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しあわせが終わる日(ある飼い猫の場合)


 ボクには、四人の家族がいる。
 おとうさん、おかあさん、お兄ちゃんのまぁ君に、妹のあきちゃん。

 ボクは、みんなみたいに後ろ足だけで歩くことはできないし、ごはんもみんなとは別。
 それでも、みんな、ボクのことを家族だと言ってかわいがってくれる。

 ボクはずっと、あったかい家の中でごはんを食べさせてもらって。
 たいくつになったら遊んでもらえたし、疲れたらいつでも眠ることができた。
 おかあさんの膝の上で眠るのが、ボクはとても好きで。
 しあわせって、こういうことを言うのかなと、いつも思った。

 でもね、最近おかしいんだ。
 家が、とっても小さくなったみたい。

 ある日、おとうさんはボクを見てすごく驚いた。
 おかあさんは、ボクがどんなにせがんでも膝に乗せてくれなかった。
 まぁ君とあきちゃんは、二人そろって泣きだした。

 いったい、どうしちゃったんだろう。
 ボクはいつものように、みんなにじゃれついた。
 そしたら、みんなは悲鳴をあげて、床に倒れてしまった。
 おかしいな。どうして、みんな、こんなに小さく見えるんだろう。
 
 みんながすぐに起きあがったのを見て、ボクはホッとした。
 でも、やっぱりおかしいんだ。
 みんな、ぼうっとしていて、ごはんも食べないし、ボクと遊んでもくれない。
 ボクのごはんがないのは、お腹がすかないから良いんだけど……。  

 つまんないな。
 いったい、ボクの家族はどうなっちゃったんだろう。


「飼い猫として暮らしていた猫が、E・ビーストになって飼い主の一家を殺害した。
 事前に予知できなかったことが悔しいが……これ以上の被害が出る前に、対処にあたってほしい」
 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に重々しく口を開くと、手の中のファイルをめくって説明を始めた。

「E・ビーストはフェーズ2、戦士級だ。
 巨大化してライオンくらいの大きさになっているが、それ以外の見た目は普通の猫と大差ない。
 人懐こくて遊び好きという性格も、そのまま変わらず残っている」
 ただ、自分の身に起こった変化を正確に理解できていないらしい。
 家族の殺害についても、猫にとっては悪気なくじゃれついたつもりだったのだろう。
 少し引っ掻いただけで死んでしまうなどとは、考えもしなかったに違いない。
「殺された一家は四人家族で、全員がE・アンデッド化してる。
 猫のE・ビーストも含めて家のリビングから出ようとしないから、戦いでは一度に相手をすることになる。
 程度の差はあるが、五体とも自己再生能力があるから、そこは気をつけてくれ」
 E・ビーストはもちろん、数が揃っているうちはE・アンデッドの戦力も馬鹿にできない。
 きちんと作戦を立てて、戦っていく必要があるだろう。

「現場は庭つきの一軒家で、よほどの大騒ぎをしない限りは外に音は漏れない。
 近隣への気遣いは要らないから、速やかな撃破を頼む」
 そう言ってファイルを閉じた後、数史は誰にともなく呟いた。
「……革醒さえしなければ、誰も傷つかなくて済んだのにな。まったく、やりきれん話だよ」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月04日(金)23:58
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。
 
●成功条件
 猫のE・ビースト、ならびにE・アンデッド4体の撃破。
 
●敵
■E・ビースト(猫)
 革醒した茶トラ猫(5歳、オス)で、フェーズは2。
 フェーズの進行で巨大化しており、現在はライオンほどの大きさです。
 高い自己再生能力を備えています。 
 
 【猫かぶり】→P:自分の手番に[致命][出血][流血][失血]以外のバッドステータスを回復。 

 【猫じゃれつき】→物近単[流血][必殺]/クリティカル補正高
   無邪気にじゃれつき、鋭い爪と牙でダメージを与えます。
   
 【猫すりすり】→物近複[虚弱]
   近接範囲の複数対象にすり寄り、戦意を挫きます。

 【猫まっしぐら】→物遠範[重圧][ショック]
   ジャンプして一点に着地し、範囲内の対象全てに衝撃波によるダメージを与えます。
   (攻撃後は着地した地点に移動します。ブロック時も、これによる移動を阻むことはできません)

 【EX:寂しい猫】→神遠全[魅了][崩壊][呪い] ※1回のみ使用   
   
■E・アンデッド×4
 30代半ばの両親、小学校低学年の男の子、4歳の女の子の四人家族です。フェーズは全て1。
 能力的には4体とも同じで、弱いながらも自己再生能力があります。

 【屍の手】→物近単[物防無][麻痺]
   冷たい手で触れ、防御力を無視して対象一体にダメージを与えます。
 【屍の瘴気】→神遠単[隙][不吉]
   禍々しい瘴気を撃ち、対象一体を攻撃します。
 
●戦場
 住宅街の中にある庭付きの一軒家。玄関や窓には鍵がかかっています。
 あまり極端なことをしない限りは近隣の一般人に気付かれる心配はないと考えて構いません。

 E・ビーストとE・アンデッド4体はいずれもリビングにおり、誰かがリビングに侵入した時点で攻撃を開始します。
 リビングは充分な広さがあり、明るさや足場など、戦いの妨げになる要素はありません。
 なお、戦闘前の付与スキル使用などは1回のみ有効とします。


 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
東雲 未明(BNE000340)
覇界闘士
大御堂 彩花(BNE000609)
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
ナイトクリーク
佐々木・悠子(BNE002677)
ナイトクリーク
フィネ・ファインベル(BNE003302)
プロアデプト
プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)
ダークナイト
フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)
ホーリーメイガス
宇賀神・遥紀(BNE003750)


 ふと見上げた空は、嫌味なほど青く晴れていた。
 休日の午後、家族揃って出かけている家が多いのか、人通りは思ったよりも少ない。 
 誰にも見咎められることなく、八人のリベリスタは目指す家の敷地に侵入した。すかさず、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が強力な結界を展開して人払いを行う。
 この家の中には、神秘の悪戯でE・ビーストに成り果てた猫と、その手にかかった一家四人のE・アンデッドがいるはずだった。  
「革醒してしまったがために起こった悲劇、か。望んでこうなったわけじゃないのに……」
 『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の呟きを聞いて、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が「革醒さえしなければ、なんて今回に限った話じゃないわ」と口を開く。
「この手の不条理は嘆くだけ無駄、『もしも』なんか無い。
 いつか、この不条理を覆す手段が見つかるのかもしれないけど、それは今回のには間に合わなかったんだから」
 一家の命は奪われ、猫が望む幸せは既に失われた。
 出来ることといえば、彼らを速やかに討ち、ともに眠らせてやることだけ。
「――だからせめて、不安を抱かせる前に終わらせましょ」 
 猫が、幸せの終わりを悟ってしまう前に。
 未明の言葉に頷いた『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が、玄関のドアノブにそっと触れる。かちり、と鍵が外れる音がすると同時に、彼女はドアを開けた。
 
 ずっと閉め切られていたためか、家の中の空気は重く淀んでいる。
 そこに足を踏み入れた『熱血クールビューティー』佐々木・悠子(BNE002677)は、どこか苛立ちに似た感情をおぼえていた。自分にも正体が掴めないそれを覆い隠し、彼女は鋭い視線を廊下の先――リビングに続くドアへと向ける。
 リベリスタ達はドアの前まで慎重に歩を進めると、一斉に自らの力を高めた。
 流れる水の如き攻防自在の構えを取る『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)の傍らで、『八咫烏』宇賀神・遥紀(BNE003750)が体内の魔力を活性化させる。彼は熱源を探ってリビングの中にいる猫の位置を掴もうとしたが、厚い壁に遮られて上手くいかなかった。
 脳の伝達処理を高めた『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が、ドアの横に身を寄せる。
「さて、俺は動物に好かれない性質なのだがな」
 彼はそう呟くと、ドアを僅かに開けて神秘の閃光弾を投げ入れた。
 
 眩い輝きとともに、轟音が響く。
 直後、ドアを開け放ったリベリスタ達はリビングに突入した。


 オーウェンの閃光弾により、四体いたE・アンデッドの半数――母親と少女――が動きを封じられていた。
 リビングに飛び込んだフィネが、隅で伸びをする巨大な茶トラ猫を目の当たりにして思わず呟きを漏らす。「茶トラは大きくなる傾向と、聞きますが、これは……っ」
 日に当たってオレンジ色にも見える毛並みは、いかにも柔らかく手触りが良さそうで。
 フィネはそわそわする気持ちを抑えつつ、ソファの陰から赤き月を召喚する。
 
 ――にぁ?

 不吉を告げる輝きに照らされた猫が、どこか気の抜けた鳴き声を発した。
 疾風の如き速力をもって猫に接近した彩花が、両腕を覆う“White Fang”に雷撃を纏わせてさらに踏み込む。迅雷の拳が、近くに立っていた少年のE・アンデッドもろとも猫を打った。
 直後、瞳を輝かせた猫が彩花に襲いかかる。家族を傷つけられて怒っているというよりは、遊び相手を見つけて喜んでいるような動きだった。飼い主一家に危害を加える人間を敵対視するはず――という予測は半分外れたが、ブロック役として好都合なことには変わりはない。
 無邪気にじゃれつく猫の爪が、甘噛みのつもりでいる牙が、彩花を傷つける。
 ライオン並みの巨体が動くたび、絨毯越しに大きな振動が伝わってきた。
「この状態を『可愛い』って言えるかは疑問だけど……
 見た目まで完全バケモンになってくれてた方が、もっとやり易かったかな」
 全身からオーラの糸を伸ばすプレインフェザーが、ぽつりと口を開く。
 スケールの違いはあれど、E・ビーストの動きや仕草はやんちゃな猫そのものだ。
「――ま、事情はどうあれ敵は敵。仕事はキッチリこなすぜ」
 その言葉を裏切ることなく、彼女の気糸はE・アンデッド達を正確に撃ち貫く。
 大きくよろめいた少年のE・アンデッドに肉迫した悠子が、オーラの爆弾をその胸元に埋め込んだ。 
 炸裂した死の爆弾に全身を砕かれ、少年が床に崩れ落ちる。
 
 瞬く間に敵の一体を倒したリベリスタ達は、その勢いのままE・アンデッドに攻撃を加えていった。
 肉体の枷を外した未明が残像を伴う斬撃を浴びせ、大振りの太刀を赤く染めたフランシスカがそれを追い打つ。ドアを遮蔽物として利用できるよう入口に陣取った遥紀が、癒しの微風で彩花の傷を塞いだ。
 閃光弾の影響を免れた父親のE・アンデッドが、前に立つフランシスカに手を伸ばす。冷たい掌が首筋に触れると同時に、強い痺れを伴う衝撃が体内を駆け巡った。
 麻痺に陥ったフランシスカを回復するべく、フィネが神々しい光をリビングに輝かせる。ソファから顔を出した彼女は、全力で彩花にじゃれつく猫を見て一瞬寂しげな表情を浮かべた。回復を担う自分は猫の死角にいなければならないと、そう理解はしているのだが。
 
「神秘の毒牙に肉体は脅かされても精神は侵されないだなんて、随分と残酷な話ですね」
 両腕でガードを固め、ガントレットの装甲で猫の攻撃を防ぐ彩花が、そっと呟く。 
 体格も、身に帯びた爪も牙も、もはや普通の猫から大きくかけ離れてしまったというのに。
 彩花を見つめる猫の瞳は、無垢で無邪気な飼い猫のそれと何も変わりがない。
「――こんな事なら、気の狂ったフィクサードを手に掛けるほうがずっと気が楽です」
 苦い声とともに、冷気を纏う拳が猫の胴に打ち込まれた。

「ヘリックスの回復は俺が」
 室内のフィネに声をかけ、遥紀がフランシスカに癒しの微風を届ける。彼の回復で力を取り戻したフランシスカは、赤き魔具と化した大太刀を振るってE・アンデッドの血を啜った。

 閃光弾に目と耳を封じられていた残りの二体が、ぞろりと動き出す。リビングの壁を抜け、仲間達とは別の方向から敵に接近したオーウェンが、手にした「Rule-Maker」の光刃を閃かせた。
「さて、家族喧嘩の時間である」
 敵の能力、行動パターンの全てを完璧に解析し尽す彼の頭脳が、攻撃の最善手を瞬時に導き出す。
 先読みから繰り出された連続突きが母親のE・アンデッドを巧みに翻弄し、その思考を混乱に陥れた。
 狂ったような叫び声を上げて、母親が両腕で父親に掴みかかる。
 同士討ちになった夫婦の脇をすり抜けた悠子が、破滅をもたらす黒き影で幼い少女の足を払った。

「全員終わらせてやるよ。これからはここじゃない所で、家族皆仲良く暮らしな」

 好機と見たプレインフェザーが、猫を含む全ての敵を狙って気糸を放つ。
 煌くオーラの糸が父親とその娘の左胸を貫き、仮初の命を刈り取った。
 リビングの床を蹴った未明が、ただ一人残った母親目掛けて跳ぶ。

「――できれば、あの子の事はあまり怒らないでやって頂戴ね」

 悪気なく一家を手にかけてしまった猫に罪が無いとは言わない。
 けれど。猫を家族だと思うのなら、最後は許してあげて欲しいと――未明は願う。 
 直後、空中から振り下ろされた剣が、母親を打ち倒した。


 彩花との遊びに熱中していた猫が、ようやく異変に気付く。
 さっきまで立って動いていたはずの家族は、今や全員が床に伏していた。

 ――なぁん……。

 これまでと明らかに異なる雰囲気を感じ取り、彩花が猫に組み付こうと動く。
(きっとわたくし達との事も、飼い主と自分を理由なく迫害されたとしか思わないのでしょうね)
 猫にとっては、事実その通りなのだろう。
 リベリスタとしての任務を方便にはできないと、彼女も承知していた。
 
 ――なぁーん、なぁーん……ぅなぁ―――――……っ!!

 家族を呼ぶ猫の鳴き声が、リベリスタ達の脳裏に直接響く。
 それは聞く者の魂を揺さぶり、同時に肉体をも蝕む呪いの慟哭。
 彩花が自分の身をもって猫の視界を遮ったものの、それでも全てを防ぎきることは不可能だった。
 E・アンデッドが全滅した瞬間から大技に備えていたオーウェンとプレインフェザーが、回復の要たる遥紀とフィネを咄嗟に庇う。直撃を受けたフランシスカが、今にも力尽きそうな体を己の運命で支えた。

「これが我らの生命線であるのでな……喰らわせる訳には……!」
 辛うじて魅了を免れたオーウェンが、猫に向き直りながら低く声を放つ。その背を見た遥紀は、神聖なる光を輝かせて仲間達の魅了を打ち払った。男子たる自分が庇われるのは若干複雑だが、今は己の役割をまっとうするまで。続いてフィネが天使の歌声を響かせ、全員の傷を癒す。二人の回復役を守り抜いたリベリスタ達は、態勢を立て直すとすかさず反撃に移った。
 
 長い黒髪を靡かせ、悠子が駆ける。両手に構えたカタール“紅死連”の剣身が閃くと同時に、破滅の黒きオーラが猫を襲った。癒しを拒む呪いが駆け巡り、猫の自己再生能力を封じ込める。
「起こってしまった以上は、終わらせないといけないよね」
 自分に言い聞かせるように呟いたフランシスカが、赤く染め抜いた太刀で猫に一撃を見舞った。 
 切り裂かれた傷口から鮮血が溢れ、オレンジに近い茶の毛並みを汚していく。
 短く悲鳴のような声を漏らした猫は、身を深く沈めると、勢い良く床を蹴って高く跳躍した。
 どすんとソファの上に降り立ち、その付近にいたフィネとプレインフェザーを衝撃に巻き込む。

「もっ、もう無理っ。にゃー!」

 猫を間近に見てとうとう我慢できなくなったフィネが、必死になってすり寄ってくる猫を両腕で受け止めた。腕越しに伝わる温もりも、甘えるような仕草も、切ないほど猫のままで。

(変わってしまったことも、その手で壊してしまった自覚も、ないのです、ね)

 こうなる前に止めてあげられなかったのが、ひどく悲しい。
 自身のダメージも、服が猫の血で汚れることも厭わずに、フィネは全力で抱き返す。命尽きた家族の姿を、猫に見せないように。

 ――せめて、これ以上の悲劇、背負わせる前に。終わらせて、あげましょう。

 フィネのダメージを見てとったオーウェンが、追い打ちを防ごうと壁にかけてあった時計を投げつける。
 がしゃん、という音に反応して顔を上げた猫の鼻先に、未明が剣を向けた。

「ほらおいで、眠くなるまで沢山遊びましょ?」

 剣先を巧みに動かし、猫の興味を惹きつける。
 それに釣られた猫が駆けてきたところに、未明は全身のエネルギーを込めて剣を一閃させた。
 壁に叩き付けられた猫に、プレインフェザーの気糸が迫る。
「ちょっとイタズラが過ぎたみてえじゃん?
 お前のカワイさでこれ以上の犠牲者が出る前に、躾させてもらうぜ」
 オーラの糸が猫の足を射抜き、そのスピードを封じた。

 ――うなぁ……。

 まるで亡き家族に助けを求めるような、猫の鳴き声。
 癒しの微風をフィネに届ける遥紀が、左右で色の異なる紅蒼の双眸を僅かに翳らせた。

「コレもまた、崩界が引き起こした悲劇か……
 無垢な猫と暖かい家族、歪められて良かった筈など無いんだ」

 上位世界から流れ込む神秘の力は、気紛れに残酷に、最下層(ボトム・チャンネル)を侵食する。
 平穏な日常、ささやかな幸せすらも、ある日突然に奪い去っていく。
 リベリスタとて、それらを全て防げるわけではない。 

 革醒した飼い猫の手にかかり、骸と化したこの一家のように。
 あるいは、自覚のないまま彼らを死に追いやってしまったこの猫のように。
 これからも、神秘に運命を狂わされるものは後を絶たないのだろう。

「貴方達の痛みは全て引き受ける……せめて、優しい終焉を」

 祈りに似た遥紀の囁きが、彼の唇から漏れる。
 終わりの時は、確実に近付いていた。


 白き牙の名を冠した手甲が、凍える冷気を纏って猫の胴に吸い込まれる。
 彩花の拳で猫が凍りついた瞬間、大きく踏み込んだ悠子が心臓を狙って死の爆弾を炸裂させた。
 爆風で自らも傷つきながら、悠子は悲しげに鳴くか細い猫の声を聞く。 
 胸に大きく穿たれた傷をオーウェンの気糸が貫き通した時――戦いは、静かに幕を下ろした。


 どう、と大きな音を立てて、猫が横向きに倒れる。
 流れる血が、絨毯を見る間に赤く染めていった。

 背の黒い翼を羽ばたかせ、ふわりと舞い降りたフィネが猫の前に腰を下ろす。
「たくさん遊んで疲れたから、今日はねんねです、ね」 
 そう言って、フィネは手招きするように自分の膝をぽんと叩いた。
 いつも猫を膝に乗せていた母親は、先に眠っているから。

 猫が、震える前足を伸ばしてフィネの膝に触れる。
 大量の血を流したためか、温もりは急速に失われつつあった。
 そっと猫に歩み寄った未明が、その頭を優しく撫でる。

「さぁ皆と一緒にお昼寝しましょ。――いい子でおやすみ、起きたらご飯を貰いなさいね」

 彼女の言葉を聞いて、猫はゆっくりと瞼を閉じた。
 そうか。もう、お昼寝の時間なんだ。みんな、よく眠っているだけなんだ――。

 そのまま、猫は息絶えた。
 膝に置かれた前足を両手で包み込んだフィネが、おやすみにゃさい、と囁く。
 遥紀が、黙って天を仰いだ。

「――別に、辛くないわけじゃないのよ」
 ぽつりと呟いた未明に、オーウェンが頷きを返す。
「ミメイ……久々のデート先がこれになったのは、申し訳なく思うな」
 苦笑いとともに紡がれた言葉には、最愛の恋人を気遣う彼の想いが込められていた。


「猫に悪気はなかったんだろうけど……なんだろうね。微妙にやりきれないと言うか」
 溜め息交じりに言うフランシスカに、彩花が答える。
「度の過ぎた無垢は時に何よりも残酷なものです」
 彼女の視線は、まっすぐ猫へと向けられていた。

(……そうだ……同じなんだ、この子も……)

 黙ったまま猫を見つめていた悠子は、ずっと胸に秘めていた想いの正体を唐突に悟る。
 自分のことを何も知らずに、大事な人を傷つけて。
 それなのに、のうのうと普通に過ごして――過ごそうとして。

(バカみたい、そんなことできるわけないのに……もう戻れないのに……。
 本当に、最低……私は……ずっと私に、こうしたかったんだ……)

 無意識に握り締めた悠子の拳は、微かに震えていた。


 とりあえず帰ろう、と撤収を促すフランシスカに、プレインフェザーが少し待ってくれ、と口を開く。
 彼女の手には、戦いの中で抜け落ちた猫の毛が握られていた。
「大好きな家族と過ごした家だろ。殺したのは許されねえけど、悪気は無かったっぽいし」
 体の一部だけでも、家の敷地内に埋めてやりたい――そんな彼女の願いに、異を唱える者はいない。
 午後の日差しを浴びた茶色の毛が、プレインフェザーの手の中でオレンジ色に輝いていた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「……お疲れさん、全員無事で何よりだ。ゆっくり体を休めてくれ」

 猫は大好きなのですが、こういったシナリオを躊躇なく出してしまうあたり、どうにも自分が猫好きの風上に置けない人間に思えます……。 
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。