●フリーフォール 甲高い、子供の悲鳴が上がる。これで2人目。指を潰された子供が痛みと涙に滲んだ顔で自分を見上げるのが見えた。 信じられない、と言った眼差しだ。まるで自分達は護られるのが当たり前であり、この様な暴虐に晒される筈が無い、と言った様な。 自分が世界に祝福されているのを今この瞬間まで疑わなかったとすら思わせる澄んだ眼差し。 何て純粋で何て恵まれていて何て満たされていて何て無自覚な、嗚呼何て――――虫唾が走る。 「そんな目で、この僕を、見るなぁ――ッ!」 重厚な革のブーツ、その金属でコートされた踵が子供の手を踏みつける。 ぐぎり、と複数を指が折れた音と傷んだ悲鳴が部屋を満たす……おっといけない、また熱くなってしまった。 「……ああ、すまない。話が逸れてしまったね」 踵に付いた血をカーペットで拭う。子供なんか大嫌いだ。無思慮で、無遠慮で、無神経で、図々しい。 無能な餓鬼などその辺の塵芥より価値が無いと言う事をこうして痛みで以って教えない限り、彼らは目の前の絶望的な現実すら直視出来ない。 余りに幼く、余りに愚か。無知は免罪符の代わりにはならないと言うのに。 「つまり君達には、人質になって貰おうと思うんだ」 正直な所、本意ではない。こんな事をしている間にも刻一刻と有限である自分の時間は消費されていくのだ。 僕がするべき事はこの様な雑務ではなく、より崇高な異能の研究である筈だった。 僕なら彼らの持つ異常な品々を幾らでも有効活用してやれる。しかしまあ――仕方ない。上の意向では今は従うしかない。 「あ……麻人、君? あああ、あの、落ち着……」 教師と言う名の豚が度の外れた懇願を並べる。が、馬鹿。無粋。余りに屑。見えていない。全く何も見えていない。 目も心も曇り切って腐敗している。すぐ前で展開されている現実を、ただ認識し、反芻し、理解する事すら出来てない。 こんな生き物に果たして何を学べと言うのか。馬鹿馬鹿しい。余りに馬鹿馬鹿しい。 僕はこんな簡単な事に気付くまでどれだけの時間を無駄にしてきたのか。考えるだに心底馬鹿馬鹿しい。 絶望して死にたくなる。8年だ。生まれてよりこの方、僕は“8年もの歳月を”無駄にして来た。何て、無様。 「麻人君? は、何軽々しく呼んでんだ死ねよ糞豚」 指先に灯ったマジックミサイルの光が醜い豚の顔を吹き飛ばす。ああ、これは死んだかな。 ごとん、と横様に倒れ伏したその教師だった物を見て、思わず吹き出す。いや、脆過ぎだろ幾らなんでも。 流石豚。喰えないなら殺す位しかない。家畜としては相応の結末だ。 地面を濡らしはじめた血溜まりに後方に集まった子供の群れが息を呑む。息を呑む?そこは逆だろう。 こいつらはやはり愚かだ何も分かっちゃいない。そこは安堵の息を漏らす所だ。 死んだのが。殺されたのが自分でなかった奇跡に、心から安心する所だ。 自分の息がまだ続いていると言う偶然に、死ぬほど感謝すると良い。お前らはいつもそうだったじゃないか。 僕がどれだけ追い詰められても、殴られても、隔離されても、それが自分でない事を、 自分達が安全圏に居る事をいつだって笑って誇っていた筈じゃないか。それが少し脅かしただけでこれだ。 嗚呼、本当に子供ってのは度し難い―― 「た、隊長。殺しは不味いっすよ、殺しは。上からの命令にもあったじゃないっすか」 しかし思いもよらず声が上がったのは後ろからだ。振り返れば部下が焦った様な仕草で何か囀っている。 どうもこいつも頭の悪い奴らの一人らしい。殺すか?いや、流石に仮にも部下を殺すのは不味い。 こんな使い捨ての鉄砲玉10発集めようと僕の敵じゃないが、あの蝮に噛まれるのは少々ぞっとしない。 「……馬鹿だなあ」 仕方無しに出来損ないの部下を嗜める。子供じゃないんだ、言えば分かるだろう。 流石にその程度の、必要最低限の理解力はこんな無名の雑魚にでも有ると信じたい。 20余年の年月を無駄にしてその程度すら育まれなかったのでは無残過ぎる。 「悲劇だよ」 「……は?」 察しが悪い。やはり殺すか。先より1秒ほど長く逡巡するも、それを隠滅する手間の方が無駄だと直感する。 仕方なしに繰り返す。どんな愚者、無能者、出来の悪い役立たずにも分かる様に噛んで含めて言い聞かせる。 「これは無理解から来る悲劇だ。僕は指示通り奴らを待ち構えていた。しかしこの糞豚が突然職務とやらに目覚めて抵抗した。 僕は極力事を穏便に済ませたかったが、奴らがいつ来るか分からない。止む無く苦渋の決断の末これを排除した。 これを悲劇と言わずに何と言うんだい?それとも何か、実はこの糞豚の抵抗で部下が一人犠牲になった。 と言うエピソードを付け加えたいと言う訳かな?まあそれでも構わない。悲しみながらも僕は君の仇を討った、とね」 説明しながらも徐々に面倒くさくなってきた。やはり殺そうかと魔力を指先に集めた辺りで、 引き攣った様な笑いを浮かべた部下は両手をホールドアップしたまま後ろへと下がる。最初からそうしてれば良い物を。 「余り時間を無駄にさせないで欲しいな」 唯でさえ、才能溢れる僕には時間が足りない。校舎の窓から校庭を見下ろす。奴らはまだ、来ない。 「……ああ、そうだ。1時間ごとに1人ずつ殺してくのはどうだろう」 どうせ人質はまだ30人弱居る。流石に半分無くなる前には来るだろう。 退屈な時間の暇潰しを提案するも、答える声は無く。少年は笑う。朝焼けの校庭に赤い闇は深く、より深く、尚深く…… いまはただ、落ち続ける。 ●カウントダウン 「自分が蝶の夢を見ているのか、蝶が自分の夢を見ているのか、ハブアナイスドリーム。 ま、若い頃は誰でもかかる麻疹みたいなもんだろ。世界が主観でしか見えなくなるってのは。 周囲はエキストラ、自分だけが特別、ワールドイズマイン。ま、後から考えてみりゃ笑える話なんだけどね」 ブリーフィングルームで揚々と語るのは『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)相変わらず独自の世界をひた走っている。 が、珍しくモニターではなくテーブルへと提示された資料は笑える話で済む物ではとてもなかった。 写真、及び大雑把な個人データ、実に29名。その全てが子供、それも小学生である。 「ま、その麻疹の最中に力を得てしまった場合、それが治らないまま悪化しちゃうこともあるんだよね。 ドリームはドリームでもとびっきりのナイトメアって訳さ。で、今回は更に厄介な事に後ろ盾がついちまってる」 ここで伸暁、ようやくモニターを操作する。写っているのは4人のフィクサードと小学生位の1人の少年。 いや、良く見ればそうでない事は明らかだ。何故なら少年は唯1人前に立ち、背に4人の成人男性を従えている。 つまりはこう言うべきだろう。モニターに映されたのは5人のフィクサードであると。 「このまま何もしなかった場合、テーブルの29人、プラス教師1人。30人はその半数が殺される。 首犯は藤宮麻人8歳。体が子供、頭脳は大人のリトルホームズじゃない、正真正銘の小学2年生な」 ただし、彼は革醒の結果非常に優れた情報収集能力と高速演算能力を合わせて得た。周囲の同級生が漏れなく愚鈍に見えるほどの。 それはある意味では幸運であり、けれど得てして優れた才能がそうである様に、 それが彼自身にとっての福音であったかは疑問を挟まずにはいられない。 歪んだ選民意識は、彼を決定的に後戻り出来ない地点まで捻じ曲げてしまった。 「こいつは命を消耗品として解釈してる。他人は選りにもよってバイオレンスムービーのエキストラって訳。 この歪み方には彼の居た環境も関わっているみたいだけどね」 いじめの低年齢化、って奴さ。と、何事も無い事であるかのように肩をすくめる伸暁。 確かにこの男であれば周囲から浮こうが孤立しようが何処吹く風と受け止めただろう。 けれど、件の少年はそうではなかった。 「ま、だからって自業自得と言うにはへヴィ過ぎる。そこでお前達の出番ってわけ。あ、後」 彼らフィクサードの集団から子供達を救い出す事。それが今回の仕事となる。 しかしそこで伸暁は時計を見て目を細める。 釣られて見たリベリスタ達の眼に飛び込んでくるのはAM7:00の文字。続く言葉に空気が凍りつく。 「今のままだと午前8時から1時間が経過する度、人質が1人ずつ減っていくから気をつけておいてよ。 この少年の後ろ盾も狙いが読めないし、どうにもサプライズの気配って感じかな」 幸い、該当の小学校は三高平から駅で数駅程度の距離。今から出発すればタイムリミットには余裕で間に合う計算だが…… 「最近はどうにも大変でいけないね。猫の手を借りたい位忙しいってのは冥利なのかも知れないが。 キャットハンズオールフリー、何せラヴ&ピースが一番だから。沙織ちゃんも情勢を調べてるらしいけど」 その結果を待ってはいられない。カウントダウンは既に始まってしまった。 緊張の走るリベリスタ達をあたかも激励する様に、伸暁は片目を閉じてとびきりシニカルな笑みを浮かべてみせる。 「ま、やってやれないことは無いよな。ワンフォーオール、オールフォーワン、積み重ねはいつか報われるさ。 明日の未来を築く命に、お前らのとびっきりソウルフルなロックを聞かせてやってくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月28日(土)01:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●パラドックス 「だったら君もこちらへ来れば良い」 少年は上機嫌にそう応じる。彼は満足だった。自分に抗する相手は自分に匹敵しなくてはならない。 でなければそれは闘争ではなく消耗であり蹂躙だ。時間の、そして敵対者の。その様な粗雑なプロットは美しくない。 敵は迅速であり的確だった。彼の所在を知るや即座にPCを立ち上げ彼の支配を奪おうと画策する。 更には自分と同種の人材を投入して来た。電子の妖精と呼ばれる技術による一進一退の電脳戦の結果、彼が相手に興味を持つのは必然。 フィクサード、藤宮麻人はこうして『カチカチ山の誘毒少女』遠野 うさ子(BNE000863)と対峙する。 音声チャットでの数度のやりとり。未来を予知する巨大アーティファクト、カレイドシステムの話にはとても興味をそそられた。 が、それより興味深いのは相手の、あたかも自分を心配する様に見せかけた警告だ。 無能相手に時間を消費するのは無駄、それは同感極まる。であればこそ少年の思考は冒頭の発言へと繋がる。 「君の能力の程は良く分かった。僕と引き分けているんだ、誇って良い。だが君の力は其処で本当に生かされてるのかい?」 立場が違うからこそ感じ取れる事もある。この相手は決して善人などではない。むしろ枷の緩さはこちら側に近いほど。 ハッキング等と言うのは緊急時の対応、経験則が物を言う技術だ。であれば、この相手は法を犯す事に殆ど抵抗が無い事になる。 「君は嘘吐きだ。デコイの多さ、噛ませるダミーの悪質さから分かる。そちらは息苦しくはない?」 返事が無い。が、それで十分。奇妙な間は彼の直感を裏付けるのに十分だった。この相手は攻めは得意だ。が、守りには向いていない。 “知恵が回る上に、行動力まで伴ってるとは……厄介極まりないな” マイクの向こうから相手以外の声。『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939)の大仰な呟きが聞こえる。 けれど同感だ。知恵が回る上に行動力まで伴っている敵。厄介極まりないが……そうでなくては。 「なかなか面白い話だったよ。カレイドシステム、覚えておこう。君も僕の名を覚えておくと良い。アルファだ。縁があればまた逢おう」 通信を打ち切る。恐らくは、この相手であれば電源を切るまでの間で学校の警備システムは掌握されるだろう。 だが構わない。良い余興を提供してくれた礼だ。窓の外へ視線を巡らす。そろそろだろう、部下達に指示を送る。 「来るよ。強敵だ。油断しない様に」 少年は不敵に笑む。そのやり取りによって変わった運命になど気付かぬままに。 ●スニークアタック “もういいよ”と小さく書かれたフリップを正門で掲げるのは『血まみれ姫』立花・花子(BNE002215)当然3階からは良く見えない。 けれどそれが何かの合図ででも有ったかの様に、彼らは同時に行動を開始する。 正面より突入するのは『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)と花子、うさ子、喜平の4人。 姿を見せた時点で東棟1階に居た2人組のフィクサードには連絡が行っている。西棟1階へ辿り付く前に出迎えたのは銃弾の洗礼。 これに対し喜平は速さを武器に、仕掛ける。壁を足場に瞬く間に距離を詰めての多角攻撃。 爪を持つフィクサードが仲間のフォローに入る。が、遅い。彼らの剣は一本ではない。 「一緒に遊ぼうよぉ~真っ赤なお洋服着せてあげるぅ~♪」 のんびりとした口調とは裏腹に、ブロードソードの鋭い切っ先が突き出される。花子の刃と鋭い爪が噛み合い響き渡るかん高い音。 足が止まった爪使いを他所に拳銃使いへ向けられるのは、うさ子のトラップネスト。気糸の網が絡みつくも、間一髪身を退き逃れる。 「なかなか、見事な手際だね……でも」 昇降口の下駄箱に隠れながら、4人を喰い止めんと奮戦する2人に対しアンジェリはが薄く笑む。そう、彼らは本命では――無い。 「ファイト~」 気の抜ける応援は『優しい屍食鬼』マリアム・アリー・ウルジュワーン(BNE000735)の物。 それを飛行して運ぶ『二重の姉妹』八咫羽 とこ(BNE000306)はと言えば、必死である。返答の余裕すらない。 フライエンジェにとって人1人分の質量と言うのは運搬して飛べる限界値。そして翼で飛ぶ以上それは運動に他ならない。重労働である。 それは同様に裏門から突入した『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)を運ぶ『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)も、 更に『うめももFC(非公認)会長』セリオ・ヴァイスハイト(BNE002266)を運ぶ『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)も変わらない。 しかし中でも最も小柄なとこが一番大変だと言うのも事実だろう。半ば根性で西棟3階へと辿り着き、吊るされたマリアムが窓に手を掛ける。 勿論開かない。止む無くガムテープを貼りバトルアックスで叩き割る。音は――しない。 渡り廊下から見れば窓が割れている事は一目瞭然だろうが、だが今はこの僅かな時間が惜しい。 「人質の安全が最優先だ。ドジ踏むなよ」 セリオが言い、紗夜が頷く。時間を置けば置くほど見回りのフィクサードに発見される可能性は上がる。 正門組を囮にしてまで築いたアドバンテージである。マリアムを戦闘に6名がコンピューター室の扉を開ける。 だが、これに対する返礼は苛烈である。ちり、と瞬く火線の陣。燃え盛る魔炎が廊下へと召喚され、視界が熱波の赤に染まる。 轟音と共に纏めて爆ぜる窓硝子。巻き込まれたのは前衛3人。紗夜、セリオ、そしてマリアム。それ以上は視認されなかった為に被害は無い。 「ようこそ、随分待ったよ、僕の敵。オープニングセレモ二ーは如何かな?」 部屋の前方に、あたかも支配者の如く君臨するのは見るからに小さな少年である。しかしその指先は開いた扉を指し、微動だにしない。 正面から来る敵が足止めされているのであれば、後方から来る敵を警戒する。当然でありながら的確な判断。 彼は彼の敵をその程度には評価していた。興が乗ったとも言えるだろう。雑魚であればともかく、好敵手であるなら手加減などしない。 「くそ……思いっきりぶん殴ってやりてぇ」 思わず毒吐くセリオの声に頷く様に、マリアムが、紗夜が踏み込む。案の畳部屋の後方に集められた人質の中に男性教諭の姿が見える。 アンジェリカが携帯にて余計な事をするなと釘を指し、うさ子がその間の気を引いた成果。この時点での犠牲者は0。 「癒しの歌を……皆さんに御武運を」 カルナの澄んだ歌声が後方から響き、部屋に跳び込んだ3人を癒す。続く雷音と、とこが人質達の救助へと向かう。 それを見た麻人の判断は早い。狙うのは最も近いマリアム――ではない。人質である。 「僕の居るシーンで、脇役に構うなんて無粋だろう?」 笑う様な声音で放たれるマジックミサイル。人質を庇わざるを得ない、メンバー中で最も幼いとこが盾となってこれを受ける。 「……っ、とあ達は、お姉さんだもん。守ってあげないと」 痛みに歪めた表情は痛々しい。けれど少年は笑う。滑稽だ、所詮は背伸びしている子供かと。彼に自分の姿は、見えない。 「麻人ちゃんっ!」 けれど余所見をしている暇など無かった。迫ったマリアムの手には禍々しいまでに威圧的な戦斧がある。 振り上げる仕草に躊躇いは無い。けれど何より引っかかったのは、その呼び方だ。 「ちゃっ」 ちゃんだと!? その動揺は実戦では余りに致命的だった。振り下ろす斧には過剰な膂力が込められている。 マリアムの外見を見て、それでも少年は油断していないつもりだったのだろう。けれど甘い。経験が、足りていない。 「ちょっと痛いかもしれないけれど、我慢してね!」 「ガッ――」 我慢がどうとか言う次元ではない。子供のいじめ等とは比較にならない激痛と共に部屋の窓際まで吹き飛ばされる。 想定外、いや、ここに至って彼は初めて現実を見たと言うべきだろう。小学校などではない。ここは、命を賭した戦場だった。 「私は……君の思想を叩いて砕いて押し潰す、世界を護る悪魔となろう」 奇妙な仮面を着けた女、紗夜が追いすがる。振り抜く魔落の鉄槌こそ間一髪避けるものの、背後は壁。 「クソガキが、大人の恐さってもんを教えてやるよ」 退路を失くした少年へ、眼光冷たくセリオが長剣を叩き込む。 プライドの賜物か悲鳴こそ上げない物の、流れる血液は雄弁に少年が追い詰められつつある事を告げる。 一方正門組の4人は厄介な事態に陥っていた。負ける気配は無い。数で勝り、援軍の気配も無い。圧倒しているとすら言える。 しかし、2人のフィクサードは倒れない。互いに互いをかばい合い、地道に道を塞ぎ続ける。 「何か、おかしくない……?」 アンジェリカが漏らす。これではまるで時間稼ぎである。迂回を拒み最短ルートを選択した結果、4人は未だに一階より進めずに居た。 「仕方ない、物事にはアクシデントが付き物だ」 呟く喜平の声にも苦い物が混じる。たったの2人で進路を妨害出来る階段と言う地形を前に、予定以上の時間を削られている。 当然勝利は揺るがない。数の差は至極有効に作用し、数分の戦いの末彼らは遂にこれを突破する事に成功する。 だが、それで猶予は十分過ぎた。 ●コンティニュー 「ボクたちは君たちの味方だ。助けに来た!」 雷音の言葉に彼らは無言だった。目の前で散々見せつけられた血生臭過ぎる現実は彼らから活力と言う物を奪っていた。 急いで廊下に引っ張り出す間も殆ど反応と言う物が無い。時折泣きそうになりしゃくり上げる生徒が居る位だ。 心の傷までは癒せない。そうして廊下に人質が勢揃いしたその瞬間――上がったのは、悲鳴だった。 廊下と言う空間は意外と狭い。そこに30人が流出すれば全体に目が届かない。何より彼らを引率していたのが雷音だけと言うのが災いした。 侵入の為に割った窓が見つかった、やって来たフィクサードは2人。両手にナイフを持った男が1人の子供にその切っ先を突き付けている。 「挟撃の上騙し討ちとは味な真似をしてくれるっすね」 殺す気は無い。それは仕草からも分かった。その男は他のフィクサードとは毛色が違う。一言で言うならプロの気配がした。 誰かが殺すな、と命令でもしているのか、1人位見せしめにでもする方が脅しとしては効果的だろうに。しかし―― 「この辺が限界っすかね。ああ、動いたらマジで殺すっすよ」 瞬間殺気が満ちる。何時でも殺せる。子供達を。彼らが守りに来た存在を。それを示す事で実際には殺さず動きを封じようと言うのか。 雷音が動けない間に男がもう一人のフィクサード、銃使いへ指示を出し、状況は瞬く間に一変する。 コンピューター室内では前衛の3人にとこが加わり更に麻人を追い込んでいた。 彼もまた、再度のフレアバーストを放とうと試みるも、戦いの趨勢は定まっている。それが最後の抵抗となっただろう。本来であれば。 「動くな。人質死んじゃうっすよ」 響いた声に室内のあらゆる動きが止まる。それは予期していない事態だった。このままなら主犯は葬り去る事が出来る。 取って返してフィクサード達を討てば――しかしそれでは人質に甚大な犠牲が出るだろう。 せめて時間稼ぎでも出来れば、正門組が間に合ったかもしれない。しかしそれには人質を護る者が足りな過ぎた。 無警戒の所に作動したブービートラップ。場の優劣が一瞬で引っ繰り返る。 「……はっ」 漏れた呼気は追い詰められていた麻人の物だ。安堵か、それとも嘲弄か、いずれかと問えば前者の割合が大きかったろう。 けれど結果として、人質を他愛も無い端役と解釈した少年は追い込まれ、それを武器と解釈したフィクサードによって救われた。 自己顕示欲の強い彼にとって、それは侮辱も同然だ。歪んだ笑いと共に、掠れた声で先を続ける。 「殺せよ」 それはリベリスタ達へ、ではない。人質を盾に取るフィクサード達への言葉。 心より蔑む子供達。“そんな物”に命を救われたくは無い、と言う彼なりの自意識の現れ。けれどそんな物は、現実には何の価値も無い。 「お断りっす。俺らもこんなとこで死にたく無いっすから」 二刀ナイフの男は自分達の隊長より遥かに正確にリベリスタ達の実力を計っていた。偶々優位を築けたのは運が良かっただけだと言う事を。 リベリスタ達の備えがもう少し万端であったなら、自分達は何も出来ずに捕縛なり討伐なりされていただろう事を。 「死にたいなら一人で死ねば良いっす」 それはある種の造反であるとすら言えた。シビアに、ビジネスライクに、文字通り大人らしく割り切った対応。 その冷えた宣告を目の当たりにして、麻人は俯く。反論の余地も無い。自分はしくじった、そして救われたのだと認めざるを、得ない。 意気消沈した彼が部屋を横切る。ナイフの男の切っ先は人質の子供の首筋より離れない。 幸か不幸か、リベリスタ達の中に人質を切り捨ててでも事態を収拾させようと考えた者は居なかった。それが、答え。 「どうだい?楽しいかい?」 横をすれ違った時、雷音が漏らした言葉に唇を噛む仕草が返る。滲んだ血は敗北の味とでも言うべきか。 「ほら、何してるっすか。撤収撤収ー」 その間に銃使いのフィクサードがごてごてと引っ張り出したのは火災避難用の滑り台である。 一階での戦闘の様子も伝わっているのか、交戦を避けるかの様に先ず銃使いが一階へと滑り降りていく。 続いて麻人、一度だけ後方を振り返ると、初手で痛みと恐怖を教え込んでくれたマリアムと視線が合う。何故か彼女はうっすら涙ぐんでいた。 その理由など分からない。けれど少年は奥歯を強く噛みしめると、低く一言だけ残す。 「次は、こうはいかない」 そうして主犯たる少年は滑り台へと去り、残るは二刀ナイフの男1人。その手元が、リベリスタ達は動いていないにも拘らずあっさりと閃く。 ざっくりと突き刺さるナイフ。子供の悲鳴が上がる。出血で廊下が染まる。他の人質達が息を呑む。 その隙を突いて男は滑り台へ身を躍らせる。欲しかったのは一瞬の混乱。カルナが傷付けられた子供へ駆け寄ると同時に声だけが残される。 「アディオス。そんじゃ、またどこかで」 正門組が3階へ到着したのはその1分後。合流して階下へ降りれば倒した筈の2人のフィクサードは影も形もなく。 酷く怯えた30人の人質を連れ、リベリスタ達は帰路へと着く。ただただ苦い、漠然とした嫌な予感を残したまま…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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