにしても、なかなか……大それた事をやってくれる物です。……制御しきれると思っているのでしょうかね」 「そのために……10年かけたわ。たしかに、簡単に制御しきれるものだとは思えない。だからこそ、制御するために万全を期するんじゃない」 「なるほど……。ですが、手段も拙い。そして、いずれ私達のやることは一つです」 ユーキは腰だめに剣を構えると、思い切り横に薙ぎ払う。すると、戦場を夜の闇が覆い隠す。 その景色を見て、ユーキは最初にミランダと会った夜を思い出す。あの時もこんな夜だった。そして、どんな理由があるにせよ、あのような真似をする人間を放っておくわけにはいかない。 紫月の手元に鴉が姿を見せる。 「あなたがテスカトリポカの召喚を諦めないなら、私達がそれを阻んで見せます!」 羽ばたいた鴉がジャガーの身を啄ばむ。 しかし、ジャガーの動きは止まらない。そして、アザーバイドも戦い方を変える。敵全体を削る戦いではなく、倒せる相手を倒す戦いにだ。 「テメェッ!」 「きゃっ!」 リュミエールとクローチェが弾き飛ばされる。そして、そのまま屋上の外へと落ちていった。そこそこの高さはあるビルだ。リベリスタと言え、無事に済むものではない。怪我している状態ならなおさらだ。 「まずい!」 リベリスタ達が体勢を整える、わずかな暇。 そこを突いて、鳥頭の獣人が再び恐怖のオーラを放つ。 「……その程度か?」 ボロボロの体を引きずって立ち上がるユーヌ。彼女が立ち上がることが出来るのは、運命が皮一枚の加護を与えたからに過ぎない。 一方のミランダは腕に多少の怪我を負っているものの、全身の動きは鈍っていない。 「安心なさい、これで楽にしてあげるから」 厳然たる意志を込めて、魔力を呼び込むミランダ。 傷ついたユーヌが耐え切れる威力ではないだろう。 しかし、彼女は口元を歪めると、いつものように皮肉気な言葉を口にした。 「厄日のようだぞ? 神降ろしには不適当、もっとも適した日など存在しないが」 戦場を聖なる光が焼き払った。 ● 「適した日なんて無くて結構よ。それでも、呼んでやる。それでわたしの人生は始まるんだから」 リベリスタ達の目が光に慣れたところで、視界に入って来たのは、勝ち誇るミランダの姿とそれを取り囲むアザーバイド達の姿だ。それはまさしく、ミラーミスの落とし仔に仕える巫女の姿そのものだ。 その光景からは、『テスカトリポカ』の召喚を阻むことなどさせないという絶対の意志を感じる。 それでも。 「出現するその瞬間まで……絶対に諦めない」 京子が立ち上がる。 「鬼の時の様な、誰かが死ぬ未来は変えるんです」 「あら、何か言っているわね。別にわたしは鬼じゃないわ。ここに転がっている連中みたくなりたくないでしょ? フフッ、逃げるなら止めはしないわ。落ちた連中も、まだ間に合うんじゃない?」 ミランダの言葉は京子の耳に入っていなかった。 ただ、存在するのは自分自身だけ。手の中にある銃が、何をするべきかを教えてくれる。 「それでも変えれない未来なら私が変わります、私が変えてみます」 銃を構える京子。 その姿を見て、ミランダの胸に嫌な予感が走る。 「あの娘を攻撃なさい、今すぐに!」 ミランダの命令に従って、走り出すアザーバイド達。そして、護衛のフィクサード達がジャスティスキャノンの構えを取る。しかし、それは遅きに失した。 こんな運命なら、従えるわけないでしょう 京子が引き金を引く。そこで放たれたのは弾丸ではなかった。 その場にいたもの達は皆、京子が「何か」を喪失したのを感じ取る。 銃の名前は『運命喰い(フェイトイーター)』。自分の運命すら弾丸に変えるという願いを込めたものだ。 そして、銃は願いを叶えた。叶えてしまった。 それは圧倒的な力で傷ついていたジャガー達を消し去ってしまう。 比較的怪我の浅かったアザーバイドやフィクサードもただでは済まないし、先ほどまでミランダを庇っていたクロスイージスが無事でいられる道理は無かった。 「ま……まさか……」 ミランダも存在を知らないわけではない。しかし、現物を見たのは初めてだ。 ましてや、実行に移すものがいようなどとは。 運命歪曲黙示録。 己の運命の加護を代償に、運命を捻じ曲げる力。ある意味で、高位のアザーバイドを召喚・使役しようという行為以上に狂っている。 そして、ミランダにとっての絶望は、その直後に襲い掛かってきた。 「ヨウヤク言ウコト聞クヨウニナッタジャネーカ」 凄まじいスピードでリュミエールが壁を駆け上がってきたのだ。そう、先ほどは吹っ飛ばされたのではない。自分から吹っ飛んだのだ。用心深い、臆病とすら言える相手の隙を作り出すために。 そして、リュミエールの手の中で、先ほどまで刀だったものが姿を変えていく。トンファーに、斧に、と。ようやく武器の呼吸が掴めて来たのだ。 クロスイージスは役に立たない。自分自身で身を護ろうとするミランダ。伊達にフィクサード社会を渡ってきたわけではない。最低限の心得はある。 その瞬間、リュミエールの手の中の得物が消える。いや、違う。暗器へと形を変えたのだ。 あり得ない変化を予測するような経験は、ミランダに無かった。 彼女の手にあった黒曜石のナイフは刀身を弾き飛ばされ、柄と離れ離れになってしまう。主の手を離れた刃はビルの外へと消えていく。 「ダメ!」 飛んだ刃を取りに行こうと翼を広げるミランダの腹を七海の矢が貫く。何度目の感覚だろうか? 激しくその場に崩れる。痛みが彼女の意識を現実に繋ぎ止める。 「単純に許せないのもあるけどな! 好きな女の影がチラついてイラつくんだよ!!」 感情を露にした七海の声。首の下では黒いチョーカーが揺れている。 「あらあら……そんなに似ている……の?」 「全然似てないけどな。どちらも逃がし続けてきけどもう逃さない。お前の夢も粉々にしてやる。代償? 知ったことか」 一息に言い切ると、再び矢を番え、痛みを堪えるミランダに矢を向ける。 「フ……フフッ……振られちゃった……のかしら? 相手さんは……もっと良い、相手を見つけているのかも……ね。何にせよ、諦めが悪い、男は……嫌われるわよ? 男と女の間には、騙し合いしか、無いんだから……」 「ねえ、ミランダさん。本当は進さんの事を本当に愛してたんじゃない?」 唐突に穏やかな声で問う終。隙を生めるかと思って用意していた言葉。しかし、それよりも目の前の女の心を折ることが出来るかもしれないと紡ぐ。 「愛してたふりをして騙してただけだって、自分で思い込んでおきたいんじゃない?」 「どうなの……かしらね……。それに、自分で……捨ててしまったのだもの。どうしたって……戻ってくるはず無いわ」 実際の所、どうなのか。正直、自分でも良く分からない。 ただ、1つ言えることがあるとすれば、この1年で思い出してしまったのかも知れない。自分が失ってしまったものの重さを。フィクサードとして何枚も被ってきた仮面。その奥底で、自分が本当に求めていたものを思い出してしまったのだろう。 「じゃあ、そろそろ死んでもらおうか」 鳥頭の獣人を切り殺し、全身を血に染めたりりすがやって来る。見れば、もう1体もユーキの呪いの刃に貫かれ、動きを止めていた。クロスイージスも光の「正義の雷」を前に倒れてしまう。 「神代の戦神と遊ぶチャンスはもう無いみたいだし、そろそろ遊びは終わりにしようか」 おそらく『テスカトリポカ』が現れたら、本気で戦うつもりだったのだろう。それを感じさせるりりすの狂気に、ため息をつくミランダ。息と一緒に血を吐き出してしまった。 しかし、これで決心がついた。 相手が命を賭けるのなら、自分も命を賭けよう。自分の今までの人生が、リベリスタ達のそれよりも軽いだなんて言わせない。 「まだよ、まだ終らないわ……」 倒れたままだが諦めを見せないミランダに警戒するリベリスタ達。 「あなた達に出来て、わたしに出来ない道理は無い……。テスカトリポカよ! わたしの運命を捧げるわ! だから、来なさい! 全ての条理を捻じ曲げて! 起きろ、運命歪曲黙示録!!」 天に手を上げて、ミランダは朗々と声を上げた。 しかし、その声が消えた後には、何も起きなかった。 しーんという静寂がその場を支配する。 「な……なんで……? なんでわたしには起きないの!?」 絶望の声を上げるミランダ。当然の話だ。運命歪曲黙示録は本来起き得ない奇跡を引きずり出す奇跡。そして、奇跡は滅多に起きないからこその奇跡なのだ。 「言ったはずよ。偽りの愛で得た力なんかでは、何も齎せないって」 現れたのはクローチェだ。リュミエールが無事だったのだ。彼女が助かっていない道理は無い。そして、その手には先ほど落ちたはずの黒曜石の刀身が握られている。落ちたものを拾うために、少々遅れてしまったのだろう。 そして、クローチェの瞳には決意と覚悟が浮かんでいる。 「好きな人のいるこの世界を守る為なら……本当の愛の強さというものを、教えてあげるわ」 「そ……そんな……何で!? 嫌! 嫌! 何でわたしがこんな目に!? 助けて! 誰か!」 半狂乱になって叫ぶミランダ。しかし、先ほどの叫び同様に、助けは来ない。それでも叫び続ける。そして、リベリスタも歩みを止めない。女の下から魔力の刃が放たれるが、それは蟷螂の斧でしかない。 クローチェがナイフを振り下ろす。 あの晩、ミランダがそうしたように。 それが、黄泉ヶ辻派フィクサード、ミランダ鍵守の起こした事件の決着となった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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