● 固い殻は、過酷な状況に生まれてくる証。 新しい命を生き残らせるために、代々受け継がれる遺伝形質。 D・ホールから転がり出た先は、元いた世界と似ても似つかぬ所。 分厚い土の中の中、卵は夢見る。 この厚い殻を突き破って、外界に触れる日を。 そして、そのときは訪れようとしていた。 ● 「春。生命が賦活する季節」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情で叙情的な台詞を口にした。 「この間、とある崖で崩落事故があった。幸い、山奥だったから人的被害は無し」 それはよかったと、リベリスタは胸をなでおろす。 「だけど、あまり喜べない。長らく眠りについていた神秘が目を覚ましそう」 モニターに映し出された崖。 かなりの高さだ。 崖下に転がる、崖の高さの半分を占める楕円形の塊。 岩か? それにしてはやけに幾何学的な形をしている。 「敵は、アザーバイドの卵。どうやら、暖める必要がない。元々生みっぱなしにするタイプのものみたい。化石にでもなってくれたらよかったんだけど、生きている。というより、もはや孵化寸前」 聞いてもいいですか、イヴさん。 あれは何の卵ですか。 「現時点で、卵からどんな生物が出てくるかは不確定要素が多すぎて予測できない。生まれた状況によって、自分を最適化する傾向がある。個体進化といったら言い過ぎかもしれないけど……」 多次元で生き延びる知恵。 場合によっては擬態することもありえる。 「あの大きさで、一個。カマキリの卵とかみたいに小さいのがドバッと言う訳じゃない。とてつもなく大きい何かが生まれる。今回は、複数チームで攻める。みんなの仕事は、中身。外殻チームが叩き割って不安定な状態の中身を引きずり出したところで、みんながフルボッコ。ただ、当然だけど、大きさに比例してからも硬い。外殻チームが間に合わず、完全体で出てくる可能性もある。そこも考えつつ、作戦を考えて」 モニターに出てくる明朝体。 『状況誘導』 「この卵の中身、さっきも言ったけど、そのときの状況に最適化しようとする。だから、最初に剣で攻撃されれば斬撃に強くなるだろうし、魔法で攻撃されれば、対神秘に特化しようとするだろうね。BSかければ、意志を強く持とうとするだろうし、何度も殴られてれば、反応速度も上がる」 うわ、そんなの、万能になっちゃうじゃないか。 「だけど、それにも限界がある。大体、1分間で適応を終了する。その間、どういう風に『育成』するかはチームの得手不得手があるだろうから、任せる。自分たちが倒しやすいように誘導できればそれに越したことはない」 イヴは、こういう例えはどうかと思うけどと、前置きした上で言った。 「最弱モンスター作るような気持ちで……」 うん、それなら、何とか出来そう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月11日(金)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 足元がふかふかして落ち着きが悪い。 この下にはなぎ倒された木や、崩落した岩がそのまま埋まっているという。 崩れたばかりの崖下。 ぬかるみでないだけましかもしれない。 リベリスタ達は足元を確認しながら、標的に近づいていく。 それは巨大な卵だった。 資料に寄れば、最低数百年、下手すれば数万年。 この次元に居座っているという。 いかなる神秘も、万華鏡に捕捉されたからにはアークの洗礼を受ける。 すなわち、送還され、懐柔され、殲滅される。 この卵は、殲滅されるべき存在。 叩き割られ、中身を地面にぶちまけられるべき、招かれざる卵だった。 近くに寄り、おのおのの間合いを確認する。 自分たちの戦場突入は、作戦開始から一番遅くて二分半後。 それより速い突入開始もありうる。 戦場から目をそらせない。 外殻チームが殻を叩き割ったあと、中身チームが中身を殲滅する。 殻が叩き割われ、中身が流出した時点で攻撃を叩き込む。 だから、備える。 目をそらさずに、いかに彼らが卵に潰され、殻に切り刻まれようと、彼らのために気まぐれに助けの手を差し伸べることは許されていない。 いや、彼らの矜持を傷つけることになる。 彼らに報いるために、完全なる殲滅を。 リベリスタよ、武器を取れ。 戦の時間だ。 ● 「この性質を応用すれば、将来直面するであろう強力なアザーバイドやミラーミスとの戦いに役立つかもしれません」 『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は、エリューション研究者としての顔を垣間見せる。 「ふむ、総ゆる環境に適応するアザーバイドかぇ?」 銃型式打ち装置をもてあそびながら、『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は、すぐそこで血まみれで戦っている一族の男を、無責任にけしかけている。 「どうせなら最強に育てて戦ってみたいところじゃが」 シリンダーに式弾を挿入しながら、瑠琵は言葉を切る。 「弱弱しい子を育て上げての戦闘ですか……」 『空中楼閣』緋桐 芙蓉(BNE003782)は、はたと考え込んだ。 「良い子に育てるにはどうしたら……と考えたことはあっても、弱々しい子の育て方なんて考えたこともありませんでした。か弱い子に育ってくれれば良いんですけど……」 幼げな外見だが、芙蓉は、来年喜寿。 娘に孫が二人いる。 「敵を知り己を知れば百戦危うからずとも言うからのぅ。己を知らぬ者に己の倒し易い敵など分からぬものじゃ」 瑠琵は、楽しそうだ。 手のつけられない化け物もこの短時間で十分誕生しうると分かっていて、この幼女態は無責任に笑う。 「この子もそうですが、生物って、不思議ですよね……自らの意思とは関係なく、たまたま変異して、生き残ったというだけですが……それでも、それぞれが機能的で…とても、興味深い、です……」 『手足が一緒に前に出る』ミミ・レリエン(BNE002800)は、途切れ途切れの言葉を精一杯つむいだ。 「育成ゲームなら放置で速攻餓死させるんだが、どうやら勝手に死んではくれないらしい」 耳をそばだて、戦場音を拾っている『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は、口が悪いんじゃない。身もふたもないのだ。 「世の中の生物がこれくらい強ければ、子供が悪戯半分に殺す動物も減るんだが、まぁ、仕方ない」 その場合、動物に面白半分に殺される子供が増える由々しき事態に突入する。 それを回避するのが、アークだ。 ぜひともそこらへんの常識も大事にしてほしい。 「卵か、以前もやったっけな。尤も前回は殻ごとだったが……」 そのとき同行した者の何人かは、今が卵割の真っ最中だ。 『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)にとっては、あの時失敗していたらどうなっていたかの、もしもの戦いでもある。 「向こうの連中は上手くやる、俺も全力でこなすだけだ」 「まぁ、わらわはどんな相手が敵だろうと構わぬがのぅ」 瑠琵は、不敵に笑う。 「段々暖かくなってきたね。風も心地よい……」 『闇狩人』四門 零二(BNE001044)は、周囲に生えた木々の緑を透かして空を仰ぎ見ながら、呟く。 「……芽吹く命を摘む事に躊躇いを覚える程に、ね」 そろそろだよ。 今まで時間を計測していた零二がそう告げると、リベリスタ達は表情を引き締めた。 「甘やかしてやるわけには行かないようだが、われわれに有利になりそうだ。堅実にいくとしようか」 外殻チームがこれが最後と得物を振りかざすと同時に、リベリスタ達は弓から放たれた矢の勢いで、戦場になだれ込んで行った。 「うむ、御苦労。後は任せるのじゃ」 瑠琵の背後から、五体の影人がつき従っていた。 ● 戦場はおびただしい卵の殻と、むせ返るほどの外殻チームが流した血の匂いで満ち満ちている。 芙蓉は、自らの防御行動を最適化し、仲間達に転送した。 斬馬刀の刃を返し、更に寝かせる。 (峰打ちや平打ちをメインに攻撃して、斬撃の耐性をつけないように――) 叩きつける攻撃も、詠唱しない魔法のようなもの。 神秘攻撃だ。 「成る程、こいつはでけぇ。中身と純粋に戦いたいとは言えねぇなこりゃ」 ランディは、そう言って片頬をゆがませた。 どんな生き物かよく分からない。 肉で出来た勾玉のような、芋虫のような。 まだ手足もない。 ぶよぶよした膜につつまれた胎児だ。 「ハッピバーズデードゥーユー♪」 呪われているとしか思えない。 『ゴロツキパペット』錦衛門 と ロブスター(BNE003801)の可憐な喉から出たとは思えない野太い声。 「煩いぞロブ」 豚のパペット・ロブに文句を言う兎のパペット・錦もゴロツキのようだ。 「楽する為に全力でいくぜ!」 「格闘攻撃する奴はいなさそうだし、これの耐性に栄養使ってくれんなら美味いもんじゃね?」 パペットの打ち合わせは続く。 「では、護身術の授業を始めましょう。あなたの一生に関わる重大な授業ですので集中してください」 女教師の口調で、螢衣が呪縛符を繰り出す。 ユーヌのナイフが、刃ではない衝撃を芋虫に叩き込む。 (耐性の付き方は判らないが、殴打に耐性持った生物にでもなってくれ。幸い格闘馬鹿はいないし、斬るのが好きな危険人物が控えているからな) ミミの手から放たれる鞭が、麻痺を知れと打ち据える。 「巻き込まれてもしらねえぞ。これから全力でぶちかますからなあ!」 デュランダル唯一の神秘技の間合いは広い。 ランディが大きく踏み込み、長大な柄を取り回し、「墓堀」巨大な戦斧が見の世のよだつ重低音の唸りを上げながら風を斬る。 斬られた風が刃と化す。 肉色の芋虫の切り口から糸状の組織が噴出した。 「行けるか、ロブ?」 「任せろォ!」 風が駆け抜けるのと同時に、両手にパペットを嵌めた少女、いや、少女に嵌めさせた豚のパペットが、芋虫目掛けてジャンピングヘッドパッド。 ごぽり。と、芋虫は粘液を吐いた。 粉々に砕けた卵の殻の下から、肉色の芋虫につながる肉袋。 ぼだぼだと濁った音。 硫黄臭がリベリスタの鼻を襲う。 「卵の腐ったような臭い」 ような、ではない。 腐っているのだ。 外殻チームがもたらしたアドバンテージ。 予定より早く外界に引きずり出されたせいで、「中身」の栄養になりきれなかった卵黄が腐り始めたのだ。 肉色の芋虫が、のた打ち回る。 「これで授業を終わります。光陰矢の如し。あなたが思うより一生は短いですよ」 螢衣が笑い、リベリスタを護るための結界を張り巡らせる。 空気が、柔らかくリベリスタだけを包み込む。 その間にも、『中身』は、リベリスタの目の前で、蛹と化し、瞬く間に羽化する。 「さて……育児とは思い通りにいかないもの、らしいが、如何に」 零時の仕事は「育成」ではなく、攻撃に全力を注ぐこと。 ここまで集中に徹し、最後の最後に闘気を爆発させた零二が問う。 それは、実際殴ってみないと分からない。 ● 襲い掛かってくる烈風を受け流す、優美な流線型。 凍った表面と呪印や麻痺を跳ね除ける対抗結界を速やかに展開するための多層装甲と循環・神経系。 殴打を吸収するための柔らかな体。 そして、殴るために出来た触手には長く伸び、霜がまとわりついてる。 リベリスタによって育成された「中身」は、陸生クリオネのような姿をしていた。 もちろん、妖精でも、天使ではない。 「動くな、産声すら聞くに堪えん。生まれたならさっさと死に絶えろ」 ユーヌの指が握り締められ、その柔らかな腹に霜おまとったユーヌの手がねじりこまれる。 ユーヌの魔氷拳は「拳」の技ではない。 繊細な技術で確実に血肉の底から凍らせる「氷の女王の指」だ。 殴打には対応したが、その身を凍らせる氷結への対応はしていない。 凍りついた体は、もう能動的な動きは出来ない。 「……な、なんだか……少し可愛いですが……」 変態を終えた中身――陸生クリオネを見たミミは、うっとりと微笑んだ。 「すみません……頂きます……ね 」 私、あなたを取って、食う。 ミミは、本気だ。 陸生クリオネ目掛けて突進すると、くわっとその牙をむいた。 がぶっ。 装甲のない箇所。 柔らかな触手の一本にミミはかぶりついていた。 もごもごと口が動いている。 「では、育児の成果を試させてもらおうか」 零二は、無骨な刃を手にして、高速移動を開始した。 そのあまり似の速さに姿が二重写しに見える。 陸生クリオネが初めて見る、同時攻撃。 ソードミラージュが行うものと、デュランダルが行うものでは、取り回される得物の重さが違う。 どちらに防御を集中させたらいいのかわからない。 結果。 集中に集中を重ね、まさしく必殺の一撃となるまで練り上げられた一撃が、陸生プラントの体液をあたり一面にぶちまけさせる。 「なるほど」 零時は得心が行ったようにうなずいた。 育児の結果は彼のお気に召したようだった。 「斬撃は効くみてえだな。じゃあ、打ち込みはどうだ?」 柔らかな土砂に足がのめるのも、ランディは持ち前のバランス感覚でねじ伏せる。 鼓膜をつんざく気合と共に振り下ろされる斧がぞぶんと音を立てて陸生クリオネの体にめり込んでいく。 「こっちも効くみてえだな」 攻撃の苛烈さと冷静な分析が同居しているのが、ランディの由縁だ。 彼の戦闘に、狂乱はない。 視野の拡張を滞りなく済ませた芙蓉は、斬馬刀の刃を叩き込む。 「斬撃への耐性はありませんね?」 更に、装甲の隙間に刃をねじ込む意外性。 レイザータクトはわずかな労力で最大限の効果を出す。 「さて、そろそろ食べごろじゃのう」 「育成」の間も影人の召喚に精を出していた瑠琵が、影の手勢を陸生クリオネにけしかける。 瑠琵本人も陸生クリオネにかぶりついた。 滴る体液。 「弱肉強食。自然の掟を味わうが良い」 弱ければ、強者の餌となるのだ。 「ふむ。影人では攻撃は通らぬか、では次には防御に回らせるとして――」 (ランディ、零二、螢衣、ユーヌ、わらわ、芙蓉、――と?) 仲間の優先順位を指差し確認したルビが眉を寄せたまま、後衛に下がりつつある当事者を振り返った。 「真ん中の幼女を呼ぶ時は、『と』で良いのかのぅ?」 リベリスタ達の視線が、両手にパペットをつけた少女に集中した。 「任せた錦ィ!」 「心得た」 後衛に下がったら兎人形・錦に選手交代だ。 口から吐き出す弾丸は、目にも留まらぬはやさせ装甲の継ぎ目を打ち抜く。 物理の中でも一点集中。 苛烈な銃撃を陸生クリオネは学んでいない。 「お前も手伝え、ロブ」 「応ォ」 「「オラオラオラオラァ!!」」 無表情の少女の手の先、兎と豚のパペットは次々に銃弾を吐き出し続けた。 「運が悪いな? 変な育ち方でもしたか、それとも元より合わなかったか」 ようやく溶け始めた体内の氷。 動くようになった触手を見て、ユーヌは笑う。 その手には白い霜。 「星の配置が良くありませんね。あなたがこのチャンネルで生まれてしまったのが根本的な不幸の原因です。運に関する授業を忘れていました……申し訳ありません」 しとやかに微笑む螢衣。 「大きな卵」 リベリスタが最弱への育成を成功させていた時点で、その命数は決していた。 ● 「どうやら、D・ホールは残っていないようですね」 螢衣は探索を終え、ほっと一息ついた。 「こんな世界に来たばっかりに……」 芙蓉は呟く。 「私達の攻撃に反応して進化をした…そうやって考えると、なんだか感慨深いものがありますね」 芙蓉は、少し周りを見渡してみて、卵の殻を探してみた。 (殻なら、少し加工すればストラップなどになりそうですし……) 比較的原形をとどめた殻を拾うと、視線を感じた。 別働班員がじっと見ている。 唇が、大事な資料……と動いている。 芙蓉は手の中の殻と別働班員の顔を見比べた。 「ちっと読ませろ。読んだらくれてやるから」 ランディは、涙目の別働班員に断りを入れた。 恐喝でも恫喝でもない。 以前もこんな事があったし、こいつらが何故来たのかを読み取りたいだけなのだ。 理由を問われるなら、たまたまだ。 それの親は、恐ろしいほど大量の卵を産み、満遍なく事件のあちこちにばら撒いた。 ピンボールのボールが転がるように、最後の最後、ボトムチャンネルに引っかかった卵。 どこに転がっていっても生き伸びられるように。 たまたま、この卵は現地の生き物の方が強かった。 数多の可能性のうちの潰えた一つ。 自然に淘汰された一つだ。 「この子自身には、何の罪も有りませんし、ね……生まれて直ぐに命を奪われ、それに何も意味が無かったなんて、悲しいと思います……あなたの分まで、私は生きますから……」 血はいただいたが、まだ肉は食べてない。 シェイプチェンジャーの傍らに座り込み、準備万端のミミの肩をアーク別働班員が叩いた。 不思議そうに見上げる耳に、首を横に振る。 (食べちゃだめ。絶対) 目を見開くミミ。 (どうして。絶対におなか壊したりしないから) (でもだめ。貴重なサンプルだから) 沈黙は金。雄弁は銀。 音もなく、物言う瞳だけで交わされる。 再度断固として首を横に振った別働班員は、せめてもと大量の鶏のから揚げをミミに差し出した。 零二は、花を一輪、その場に手向けた。 「……名も知らない花だがね」 それでもないよりは、ずっといい。 「ここにキミが生まれた。その事は、忘れない」 だから、安心して。 「おやすみ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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