● 夕暮れの海岸に、中年の男と少年が並んで座っていた。 「――ねえ、おじさん聞いてる?」 「う、うん……聞いてる」 口を尖らせて自分を見上げる少年に、男は曖昧に頷きを返す。 思えば、おかしな状況である。 理不尽な上司に追い詰められて職を失い、妻は若い男を作って逃げた。 全てが嫌になり、人生の最後に上司や妻に仕返しをしてやろうと思い立った。 自分が犯罪者になれば、過去の勤務先や家族にも報道の手が伸びて迷惑するだろう。 そんな、至って浅はかな理由で、男は少年を攫ったのだった。 ただ、一つだけ計算外なことがあったとしたら―― それは、『少年が自分から進んで攫われた』という事実である。 「パパもママも、毎日ケンカばかりしてるんだ。 ボクが『ゆーかい』されたら、仲直りしてくれるかなって……」 話を聞く限り、少年の家はかなり裕福で、何不自由なく暮らしているようだ。 ただ、人の心とはままならないもので、夫婦仲はかなり悪く、少年が言うには「いつリコンしてもおかしくない」らしい。 少年は『一人息子の誘拐』という危機を演出することで、両親の心を一つにしようと目論んだのだろうが……殺される可能性とかは考えなかったのだろうか。無鉄砲もいいところである。 「ね、おじさん。『みのしろきん』の電話はいつするの?」 身を乗り出して訊く少年に、男は思わず鼻白んだ。 正直なところ、そんな気はすっかり失せている。 両親の離婚を阻止するにしても、もっと他に方法があるのではないだろうか。 「なあ、坊や。おじさん思うんだが――」 何と言って家に帰そうかと、男は迷いながら口を開く。 その時、海の方から大きな水音が響いた。 「……!?」 顔を向けた先、水面から這い出してくる半透明の生き物を見て、男の表情が凍る。 巨大なクラゲに似たその生き物は、男と少年の姿を認めるとゆっくりと近付き始めた。 ● 『万華鏡』でその未来を視た『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、力なく笑うしかなかった。 笑い事ではない。決して笑い事ではない、が。 まさか、自分と同じ犯罪に手を染めた人間の危機を視ることになるとは思いもよらなかった。 ――アレか、類は友を呼ぶというやつか。友達どころか、知り合いですらないけど。 自嘲交じりの溜息をつきつつ、ファイルを手に取って立ち上がる。 やるべき事は、決まりきっていた。 エリューションが一般人の命を脅かしている、その事実に変わりはない。 アークのリベリスタとしてフォーチュナの役目を果たす。今の自分にとっては、それが全てだ。 ● 「全員集まったな。――今回は、ちと急ぎの任務だ。 海から出てきたE・ビーストが、海岸にいる一般人を襲おうとしてる。 皆には一般人の救出と、E・ビーストの撃破を頼みたい」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、黒翼のフォーチュナはそう言って説明を始めた。 「E・ビーストは全部で五体。元になったのはクラゲだな。 一体だけ大きいのがフェーズ2、他がフェーズ1で、毒の触手や放電で攻撃してくる」 現場は砂浜なので足を取られる危険があるが、クラゲ達は宙を浮いているため足場の影響を受けない。 さらに、背後にも目があるので360度全てを見通すことができる。 知性はそれほど高くはないが、油断していると痛い目に遭いかねない――。 リベリスタ達に注意を促しつつ、数史は言葉を続けた。 「現場にいる一般人は二名いる。四十代半ばのおっさんと、小学校低学年の男の子」 親子か、とリベリスタが問うと、数史は黙って首を横に振る。 彼は眉を寄せると、どこか言い辛そうに口を開いた。 「ん……簡単に言うと、人攫いと家出少年の組み合わせ」 経緯はこうだ。 職と妻を失って自棄を起こした男が、たまたま目についた子供を誘拐しようと声をかけた。 両親の諍いに悩んでいた子供は、男の狙いが誘拐であることを知りつつも彼についていった。 この事件が、両親の仲直りの切欠になることを期待したのだろう。 「――事情はさておき、まずは二人の命を救うことが先決だ。 今から向かえば、二人がE・ビーストに攻撃を受ける前に辿り着けるだろう。 慌しい任務で申し訳ないが、どうかよろしく頼む」 数史は手にしていたファイルを閉じると、リベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月15日(火)23:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 日が傾きかけた空の下、八人のリベリスタは海岸へと急いでいた。 彼らが向かう先では、E・ビーストに遭遇した二人の一般人が命の危険に晒されている。 幼い子供を誘拐した男と、彼に攫われた少年――。 「凄いデジャブ☆ 自棄を起こそうとしても非情になりきれない人の良さが愛おしいね」 先を行く『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の言葉に、『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)が答える。 「まあ、何というか。どこかで見た……出会ったような事件よね」 かつて、終と櫂はこれとよく似た状況を目の当たりにしていた。 人生に躓いて犯罪に手を染めたものの、攫った子供に情が移った誘拐犯と。 親の都合に振り回された挙句、自分を攫った誘拐犯のもとに身を寄せた少年と。 彼ら二人が深く関わった事件の幕を引いた身として、思うところは多い。 「それにしても、家出少年はともかくおじさんは何をやってるのよ」 『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)が、憤慨した様子で眉を寄せた。 「自分の不幸を人のせいにして仕返ししてやろうって……しかも関係ない子供を仕返しに巻き込もうなんて。 そんなんだからリストラされて奥さんにも逃げられるのよ」 かなり容赦のない言葉だが、まったく正論である。 どんなに理不尽な境遇に置かれていようと、他人を犯罪に巻き込んで良いはずがない。 祥子を宥めるように、『ステガノグラフィ』腕押 暖簾(BNE003400)が声をかけた。 「まァ、何だ。取り敢えずアレコレ考えンのは後回しだな。 二人は必ず無事に帰してやンねェと。命あってのアレやコレだからなァ」 それを聞き、『本屋』六・七(BNE003009)が頷く。 「ともかく、おじさんと男の子。必ず無事に日常へ返すよ」 「おじさんと少年くんも、ちゃんと帰れるように。帰る場所があるのは大事です」 大きめの学生帽が潮風に飛ばされないよう手で押さえながら、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)も口を開いた。 目指す海岸は、もうすぐそこ。 顔を上げた『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)の視界に、砂浜に立ち尽くす男と少年、そして彼らに迫るクラゲのE・ビーストたちが映る。 終の表情が、不意に引き締まった。 (……今回は男の子も助ける事ができる……絶対二人とも助ける!!) かつての事件で救えたのは誘拐犯の男だけ、ノーフェイスと化した少年を救う術はなかった。 でも、今回は違う。E・ビーストさえ倒せば、二人とも助けることができる。 「急ごう!」 終はさらに速度を上げると、先陣を切って砂浜に駆け出した。 ● 次第に近付いて来るクラゲたちを前に、男と少年は一歩も動けずにいた。 クラゲがあんなに大きいはずがないとか、そもそもクラゲなら宙を浮いたりしないはずだとか、常識に照らし合わせると明らかにおかしい状況ではあるのだが、それを考える余裕はなかった。 怯えた少年は男にしがみつき、男はそんな少年を抱えたまま動けない。 そんな二人の前に、終が立ち塞がった。 「しゃきーん☆正義の味方参上!! な~んてね♪」 目にも留まらぬスピードで現れた終を見て、男が目を丸くする。 彼に続いて駆け込んだ七が、男を自分の背に庇う。 「二人共大丈夫? 怪我してないかな」 肩越しに二人の安否を確かめた彼女は、少年に優しく語りかけた。 「怖い思いさせちゃったね。絶対に助けるから安心して」 ほぼ同時、櫂がひときわ大きいクラゲのE・ビーストを抑えに回る。 砂に足を取られぬよう慎重に距離を詰めた彼女は、大クラゲの眼前で銃を乱射した。 「死にたくなければ遠くへ逃げて」 命中率を度外視した“弾幕”をもって敵を牽制しながら、櫂は男と少年に短く声をかける。 やや遅れて駆けつけた壱和が、大クラゲのブロックに加わった。 「大きな動物は、コウモリさんでもう十分なんですけど……。でも、倒さないとですよね」 先日の依頼で見た巨大コウモリを思い出して一瞬眉を寄せた後、ナックルガードに覆われた両腕で防御を固める。 (怖いですけど、番長たるもの、守るためなら身を張らなくてはダメなのです) 見習いであっても、それは変わらない。交代が来るまで、一歩も退かない覚悟だ。 少しでも後方の安全を確保できるよう、壱和は射線を遮るように大クラゲの前に立つ。 瞬間、大クラゲの全身が発光し、青白い電撃が砂浜を激しく駆け抜けた。 続けて、半透明の太い触手が壱和を打つ。その一撃は見た目よりもかなり強烈だったが、ガードに徹したのが効を奏したか、なんとか直撃を防ぐことができた。 「彼の者に守りを……」 後方から戦場全体を視界に収めた咲夜が、素早く印を結んで防御結界を展開する。 優れた平衡感覚で砂浜を不自由なく駆ける暖簾が、サイレンサーを取り付けた黒紫の銃指“ブラックマリア”を構えた。 「無頼、機械鹿。名誉を護るが俺の義だぜェ」 見得を切り、運命をその身に引き寄せる。彼にとって、“名誉”とはすなわち生命。 先行する仲間に追いついた後、暖簾は男を庇いながら終に声をかけた。 「ありがとなァ、後は任せてくれ」 「交代するわね」 祥子もまた、七に代わって少年の守りにつく。 速度に優れる終と七が最初に男と少年を庇い、後続の暖簾と祥子がそれを引き継ぐという二段構えの戦術は、全体攻撃を有する敵から二人を完璧に守り抜いていた。 最後尾を走っていた来栖 奏音(BNE002598)が自分の持ち場についた直後、大クラゲの近くに控えていた四体のクラゲが一斉に動き出す。繰り出される電撃と触手が、リベリスタ達を次々に襲った。 「おじさん達は二人の指示に従って避難してね☆」 男と少年の守りを仲間に委ね、終が大クラゲに走る。瞬く間に距離を詰めた彼は、冷気を纏ったナイフを一閃させて大クラゲの全身を凍り付かせた。 「伊呂波さん黒須さん、頑張ってくれてありがとう。交代するよ」 動きを封じられた大クラゲの前に立ち、七が壱和と櫂に声をかける。鮮やかな踏み込みとともに、彼女は大クラゲに死の印を刻んだ。 「前には進ませないんだから。任せて」 七の言葉に頷き、櫂が後衛の位置まで下がる。 “神鷹”と名付けられた自動拳銃を片手で構え直した彼女は、銃口から光の弾丸を撃ち出し、比較的小さなクラゲたちを同時に射抜いた。 ふわふわと宙に浮かぶクラゲたちが、半透明の触手を伸ばしてリベリスタ達を絡めとる。 それを見た咲夜は、すかさず印を結んで神々しい光を放った。 「穢れを祓い給え」 邪を退ける輝きが砂浜を包み、仲間達の麻痺や毒を消し去る。 小さなクラゲのブロックに回った壱和が、防御のための効率動作を瞬時に共有して仲間全員の防御力を大幅に高めた。 人知を超えた戦いを目の当たりにして、男と少年は言葉もない。 「よォ、大丈夫か?」 そんな彼らに笑いかけた暖簾は、「さァて退散だ」と離脱を促した。 祥子と協力して二人を庇い、クラゲたちから遠ざけるように後退する。 仲間達が敵の注意を惹いてくれたこともあり、二人を逃がす彼らが攻撃を受けることはなかった。 「かならず帰してあげるから、今は大人しく隠れててね」 クラゲたちの攻撃が届かない距離まで引き離した後、祥子は海岸の隅に建てられていた古びた小屋の陰に二人を隠す。 「こっちにゃ絶対来ンなよ、命は粗末にするもンじゃねェ」 戦いに戻る暖簾が念を押すように言うと、男と少年は黙って頷いた。 ● 大クラゲが凍り付いている隙に、リベリスタ達は小さなクラゲから優先して攻撃を加えていく。 男と少年を逃がすため暖簾と祥子が戦場を離れている上、咲夜は回復に専念せざるを得ない。近接攻撃主体のメンバーも含むこの構成ではやや手数が足りないが、これも一般人の安全を第一に考えた結果である。多少のリスクは承知の上だ。 終が神速の動きで残像を生み出し、大クラゲと、その近くにいた小さなクラゲを同時に攻撃する。味方を巻き込まない位置を瞬時に計算した七が、踊るようなステップを踏みながら両手の“一二三”を閃かせた。無骨で巨大な金属の爪が、大クラゲもろとも小さなクラゲを抉る。 櫂が“神鷹”から再び光の弾丸を撃ち、小さなクラゲの一体を屠った。 残るクラゲたちが、一斉に放電する。青白い電撃を立て続けに浴びた壱和は一瞬膝を折りかけたが、己の運命を燃やして耐えた。 「ここから先は、一歩たりとも通しません」 砂浜をしっかり踏みしめ、眼前の敵を見つめる。 泣きたいくらい怖い。でも、みんなが頑張ってるのに、弱音なんて吐けなかった。 戦場全体に広げた視野をもって状況を認識し、壱和は己の拳を守っていた鎖を振るう。 次の瞬間、それは無骨な木刀に変化し、クラゲの弱い部分を強かに打っていた。 (――膝が笑ってるなら、笑い返せるように) 未だ震えの止まらない膝を意識しつつも、壱和は“番長”として戦い続ける。 仲間の深手を見てとった咲夜が詠唱を響かせ、清らかなる存在へと呼びかけた。 「鳴り響け、聖歌よ。戦友(とも)に祝福を」 奏でられた天使の歌が、壱和を始めとする仲間達の傷を癒す。 そこに、男と少年の保護を終えた暖簾と祥子が戻った。 「よォ、待たせたなァ」 敵を指差すように、暖簾が愛用の銃指にして相棒たる“ブチ抜きマリア”の銃口を向ける。 不可視の殺意が傷ついて弱っていたクラゲの頭部を貫き、これを撃ち倒した。 「大丈夫? 無理しないでね」 勾玉の形をした“霜月ノ盾”を両手に構えた祥子が、壱和のフォローに入る。 防御に優れ、仲間を癒す技を持つ二人が戦線に復帰したからには、恐れるものはない。 リベリスタ達は態勢を立て直すと、残る敵に攻撃を加えていった。 終と七が大クラゲを抑えている間に、他のメンバーが小さなクラゲたちを狙い撃って数を減らす。 祥子の聖なる光が敵を焼いた直後、壱和の振るう“拳(けんか)のいろは”が、最後に残った小さなクラゲに止めを刺した。 しばらく動きを封じられていた大クラゲが、氷を破って動き出す。 大クラゲは巨体を揺すると、半透明の触手を四方に伸ばし、リベリスタ達を捕らえにかかった。 まともにそれを喰らってしまった奏音が、猛毒を帯びた触手に全身を締め付けられてその場に倒れる。 辛うじて拘束を逃れた櫂は、暖簾に絡みつく触手に狙いを定めて“神鷹”の引き金を絞る。落ちる硬貨すら撃ち貫く精密な射撃に大クラゲが怯んだ瞬間、咲夜が聖なる輝きをもって触手の束縛と毒を打ち払った。 仲間の援護を受けて触手から逃れた暖簾が、大クラゲ目掛けて走る。黒紫のしなやかな鉄甲を纏った拳が、強烈な一撃を叩き込んだ。 「――もう少しじゃ」 後方から戦場を眺める咲夜の言葉通り、戦いはいよいよ大詰め。 大クラゲが再び攻撃を仕掛ける前に動いた終が、冷気を纏うナイフを繰り出した。 全てを凍てつかせる刃が二度閃き、大クラゲを氷の中に封じ込める。 低く身を沈めて大クラゲの懐に潜り込んだ七が、凍りついた半透明の傘や触手を透かし見てぽつりと口を開いた。 「クラゲ、水族館で見る分には癒し系で可愛くて好きなんだけど。 こんなに巨大なのはちょっとね」 死を告げる刻印が、指先から大クラゲに打ち込まれる。 氷に封じられた大クラゲの肉体に亀裂が入り、やがて内側から砕け散った。 ● 戦いを終えたリベリスタ達は、男と少年を逃がした小屋に向かった。 (さァて、二人は居ンのかね) 安全な場所まで送り届けた以上、後は二人の思うようにすれば良い。 戦いの間にもっと遠くまで逃げられたとしても構わないと暖簾は考えていたが、男と少年は小屋の陰で身を寄せ合ったまま、まだそこから動けずにいた。 「……な、な、何者なんだ、あんたら」 幻視で隠されていない暖簾の機械化部位を改めて見て、男が怯えたように声を上げる。 これではろくに話もできないと、咲夜が魔眼の暗示で彼を落ち着かせた。 二人が怪我をしていないことを確認した後、七がさりげなく彼らに問いかける。 「おじさんと少年は、親子? それともお友達同士なのかな?」 事情は把握しているが、こちらからそれを語ってしまってはまた警戒されてしまうかもしれない。 「え……いや、その……」 あからさまに動揺した男は、しばらく口篭った後、自分にしがみつく少年を見た。 隠し切れないと判断したのか、彼は消え入るような声で事情を語り始める。 全てを聞き終えた後、壱和は男と少年にチョップを喰らわせた。無論、怪我をさせないように手加減はしている。 いきなりのチョップに驚いて目を丸くする二人に、壱和は言った。 「悪いことはダメです。一度やったことは、なかったことにできないんです」 それを聞き、男が申し訳なさそうに俯く。七が、そこに言葉を重ねた。 「出来ることは全部やってみた? 人に頼っても良いんだよ。 君達も、君達の家族もまだ生きてる。生きてれば何度だってやり直せるよ」 うなだれる男の袖を、少年がぎゅ、と掴む。 半ば男の後ろに隠れるような少年に向けて、終が優しく口を開いた。 「暗くなったし、もう帰りなよ」 ふるふると首を横に振る少年に、壱和が語りかける。 「大丈夫。気持ちをぶつけてみよう? お母さんもお父さんも大好きなら、それを伝えようよ」 ――怖いなら、一緒に。 そう言った壱和の顔を、少年がそっと見上げた。 彼の頭を、咲夜がぽふりと撫でる。 「子は鎹(かすがい)、ともいうしのぅ。そなたが二人の気持ちを繋いでやったらどうじゃ? 大人になると中々素直になれぬようじゃし…… そなたが二人の心を聞き、 それを取り持ってごらん。彼も少しなら手伝ってくれるじゃろうて。 誘拐騒動よりも、よっぽど二人を仲良しに戻せるじゃろうよ」 「かす、がい?」 「意味分かんない? ですよねー」 首を傾げる少年を見て、終が「子供は親を結び付けるって意味だよ☆」とそっと耳打ちした。 「とにかく、家に帰ってパパとママに自分の気持ちを話しなよ。 それで仲直りするかはわかんないけど、ケンカをしないですむように考えてくれると思うよ」 少年の前に屈んで目線を合わせながら、祥子が彼を説得する。 ケンカばっかりしながら一緒に暮らすより、離れて暮らしたほうが自分的にも楽しく生活できるわよ――という本音は、流石に言わないでおいた。 眉を寄せて考えこんでしまった少年を見て、祥子はひとまず立ち上がる。 彼女は男に視線を向けると、「おじさんも」と声をかけた。 「せっかく無事に助かったんだから、なんか仕事見つけてやり直してみたら?」 うんうんと頷きつつ、終も男に語りかける。 「自暴自棄になって誘拐なんかするより、こんな風に小さい子の面倒見てる方が似合ってるよ☆ 本当は優しい人なんだから。 おじさんの元を去った人達の事より、おじさんが幸せになれる道を探そうよ☆」 「幸せ……幸せ、ね」 俯いた男に歩み寄った咲夜が、外見にそぐわぬ老成した口調で声をかけた。 「悪名を馳せるのではなく、良いことをした方が気持ちよかろうて。 それから、無鉄砲な子供を窘めるのは大人の役目じゃよ。 わしができなくもないが……今回は当事者のそなたから、諭してあげるのがよかろう」 そなた自身、新しい自分への一歩が踏み出せようて――。 咲夜はそう言って、男の背をぽんと叩く。 今まで黙っていた櫂が、おもむろに口を開いた。 「私達は警察じゃない……今後の事は二人で話し合って決めて」 男と少年は互いに顔を見合わせ、そしてリベリスタ達を見る。 その背中を押すように、七が語りかけた。 「陳腐で月並みな言葉だけど、わたしは二人が幸せになるように祈ってるから」 しばしの沈黙の後、男が口を開く。 「少し……時間をもらえるかい」 小さな声で相談を始めた二人を、櫂は少し離れて見詰めていた。 口出しをするつもりはないが、事の成り行きは見守りたい。 自分達を送り出した黒翼のフォーチュナも、きっとそれを知りたがっているはずだから。 櫂の知る事件と、今回の事件。 もう一つ違いがあるとすれば、それは攫われた少年の親だろう。 あの事件で命を落とした少年の親は、信じられないほど身勝手な人間だった。 (違ってて欲しいわね。あの女みたいな親、そうそう居るとも思いたくない) 今、男と話している少年には、抱き締めてくれる温かい腕があるのだと――そう信じたい。 暖簾もまた、話し合う二人を黙って見守っていた。 (人攫いに関しちゃ、元悪人はとやかく言えねェさ。今後どうすっかはお前さん達が決める話だしな) そこに至った過程がどうであれ、男と少年にとって良い結果であればと願う。 「何せアレだ、二人とも無事ならよかった――」 男と少年の感情をそっと読み取った暖簾は、誰にともなくそう呟いた。 ● 「数史さんただいま~☆」 「おう、おかえり」 アーク本部に帰還した後、終と櫂は報告のため数史のもとを訪れていた。 「おじさんも男の子も、二人とも無事だよ♪」 「――あの子は、家に帰ったわ」 結局、少年は男の手で自宅まで送り届けられた。 その後のことはわからないが、あとは本人達次第だろう。 二人の言葉を聞いて、黒翼のフォーチュナは安心したように表情を綻ばせる。 「そうか、良かった……。お疲れさん、ゆっくり休めよ」 かつての誘拐犯は、そう言って笑った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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