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<六道>告死領域・早贄渓谷

●Bad Dream After
 虚ろな眼差し、虚ろな微笑み、何も映し出さない綺麗なだけの人形の瞳。
 解れて傷付いて撓んで、まるでその主の心を表す様な草臥れたメイド服。
 その手には盾と短剣。そして黒い宝石の指輪。かつてそれと相対した者にとっては目を疑う光景。
『鋼鉄乙女』アイギス・ヴァージニアに課せられた使命は唯一つ。
 不治の病毒に冒された最愛の人を救う事。世界よりも大切な主を蘇らせる事。
 その為であれば、如何なる悪行も、如何なる冒涜も、如何なる痛苦も厭わない。
 与えられた情報は3つ。108の生きた人間の心臓を手に入れること。
 革醒者の心臓であれば、1つで10人分が賄えると言うこと。
 そして、タイムリミットは僅かに1週間しかないと言うこと。それだけ分かれば我武者羅である。
 胸を不安と恐怖が満たす。彼女の傍に主が居ない。
 人形遣いなる女に余計な物を幾つか借り受けた分戦う力は増したが、それだけだ。
 彼女にとって一番重要な。彼女の枷となるべき物が此処には無い。
 だから、元より破綻しかかっていた女は今この瞬間も刻一刻と壊れていた。
 壊死し、剥離し、死滅し、瓦解し、崩壊への階段を順繰りに下っていた。
「主様の為主様の為主様の為ええ分かってます主様私が私が必ず貴方を貴方を救って見せますから」
 殺めた革醒者の数はこの3日で4名。リベリスタ、フィクサード、手当たり次第。
 けれど足りない。足りない。足りない足りない足リない足リナい足リナイ足リリリリリリ――
 通り魔が駆ける。都市の闇を駆ける。ただ、ただ、己が夢幻を満たす為の生贄を求めて。
「見  つ  ケ  タ」

 ――アーク本部。ブリーフィングルーム内。
 モニターに映し出されたその光景に、『駆ける黒猫』 将門 伸暁(nBNE000006)のみならず
 集められたリベリスタ達すらが眉を潜める。明らかに平常心を欠いている。
 狂気に片足を突っ込んでいる。理性が剥がれ落ちていく様が見える様な固まった微笑。
「何が有ったのかは分からないが、どうにも全くクールじゃないね。
 フィクサードと暴力は切っても切れないレッドストリングで結ばれてると言ってもさ」
 モニターの女は決して喜んで他人を傷付けている訳でも無ければ、それが望みとも見えない。
 ただただ痛々しい誰も喜ばぬ筈の惨劇。だが、彼女が殺人を繰り返している事に変わりは無い。
「革醒者専門の通り魔、となれば放ってはおけない。
 以前交戦した感じじゃ尋常でなくハードでタフな子らしいしね。
 果たして何時までこの狂行が続くか分からない以上、放置するのは余りにもデンジャーだ」
 テーブルの上に置かれたのは1つの黒い宝珠。既に幾度も用いられたその世界の異物。
 破界器『夢幻の宝珠(ドリームジュエル)』。何故これが用意されたのか。
 問うまでも無い。この破界器には一つの性質が存在する。
 曰く、“夢幻の宝珠の所有者は自然と引かれ合う”空想は空想を招き、幻想は他の幻想を呼ぶ。
 要約してしまえば、類友である。そして現在『鋼鉄乙女』は現実と空想との境界を見失いつつある。
 これを持ってうろついていれば相手側が勝手に見つけてくれる。迎撃するには格好の舞台。
「ただ、幾つかおかしな物が万華鏡の探知に引っ掛かってる。
 以前と同じとは行かないみたいだけど、そこら辺は適宜臨機応変に。
 インプロビゼーション・バトルで頼むよ。お前らの燃えるエイトビートを見せ付けてやりな」
 ウインクを投げる駆ける黒猫。その仕草は変わらぬ物の、事態は徐々に変遷を見せている。
 求められるのは命懸けの幻想。現実を塗り潰すが如き人の悪意に抗する夢。
 
 それでは皆様、ドリームワールドへようこそ。

●三者会談
 蝋燭の灯った暗い部屋。とある洋館の一室。
 かつてリベリスタ達による襲撃が行われたその屋敷で、2人の人間がイスに腰掛ける。
「ヤァ、この間ハ見事に裏ヲ掻かれテシまっタネ。ハ、ハ、ハ、参っタ参ッタ」
 片や、顔の半分をピエロの仮面で包んだ彫りの深い長身の男。
「今更どうこう言う気は無いですけど、私まで巻き込むのはやめて欲しかったですね
 お陰で大事な大事な可愛らしい人形の素材が3つも失われてしまいました」
 はぁ、と嘆息するのは如何にも繊細そうな風貌の灰色髪の女。
「おヤ、一つハ防衛に成功シタんじゃ無かッタかナ?
 彼ノ“六道の”『ドールマスター』様トモ在ろう御方ガ水増シ請求とは頂ケないヨ」
 奇妙なイントネーションでも露骨に分かる位に、語彙を強調して次げる曲芸師。
「首の折れた剥製なんか誰が喜ぶって言うんですか? 廃棄処分ですよあんなの。
 まあ操り人形には使えそうでしたから再利用はしますけど、コレクションにするにはとてもとても。
 全く、“裏野部の”『バッドダンサー』さんがきちんと仕事をしてくれないから」
 対する男を見る人形遣いの眼差しは至極胡乱げであり、続けてこれ見よがしに息を吐く。
 含みのあるやり取りに、『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンドの口元に笑みが浮かぶ。
 一方の『ドールマスター』ティエラ・オイレンシュピーゲルの視線は何処までも平坦だ。
 交わる視線。飛び散る火花。互いが互いを疎ましく思っているだろう事は想像に難くない。
 では、何故そんな2人が態々同じ部屋になど留まって居るのか。
 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。応えを待つでもなく軋みながら動く蝶番。
 入ってきたのは黒服、筋肉質な男性と、その後ろには赤い服の少年の姿が見える。
「遅かッタね、君らシクも無イ」
「随分手間取ったみたいですけど。やっぱり無理でしたか?」
 向けられた視線と揶揄に無表情で頭を振る男。髪と同じ漆黒の瞳には何処までも深い闇が宿る。

「とりあえず処置はした。が、可能不可能では無い。アレは既に死んでいる」
 低く呻く様な声。その言葉にシャッフルが肩を竦め、ティエラが処置無しとばかりに目を閉じる。
「ダッタら、あノ2人も廃棄だネ」
「今まで保ったのが奇蹟みたいな物ですし」
 無責任な言葉の数々に、けれど黒い男の表情はぴくりとも動かない。
「死体である以上担当は俺だ。が、昨今聖櫃の子らの活動が活発化して来ている。
 悪いが、余り此方に関わっている余裕が無い」
「ふゥン……マぁ、“黄泉ヶ辻”の『屍操剣』ト『預言者』君ガそう言ウなら仕方無イ。
 君にハ君ノ目的が有ル訳だしネ。ジャあ――」
「何ですその態度の違いは。私にも、私の研究がある事をお忘れなく……
 まあ今回は良いですけど。あの子達が変に増長してもただ邪魔なだけですし」
 気だるげに。誘蛾灯に惹かれる羽虫を払う程度のぞんざいさで瞳を伏せた女が呟く。
「そうか、ではあれを動かせる様にだけはしておこう。
 現行テーマのサンプルも兼ねアザーバイド化してしまうが構わんな?」
「神経が通っているなら何でも良いですよ。貴方の死生剣と違って、私の糸は生物専門ですから」
「人形専門、ノ間違イじゃナイかナ?」
「誤誘導しか出来ない詐欺師は黙ってて下さいな」
 間髪入れぬ反論に、再度視線を合わせる両者。黒服の男が相も変わらぬその光景に瞳を細める。
「諍うな。全ては大儀の為に」
「……そうですね、全ては悲願の為に」
「ソウ言われチャ仕方無い。全てハ我らガ女神の為ニ」
 三者三様それぞれに、力ある介入者達は歪な夢幻を詠い上げる。 
 未だ世に触れる事も無き、深淵の深淵のその底で。三人の奇術師は今一度舞台の幕を上げる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月02日(水)01:02
 61度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 当シナリオは拙作『ドリームワールドへようこそ!』系シナリオ群の1つです。
 過去のシナリオを読まなくても楽しめますが、読んで頂けると尚分かり易いかと。
 以下詳細となります。

●作戦成功条件
 『鋼鉄乙女』アイギス・ヴァージニアの撃破。

●『鋼鉄乙女』アイギス・ヴァージニア
 メイド服の女。破界器『夢幻の宝珠』他2種を所持するクロスイージス。
 外見年齢20歳前後。称号、名前はあくまで自称であり本名不明。
 神秘、物理共に尋常でなく、激しく硬い物の、命中を除く攻撃関連の能力は
 夢幻の宝珠による補正が無ければそれほど高くありません。

・使用一般スキル:不沈艦、技巧派、盾熟練Lv2、針鼠、生存執着、強結界
・使用戦闘スキル:ダンシングリッパー、リーガルブレード、ブレイクフィアー、パーフェクトガード

・歪曲混沌黒史録:告死領域・早贄渓谷

●破界器その1
『夢幻の宝珠』
 ドリームジュエル。黒い宝石。
 半径10m以内の人間の妄想力を測定し、力へと変えるアーティファクト。
 注がれた妄想を0~5の六段階で評価。
 評価値×10の補正が物攻、神攻、物防、神防にそれぞれかかります。
 尚、アイギスは所有者の為×20で+100の補正がかかっています。

 また、リベリスタ側の所有者も同量の補正がかかります。
 所有者は相談にて御決定下さい。貸与数は1つです。
 ドリームジュエルの効果範囲が重複した場合、効果は大きい方が優先されます。
 所有者不在の場合、リベリスタ側のドリームジュエルは効果を発揮しません。

●歪曲混沌黒史録
 ネバードリーム。偽造歪曲運命黙示録。
 ドリームジュエルの所有者が評価5以上の妄想を注いだ場合に顕現する、
 幻想を塗りつぶす妄想。現界する黒歴史。
 通常では為し得ないルール違反を1つだけ、
 ドリームジュエルの効果範囲内に押し付けられます。
 但し、リスクと効果時間は比例、効果量と効果時間は反比例します。
 
●告死領域・早贄渓谷(デッドエンド・カズィクルベイ)
 鋼鉄乙女の歪曲混沌黒史録。溜2。
 自身のHPが25%を切っている場合のみ使用可能。
 半径10m以内の自分以外の全対象に自身が被ったダメージを
 そのまま攻撃力に加算した範囲物理攻撃を行います。命中は向上しません。
 この攻撃の対象には[呪い][致命]の状態異常が必ず発生します。

●破界器その2
『聖女の痛み』
 ヴァージンペイン。
 所有者に対する攻撃で加害者に反動によるダメージが発生する場合、
 反動ダメージ分所有者のHPを回復する効果を持つロケットペンダント。
 内側にはあらゆる紛争、抗争、闘争に対する呪詛が封じ込められています。
 部位攻撃で破壊可能。

●破界器その3
『復讐者の祝福』
 リベリオンブレス。
 所有者に状態異常がかけられる度、その状態異常を掛けた者に
 同一の状態異常を呪いとして自動的に付与する腕輪。
 反撃、反射、報復、復讐を意味するルーン文字がびっしりと刻まれています。
 部位攻撃で破壊可能。ヴァージンペインより頑丈。

●戦闘予定地点
 敵側が襲撃してくると言うシチュエーションである為、
 三高平市内であれば場所と時間帯を指定する事が出来ます。
 指定が無い場合アーク本部付近の深夜の大通りで襲撃を仕掛けて来ます。
 この場合街灯等がある為光源不要。人目に付く可能性は有ります。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
メアリ・ラングストン(BNE000075)
クロスイージス
★MVP
新田・快(BNE000439)
ホーリーメイガス
ニニギア・ドオレ(BNE001291)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
デュランダル
真雁 光(BNE002532)
ダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
マグメイガス
リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)
マグメイガス
桜花 苺(BNE003725)

●Under Heart
 声が聞こえた、と思った瞬間には既に動いている。
 走り抜けるは『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)その姿はあたかも一迅の風の如く。
 焼失した映画館跡。――と言えば聞こえは良いが実際は殆ど焼け野原である。
 かつてとある少年とアーク一行が矛を交えた戦禍の地。
 以前とある道化とリベリスタ達が運命を削りあった因縁の地。
「変わり果てましたね、『鋼鉄乙女』。哀れ、と言う資格は、私達には無いのでしょうが」
 打ち合わせたのは剣と盾。
 決して非力とは言い難いリセリアの一撃にまるで応えた素振りを見せない。
 変わりに、けたけたと。笑う声は音も道も外れた物で。
「でも貴女は、私たちが放ってはおけないと心に決めた敵と繋がりのある存在ともいえる」
 硬い声を上げる『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)彼女にしては珍しく、と言うべきか。
 その声音にゆとりが感じられない。けれどそれもその筈だろう。
 彼女もまたこの一件に関わっている。目の前で少女が殺される所を見ているのだ。
 助けようと思って助けられなかった。弟の様な少年が憔悴する所を――
「どんな細い糸でも、逃がさない」
 何故緩んでなどいられるだろう。彼女もまたリベリスタなのだ。らしくなくとも、紛れも無く。
「――冬は、瞬く間に過ぎた」
 ぽつりと。呟く『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)
 彼は悪夢と関わりはなく、けれど夢幻に糧を得た一人である。けれど、そう。
 最初にそれと対峙した時、惟は一言で言うなれば純粋だった。己が夢、幻に耽溺する事が出来た。
 だが、今はどうか。苦々しくも認めざるを得ない。信じきれない自分。
 自らの未熟を痛感した今、抱く騎士像に歪みは無くとも。ただ理想だけを求める事を現実の記憶が阻害する。
「故に流儀も何も無い、だが、騎士として相対しよう。妄想から生まれし者が妄想のままであるように」
 彼の半身、冥界の女王を手に。研ぎ澄まされた意識は世界を鈍重にさせる。
 『鋼鉄乙女』の動きが見える。それは決して早くない。鋭くもない。だがそれ以上に。

「ここからが再出発だ――足踏みなんてしていられない」
 リセリアの横に男が並ぶ。それだけで空気に火が灯る。そんな個は既に全ですら有るだろう。
 集団を纏め上げる事。他者と意志を通じ合わせる事に於いて彼を凌ぐ者はそうは居ない。
 外観は何処にでも居そうな大学生である。だが、彼を良く知る者はその意志と気概に一つの名を付けた。
「どんなに挫折し絶望しても、決して投げ出すことを許されない!」
 火花を散らす短剣と短剣。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)
「貴方さエ……!」
 憎々しげに表情を歪める。その姿。零落したと言ってもそれだけではない。
 眼差しに宿った憎しみは紛れも無く、彼個人へ向けられている。
「今のアイギスさんにはどんな言葉を投げかけても無駄でしょうね。それなら全力で戦うだけです」
 悪夢の当事者でありながら最も貴い願いを抱き続けた少女。
 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が魔力を手繰る。
 放たれる魔術の矢はその心根の如く真っ直ぐであり。けれど以前同様その一撃は決して痛打に繋がらない。
 極端を極めた者に対し“ゆうしゃ”は相性が悪い。それが守りに傾いているなら尚更である。
 己を盾と任ずる者最大の理が其処にはある。『鋼鉄乙女』に付け焼刃は通じない。
「――我は求め、訴えたり。夢現の力よここに!」
 一方で、快とリセリアが押さえ込んだ『鋼鉄の乙女』に対し声を上げる少女。
 その紅い瞳に赤い髪。黒いローブは見るからに魔術師を彷彿とさせる。
 否、ソロモンに通ずるその文言。連想のみであるまい。
 彼女、リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)は魔術師である。
 誇り高い彼女にとって、恐らく何者かを演じろと言われればそれは苦痛以外の何物でもない。

 だが、事今回のケースに於いて彼女の胸中。そしてその体躯には極めて強力な幻想が宿る。
 元より、魔術とは幻想の産物である。誰かが求めた“自然に有り得ざる力”を人は魔と名付けた。
 魔術師は誰しも胸に幾許かの幻想を抱く。それが古典的魔術師の家系であれば、尚更だ。
「我が身を介し顕現せよ、魔術師の瞳は此処に開かれる!」
「やや、とばすのう。厨二組織アークの一員として負けてられぬ。
 フィクサードを統一支配するその日まで! 妾の天下布武は終わらぬのじゃから!」
 それを立派に患っていると勘違いした『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)が
 シャーッ!と荒ぶる鷹のポーズでアイギスを威嚇する。もちろん、それその物には何の意味も無い。
 けれど身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。大切なのは心の在り方を表現する“行動”である。
 彼女は胸に抱き行動した、であればそれを夢幻の宝珠は後押しする。これはそう言う破界器である。
 であれば逆に。相性の良い悪いと言うのは厳然と存在する。
「おおおっ、来た来た。流石じゃ妾!」
「……」
 テンションが上がるメアリを呆然と横目で見つめ、けれど理解不能と頭を振る女。
 『人造リベリスタ』桜花 苺(BNE003725)にとってその行動は酷く不合理である。
(苺にはわかりません……世界を救うのに心は本当に必要なのですか?)
 記憶の中の恩人に問い掛ける。彼女の行動を選択しているのはその人物の言葉である。
 心を学ぶ事。その意義について、けれど苺は疑問に思う。狂気に侵され道を踏み外した鋼鉄の乙女。
 その姿に哀れと言う情動すら浮かばない。まるで理解出来ない。
「心があるという事は時にこのような結末を招くのでしょうか」
 意識を集中する合間にも疑問は胸を突く。ぽつりと呟く彼女が、幻想を抱くのはハードルが高過ぎる。
 人が夢見る物。願いを託す物とは大抵が不合理の産物なのだから。

●Symphonic Aegis
「響き、奏で、包め。天上の調べに乗せて地獄の呪いを。
 災禍の旋律に乗せて至上の祝福を。我紡ぎし祝詞は世界を憎む怨嗟となる。
 ならばその痛み閉ざす事能わず。誘うは自罰の四重奏──『魔曲“セイレーンの嘆き”』!」
 リリィの奏でた魔曲がアイギスの体躯を確実に捉えて穿つ。
 確固たる幻想の後押しは、同じ幻想によって堅牢さを得ている女の守りをすらも撃ち抜くのか。
 ダメージこそ通らぬ物の纏めて付与される状態異常が鉄壁を任ずるメイドをじりじりと追い詰める。
「――ぐっ、」
 けれどそれには痛みを伴う。至極当然なロジック。苦痛に苦痛を返す『復讐者の祝福』
 ニニギアの追い掛ける何処かの誰かが好みそうな――それ。
「リベリオンブレス、ね……けれどそれがどうしたの
 我が身は既に魔力の礎。この程度の苦行を厭うなど、ありえないわ!」
 だが、それとて計算の内だ。例え同じ痛みを被ろうと彼等は手数を喰われる事を最も恐れた。
 道理である。元より鋼鉄乙女に半端な攻撃はまるで通じない。
 半端でなくとも。極端に研ぎ澄ました一撃以外はその9割以上を減衰される。
 並の攻撃は浪費とイコールである。
「どれも厄介な破界器ですが、敵がアイギスさん一人なら破壊せずとも対処のしようがあるです」
「ひゃっはー! 汚物は消毒だぁぁぁ!!」
 光の、メアリのブレイクフィアーが状態異常を確実に掻け消して行く。
 其処にニニギアの癒しが上乗せされれば、攻撃の際被る必要過剰の反射ダメージを相俟って、
 受けるべきリスクは殆ど消失すると言って良い。
「運命を引き寄せましょう。私達はもう負けられない」
 現実を見据えた強い意志は幻想に頼らざるとも戦線を支えると言う意義を果たすに必要十分。
「助かります――再度の廻り合わせ……今度こそ此処で決着を付ける!」
 更に前衛である2人はと言えば、此方は此方で危うげない。
 鋼鉄乙女の一撃は決して軽い物ではないが、リセリアはこれを避けてみせる。
 或いは偶さかに掠める事は有ろうともその傷を癒せる人間は嫌と言う程控えている。

「貴方の主は人々を守るリベリスタだったのでしょう。
 魂を人々の臓腑で贖う行為は貴方の主の生涯を否定し、侮辱する行為です」
 そんな最中に苺が放った魔力の弾丸は、けれど城砦にも等しいアイギスの盾を殆ど傷つけない。
「貴方達だって。守りたい世界が有ったんじゃないんですか!」
 光の紡ぐ魔術の矢も、その体躯を傷付ける事は叶わない。
 徒労感を感じる。余りにも厚過ぎる絶対的な壁。会心の一打以外はまるで無意味の繰り返しである。
「それで、貴女は満足ですか?」
 けれど放った言葉には明確な意味が宿る。快の、リセリアの目にそれは明らかだ。
 狂気は決して消えていない。だが、目に宿る怒り。強い感情の色。
 それは彼女が此処に来て漸く――彼女の敵を認識した事を示す。
「貴方は、貴方達に、貴方達の――お前達に主様の、何が分かる!!」
 叫ぶ。鏡写しの様に快へと振り下ろされるリーガルブレード。過剰な防御力を夢幻の宝珠が後押しする。
 その効果の程は彼自身が実感している事。 この破界器はクロスイージスと相性が良過ぎる。
「主の為といいながら、自身の心を救う為だけに実行された行為です。貴方の行動は破綻しています」
「お前達が、お前達が――私から、主様を奪うとするお前達がソレを言うのか――!!」
 鮮烈な一撃は決して柔らかくは無い快の体力を大幅に削り取る。
 これが、革醒者の一撃だと言う事を忘れる様なその苛烈さ。だが、けれど、彼女は――
「だから貴様は、一人なのか」
 惟の言葉に、動きが止まる。
「な……に……?」
「惟の内には嫁が居る。故に、お前の苦悩は分からん。
 だから問うまでの事。貴様の中に“主様”は居ないのかと聞いている」
 降り注ぐのは無数の闇色の刃。反動を被るその攻撃は同時にアイギスを癒す。
 けれどその言葉は果たしてどうだ。惟の抱く幻想はその形を変えて今もその身を律させている。
 それと比べて、鋼鉄の乙女は果たしてどうか。

「――都合の良い妄想に浸っているだけなら、止めねばならん」
「温情はかけられないわ。貴方の行動は常軌を逸している。誰かの劇場で踊っている端役の様」
 リリィが冷たく吐き捨てる。上昇志向の彼女に足踏みを続ける人間が美しく映る筈も無く。
 矛盾して破綻したその行動論理は只管に無様でしかない。
「端役……主様は……あれ……主様ハ、何処ニ……」
 視線が泳ぐ。彼女は気付いていなかったのか。或いは気付いていて視線を逸らしていただけか。
 彼女の傍に彼が居ない。それだけでこれ程不安なのに。恐ろしいのに。怖いのに。
 どうして彼女はたった一人、こんな場所に居るのだろう。
 何時、彼が失われるかも知れないのに。どうして、傍にいてあげられなかったのだろう。
 それがきっと――この、心まで鋼鉄では居られなかった乙女の咎。
「可哀想……だなんて、言ってられないのよね」
 それでも愁眉を寄せてしまうのは、ニニギアにも痛いほど分かる感情であればこそ。
 絆が有るのだ。結ばれた縁は決して少なくない。彼女とて、どちらかを選べと言われたら。
 例えば、愛しい人と、守るべき者を――答えが出せるかは自信が無い。
「事情は全く知らんが妾に言わせて貰えれば妄想する事が悪では無いのじゃ。妄想に溺れ、己を見失う事こそが悪!」
 そんな彼女が妄想を御せているかはともかくとして。メアリが抱く幻想の量はこの場の誰にも劣らない。
 響く癒しの歌声には強い力が宿る。夢に善悪等有りはしないと。高らかに詠うその幻想は気高い。
「この手に灯るは、貫き穿つ桜花の矢」
 その様を模倣してか、たどたどしく苺が告げる。ほんのりと、彼女の“行動”を夢幻の宝珠が後押しする。
 感情無きその御技は拙くとも。見様見真似のそれは“心”の萌芽。
「撃ち抜け――!」
 桜花一号の放った矢は確かに――鋼鉄を任ずるただの女の崩れかかった心を、貫く。

 ――――Alas, my love you do me wrong.
    (ああ、私の愛した人は何て残酷な人)
 響いたのは歌声。精彩を欠いた眼差しの中、夢見る様に少女が詠う。
 リベリスタ達によって行き場を無くした想いは、夢幻の世界へ溢れ出し。世界を一つの色へと彩る。

●Tear Right

 To cast me off discourteously.
(私は愛を非情にも投げ捨ててしまった)
 And I have loved you so long.
(私は長い間あなたを愛していた)
 Delighting in your company.
(側にいるだけで幸せでした)

 重ねられるのは狂おしいほどの愛の言葉。
 今、消え逝く想いを綴った感情の坩堝。けれどそれは世界を蝕む程の真実の想い。
 それだけだった。それだけだった。最初から最後まで、つまり彼女にはそれしか無かった。
「皆、下がれ! 来る――!」
 快の声に、リセリアが迷う。攻めた方が良いのでは無いか。時間を稼いだ方が。
 彼女の回避能力は類稀なるそれである。或いはこの捻じ曲がった幻想をも避けられるのでは。
 だが、果たして未だかつて。歪曲運命黙示録を避け得た個人が居ただろうか。
 彼の御業はその偽造。道理であり――摂理。
「……分かりました」
 止められない。止まらない。狂愛の旋律は、誰の手をしても止む事が無い。

 You was all my joy.
(あなたは私の喜びだった)
 You was my delight.
(あなたは私の楽しみだった)
 You was my heart of gold.
(あなたは私の魂だった)

 対するは快唯一人。握った黒い宝珠には光が宿る。
 彼が倒れれば、アイギスを抑えておける個人など居なくなる。
 夢幻の宝珠の加護無しに消耗戦を只管続ければ、全体の8割は彼女の守りを突破出来ない。
 言うなれば、快が倒れた時点で千日手が確定する。それでも限り無く長い時間を掛ければ。
 否、例え人目が少なくともこの焼け野原は市内である。延々何時間もの間やりあってなど居られない。
 此処が――正念場。

 ――――And who but my lady you.
    (なら、あなた以外に誰がいるでしょうか)

 大地より無数に生まれる棘。否。棘と言うには巨大すぎる。幻想で形作られた槍。
 その数は百を超え千を超え万を超え、無限に等しい数の暴力で視界を埋め尽くす。
 世界がそれを承認した、奇蹟。其を偽造しただけの異物が此処までの威力を生み出すのは、ひとえに。
 其処に注がれた想いに貴賎など無く。偽りもまた無い――紛れも無い真実で有るからか。
 呑み込まれた快の姿は埋め尽くされた槍の中に消え去り見えない。
 ただ、吹き出した血栓。明らかに致死量に達するだろうその赤い血飛沫が夕暮れを濡らす。
  
 歪曲混沌黒史録――告死領域・早贄渓谷(デッドエンド・カズィクルベイ)

「そん、な……」
 ニニギアが呆然とその光景を見守る。これは、運命の祝福がどうとか言う問題では無い。
 こんな物に巻き込まれて誰が無事で居られると言うのか。
 ――――そう、誰が。
「……ああ、やっぱり私の愛は――間違ッテ無カッタ」
 恍惚と、その剣山を見つめるアイギスが一歩踏み出す。近付けない。
 攻めに出た瞬間ブロックされるだろう。後はあの幻想に巻き込まれる事の繰り返し。
 こんな簡単な方法で、リベリスタ達は全滅する。それに気付き、苺が絶句する。
 何と言うルール違反。何と言う理不尽。尋常の――合理の内には無い異端の論理。その現実に。
「――――」
 どうか、と。願った。血を吐くほどに。
 力を。皆を護れるだけの力を。真に“守護神”と呼ばれるに足る――力を。
「……え……?」
 降り注ぐ一閃。ぱきり、と音が聞こえた。

 決意だけでは守れない。覚悟だけでは届かない。
 だからこそ、より多くを守り救いたいという、人の領分を超えた幻想に焦がれ。
 救った命に応える為、救えなかった命に報いる為、救いを求める声に手を伸ばす。
 そう在ると決めた。それが己の存在意義であると信じた。
 ただの大学生がその境地に到るまで、どれ程の辛酸を舐め、苦渋を味わい、それでも尚――

 誰一人奪わせはしないと言う――それはただ我武者羅な、不恰好な理想(ユメ)

 歪曲混沌黒史録――明日へ射す光(ネバー・アフター・トゥモロー)

 灼光が射す。槍の中央で運命すらも削りその想いを光へと換える。
 穿ち貫いたのは誰をも傷つけぬ唯一条の光。
 全てを賭したその護りは早贄渓谷で失われる筈の命を救い、その痛撃と同負荷を“夢幻の宝珠”にかける。
 全てを護る守護者の刃。護る者の返す刀。砕け散った幻想を守護の力に。
 “ゆうしゃ”が間髪を居れず駆ける。何の為、答えは簡単だ――
「ボクが世界を救うですよ!」
 世界の闇を払う者。勇気有る者の総称。
 それを人は“ゆうしゃ”と呼び、そして時に“光”と呼ぶ。
 一閃。そして、一殲。心を預けた宝珠を砕かれた少女に、戦う術などもう、有りはしない。
 壊れた宝珠の破片を手に、倒れて動かぬ鋼鉄の乙女へ惟が告げる。
「『夢幻の宝珠』(こんなもの)が無くとも、人は夢を現とすることが出来るのだ」

 ――冬は過ぎ、春がやって来る。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ノーマルシナリオ『<六道>告死領域・早贄渓谷』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

見事なプレイングでした。相手には勝ち筋が元々1つしかないとは言え
逆に言えばそれを覆すのは極めて厳しい相手でした。
相性的に決して良いとは言えない編成でこれを覆した点お見事です。
MVPはその中でも最も熱を込めたプレイングを掛けられた
新田快さんへ。文句無しです。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。