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Phantom Pain――在らざる腕の痛み


 ふと小腹が空いて、近所のコンビニに買い物に出かけたはずだった。
 立ち読みをして、菓子と飲み物を買って。コンビニを出た後の記憶が、どうにも判然としない。
 気がついた時には、この“痛み”に支配されていた。

 ――痛い。

 肩の付け根から指先にかけて、左腕が激しく痛む。
 腕全体に強い電気を流され、さらに万力で締め付けられるような痛み。
 
 不思議なのは、その左腕がどこにも見当たらないこと。
 おかしい。こんなに痛いのに、一体どこに落としてしまったのか。 

 ――おれの腕……おれの腕は、どこだ。

 目の前を、黒い猫が横切る。
 咄嗟に“腕”を伸ばして、その左の前脚を掴んだ。
 とにかく左腕だ。左の腕さえあれば、この痛みも消えるはず――。
 
 黒猫の前脚を掴んだ“腕”に力を込め、強くねじる。
 ぶちりという音とともに、獣の絶叫が響いた。


「今回の任務はノーフェイスとE・アンデッドの撃破だ。
 現場は深夜の住宅街になるから、あまり騒ぎを大きくすると近隣に気付かれる可能性がある。
 まず、そこは注意しておいてくれ」
 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は集まったリベリスタ達にそう言って説明を始めた。
「ノーフェイスは高校生の少年で、左腕が付け根から無い。
 事故か事件か……詳しい状況はわからんが、左腕を失った拍子に革醒したらしい」
 少年は左腕を失ったショックに加え、革醒の影響で精神に変調をきたしているという。

「――幻肢痛、っていうのかな。
 失ったはずの腕が発する痛みに苛まれて、まともに物が考えられなくなってるんだ。
 何とかして痛みから逃れようと、他の生き物を殺してその左腕を奪おうとする」

 今のところ、ノーフェイスの犠牲になったのは野良犬や野良猫だけだが、人がその手にかかる日も遠くはないだろう。そうなる前に、ノーフェイスを倒さねばならない。
「戦いになれば、ノーフェイスは左肩から幻の腕を生やして攻撃してくる。
 さらに、殺された犬や猫もE・アンデッドとして加勢するから、そっちの対処も考える必要があるな」
 革醒してまだ間もないとはいえ、その力は決して侮って良いものではない。
 くれぐれも油断はしないでくれと、数史はリベリスタ達に念を押す。
「……残念ながら、ノーフェイスの少年がフェイトを得られる可能性はゼロに近い。
 せめて、これ以上の犠牲者が出る前に、皆の手で幕を引いてほしい」
 沈痛な面持ちで視線を伏せると、数史は「どうかよろしく頼む」と頭を下げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月04日(金)00:09
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。
 
●成功条件
 ノーフェイス、ならびにE・アンデッド2体の撃破。
 
●敵
 左腕の無いノーフェイスと、ノーフェイスに殺害された犬と猫のE・アンデッド。
 E・アンデッドはいずれも左の前脚が欠損しており、後脚のみで二足歩行を行います。

■ノーフェイス
 左腕が肩の付け根から失われている高校生の少年です。
 速度とダブルアクション、ウィルパワーに特に優れており、ほぼ全てのターンで二回行動を行います。 

 【幻の腕】→神遠単[弱点][必殺]/クリティカル補正高
   左肩から幻の腕を長く伸ばし、対象一体を強烈に打ち据えます。
 【幻の痛み】→神遠全[致命][ブレイク]
   自分を中心に激しく火花を散らし、全ての敵を攻撃すると同時に左腕に激痛を与えます。
   (左腕が義手であっても同様に痛みを感じます)
 【おれの腕はどこだ】→神遠複[弱点][無力][HP回復]
   複数対象の左腕を狙い、何本もの幻の腕を同時に伸ばして攻撃を加えます。

  ※『暗視』『麻痺無効』『呪い無効』のスキルと同等の能力を所持
   
■E・アンデッド(犬)
 【噛み付き】→物近単[弱点][致命]
   対象一体に接近し、牙で噛み付きます。
 【麻痺咆哮】→神遠単[麻痺]
   咆哮を響かせ、対象一体の全身を痺れさせて動きを封じます。

  ※『暗視』『麻痺無効』のスキルと同等の能力を所持

■E・アンデッド(猫)
 【引っ掻き】→物遠単[出血]
   驚異的な跳躍力で対象一体に飛び掛り、鋭い爪で攻撃します。
 【猫の瞳】→神遠単[石化]
   呪いの篭った視線で対象一体を石に変えます。

  ※『暗視』『呪い無効』のスキルと同等の能力を所持
 
●戦場
 深夜の住宅街。
 人通りはほとんどありませんが、騒ぎを大きくした場合は近隣に気付かれる可能性があります。
 街灯はありますが、薄暗いため照明は必要です。
 

 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
インヤンマスター
高木・京一(BNE003179)
クロスイージス
高藤 奈々子(BNE003304)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)
ダークナイト
一条・玄弥(BNE003422)
ホーリーメイガス
御厨・忌避(BNE003590)


 ブリーフィングを終えて出発しようとした『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)を、数史が呼び止めた。
「……ああ、良かった。何とか間に合ったか」
 急いで走ってきたのか、肩で息をしている。彼は軽く呼吸を整えた後、奈々子に依頼されていた調査の結果――ノーフェイスの少年が左腕を失った理由を告げた。
「結論から言うと、事故や一般人による犯罪の結果じゃあない。
 『万華鏡』でも断片的にしか視えなかったが、神秘に関わる『何か』に腕をもぎ取られたのは確実だろう。
 エリューションかアザーバイドか、フィクサードか……そこまでは判然としないが」
 黒翼のフォーチュナから得た情報を、奈々子は記憶に留める。
「わかったわ、ありがとう」
「この程度しか掴めなくて悪いな。どうか気をつけて行ってきてくれ」


 夜更けの住宅街は、しんと静まり返っていた。
 耳を澄ませば寝息が聞こえるのではないか、とすら思える静寂の中、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が懐中電灯のスイッチを入れる。同じく、懐中電灯を点灯して腰に吊るした『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が、一帯に人払いの結界を展開した。人や車が通る気配はないが、なにしろ住宅街の真ん中である。
「ホント、何が人生の分水嶺となるのかってのは判らねぇものだよなぁ」
 少しでも広範囲をカバーできるよう、仲間達と手分けして結界を張る『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、そう言って己の義手と、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)を一瞥した。その視線を知ってか知らでか、結界を展開した隻腕の戦姫は振り向くことなく周囲を警戒している。
(一寸先はまさに闇、まぁそれはそれでどう捉えるかだろうがな)
 火のついた煙草を揉み消しつつ、烏は薄く紫煙を吐いた。

「失われた左腕を求めて彷徨うノーフェイスというところでしょうか」
「腕が無くて、探してて。その執着、愛だね! 愛だよね! 愛しかないね!」
 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)の言葉に、『愛に生きる乙女』御厨・忌避(BNE003590)が勢いよく頷く。直後、「うん? 何か違う気もするけど……」と首を傾げた忌避をよそに、京一はさらに続けた。
「腕を無くされたことに対して同情の余地はありますが、
 かといってそのために他者から奪い取ろうとするのは看過できませんね」
 左腕を失って革醒し、心に変調をきたした少年。
 既に、不運な野良犬と野良猫が彼の手にかかっている。その矛先が人に向けられるのも時間の問題だろう。
 夜目が利く『√3』一条・玄弥(BNE003422)が、周囲を見回しながら口を開いた。
「幻肢たぁこれまた、未練、未練、未練でさなぁ――」
 失った事を認められず、既に無いはずの四肢をまだあるかのように感じる現象。在らざる腕の、喪失の痛み。
「あっしはこういう未練たらっしいのは嫌いじゃぁありやせん。
 強欲にして強突張りの業の深い話やからなぁ」
 くけけっ、と独特の含み笑いを漏らした玄弥の視界に、道の向こうから近付いて来るノーフェイスの少年と、二本の後足で歩く犬猫の姿が映る。
 幸い、こちらにはまだ気付いていないようだ。
 戦いを仕掛けるべく、リベリスタ達は一斉に動き出す。


「あ……腕……おれの……腕」
 接近するリベリスタ達に気付いた少年は、虚ろな瞳で彼らの左腕を見た。
 直後、自らの左肩を押さえ、痛みに顔を歪める。
 少年を中心に青白い火花が散ると同時に、激痛がリベリスタ達の左腕を襲った。
 続けて、少年の左肩から半透明の腕が何本も伸びる。執拗に左腕を狙うそれを掻い潜って犬に接近した玄弥が、生み出した漆黒の闇を無形の武具として身に纏った。
 彼の後を追うように駆けたアンジェリカが、素早く猫の死角に回り込む。彼女の全身から放たれたオーラの糸が、二本の後足で直立する猫をがんじがらめに絡め取った。
 喉元を狙って噛み付こうとする犬を、玄弥の爪が払いのける。射程ギリギリに敵を捉えた烏が、愛用の村田式散弾銃“二四式・改”を構えた。
「まずは雑魚の露払い、ってな」
 銃口から吐き出された弾丸が、犬の後足を抉る。京一が小さな翼の加護を与えると同時に、犬に接近したシビリズが防御のオーラに身を包んだ。

 先行する仲間達の反対側から回り込むようにして、奈々子、忌避、舞姫の三人が動く。
 道幅の問題で少年の四方に散開するのは現状では難しいが、二方向から攻めるのは充分に可能だ。回復役が少年を挟んで反対の位置につけば、同時に攻撃を受けることもない。
 後衛の位置についた忌避が、左の前脚を奪われた犬や猫の無惨な姿を金色の瞳に映した。
(小さな命奪ってたのは、駄目だよ、許さないよ。
 ――たとえ人の命だろうと、犬猫の命だろうと同じ命なんだから!)
 それを手にかける存在に成り果てた以上、リベリスタとして討たねばならない。
「アーク、リベリスタ。その名において討伐します!」 
 忌避の声とともに、清らかな福音が戦場に響く。しかし、癒しを拒む呪いに阻まれ、ほぼ半数の仲間に回復が届かない。 
「貴方の未練はそこまで。世界の守護者の一員として、貴方を討つ!」 
 少年の左手側に駆けた奈々子が、彼の肩越しに犬を狙ってリボルバーを撃つ。振り向いた少年に向けて、舞姫が己の左腕を示した。
「あなたの左腕は、ここです……」
「……おれの、腕」
 食い入るように左腕を見つめるノーフェイスの眼前で、舞姫はさらにセーラー服の右袖を捲る。
 右上腕の半ばから失われた腕が、少年の虚ろな瞳に映った。
「右腕も……、頂戴します」

 ――あなたとわたし、二人。右腕と左腕が一本ずつ。浅ましく奪い合いましょう?

 舞姫の挑発を受けて、少年の口から呻くような声が漏れる。
「あぁ……腕だ……おれの、腕っ……!」
 幻の腕が凄まじい勢いで伸び、舞姫に襲い掛かった。彼女の肩を守る漆黒の大袖が、強烈な一撃を弾く。
 少年は苛立ったように腕の数を増やすと、奈々子や忌避も巻き込んで激しい攻撃を加えた。

 気糸を振りほどいた猫の頭を、アンジェリカが破滅の黒いオーラで打ち据える。対する猫は、常に死角に回り込む彼女の動きに対応しきれず、呪いの視線を向けることができずにいた。
 玄弥の放った暗黒の瘴気が、全ての敵を巻き込んでその身を蝕む。直後、響き渡った犬の咆哮がシビリズの全身を痺れさせて彼の動きを封じた。
 開いた犬の口を目掛けて、烏がすかさず散弾を叩き込む。シビリズが麻痺に陥ったのを見た奈々子は、神々しい光を戦場に輝かせた。
「気を確かに! あなたの腕はそこにあるわ!」
 幻の腕に力を奪われ、自らの左腕を押さえる忌避に向けて、肩越しに声をかける。
 奈々子に頷き、顔を上げた忌避は、再び天使の歌を響かせた。
 全員が状態異常から立ち直ったのを確認した後、京一が印を結んで防御結界を展開する。身体能力のギアを大きく高めた舞姫が、黒曜石の輝きを放つ小脇差に冷気を纏わせて少年に打ちかかった。
 彼女の目的は、少年の敵意を自分に集め、仲間達に向かう攻撃を少しでも減らすこと。
 状態異常も、痛打も、直撃さえしなければどうとでもなる。そう言えるだけの回避能力を、この隻腕の戦姫は備えていた。
 
 舞姫が少年の気を惹く間に、残りのメンバーは犬に集中攻撃を加える。二足歩行を担う後足を烏の射撃で傷つけられた犬は、次第に追い詰められていった。
 シビリズが、全身の膂力を込めた槍を繰り出し、犬の胴を貫く。攻撃役として前に立ちながらも、彼は常に仲間達の様子に気を配り、必要な時に状態異常の回復を行えるよう心掛けていた。シビリズを含め、ブレイクフィアーの使い手は三名。この全員が同時に動きを封じられない限り、麻痺や石化で流れが傾くことはありえない。  
「そろそろ犬っころも退場せぇやぁ!」
 玄弥が、両腕の“金色夜叉”を赤く染めて声を張り上げる。
 守銭奴の強欲を秘めたその爪先が、犬の血を啜ると同時にその身を引き裂いた。 
 犬の撃破を確認した奈々子が、猫を狙って十字の光を放つ。怒り狂った猫は奈々子を睨み、彼女の身を石に変えたが、その反撃も長くは続かない。
 仲間達の攻撃を受け、瞬く間に弱っていく猫の側面から、アンジェリカが黒き影のオーラを伸ばす。
 頭部を強かに打たれた猫は、地面に崩れ落ちるとそれきり動かなくなった。


 E・アンデッドが二体とも倒れ、残るはノーフェイスの少年のみ。
 自分を囲むように動くリベリスタ達をぐるりと見回し、彼は立て続けに火花を撒き散らした。
 神経に直接絡みつくような激痛が、リベリスタ達の左腕を苛む。
「これが貴方の痛みなんだね……。でもこんな事をしても、もう貴方の腕は戻らないんだ……」
 自分の腕をそっと押さえ、アンジェリカが囁くように少年に語りかけた。
「何かの歌にあったがな――」
 灼熱を伴う腕の痛みに耐えながら距離を詰める烏が、そう呟いて“二四式・改”の銃口を向ける。放たれた散弾が少年の脚を正確に射抜くと同時に、京一のブレイクフィアーが仲間達の痛みを消し去った。

「痛い……腕が、痛い……。おれの腕……腕さえ、あれば」
「腕が無いのが苦しいか。
 ならば良かろう。貴様のその『左腕』に対する痛みはなんとかしてやる」
 
 うわ言のように繰り返す少年の退路を塞ぎつつ、シビリズが声をかける。
 こちらを向いた少年の虚ろな瞳を見据え、彼は迷わず言葉を紡いだ。

「案ずるな、嘘はつかん。苦しみは取り除いてやるともさ。
 ――ただし、助けてはやれんがね」

 神聖なる力を秘めたシビリズの槍が、“幻の腕”をもぎ取る勢いで少年の左肩を穿つ。
 びくりと身を震わせた少年は、その直後、絶叫を上げた。

「あ、ああああああああ……ッ!!」

 左肩を押さえ、少年は痛みに身をよじらせる。
 彼は手当たり次第に幻の腕を伸ばし、目に映るリベリスタ達を片端から狙いにかかった。
 前衛たちの隙間を縫って放たれた腕の一本が、後方にいた忌避を掴む。
 全てを握り潰す強烈な一撃が、彼女の左腕を肩の骨ごと砕いた。
 歪に骨が飛び出した左の肩から、赤い血がとめどなく溢れる。

「……たとえ殺されても、きっとリベリスタなら!」
 激痛に遠のく意識を、忌避は己の運命を犠牲にして繋ぎ止めた。 
 幻の腕が伸びきったタイミングを狙い、玄弥が両手の“金色夜叉”を繰り出す。
「認められぬものがあるてめぇにはまけんよ――
 てめぇの痛みと違って、こっちとらの痛みは本物でさぁ!」
 赤く染まった爪先が、少年の脇腹を深く抉った。 

「貴方の左腕を奪ったのは私……この腕取り戻せるものなら取り戻してみなさい!」

 深手を負った忌避を見た奈々子が、少年を挑発すると同時に十字の光を放つ。
「おれの腕……おれの……ッ!!」
 少年の血走った目を、彼女は真っ向から受け止めた。
 失くした物を求めるのは人として自然なこと。そういった思いを抱くのは仕方がない。
 ――でも、だからといって。それを他者から奪い取る行為が許されるわけではない。

「失うことの痛みと苦しみ……、わたしもそうでした」
 少年の前に立つ舞姫が、自らの過去を思い起こしながら低く呟く。
 エリューションとの戦いで失われた右目と右腕。 
 それは未熟を戒める傷痕であり、人を守り抜く信念の証でもあった。

(彼とわたしの違いは、運命の悪戯。たったそれだけの紙一重――)

 運命の加護を得られなかった少年に向けて、舞姫は“黒曜”を繰り出す。
 冷気を纏った一尺二寸の黒刃が少年の身を貫き、彼の身をたちまち凍りつかせた。


 動きを封じられた少年に、アンジェリカが駆ける。
「貴方は世界から見捨てられた……。だからボクは、ボク達は貴方を殺さないといけない……」
 素早く間合いを詰めた彼女は、少年の懐に潜り込んでオーラの爆弾を炸裂させた。
 爆風に重なるようにして、痛みに呻き続ける少年の声が響く。

「理不尽だと思う……。憎んでも、恨んでも構わない……。
 だけど貴方の存在を許すわけにはいかないんだ……!」

 言葉が届いているかはわからない。届いていたとしたら、それはそれで残酷だとも思う。
 でも、アンジェリカは少年を騙したくなかった。甘い言葉を並べて彼を討つのを、良しとしなかった。
 少年が生きるために全力を尽くし、腕を求めているのなら。そうする権利は、彼にあるはずだから。
 リベリスタとして、それを阻止しなくてはならないのだとしても。

「てめぇが失ったもんは腕やあらへん。自身であり自信や」
 凍り付いたままもがく少年の後ろに回り込んだ玄弥が、その背を赤い爪で切り裂く。
 少年に肉迫した烏が、“二四式・改”の先端から伸びる銃剣を左肩に突き入れた。
「お前さんやらなきゃいけない事が別にあるよなぁ。取り戻すべきだよな、己と自分の腕とをよ」
 コイツで目ぇ覚ませや、少年君――と、彼は引き金を絞る。
 至近距離から散弾を浴びて、少年の体が大きく揺らいだ。

「あ……あッ……!!」

 仮に、少年が己の心を取り戻し、フェイトを得られる可能性があったとするなら。
 おそらくは、これが最後のチャンスだったのだろう。
 しかし、世界はどこまでもこの少年に残酷だった。
 壊れた心が元に戻ることは決してなく、運命は彼に微笑まない。 
 ――審判は、既に下された。

「どうしても、殺しちゃうのなら、ここで。さいご!」
 呪いの言葉を吐くが如く己の痛みを訴え続ける少年に、忌避が魔力の矢を射る。
 京一が鴉の式神を放ち、そこに追い撃ちを加えた。
「私は同情すれど、それとは別に戦うことに対しては遠慮をしませんので。
 守るべきものが有ればこそ、戦うのです」
 だから、彼は揺らがない。ノーフェイスを討つことを、躊躇いはしない。
 一切の感情を排した仮面に秘めしは、大切なものを守るための決意。

 もはや、終わりは近い。 
 聖なる力を帯びた槍を構え、シビリズが渾身の一撃を少年に繰り出す。
「私はデウス・エクス・マキナでは無い。
 だが貴様の幕は我々が引いてやる。痛みを知らぬ所へ、行くが良い」
 
 絶対的な救いをもたらす機械仕掛けの神など、どこにもいない。
 リベリスタ達に出来るのは、ただ、少年の命を絶つことだけ。

「うでだ……おれの腕を、よこせ……ッ!!」

 身を縛る氷を砕いて、少年が叫ぶ。
 彼が攻撃に転じるより先に、舞姫が動いた。 

「――ごめんなさい、わたしはあなたという存在を消し去ります」

 囁くように、彼女は少年へと詫びる。
 冷気を纏った“黒曜”の刃が、ノーフェイスの心臓を貫いた。
 

 崩れ落ちた少年に、奈々子がゆっくりと歩み寄る。
 まだ、彼には微かに息があった。
「理不尽よね、辛いわよね――」
 革醒により人の顔を失い、恩義を受けた組織をも後に失った彼女には、少年の苦しみが解る。
 奪われたのは片腕だけではない。
 平穏な日常も、彼自身の心も、儚く零れ落ちていってしまった。 

「義によって貴方を討ったわ。私の名は高藤奈々子。貴方は?」 

 少年の傍らに膝をつき、奈々子は彼に問いかける。
 彼女に向けられた少年の瞳は、既に焦点を結んでいなかった。

「な、まえ……?」

 ひたすらに痛みを訴え、腕を求めるばかりだった少年の唇が、初めて別の言葉を紡ぐ。
 闇に閉ざされていく意識の中で、彼は自らの名を思い出そうとした。
 
 ――名前。おれの名前……なんだったっけ。

 ようやく思い出したそれを、少年は掠れる声で告げる。
 痛みは、もう感じない。
 彼はゆっくりと目を閉じると、一つ息を吐き、永遠の眠りについた。


 少年の死を見届けた舞姫が、左腕をもがれた傷痕を布で覆い隠す。
 彼が倒れた拍子にポケットから零れ落ちた携帯電話を、アンジェリカがそっと拾い上げた。腕を失った原因を掴めたらと、彼女はサイレントメモリーでそれが持つ記憶を読む。

 感じ取れたのは、夜の街を彷徨い続けた少年の苦しみと痛み。
 彼の腕を奪った何者かの手がかりは、得ることができなかった。

 小さく溜め息を吐き、アンジェリカは少年に視線を戻す。
 死をもって痛みから解き放たれた彼の死に顔は、安らかにも見えた。 
 少年にとって、それは僅かな救いになりえたのだろうか――。
 

「あまり長居すると近隣の住民に気付かれるかもしれん。そろそろ撤収するべきだろう」
 撤収を促すシビリズに、京一が頷く。
 結界といえど万能ではない。戦闘中の音や叫び声などを聞きつけた住人が外に出てくる可能性はゼロとはいえなかった。
「仕事はここまでだが、何が原因で今に至ったのか、早急に原因を掴まないと後々厄介そうだわなぁ」
 懐から取り出した煙草に火を点け、烏が呟く。
 それを聞いたリベリスタ達は、それぞれに思いを巡らせた。
 今考えても仕方のないことだが――もしかしたら、また同様の事件が起こるのかもしれない。 

「無くして、無くして、無くしてもそれで嘆いてる暇なんぞありはしやせん――」

 誰に向けるともなく発せられた玄弥の言葉。
 舞姫が、上腕の半ばから失われた自らの右腕に手を伸ばす。

「嗚呼、今夜は酷く右腕が痛い……」

 微かな呟きは夜気に紛れ、そして消えていった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「……お疲れさん。腕を奪った奴については、こっちでも調べてみるよ。
   今日のところはゆっくり休んでくれ、怪我した面子はお大事にな」

 戦闘については回復面で認識の食い違いが見られ、致命の影響も含めて回復が追いつかなくなる危険がありました。戦闘不能者多数とならなかったのは、陣形が上手く機能し、序盤から中盤において少年の攻撃目標をある程度誘導できたことが大きかったと思います。

 この手の話はどうしても重い暗い方向に転がりがちで、一歩間違えると書き手としてもどん底の憂き目を見るのですが、皆様のプレイングが一筋の光明となり、救われている気が致します。
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。