● おしょうがつがおわったころ、おかあさんはいえをでていった。 いま、おかあさんがどこにいるのか、ぼくはしらない。 おとうさんにきいても、おしえてくれなかった。 だから、ぼくは、おかあさんにてがみをかいた。 びんせんにてがみをかいて、ふうとうにいれて、のりでふたをして。 ふうとうに、『おかあさんへ』とおおきくかいた。 ちゃんと、おかあさんのところにとどくように。 あした、ポストにてがみをいれてこよう。 おとうさんに、みつからないようにしなくちゃ。 ● 「……ん、集まったな。それじゃ、説明始めるぞ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を眺め、手にしたファイルをめくった。 「今回の任務はE・ゴーレムの撃破。ポストに投函する前の手紙がエリューション化したものだ」 どうやら、差出人の手元にあった手紙が自我を得て、宛て先まで自力で辿り着こうとしているらしい。 「張り切って家を出たはいいが、道に迷ってそのへんをウロウロしてる。 手紙が宙を浮いてあちこち彷徨ってるのはシュールだが、中途半端に人目を避けようと考えてるもんで、目撃者には容赦しない」 放っておけば、運悪くE・ゴーレムに遭遇した一般人が犠牲になってしまうだろう。 その前にE・ゴーレムを倒してほしいと、数史は言う。 「現場は住宅街だから、結界などで人払いは必要だな。 相手は一体だし、戦いそのものはそこまで苦労しないとは思うが……」 数史はいったん言葉を区切り、一枚のメモと、地図をリベリスタの一人に手渡した。 メモには人の名前が書かれており、地図は一部の地域を囲むようにマーカーで印がつけてある。 これは? と問うリベリスタに、黒翼のフォーチュナは答えた。 「……この手紙な、本当は届かないはずだったんだ」 手紙の差出人は五歳になる少年で、離れて暮らす母親に宛てて書いたものらしい。 両親は数ヶ月前に離婚しており、少年は父親に引き取られた。以来、母親には会っていない。 少年は母親にどうしても伝えたいことがあって手紙を書いたのだが、彼は母親の住所を知らなかった。 白い封筒には『おかあさんへ』と子供の字で書かれたきり。 切手は貼られておらず、宛て先の住所はもちろん、差出人の住所すら記されていない。 このままポストに投函したとしても、母親のもとに届くことはなかっただろう。 「手間をかけて申し訳ないが…… E・ゴーレムを倒した後、手紙を宛て先まで届けてやってくれないか」 数史によると、少年の母親の名と、彼女が住む地域は突き止めることが出来たらしい。 もう少し時間があれば住所の番地まで調べることができたかもしれないが、そこまでの余裕はなかったと申し訳なさそうに言う。 「手紙の詳しい内容まではわからないが、どうも、急ぎの手紙らしいんでな」 E・ゴーレムは、倒してしまえばただの手紙に戻る。 元は紙だが、エリューション化しているだけあってそれなりに頑丈だし、ちょっとやそっとの攻撃で読めなくなることはないだろう。 「……ただ、炎だけは別だ。燃やした場合は、さすがに手紙として致命的なことになる。 まあ、単純に戦いだけを考えれば、そっちの方が楽といえば楽なんだが」 なにしろ紙なので、炎には弱い。 「余計な手間を増やしてすまないが、お願いできるか。どうか――よろしく頼む」 そう言って、黒翼のフォーチュナはリベリスタ達に深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月23日(月)23:51 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 少し離れた公園から、子供たちが遊ぶ声が微かに聞こえてくる。 平和な住宅街の一角で、八人のリベリスタは一通の手紙を探していた。 離れて暮らす母親に宛てて五歳の少年が書いた手紙――そのE・ゴーレムを。 「母ちゃんが家を出てった、と。きっとお金が無いから、働きに出てるンすね!」 『やったれ!!』蛇穴 タヱ(BNE003574)は周囲を見回しながら、「ウン、そうに決まってやすよ」と自分の言葉に頷く。 (そうに決まってら……チクショー……) 古風な名を残して消えた母。物心つく前から数え飽きていた天井の染み。全てはお金が無かったからだと、タヱは認識していた。 お金があるのに、子供を置いてどこかに行ってしまう母親など。いるはずがない。ありえない。 ぐす、と小さく鼻を啜ったタヱを、『不屈』神谷 要(BNE002861)が振り向く。「泣いてないっすよ」という言葉に、要はさりげなく視線を前に戻した。 「これも立派な護るお仕事です。少年の大切な思いを護る、という」 必ずや為してみせましょう、と、彼女は赤の瞳に静かな決意を込める。そこに『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が歌を口ずさんだ。 「まいごのまいごのお手紙さん♪ あなたの宛先どこですか♪」 ふよふよと空中を漂う封筒が道に迷っている姿を想像して、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)が口を開く。 「うろつく手紙ってのもシュールだね。少し可愛い」 そう言って彼が視線を向けた先、路地の電柱の陰に白く四角いものが隠れるのが見えた。 ――あれだ。間違いない。 路地に人通りはなく、両側は高い塀で遮られている。ここで戦うのが最適と判断した『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)が人払いの結界を張り、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)がもう一度周囲を見渡す。 皆の準備が整った後、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が声を上げた。 「迷子のお手紙、みーつけた!」 びくりと身を震わせた白い封筒に、小梅・結(BNE003686)が人差し指を突きつける。 「いーけないんだ、いけないんだ! ぱぱにいいつけてやるのだー」 完全に見つかったことを悟った手紙は、電柱の陰から飛び出すと、リベリスタ達に襲いかかった。 ● 誰よりも速く前に出た終が、手紙を迎え撃つ。 「人目を忍んでくれるのはいいけど攻撃はダメだよ!」 手紙を痛めぬよう、彼はナイフのグリップに冷気を纏わせて手紙に打ちかかった。咄嗟に吹いた風に煽られ、幸運にも直撃を避けた手紙が、慌てたようにさっと青ざめる。そこに走った舞姫が身体能力のギアを大きく高めると、源一郎が手紙の背後に回り込み、手刀で鋭く打ち据えた。 地面と並行になるように向きを変えた手紙が、その場で激しく回転する。生み出された真空の刃が、前に立つ終と舞姫、源一郎の肌を掠めた。 ミカサが、封筒の端を狙ってオーラの糸を放つ。 「地味に嫌な攻撃が多いし、油断は禁物だね」 紙の切れ味は意外と馬鹿にできない。傷は浅くても、切れた箇所は思いのほか痛んだりするものだ。 リベリスタ達の最後尾に位置するシエルが周囲の魔力を取り込み、要が仲間達の全員に十字の加護を与えて意志の力を極限まで高める。 「さて。あんまり傷つけられないと言うのもありやす。チクチク削るっすよー」 タヱの全身から放たれた気糸を身を捻ってかわした手紙は、抗議するように空中で身をばたつかせた。 言葉は通じないが、おそらくは「邪魔をするな」とか、そういった意味だろう。 「うむうむ。コーフンするのもわかるが落ち着くのだ」 脳の伝達処理を高めて自らを集中領域に導いた結が、手紙を諭すように口を開いた。 言っても聞かないことは承知の上だが、『手紙を宛て先に届ける』という点において両者の目的は一致している。リベリスタ達の攻撃もまた、それに配慮していた。 終と舞姫が、息を合わせて手紙に攻撃を仕掛ける。 「必ず、あなたを届けるから……、大人しくしてください!」 冷気を纏うナイフのグリップと脇差の柄頭が、白い封筒をほぼ同時に打った。 たちまち凍り付き、動きを封じられた手紙に向けて、源一郎が手刀を振るう。本来ならば首を掻き切り、激しく流血させるはずの技だが、封筒の端から零れたのは赤い血ではなく、何色ものクレヨンで描かれたような掠れた線だった。これはこれで、面妖極まりない。 (……届く筈の無かった手紙、それって届けても良い言葉なのかな) 気糸で手紙を追い詰めながら、ミカサはそんなことを思う。手紙に何が書いてあるのかは知らない。唯一わかるのは、急ぎの内容であるらしい、ということだけだ。場合によっては、この手紙が届くことで、少年の両親は嫌な思いや辛い思いをするかもしれない。 (まあ、子の心を受け止めるのも親の役目って事か――) 凍りついた身をかたかたと揺らす手紙に向けて、タヱの全身から無数の気糸が伸びる。 必要以上に傷をつけないよう気を配りつつ、彼女は封筒の隅に気糸を引っかけ、その体力を削り取っていった。 「貴方に言葉は通じない……其れが道理。 でも……私達は貴方を……傷つけず届けたいのです……」 天使の歌を響かせて仲間達の傷を癒したシエルが、手紙に優しく語りかける。 手紙は、心を伝える尊い存在だ。あのE・ゴーレムが、『届けたい心』より生じたものであるなら。 (『私達の想う心』……どうか貴方に届きますように) シエルの、そしてリベリスタ達の心が通じたのか、凍ったままじたばたと抵抗を続けていた手紙の動きがわずかに鈍る。 そこに駆けた結が、パワースタッフで鋭く封筒の端を打った。 「一人でどうしようもなくなったら誰かに頼るといいのだ。 こんな優しいおねがい、ムゲにする人はそういないぞ?」 手紙が大きく揺らいだのを見て、魔道書の角を叩き付けようとしていた要が攻撃手段をジャスティスキャノンに切り替える。 (杞憂かとは思いますが、少しでも手紙の状況は良い方が望ましいですし) 輝く十字の光が止めとなり、力尽きた白い封筒が道路の上にひらりと落ちた。 ● 落ちた手紙を拾った要が、それを舞姫に手渡す。エリューションとしての力を失い、“ただの手紙”に戻った白い封筒を受け取った舞姫は、サイレントメモリーで手紙の記憶を辿った。 (覗き見するようで少し気が引けますが……) 本当に一刻を争うものかもしれないし、宛て先である母親を探す手がかりになるかもしれない。今は、全力を尽くすことが優先と判断してのことだった。 少年が手紙に込めた温かな想いが、断片的に伝わってくる。何かに追い詰められているような切羽詰った様子は感じられなかったが、“今日のうちに”手紙を届けたいと願っているのは確かなようだ。 手紙をそっと手に取った結が、折れた封筒の角などを丁寧に伸ばしてから本に挟む。 母親の居場所について新たな情報は得られなかったが、とにかく探してみるしかない。 リベリスタ達は二台の車に分乗し、母親が住んでいるとされる隣町に向かうことにした。 女性陣が続々とシエルの車に乗り込む中、タヱが終の車に駆け寄った。 「せっかくだからアタシはこのチャラい車を選ぶぜ!」 何をもって「チャラい」と評したかはともかく、タヱの表情が『ジェットコースターを前にした子供のそれ』になりつつあるのは気のせいだろうか。おそらくは気のせいだろう。 タエに続いて、源一郎が「どちらの車両でも一向に構わぬ」と、後部座席に乗り込む。 助手席のドアを開けたミカサが、「フェイト使用」とぽつりと呟いた。 「……何でもない、ちょっと言ってみただけだよ」 シートベルトを慎重に締めるミカサと、後部座席で沈黙する源一郎やタヱを見て、終が笑う。 「やだな、なんでみんな固まってんの? 教習所の先生にも運転誉められたし超安心して☆」 「いいか、俺は君の言い分を信用するよ。危ない運転をするならグーで行く」 そう言って拳を軽く握ったミカサの目は、ちっとも笑っていなかった。 特に事故も違反もなく、無事に隣町に辿り着いたリベリスタ達は、手分けして手紙の宛て先を探すことにした。男性陣と要は単独でそれぞれの担当地域を捜索し、それ以外の女性四人が一塊で行動する手筈である。聞き込みの際に不審に思われないよう、全員が“幻想纏い”に装備を収納した上で、目立つ身体的特徴は幻視で覆い隠していた。 ――松居里恵(まつい・りえ)。 それが、手紙の宛て先の名前だった。 差出人である少年の父親と離婚をしてこの町に越して来たという、少年の母親。 終はまず、自分が担当するエリアのマンションやアパートを重点的に調べることにした。 状況から考えて一軒家を借りるとは考え難いし、高級マンションの類も可能性は低いとして対象から外してある。終はそうやって絞り込んだ集合住宅の玄関や郵便受けを一つ一つ見ていったが、松居という名前は見当たらない。 (ちっちゃい子が頑張って書いたお手紙だもんね☆ きちんと届けてあげなきゃ) 諦めることなく、彼は周辺の聞き込みに移る。ボランティア先の老人ホームで『孫に欲しい子No.1』だという彼の明るさは、聞き込み調査においても有利に働くだろう。 同じ頃、要は学校の制服姿で町の住人に声をかけていた。 「すみません、学校の自由研究で……」 この町について人の出入りの統計を取るため『引越してきた人が元居た地域』や『引越した人が行った地域』を知りたい、という名目で、彼女は通りがかる人を捕まえては話を聞く。最近になって越して来た人がいると聞けば、さらにどのあたりに住んでいるかを訊ねてメモに取り、有力な情報はすぐに仲間達に連絡して共有した。 仲間達と随時連絡を取り合いながら、ミカサも担当エリア内の単身者向け賃貸物件に狙いを定める。持ち前の観察眼で活気のある一帯を探し、さらに女性の一人暮らしに向きそうなマンションをピックアップしていった。怪しまれないよう、自分が経営するセレクトショップのダイレクトメールを手にポスティングを装う。そのためもあってか、表札や郵便受けを見て回る彼を不審に思う者はいなかった。 「松居さん? ご近所にはいなかったと思うけど……ごめんなさいね、お役に立てなくて」 心当たりがない、といった様子の主婦に短く礼を述べ、源一郎は次の聞き込みに向かう。理由を問われた時は素直に事情を説明するつもりでいたが、この地域は治安が良いのか、多くの住民は源一郎の迫力ある体格に驚きはしたものの、概ね好意的に聞き込みに応じてくれた。 下駄の音を響かせて歩きながら、源一郎は思う。 (幼き子供の無垢なる願い、叶えられずに我が無頼道、務まるものか。必ずや届けて見せようぞ) 何時の時も子供の願いは小さく、しかし、大きな夢を乗せていると決まっているものだから。 ● 一方、女性四人のチームは公園にいた。 先に結の千里眼で集合住宅の表札を片っ端から確認したものの、目的の名前は見つからなかった。他の地域を調べる仲間達からも同様の連絡があったため、もしかしたら、防犯などを考えて表札そのものを出していないのかもしれない。となれば、あとは近隣の住民からの情報だけが頼りだ。 少年の想いが詰まった白い封筒に視線を落として、舞姫がそっと呟く。 「届かない思い。ドコにでも、よくあること……、だと思います」 だけど。知ってしまった以上は絶対に放っておけない。 手紙を届けたとしても、少年の想いがそのまま母親に伝わるとは限らないけれど――。 「子が『書いた文字』で母親は手紙の差出人……判ると思います。 字を書くときの癖……親しき相手であれば分かるものだから」 優しげな口調で紡がれたシエルの言葉に、舞姫は迷わず頷いた。 革醒という運命の悪戯を、奇跡に変えるために――想いよ、届け。 保護者役の二人に伴われた結とタヱは、差出人の少年の友達を装って公園にいる住人に聞き込みを行う。 「最近引っ越してきた松居さんをご存知ないだろうか? 手紙を預かっているのだ」 結が小型犬の散歩で通りがかった女性に声をかけると、すぐに反応があった。 「松居さん? ……もしかして、ウチの上の階の人かな?」 それを聞き、結は事情を簡単に説明する。もちろん、話すことができるのは子供の目線で分かる内容に限られたから、足りない部分は舞姫やシエルが補足した。 「その子もがんばったけど、まいごになって大変だったからバトンタッチしたのだ」 「そうだったんだ。お友達のためにえらいねえ」 表情を綻ばせた女性に、四人はさらに“松居さん”の話を聞く。どうやら、少年の母親に間違いなさそうだ。 「あたし、これから帰るけど。松居さんに話、伝えておこうか?」 女性の申し出に、タヱと結が人差し指を自分の口の前に立てる。 「――おたすけ妖精さんっす!」 「おたすけ妖精さんなのだ。知られずにおたすけするのだ。しーなのだ」 子供の可愛らしいやり取りを演出して秘密を守る、というこの作戦が効を奏したのか、女性はにっこりと笑い、「わかった。妖精さんたちの言うとおり、内緒にしておくね」と人差し指を立てた。 女性が立ち去った後、シエルが“幻想纏い”を通して仲間達に連絡する。 全員が揃ってから、リベリスタ達は少年の母親が暮らすアパートへと急いだ。 ● 手紙は、舞姫が母親に直接手渡すことになっていた。 万が一フォローが必要になった時のために付き添うシエルを除いた六人が、人目を避けつつ物陰から様子を窺う。 「どんな反応かどきどきなのだ」 部屋の前に向かう二人を眺める結に、タヱが答えた。 「子供のつたえたいこと、伝わるといいっすね。でなきゃウソっす」 タヱの胸中では複雑な感情が渦巻いており、うまく言葉にできそうにない。 祈るような気持ちで、彼女はじっと部屋の扉を見つめる。 ミカサもまた、黙ってそれに倣った。 (……俺も、両親が離婚してるからね) 母親がいない寂しさは、別に無かったけれど――。 父親が人目を忍んで泣いているのを見た時、これは悲しい事なのだと、それだけは解った。 少年の両親が別れた理由は知らない。 既に壊れてしまった家族にとって、あの手紙がどのような意味を持つのかもわからない。 (でも、子は鎹って言うし。修復は無理でも、少しでもやさしい結果になると良い) 両腕を組んで見守る源一郎が、重々しく口を開く。 「果たして幼子が何を以て手紙に思いを乗せたか、気懸り他ならぬが……」 『手紙を届けること』と、『その先を見据えること』は、また別の話。 だが、仮に自分達の力添えが必要であるなら。母親に助力を申し出ることも、彼は考えていた。 当人達だけで解決が難しければ、誰かの力を頼って良い。人とは、そうしたものだ。 (我にとって願わくば、悪い話でないことを。そして善き結末を迎えうる話であることを――) シエルが、そっと呼び鈴を押す。 いざという時は、少年が通う幼稚園の先生を装い、口添えをするつもりだった。 「どちらさま?」 ドアチェーンのかかった扉の隙間から、30代半ばと見える女性が顔を覗かせる。 舞姫は、彼女に向けてそっと手紙を差し出した。 「通りすがりの者なんですが、このドアの前に手紙が落ちていたので…… あの、失礼ですが、こちら宛てのお手紙でしょうか?」 「手紙……?」 白い封筒に視線を落とした女性の瞳が、驚いたように見開かれる。 クレヨンで書かれた『おかあさんへ』という文字に、確かに覚えがあったのだろう。 シエルが言った通り、彼女は自分の子の筆跡をしっかりと記憶していた。 「……わたしに宛てた手紙です。間違いありません」 女性はドアチェーンを外すと、両手をそっと差し出して舞姫から手紙を受け取る。 それを大事そうに胸に抱き、彼女は舞姫とシエルに深く頭を下げた。 「届けて下さって、ありがとうございました。本当に……ありがとう……」 声を詰まらせながら礼を言う女性を見て、舞姫は確信する。 ――お手紙は届いたよ。気持ちも……、きっと届くよ! 顔も知らぬ差出人の少年と、彼の想いの詰まった手紙に向けて、彼女はそう心の中で呼びかけた。 一部始終を見届けた終が、軽く首を捻りながら呟く。 「オレにもママンにお手紙なんてかわいいもの書いた時期があったかな??」 彼はうーん、と唸った後、「まあいっか」と言って仲間達を振り返った。 ちょうどそこに舞姫とシエルが戻り、リベリスタ達は撤収を始める。 皆の後について歩き出そうとした要は、女性の部屋に明かりが灯るのを見た。 これから、彼女は息子から届いた手紙を読むのだろう――。 ● 暗くなった部屋に電気を点け、彼女は手紙の封を切った。 白い便箋には、息子の拙い字で近況が綴られている。 父親と二人きりの生活を、息子は息子なりに考え、一生懸命に過ごしているようだった。 恨み言一つ書かれていないのが、かえって申し訳ない気持ちになる。 手紙の最後には、クレヨンで彼女の顔が描かれていた。 そこに添えられた一文を見て、堪えていた涙が溢れる。 ――おかあさん たんじょうび おめでとう 夫婦の縁が壊れてもなお、繋がり続ける母子の絆。 それを思い、彼女は声を嗄らして泣いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|