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<黄泉ヶ辻>預言者は指し示す/裏

●暗影
「――となると、来るか」
 『屍操剣』黒崎 骸の言葉にこくりと頷く。まるで見て来たかの様に――否。見て来たのだろう。
 フォーチュナ『預言者』赤峰悠の“預言(プロフェシー)”は特異な能力である。
 その価値は、客観的に見ても否応無く認めざるを得ない。
 『影狐』無明 和晃はリアリストである。現実的でない物を信じたりはしない。
 事実として、その言葉の価値をこの数か月で思い知らされていなければ子供の戯言と切り捨てる所だ。
 だが、であればこそ。彼は現実的な脅威としてその赤い少年を計る。
「いやあ、やっぱり欲しいですねえ、彼」
 瞳を細めて言葉にするのは確認の為。自分の中に沸いた感情を咀嚼する。
 彼がこの場に派遣されて来たのは今回の作業が“黄泉ヶ辻らしくない”大掛かりな事業だからだ。
 場合によっては院内感染等の理由を付けて揉み消す必要がある。
 その際、現場に誰も居ないでは始まらない。有力政治家、島川公彦の子飼として、
 単独のフィクサードとしては破格に安定した人生を送って来た無明にとっては寝耳に水の話。
 とは言え、彼は元『剣林』幹部候補である。荒事はむしろ得手とする所。
 何より世間でどれ程酷評されようと、この島国に於いて政治家の威光は決して小さくない。
 虎の威を借る狐である所の彼は、故に出張るだけで物事を解決してしまう自分の地位に満足していたが、
 他方でそれを退屈と感じ無いでも無かったのだ。言うなれば、彼は暴力に餓えていた。
「待たせたな」
「いえいえ、問題無いですよ。“見えて”ましたから」
 敢えてにやりと笑ってみせる。曲芸の類であるとは言え初対面の人間ならば先ず驚くだろうそれ。
「そうか、説明の手間が省けて助かる」
 千里眼によるある種の威嚇を対面の黒い男はいとも容易く。何事も無いかの様に受け入れる。

 此処まで当たり甲斐が無いと態々表情を作るのまでもが面倒くさくなるから困り物だ。
 超然としていると言うか、典型的な研究者気質と言おうか。
 興味の無い物には露骨に興味が無いと言う態度を示すこの男が、無明は若干苦手である。
「で、あたしは何をすりゃ良いんです? 素材が足りなくなったんで病人を回収する。
 ってとこまでは聞きましたけどねえ、まさか兵隊30人も連れて誘拐も無いでしょう」
 当然の問いかけ、とは言え大体の事は聞いている。確認の意図もあれば返って来るのは冷えた視線。
「ああ、あの30名にはお前の指示を受けて動く様に言ってある。
 全員それなりの実力者だ、好きに使え。目的はこの施設内の入院患者24名の奪取。
 入院患者、院内の各職員には強い睡眠導入剤を投与してある。
 一般患者の居ない休院日であれば邪魔も少ない――」
「――と、思っていたと」
 思いがけぬ合いの手に、黒崎の視線が向く。してやったりと言った感で無明が笑む。
「“聞いて”ましたよ。来るんでしょう、あの厄介なセイギノミカタ気取りがね。
 一菱の爺さんには多少縁もある。あたしも一辺御目にかかりたいと思ってたんですよ、丁度良い」
「忠告をしておくが、余り聖櫃の子らを舐めない事だ」
 男にしては珍しく、意趣返しの心算か。無明の言葉に被せる様な黒崎の言に、思いがけず瞬く。
 興の無い物には徹して路傍の石であるかの様な態度を取る男だ。
 であれば、件の聖櫃。或いは箱舟と称されるアークとは果たして如何程の物か。
「そうですか、それはそれは。あたしも興味が沸いて来ましたよお」
 くくく、と声を殺して嗤う。今日は良い日だ。兼ねてより彼の主は言っていた。
 “あの黒犬に首輪を着けたい”と。その首輪が此処に来て漸く見つかった。
 彼が患者の奪取を担当する以上、それはつまり「そういう事」だ。
 その上黒崎が此処まで気に掛ける聖櫃とやらを鎧袖一触にしたならばそれはどれ程愉快だろう。

「まあ、委細承知しました。上手くやりますよ、その為にあたしを指名下すったんでしょう?」
「用兵出来る者をお前以外に知らなかった。それだけだ」
「ああ、左様で」
 如何にもどうでも良いと言う、その風貌を屈辱で歪ませてやりたい。
 その一点に於いて、無明はビジネスパートナーとしての黒崎を決して疎んじてはいない。
 いや、むしろ能力的な事情も考えれば十分優秀であるのだろうと認めてすら居る。
 チンピラ上がりの自分とは異なる、医師免許を持つフィクサード。恵まれた、認められた人間。
 光の射す社会でも生きられるだろう才人。それなのに裏社会での影響力ですら自身を凌駕する。
 これを身近に置いて一切の妬心を抱かぬ者はそう居ない。自分と同次元まで堕ちていればこそ。
 とは言え、それは所詮仕事上の話だ。そして仕事である以上は上からの指示が最上位に来るは道理。
 無明 和晃はリアリストである。一時の感情や享楽等と言う小事の為に大事を見逃したりはしない。
 仕事は仕事としてこなそう。そして生還するのが第一義である。
 けれどそれだけで終わってはつまらない。仕事は最大限楽しむ性質である。
 幸い、今回は非常にそそるシチュエーションが目白押しだ。これを逃す手は無い。
 優先順位は見誤らず、けれど全てを掌中に収めさえすれば彼の名声は更に飛躍するだろう。
 精々黒崎 骸には矢面に立って貰えば良い。彼は元々光の下に出来た影の中を歩んで来た人間だ。
 十分な練度を誇る30人の兵隊に、彼。『影狐』の盤面に失策はない。
 であれば後は如何に万全を十全に完全と為すかだ。其処に来て赤い服の預言者の存在。
「いやあ、楽な仕事ですねえ」
 糸の様に瞳を細めて、男は呟く。此処までお膳立てされて、負ける気がまるでしない。
 黒崎から視線を外すと階下への階段をゆっくりと降りる。愉快げに、痛快そうに。
 暗躍は密やかに。その容貌は正に異名の如く狐の面を思わせて。
 赤い預言者とは異なる意味で、己が万事に於いて勝利する未来を脳裏に描く。
 影を歩む狐の男は喉を鳴らしもう一度、くくく、と笑った。

●カレイド・ノイズ
「黄泉ヶ辻が動き出しました。至急現場に向かって下さい」
 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)より告げられた言葉は、
 何時もと変わらぬ響きを持って集められた者達の耳に届く。
 アーク本部内ブリーフィングルーム。集められた人数は16名。
 普段の仕事で言う所の2チームに相当する人数を揃えた事がこの任務の重要さを浮き彫りにする。
「都内に極聖病院と呼ばれる6階建ての総合病院があります。
 これを黄泉ヶ辻が襲撃する、と言う未来が万華鏡に映りました」
 昨今閉鎖集団と名高い『黄泉ヶ辻』と矛を交えている彼らに、
 今回与えられた任務は至極シンプルな物。だがシンプルであるから容易いかと言えば答えはNoである。
「以前憑キ鬼事件で皆さんに収集して頂いた情報から、恐らくは“死者の蘇生”の研究。
 その一環だろうと思われます。院内の入院患者は決して少なく有りません。
 アークからも2チームを出しますので、どうか極力犠牲を出さない様に黄泉ヶ辻を食い止めて下さい」
 真摯な言葉にリベリスタ達が頷く。一般人を犠牲にした研究を繰り返す件の組織に一矢報いる好機。
 これを逃したら何の為のリベリスタであるのか分かった物では無い。
 まず先じて告げられた任務に、呼ばれた8名が小さく頷く。続いて、残りの8人。
「こちらの皆さんには被害者の救助を担当して頂きます。
 襲撃者は30名からなるフィクサードの大集団。足止めは先の8名が行ってくれますが、
 炙れたフィクサードが此方へ雪崩れ込んで来るでしょう。
 これらに回収される前に院内に入院中の患者、計24名を救い出してください」
 理解が浸透するまで一拍空け、和泉の言葉はまだ続く。
 「加えて、現場には過去銀行襲撃の件で交戦した『屍操剣』黒崎 骸。同案件で攫われた赤峰 悠。
 それに、こちらもそれなりに知られたフィクサードです。
 反時村派の政治家、島川公彦議員秘書を勤めている『影狐』無明 和晃の存在が見られます。
 どちらも無名のそれとは比較にならない実力を備えていると思われます。くれぐれも注意して下さい」
 モニターに表示された顔写真を指し示し、説明を終えたか一礼で締め括る和泉。
 だが、異変はその時起こった。

「……あ、れ?」
 ザザ――ッ、と走るノイズ。カレイドシステムと接続されている和泉にだけ見える未来予想図。
 けれどその光景はてんでバラバラである。ある図では黒崎がリベリスタと戦っている。
 ある図ではリベリスタが着いた頃に病院に黒い男の影は無い。
 ある図ではリベリスタ達が逆に襲撃を受けている。ある図では、またある図では。
 無数に分岐する未来。無限大に枝分かれしたヴィジョン。
 それは未来と言う物の本質的に当然の事であっても、アークにとっての当然ではない。
 未来に。運命に。何かの介入が行われている。その事実は逆説一つの答を導き出す。
「――待って下さい皆さん」
 焦った様な和泉の声に、今まさに部屋を辞そうとしていたリベリスタ達が足を止める。
「現場に、フォーチュナの存在が確認されました。それも、かなり独特な」
 告げられた言葉と非常に似た物が、時と空間を挟んだ別所で呟かれたのは何の皮肉か。

 万華鏡と預言書。二つの未来、二つの神の眼。預言者は指し示し、運命は別たれる。







■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月31日(木)00:19
 63度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 暗躍しているフィクサードは何も、主流六派だけでは有りません。
 戦場の酷さは過去最悪レベルです。気合を入れてご参加下さい。以下詳細。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

●作戦成功条件
 入院患者19名以上(8割)の救出。

●特殊ルール・Prophecy
 『預言者』赤峰悠の持つフォーチュナ能力。
 過去<黄泉ヶ辻>と付くシナリオへ一度でも参加した事のあるリベリスタは、
 その能力傾向、活性スキル、当シナリオのプレイングに到るまでの全情報を
 シナリオ開始前に把握されている物として扱われる。

●『影狐』無明 和晃
 40代半ば。政治家秘書を勤めるインテリヤクザ。
 基本クラスはプロアデプト。それにインヤンマスターを齧っている。
 元『剣林』ながら己が手を汚すより人を使って悪行を為す事を好むタイプ。
 表舞台に出る事を好まない永遠の二番手。不利と見れば躊躇無く逃げる。
 直径の上司より指示を受け、黒崎の監視兼支援と言う名の暗躍の為参戦。

・保有一般スキル:千里眼、集音装置、高速演算、歴戦、戦闘指揮Lv2、論理戦闘者、精神無効
・保有戦闘スキル:超頭脳演算、ピンポイントスペシャリティ、呪印封縛、陰陽・結界縛
・保有破界器:百識血塊
 呪いの込められた赤い水晶玉。
 この水晶玉が場にある限り、その所有者と敵対関係にある視認可能な全ての対象に
 毎ターン開始時[不吉][弱体][隙]の状態異常が強制的に付与される。
 この効果を発揮する為には百識血塊を外部に晒さなくてはならず、
 これが破壊された場合、所有者に[不運][虚弱][圧倒]の状態異常が付与される。
 但し、それなりに頑丈であり破壊は決して容易ではない。

●一般フィクサード
 『屍操剣』黒崎骸と共に病院を襲撃した黄泉ヶ辻のフィクサード30名。
 クリミナルスタア6、スターサジタリー4、覇界闘士4、
 デュランダル4、クロスイージス3、マグメイガス3、インヤンマスター3、
 ホーリーメイガス3。レベル帯は11以上15以下。
 用いる中級スキルは、Lv10制限までの物に限られます。
 裏ではこれらの内22名が無明和晃の指揮下に置かれます。

●患者
 計24名の入院患者。階が上になればなるほど重病人。
 二~四階のそれぞれに七名ずつと、五階に二名。六階に一名の入院患者が居ます。
 この内、六階の入院患者はリベリスタが到着した時点でエレベーターに載せられ、
 地下の駐車場に運び出されようとしています。
 基本的に患者は1度でもスキルが直撃すれば死亡し、例え掠めるだけでも
 入院棟五階以上の患者にとっては致命傷となり兼ねません。

●戦闘予定地点
 極聖病院二階~五階。廊下と病室、トイレと看護師控え室のみで構成された
 シンプルな建築物。地下には駐車場があり、何台もの救急車が停まっています。
 階移動は階段、エレベーター、非常階段で行う事が出来ますが、
 一度院内へ入ってしまった場合『屍操剣』黒崎骸が病院を離れるか、
 戦闘不能にならない限りこれから外に出る事は出来ません。
 但しフィクサード達が患者を運ぶ場合に限り両者は外に出る事が出来ます。

●注意事項
 当シナリオは『<黄泉ヶ辻>預言者は指し示す/表』との連動シナリオです。
 表の失敗はそのまま裏の失敗に直結し、裏の行動は表の戦況に影響を与えます。
 以上の点予め御了承下さい。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
★MVP
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
ホーリーメイガス
秋月・瞳(BNE001876)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)

●Clairvoyance
 極聖病院6階、エレベーターホール前。
「あれですか、や、面白いですねえ」
 眼下を見下ろし狐が笑む。交わる筈も無い距離で交わった視線。
 『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)が院内を一通り見回した挙句に連絡を取り合う様を見て――
 ――同じ能力を持つ者が何をしているか分からぬ筈も無い。
 それは紛れも無く『影狐』無明 和晃が居る6階を“見る”目。十中八九、己と同じ千里眼か。
 無明の視界には2つのチームが病院に入り込む様がはっきりと映っている。
 である以上、相手もまた同じと見るべきだろう。自分の居場所はバレバレだ。
 だが、それでもツキは無明にある。千里眼の男は1階玄関ロビーへ向かう。
 そして、連絡を取り合った側はチームは2つに分かれて真っ直ぐ2階へ。
 例え連絡を取り合ったとて、リアルタイムで無いなら付け込む隙は幾らでも有る。それこそが待つ側の。
 否――待ち構える、側の利。無明は予定通りに指示を下しながら今一度ほくそ笑む。
「いやぁ、全く――」

●State of emergency
 もう片側のチームと連絡を取り合い、敵が6階に集中している旨は把握済み。
 その上で、事前に地図を参照して選んだ『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)らが、
 辿ったルートは恐らく院内でもエレベーターへ最短のルートであった筈だ。
 遭遇戦も無く、時間的なタイムロスは限り無く0に近い。そして押されるエレベーターのボタン。
 だが、果たして。互いに千里眼を用いた以上リベリスタ達に敵の配置が分かる様に、
 “黄泉ヶ辻”らには彼女らの動きが逐次伝わっているのである。
 であれば、エレベーター内のフィクサードらはそれを、止められるままに等するだろうか。
「……えっ」
 エレベーターの数字は3。其処ではっきりと止まっている。
 読まれた――いいや、此方の班に預言書に記されたメンバーは居ない。
 であれば2階へ上がりエレベーターホールへ向かった時点で遭遇戦を避けたのだろう。何の為に?
 問うまでも無い。“より組し易い方”へ六階の患者を輸送する為だ。
「ウェスティアさん、退いて!」
 事態を見切り即動いたのは『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)
 エレベーターの操作パネルを引き剥がすや間髪入れず破壊する。
 その上でドアを抉じ開けワイヤーを切れば、エレベーターは動かない。
 進行ルートを1つ潰すと言う意味では非常に的確である。緊急対応としてはベストとすら言える。
 だが、だからこそ糾華は歯噛みする。ハズレのルートを潰すのに4人は多過ぎる。
「ど、どうするの!?」
 『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が想定外の事態に慌てるも、
 糾華と視線を合わせれば、それしか無いかと頷き合う。
「患者の確保を優先しましょう、下から順に」
 来栖・小夜香(BNE000038)の言葉を全体の総意として、少女らは手分けして動き出す。
 けれど、その道中まるでフィクサードらの抵抗が無い。それは一つの解を示しており。
「こじりさん、大丈夫かな」
 呟くウェスティアが自らの幻想纏いへ視線を落す。連絡はまだ来ない。
「皆ー、こっちに患者さん居たよーっ!」
 アリステアの声に、先ずは意識をそちらへ向ける。けれどその瞬間、響いたのは爆音。
 そして無数の足音。脳裏に響く瞳の声。タイミングはほぼ同時。
(――不味い。敵影多数、非常階段だ)
 目の前には運び出さなくてはならない患者の姿。だが、仲間の緊急事態は直ぐ其処に。
 それは紛れも無い――分岐点だった筈のもの。
「運び出される患者の救助が、最優先よね」
「……う、ん」
 けれど何を優先して救うのか、その基準を持たぬが故に小夜香の選択を否定する言葉はなく。
 彼女らは曖昧にその片側を選ぶ。それが何を齎すのか、その結末を知らぬままに。
 
「さあ、どういう未来になるのかしらね」
 非常階段、2階踊り場。辿り着いた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)の独白を、
 引き裂いたのは大気を裂く幾重もの真空の刃。刻まれた四肢から血飛沫が舞う。
 けれど、それは彼女とて想定済だ。真っ先に自身が接敵する事も、傷付く事も。
「私に見えない物などない」
 瞳の視界には映っている。無数の敵影、その数15を下る事はまず有るまい。
 千里眼を持つ彼女である。非常階段に着いた頃には既に敵が非常階段側へ向かってくる事は見えていた。
 随分と大勢で来た物だ、と思ってた。それでもその時はまだ余裕が有ったのだ。
 エレベーターが直ぐ上の階で止まるまでは。エレベーター内のフィクサードらがこれと合流するまでは。
「――とは言え、フォーチュナが敵に回ると言うのがこれほど厄介だとはな」
 その後の先を取る用兵は、明らかに瞳の存在を警戒しての事。
 『預言』による後出しジャンケン、兵力で劣るリベリスタにとってこの奇襲は痛烈に過ぎる。
「連絡はするけど、分かってるわね。直ぐには来ないわよ」
 『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の言葉に、
 手袋を着け直した『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が頷く。
 マスターテレパスで10秒以内に合流出来たのは、エレベーターホールへ向かわなかった面々のみ。
「例え決められた未来でも。全てが徒労でも。自分の決めた道を歩む」
 真空の刃の向こう側。3階の階段から駆け下りて来るのは大きな剣を担いだ3つの影。
 それだけではない。上方からは銃口が覗き耳を澄ませば呪文の一つも聞こえよう。
 圧倒的なまでの戦力比。リベリスタ達の想定を外された事で稼がれた時間は30秒に満たない。
 だが、十分だ。十分過ぎる。15名以上で4人を突破するのに、それ程多くの時間は必要ない。
「それを嗤うなら嗤うといい」
 返答は降り注ぐ魔炎の火球。炸裂した爆音は3対。
 其処に畳み掛ける様にやって来るのは式符を手にした3名のインヤンマスター。
 その内の一人が手にして居る物を見て、ティアリアが思わず凄絶に笑いかく告げる。
「どうもあちらは、意地でも火傷をしたくない様ね」
 その赤い水晶玉は、本来の所有者の元には無く。けれど、唯でさえ最悪の状況をもう一歩後押しする。
「別に良いわ。不条理も、不平等も、不公平も慣れてるもの」
 既に血に塗れながら淡々と告げたこじりが、流鏑馬と名付けたアームキャノンを構えれば、
 本来癒し手で有る筈のティアリアが鉄球を握る。どんな絶望的な状況でも、やる事は変わらない。
「こっちは時間が稼げれば、それで良いのよ」
 戦いは轟音を余所に何処か静かに幕を開け――

●Shadow fox
「皆、大丈夫――!?」
 アリステアが限り無く悲鳴に近い声を上げる。
 それほどまでに、分かれてから僅か1分足らずで彼女らの姿は大きく様変わりしていた。
「何とか、ね」
「生きてるわよ」
 2人のデュランダルに切り刻まれながらクロスイージスにピアッシングシュートを放つこじりも、
 1人のデュランダルを食い止めながらスターサジタリーの的となっているティアリアも、
 運命を削り、身を赤く染め、ちかちかと明滅する視界に鉄の味のする吐息を溢しながら。
 けれど、未だ立ち続けている。満身創痍、と言う有様ではあるが。
 あらゆる能力を減衰させる水晶玉の効果は決して小さくない。
 消耗は増え、癒しは減るのだから当たり前だ。だがそれ以上に如何ともし難いその数である。
 幾ら凛子が、瞳が仲間を癒そうと、それを上回る火力と手数が2人を只管に蹂躙する。
 前衛2人が倒れてしまえば彼女らは其処でおしまいだ。
 けれど癒しに手を割き続ける以上敵数は一向に減る気配を見せない。
 これもやはり、相手にもホーリーメイガスが居る以上止むを得ないとは言え、
 積み重なる徒労感は半端な物では無い。癒しては崩され、崩されては癒し。
「大丈夫です。この痛苦で、一人でも救えるなら――」
 自身もまた、幾重にも魔炎に巻き込まれ傷ついた身で有りながら、
 間に合った仲間達を見つめ凛子がはっきりとそう告げる。
 癒しの力はまだまだ尽きない。が、純粋な体力面で追い詰められている。もう一人の癒し手である瞳も同様に。
 それでも15人余りを相手に3手番を凌いだのは彼女ら1人1人の実力と覚悟の賜物である。
「待たせてごめんなさい。此処からは任せて」
「世話がやけるわね……救いよ、あれ」
 糾華と小夜香が声を上げれば、ウェスティアは既に高速詠唱を開始している。
 積み上げられ、組み立てられる術式は火力と言う意味では必要過剰。
 血で編まれた黒鎖が圧倒的なまでの破壊力を伴いこじり達を苦しめた3人のデュランダルを縛り上げる。
「もう私の前では誰も死なせやしないんだよ――!」
 あっと言う間に3人の動きを封じたその魔術の完成度に一瞬たじろぐ黄泉ヶ辻。
 けれど、所詮は未だ3人である。半ば死に体同然のこじりとティアリアを見れば数の上では未だ倍する。

「それが何だって言うの?」
 駆け抜けた糾華が冷徹に詠う。舞い踊る常夜蝶。その進路を指し示す様な気糸の網が鎧甲冑の男を縛る。
 その鮮やかな手並みに、気圧されたインヤンマスターが一歩退く。
「数何て問題じゃない。徹底的に引っ掻き回してあげるわ」
 声に応じるが如く、響いたのは轟音。
 既に戦力として見ていなかった予期せぬ方角からの攻撃が後方のマグメイガスに突き刺さり穿つ。
 血に濡れた髪を書き上げて、無表情に、無感動に、切れ味鋭くこじりがその無様を見下す。
「そうね、簡単には倒れてやらない」
 何もかも上手くなんて行かないし、それ程器用なんかじゃない。
 けれど生き足掻くからこその人生だ。死に損なうからこそ面白い。
 死をやり直せてしまったら、こうして抗う自分が馬鹿みたいだ。この生き様を下らない何て言わせない。
「私は私の我侭で、貴方達を赦さない」
 其処へ降り注ぐのは過剰なまでの癒しの力。アリステアが、小夜香が、凛子が、瞳が、
 異なる声音で方々より奏で合う、静謐なる四重奏。天使の歌声が黄泉ヶ辻の総力を上回る。
「――させないよ。お仕事だもん。しっかり守るんだから!」
「全てを見透かす神が居ようとも人を救おうと言う意志までは曲げられません!」
「ろくでも無い事の為に誘拐なんて許さない。癒しよ、あれ!」
「どんな理由があれ、今はただ全力を尽くすのみだ」
 押していた筈だ。押し切れる寸前で有った筈だ。その筈であった筈の前線が瞬く間に生気を取り戻す。
 それが覚悟。それが願い。多くを護る為に傷付く事を厭わぬ者。多くを救う為に祈りの全てを捧ぐ者。
「絶対に1人たりとも逃がしはしないわよ……!」
 ティアリアの鉄球が空を裂き、クロスイージスを盾ごと吹き飛ばす。
 誰も彼も、何もかも。全てを護る為に全力を尽くす。その想いは貴く。その決意は堅く。
「この場で立ち続けるためなら、運命なんて安いものよ」
 貫かれ打ち抜かれ、痛烈な返礼に身を浸しながら、糾華は笑みすら浮かべてみせる。
 苦しい時、辛い時、痛い時こそ、笑うのだ。弱音を吐くのは一人の時だけで良い。
 その精一杯を。命懸けのプライドを、一体誰が嗤えよう。

 けれど。
 けれど込められた覚悟と誠意は。
 けれど冷たく灯る信念と熱意は、例えば戦いの趨勢を覆そうと戦術的な陥穽までは覆さない。
 歪曲する運命はそれを求める機会すら失われ、時流のままに迎えるべき必然の結末を迎える。
 非情なまでに、残酷なまでに。
「……――――! やられた……!」
 突然に瞳から上がる悲鳴の様な声。癒しの唄を奏で続けるしかなかった彼女に、索敵をする余裕など無かった。
 だがそれは“千里眼を用いる者が居る”事が分かっているなら常套手段とすら言える物だ。
 如何にこれを有効に使えない様に派兵するか。この一点は何を置いても必須項だと言える。
 でなければ、動きを読まれるからだ。例えば今の様に。
 でなければ――裏を掻かれるからだ。例えば。
「無明が通常階段を下ってる、こいつらは――」

●Turn over
 それは敗北だろうか。否、数字だけを見れば勝利にすら程近い。
 それは失態だろうか。否、その意志と意地は決して他者に蔑まれる様な物では無い。
 だが唯一点。それが仕事として十全で有ったかと言えば――

「デコイを撒いて時間差で本命を通す。何て、そりゃしますよねえ」
 千里眼は尋常のあらゆる物を見通すが、例外もまた存在する。その最たる例が“革醒者は見通せない”である。
 自分の周りを護衛で囲み、その手に少女を抱いた男は狐の様な風貌で笑む。
 相手が全員を駐車場で待たせていたなら不味かった。彼の切り札である少女は流れ弾の一発でも命を落す。
 リベリスタ達が1階での交戦を目論む時点で、無明は1階を通過出来ない。
 彼にとっての出口はその時点で“地下から出る”以外に無くなっていたのだから。
 或いは、3ルート全てを封鎖されていたならば。彼は何処かに引っ掛かっただろう。
 だが、それは即ち多くの患者を半ば見捨てる行為である。そして彼女らは、それを選ばなかった。
 だが、それは即ち何人かの仲間を囮にする行為である。そして彼女らは、それを選ばなかった。
 千里を見通す魔眼を持つ影の狐と、赤い預言者の指し示す戦場で、全てを得るは至難極まる。
 要人か、患者か、仲間か、どれかを選ばなければならなかった彼女らは、
 全てを得ようとして結局仲間の安全を得た。そして必然その代価を――支払う事になる。
「何人集められました? ああ、この子も含め7人。意外と少なかったですねえ
 でもまあ良いです。恐い恐い千里眼のお嬢も居ますしねえ。アタシは自分の身が大事ですんで」
 手配した救急車がサイレンの音も無く影狐の眼前に止まる。
「リベリスタの思わぬ抵抗により患者15名の奪取に失敗、姫様は回収っと。ささ、帰りましょう。やあ――」
 携帯を操作していた手を止め、男は低く低く喉を鳴らして低く低く揶揄を込めて嘯いた。
 ――簡単な、仕事でしたねえ。

 戦いを終え、実に16名ものフィクサード相手に真っ向勝負で勝利を納め、
 階を昇ったリベリスタ達が見た物は、比較健康である患者らの無事と、軒並み攫われた重篤患者の不在である。
 かくて預言者は指し示す。次なる舞台の幕開けを。粛々と――淡々と。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ハードシナリオ『<黄泉ヶ辻>預言者は指し示す/裏』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

HARDシナリオにはありがちな事ですが、情報量の多いシナリオには
大体の場合地雷が埋まっております。
今回の場合、敵に逃げられる可能性を残した事などが挙げられます。
プレイングの熱意も覚悟も文句無しだった為に、残念です。
MVPは源平島こじりさんに。無茶をした分の敢闘賞です。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。