●離合集散 主が、「名は何か」とお尋ねになると、それは答えた。「わが名はレギオン。我々は、大勢であるがゆえに」 ――新約聖書・マルコによる福音書5章9節 それに最も近い形状・特性などを鑑みた存在を計上するのであれば、それは「ダンゴムシの大群」と言えた。 尤も、それらには展開した状態の節足動物然とした姿はなく、ただの球状にほど近いものだったが。 大きさは人間の足程度の直径で、絶えず跳ね回りながら周囲の木々をなぎ倒して移動する。 またたく間に造形物を破壊し、木々の形も奪い、ひとところへと集まっていく。 互いがぶつかり合う刹那、それらはもとより型がなかったかのように融け合い、一つの球体へと変化していく。 それらには主体がなく、それらには総意がなく、それらには目的がなく、それらには指向性しか無い。 より大きな破壊に向けて、破壊し、増殖し、より合わされるそれらは、ただ、群体にして軍隊。 ●球体軍勢 「最近のアザーバイドはこちらのトレンドでも知っているのでしょうかねえ? 群れて融合するなんてまるで」 「分かった。それ以上は言うな」 首をひねりながらそんなことを呟く『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)に対し、リベリスタの一人が慌てて制した。 「取り敢えず、簡潔に説明しましょう。群体型アザーバイド『レギオン』。 あ、因みに語源のあれですけど、本来は悪霊らしいです。 憑かれた男性は膂力が増して裸で墓地であれやこれやしていたらしいですが、まあそんなふしだらな行為に及ぶ人は居ませんよね? 風評被害でも……と、それは置いておくとして。 現在確認されているこれらの端末に当たる『分体』がおおよそ五十弱、『融合体』は一体のみ。というか、最終的には『分体』が『融合体』ひとつにまとまるようですね。 『融合体』は現時点で五十体分を内包しているので、まあ総勢百体分を相手とすることとなるでしょう。 厄介なのは、これらの特性です。『分体』は基本的にダンゴムシに近い形状をしており、外骨格とおもわれる部位がかなり発達しています。内部部分は液体に近い性質を持ち、どちらかと言うと物理攻撃よりは神秘攻撃に強固な特性を持つようです。 『融合体』は巨大な球体をしていますが、分体同様の外見特徴に加え、粘度の高い液体を体表にまとっています。これには行動に制限を与える他、肉体に干渉する効果もあるようですね。 更に、融合数に応じて粘液の特性が変化し、外部からの物理攻撃を減殺する効果があるようです。現在の『融合体』ですら、物理攻撃の半分を減殺するのでは、という結論が出ています」 厄介というか、面倒というか。呆れたようなリベリスタの視線に、夜倉は軽く肩をすくめる。 「数が幾らいても、幾ら一所に集まっても、結局は我々に害をなす異界の存在です。早々にご退場願いましょう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月19日(土)00:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●彼ら群れる愚者であれ 三ツ池公園の広大な敷地に於いて、冒険の森、と名付けられたそこは正に少年少女の探究心をくすぐるに足るに十分な密度・種類の木々の繁茂が見られた。見られていた、筈だった。 だが、人の足程度ながら如何ほどの勢力と質量を注ぎ込んだか、神秘生物の蹂躙でそこかしこの木々はへし折られ、彼らの領域を刻一刻と広げているに過ぎなかった。 群れを為すがために群れる者達の名を冠された『レギオン』は、今時分を以って一つに纏まろうと、緩やかに集合しようとしている。 それは、果たして到達なのか始点なのか。世界を異にする住人の有り様など、ボトム・チャンネルの者達には理解できまい。 「レギオンといえば確か……福音書に登場する悪霊だと記憶しています」 社長令嬢の肩書きは伊達ではないというべきか、その程度の教養を賞賛するのは失礼にあたると考えるべきか。『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が脳裡に描いた存在は、彼らをこちらに当てはめた言葉の語源、その伝承であった。 割合と有名であろうその話の顛末までを理解している人間は、敬虔な信徒でもなければそうそう居るものではない。相応の理知と経験があることを、彼女の思索は伺わせる。 「古代ローマといい怪獣映画の敵役といい、やはり個として扱っては貰えないようですけど」 多から個への変動がそれを理由とするならば、個を持つことが出来なかった多という概念の成れの果てだ。何処まで行っても、それは変わらないのだろう。 「また、多いわね」 そんな彩花がちらと視線を送る先には、『融合体』と化したレギオンを不満気に見つめる『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の姿がある。銃が扱える程度の一般人、と自分を割り切る彼女の前にあって、物理攻撃の威力をそうそう痛撃と認識しないその悪意の塊は、正直な話天敵になり得たかもしれない相手だ。尤も、倒してしまえば天敵でも何でもない、ただの敵でしかないのが彼女の恐ろしいところではあるが。 「群体の悪魔……軍勢そのもののレギオンですか」 他方、その数とそのままずばりの名称に感銘を受けたような視線を送るのは『空中楼閣』緋桐 芙蓉(BNE003782)。幸運にも、というべきか、彼女は会話が通じる相手、交渉や言葉を交わすような相手との交戦歴が存在しない。何れ来る可能性に警戒を向けるのはさておいて、思い悩む敵が相手ではないことは幸運であるという他はない。 自らの全力を、仲間に対し後手に回らないよう、精一杯戦える――それだけでも、彼女にとっては確かな成長を感じさせる一幕であることに変わりはない。 「うげ……ダンゴムシの群れぇ?」 対し、対象の余りに奇異な姿に正常な思考を奪われる者とて、当然のように存在する。リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)の嫌悪感しか感じられない態度がその最たる例で、ここまで嫌われるとある意味清々しくもある。だが、アザーバイドである以上、その外見に無意味であるところなどはない。「彼らなりに」適切な形状なのだろう。見ていてうんざりするが、彼女のプライドからすれば、斯様な相手は酷く機嫌を損ねる相手なのだろう。でなければ、その表情の意味が無い。 「完全に害虫だな。いや、害虫に失礼か」 呆れたような言葉で、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は眼前の標的の群れをつまらなげに見やる。害虫、とはいってもそれは本質的に生態系の一部だ。彼らは殲滅されればその類型を崩しうることになるだろうが、眼前のそれはもとより異物、もとより害。 「その点こいつらは真の害獣だな。存在自体が害しかもたらさない」 ……害『獣』になってしまうのはまあ、彼女の周囲のリベリスタ的な意味で仕方なしというべきか。 「面白い、相手」 眼前の敵の異形と、常ではない特性は彼女にとっては戦いを楽しむための要素の一つでしか無い。『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)にとって、彼らはその完成を待ちわびる程に愛おしい悪意で有ると同時に、その前に倒さねばならない無常たる敵意である。戦うことを何より望む彼女にとって、三ツ池公園の『閉じない穴』の変容は決して好ましいものではない。残された機械が少ないなら、その分全力で戦い、果たしあおうと。それが意思の全てである。 (群体筆頭を騙っている俺ですが、マジものの群体を相手にできるとは) 『論理決闘者』阿野 弐升(BNE001158)、またの自称を『群体筆頭』。幾多のリベリスタが居る中でそれを名乗るのは、彼なりの矜持の現れか。担いだチェーンソーが高らかに音を立て、鋭さを増してアザーバイドの群れへと向けられる。 「論理決闘者で群体筆頭アノニマス。群体を騙るのは、俺だけです」 宣言。筆頭であることを高らかに、力強く。 布陣、準備、全ては流れるように行われた。 状況は両者に接敵を強いる。既に待ったは通用しない。 「……どう厄介でも、私がすることはいつも通りに唯一つ。 此処は殺し間、ガダラの豚が溺れるのも銃弾の海だわ」 何処か楽しげな一般人の宣告は、数秒後への歓喜をにじませる。 融合体が、リベリスタ達の存在に気付いたように緩やかにその身体を進め、それに伴うように分体が木を薙ぎ倒して前進する。両者の激突は、滞りなく始まり―― ●我ら孤高の盟友(とも)であれ ランチェスターの第二法則、というものがある。 これは、一騎打ちの第一法則とは異なり、「戦闘力=武器効率×兵力数の自乗」によって導き出されるものだが、現時点での戦闘をこれに当てはめるとすれば、武器効率さえ同じならリベリスタとアザーバイドの戦力差は五倍近くということになろう。 尤も、神秘的にも物理的にも埒外の武装を以って挑む彼らにそんな法則が通用するかといえば、否だ。 間合いに飛び込み、融合体へ向けて全力でトンファーを叩き込んだ浅倉 貴志(BNE002656)は、しかしその身に降り掛かった粘液に目を瞠る。咄嗟に身を引こうとしても身体が沈み、大本に攻め込んだ愚者への怒りを孕んだ分体が彼へと一気呵成と降り注ぐ。足の大きさ、といっても顔面を覆う程度、肘を潰す程度、腹部まるごと傷めつける程度の鉄球程度の威力はあろうそれを纏めて受けて、立ち上がることを強いるのは余りに酷というものか。 「子供の頃、何故かダンゴムシをひたすら集めた事あったな~☆」 だが、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)にとっての興味は相手の強さや能力といったところではない。その形状の奇異さに童心を刺激されるとでも言いたいのか、足取りは軽く、ナイフを鋭く突き立てた。ゆっくりとだが確実に凍りつく融合体は、しかし抵抗するように終に絡みつき、分体が彼を襲うが、軽く身を捌く彼を捉えるには至らない。 「大勢は大勢のまま滅びてもらいます」 彩花が拳を引き、雷撃を載せた一撃で周囲の分体ごと融合体へと打撃を通す。凍りついたそれの伝導性が上がっているのか、はたまた彼女の実力か。常の威力に上乗せされた雷撃が分体を幾らか吹き飛ばし、融合体そのものからも苦痛に似た鳴動が響き渡った。 「切込みとは、心躍る、ね。行こう、群体筆頭」 「準備は……よろしいですね。両翼からもぎ取りに行きましょう」 右から弐升が、左からは天乃が融合体の脇を抜け、次々と群がる分体を当たるを幸いに切り刻む。弐升が構えたチェーンソー、三枚にまで増強された刃は挟みこむように、抉るように巻き込んでは吹き飛ばし、彼の感情の高揚を示すように派手に撒き散らす。 天乃はと言えば、周囲の木を蹴り飛ばし、或いは足場として前進し、融合体の背面から迫る分体を連続して切り刻む。こちらは戦いに挑む者の純粋さと呼ぶべきか、流麗ながら冷徹な軌道で次々と切り裂き、吹き散らしていく。 「ク、ハハハ。所詮は分体よな、面白いように刻める!」 弐升の笑い声が響く。天乃の表情が、こころなしか歪む。彼らにとって、死の山を構築するこの戦線が何より心踊らせる最上の世界であることは、語るまでもなく明らかだったといえるだろう。 「にしたって、この数は壮観ぜよ。撃てば当たるんは歓迎なんじゃが」 巨銃を振り仰ぎ、『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)は周囲へ弾幕を撒き散らす。当たれば吹き飛び、それでも数が減ったように思えない分体の群れは、その馬鹿げた形状に似合わぬ連携と敏捷性を持っているようにすら見えた。 芙蓉の指揮のもと、後衛の陣形は守るに易いように密集陣形を取り、相手の攻撃を限定するように動いているものの、やはり数はそれなりに多い。 「ああもう、気持ち悪いっ……! 燃えてしまいなさいっ!」 レギオンへの嫌悪感を隠しもせず、リリィの炎が繰り返し戦場を焦がし、燃やす。だが、感情を先行させた彼女の魔炎は、ほんの僅かながら味方の身すらも炙り、戦況に僅かな陰りを落としもする。 接近する分体、それが僅かに分泌する粘液を身に受けた彼女の苦悶の表情は、この世の終わりを感じさせる程度には苦痛を感じさせるものだった。 「何処かの部屋からそんな乱痴気騒ぎの相談が聞こえたが……ふむ、日常過ぎるな」 終を始め、攻め手に回ったメンバーの粘液を引き剥がすようにユーヌの浄化の光が飛ぶ。僅かにその身を浮遊させ、その様子を眺めている彼女の脳裡をよぎるのは、粘液がどう、とか服がどう、とか感情がどう、とかそういう感じのブリーフィングルームの会話だろう。常より冷静な彼女にとってそれらがどう作用するかはともかく、それが日常になってしまったアークというのもまた、救えない話である。 尤も、同じ粘液でもこれほど厄介なケースはそうそうない、はずだが。 「殲滅速度が勝負だわ、邪魔な分体は早々にご退場頂かなきゃね」 前衛後衛含め、対集団攻撃に長けた者達が多かったこの状況は、結果としてリベリスタ達の分体殲滅速度を異常加速させる役割の一助として機能した。対物ライフルの銃身を灼く数多の弾丸は、その操り手であるエナーシアの正確な射撃姿勢によって慮外の命中率を誇り、自らへ接近する分体を次々に弾き飛ばしていく。その威力のせいもあるだろうが、彼女の身に僅かずつ降り注ぐ粘液はまあ、その愛嬌が故なのだろう。 数に任せたレギオンは、その殆どをものの数十秒で消し飛ばされるに至った。が、遭遇時に融合体の付近に居た数体は辛うじてその融合を果たし、僅かながらに完全へと近づいた。 氷のヴェールから解放された融合体が、ゆっくりと始めた移動が――戦況の終盤にして、そのすべてを物語る激しさへのきっかけとなり得たのは、何の冗談だったのか。 ●そして、それは一個の全である ごろん、と音を立てて融合体が一回転する。円周の長さをそのまま移動距離にした重圧の一回転は、それをブロックしていた数名の抵抗を剥ぎ取り、大きく後退させる威力だったといえるだろう。後衛の面々も、芙蓉の指揮から一気に退くが、冒険の森は未だ広く、木々はその後退をも阻む。圧し潰され、全身から血を流す前衛達のそれをユーヌが堰き止めつつ、彩花の拳が雷撃から氷結のそれへと切り替わる。 「この……っ!」 「ちょっと無茶しすぎじゃないのー?!」 それに呼吸を合わせるように放たれた終のナイフもまた、氷を纏う。直近に連続して放たれたそれらが確実に融合体を粘液ごと氷結させ、その進撃を止めるが……一瞬とて動けば、多大な影響をあたえるのは目に見えて確実だった。 「皆さん、こけないよう足元には気をつけてくださいね?」 後衛を先導して後退した芙蓉は、素早くその大剣――宵霞を揮い、その間合いへと踏み込んでいく。粘液に阻まれる感触が指先を覆うが、関係無い。自らの技の冴えを信頼するがこそ、その状況を上回る計算で叩き込めばいいだけのこと。 「一度融合したら分裂は無いようね。殻の弱点は……外見通り、継ぎ目に見えるところを重点的に狙えばいけるんじゃないかしら」 エナーシアが、スコープ越しに融合体に視線を合わせ、その状態を観察する。分裂から融合に移行したこれの最も脅威たるところは、再分裂で逃げられかねないことだと、彼女は最初から踏んでいた。故に、その警戒が解けた以上は敵として認識するにはさして脅威とは考えにくい。 そして、その弱点も目に見えて明らかな以上、倒すことは決して難しくはない……その視界に映らなかった、ひとつの盲点を除けば、だが。 「こういうのは、どう……?」 その技術の収斂を、気糸に変換して天乃が融合体を縛り付ける。既に凍ったそれの表面を這う気糸の乱舞は、ぎし、と軋みを上げて融合体を締め上げ、行動を制限する。指先に係る重みは、確かに御しがたいものを感じる。だが、それでもこの興奮を抑えられるものではないことも、天乃は知っていた。 融合体が、再び動き出そうと、束縛から逃れようと身を捩る。だが、それは無理な相談だったか。僅かに動かした身を、条理の外でヒットした仁太の銃弾が阻む。 「おや、不運だな」 その様子を嘲笑うユーヌの言葉は、その理由をも添え、見透かされるように存在した。運を汚す陰陽の秘儀は、既に彼女の手から放たれて久しく、その行動一つ一つに係る運を蹂躙し、勝率を奪っていく。 不条理には理不尽を叩きつけ、言葉で抉る。彼女のあり方は一切ぶれず。 「責め苦の四重奏、その身に受けなさい!」 リリィの声が凛と響く。激しい嫌悪感から来る僅かな身の震えを意思で抑え、叫び、佇み、勝利を求めるその姿勢は正しく魔術師としての矜持。 圧倒的不利に追い込まれて、しかし融合体は諦めない。今一度の再動を――そう、その身に念じたのもつかの間、背後から響いたのは振動と震えと抉られる感触の三重奏。 「俺が、俺こそが群体筆頭だ」 弐升の矜持がチェーンソーに乗せて叩きこまれ、その動きを更に縛り、背後に向けた意識が、正面から放たれた銃弾に気付かせず。 轟音が、融合体の装甲の継ぎ目を貫く。 それが止めだったと言わんばかりに崩れ、弾け、飛び散っていく。 残されたのは辺り一面に飛び散った粘液、アザーバイドのちぎれ飛んだ装甲の残滓、そして―― 「BlessYou! ……って、爆ぜてベトベトなのです><」 エナーシアを始めとして、粘液まみれのリベリスタ達。 ときに、仁太が男性陣に凄まじい熱量の視線を向けていたことは、余り考えないことにしよう。したいね。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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