● 「見てくれよ阿鼻君。此れが僕のヘカトンケイルだ」 ヘカトンケイル。百の手を意味する名を持つ巨人。伝説では五十の頭と百の手を持つとされている。 よれよれで何が原因かわからない得体の知れない染みの付着した白衣を、悪い意味で違和感なく着こなす研究員の言葉に、阿鼻は端正な顔に笑顔を浮かべて答える。 「……そうですね。僅か46個程頭が足りなくて、92本程腕も足り無い事を除けば、ヘカトンケイルを名乗ってもいいと思いますよ」 言葉の芯から皮肉に染まる阿鼻。目の前にいるのは、体躯こそ醜く大きいが、頭部は僅か4つ。腕は8本しか付いていない。 「うわあ。其の物言い叫喚君にそっくりだなぁ。流石は親子。性格悪すぎやしないかな。……ふふ、でもね。良い所に気づいたね。確かにコイツはヘカトンケイルを名乗るには腕も足も足りやしない。ただコイツは倒した獲物を取り込んで頭と腕を増やせるんだよ。凄いだろう阿鼻君!」 自慢げな研究員の様子に、阿鼻の笑みはますます深くなる。嗚呼、父の言っていた通りの、御し易い良い金づるだ。 だが相も変らぬ気持ち悪い研究員はさて置き、肝心の怪物は確かに『プロト』を名乗っていた頃に比べれば格段の進歩を遂げている。 一人の哀れなフィクサードをベースに、Eアンデッドと化した元リベリスタ、遠山・一気、蛟・弥生、経堂・雹間の3人を混ぜ合わせて作り出された複数の頭部と腕を持つ、。研究員の話によれば、まだまだ膨れ上がる余地を残した、未完の巨怪。 「こいつは本当に凄いよ。素材は4人なのに、出力は其の倍、8人分には匹敵するからね。取り込めば力はさらに膨れ上がるさ」 研究員が誇るだけの性能を、ヘカトンケイルは確かに秘めている。 研究員『エンスージアスト』長谷村零司郎は、六道 紫杏マニアかつ粘着質で見た目からして気持ちの悪い男だが、其の実力だけは確かなのだ。 「それは凄いですね。……でも、其れだけの実力があるのなら何故我々に依頼を? リベリスタを相手にしての戦闘データの収集との事ですが、我々は寧ろ邪魔になりませんか?」 阿鼻の疑問はもっともだ。ヘカトンケイルの戦闘データを収集するのに、阿鼻と其の配下の必要性は本来無い筈なのだから。 「あー、ほら、残念な事に素体の中に無効系の能力者が居なくて……ね」 阿鼻の言葉にバツが悪そうに頭を掻く研究員。 「あぁ……、呪縛とかですか……。なるほど、そうですね。判りました。連れて行く配下にはクロスイージスとホーリーメイガスを混ぜておきます」 どんなに強力だろうと、一体では越えれぬ壁があるのだ。 「あー、悪いね。ほら、無効系能力者を取り込めたら心配なくなるんだけどねぇ」 閑話休題。 「それにしても叫喚君はどうしたんだい? 出来れば僕の自信作を彼に披露したかったんだが」 不服そうに頬を膨らませる研究員だが、其の仕草には欠片程も愛嬌は存在せず、ただただ気持ち悪いだけだ。 物好きなこの研究員は、六道の最下層を名乗る地獄の一人、叫喚を友と呼ぶ。 「父は前回の依頼で自慢のアーティファクトに傷を入れられて修復中なんですよ。心配なさらずとも、仕事はボクが果たします。こう見えてもボクは地獄が一つ、八大で最も過酷な『阿鼻』を名乗らせて頂く身ですから」 ● 「チッ、逃げろ栞!」 殿となって仲間を逃がそうとする超・脅威の言葉に霞・栞は応じず、ただその唇から癒しの加護を願う旋律を紡ぎ続ける。 栞の様子に超は一つ舌打ちをするが、それ以上の問答をする余裕を敵は与えてくれそうにない。 「ははは、逃げても良いですけどね。どうせ逃げれないと思いますし、結果は同じですよ」 まるで哂う阿鼻の言葉に応じる様に、ヘカトンケイルが4種の別々の攻撃を超へと放つ。栞の回復分などまるで無意味であるかのように、あまりにあっさりと削り取られる超の体力。 「この子、ヘカトンケイルって言うらしいですけど。どうも貴方達にご執着みたいで。取り込みたくて仕方ないらしいんですよ。良かったですね。こんな姿になっても想ってくれる仲間を持って」 ヘカトンケイルの8つの腕が、抵抗力を失った超の体を、腕を、足を、頭を、掴み持ち上げる。 「一気。……相棒。くそう! くそう!! くそう!!!」 超の無念さも、其の身を震わせる程度の意味しか持たない。 「遠山さん! 蛟さん! 経堂さん! 止めて!! 目を覚まして!!!」 だが栞の必死の呼びかけも虚しく、超の身体がべたりとヘカトンケイルの体に押し付けられ、ずぶずぶと沈んでいく。 そして、ずぼりとヘカトンケイルの身体に生えた超の頭は、既に精気を宿していない。 虚ろな眼窩が栞に語る。次はお前だと。 「さて、父の遣り残した仕事も後一つ。生かして捕らえればボーナス、でしたか。ボクとしてはどちらでも良いですが、さてさて本命の対戦相手が来るまで、……心の折れた人形は持ちますかね」 ● 「さて諸君、先日も戦った謎の混合種が再び現れた」 集まったリベリスタ達を前に『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が告げる。 先日、フリーのリベリスタ集団『ワンダラー』を狙う六道派のフィクサード達との戦いの際に、彼らに引き連れられていた分類不能のエリューション『プロト』スキュラの同種がまた現れたのだ。 「しかし今回の混合種は前回とは比べ物にならぬ程、そうだな。進化、或いは改良されているようだ。この新たな脅威、混合種は仮に『キマイラ』と呼称しよう」 アザーバイドでなければノーフェイスとも言えない。他のエリューションタイプのどれともはっきりは言いがたい、複数の特徴を兼ね備えた、六道派の作り出した新たな脅威、E・キマイラ。 「諸君等が倒すべきE・キマイラには前回持ち去られたE・アンデッドと化したワンダラー達が混ぜられており、生き残りのワンダラーの2人を襲って、……いや諸君等が到着する頃にはその一人は既に取り込まれてしまっているだろう」 資料 E・キマイラ:ヘカトンケイル 一人のフィクサードを核に、Eアンデッドと化した元リベリスタ、遠山・一気、蛟・弥生、経堂・雹間を素体として合成された巨体のキマイラ。 既に超・脅威を取り込んでいる。 現在は頭部5個、腕10本。戦闘不能となった者を取り込み力を増す。速度以外の能力は押しなべて高い。速度だけは寧ろ低い。 攻撃回数は『現在は』5回。 クリミナルスタア、クロスイージス、ナイトクリーク、プロアデプト、覇界闘士、のランク1スキルの強化版を其々使用してくる。(装備制限等は関係なく技を使用します) フィクサード1:阿鼻 今回出てくる六道派フィクサードのリーダー。10代後半の男性。死と死後に関することを探求する事でそれらを操り、自分を死から遠ざける事を目的とする地獄一派の、一人。八大地獄の其の八。 ジョブは不明。 所持するEXスキルは『阿鼻地獄』。所持する特徴的なアーティファクトは今回所持なし。 『阿鼻地獄』 八大地獄の最下層、あらゆる苦痛に勝ると言われる阿鼻地獄で受ける苦痛の一欠けらを対象の身体で再現するサディスティックな技。 その効果は8つの地獄になぞらえて8個のバッドステータスに、更に呪殺を重ねて精神も削る。 神遠単、虚弱、圧倒、鈍化、猛毒、流血、業炎、氷結、雷陣のBS効果付き+呪殺+Mアタック。 フィクサード2:火車地獄 今回出てくる六道派フィクサードのサブリーダー。20代前半の男性。 阿鼻地獄(無間地獄)に属する16小地獄の中で、異説の17番目、例外を獲得した実力者。 ジョブは覇界闘士。 所持するEXスキルは『火車地獄』。所持する特徴的なアーティファクトは今回所持なし。 『火車地獄』 巨大な炎の車輪を放ち全てを焼き尽くす武技。 物遠範、火炎、業炎、極炎。 フィクサード3:雨山聚処 阿鼻地獄(無間地獄)に属する16小地獄の中の一人、若い女性。ジョブはホーリーメイガス。 フィクサード4:鉄野干食処 阿鼻地獄(無間地獄)に属する16小地獄の中の一人、中年男性。ジョブはクロスイージス。 リベリスタ:『カスミソウ』霞・栞 ホーリーメイガスの力を持つ若い女性。リベリスタグループ『ワンダラー』の最後の生き残り。 「今回の作戦目標はE・キマイラの撃破だ。……だが一つ注意事項がある。六道派に狙われる『カスミソウ』霞・栞のフェイトは既に尽き掛けており、今回の戦いの最中にノーフェイスと化す場合がある。その場合はその処理も重ねて行って欲しい。……ふぅ。さて、此れから先に広がるのは地獄だ。その地獄の最中で諸君等の瞳は何を映す? 私はただ、諸君等の健闘を祈ろう」 ● 嗚呼、全て失った。 心の折れる音がする。 私は、私の浅はかな理想……、違う、意地の為に仲間達を使い潰した。 何より大切な筈の仲間達だったのに。 もっと、他の道だってたくさん、たくさんあったはずなのに。 怖い。嫌だ。 きっと皆私を恨んでる。 もう何もしたくない。逃げる気力だってもう残ってないもの。 でも嫌だ。取り込まれるのだけは嫌。 きっと皆私を恨んでる。そんな感情が渦巻くあの中に、取り込まれたくない。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。 来ないで! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月23日(水)22:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「この敗戦は、ワンダラー最後の戦いです。皆さんは退いて下さい」 詭弁だ。今更私が出張った所で出来る事は唯一つしかない。 「皆さんの優しさにもう一つだけ甘えさせてもらえるなら……」 嘘だ。嫌だ。怖い。そんな事思ってない。言いたくない。 でも……、こんな私をまだリベリスタだと言ってくれた心優しい人達をこんな所で散らすわけにはいかない。 もう二度と心折れるわけには、決していかない。 「次は、次こそは、私を、私達を、ワンダラーの残骸を、……殺して、下さい」 返事は聞かない。其の時間も無い。 死が、形を成した死の巨人はもう其処まで迫っているのだ。 霞・栞の凛とした声に、魔方陣が展開される。 殊更、大仰に、ヘカトンケイルの注意を惹く為に、アークのリベリスタ達の撤退時間を稼ぐために。 放たれる魔力の矢は巨人の表皮を僅かに焼き……、けれど巨人はそれを意に介した風も無く複数の腕を、振り下ろす。 目は逸らさない。霞・栞は最後までリベリスタであるのだから。 ……カスミソウの花が散る。 思えば予感はあったのだ。 運命は栞を、ワンダラー達を既に見放していたのだろう。 尽き掛けた運命を確信させたのは、彼等の、アークのリベリスタの栞に対する態度。 運命はちっとも優しくない。 でも、嗚呼、きっと此れが救いなのだろう。 ヘカトンケイルに四肢を掴まれ、取り込まれんとしていた栞の瞳がカッと開く。 瞳だけではない。其の口も、耳まで裂けて牙を剥き出す。 此処に居るのはリベリスタ『カスミソウ』ではもう無い。一匹のノーフェイス、栞だ。 巨人の喉に喰らいつく新たな化物。 嘆きはしない。嘆く心も直消える。 最後までリベリスタで居れた自分が、ただ1匹の化物と化した後も、自分をリベリスタで居させてくれた彼等の一助となれるのなら、此れを救いといわずしてなんと言おう。 掴み合い、喰らい合う、2匹の化物。 勝者は最初から決まっている。けれど、栞は最後まで……。 獲物を取り込むヘカトンケイルの勝利の咆哮が、遠く離れたリベリスタ達の背を叩く。 『私を、……殺して下さい』 栞の声が、もう一度聞こえた気がした。 今此れより振り返るは、血に染まった鉄錆味の敗北と犠牲の記憶。 ● 猫が鼠を弄ぶように、じわりじわりと追い詰められる栞。 恐怖に混乱した栞は気付いて居ないが、彼女はワザと逃がされているのだ。 本命の相手が来るまでの暇潰しの遊び道具として、大事に、大事に。 故に、 「あなたを助けに来た。なんてカッコつけてもいい?」 足をもつれて転げた栞とヘカトンケイルの間に現れ、手を差し伸べる『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)をはじめとするリベリスタ達の姿に驚きをあらわしたのは、当の栞だけ。 「はじめまして『カスミソウ』。まずは落ち着きなさい。ほら深呼吸」 驚きのままに呼吸をする事すら忘れた栞に、深呼吸を促すソラ。 勿論リベリスタ達も判ってる。彼女は自分達を誘き寄せる為の餌であり、自分達は自ら死地に飛び込んだのだと。 けれどそれでもソラは思う。 『……こんなの放っておくわけにはいかないじゃない』と。 「リベリスタなんでしょ。フリでもいいから冷静に。不敵な笑みを浮かべて」 栞に染み込ませる様に、簡潔に、一言ずつ、ゆっくりと必要な事だけを告げるソラのその姿はまるで真っ当な教師の様で、ほんの少しだけ自分でも感じてしまう違和感に、ソラの唇はほころぶ。 折れた心が言葉で簡単に癒えるとは思わない。だからフリでも、強がりでも良いのだ。材料は与えた。消化し、立ち直れるかどうかは栞次第。 「僕は貴女によく似た人を知っています」 翼を一つはためかせ、『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は語る。 誰よりも繊細で傷付き易いのに、誰よりも厳しい道を選んでしまう友人の事を。 愚かと言われても進むべき道を違えることはできない不器用な友人を。 「彼や貴女のような人を僕は放っておけないのです。きっと貴女の仲間も僕と似ていたのでしょうね」 ヴィンセントは、語る。恐らくはきっと、巨人に飲まれた彼等も同じ気持ちだと信じて。 「生きて、信じる道を進み続けてください」 其れが彼女にとってどれほど残酷な言葉であるかは、想像するしかできないけれど。 それでも願いを込めて。 「僕の友人からの伝言だよ。『僕は君にたすけられた。感謝してる、だから、大丈夫、君は間違ってない』ってね」 呆けたままの栞の前にしゃがみこみ、目を合わせる『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。 「ありがとう。僕の友達を助けてくれて」 合わせた瞳に映るのは、慰めではなく本気の感謝。 「今度は僕が君を助ける!」 其れはただの宣言では無く、誓い。 友に、自らの拳に、誓いを立てる悠里。 「独占はやめてくれない? それは貴方達じゃなく私の役目よ」 悠里の言葉にちらりと僅かに嫉妬を滲ませて、『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が栞の肩を叩く。 彼女が脳裏に描くのは唯一人、誰よりも大切な人。彼の心を守るのは、彼の願いを叶えるのは、他の誰でもない、自分なのだと。 以前のこじりなら言っただろう。『死にたいなら、勝手にしなさい』と。 でも今はもう違う。彼女はもう生き方を決めたのだ。 「貴女が何と言おうと必ず護る」 彼の様に。 「霞・栞! お前の仲間は、お前になんといった! 生きろと、それを望んだのではないのか!」 栞の全身を震わせる気迫。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)から立ち上る闘気が、声が、か細い栞の身体と心を叩く。 「声を出せ! 手を、足を動かせ! お前はまだ生きているんだぞ!」 並ぶリベリスタ達の背中は語る。 『リベリスタなら、誰かを助けたいなら決して折れてないで立ち上がれ』と。 「黙って見ててくれるとは意外じゃのぅ。何ならこのまま帰っても構わんぞ。阿鼻とやら」 式を放つ輪胴式大型拳銃を構え、阿鼻を警戒する『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)。 「いえいえ、まさか。中々面白い見世物でした。僕はこういう茶番は好きですよ。別にもう少し続けてくれたって構いません。だってほら、どうせなら心折れた獲物より必死に抵抗する獲物を狩りたいじゃないですか。ねぇ?」 にこやかな阿鼻の表情からちらりと顔を見せた、どす黒い毒。 「悪趣味な。じゃがならば言葉に甘えて一つだけ。……霞・栞、自分の負い目であやつ等の矜持を穢してやるな」 視線を阿鼻から逸らさず、瑠琵は己が背の向こうに居る栞へと語りかける。 「同じ理想を追い求めた仲間じゃろう? 信じてやれ」 背を向けた瑠琵に栞の反応は見えない。震える喉も、溢れる涙も、無意識のうちに己の武器を探して地を探る彼女の手も。 ゆっくりと、投げ掛けられた言葉の数々が栞の心にしみこんでいく。 「成る程、素敵な言葉だ。本当に。それじゃあ、貴方達の其の言葉が口先だけでないかどうか、まとめて試してあげましょう」 スッ……と翳した阿鼻の手は、恐らくは現場を何処からか見守る『エンスージアスト』長谷村零司郎への合図。 己が主からの命を受けたヘカトンケイルが、一歩踏み出す。 「……出来れば、簡単に折れないでくださいね」 ● ヘカトンケイルが動き出す、其の前に、先んじて突き刺さった悠里の拳が巨人の巨体を氷で覆う。 「GO!」 会心の手応えに悠里が出す作戦へのGoサイン。 弾けた様に飛び出し、ヘカトンケイルの脇をすり抜け、リベリスタ達はフィクサードへと狙いを定める。 「はっ、まさか狙いは此方ですか。父から聞いてはいましたが、アークのリベリスタは本当に好戦的だ」 真っ先に切り込んでトップスピードを使用した、仲間内でも随一の速度を誇る『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の前に立ち、阿鼻は呆れた様に鼻を鳴らす。 リュミエールが振り翳すは複雑怪奇な変形機構を持ち、様々な武器に変わる摩訶不思議な武器、複雑可変型機構刀・六八 。もっとも扱いが複雑すぎるこの武器で本来の持ち主ではない彼女に扱えるのは、剣、斧、弓、暗器、の4つの形態だけではあるのだが、其れでもこの武器を知らぬ者にとっては不意に変わる武器の間合いは脅威である。 「六道……、テメェ等は許さねぇ」 リュミエールの口から漏れる怒りの言葉は、しかし阿鼻の唇に浮かぶ嘲笑を更に深めるのみ。 こじりの放ったギガクラッシュが、ヘカトンケイルの全身を衝撃に震わせる。 「二刀流か。出来ればあの拳士の相手をしたかったが、……我等から狙うと言うのであれば通す訳にもいかんな」 そして切り込んだもう一人、拓真の前には火車地獄が立ちはだかる。 「……退け。俺には地獄すら生温い!」 地獄に落ちる覚悟ならある。けどそれは今じゃない。 拓真には果たすべき役割があり、それを果たすまで倒れて楽になる事など許されない。 「そうか。ならば試してみるが良い。貴様が生温いとほざく地獄の焦熱を、この火車地獄の火勢を!」 地獄が広がる。 そんな中、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は脳の伝達処理を能力によって向上させ、より深い集中の領域へ。 一撃を、押し切るための状況を決定付ける一撃を、或いは不利な状況を覆しうる一撃を、放つその時の為に。 けれどリベリスタ達の誤算は、悠里がヘカトンケイルを凍らす事が出来たとしても、雨山聚処と鉄野干食処、ホーリーメイガスとクロスイージスの二人、2つの小地獄を抑えきらねば、結局ヘカトンケイルを封じ続ける事が出来ない事実だった。 奥へと切り込んだ人員を阿鼻と火車地獄の2人に食い止められた今の状況では、2人の小地獄がヘカトンケイルの縛を破るのを阻止する手立てが無い。 そしてそれは次手でこじりが奥へと切り込んだとしても、未だ足りない。こじりが弾き飛ばして引き離した敵をヴィンセントが抑えれたとして、更にもう一人をこじりが弾き飛ばした上で自ら完全に押さえ込めたとして、漸くだ。 果たして其れが為されるまでにどれだけの時が必要なのか。 全てが十全でなければ機能しないか細い賭け。 例えリベリスタの後衛達が狙うにしても、その為にはヘカトンケイルの手の届く範囲内まで近寄らねば、後方に控える2人の小地獄には届かないのだ。 ブレイクイービル。邪気を寄せ付けぬ神の光を、皮肉な事に地獄を名乗るフィクサードが放つ。 動き出したヘカトンケイルの怒涛の5連撃は、眼前の悠里を一瞬にして朱に染める。 防御力に特化している訳では無いとは言え、アークの最精鋭と言っても過言ではない悠里がただの一瞬で運命を対価にせねば踏み止まれぬ所まで追い込まれた。 その意味を誰よりも知るリベリスタ達の身体に戦慄が走る。 ふらりと、杖を握り締めた栞が立ち上がる。 ● 戦いの最中で、一度走り出した作戦を切り替える事は難しい。 指揮者が居てメンバーの意思統一が完全に為されていたとしても、作戦切り替えの為には切り捨てられる犠牲が必要だ。 ましてや統率する者の居ないリベリスタ達なら、……それは尚更である。 故に其れがか細い道であっても、リベリスタ達はその道を走り続ける事を自らに強いた。 リュミエールの武器を可変させてから放つアル・シャンパーニュは、間合いの変化に驚いた阿鼻を確かに傷つけはしたものの、其の動きで魅了するには至らない。 「悪くはありませんが、地獄を生きて渡るにはまだまだ足りません」 一方の阿鼻が放つは、狙いの定め難い眼前のリュミエールにでは無く、其の上空を火車地獄の抑えに入り拓真を自由にしようとしていたヴィンセントに対しての『阿鼻地獄』。 あらゆる苦痛に勝ると言われる阿鼻地獄で受ける苦痛を身の内で再現されたヴィンセントが、苦悶の表情を浮かべて其の動きを止める。 のたうつ事すら許されない、嘗て味わった事もない、心を削り取る程の灼熱の苦痛。 「申し訳ないんですが、やめて下さいね。火車地獄さんは戦いの邪魔されると凄く不機嫌になるもんで……、ね」 だが其の苦痛を与えた者は、柔らかな笑みのままで、其の心根が薄ら寒い。 阿鼻の支援により中断されぬままに続く火車地獄と拓真の戦いは、周囲の地すら焼き尽くす。 追い込まれる仲間達の状況に何とか先に進みたい拓真のメガクラッシュを、火車地獄は金剛と化した硬化された左腕で受け止め、震う右腕は周辺ごと拓真を焼き尽くす焔腕。 全体の戦いの趨勢に、果たすべき役割を為す事に心砕く者と、眼前の敵を砕く事のみに酔わんとする者、どちらが戦士としてより正しいのかは疑問だが、この差し向かう二人の勝敗にまで状況を限定すれば、其の勢いの差は明らかだ。 肉が抉られ、焼かれ、炭と化す。 悠里の拳が再びヘカトンケイルの動きを封じる。 ソラと、まだ声を震わせたままの栞の、二人掛かりの天使の歌がリベリスタ達を癒し、こじりが戦場を駆け抜ける。 瑠琵の符が影を実体化させて囮を増やすが、……そう、全ては既に後手に回っている。 こじりの眼前で、再びブレイクイービルを放つ鉄野干食処。 振るわれる巨人の攻撃が、ソラと栞の無力を嘲笑うかのように、悠里を地に沈めた。 崩壊が、蹂躙がはじまる。 ● 取り込まれんとする悠里を飛び出して庇った瑠琵が、巨人の腕に引き裂かれる。 後衛型の彼女では、運命を対価にしても尚も続く攻撃に耐え切れなかったのだ。舞う血飛沫の甘さにヘカトンケイルが咆哮をあげる。 コンセントレーションに更に集中を重ねた櫻霞の狙い済ました一撃、トラップネストは、確かに狙い通りに阿鼻を縛りつけてリュミエールを解放したが……、しかしそれだけだ。 もう既に状況は彼の一撃を持ってしても覆しがたい程に傾いてしまっている。遅すぎたのだ。 意志の力で必死に苦痛を振り切ったヴィンセントが超幻影で倒れた仲間達を隠し、ヘカトンケイルの注意を引かんとするが、けれど再び襲い来る苦痛に、彼はヘカトンケイルの眼前で、其の動きを封じ込められてしまう。 背後には、配下の小地獄達によってトラップネストの縛鎖を逃れた阿鼻の笑み。 振り下ろされるは巨人の腕。 一人、また一人と折られ、倒れていくリベリスタ達。 もうこうなっては、撤退する事すらかなわない。 全員がリュミエール程に素早いなら兎も角、全員が誰かを担がねばならぬだけの犠牲者が出たこの状況で、敵が大人しく黙って見逃してくれない限り逃げる事など不可能だ。 逃がす理由が無い。逃げれる道理も無い。 全員が巨人に飲まれて消え行くだろう。 誰かを、生贄に捧げぬ限りは。 そしてその危機的状況が故に、瞳に完全に光を取り戻した『カスミソウ』霞・栞の、リベリスタとしての最後の戦いが始まった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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