● 一面のたんぽぽ。 緑のじゅうたんに一面のたんぽぽ。 澄み切った青い空。 ぽっかりと浮かぶ白い雲。 今日の陽気は汗ばむほどで、開け放った窓から入ってくる風が心地いい。 地平線の向こうまで埋め尽くされたたんぽぽの中を汽車が進んでいく。 小さな駅に時々とまり、誰かが降りて、誰かが乗り込む。 それでも車内はがらがらで、ボックスシートを独り占めしている。 時々眠り、目を覚ましても、目的地はまだまだ遠い。 土蔵の薄明かり。 しつらえられた座敷牢。 少年の枕元に置かれた小さな箱の中。 たんぽぽ野原の中を汽車がどこまでも走っていく。 ● 「残念ながら、このメルヘンは現実じゃない」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに小箱の写真を表示する。 寄木細工だ。 「非常に巧妙な秘密箱。アーティファクト『胡蝶の夢』 この箱を開けると、空けた本人の望んだ夢が続く。本人が死ぬまで。使われた回数は少ないけれど、大抵二、三日で死に至る」 箱の鍵を開けるためのわずかなスイッチが、美しい模様の下にかくされている。 それをいくつもいくつも動かして、ようやく箱が開く仕組みだ。 その箱の模様は、一面の蝶。 一匹の蝶の羽が別の蝶の羽でもあり、模様を動かすたびにその組み合わせも変わっていく。 別のモニターに少年の写真が表示される。 やけに落ち着いた表情の。 「高校2年生。ノーフェイス」 リベリスタの表情が険しくなる。 つまり、この人物を必ず殺せという意味だ。 「革醒者が多く発生する家系。というか、このアーティファクトがあるせいなんだけど。彼らは、時々一族の中に超人になる者と化け物に変わる者がいると理解している」 先祖が化け物を殺した呪いと口伝されている。と、イヴは付け加えた。 「化け物を苦しませずに葬るために作られたアーティファクト」 そういう家系がある。 しかし、血は薄まり、今ではそのアーティファクトによって革醒者が発生する皮肉。 「彼は、口伝によってこの箱がどんなものか知っている。その上で、彼はこの箱を何日も何日もかけて開けた」 今、彼は穏やかに眠っている。 彼が望んだ夢を見ながら。 このままいけば彼の命が尽きるまで。 「状況が許せばこのまま放置でもよかった。だけど、彼が引き起こす拡散性革醒現象は凄まじい。彼は速やかに排除されなければならない」 ほんの二、三日で取り返しのつかないことになる。 彼は、自ら死を選んだのに。 穏やかに見送ってやることも出来ない。 「今回の目的は、ノーフェイス討伐。アーティファクト『誇張の夢』の回収もしくは破壊。『胡蝶の夢』を見ている者の肉体は、破壊不可能。だから、皆には彼が見ている夢を破壊してもらう。命だけではなく、最後の穏やかな時間を、奪うどころか破壊しなくてはならない」 イヴは無表情だ。 だが、いつもより瞬きの時間が長く、ようやく開いた二色の瞳は大きく光を反射した。 「『胡蝶の夢』、そもそも家族のために作られたもの。口伝には残ってないみたいだけど。だから、外から介入できる」 箱の中に見える映像に触れればいい。 「駅から汽車に乗り込んで。夢の壊し方は皆に任せる。無理に夢の中で彼を殺さなくても大丈夫。『たんぽぽ野原を走り続ける汽車』の夢。出来るだけ、優しい終わらせ方を考えてほしい」 今のは、あくまで私の感傷。と、イヴは付け加えた。 「それから、彼はつらい現実を切り捨てている。『革醒』云々の話をしても、これっぽっちも通じない。だから、しないであげてほしい」 これも、感傷。と、イヴは言う。 「彼の肉体には、リベリスタ相手に戦闘できるだけの体力はない。夢から覚めたら、できるだけ――」 みなまで言うな。 わかっている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月15日(火)23:43 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● トトン、トトン。 汽車の音がまどろみを誘う。 気がつくと、たんぽぽ畑。 「こんにちは」 にこりと微笑む乗客。 音もなく隣のボックスの席に座る。 旅する少年は知らない。 彼が雪白 万葉(BNE000195)という名のリベリスタだということを。 ● 座敷牢の中に少年は寝ている。その枕元に箱がある。 「それ」を少年と呼ぶのに抵抗がなければ。 髪はどこだ皮膚はどこだ肉はどこだ。 人間らしい部分はどこだ。 すでに人の形をとどめていない。 ノーフェイスとは、つまるところは化け物だ。 だから、せめて人間の部分を、生きている生命体の部分を探したい。 体から湧き出す金属部品。 辺りに立ち込める機械油の匂い。 部品の角でこすれて布団は油で黒く染まり、とっくにびりびりに裂けて、部屋の隅に追いやられている。 アーティファクトの神秘により、『胡蝶の夢』という名の箱はまだ「枕元」にある。 サイン食してくる機械部品が、『胡蝶の夢』の周りだけ避けている。 そっと箱を手元に寄せるリベリスタ達は気づいただろうか、気づけただろうか。 ノーフェイスを支えるのは欲望。 意識のないノーフェイスの肉体から湧き上がってくる金属部品が、汽車の部品であることに。 箱の中はたんぽぽ畑を走る汽車の夢。 汽車は止まらない。 彼が、それを望むのを終えるまで。 ● 「こんにちは、一人? 家族は一緒じゃないのかい?」 少年は知らない。 目の前に座った紫の髪の青年が『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)という名のリベリスタであることを。 「家族は先に降りました。僕はこの先に用事があるので、もう少し乗ってます」 少年の手にはカメラ。 「汽車、好きなんですよ。乗り鉄って奴です」 特別運行とかにわざわざ乗りに行く口です。と呟く少年の脇には時刻表が置かれている。 アウラールの見ている前で、時刻表のダイヤの数字が曖昧にゆがんでいくのに、少年は気がつかない。 「そか……寂しいよな? 俺も今一人なんだ。一緒にいてもいいかな」 どうぞと席を勧められる。 アウラールは、開け放されていた窓の向こうに目を細めた。 「穏やかな日だから風が気持ちいいな。ほら、外がずーっとたんぽぽだらけになってる。なあ、たんぽぽは好きか?」 「嫌いじゃないですけど……」 考えたことなかったなあと屈託なく笑う少年は楽しそうだ。 『胡蝶の夢』が彼に見せている夢は、どこまでも優しい。 「……さて、君と話してると楽しいけど、このまま行くわけにはいかないんだ。お別れだよ。大切な人が、俺の帰りを待ってるんだ」 「サヨナラ。楽しかったです。ありがとう」 (さよなら……家族の健勝を願い、自らの死を選んだ君の決意は報われるべきだ) アウラールは小さな駅に降り立つ。 窓から笑顔で手を振る少年に、ホームから手を振った。 (悲劇は、終わらせる) ● 「こんにちは、良く会いますね」 さっき、隣のボックス席に座っていた人が、また『乗り込んできた』 彼は、いつの間に降りたのだろう。 そして、どうやって乗ってきたのだろう。 いや、ホームに下りて、また乗り込んできたのだろう。 「失礼。ご一緒してもよろしいですか」 少年は、知らない。 彼が、『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)という名のリベリスタだということを。 義衛郎は気付いている。 空の色が変わらない。 永遠に続く昼下がり。 少年は少しうとうとしている。 彼には、時間の経過も曖昧だ。 「いやあ、近頃めっきり暖かくなりましたね」 は。と、少年は顔を上げた。 義衛郎は微笑んだ。しっかりと少年と目線を合わせて。 それから彼の視線を誘導するように、窓の外に視線を移す。 「ほら、たんぽぽもすっかり綿毛になって、風に吹かれて飛んでいく」 (これで景色が変えられるだろうか) 夢が夢であるゆえに。 目に見える範囲のたんぽぽの色が真白く変わり、その綿毛が風に吹かれて汽車の進行方向とは飛んでいく。 汽車は進む。 進む先には、また一面の黄色いたんぽぽ。 「今日は弟の見舞いに行く途中でしてね」 義衛郎の言葉に、少年は少し目を見張る。 「弟は子供の時分に大病を患って以来、眠ったきりで」 義栄郎は、はははと軽く笑った。 「早く目覚めてほしい。話したい事が山積みだ」 それとなく少年の状況の断片をほのめかす。 (恐らく良い顔はされないだろうが、心に波紋が起こせれば充分) 「弟さん、目が覚めるといいですね」 そう言う少年に、義衛郎は頷くしかない。 汽車はすぐ駅に滑り込む。 早く義衛郎を汽車から降ろそうとしているかのように。 独楽を手渡し、義衛郎は降車する。 「お守りです。あなたの旅が素晴らしいものでありますように」 ● 「ここから見える景色は落ち着いていいですよね」 隣のボックス席に座っていた人が、降りようとしている弟の見舞いに行く人とすれ違いながら、『乗り込んできた』 彼は、いつの間に降りたのだろう。 そして、どうやって乗ってきたのだろう。 いや、きっと降りるのをやめただけなのだ。 少年はこれから一族の墓参りだという少女の話に耳を傾けている。 少年は知らない。 彼女が、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)という名のリベリスタであるということを。 (この方は私の在り得た姿であり、三輪の歴史にも埋もれている嘆き) 代々続くリベリスタの家系。 恩寵が気まぐれである以上、それなりの確率でノーフェイスも生まれる家系。 (……せめて安らかに) なるべく穏やかにこの夢を終わらせてあげたい。 他愛のない話の中、彼女は好きな物語について話し出す。 「私、銀河鉄道の夜って好きなのですよ。旅を続ける貴方は、まるでジョバンニとカムパネルラのよう。 ジョバンニは目覚め、現実へ。カムパネルラは汽車の中。現実では……」 (少しでも汽車にいる理由に対して疑問を持ってもらえると僥倖) 「当て嵌めるとしたら、貴方は一体どちらになるのでしょうね」 少年は、目が覚めないのは困るなぁと鷹揚に笑う。 汽車は、また駅に滑り込む。 ● 「こういう穏やかな景色をずっと見ていたいですが、そういうわけにもいかないのですよね」 隣のボックス席に座っていた人が、墓参りに行く女の子ととすれ違いながら、『乗り込んできた』 彼は、いつの間に降りたのだろう。 そして、どうやって乗ってきたのだろう。 いや……。 少年は久しぶりに人と話すという同い年くらいの子の話に耳を傾けている。 少年は知らない。 少年とも少女ともつかない子が、『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)という名のリベリスタであることを。 (これは騎士で、騎士でしかない故に、今回は役に立たない事を、最初に断っておく) 惟の中核をなす信仰心も、勇気も、高潔さも、終わってしまった少年を救うことは出来ない。 (だが、何もしないとは言っていない) ある意味、ここは惟の領域だから。 (我(わたし)もまた、終わらない夢を見続ける者。夢幻という領域であるならば、我の出番) 騎士であることは、しばし封印。 ここにいるのは、夢の中だから夢から開放された、素の惟。 「思い出しておいたほうがいい」 惟が唐突にそう言った。 たんぽぽの黄色に、白い綿毛が混じるようになっていた。 窓の外を、綿毛が飛んでいく。 「たんぽぽの花粉を運ぶのは、花粉を他の苗に渡すのは、虫たち。蜂、虻、そして蝶」 彼が何度も何度も途中でやめながら、それでも最後には泣きながら開けた箱には、美しい蝶の模様があった。 彼は何度も何度も蝶の羽に指を当てて滑らせて、世界の敵にならないことを選んだ。 その命の対価としての優しい夢。 それを、終わらせるための小さな暗示。 「あなたは見たはずだから。あの箱は綺麗だったから、きっと覚えていると思う」 汽車が、駅に滑り込む。 ● 「それなりに忙しいですからね、ばたばたしているのですよ」 隣のボックス席に座っていた人が、思い出せという人が立つ前に、『乗り込んできた』 彼は、どうやって乗ってきたのだろう。 「穏やかな景色を見ていると時間が止まっているように感じますが、止まってはいないのですよね」 笑うと、ぞっとするほど大きな八重歯が見える。 汽車が止まった。 少年は、冒険中の女の子のお願いにちょっと困っていた。 「あの花畑に行ってみたいのだ。でも、1人で降りたら怒られるのだ。おにいちゃん、いっしょに来てくれないだろうか?」 少年は知らない。 女の子が、小梅・結(BNE003686)という名のリベリスタであるということを。 「たんぽぽの花畑をおにいちゃんといっしょに見るのだ。たくさんたくさん走ってきたから、しばらくはテンケンとセイビの時間になると探検中に聞いたのだ」 確かに、機関士が車輪を調べたりしている。 「この時間までに戻ってくればだいじょうぶなのだ」 小さな女の子が持つには大きな懐中時計を指差して、鼻を鳴らす。 少年は、窓の外の機関士に確かめてから、座席から立ち上がった。 汽車のすぐ近く。機関士にすぐ声が届くところ。 汽車から降りて、少年は惚れ惚れと汽車の全体を見る。 ああ、そうだ、汽車の外観もじっくり眺めたかったのだ。 結は、そんな少年の横顔を見ながら、たんぽぽを摘む。 (花詞は別離、そして真実の愛。おにいちゃんの旅路にずっと寄り添ってきたこころなのだ。終着駅についた後も、この子達を連れて行って欲しいのだ) 動き始める汽車の中。 結は、たんぽぽを束ねたものと一緒に懐中時計を差し出した。 「出逢いの記念にあげるのだ。だいぶ時間が経ったのだ。むっちゃんは、この針がここにきたら降りるのだ。 おにいちゃんは**駅だったのだ。針は……ここなのだ。まだまだこの旅を楽しめるのだ!」 少年は、ありがとうと言って受け取った。 時計の針は、秒針は音を立てるのに、遅々として動かなくなった。 ● 「願っても時間はとまりませんから、でもだから変化を感じるのですよ」 隣のボックス席に座っていた人が、女の子の頭をなでながら『乗り込んできた』 「貴方と私も前は会ったこともありませんでしたが、今はこうやって挨拶を交わしている、止まっていてはこういう事もないのですよ」 少年は、立て板に水を流すように話す女性に、何も言えずにいた。 少年は知らない。 女性が、『虚実の車輪』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)という名のリベリスタであることを。 「私は学生時代、勉強自体はそれなりに出来たけど、人との付き合いが苦手でね。社会人になったら嫌でも責任を負ったり嫌な人でも接しないといけないじゃない? それが嫌で、大学へと進学したの」 モラトリアム。 猶予だ。 シルフィアには、少年がモラトリアムにいるように見えたのだ。 「だけど……でもやっぱり、人と接したり責任を負ったりは大学でもあったわ。結局、目を背けてるだけじゃ、何の意味もないってことを嫌って言うほど体感したわ」 だから、目を覚ませと言いたいのだ。 「全てを背負え、なんて無理だし、ちょっとは逃げ出してもいい。でも最後は必ず嫌な事と向き合わないといけない。歩いて行かないと、いい結果も悪い結果になっちゃうからね」 そうですね。と、少年は頷いた。 「どんないやなことでも選ばなくちゃ。僕は選んだ。選んで、家族と別れて、旅に出ました」 それが、先も何もない、虚無への旅だとわかっていても。 ● 「先に辛いこともあるかもしれませんが、それも含めて人生ですから」 隣のボックス席に座っていた人が、女性に道を譲り、『乗り込んできた』 「貴方はなにもいいことがない人生だったのですか? 守りたい方、大切な家族、そういう穏やかな人生は素晴らしい人生だと思いますが」 黒い服。 穏やかに笑う彼は、死神のようだと思った。 「いえ、多分つらいことはもうないと思います。僕に、先はないですから」 少年は、泣きそうな顔をして笑った。 少年は、目の前に座った中年男性の膝の上の箱を見ていた。 「たんぽポ、すっかり枯れてしまったナ。綿毛はどこに飛んで行ったのだろウ?」 (17歳カ……本来なら青春真っ只中ではないカ。そんな彼が自ら死を選ぶとハ……どんな心境なのダ? 我輩には分からなイ。それは未だ「死を覚悟出来てない」からカ?) カイの問いに、少年は首を傾げた。 「さあ……。でも、どこかで花を咲かせてくれるといいと思います」 カイは、頷いた。 「一つ、聞いてもいいかナ?」 「どうぞ」 「君は……、何を望ミ、どこに行こうとしているのカ」 「僕は、僕のせいで悲しいことが起こることがない所に行きたいんです」 カイは、少年の行きたかった場所に胡蝶の夢の破片を埋めるつもりで聞いた。 だが、少年の答えでは、世界のすべてがそれに当たる。 (列車は破壊したくなイ、線路もこの風景モ……本当は我輩も彼と共にずっと旅を続けたイ。なぜだろウ? ここにいるト、そんな気分になってくるのダ) だが、それは少年の望みに反する。 彼の旅が長引くほど、彼の現世の体は拡散性増殖現象という毒を世界に撒き散らす。 だが、そんな無粋な言葉を少年に突きつけることは、リベリスタ達の本意ではなかった。 「これに見覚えがあるよナ?」 カイは、『胡蝶の夢』を膝から少し持ち上げて見せた。 「はい」 「君の旅は、終わりなのダ」 「はい」 汽車が止まる。 カイは窓の外を見る。 窓の外には、ホーム。 そして、その先に線路はない。 カイが思い描いた情景ではない。 少年の夢だ。 これは、あくまで少年のための夢だ。 『胡蝶の夢』は、少年を裏切らない。決して。 少年が受け入れたから、万葉は「不思議な黒衣の旅人」であり続けられたのだ。 いつか終わる夢のトリガーとして。 少年が望んだから、万葉は何度も汽車に乗り込むことが出来たのだ。 「終点ですね」 少年が、そう言った。 「一緒に降りよウ」 「はい」 少年は席を立つ。 カメラ、時刻表。 そして、独楽、懐中時計、たんぽぽの束。 いつの間にか、少年の持ち物は増えていた。 少年は、それらを、大事そうにポケットにしまいこんだ。 「ああ、君」 ホームに降りようとしている少年の背中に、カイは慌てて声をかける。 夢が終わってしまう前に、どうしても言わなくてはならないことだった。 「素敵な旅をありがとウ」 少年は、きょとんとして、それから、顔をくしゃくしゃにして笑った。 もう、現実では顔を失ってしまった少年の笑顔だった。 ● 座敷牢の中に、リベリスタ達がいられる空間はもはやなかった。 土蔵の土間で、彼の夢が終わるのを待っている。 「少しでも痛みや傷がないように」 万葉は、吸血で彼の命の火を消そうとした。 「決して誉ある仕事ではありませんが、指をくわえて見ているだけなどできませんから」 大和は、介錯を申し出た。 「傷は小さく」 結は、気糸での最後を申し出た。 (本来なら、これの務めで良かったとは思うのだがな……だが、これでは殺す事しかできぬか) 惟は、だから、黙っていた。 がしゃん。 かろうじてバランスを保っていた汽車の部品群が、なぜか急に傾いだ。 リベリスタ達は、崩れた部品の隙間からかろうじて見える手に気がついた。 やせ細り、血管の浮いて、骨と皮ばかりの手。 その手が、指差した先。 土蔵の出口。 何度も、指差す。 『早く、出口へ』 金属部品は、もう自重を支えきれない。 バランスを失った金属部品が崩れ落ちる。 くしゃり。 あ、という間もなく。 あっけなく『胡蝶の夢』は、転げ落ちた車輪に潰され、割れてしまった。 轟音。 土蔵の壁に穴が開き、柱がへし折れ、土蔵そのものが大きくかしぐ。 リベリスタでも、ただではすまない質量だった。 手は、何度も動かされる。 『はやく』 何度も後ろを振り返りながら、リベリスタ達は土蔵の外に出る。 瓦が割れる音、太い柱が折れる音、土壁が割れる音。 そして、彼の現世の体が壊れる音。 化け物になった自分を全部壊すようにして。 旅に付き合ってくれた人達の手を汚させないようにして。 家族にはつらい記憶になるだろう土蔵さえも道連れにして。 少年は、誰の手の届かないところに旅立った。 「泣きませんよ」 大和は、両手を握り締めた。 「ここで涙を見せるなど、私自身が許しません。今まで討ってきた命……世界に嫌われようとも必死に生きていた命を、世界の為と討ってきた者としてのケジメです」 自己満足ですけどね。そう言いながら、彼女は土蔵に背を向けた。 「『胡蝶の夢』の破片だけでも、遺族に届けたかったのだがナ」 カイは、そう言って目を伏せた。 アウラールは、崩れた土蔵をしばらく見ていた。 やおら、辺りを見回すと地面にしゃがみこみ、黄色い花を摘み始めた。 それを見た結も、傍らにしゃがみこみ、一緒に摘み始める。 「家族の人に、彼のことを話しに行こうと思う」 アウラールが呟くのに、結が頷いた。 「付き合うよ。若い子にだけ後始末させるってのも、なんかね」 義衛郎は、そう言って、市役所の人だし。と、付け加えた。 「この花を家族の人に渡そうと思うんだ。結は知ってるか? たんぽぽの花言葉は……」 結は、摘んだたんぽぽをアウラールに渡しながら言った。 別離、そして、真実の愛。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|