●Bad Dream After 虚ろな眼差し、虚ろな微笑み、何も映し出さない綺麗なだけの人形の瞳。 解れて傷付いて撓んで、まるでその主の心を表す様な草臥れたメイド服。 その手には盾と短剣。そして黒い宝石の指輪。かつてそれと相対した者にとっては目を疑う光景。 『鋼鉄乙女』アイギス・ヴァージニアに課せられた使命は唯一つ。 不治の病毒に冒された最愛の人を救う事。世界よりも大切な主を蘇らせる事。 その為であれば、如何なる悪行も、如何なる冒涜も、如何なる痛苦も厭わない。 与えられた情報は3つ。108の生きた人間の心臓を手に入れること。 革醒者の心臓であれば、1つで10人分が賄えると言うこと。 そして、タイムリミットは僅かに1週間しかないと言うこと。それだけ分かれば我武者羅である。 胸を不安と恐怖が満たす。彼女の傍に主が居ない。 人形遣いなる女に余計な物を幾つか借り受けた分戦う力は増したが、それだけだ。 彼女にとって一番重要な。彼女の枷となるべき物が此処には無い。 だから、元より破綻しかかっていた女は今この瞬間も刻一刻と壊れていた。 壊死し、剥離し、死滅し、瓦解し、崩壊への階段を順繰りに下っていた。 「主様の為主様の為主様の為ええ分かってます主様私が私が必ず貴方を貴方を救って見せますから」 殺めた革醒者の数はこの3日で4名。リベリスタ、フィクサード、手当たり次第。 けれど足りない。足りない。足りない足りない足リない足リナい足リナイ足リリリリリリ―― 通り魔が駆ける。都市の闇を駆ける。ただ、ただ、己が夢幻を満たす為の生贄を求めて。 「見 つ ケ タ」 ――アーク本部。ブリーフィングルーム内。 モニターに映し出されたその光景に、『駆ける黒猫』 将門 伸暁(nBNE000006)のみならず 集められたリベリスタ達すらが眉を潜める。明らかに平常心を欠いている。 狂気に片足を突っ込んでいる。理性が剥がれ落ちていく様が見える様な固まった微笑。 「何が有ったのかは分からないが、どうにも全くクールじゃないね。 フィクサードと暴力は切っても切れないレッドストリングで結ばれてると言ってもさ」 モニターの女は決して喜んで他人を傷付けている訳でも無ければ、それが望みとも見えない。 ただただ痛々しい誰も喜ばぬ筈の惨劇。だが、彼女が殺人を繰り返している事に変わりは無い。 「革醒者専門の通り魔、となれば放ってはおけない。 以前交戦した感じじゃ尋常でなくハードでタフな子らしいしね。 果たして何時までこの狂行が続くか分からない以上、放置するのは余りにもデンジャーだ」 テーブルの上に置かれたのは1つの黒い宝珠。既に幾度も用いられたその世界の異物。 破界器『夢幻の宝珠(ドリームジュエル)』。何故これが用意されたのか。 問うまでも無い。この破界器には一つの性質が存在する。 曰く、“夢幻の宝珠の所有者は自然と引かれ合う”空想は空想を招き、幻想は他の幻想を呼ぶ。 要約してしまえば、類友である。そして現在『鋼鉄乙女』は現実と空想との境界を見失いつつある。 これを持ってうろついていれば相手側が勝手に見つけてくれる。迎撃するには格好の舞台。 「ただ、幾つかおかしな物が万華鏡の探知に引っ掛かってる。 以前と同じとは行かないみたいだけど、そこら辺は適宜臨機応変に。 インプロビゼーション・バトルで頼むよ。お前らの燃えるエイトビートを見せ付けてやりな」 ウインクを投げる駆ける黒猫。その仕草は変わらぬ物の、事態は徐々に変遷を見せている。 求められるのは命懸けの幻想。現実を塗り潰すが如き人の悪意に抗する夢。 それでは皆様、ドリームワールドへようこそ。 ●三者会談 蝋燭の灯った暗い部屋。とある洋館の一室。 かつてリベリスタ達による襲撃が行われたその屋敷で、2人の人間がイスに腰掛ける。 「ヤァ、この間ハ見事に裏ヲ掻かれテシまっタネ。ハ、ハ、ハ、参っタ参ッタ」 片や、顔の半分をピエロの仮面で包んだ彫りの深い長身の男。 「今更どうこう言う気は無いですけど、私まで巻き込むのはやめて欲しかったですね お陰で大事な大事な可愛らしい人形の素材が3つも失われてしまいました」 はぁ、と嘆息するのは如何にも繊細そうな風貌の灰色髪の女。 「おヤ、一つハ防衛に成功シタんじゃ無かッタかナ? 彼ノ“六道の”『ドールマスター』様トモ在ろう御方ガ水増シ請求とは頂ケないヨ」 奇妙なイントネーションでも露骨に分かる位に、語彙を強調して次げる曲芸師。 「首の折れた剥製なんか誰が喜ぶって言うんですか? 廃棄処分ですよあんなの。 まあ操り人形には使えそうでしたから再利用はしますけど、コレクションにするにはとてもとても。 全く、“裏野部の”『バッドダンサー』さんがきちんと仕事をしてくれないから」 対する男を見る人形遣いの眼差しは至極胡乱げであり、続けてこれ見よがしに息を吐く。 含みのあるやり取りに、『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンドの口元に笑みが浮かぶ。 一方の『ドールマスター』ティエラ・オイレンシュピーゲルの視線は何処までも平坦だ。 交わる視線。飛び散る火花。互いが互いを疎ましく思っているだろう事は想像に難くない。 では、何故そんな2人が態々同じ部屋になど留まって居るのか。 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。応えを待つでもなく軋みながら動く蝶番。 入ってきたのは黒服、筋肉質な男性と、その後ろには赤い服の少年の姿が見える。 「遅かッタね、君らシクも無イ」 「随分手間取ったみたいですけど。やっぱり無理でしたか?」 向けられた視線と揶揄に無表情で頭を振る男。髪と同じ漆黒の瞳には何処までも深い闇が宿る。 「とりあえず処置はした。が、可能不可能では無い。アレは既に死んでいる」 低く呻く様な声。その言葉にシャッフルが肩を竦め、ティエラが処置無しとばかりに目を閉じる。 「ダッタら、あノ2人も廃棄だネ」 「今まで保ったのが奇蹟みたいな物ですし」 無責任な言葉の数々に、けれど黒い男の表情はぴくりとも動かない。 「死体である以上担当は俺だ。が、昨今聖櫃の子らの活動が活発化して来ている。 悪いが、余り此方に関わっている余裕が無い」 「ふゥン……マぁ、“黄泉ヶ辻”の『屍操剣』ト『預言者』君ガそう言ウなら仕方無イ。 君にハ君ノ目的が有ル訳だしネ。ジャあ――」 「何ですその態度の違いは。私にも、私の研究がある事をお忘れなく…… まあ今回は良いですけど。あの子達が変に増長してもただ邪魔なだけですし」 気だるげに。誘蛾灯に惹かれる羽虫を払う程度のぞんざいさで瞳を伏せた女が呟く。 「そうか、ではあれを動かせる様にだけはしておこう。 現行テーマのサンプルも兼ねアザーバイド化してしまうが構わんな?」 「神経が通っているなら何でも良いですよ。貴方の死生剣と違って、私の糸は生物専門ですから」 「人形専門、ノ間違イじゃナイかナ?」 「誤誘導しか出来ない詐欺師は黙ってて下さいな」 間髪入れぬ反論に、再度視線を合わせる両者。黒服の男が相も変わらぬその光景に瞳を細める。 「諍うな。全ては大儀の為に」 「……そうですね、全ては悲願の為に」 「ソウ言われチャ仕方無い。全てハ我らガ女神の為ニ」 三者三様それぞれに、力ある介入者達は歪な夢幻を詠い上げる。 未だ世に触れる事も無き、深淵の深淵のその底で。三人の奇術師は今一度舞台の幕を上げる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月02日(水)01:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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