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<黒い太陽>砂漠の水筒

●問
 君は砂漠の真ん中にいる。
 着の身着のまま、無限に続くとも思われる砂漠に彷徨っている。
 頭上では無遠慮な太陽が容赦なく眼窩を照り付け、砂ばかりの足元からは苦痛にも等しい、焼けた灼熱が這い登ってくる。
 肌は熱を持ち、眩暈がする。当然喉はカラカラだ。後どれ位進めばオアシスに辿り着くのか、街に着くのか。それは誰にも分からない。唯、分かっている事はこの時間が長く続けば君の本意では無い『結末』が訪れるという事だろう。
 ……さて、そんな君にやがて転機が訪れた。
 一人の親切な旅人が君の前に現れたのだ。彼はラクダに乗っている。砂漠用の装備を身につけ、十分な水と食料を持っていた。
 旅人は言う。「大変だったでしょうね。そんなにお辛そうにして、さあ、水を少し分けてあげましょう」。彼は自分の持ち物を少し君に分けても旅を続けられるだけの余裕を持っていた。しかし、それは二人分には足らず、また彼はその心算も無いだろう。
 そう、君は一口喉を潤すという条件で水筒を受け取ったのだ。
 さて、君はこの後どうするのだ?


                           ――――『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ

●渇望の水
「……さて、その答えは回答者の人生と人間性に大きく左右されそうですが――」
『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)は何処か楽しげにそう言った。
「――問い掛けは直接的意味合いに限らず、ある種の暗喩を示していますね」
 前置きをするアシュレイにリベリスタは小さく肩を竦めた。
「まぁ、そんな訳で仕事です。仕事の内容はアーティファクトの破壊。
 所謂一つの『ペリーシュ・シリーズ』に関わる事件ですね」
「またかよ……」
 アシュレイの言葉にリベリスタは完全に嫌な顔をした。
『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ。その悪名は神秘のメジャーからはかけ離れたこの極東の島国にも既に十分に轟いている。究極の魔術師(メイガス)にして天才付与魔術師(エンチャンター)。
 魔道の才を持ち過ぎた故にか、人道をまるで知らない悪辣な男の作品(アーティファクト)は『史上最強のサゲマン(当人は否定)』であるアシュレイにさえ「碌でもない」と言わしめる禍々しさを持っている。使用者にほぼ例外無い破滅をもたらし、社会を混乱させる品々は特殊な趣味を持つ好事家以外からは蛇蝎のような目で見られているのが事実である。
 アシュレイと同じ『バロックナイツ』の――それも第一位の男である。元よりその辺りの事情を鑑みれば当然と言うべきなのかも知れないのだが。
「どんな代物だ? いや――どんなヤツだ?」
 言い直したリベリスタの言葉は言い得て妙であった。
 品物が元より碌でもない事は分かっている。しかし、ペリーシュ・シリーズにおける最大の問題点は多くの場合その自律性能の高さであるとも言えた。多くの場合『人格』を持つ道具達は使用者を使用者と看做さない事さえ多い。哀れな犠牲者を自在に操りまるでフィクサードか何かのような悪事を働いている。恐らくは大した理由も無くそう生まれついたから、だけで。
「今回は、こんな感じです」
 アシュレイが端末を操作すると画面には古びた山羊革の水筒が大映しになった。
「アーティファクト『砂漠の水筒』。コレは凄いですよ。
 コレに入れられた水は特別な力を得ます。一口飲み干せば勇気百倍、力ビンビン!
 飲めば飲む程、願いが叶いまくっちゃいますよ!」
「……願いを叶えるって……」
「大抵の事はその人の持つ資質でどうにかなるじゃないですか。志望校に受かりたいなら知力が高くなればいい。好きな人に振り向いて欲しいなら美しくなる事は効果的です。この水を飲めばそういう内部的な事情から――運や運命といった類の外部的要因まで全てが何でも上手くいきます」
「……」
 押し黙るリベリスタ。
 成る程、件の大魔道の好みそうなセールストークに違いない。
「……副作用が聞きたいね」
「まず、第一に使用者について。
 この水筒の真価を発揮出来るのは『より多く何かに渇望を感じている人物である』こと。第二に飲み続けないと効果が消えてしまう事。又、この水には中毒性が存在する事。
 クリティカルなのはここからです。『砂漠の水筒』の水――渇望の水は飲めば飲む程、強い効果を発揮しますが、飲めば飲む程欲望が強くなります。そしてこの水を飲む限り使用者は決して潤いを感じません」
「……は?」
「言葉の通りです。彼は願望機の研究に余念が無いようですが……
 例えば皆さんが関わった――同じ彼の作品『不当な聖杯』は不釣合いな条件を使用者に求め、『Red or Black』は選び難い選択肢を天秤にかけさせる事を好み、『零の明星』は所有者に幸運とそれを上回る不運を与えました。
 これ等に比べて善良なのか、そうでないのか。『砂漠の水筒』は使用者に何ら不幸を齎しませんし、何ら被害を与えません。唯、満たされないのです。どんな願いが叶っても、飲む程に強くなる欲望とのバランスが取れなくて。使用者は縋るでしょうね。もっと、もっと願いを。叶える程に力は強くなり、飲み干す程にその絶望は深くなる――いい趣味ですね!」
「……」
 些細な幸福でも当人が満足する事が出来るならばそれは確かに素晴らしい事である。逆に言えばどれ程に恵まれていても当人が虚無的ならば意味は無い。人間の欲に底は無いというが、それ以前の論外だ。
「最後はどうなる」
「全てに絶望した人間が抱くのは『破滅願望』です。
 お一人で破滅するだけならマシでしょうね。巻き込むタイプも良く居ます」
「それを……破壊ね」
「はいはい。『砂漠の水筒』自体には余り戦闘力はありませんが、これを手にした人間は別です。彼女が水筒の保持を願う限り、それは自分を守る為の力を彼女に与えるのです。普通の人間が相手ならば皆さんが後れを取る事はないでしょうが……」
「……ちょっと待て。相手は女か」
 遮ったリベリスタにアシュレイは頷いた。
「ええ。生まれた時から病弱で入退院を繰り返していた十一歳の女の子。
 彼女の願いは友達が欲しい、恋をしてみたい、自由に走り回りたい――何より死にたくない、生きていたい……『渇望の水』が尽きれば彼女は長く生きられないでしょうねぇ……
 ……尤もこれは唯の私の占いですけどね!」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月08日(火)23:58
 YAMIDEITEIっす。
 四月五本目、W・Pシリーズ。
 <黒い太陽>系統他、拙作リプレイの関連作を読むとより面白いかも。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・砂漠の水筒の破壊

●日生花蓮
 ひなせかれん。病弱な十一歳の女の子。余命は幾ばくもありません。
 元々は穏やかで心優しく自身の不幸な境遇にも明るさを失わない健気な女の子でしたが、『砂漠の水筒』と出会った事でその心の奥底に抱いていた様々な望みを叶える事に成功しました。すっかり全快した(かに見えている)彼女は人生の殆どを過ごした病院を退院し、彼女の回復を心から喜ぶ両親と生活しています。学校へ行き、友達に囲まれ、勉強も運動もその他全て、ありとあらゆる自由に生きる事を謳歌しています。が、何一つ満たされていません。本来ならば嬉しい筈の事が少しも嬉しく感じられず、自分自身の変化に不安と混乱を持っています。しかし、当然ながら『砂漠の水筒』を手放す心算はありません。
 花蓮は自宅から小学校に通っています。万一の事を考えて行き帰りは両親が送迎し、家でも彼女の世話を良く焼いています。

●砂漠の水筒
 内に入れた水を『渇望の水』に変える山羊革の水筒のアーティファクト。
 具体的な効果についてはオープニング本文を参照の事。
 ペリーシュ・シリーズの例に漏れず人格を持ち、ある程度の自律行動を取る事が出来ます。他シリーズに比べて『比較的』戦闘力は低めですがその口から水を吐き出して擬似的な兵隊を作り出す能力を持っています。又、『渇望の水』を口にした花蓮はリベリスタ側を上回る身体能力と戦闘力を得るでしょう。
 決して油断が出来ない相手です。
 以下、攻撃能力等詳細。

・兵隊作成(戦闘開始時点で四体必ず発生します。以降は自動的に一ターンに一体生産されます)
・乾きの呪い(神遠全・死毒・呪い)
・渇きの水(神遠全・麻痺・ショック・Mアタック)
・EX 花蓮強化(渇望の水による強化。ブレイク不可能)

●水の兵隊
 耐久力が高め。近距離攻撃と遠距離攻撃を持ちます。
 又、攻撃に猛毒が伴います。大して強くありません。
 が、逆を言えばそこそこ程度には脅威になります。


 やり方次第では恐ろしく後味が悪くなるかも知れません。
 敵も何か軽くノーマル詐欺な気もしないでもない感じなので、一つ頑張って下さい。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
★MVP
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
インヤンマスター
宵咲 瑠琵(BNE000129)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
ダークナイト
高橋 禅次郎(BNE003527)
覇界闘士
五十鈴・清美(BNE003605)

●渇きの世界
 リベリスタの行く先に心情的成功は約束されていない。
 リベリスタの為すべきにハッピーエンドは担保されていないのだ。最初から。
「また……『黒い太陽』の……仕業なのね」
 深い溜息にも似たエリス・トワイニング(BNE002382)の呟きはそんな分かり切った事実を確実に補強する理由になっていた。
「ウィルモフ・ペリーシュ、か。その名を聞いたのは何時の事だったか……」
『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の眼光は鍛え上げられた日本刀の如く鋭い。
「今回の品は、あの時のそれと負けず劣らず性質の悪い物の様だな。さて――此度こそは、任を果たしてみせるとしよう」
『黒い太陽』の異名を持つ創造者(クリエイター)は、多くのリベリスタ達にその名だけで一種の『諦念』を与える程度には悪名を轟かせている。『塔の魔女』アシュレイをして『最悪』と言わしめる魔道の鬼才はその有り余る才能を他人の不幸と破滅の為だけに使用しているかのような人物なのである。
「灼熱の……砂漠を……歩き回る……旅人のように……」
 エリスの薄い唇が微かに動く。
 都会を砂漠に喩えた歌が流行ったのは何十年前だったか。
 乾き、疲れ、草木も生えぬ不毛の大地――
 彷徨い歩く旅人を飲み込み、果てるまで灼熱の太陽で照りつける、残酷に平等な場所が砂漠。
 凡そ豊かさとは真逆のイメージを内包する熱砂の世界は夜になればがらりとその姿を変え、芯から冷たい。その中間を持たぬ過酷なる旅路は人間が人間である以上――過ごしやすい場所では有り得ない。
 しかし、果たして――誰しもの前に広がる『砂漠』は単に東京ばかりか?
「いつまでも……癒されぬ……喉の……乾きに……悩まされる……ような」
 少女の眠そうな目の上に載った形の良い眉が僅かに顰められていた。
 エリスの――否、リベリスタ達の脳裏を過ぎったイメージは『人生とはまさに着のままで砂漠を彷徨う旅人の如し』である。好む好まざるに関わらず、否が応無く砂漠を行かねばならぬのならば、身につけた装備が何よりモノを言うのは間違いないだろう。
「ピンクはインランとか言ってた奴の作品か。発言同様に禄でもないな」
 年齢以上に幼い美貌は淡々としたままである。『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の言葉は大声でも無いのに奇妙に通る。
「まぁ、ほんとに困るのは元から足ることを知らない奴が多いことだが。
 破滅が定形(ワン・パターン)な辺りあまり面白くない。一度見れば飽きる程度の手品だな」
 今日、ユーヌ等――リベリスタ達が受けた指令はアーティファクト『砂漠の水筒』の破壊である。かの『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュのこの作品は彼の他の作品の例に漏れず不出来で皮肉な願望機の体を為していた。同じ彼の作品『不当な聖杯』は不釣合いな条件を使用者に求め、『Red or Black』は選び難い選択肢を天秤にかけさせる事を好み、『零の明星』は所有者に幸運とそれを上回る不運を与えた。
 今回のヤギ革の水筒のアーティファクト――『砂漠の水筒』は使用者を『乾かせる』呪いを帯びているという訳だ。水筒の水を飲んだ人物は概ね自らが望んでいた願いを叶える事が出来る。しかしてそうして叶った願いは決して使用者を満足させる事は無い。何ら運命的な副作用の不幸を与えないにも拘らず、人間そのものを作り変え何ら満足を与えない。飲めば飲む程強くなる欲望と中毒性。藁に縋り、満たされない想いの狭間で誰かが苦しむのを唯楽しむ意思を持つアーティファクトはある種並のフィクサード等よりも余程性質が悪いと言えるだろう。
「相変わらず嫌なアーティファクトなのです。
 こんなの使ってさおりんのお嫁さんになっても、いつも行動が気になって嫉妬の嵐の可愛くない奥さんになってしまうのです……」
「救うなどとは、言えないな……俺は本当の意味で『彼女』を救う事等出来はしない」
 可愛らしい顔を憂鬱に染めた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)に続き、やや自罰的にも見える自嘲の笑みを噛みながら低い声で『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が言った。
 今回の仕事は『砂漠の水筒』の破壊である。それは言い換えればかのアーティファクとに『たぶらかされた』人物よりそれを取り上げる行為に他ならない。
 しかしこれまでの状況と今回の場合には大きな違いがある。それは……
「ただ『人並みの幸せを得たかった』あの子はそう望んだだけダ。
 そのささやかな願いを打ち砕くような事をしなければならないとハ……
 ……まるでフィクサードになった気分なのダ」
 まさに重く息を吐き出し、心底から一言を吐き捨てた『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)の苦慮の表情が物語っている。
 感傷的と笑うならば笑え。
 欲望のままに『水筒』を使用する人間から破滅のアーティファクトを取り上げる仕事ならば拓真もカイもそんな顔はしなかっただろう。『水筒』に縋りどんな願いを叶えた所で、それが本質的にその人物を幸福にする事等有り得ないのだ。それは絶対的に決められた運命であり、大魔道の架したルールである。それを確実に理解するリベリスタが仕事を厭う事等、有り得る筈も無いのだ。
 しかし。
「人は弱い。何でも望みを叶えてくれる、そんな誘惑に抗える人なんて多くは無いだろう。
 ましてや子供。それも人間の尊厳に――根源に関わる欲望をどうしたら否定出来る。
 そんな想いを踏み躙り、嘲るような事は許せない。どうしても」
 しかし。
 全ては『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)の言う通り。
『生まれながらの病弱でそのままでは満足に――長く生きる事も出来ない少女がその命脈を保ち、一時の幻に縋る為に水筒を使っているのだとしたらば』。
 これを破壊する事は僅か十一歳の彼女を殺す事にも等しいでは無いか?
「行き止まりを提示して視界を塞ぎ、回答者を袋小路に追いやる。
 全く底意地の悪い。意図して選択肢を狭めた問は実にらしいと言えるかのぅ」
「クク」と鳩が鳴くような笑みが『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)から零れ落ちた。
 その皮肉な言葉は創造者である『黒い太陽』を向いたものか。それとも意地悪を連ねリベリスタを送り出した『塔の魔女』を揶揄したものか。バロックナイツの最上位と最下位に名を連ねる二人はアークとの関わり方は別にしてどちらもある種の悪い夢。
「さても、繰り返すものじゃな。面白き事も無き、この世はのぅ!」
 幼い唇には不似合いな調子は長く不条理を見つめてきた彼女の本当の齢を示している。
 そう。まことこの世の中は不出来である。罪の無い人間が必ずしも救われる訳では無い。善良ならば幸福になれる訳でも、悪辣ならば天罰を受けるという訳では無い事をリベリスタ達は嫌と言う程――まさに実体験で知っている。常に諦念と覚悟を要求される彼等の生業が心を壊す程の痛みとやり切れない悼みに満ちている事を思い知っている。彼等はこの仕事の持つ意味をしかと理解しながらここに在るのだから。
「……相変わらず悪意に満ちた破界器だけど、今回のはある意味本質を突いてる。
 人が何かの価値を見出す時、それは結果のみではなくその過程にも拠るのだと――」
 選択の余地も無かった少女の――日生花蓮の事情には敢えて静かに目を瞑り、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は言う。
 どうあれ『万華鏡がそれを見つけてしまったその時に』既に賽は投げられたのだ。
 これより善悪の彼岸(ルビコン)を渡り、道徳にも心情にも拠らぬ一つの結論を果たす――それがどれ程過酷な試練なのだとしても。
「……ともあれ、『最悪の事態』は避けなければなりません」
 敢えて何が『最悪』かは伏せながら『委員長』五十鈴・清美(BNE003605)が言った。
 黒い髪を二つのお下げにした少女は同じく外見が子供に見える瑠琵やユーヌと共に花蓮の小学校へ潜り込む事を計画している。
「まさかこの歳になってランドセルを背負う事になるとは……」
「背丈的に違和感ないのが困る。む、普通に一番背丈低いと少々悔しいが……
 私がランドセルを背負ったら、いよいよ竜一が逮捕されそうで困るな?」
「ほほ、妾は童の真似事等、却って愉快と思うがの」
 清美の一言にユーヌが微妙な顔をし、瑠琵は相変わらず何処まで本気か分からない事を言う。
 瑠琵とユーヌは花蓮のクラスの転校生として――清美は連絡役として学校内に潜り込む一方で、花蓮を送迎する両親の方は事前に送迎のルート等を確認した拓真やカイ、そあら等の情報と強結界で人払いの役を果たすエリスを頼りに禅次郎、龍治、快等が中心になって分断する事になっている。方法が意図的に事故を引き起こさせる――『当たり屋』である辺りは率先してその役を買って出た禅次郎の頑健さへの自信が伺える所ではある。
「可能な限り助けるです。助けた方が過酷な運命を辿るかもしれないです。でも、それでも――」
 そあらの言葉に誰ともなく面々は頷いた。
 唾を吐きかけたくなるような出来の悪いシナリオに一矢報いてやりたいと思うのは誰も同じ。
 願わくば、戦う人になれ。あのアシュレイは「神に出会った」と言ったけれど、この世にそんなもの影も形も見当たらないのだから。

●幕間I
 むりしてわらうパパとママがかわいそう。
 けんさをする度にいつも「良くなってるね」ってわらうんだ。
 からだはおもいし、せきが出る。おくすりを飲むたびにあたまがきりきりいたくなる。
 びょういんの外に出たいなぁ。
 すこしまえはおさんぽできたのに。おいしゃさんがすこしまとうって言ったんだ。
 ほしかった本はもらえたけど、ごはんはあんまりおいしくない。
 すこし食べてのこしたらみんなむずかしいかおをしたからちょっとむりしてつめこんだ。
 学校に行きたいなぁ。
 ともだちがいっぱいほしいなぁ。
 プールであそびたい。うんどうかいってどんなのだろう。
 パパもママもびょういんのみんなもやさしいけど、わたしはいつだってほしがってる。
 生まれてからずっとないものをほしがって、わからないのにゆめに見て、わがままばかり言ってたの。
 かわらない白いてんじょう。かわらない白いベッド。何年もかわらずに見てきたわたしのとてもせまい世界。
 ずっと続くって思ってたわたしの世界がおわったのは本当にいきなりのできごとだった。

 ――おーおー、何かいい匂いがして来てみたら! こりゃいいや! 最高だ!

 まどのそとにうかぶすいとうはおじちゃんのこえでわたしに言ったの。

 ――お前さ、叶えたい願いがあるだろう? 間違いない。そういう匂いがしたからな!

 ねがえばかなうの?
 お外に出れるの?
 学校に行けるの?
 友だちとあそべるの?
 パパとママはもう――わたしにかくれてなかないの?

 ――全てイエスだ! お前は元気になれるし、学校にも行けるよ! パパもママも大喜びだ!

 わたしはなんとなくおじちゃんがわるい人だってわかったけど。
 そんなの、もうかんけいない。

「外に出たいよ。
 学校に行きたいよ。
 友だちとあそびたいよ。
 パパとママを本当にわらわせてあげたいんだ――」

●日生花蓮
「宵咲瑠琵なのじゃ。よろしくのぅ」
「ユーヌ・プロメースという。よろしく頼む」
 小学校に一日ばかり潜り込む事等、強力な魔眼を持つ瑠琵には造作も無い。
 しれっとした顔でランドセルを背負い、魔眼による催眠を全力で活用して花蓮のクラスに潜り込み、花蓮の隣と前の席に陣取った瑠琵とユーヌはぼんやりと覇気の無い顔をした花蓮にそんな風に話しかけた。
「……ぁ、よろしく……」
 一拍遅れての気の無い反応は本来の彼女が抱いていた渇望を考えれば『有り得ない』反応である。
(成る程、大した毒だな。ウィルモフ・ペリーシュ)
 曖昧な愛想笑いは子供達には通用しても瑠琵やこのユーヌには通じない。
 二人が『何時もの通り』の話し方で些か小学生とは考え難い雰囲気を纏っているのはさて置いて。
 特別幼い姿格好をしている二人だから見た目としてはまぁ許容範囲といった所か。
 新鮮な季節はずれの『転校生』とのやり取りにも花蓮は余り気乗りしていない様子ではあったのだが――彼女はその原因に戸惑っている段階である。何故楽しくないのか、何故嬉しくないのか――謂わばそれが分からず原因に混乱している彼女は必死にこの時間を『楽しもうと努力している』風である。
(む、やはり私より背が……)
(さて……水筒は……)
 一方でユーヌ、瑠琵は花蓮と当たり障り無く歓談しながら彼女が備える水筒の在り処を確認するように密やかな視線を投げる。
 何処かにしまわれているのか水筒の所在はハッキリとは分からない。自由意思と自律性能を備えるペリーシュ・シリーズは非常に厄介な存在なのである。無論、戦闘能力を持つそれに対して寡兵の二人は下手に仕掛けるような事をする心算は無いのだが。
 ……いや、水筒がしっかりとしまわれていたのは却って良い事だったのかも知れなかった。
 ステルスを持たない瑠琵とユーヌはその姿を『視界』に晒したならば水筒はその存在と意味を理解する。かの水筒の『視界』がどういう原理で発生しているかは定かでは無いが、何処かにしっかりと仕舞われている限りは勘付かれない目も残る。
 あくまで二人の任務は花蓮と出来るだけ打ち解けて下校を共にし――リベリスタ側の罠に彼女と水筒を誘い込む事なのである。
(言葉にすれば何と残酷な事だろうの……)
 内心だけで呟いた瑠琵は相変わらずぎこちない笑みを浮かべる哀れな少女に少しだけ目を細めた。
「……この学校は楽しいか?」
 鉄心の少女は表情を殆ど変えないで花蓮に問うた。
 問い掛けには始めから意味は無く、返答がどんなものになるかをユーヌは良く知っていたのだが――
「うん、楽しいよ」
「……そうか。それは良かったな」
 ――冴えない表情に伴わず、殆ど間も無く頷いた花蓮を何となく撫でた。

●幕間II
 お外に出れたの。
 パパもママもおいしゃさんも大よろこびで。
 きせきがおきたっておおさわぎでわたしもぜんぜんくるしくなくて。
 おじちゃんが言ったとおりびょうきはなおったんだって。

 お家にかえれたの。
 初めて見るお家は『かれんちゃんおめでとう』っていっぱいきれいにかざってあって。
 おばあちゃんもおじいちゃんもなきながらわたしをぎゅうってしてくれて。
 おおきなケーキがおいしかったの。

 学校に行けたの。
 すこしきんちょうしたけど先生はやさしい人で、クラスのみんなもわたしによくしてくれて。
 学校のべんきょうもうんどうもはじめてだったけどゆめにみた時間だったの。
 みんな友だちになってくれるって言ってくれて……わたしにはなしかけてくれて。

 みんなにこにこしてたのよ。
 パパもママももうなかない。
 わたしもなかない。びょういんの外の世界はずっと広くて――いくらながめてもあきないくらいに広くて。
 それなのに。

 どうしてだろう、わたし――ちっともうれしくない。
 もっとねがおう。色々しよう。おじちゃんはうれしそうに「まだたりないんだよ」ってわたしに言うから。

●善悪の彼岸(ルビコン)を渡るI
 暮れなずむ夕陽がアスファルトに歪な影法師を伸ばしている。
「ここまでは予定通りですね」

 ――ま、そうなるよな!

 清美の言葉に応えるのは軽薄な軽口。やがて望んだ風景に耳障りな『声』が響き渡っていた。
 送迎の両親に先んじて対応した禅次郎、龍治、快、エリス、そあら、拓真、カイといった面々は学校に潜り込んだ清美から連絡を受け、所定の『ポイント』に先んじて回り込む形で布陣を済ませていた。誘導役になる瑠琵とユーヌの二人が『何故か送迎に来ない両親』に代わり花蓮と下校を共にし、人通りの少ない路地裏――戦場に彼女と水筒を誘い込んだという訳である。
「さてこの先は……」
 清美の視線が『声』の主をねめつける。

 ――本当に空気が読めねぇな、お前等は!

 この期に及べば黙っている必要も無いという判断なのだろう。
 強結界に包まれたその場所の空気を察し、赤い『真新しい』ランドセルから飛び出してきたのは言わずと知れた『砂漠の水筒』だった。
 奇襲めいて突然出現したそれは水の兵隊を吐き出した。
 花蓮の傍らに居た瑠琵やユーヌさえもこれに阻まれ、花蓮を確保するには至らない。
 嘲笑交じりの声はあくまでリベリスタ達を向いたもの。十一人と一つの中で唯一全く状況についていけていないのは当の花蓮ばかりである。
「分かっているなら話は早い」
 両手に抜いた得物を構え、拓真は言った。
「彼女が本来持つ物を取り返す――誰に何と言われようとな」
 ユーヌが言った。
「"良い思い出"になる時期で幸いだな?
 綺麗に記憶に残れるぞ。ああ、恨み言なら聞いてやる。
 存分に吐き出せ、聞かないと開き直る程――誰も狭量じゃない」
「そっか……」
 花蓮は神秘を知らない。
 しかして神秘に触れた人間である。
 その存在を直感出来るだけの感受性を持った『聡明な子供』だった。
 治らない病気が治り、願った事が悉く本当になる――小説より奇妙な、漫画より都合の良い現実の意味を察していた。
「そっか。友達じゃなかったんだ」
『初めて叶わなかった願い』の末をポツリと呟いた彼女は自身と水筒を追い詰めるリベリスタ達の顔を見た。
 居たたまれなくなるような短い静寂の時間を切り裂いたのは『空気を読めない』水筒自身の声だった。

 ――こいつ等は俺をお前から取り上げる気だぜ。
 調子のいい事を言ってお前を病院に逆戻りにさせる気なんだ。

「嫌……」

 ――そうだよ。嫌だよな? そんなのは嫌に決まってる。お前は願えばいいんだよ。俺に願え。そうしたら俺がこいつ等を追っ払ってやる。お前に病院に戻らなくても済む力を貸してやる。お前はずっと自由だし、パパともママとも一緒に居られるよ。勉強も恋も出来るんだ!

「――その口を縫え、お喋りな道具風情め――」
 不快な言葉を許さじと誰よりも先に動き出したのはユーヌであった。
 十分な速度を生かした彼女のナイフが宙に一瞬で印を刻む。放たれた陰陽・星儀の不吉な影が対応する間も無い水筒を覆う。

 ――け、相変わらず話せない連中だぜ!

「そうか。それは良かった。生憎と私もお前等と話し合う心算は無い。
 不運だな、登った後は落ちるもの。奇跡が打ち止めになるのが楽しみだな?」
 済し崩し的に始まった戦闘は最初から激しい展開を見せていた。
 次に動き出したのは是非もなしとその口を開き、水の兵隊を吐き出した水筒であった。
 四体の異形の水がリベリスタ達の行く手を阻む。同時に触れる程に乾く水を吐き出した水筒に何人かのリベリスタが動きを阻まれる。
 しかし、この状況も元よりパーティが想定していた内にある。
「回復は――」
「――任されたのダ!」
 麻痺毒の水如きでは新田快を阻めない。今日は攻め手にならんと構わず出た快にカイが応えた。
「確かに世界は君に冷たかったかも知れない。それでも、両親を始め、暖かい人が彼女の周りに沢山いたことに、もう一度気付いて欲しい――」
 蛇のナイフに清廉と破邪の神気。切なる願いの声と共に縦に振り下ろされた斬撃は抵抗等無いかのように前を塞いだ水の兵隊を深く切り裂く。
「我輩は怒っているのダ!」
 気合の一声と共に放たれた光がリベリスタ達の戒めを解いていく。
 攻めに出たクロスイージスと守りに出たクロスイージス、二人の連携が敵陣を切り裂き、味方を立て直す。
「エリスは……回復するだけしか……できない。だけど……それだけは……何があっても最後まで……!」
「同意だ。俺の為すべき等はじめから一つに決まっている」
 エリスが自身の周囲に存在する魔力を我が身に取り込み戦いを支える『準備』を整えた。
 龍治は全ての諸悪の根源たる『それ』をその手で撃ち抜く為にシューターの感覚を研ぎ澄ませる。
「生まれ落ちた以上、きっと意味があるはずなのです。
 誰の運命も望んだものばかりとは限らないですけど――」
 一方で状態回復の漏れをフォローし、同時にパーティの体力を一気に賦活したのはそあらの祈りが具現化せしめた聖神の奇跡であった。
 どれ程の業を背負おうとも、彼女は今日の戦いに怯む事は無い。多くの場合と同じく性悪な運命の女神は今日も『喜劇』を望んでいるのだ。自分に屈服する誰かを嘲り笑う心算なのだ。されど、そんな女の戯言に耳を貸す時間は――初めから無い。
(さおりんになって出直してくるといいのです――!)
 内心だけでその性悪に見得を切る。
「耳を貸すな、花蓮。満たされぬ原因はその水なのじゃよ」
 目の前で広がる『有り得ざる光景』に茫とした視線を向ける花蓮に向けて瑠琵は言った。
「見れば分かるじゃろ。妾も神秘、それも神秘じゃ。
 ……じゃが、それは碌な代物ではない。使用者の破滅を望むばかりの――悪意の塊なのじゃ」
 式符を展開し、鬼人を召還する瑠琵の言葉に花蓮の肩がぴくりと動く。
「前を――邪魔です!」
 水筒と花蓮への間を阻む水の兵隊を強く踏み込んだ清美の拳が貫いた。
 凍気を蓄え、繰り出されるその一撃は――受け損ねた鈍重な兵隊の一体を固く冷たい氷に閉ざす。
「水筒を手放せ」
 短く拓真が気を吐いた。
「……その水は、君に活力を与えてくれるが心までは埋められん。逆に乾いていくだけだ!」
 繰り出された風絶の煌きが弾幕となり水の兵隊を強か叩く。

 ――良く言うぜ――

 リベリスタの猛烈な実力を目の当たりにしながらも、余裕めいた水筒が嘲り笑う。

 ――善意だ? 悪意だ? そりゃ一体誰が決めたンだ
 ええ? お前等は神様か? 人の事を『悪意の塊』だの、『道具風情』だの。
 神様よ、デケェ事を言うお前等は俺よりマシに花蓮を助ける事も出来やしない。
 お前達は『何も出来ない』ンだ。一体俺様が何をした。病院から出たい花蓮の願いを聞き届け、周りの人間を間違いなく幸せにしている筈だぜ?
 花蓮は俺が居なけりゃ間違いなく病院に逆戻り。
 長生きも出来ない。コイツの親は毎日涙にくれる日々に逆戻りだ。
 ええ? お前達に何が出来る。花蓮の身体を治せるのか? 悲嘆にくれる両親を慰められるのか。
 俺が『悪』だって言うのなら、花蓮を殺そうとしてるお前等は一体何者だ?
 ええ? それが『善』なのかい? リベリスタ!

「……ッ」
 ぎり、と兵隊を迎撃した禅次郎が歯を鳴らす。
 饒舌な水筒の言葉は詭弁のようでありながらある種の真実を射抜いていた。
『砂漠の水筒』なる願望機は願いを叶える力を持っている。少なくともそれを実現する力に嘘偽りは無い。
 使用者の心を歪め、乾かせたとしてもである。現代の医療では根本的に救う手段の無い花蓮の身体を全快させたのは間違いない事実である。そして、彼女の快復を心から願っていた疲れ果てた両親の心を救ったのも変えようの無い事実である。
 一方でリベリスタの為さんとしている事はどうか。罪無き少女から命綱を取り上げる為に戦い、善良なるその両親を強引な手段で眠らせた。彼女の為『だけ』を純粋に想うと言うならば――水筒を取り上げぬという選択肢を初めから否定するのは有り得ないのに、元よりそれは許されない。
「――――」
 声無く、振り切る。
 詮無い思考を今だけは隅へ追いやる。
 吠えた。禅次郎は声も枯れよと声を張る。
「その水筒は間違っている。生まれ方を間違えている。
 その水筒はお前の望むモノを与えてくれるが、同時にお前の望みを歪めてしまう。
 歪んだ望みは自分を、周囲の大切な人をも傷つけてしまう――お前はそれをも望むのか!」
 元よりリベリスタの判断は『善悪の彼岸』を渡ったその先にあった。
 口々に言葉を並べる彼等が花蓮を本当に『想って』いるのは確かである。
 多くの場合において善良なる彼等は決して口ばかりで美辞麗句を述べている訳では無い。痛みと悼みとやるせなさと無力感に苛まれ、時に深く絶望しながらも両足で地面を踏みしめておぞましい現実と戦い続けている。それは間違いないのだが――
「わたしがびょういんにもどったら、パパとママはなかないの……?」
 ――花蓮の子供らしい問い掛けに誰かが小さく息を呑む。
「わたしがしんだら、パパとママはなかないの?」
 水筒を失くせば間も無く少女は死ぬだろう。
 両親は生きる希望さえ失ってしまうのかも知れない。
 リベリスタの為すは紛れも無く『正義』である。しかし、『冷たき正義』は『善』なのか?
 水筒は紛れも無く『非道』に生まれついた。しかし、その『不出来な善意』は断罪するべき『悪』なのか?
「わたしは、どうして生きようとしてはいけないの?」
 問い掛けは答えの出ない迷宮の如き暗闇を孕んでいた。
 リベリスタがどれ程心を尽くして説得したとしてもそれは『持つ者の論理』でしかない。
『人間らしく死ね』と告げた所で、幼い少女には分からない。
 否、分かったとしてもそれを受け入れる人間は少ない。
 如何に愛に包まれていたとしても、生まれながらに何も持ち得ず――砂漠の砂に首まで埋もれ、残酷な太陽を見上げる他無かった花蓮の『乾き』をリベリスタが分かる筈も無い。彼等にだって痛みはある。事情はある。されど、彼等は自分の両足で立つ事が出来る。何処へも行ける。仲間と笑い合う時間を知っているのだから。溢れんばかりの『未来』を『希望』をその胸に残しているのだから!
「おねがい、わたしに――」
 駄目だ、と言っても届かない。届かない。圧倒的に、届かない。
「――力を、かして」

 ――そうそう! 人間、素直でいなくっちゃ!

 ゲラゲラと笑う水筒はピカピカと瞬いて花蓮の手の中に落ちた。
 渇望の水は呪い。薄々とリベリスタの言う『真実』を理解しながらも少女はその一口を飲み干した――

●善悪の彼岸(ルビコン)を渡るII
(せめて……誰も倒させないように……!)
 エリスの天使の歌声が戦場に響き渡る。
 成る程、自身が宣言したその通りに――彼女は苛烈さを増していく戦場に確かな存在感を刻んでいた。
『戦闘には然程優れていない』――アシュレイは水筒を称してそう言ったが、それはあくまで相対的な話である。『砂漠の水筒』本体のみならばいざ知らず、彼が次々と生み出す水の兵隊は厄介な障害として機能している。何より渇望の水を得た花蓮が敵側の戦力として機能している点が非常に大きい。リベリスタに『出来るだけ殺したくない』というブレーキが働く程に戦いはより難しくなる。
「……チッ……!」
 舌を打ったのは龍治である。
 花蓮や水筒を庇う水の兵隊の存在は狙撃手たる彼の仕事を邪魔し続けていた。
 機転を利かせ、邪魔をする兵隊をユーヌが翻弄するも目の前を塞ぐ邪魔な兵隊は当の水筒から次々と生み出されているのである。
「しぶといですね――」
 更に一体の兵隊を清美の一撃が阻みかかるが、今度は氷結も跳ね返された。
「目障りな――!」
 直接の狙撃を諦めた彼は邪魔をする兵隊を掃討する方向にその動きをシフトする。
 八咫烏の吐き出す光弾が枝分かれして尾を引いて――次々と兵隊達に突き刺さる。
 何より強力な個を狙うを得手とする龍治ではあったが、餅は餅屋である。圧倒的な精度を持つ彼の射撃は支援砲としても一流である。
「そのまま――朽ちろッ!」
 その生命力を暗黒の瘴気に変え敵を制圧せんとする禅次郎。
「お前達の相手は、こちらで引き受けさせて貰う。行くぞっ!」
 更には裂帛の一撃で木っ端微塵に兵隊を破壊する拓真の一閃が冴え渡る。
「あああああああああああ――!」
 悲鳴に似た声。『力』を得た花蓮の重い一撃は敢えてその身で受け止める。
「……ずっとずっト、辛かったナ。寂しかったナ」
 口から血を吐き出しながらも、カイの声は優しいままだった。
「分かルと言える立場じゃナイ。君の気持ちは我輩には分からナイ。
 だガ――病院にいた間、君はずっと不幸だけに包まれていたのカ?」
 混乱する少女に言い聞かせるように彼は言う。
「――今はどうダ? 幸せカ?
 以前も今モ、君はご両親に愛されていル。それは幸福の一つなのでハないカ?」
「――――」
 よろりとよろめく少女の様に構わない。
 姿勢を崩し、身体をくの字に折りかけながらも――怒る彼の激情は目の前の少女に向いては居なかった。辛うじて少女の身体を押し返し、全身に力を入れてよろめく足元を叱咤する。
 味方が薙ぎ払った兵隊の隙間を突き、飛び込んだ彼が睨み付けていたのはその水筒だけであった。

 ――残酷な連中め。希望を持ち、自由を知った花蓮から……
 ……もう一度それを取り上げるのか。ええ!?

「煩い! 我輩に――一発殴らせロ!」
 正面からの重い一撃はカイ・ル・リースの一本気を示している。
 娘を持つ父親のやるせない、言葉に言い表せない無力感を秘めている。
 戦いが続く程にリベリスタ達は傷付いた。
 物理的な傷よりも、気高い宝玉の瑕ばかりが血を噴いた。
 リベリスタ達は敵陣営を押し込んでいく。幾らかの被害こそ否めないものの、元よりアークより集められた一線の精鋭達である。その戦闘能力はアーティファクトの対応出来るレベルを超えていたのだ。

 ――――♪

 攻勢を押し返すのは決意と共に戦場に歌を点すエリスである。
 柔らかな息吹で仲間達を癒す彼女であり、そあらである。
 十全な回復支援と強力な攻撃に押される水筒。
 連続攻撃にそれは悪態を吐き出すも、どうしようもなく傷付いていく。
「――最後の一撃、ここは俺に任せてもらう!」
 その時を狙い澄まし、待っていた快が何時に無く積極的に気を吐いた。
(不殺で花蓮を止められれば、まだチャンスはある……!)
 彼が向けた視線の先には花蓮が居て、あの水筒がある。
『渇望の水は願いを叶える水である。そしてそのルールには他者の為の願いを禁じる項目は無い』。
 新田快という人間は何処までも『甘かった』。そして己が身を省みず、理想に向けて押し進まんという気概を持っていた。
 彼はペリーシュ・シリーズに身を委ねる危険性を知っている。
 ……知っていても止まる心算は今、無かった。
(俺のフェイトを、あの子へ――!)
 間合いを詰める彼は全力で一撃を振り下ろす。
 リーガルブレードの一撃は決して花蓮の命を奪いはしない。
 目前に残された水筒は佇む彼の様子から何かを察したのかヘラヘラと笑って言った。

 ――そう。そうだよ。それでこそ『善』だろ。何も生み出さない概念だけの『正義』なんて意味が無い!
 俺に頼れよ。俺を見逃せよ。そうしたら皆幸せになるんだ。
 花蓮だって死なない。お前なら耐えられるんだろ? なぁ、ヒーロー!

「黙れ」
 不快な――調子の良い言葉を吐き出す水筒を快は短く遮った。
 宙に浮かぶヤギ革の水筒に彼は手を伸ばした。仲間達なら、自分が呑まれるより前にこれを何とかしてくれるとそう信じて。
 彼が覚悟を決めた瞬間と、光の矢が迸ったタイミングはほぼ同時だった。
 声も言葉も無く、呆気無く――『油断』していた水筒は木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「――ッ!?」
 振り返った快の視界には悲しい顔で構えを取るそあらの姿があった。
「それは、駄目なのです」
 そあらは言う。幾度もペリーシュ・シリーズに纏わる運命を目の当たりにしてきた彼女は言った。
「どんなに叶えたい願い事があったとしても、それに縋ってはいけないのです」
「……ごめん」
 怒りの――抗議の声を上げかかった快はその顔を見て酷く激していた自分を自覚した。
「……………それから、ありがとう」
 水筒を破壊したそあらの顔はきっと鏡を見ているように自分に似た表情をなぞっていたから。

●アンハッピー・エンディング
 かくて『砂漠の水筒』は破壊された。
 リベリスタ達の目の前に残るのは後味の悪い静寂と意識を失った花蓮のみ。
 水筒の魔力を失くした彼女の様子は見るからに悪い。先程までの溢れんばかりの生命力は嘘のように枯れ果て、体調の悪化が見て取れる。
「どう思われようと、俺は構わない。
 嘘でも偽りでもないが……出来るならば……どんな小さな事でも良い彼女に幸いがある様に。
『奪った』俺がそう思ってしまうのは、恐らくはこの剣の弱さなのだろうな……」
「ままならぬな、この世の中は」
 拓真は、龍治はそれを嫌という程知りながら呟かずにはいられない。
「人の良さそうな両親だったな」
「ああ」
 相槌を打つように禅次郎が頷いた。
「とても優しい、いい人達に見えた」
 快は言葉を発しない。砕けた水筒の破片を拾い上げ、手の中で握り潰すように拳を握っていた。
 この戦いが何も生み出さず、奪うだけのものになる事は最初から知れていた。
 それでもリベリスタはこれを完遂しなければならない事も。アークは一を殺し十を救う組織である事を知っていた。『塔の魔女』の厭らしい笑みの意味を知っていた。神の名を呟く彼女が何を期待してリベリスタ達を見つめているかを知っていた。それでも――割り切れないのは感情である。仕事を果たした今も、その想いだけは蟠ったまま。
「……何の為にこんな道具を作るのダ!」
 吐き捨てるように声を荒げ、カイが激昂した。
「W・P……本当にロクでもないモノばかり作りおっテ。
 誰かに殺意や憎悪を抱いたりする事は無かったガ、我輩は仏のインコじゃないのダ。
 お前だけはいつか必ずこの手で殺すのダ!」
 温厚な彼の苛烈なる一面は早々見れるものでは無い。
「……まぁ、なるようにしかならないのは事実だからな。言った通りだ。幾らでも私を恨め」
『仕事』に余計な感情を挟まないユーヌが幾らか感傷的に吐息する光景もまた同じである。
 たかが数時間の付き合いとは言え、花蓮は多くを口にした。『望みに望んだ光景を幸せに認識出来ないままの少女に』ユーヌは瑠琵は実に多くの話を聞いた。余りに幼い希望を聞いた。
 ……これより叶わなくなる夢を幾つも聞いた。
「所詮此の世の胡蝶の夢ぞ。せめて甘やかなる『思い出』にしてやれれば良かったのじゃがな」
 魔眼を備える瑠琵をしても記憶の改変は荷が重い。童女のなりをした老女のやや口惜しい呟きは幾らかの苦味を含んでいた。
 水筒の悪罵は決して的外れなものでは無い。面々は間違いなく――少女にとっての死神だった。
「一番いい治療が出来る病院をさおりんに頼んで探して貰うです」
「……この後の……彼女が……静かに安らかに過ごせますように……」
 そあらは、エリスは――リベリスタ達は酷く優しい死神だった。



 事件の後、暫くの時を置いて。リベリスタ達はその後の日生家の動向を聞く機会を得た。
 病状が『戻ってしまった』日生花蓮は再び入院を余儀なくされたが、『或る篤志家』の好意により海外での治療を受けられる事になったという話であった。
 数奇な運命を背負い神秘に触れた少女があの日に出会った死神を告発したという記録は残っていない。
 日生花蓮は彼女の人生を、生きている。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIです。

 ルビコン川を渡る、賽は投げられた、はカエサルのお言葉。
 善悪の彼岸はニーチェのお言葉。ルビは気分ですが。
 プレイング非常に良かったです。
 全体的に心情系依頼とは何ぞや、という部分を良くフォローしていて十分な内容だったと思います。

 強いて二点挙げるとするならば『難易度Normalでは歪曲運命黙示録は使えない事』と『非戦スキルの拡大解釈』だけは気をつけた方が良いです。『電子の妖精』は直接操作しなければ効力を発揮出来ないので電波のジャミング等は出来ませんし(構造上、性能上電波をジャミング出来得る機械を操作すれば鮮やかにそれを達成する事は出来ますが)、『魔眼』による催眠では記憶を改変するような事は出来ません。ちなみに潜入に使用した方は鮮やかに機能しています。

 特に後者は非常に惜しく状況とプレイングに適切な『記憶操作』を持っていたならばMVPとしたと思います。(水筒の魔力が抜けた時点で花蓮の対神秘防御は一般人並となる為、これが可能になります)

 MVPは有効なプレイングの範囲で花蓮に可能性を残した人に。
 彼女に圧し掛かる運命が変わるかは別にして、彼女はまだ生きているのです。

 個人的には大満足。
 書き過ぎた位。裏を返して素晴らしかったということ。
 シナリオ、お疲れ様でした。