● 薄汚れた路地裏を、少年と少女が並んで歩いていた。 「……おい、そんなトコで何してる」 通りがかった男に声をかけられ、二人は同時に振り向く。 年の頃は十歳くらいだろうか。少年も少女も、非常に整った顔立ちをしていた。 「道に迷っちゃって」 「おじさん、道を教えてくれる?」 少年と少女は、無邪気に笑いながら男に答える。 男は首を傾げると、二人に目線を合わせるように腰を屈めた。 「教えるのは構わないが、子供だけで歩いてると危ないぞ。 ここには悪い奴らがいっぱいいるからな」 「そうなの?」 「ああ。だから、おじさんがそこまで送ってやるよ」 そう言って、男はポケットに手を入れる。 次の瞬間、その手には鋭いナイフが握られていた。 「……なんてな。言っただろ? 悪い奴らがいっぱいいるって」 ナイフの切先を少年と少女にちらつかせながら、男は下卑た笑みを浮かべる。 「さ、俺と来てもらおうか。安心しな、殺しゃしねえ――大事な売りモンだからな」 男は子供たちが恐怖に怯える様を期待したが、二人はあろうことか、くすくすと笑い始めた。 「聞いた? 私たちを売るんだって」 「脅し文句に工夫がないね」 馬鹿にされたように感じたのか、男は表情を歪めてナイフを突き出す。 「おい、自分らの状況わかってんのか?」 少年は特に慌てた様子もなく、不敵な笑みを浮かべた。 「――わかってるよ。ようく、ね」 少女の服のポケットから、ふわりと小さな人影が飛び出す。 背に虫の羽根を生やした姿は、おとぎ話に登場する妖精そのもの。 男と目が合った妖精が、美しい顔に残酷な表情を湛えて不吉に笑う。 「な、なんだこいつは」 ナイフを突きつけたまま、じりじりと後退る男。 互いに目配せした少年と少女が、楽しげに口を開いた。 「そろそろ始めようか」 「うん、始めよう」 ――ひゅん、と風を切る音。 その直後、男の耳が片方落ちる。 いつの間にか、少年の手には細身の剣が握られていた。 路地裏に、男の絶叫が響く。 大きくよろめいた男の全身を、少女の展開した呪印が絡め取った。 細身の剣が閃き、身動きを封じられた男を少しずつ切り刻む。 まるで、虫の羽をもぐように――妖精を連れた子供たちは、男の命を摘み取っていった。 くすくすと、無邪気な笑い声を響かせながら。 ● 「二人組のフィクサードが、アザーバイドと組んで遊び半分に人を殺している。 今回の任務は、こいつら三人の撃破だ」 資料を束ねたファイルを手にした『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けて説明を始めた。 「フィクサードは『ピーター・パン』と『ウェンディ』と名乗る二人組。 子供の姿をしているが、見かけだけで本当に子供ってわけじゃない。 ……と言っても、中身が大人とも言い切れないけどな」 彼らは実戦経験を積んでおり、実力そのものは高い水準にある。 しかし、それとは裏腹に、二人の心は子供の幼さを残しているという。 無邪気というよりは、無思慮にして無軌道。特に信念も目的もなく、遊びとしての殺人を繰り返す。 「まあ、一言で表せば頭のネジが外れた殺人者だな。 それでも腕は確かだし、知性が低いわけでもない。戦いになれば、的確に作戦を組んで連携してくる。 ――そんな奴らと偶然出会ったのが、アザーバイド『ティンカー・ベル』だ」 『ティンカー・ベル』は、その名の通り妖精の姿をしたアザーバイドである。 能力的には攻撃よりも支援やかく乱を得手とするが、性格としてはフィクサードの二人と大差はない。偶然迷い込んだこの世界で、血腥い遊戯を楽しんでいる。 「ディメンションホールは既に閉じているし、『ティンカー・ベル』にフェイトは無い。 送還は考えず、倒すことだけを考えてくれ」 彼らは治安の悪い裏路地を彷徨っては、子供の姿に釣られて出てきた人間を手当たり次第に殺している。 無力な子供を装って罠にかけ、それに引っかかった者を残酷になぶり殺すのだ。 「殺される側も、まっとうな人間とは言いづらいけどな。 ただ、奴らが今後もそれを続けていくとは限らない。 気が変われば、罪のない一般人に矛先を向けることも充分に考えられる」 一刻も早く彼らの凶行を止めてほしい――と、数史は言う。 「敵は三人だが、なかなか厄介な相手だ。どうか、気をつけて行って来てくれ」 黒翼のフォーチュナはそう言うと、手の中のファイルを閉じて説明を終えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月12日(土)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 道にはゴミが散らばり、建物の壁は下品な落書きで埋め尽くされている。 いかにも治安の悪そうな路地裏は、その汚れのためか、昼間でもどこか薄暗く見えた。 無関係な一般人が通りがかることのないよう、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)、『じゃじゃ虎ムスメ』四十九院・究理(BNE003706)が工事用の赤いコーンで入口を塞ぎ、通行止めを装う。 「薄暗くて、不気味な場所……こういう所は危険だから、避けちゃうわ」 周囲を見回した『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)が微かに眉を寄せると、山田 茅根(BNE002977)が口を開いた。 「ピーターパンにウェンディにティンカーベル。 さしずめこの路地裏は、ネバーランドといった所でしょうか?」 随分なネバーランドもあったものだが、そこに住まうピーター・パンやウェンディ、妖精ティンカー・ベルの本性を考えれば、これはこれで相応しいのかもしれない。 なにしろ、彼らは遊び半分に人を殺めるフィクサードとアザーバイドなのだから。 「メルヘンですね。お腹を割いたらキャンディが詰まってるかもしれません」 柔和な表情を崩すことなく、茅根は双眼鏡を取り出す。 リベリスタ達は慎重に歩を進めながら、物語の住人を気取るフィクサードを探し始めた。 「昼間で、しかも相手は子供の姿ですからすぐに見つかる、と良いですけど……」 優れた観察眼をもって探索を行う『リベリスタの国のアリス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)の傍らで、並外れた視力を誇る『トランシェ』十凪・創太(BNE000002)が路地の遥か遠くまでを見据える。 程なくして、『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)の千里眼が、並んで歩く少年と少女の姿をビルの壁越しに捉えた。 「普通の視点と千里眼の視点、二つの姿を同時に幻視させる事はできないでしょうね」 エリューション能力を隠蔽し、さらに武器を完璧に隠すことができるフィクサード達を確実に見分けるため、凛麗は彼らの装備に注目する。通常、リベリスタやフィクサード達が用いる武器や防具はアーティファクトであり、千里眼で透視することは不可能だからだ。 「――いました。間違いありません」 少年と少女が目的のフィクサードであることを確認し、仲間達にそれを伝える。彼女が人払いの結界を展開した直後、茅根が“幻想纏い”からトラックを取り出して道を封鎖した。 リベリスタ達は足並みを揃え、敵の退路を断とうと動く。 足元から意思ある影を伸ばす糾華に続いて、方向音痴を自認する『三つ目のピクシー』赤翅 明(BNE003483)が路地を駆けた。 剣を手に走りながら、創太が鋭く目を細める。 「……わかりゃしねえ。たとえどんな奴だろうと、ただ蹂躙するだけの闘いなんざ、 手ごたえのねぇ闘い程つまんねーもんはないだろうに」 彼にとって、今回の敵が相容れない存在であることは確かだった。 ● 子供の姿をしたフィクサード達は、迫り来るリベリスタ達を見ても笑みを浮かべたまま立っていた。 服の中にでも隠れているのか、妖精ティンカー・ベルの姿はまだ無い。 少年――ピーター・パンに駆けた茅根が、彼をブロックしながら脳の伝達処理を高める。 「ネバーランドの皆さん、今日は存分に語り合いましょうね」 その言葉を聞いたピーターがわずかに目を見開いた時、明の声が響いた。 「こどもの夢の防人参上! ヒーロー不適格なピーター・パンなんて願い下げだよ!」 前衛と後衛の中間に位置した彼女は、漆黒の闇を無形の武具として身に纏う。 ピーター・パンと少女――ウェンディが、顔を見合わせた。 「あら驚いた。すっかりバレちゃってるのね」 「久しぶりに楽しめそうかな」 ウェンディの言葉に、ピーター・パンが不敵に答える。 仲間達の後方に立つあひるが、体内の魔力を活性化させながら彼らに語りかけた。 「おいたをする子に、お説教しにきたわ」 「お説教は嫌いだよ」 ピーター・パンの口調は、あくまで子供のそれ。 アリスはエネミースキャンで敵の戦力を分析しようと試みたが、その全てを把握することは叶わなかった。 「皆さん、気をつけてください……!」 いずれにしても、外見通りの相手ではないことだけは確かだ。アリスの警告を背に受け、創太がウェンディの前に走る。 「教えてやんぜ、蹂躙じゃなく互角の戦の楽しさってもんをよ!」 大きく踏み込んで間合いを奪った彼は、強烈な一撃を少女に見舞った。 「痛ぁい。女の子を殴るなんてひどい子ね」 創太をからかうように、ウェンディがくすくす笑う。 皆の回復を担うあひるを背に庇うように立った究理が、流水の構えを取ってネバーランドの住人たちを見据えた。 「――私は『タイガーリリー』とでも名乗っておこうか」 己の身に宿る虎の因子にちなみ、物語に登場するインディアンの娘を名乗る彼女に、ピーター・パンが「いいね」と笑う。直後、彼は隠していたサーベルを取り出し、光の飛沫を散らす華麗な突きを茅根に繰り出した。ほぼ同時、ピーター・パンの服のポケットから飛び出したティンカー・ベルが空飛ぶ妖精の粉を散らす。 茅根がマントを翻して魅了の一撃を避けると、待機していた糾華がティンカー・ベルに迫った。 「ピーター・パンとウェンディ。ティンカー・ベルまで連れて完璧じゃない?」 瞬く間に距離を詰め、小さな妖精に向けて死の刻印を放つ。 燐光を放つ黒揚羽蝶――糾華の“幻想纏い”が、主の周囲をひらひらと舞った。 「でも違う。これは違う。貴方達はピーター・パンとウェンディではありえない」 小さな妖精越しに二人のフィクサードを見て、糾華は毅然と言い放つ。 妖精の粉でふわりと浮いたウェンディが創太に四色の魔光を浴びせた直後、凛麗の放ったオーラの糸が、ティンカー・ベルの羽を掠った。 「やるね、君たち」 “遊び相手”の実力を見たピーター・パンが、楽しげに言う。 様子見は終わりだとばかりに本来のスピードで動いた彼は、禍々しい瘴気を放ってリベリスタ達を撃った。 瘴気に身を蝕まれながらも、茅根は気糸でティンカー・ベルを射抜く。 その表情が一瞬怒りに染まったのも束の間、淡い光が彼女の全身を包み、ティンカー・ベルだけでなく全員の状態異常を消し去った。 妖精の叫びが響き渡り、リベリスタ達の心をかき乱す。続けて、ウェンディの生み出した黒鎖の濁流が路地裏をたちまち埋め尽くした。 半数以上の仲間達が混乱に陥り、あるいは鎖に呪縛される中、明が前衛のフォローに動く。 「ねえ君、童話好きなの?」 混乱する創太に代わってウェンディの前に立った彼女は、敵の注意を惹く意味も込めてそう語りかけた。 「好きも嫌いもないわ、私たちはネバーランドの住人だもの。 自由に空を飛んで海賊と戦うの、素敵でしょ?」 「うんうん、悪者退治は偉いと思うっ。 でも相手が一般人だったら素直におまわりさん呼ぼうよ!」 明が放つ暗黒の瘴気が、ウェンディとティンカー・ベルを撃つ。凛麗のブレイクフィアーが仲間達の状態異常を払ったのを確認したあひるが、天使の歌を響かせて全員の傷を癒した。 「子供が変な大人に危険な目に遭わされることもあるから、懲らしめる! っていうのは……褒められたことじゃないけど、悪くないと思う。 でも……それを『遊び』と称して命を弄ぶなんて……それはおかしいわ。 間違ったやり方を、あひる達が正してあげる……っ!!」 決意を秘めて叫ぶあひるの前に、彼女を庇う究理が立つ。 『タイガーリリー』を名乗った彼女だが、それで攻撃を防げるとは考えていない。 (物語の中ではピーター・パンに助けられた少女だが、ここはネバーランドではないからな) 彼らならば、たとえリリーを助けたとしても、最後には獲物として残虐に殺してしまうのだろう。 混乱から醒めた創太が、赤い瞳でウェンディを睨む。 「どうして蹂躙を好む? そうやって目の前の大きな、自分よりも強い敵との戦いから逃げ続けることが お前らの言う『ネバーランド』か?」 訊いたところで理解できる気はしないが、それでも訊かずにはいられない。 肯定も否定もせずに歪んだ笑みを浮かべるフィクサード達を見て、彼は「くだらねぇ」と一蹴した。 「来い、その力の全てで真っ向から闘ろうじゃないか」 一息に踏み込み、創太が気合とともに剣を一閃させる。 強烈な打ち込みが妖精の粉がもたらす加護を消し去り、ウェンディを地に叩き落とした。 その隙に、残りのメンバーがティンカー・ベルを攻撃する。 堪らず上空に逃れようとした妖精に向け、道端のゴミ箱を足場に跳んだ糾華が迫った。 「帰る場所も無いのに、どこに逃げるというの」 馬鹿げた夢を見せた妖精を、彼女は決して許しはしない。 迷い込んだ世界で、間違った目的に利用されるのも哀れかもしれないが――。 それでも、殺人に加担した事実は変わらない。 死の刻印を打たれ、ティンカー・ベルの小さな体が揺らぐ。 傷ついた妖精を、アリスの青い瞳が真っ直ぐに見据えた。 「『ピーターパン』は、小さい頃に私も読んですっごくわくわくしました……」 でも。これは彼女の知っている物語とは違う。 “ネバーランドの住人”を名乗る彼らは、己の欲で人を殺める醜悪な紛い物に過ぎない。 「手遅れになる前に、止めなきゃ……!」 充分な集中から解き放たれた魔曲の旋律が、ティンカー・ベルを捉える。 回避に優れても耐久力に劣る妖精は、踊り狂う四属性の魔力に耐え切れず、その身を散らした。 ● 妖精の撃破を見届け、茅根がフィクサード達に降伏を促す。 しかし、二人は仲間の死にも眉一つ動かさない。ピーター・パンの芸術的ともいえる突きを防御に専念して凌いだ茅根は、落ち着いた口調で彼らに問いかけた。 「それでは質問です。貴方達は人を玩具にするのが楽しくて、行動しているんですか?」 「どうして、そんなこと訊くんだい?」 「当たりなら正解出来て嬉しいですし、外れならまた考える楽しみが増えます。 私は、貴方達をもっと知りたいんです」 「じゃあ、当ててごらんなさい!」 ウェンディの黒鎖がもたらす呪縛を、凛麗のブレイクフィアーが打ち砕く。 「貴方達の家族は?」 彼女の問いに、ピーター・パンは「乳母車から落ちたのさ」とそっけなく答えた。 彼らもまた、両親とはぐれてしまったのだろうか。だとしても、二人の有り様はおとぎ話の登場人物とあまりにかけ離れてしまっている。 天使の歌を響かせて仲間達を癒すあひるが、静かな怒りを込めて口を開いた。 「子供たちの夢と希望のお話なのに、それを壊すような真似をして……! 絶対許せないよ……しっかり反省してもらわないとね」 そして、もう一人。 全身に破壊のオーラを漲らせた創太が、ウェンディに激しい一撃を叩き込みながら怒気も露に叫ぶ。 「本物のピーターパンの奴らだってな、フックって大きな壁ぶち破って勝ちとってんだ。 壁から逃げる奴らがそんな奴らの誇りを穢す名を持つな!」 彼の言葉は一点の曇りもない正論だったが、歪みきったフィクサード達の心を揺さぶることはできなかった。自らの傷さえも一向に顧みない少年と少女は、さも可笑しそうに笑う。 「誇りだって?」 「子供にそんなものあると思う?」 ピーター・パンの放つ瘴気が、ウェンディの奏でる葬送曲が、立て続けに創太を襲った。 身を捻って瘴気の直撃を避けた彼の全身を、血の色を帯びた漆黒の鎖が絡め取る。 気紛れな運命(ドラマ)を引き寄せること叶わず、創太は地に崩れ落ちた。 「こんな場末で、こんな薄汚れて、己の楽しみの為に殺している姿はとても大人よ? 子供である夢から叩き起こしてあげるわ」 鎖をかい潜った糾華が、一瞬の隙を突いてウェンディに死の刻印を打つ。 自己再生能力を封じられた少女の周囲に、明が幾重もの呪印を展開させた。 「悪戯っこなピーター・パンを叱ってあげないウェンディ母さんなんか、萌えないよーだ!」 ウェンディが動きを封じられた直後、凛麗が神聖なる輝きをもって仲間達の呪縛を解く。究理に守られて難を逃れたあひるが、癒しの福音を奏でて全員の傷を塞いだ。 ピーター・パンの猛攻を紙一重でかわした茅根が、オーラの糸を伸ばしてウェンディを貫く。魔曲の旋律を奏でる四色の魔光が、アリスの指揮に従って少女を撃った。 攻撃に向けて集中を高めた究理が、真紅の双眸でピーター・パンとウェンディをじっと見つめる。 (確かに、彼らは美しい。 あの容貌、妖精の羽で空を飛ぶさま、絵本の中から抜け出したようだ) けれど、違う。 彼らは戦いを『遊び』と捉え、誰かを傷つける存在。 物語の主人公を名乗ってはいても、結局のところは残酷なフィクサードに過ぎない。 「――ならば私はインディアンらしく、偽者の彼らを狩ってみせよう。 偽りの物語など、必ずここで終わらせるぞ」 究理の鋭い蹴撃が真空の刃を生み、少女の白い肌を切り裂く。 追い詰められて初めて悲鳴を上げたウェンディに、糾華が死の刻印を打ち込んだ。 「幼年期の終わり。己の行いの報いを受けなさい」 力尽きたウェンディが、うつ伏せに倒れる。 残るは、ピーター・パンただ一人。 彼の動きを読み、鋭い攻撃を加える茅根が、再び降伏勧告を行う。 「手遅れになる前に降伏した方が良いんじゃないですか?」 まったく取り合おうとしないピーター・パンを見た明は、ならば、と声を上げた。 「ピーター・パンだったらこんな人数ものともしないよね!」 挑発の響きを帯びた一言で、彼女は少年から逃走という選択肢を奪う。 同時に撃ち出された暗黒の瘴気が、ピーター・パンの身を蝕んだ。 「誰に言ってるんだい?」 少年が不敵に笑い、お返しとばかりに瘴気を放つ。 今までよりも数段強力なその一撃を前に、まず究理が倒れた。茅根が、凛麗が、己の運命を代償に踏み止まる。 アリスがすかさず癒しの微風で茅根の傷を塞ぎ、あひるが聖なる神の息吹を呼び起こして全員の背を支えた。 ピーター・パンに接近した糾華が、彼の懐に飛び込んでオーラの爆弾を炸裂させる。 その爆発は少年の体力を大きく削ったが、逆境に追い込まれた彼の力をより高めることにも繋がった。 一段と研ぎ澄まされた動きで、ピーター・パンが幾つもの幻影を生み出す。 神速の斬撃が前衛たちを翻弄する中、凛麗がブレイクフィアーで仲間の心を取り戻した。 すかさず、あひるが天使の歌で傷を癒す。これ以上、皆を倒させはしない。 身に纏った空色のエプロンドレスの裾を翻したアリスが、“ヴォーパルの剣”を構えて叫んだ。 「ピーターパンは……子供達に夢を与えるヒーローなんです……! そんな、遊び半分で人の命を奪ってしまうようなの……ピーターパンじゃない……!」 長大な鍵にも、術杖にも見える不可思議な剣から、四属性の魔光が放たれる。 暗黒の瘴気で追い撃つ明が、アリスに頷きながら口を開いた。 「残虐性を強調して子供の夢を壊すのはいただけないよ」 「誰が何と言おうと、僕はピーター・パン。ネバーランドに暮らす永遠の子供さ。 ――君たちは僕に勝てないよ!」 無邪気というより、狂気を湛えた笑声。 ピーター・パンの放つ暗黒の瘴気を耐え抜いた糾華が、彼の死角から死の爆弾を埋め込んだ。 「貴方達ここで終わり。ゲームオーバーよ」 自らの運命を捧げて、ピーター・パンは激しい爆発から身を守る。 煙の中から姿を現した少年の左胸に、茅根がオートマチックの銃口を向けた。 穏やかな表情を保ったまま、彼は躊躇いなく引き金を絞る。 弾丸が、ピーター・パンの心臓を撃ち抜いた。 ● 屍と化したピーター・パンを見て、銃を下ろした茅根が溜息をつく。 「だから降伏した方が良いと言ったのに……壊れちゃいましたね。残念です」 「……出来れば、ピーターパンと一緒に、正義の為にフック船長と戦いたかったです……」 アリスが、そう言って目を伏せた。 傷ついた身をゆっくりと起こし、究理が倒れたままのウェンディを見る。 どうやら、彼女はまだ息があるようだ。 あとは、このフィクサードの始末をどうするか。思案する糾華の傍らで、あひるがウェンディをアークに連れて帰ろうと提案する。 「あひるは、できたら更生させたい。命ある限り、何度でもやり直せるもの」 もし、心を入れ替えることが叶うのなら。 これからは、その力を人を守るために使って欲しい――。 あひるの言葉に、明がこくりと頷く。 壁に背を預けて立ち上がった創太も、殊更に反対しようとはしなかった。 それで再び牙を剥くなら、何度でも相手をするまで。 弱者に手出しなどさせないし、二度と不覚を取りはしない。 ピーター・パンと妖精の去った路地裏をぐるりと見渡し、凛麗が歌うように口を開いた。 「乳母車から転げ落ち、親とはぐれた子どもは。永遠に年を取る事も無く。 遠い異界で悪い大人を懲らしめ冒険の日々を送る少年になったとか」 ここで言葉を区切った彼女は、一瞬の沈黙の後、しかし、と続ける。 「彼らが懲らしめる悪人こそ彼らの同類、大人に成れなかった子ども達なのかもしれませんね――」 そう言って、凛麗は水色の瞳をわずかに細めた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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