● ――いったい、何が起こっているんだ。 大きな木の陰に身を隠し、男はただ震えていた。 振動が足元を揺るがせ、獣の声が鼓膜を打つ。 彼の前方では、今、二体の獣が激しい戦いを繰り広げていた。 ――何の冗談だよ、これは。 言葉通り、男にとって眼前の光景は悪い冗談としか思えない。 殺し合いを繰り広げている二体は、どちらも知らない獣ではなかった。 片方は名前を思い出すのに少々苦労したが、確か動物園で見たことがある。 だが、問題はそこではない。 何よりも現実離れしているのは、獣の大きさだ。 普通のサイズなら、可愛く見えなくもないのだろうが……。 ここまで育つと、猛獣以外の何物でもなかった。 ――ああ、なんだってオレがこんな目に。 息を殺して、男は頭を抱える。 自分は、この森に山菜を採りに来ただけなのに。 何の因果で、こんなわけのわからない争いに巻き込まれる羽目になったのか。 逃げようにも、恐ろしくて足が動かない。 獣たちに気付かれてしまったら、その途端に攻撃されそうな気がする。 男の危惧は半分当たっており、そして半分は外れていた。 つまり、どういうことかというと――。 「う、うわぁああああああああッ!?」 獣の突進が、男が身を隠していた木もろとも彼を薙ぎ倒す。 気付かれようと気付かれなかろうと、攻撃される危険にそう変わりはなかったのだ。 一瞬にして全身を砕かれ、命尽きた男に気付くことなく。 獣たちは、なおも戦いを続けていた。 ● 「……とまあ、放っておくと猛獣のケンカに巻き込まれて一般人が犠牲になるわけだ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達にそう告げると、手の中のファイルをめくって詳しい説明を始めた。 「猛獣とは言ったが、その正体はアライグマのE・ビーストと、カピバラそっくりのアザーバイドだ。 皆にお願いするのはE・ビーストの撃破と、アザーバイドの送還あるいは撃破になるな」 それぞれの姿を想像したリベリスタの一人が、ふと首を傾げる。 アライグマは気性が荒いと聞いたことがあるが、おっとりしたカピバラを猛獣と言うのは無理がないだろうか。 「そこはそれ、エリューションとアザーバイドだからな。常識は通用せんのだよ。 まず、アライグマもカピバラもデカい。熊とか、そういうレベルでデカい。 ――でもって、カピバラは子連れなんだな、これが」 数史によると、異世界のカピバラ(厳密にはアザーバイドだが)も、普段は非常に穏やかな性格であるらしい。だが、子育て中の母親だけは別で、子供に危険が及ぶと途端に凶暴化するのだそうだ。 ディメンションホールを通ってこの世界に迷い込んだカピバラの親子がアライグマのE・ビーストに襲われ、子を守ろうとする母親がそれを迎え撃っている――というところだろう。 「カピバラはとにかく興奮してるんで、皆が駆けつけた段階では話は通じないと考えた方がいい。 自分の子供以外は見境なしに攻撃を仕掛けてくるから、そのつもりでいてくれ」 とはいえ、カピバラの説得が不可能というわけではない。 やり方次第では、『タワー・オブ・バベル』などを用いて共闘を呼びかけることもできるはずだ。 「カピバラを落ち着かせて共闘し、アライグマを倒した後に親子を送還するか。 あるいは、両方とも力押しで倒して子供だけ送還するか。 ――選択肢としては大まかにこの二つになる。どっちを選ぶかは現場の判断に任せるが」 そう言って、数史は手の中のファイルを閉じる。 「あと、ディメンションホールの破壊も忘れずにお願いしたい。どうかよろしく頼む」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月14日(月)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 森の中を真っ直ぐ進んでいくと、遥か前方に激しくぶつかり合う二体の獣が見えた。 遠目にも巨大なカピバラとアライグマが、死闘を繰り広げている。 「わたしかぴばら! おかぴと同じぐらい好きなのです!」 愛馬“はいぱー馬です号”を走らせて現場に向かう『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)が、カピバラを見て歓声を上げた。 ちなみに、オカピはシマウマに似た四肢を持つキリン科の珍しい動物である。 「もふもふ対決って事なのかな?」 いずれ劣らぬもふもふの毛皮を持つ二体の獣を眺め、『ごくふつうのオトコノコ』クロリス・フーベルタ(BNE002092)が小さく首を傾げた。その傍らで、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が溜め息を漏らす。 「ああ、どうして平和にもふれない状況なのかしら。アライグマ、あんなにもふわふわなのに」 木々の向こうで揺れる縞模様の太い尻尾は、いかにも触り心地が良さそうだ。あの毛皮に触れたいという衝動に耐えているのは彼女だけではないだろう。 「――普段、どんなに救いたいと願っても、すりぬけていくもの、多いから。 手の届くものに、皆、一生懸命。フィネも、です」 黒い翼を羽ばたかせて低空を舞う『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が、獣たちの戦いを視界に収めてぽつりと呟く。 「かぴばらさん達、親子いっしょ、元の世界に還れるように、頑張ります」 決意を込めて言うフィネに、『銀の腕』守堂 樹沙(BNE003755)が答えた。 「かぴばらさん……、おっと。 カピバラもアライグマも個人的には大好きですが、お仕事はきっちりしなければいけませんね」 今回の任務はアライグマのE・ビーストの撃破と、カピバラ型アザーバイドの送還。カピバラについては撃破という選択肢もあったが、ここにいる全員が撃破でなく送還を前提にしている。 子供を守ろうと興奮しきっているカピバラを落ち着かせ、アライグマを倒すこと。それが、今回のリベリスタ達の作戦目標だった。 「兎に角、脅威をカピバラの子供から離す事ね。 それに、共闘はして欲しくないわ。子供達のそばに居てあげて欲しいもの」 『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)の言葉に、『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)が頷く。怒りに我を失っている相手の説得は困難が付きまとうが、決して不可能ではないはずだ。 鋭く前方を見据える『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が、相棒たるサタデーナイトスペシャルを利き腕に構える。 「ぶっこむですっ! いくですよ、はいぱー馬です号!」 高らかに声を上げたイーリスが馬を走らせると、リベリスタ達は一斉に戦場へと突入した。 ● カピバラは川を背に立ち、その十メートルほど前に陣取ってアライグマを迎撃している。 あの川の中に、カピバラの子供たちが隠れているのだろう。 「アライグマを引き離すわ、ブロックお願いね」 まずは、子供たちの安全確保が第一。 未明は殴り合いを続ける獣たちに接近すると、剣を素早く一閃させた。 全身のエネルギーを集中させた一撃がアライグマの側面を打ち、その巨体を吹き飛ばす。 純白のストールを揺らして走る福松が、すかさずアライグマに迫った。 「お前の相手はこっちだ、害獣」 脇腹に左の拳を叩き込みながら、福松はアライグマを挑発する。 威嚇するような声を上げるアライグマの正面に、愛馬に騎乗するイーリスが立った。 「すーぱーいーりすなのです!」 全身に闘気を漲らせ、彼女は愛用のハルバード“ヒンメルン・レーヴェ(天獅子)”を構える。 吹き飛ばされたアライグマを追おうとするカピバラの前に、奈々子が立ち塞がった。 カピバラの体当たりが、彼女の全身を揺らす。 『落ち着いて……と言ってもいきなりは無理な話よね……!』 薄茶色の柔らかな毛並みを両腕で受け止めた奈々子が、異界の言葉で口を開く。 強引に前に進もうとするカピバラに向けて、リオが呼びかけた。 『待って、あなたは此処で子供を護らないと』 どこか心和む雰囲気を纏う彼女を見て、カピバラの動きが一瞬止まる。眼前の二人が自分達の言葉を解することに、初めて気付いたようでもあった。 体内の魔力を活性化させたクロリスが、カピバラを抑える奈々子のフォローに回る。彼はもともとカピバラの方が好きなので、カピバラを助太刀することに異存はない。 銀猿の因子を宿す左腕から闇のオーラを滲ませ、樹沙が口を開いた。 「新米ですが、ご助力いたします」 惑わしの闇を衣の如く纏い、青い瞳でアライグマを見据える。これまで待機していたフィネが空中からアライグマのブロックに加わった時、リベリスタ達の布陣は完成した。 「こっちの攻撃の方が、痛いです、よ」 カピバラの反対側に回り込んだフィネが、赤き月の呪力でアライグマを照らす。バロックナイトを再現する不吉な輝きが、獣の全身を蝕んだ。 短い鳴き声とともに、アライグマが振り向く。その黒い瞳は、怒りと敵意で塗り潰されていた。 アライグマの突進による衝撃波が、フィネの脇を通り過ぎていく。直後、アライグマが二本の後足で立ち上がった。咄嗟にアライグマの股を飛び込み前転でくぐり、前足の一撃をかわした福松が、身を起こしながら口を開く。 「ここ日本ではアライグマは侵略的外来種として認定されている。 故に、と言う訳では無いが、駆除させてもらう。悪く思うなよ――」 そこまで言った福松は、仁王立ちするアライグマの巨体を改めて見上げ、「……デカいな」と呟いた。 ● アライグマのパンチを喰らったフィネが、空中でよろめきながらも神聖なる光を輝かせる。邪を退ける輝きが戦場を包み、カピバラを含む全員の状態異常を消し去った。 カピバラを食い止める仲間達や、カピバラの子供たちが隠れている川の方に攻撃が向かわぬよう気を配りながら、福松が無頼の拳でアライグマを打つ。言葉が通じない分、カピバラに敵意が無いことを行動で証明せねばならない。 しかし、カピバラは立ち上がったアライグマを見て危険を感じたのか、再び暴れ出してしまった。 子を守ろうとする母の思い。その力が物理的な衝撃となって戦場を揺るがせる。アライグマもリベリスタ達も、今のカピバラにとっては等しく障害でしかない。 辛うじてその場に踏み止まった奈々子が、カピバラに語りかける。 『私達は貴方を守りに来たの。信じて』 彼女は荒れ狂うカピバラに背を向けると、リボルバーの狙いをアライグマに定めた。 たとえ背後から攻撃を受けようと、この母子に銃口は向けないと決めている。 『私とあなたは一緒よ、相手に危害を加えるためじゃない。大切なものを守るために戦ってるの』 カピバラに声をかけながら、リボルバーの早撃ちで前衛たちを支援する奈々子。 そんな彼女の前方で、アライグマに相対するイーリスもまた、カピバラに無防備な背中を晒していた。 (ちゃんと無事に自分の世界に帰ってもらうのです。 そのためには態度と行動で! 信用を勝ち取るのです!) カピバラ達を送還できなかった時のことなど考えない。これは背水の陣、そんな退路は自ずから断つ。 決意と覚悟を秘めたイーリスの背中が、“守る”という意志をカピバラに示す。 「――なぜならば! わたしっ! ゆーしゃだからです!」 威風を纏って響き渡るイーリスの声。 言葉は通じずとも、それに込められた思いは何となく伝わってきた。 背を向けたままの奈々子とイーリスを交互に眺め、カピバラは考える。 この異界の住人たちを、信じても良いのか。 いきなり襲ってきたあの獣とは、異なる種のようではあるが――。 「ボク達は君ら親子の味方だよ~」 小さな翼の加護を仲間達に与えながら、クロリスが通訳を介して声をかける。 下手に刺激するのを避けるため、カピバラ達は付与の対象から外していた。 カピバラの子供たちに近付かぬよう、そしてアライグマの突進に複数人が巻き込まれぬよう、慎重に自らの位置を調整しながら、樹沙が集中を高めていく。あとは、説得が上手くいくことを願うばかりだ。 「お願い、攻撃はしないで。貴女と子ども達に手を出す気は無いの」 アライグマの前に立って肉体の枷を外した未明が、カピバラを真っ直ぐに見る。 「でも信用できないなら、背中から攻撃してもいいし、共倒れを狙ってもいいわ」 通訳を介した彼女の言葉に、嘘は感じられない。 戸惑うカピバラを見て、これまで通訳に徹していたリオがそっと口を開いた。 『子供達は皆平気? 誰も怪我をしていないといいのだけど……』 警戒させぬように。そして、少しでも冷静に考える余裕を持ってもらえるように。 適度な距離を保ちながら、リオはカピバラの前で地面に腰を下ろす。 仮にここで攻撃されたとしても、抵抗するつもりは一切なかった。 自分が緊張していては、相手だって落ち着けるはずがない。 『あの獣は人間達が追い払ってくれるわ。だから、安心して』 沈黙を保つカピバラに、リオは辛抱強く語りかける。 何より重要なのは、子供たちの安全のはずだ。 戦いは自分達に任せて、どうか子供たちのそばで守ってあげて欲しい――。 ややあって、カピバラの母親は肯定の意を示した。 自らの世界と同じ空気を纏うリオの言葉と、自分達を守ろうとするリベリスタ達の行動。 それを、信じてみる気になったのだ。 『獣が去ったら、元の世界へ帰りましょう。此処は危険だわ』 リオに頷きを返した後、母たるカピバラは子供たちを守るため川に駆けていった。 ● カピバラは落ち着きを取り戻し、今は愛する子供たちをじっと守っている。 あとは、暴れん坊のアライグマを倒すだけだ。 至近距離からの突進を受けて、フィネが動きを封じられる。 勢いに任せて福松に牙を剥くアライグマを目の当たりにして、樹沙が思わず口を開いた。 「見た目は可愛い動物でも、その大きさが尋常でなければ恐怖の対象ですよ」 通常のサイズであれば、凶暴さを差し引いても充分に愛らしいのだろうが。 いかに柔らかな毛並みを誇っていようと、つぶらな瞳を輝かせようと、この巨体ではひたすら脅威でしかない。 敵は速く、そして強い。容易い相手ではないが、ここで退くわけにはいかなかった。 闇に呑まれるまで、最後まで戦場に立ち続ける――それが樹沙の願い。 亡くなった母のためにも、自分を助けてくれた“彼”のためにも。 左の肩口に噛み付かれた福松が、サタデーナイトスペシャルの銃口をアライグマの顔に向ける。 カウンター気味に放たれた銃弾が、黒い瞳を抉った。 すかさず、奈々子がブレイクフィアーでフィネの麻痺を解き、福松の毒を消し去る。 「りゃああ―――っ!!」 仲間の援護を信頼して自らの背を預けるイーリスが、青白い輝きを帯びた細身の槍斧を全力で振るった。 爆発する闘気とともに、強烈な斬撃がアライグマの胴を横薙ぎに穿つ。 高速で宙を駆け、頭上からアライグマを強襲する未明が、ダイナミックに動く太い尻尾を視界の端に留めて思わず頭を振った。 「ふかふか尻尾に触れそうで触れないこのジレンマ、堪らないわね」 堪能したくても、今はじっと我慢。 射手としての感覚を研ぎ澄ませたリオが、構えた弓から呪いの矢を射る。 川の水面からカピバラの子供がぴょこりと顔を出すのを見て、彼女は優しく声をかけた。 『お母さんの後ろに隠れていて』 前に立つ母親からも諭され、カピバラの子供がざぶりと身を沈める。 それを見届けたリオは、視線をアライグマへと戻した。 「カピバラさんのためにも、皆頑張れ~」 クロリスの奏でる天使の歌が、戦場を優しく包んで仲間達の傷を癒す。 ここまで集中を高めてきた樹沙が、銀猿の左腕から生じた闇のオーラを収束させながらアライグマを鋭く見据えた。 「よく狙って、樹沙。当たれと思わず、当たると思って撃つのよ」 自らに言い聞かせながら、彼女は闇を解き放つ。 暗黒の衝動を帯びた闇のオーラが、巨大な獣を捉えた。 次第に傷ついていくアライグマを見て、フィネがその頭上にふわりと舞い降りる。 (この命も、すりぬけていくものの、ひとつ。痛みを知らぬままに終わりたくは、ないから……) フィネが両腕でぎゅ、と頭にしがみついた直後、アライグマが短く鳴いて立ち上がった。 滅茶苦茶に振り回されるアライグマの前足が、前衛たちを強烈に打ち据える。 防御に優れる未明とイーリス、福松は打撃の嵐を耐え切ったが、突進を防ぐため格闘を誘発したフィネ本人はそうもいかなかった。 痛みと衝撃で、しがみつく両腕から力が抜けていく。 闇に閉ざされかけた意識を、フィネは己の運命を燃やして繋ぎ止めた。 ――この腕を、決して離しはしない。 「いじめっ子の好きにはさせないよ!」 前衛たちのダメージを見たクロリスが、癒しの福音を響かせて四人の背を支える。ほぼ同時、奈々子のブレイクフィアーが打撃による衝撃を消し去った。 体勢を立て直した福松が、小柄な体躯を活かしてアライグマの死角に潜り込む。 「オレは小さいからな。デカブツ相手の戦いは慣れている」 別に小さい事は気にしてないぞ、と付け加えつつ、彼はサタデーナイトスペシャルの銃口から不可視の殺意を放った。空中で巧みに軌道を変えながら襲いかかる未明の斬撃が、そこに追い打ちを加える。 追い詰められてなお、足掻き続けるアライグマの姿。 それを見たリオの心に、ふと疑問が浮かぶ。 (あのアライグマも、何かの為に必死なのかしら?) 思考に沈みかけた心を引き戻すようにして、リオは呪いの矢を弓につがえた。 あれはエリューション。倒さねばならない敵。 救うことは、きっとできない。 『ごめんなさい……』 消え入るような言葉とともに放たれた呪いの矢が、過たずにアライグマを射抜く。 天駆ける獅子――“ヒンメルン・レーヴェ”を構えたイーリスが、裂帛の気合とともに闘気を爆発させた。 「イーリスマッシャーッ!!」 それは、生と死を分かつ必殺の一撃。 蒼白い軌跡を残して振り下ろされた槍斧が、この巨大な獣の一生に幕を引いた。 ● アライグマの脅威が去り、カピバラの母親もようやく緊張を解いた。 ざぶざぶと水から上がるカピバラの子供たちを見て、クロリスが表情を綻ばせる。 「子カピバラ……とっても可愛いなぁ♪」 ずっと川の中に隠れていた子供たちは全身ずぶ濡れだったが、それはそれで愛らしい。 天気も良いことだし、乾いたら毛皮のもふもふを堪能したいとも思う。 「まずはカピバラ一家の手当てからね」 未明が、そう言ってカピバラの母親を見た。 どうやら子供たちは無事のようだが、先の戦いで母親の方は傷ついてしまっている。 幸いなことに酷い怪我ではなく、クロリスの天使の息ですぐに治すことができた。 治療が終わり、すっかり本来の穏やかさを取り戻したカピバラの母親がリベリスタ達に礼を述べる。 横に並んだ子供たちともども、揃ってお辞儀のような仕草をするのを見て、イーリスが思わず声を上げた。 「でっかい! かぴばら! 友達になりたいのです……!」 通訳を介して彼女の言葉を聞いたカピバラ達が、きょとんとした表情になる。 おずおずと進み出たフィネが、遠慮がちに訊ねた。 「子かぴばらさん、撫でること、許して下さる、でしょうか……っ」 未明と樹沙も、彼女の後に続く。 「……撫でさせて下さいお願いします。駄目?」 「もし許してくれるなら、ちょっとだけ撫でてみたいです。……ちょっとだけですよ?」 カピバラの母親は小さな目を丸くしてリベリスタ達を眺めていたが、ふと表情を和らげると、ゆっくりと口を開いた。 ――いいわよ、優しくお願いね? 晴れて許可をもらったリベリスタ達は、順番に心ゆくまでカピバラの母子との触れ合いを楽しむ。 抱き上げたカピバラの子をそっと撫でたフィネは、「すこやかに育つのです、よ」と囁いた。 楽しい時間は、あっという間に過ぎて。 カピバラの母子は、ディメンションホールから元の世界に帰ることになった。 「さよならです……」 薄茶色の毛皮をそよそよと撫でながら、イーリスが名残惜しそうに声をかける。 笑顔で母子を見送る奈々子もまた、いつか見たペンギン型のアザーバイドと一緒に連れ帰りたい、という欲求を完全に抑えることはできなかった。 ――運命が繋がったら、また会えることもあるだろうか。 『元気でね』 ディメンションホールに消えていくカピバラの母子に向けて、リオが小さく手を振る。 彼らの姿が完全に見えなくなった後、福松がその穴を塞いだ。 (おかあさん―― フィネには、物語の中にしかないものでしたけど、力強くて、あったかいものです、ね) 子供たちに寄り添うカピバラの母親の姿を思い返し、フィネが胸に手を当てる。 銀猿の因子を宿した自らの左腕を見た樹沙が、誰にともなく口を開いた。 「しかし、アザーバイドといっても色々いるものですね。この左腕も、そういう存在と同じなのでしょうか――」 彼女がふと見上げた空は、どこまでも清々しく澄み渡っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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