● ――『王』が、崩れた。 誰ともなく知覚する。その身を、魂を深く深く結びつけた彼ら鬼達は、その事実を或いは嘆き、或いは憤り、或いは確信すら放棄して。 だから、これはその僅かな一幕。 綯い交ぜとなった感情。信じることすら出来ない己が思いの中、思考すら絶えた彼の鬼達が為した、最後の行いの果て。 ● 「ああ……死んだかい。彼らは」 苦笑を交えて。 痩せぎすの身体に、ボロボロの狩衣だけを纏った男が言った。 脆弱な男だった。吹けば跳びそうな身体そのものだけでなく、言葉一つ一つすら掠れ、やる気も無さそうにその辺りの木に背を預ける姿は、ともすれば病人か、死人にすら思えてくる。 だと言うのに、小鬼達は男に向かってひれ伏していた。 頭を地に擦りつけ、きいきいと鳴く小鬼達の後ろには、まるで今仕上げられたかのように、ぴかぴかと光る釜が見える。 「……鬼の釜、ねえ。そんなもの、捨てておけば良かったのに」 無理をするから、と言った男は、しかしそっと釜に近づいて、その表面を掌で撫でた。 「……」 硬質な手応えと、冷たさ。感じられるのは、唯それだけ。 けれど――恐らくは気のせいと自覚しながらも、男は触れた釜の内に、仄か、暖かい何かを感じた気がした。 暫し、動かぬ男。それを慮ってか、小鬼達は恐る恐る、男に垂れた頭を上げる。 それを知ってか知らずか、しかして男は何も感じない。悼むことも、怒ることも、嘲笑うことすらも。 「うん。……うん」 またも、暫し経ち。 男はにこりと笑顔を浮かべて、小鬼達に向けて、言った。 「まあ、取りあえず、これを返しに行こうか?」 ● 「鬼道の討伐をお願いします」 前置きもなく言い放つ『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000018)の言葉に、しかしリベリスタも負けては居らず、聞くと即座に頷いた。 一週間も経たぬ過日、鬼道との全面戦争に挑み、勝利した記憶は未だ鮮明に脳裏に刻まれている。 当然、彼らが負った傷も癒えきっているとは言い難くあるが……鬼道の側も態勢を大きく崩されている現在、息を吐かせる暇を与えぬうちに仕留めなければ、この後の被害がより拡大する危険性の方が高い。 傷んだ身体に鞭を打つ一部の面々に申し訳無さそうな表情をしつつも、和泉は直ぐにそれを引き締め、目前の資料を読み上げ始める。 「今回の討伐対象は、鬼道の残党、その中でも一群となります。 リーダー格は痩身の男性――当然鬼ですが――。それに付き従う鬼が計五体。部下の数は勿論、その基礎能力もかなり高めの部類に入りますので、雑魚と侮れば痛い目を見るでしょう」 「そいつらは現在何処に?」 「……『鬼の釜』の前です」 その言葉に、ぴり、と室内の空気が尖る。 嘗ては半鬼の兄妹と小鬼達によって持ち出されたアーティファクト、『鬼の釜』。負の念による強化能力を備えたそれを使い、鬼道を盛り返す気であろうか。 其処まで考えたリベリスタ達に対し、和泉は若干とまどい気味に言葉を返した。 「ええと……ですね。彼らは現在、その『鬼の釜』を元在った場所へと戻している最中なんです」 「……。は?」 唖然とした反応である。実際そう返すことしかできないが。 対する和泉はもっと困った様子で、しかし口調のみはオペレーターの本分を忘れず、努めて冷静に読み上げている。 「皆さんが付く頃には、『鬼の釜』は既に元の位置に戻されている頃でしょう。そうでなくとも、彼らは逃げる考えなどが全くないらしく、特にリーダー格の男はその場で休憩すらしています。 恐らく、ですが……彼らは、皆さんの到着を待っているのではないか、と」 「……何のために?」 「解りません。敵討ちか、単に死に場所が欲しいだけか……いずれにせよ、私たちは彼らと相対するほか、選択肢はないのですが」 小首を傾げながらも、リベリスタ達はそれに応と返した。 残党と言え、小勢と言え……それが、嘗て日の本を喰らわんとしてた鬼道であることに、変わりなどはないのだ。 それにだめ押しするかのように、和泉も最後の言葉を以て、リベリスタ達を送り出す。 「お気をつけて、元より追いつめられている彼らの覚悟は、きっと相当なものです。 生半可な覚悟で挑めば……嘗て喰われた彼らに、今度は私たちが喰われることとなります。それをお忘れ無きよう」 ● ――少なくとも、嫌いではなかった。 鬼達の見る基準は唯一つ、力の有無。その観点からしても、彼の二人は確かに半端な鬼道よりも十二分に頼りになる存在と言えた。 ただ……ただ一つ、その瞳に濁る、昏い危うさを除いたならば。 一度だけ見た彼らの闇を覗いたとき、或いは彼らと縁を結べれば、彼らの闇は、薄れたのだろうかと、そう思うことも、少なくはなかった。 闇に魅入られたまま、その後も研鑽を続けた彼らは、鬼達の間で役に立つ道具として重宝されてきたと聞いている。 その生き様が――そして、末路が。彼の二人が望んだものであったかどうかは、所詮一介の半端な鬼道にはわかりはしないだろうけれど。 「……ああ、終わったかい?」 近づいてきた小鬼に笑いかけ、僕はごろりと地に寝そべった。 直ぐ近くから、きいきい、きききと声が聞こえる。 「うん? なんでって、まあそりゃ、弱いからだよ。僕等が」 きき、と鳴いた別の小鬼に、僕はからからと笑い出す。 「旧くは吉備津彦ですら封じることが漸くであった僕等の主を殺しうるほどに、人間達は強くなった。 もうこの場所に、僕等の居場所はなく、帰る場所もないんだ。それならばせめて、後腐れ無く死にたいじゃないか」 ……不満そうな表情を浮かべながらも、小鬼達は僕に抗さない。 力の有無こそが、地位の上下。最早それを決めた主すら殺されながらも、小鬼達は未だその習わしを守り続けているのだ。 僕はそれに悲しげな笑みを浮かべて――同時に、御免と呟いた。理由は、それだけじゃないんだ、と。 悼みはしない。見捨てたのは僕の方だから。 僕は僕として君たちに遺せるものはなく、ならばせめて、鬼として遺せるものを。 鬼道の力――君たちが焦がれ、永遠に得られなかった、鬼としての力を、最期に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月11日(金)00:10 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 新緑が万緑に色を変え始めた今日。異貌の男性は気さくな態度で片手を上げた。 「や、こんにちは」 愚鈍にも似た、諦観にも似たその態度に、彼と相対する各々が抱いた感情は何であろうか。 古くは人を喰らったとの伝説を仮纏した釜の前で、死にそびれた鬼道達と、八人のリベリスタは向かい合っていた。 「こんにちは、またせたわね、貴方を墓にぶち込むものよ。 ここを死に場所に決めたの? 釜はありがとう。お礼をいうのも変な話だけど」 「最近の吉備津彦は過激だなあ……。ええと、まあどういたしまして? 死に場所については間違ってないけど、流石に自分達より弱い人にやられる気はないよ。僕ら」 眠たげな瞳で死を謳う『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)に、苦笑して返す鬼道。 淡々とした語調の中に濃密な殺気を孕んだ彼女を、まるで気付いていないかのように応対する彼ではあるが……それが錯覚であることも、リベリスタ達は理解している。 殺し合いの時はほど近い。けれど、それよりも先に。 そう思い、前に出たのは七布施・三千(BNE000346)と『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)。 「報告書にあった半鬼の兄妹、その縁者……とお見受けしますが」 「よう、大将。招待にあずかったディートリッヒだ。お前さん、一体どういう意図で待ちかまえてたんだい?」 恐らくは、一行の中で幾名かが気に掛けてた問いを、放つ。 問いを投げかけられた鬼道当人は、表情を変えることもなく。 「『鬼道らしく在る』ため」 唯の一言のみを、一先ずの答えとした。 ――緩んだ笑顔の底の底、鈍く輝いた殺意の光を感じ取った者は、この中にどれほど居ただろう。 力を求め続け、力で征し続け、力に溺れる。単純化した思考そのものの存在が鬼道である以上、主が死して尚、勝ち目の無い戦いに身を投じるのも道理の一つ。 「……面白え」 その、禍った信念に対して――しかし、笑みをすら浮かべる男が一人。 「借りは返すさ。てめぇらが鬼の力を見せ付けてこようともな。 てめぇらに殴り付けてやるぜっ! この俺の生き様をなぁっ!」 朗々と意気を吐き、黒鋼の拳をかちんと突き合わせた『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)。 嘗ての戦いに於いて、『勝ちそびれ』『負けそびれた』彼にとって、此度の戦いは或る意味リベンジと呼ぶにもふさわしい。 意気軒昂たる彼を見て、鬼道は声もなく空々と笑う。其処に潜む意味を秘めたまま。 「……」 眇めた瞳で、飄々と在るその様を見続けるのは、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)。 未来映像の中に、微か、聞こえたヒトリゴト。その手に抱いた半鬼の感触は、未だ彼女の腕に残っているのか。 (結局、あの兄妹は自分達以外全てを拒絶したまま、2人だけで生きて2人だけで死んだ……) 善も悪も引っくるめて、綯い交ぜの感情に囚われたまま墜ちた二人を、その幻像を、猫の少女は頭を振ることで霧散させた。 届けたかった想いは、疾うに亡く。ならば身を包むのは覚悟一つだけで良い。 ――彼らが残した最後の欠片を、終わらせましょう。 悪魔をして尚悪しく。微かな悪意のみを残すフォークロアを片手に、レイチェルの瞳は闇色の熱を帯びる。 「……いい目だ」 満足げに言った鬼道が、その手に微かな風を呼んだ。 いい加減、彼も力を交わしうる相手を前に言葉の応酬を続けることに絶えきれなかったのだろう。猛禽の如き瞳を隠すこともなく見せつける。 始めよう。どちらがどちらと言うまでもなく。自身の得物を構えた彼我の狭間で。 「……ねえ」 ふわり、『幻狼』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)は、微かな微笑みを湛えながら、鬼道の男に問う。 「名前、教えてくれる? あの子達は、名前聞けなかったから」 未来視にあった、小さな想い。 自分たちの世界に閉じこもり、周囲を拒絶し続け、拒絶され続けてきた彼らに、唯一つだけ在った愛のカケラ。 玖子は、その喜びを、嬉しさを、ずっとずっと、心に留めておきたかった。 「……想伏」 それを、彼も理解した故か。 笑いながら答えて――その痩躯に、闇を点した。 ● ――小鬼が、囁く。 からからときゃらきゃらときしきしとひいひいと。 接敵した前衛陣がそれに呑まれかけたと同時、『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)の浄化が彼らの思考を取り戻した。 「……やあ、面倒な技持ってるじゃないか、少年」 「『大人』じゃよ。これでも、のう」 笑み会う二人を経つかの如く、謳が響き、光が満ちる。 ――王の威光は久しからずや、終焉の足音、その場に途絶え。鬼物語の終わりの果ては―― 刺突、爆光。度重なる負荷の連撃が小鬼達の矮躯を喰らう。 光輝が彼らの身を縛った。幻惑が一体の心を奪った。 其れを目の当たりにして、尚――想伏は笑っていた。 「余裕じゃねえか、大将!」 「或いは投げやりか。どっちに見える?」 ディートリッヒの大剣が小鬼を打ち据えようとするも、すんでの所で回避した小鬼がその手に式を映らせた。 凍る手足に、凍える思考。動きの止まった彼に想伏の手が当たれば、真白の凍気は黒を湛えて彼の身体をより蝕む。 次手に続けて動こうとした彼の身を、しかし止めたのは『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)の一矢。 沈んだ面持ちの中に確かな決意を宿らせた彼を見て、想伏はその笑みを色濃くする。 「何者かはさておき……釜を返して頂いた事には感謝致します」 「再三のお礼、痛み入るよ」 「それと、もう一つ……一応聞きますけれど、以前その釜を守っていた半人半鬼の兄妹の事、知っていますか?」 ――ふと。 その動きが、表情が、緩慢な気勢が、僅かばかり微かばかりなれど、確かに凝った。 やはり、と思ったオリガに返された言葉は、 「……ああ、そうか。やはり君たちは、彼らの」 悲憐、後悔、それらを埋め尽くす諦念。 戦いの最中、彼の感情を探り続けていた三千が、その余りの感情にぐっと嗚咽を漏らしかける。 「……やはり?」 「知っているなら、答えるべくもない。が、まあ……指南役だよ。式と体術の、ね」 言うべきことを言い終えた後、頼んだよと彼は呟く。 其れと共に動きを止めていた小鬼の一体が、再度の哄笑を響かせた。 『魅了にかかっていた仲間』も巻き込んでの魅了の異術は、度重なってリベリスタらの陣形をかき乱す。 行動が単純化している分、一極となった力というのはそれだけに性質が悪い。 得物を自己に、或いは仲間に構えた者達。三千が咲夜に次いで浄光を撒く最中、唯一人『保った』のは鋼腕の男。 己に通した鐵の芯が揺らぐより早く、咆哮を上げて魅惑を断ち切ったモノマが小鬼の一体を吹き飛ばし、その命脈を絶ちきった。 「……ルカルカ!」 「わかってるわ」 其れと共に、陣形はシフトする。 想伏とのワントップに踊り出したルカルカは、身に纏う防御用マントの内からナイフを舞い踊らせる。 「あの二人に墓はなかった、貴方にも必要はない? でもね、ルカ、烏御前、ゆすらうめにお願いされたの。他の鬼たちも弔ってあげてって……だから、」 「申し出は有難いけど、断るよ」 残る一言を待つまでもなく、彼は言った。 「揺りかごは揺りかごに眠らない。墓の墓など必要ない。 僕は彼らの死に場所になるさ。君の心は、誰かのために空けておくと良い」 其処のお嬢さんも、と言われて、玖子は困ったように笑顔を返した。 ――戦いは続く。生死を懸けたその最中。相対する彼らはしかし、童子のように心を交えていて。 ● 幾度目かの光が、視界を焼いた。 悪意の弓に出した一矢が中空を舞えば、破裂した其処から生まれ出でた神気が閃光となる。 幾体の小鬼達が悲鳴を上げた。その中でも、彼は笑みを止めなかった。 ……其の心を、揺るがせたかった。 「なぜ、見捨てたのですか?」 冷え冷えとした声で、レイチェルは問いを告げる。 鬼道は答えない。唯、その視線を向けるだけ。 「彼らの闇を恐れた? 資格が無いと身を引いた? それとも、2人に拒絶された? もし貴方が少し手を差し伸べていれば、少なくとも彼らは鬼と成れた。2人ぼっちのまま、世界から取り残される事はなかった。 そんな貴方が、今更、彼らに遺すモノなんて……!」 自分自身の言葉に、しかし他ならぬレイチェルこそが苛立ちを覚えていた。 彼は何も答えない。語る言葉は全て言い訳。吐いた想いが惨めな懺悔にしか成らないと知っていたから。 「……全く」 代わりに、為した一撃はルカルカの身を奪う。 風をも食らう細腕の掌爪。身の幾許かを喰われたルカルカが、運命の消費で態勢を立て直すより早く、小鬼が彼女の身体を石へと変ずる。 戦況は悪くない。実質攻撃能力を持たない小鬼達のブロックは予想通りに奏功している。その分、唯一人で想伏の足止めに立つルカルカの消耗は予想より遙かに激しいものであるが。 状態異常のリカバーと、回復役の防護にも優れたリベリスタを――しかし、唯一人の矜恃が、王手を打たせない。 「! 咲夜さ……」 一方の小鬼達も、唯の一つ覚えではなかった。自身らの異能が敵の力によって次々と解除されることを知った小鬼は、各々の行動を遅らせてタイミングをバラつかせ、回復の手を狂わせ始めている。 その対応に、三千が、咲夜が追われる最中を、彼は突いた。 小鬼達のブロックに回るリベリスタは、その実小鬼達にブロックされる事態を考えていなかったことが災いする。実質ルカルカをはじき飛ばせば後衛への道は切り開かれ、結果的に咲夜と想伏は互いに一対一で相対する事となった。 「……彼らは、噂でともに逝けたようじゃと聞いておる」 構えを取るまでもなく、小さく呟いた咲夜。 想伏が虚を取られるよりも先に、少年のような大人は苦笑をちらと浮かべた。 「……本当は、彼らと共に歩める未来があればよかったのじゃが……そう思うのは、わしの勝手な感傷じゃな」 「そう思うなら、最初から諦めているだろう?」 呆れたような声を出す鬼は、咲夜の首筋に片手を当てた。 「出来ないことに拘泥して、しないことに未練を綴って。それなら君は未だ『若い』さ。僕等には到底及ばない」 「それは、自慢かの?」 「まさか。自虐さ」 きゅん、と片腕が動き、咲夜の首から血が飛沫いた。 致命傷。それを彼我が理解した刹那、時は逆戻しとなって、攻撃の放たれる寸前へと移る。 咄嗟に身を引いた咲夜の身を、想伏は忘と見つめていた。運命を知らぬからこその反応。対価となる運命は微かな奇跡すらも呼び起こす。 「あの者達の想い、少しでも理解できるまで倒れられぬのじゃよ」 「……成る程」 想伏が、笑う。 それと共に、彼の片腕は斬り飛ばされた。 「礼儀に反するな、大将。余所見は良くないぜ?」 ディートリッヒがにやりと笑い、更にその間を肉迫させる。 後方へ跳んだ――否、跳ぼうとした彼を抑えたのは、単脚を貫いた不吉の呪矢。 「僕らリベリスタが彼らの選択を狭め、決断を強いたとしても、最後の一押しは自身の心ひとつ。その決意をこそ尊いと、僕の師は言いました」 「……」 「だから、もう彼らの事はいいのです。僕がここに居るのは、僕の心に決着を付けるだけ」 ふらついた身を突き飛ばされて、地に転がった想伏。 気付けば、周囲に鬼道は誰も居なかった。近づく気配は敵ばかりで、故に彼らが辿った道を、残る鬼道は否応なく理解する。 「……嗚呼」 終わりか。そう言って身体の力を抜いた彼に、 「……何、諦めてんだよ」 それを見下ろしたモノマが、低い声で言った。 地に這った鬼が視線を上げれば、モノマは誰よりも怒り、誰よりも悲しそうな目で、想伏へ叫びかけていた。 「俺はてめぇらを覚えてるっ! 小鬼もマジリもハナも温羅も他に戦った奴も俺が覚えてる! てめぇらと生き残りを賭けて戦って勝ち取ってやったからだっ!」 「――――――!」 堂々と、 自身の教え子の仇を自称する彼に、鬼道は僅かばかり目を見開いた。 「あいつにも同じ事言ってやった! だからって訳でもねぇが、てめぇにも叩き付けてやる! 俺は生きる事に手を抜かねぇし、てめぇも手を抜いてんじゃねぇっ!」 狩衣の襟を掴み上げたモノマが、叫ぶ。叫ぶ。 喧々とした声に秘めた感情を、想伏が理解したかは解らない、けれど。 「……本当に」 それでも、彼は笑っていた。 「君たち、人間は、手厳しい」 その瞳に、涙を零しながら。 掴み、掴まれた態勢の侭、残る単手と、空いた鋼腕が踊る。 終わりは、一瞬。 倒れ伏した片方の姿を、リベリスタは見下ろしていた。 ● 「これで……本当に完了、かのぅ」 伏した鬼道を見下ろしながら、咲夜はぽつりと呟いた。 死に顔は無表情。唯一つの仮面――笑顔をかぶり続けた彼を見ていたリベリスタにとって、今の死に顔こそが彼の素顔に思えてくる。 「僕は僕の言葉でしか物事は語れませんから。あの子達には、きっと誤った道を選んだ時に正してくれる『神』が居なかったんでしょう」 ――そう、それこそ『父なる神』が。 オリガの言葉に、沈黙を続けた一同。 彼らはどれほどの時間、亡骸を見ていただろうか。数分か、或いは数十秒か。 「……行きましょうか。そろそろ、アークの迎えが来ます」 言葉を告げたのは、三千。 一人、また一人とその言葉に従い、去っていく中、最後に残ったレイチェルは、 「死後なんて本気で信じている訳ではありませんが。もし彼らに逢ったなら。 たとえ拒絶されても、憎悪されても。一度で良い、抱きしめてあげてください。鬼ではなく、貴方として」 物言わぬ彼に、小さな願いを、贈った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|