● 十字架にも似た細身の短剣が、彼の胸をたやすく貫いた。 纏ったスーツに、じわりと血が滲む。 何が起こったのかわからないという表情で、彼は自らの胸に刺さった短剣と、その柄を握る男の顔を交互に見比べた。 「アンタ、まだ死にたかねえよなぁ?」 爬虫類の瞳を爛々と輝かせて問う男に、彼は黙ったまま首を縦に振る。 当たり前だ。家では妻と、幼い息子たちが自分を待っている。 家族の生活を支えるためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。 「そんじゃ、一つ賭けといこうぜ。 運が良けりゃ、神様がアンタの願いを聞き入れて慈悲を与えてくれるだろうよ」 男は目を細めると、短剣の柄をさらに深く突き入れる。 瞬間、彼は全身をびくりと震わせた。 短剣を通じて流れ込む神秘の力が、彼の心身を瞬く間に変容させていく。 首筋から肩、腕にかけての筋肉が激しく盛り上がり、スーツの袖を破った。 男が、素早く短剣を抜く。 人ならぬものに変じた彼の喉から、獣の如き咆哮が漏れた。 ● 「アーティファクトを悪用して、遊び半分にエリューションを増やしているフィクサードがいる。 皆には、このフィクサードの撃破と、アーティファクトの破壊をお願いしたい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けてそう言った。 「アーティファクトは『慈悲の短剣』。ミセリコルデとも呼ばれるな。 本来は戦場で重傷を負った敵に止めを刺すために使う武器らしいが……」 この『慈悲の短剣』に刺されたとしても、死に至るとは限らない。 しかし、エリューション能力を持たない者が刺された場合は、高い確率で革醒してしまうのだという。 「――革醒しなかった時は、そのまま死ぬだけだ。 さらに悪いことに、これで革醒した対象はフェイトを得られない」 放っておけば、崩界を促すエリューションが次々に生み出されることになる。 「『慈悲の短剣』を持っているのは、『ヒーザン』というコードネームのフィクサードだ。 トカゲの目を持つビーストハーフの男で、クリミナルスタア。もともと褒められた人格じゃなかったが、『慈悲の短剣』を手にしてますます歯止めがきかなくなったらしいな」 前述の通り、『ヒーザン』は遊び半分に『慈悲の短剣』を振るい、誰彼構わず襲ってはエリューションを増やしている。中には当然、革醒せずに死んでいった者もいるはずだ。 「戦いになれば、奴に革醒させられたノーフェイスと、犬のE・ビーストが加勢してくるだろう。 『ヒーザン』自身はもちろん、ノーフェイスとE・ビーストも侮れない力を持ってる。 奴らを倒し、『慈悲の短剣』を壊すのは決して簡単じゃあないが…… ここで食い止めない限り、もっと多くの犠牲が出る。見過ごすことはできない」 言葉を区切り、数史は手の中のファイルを閉じる。 「厄介な任務になるが、よろしく頼む。どうか、気をつけて行ってきてくれ」 そう言って、黒翼のフォーチュナはリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月21日(土)00:34 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● 繁華街の喧騒を避けるようにして裏道に入ると、薄暗い路地が影のように伸びていた。 ビルを彩るネオンの輝きも、客引きの声も、ここまでは届いてこない。街灯すらもまばらで、道の奥は闇に閉ざされていた。強力な人払いの結界を周囲に展開した『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が車のライトで前方を照らすと、ユーキ・R・ブランド(BNE003416)がワイヤーを幾重にも張り巡らせて自分達の通ってきた道を塞ぐ。 一般人が事件に巻き込まれることは避けねばならないが、凝った対策を取る時間は無かった。 敵はこの先にいるとはいえ、あまりに時間をかければ移動しないとも限らない。 路地の奥で『慈悲の短剣』を玩び、今宵、その刃で革醒に至ったノーフェイスとE・ビーストを満足げに眺めていた男――『ヒーザン』が車のライトに気付き、トカゲの瞳をわずかに細める。 「あ? 車?」 何者かがここに近付いており、しかもそれが無力な“獲物”ではないことを一瞬に看破したヒーザンは、逆手で銃を抜いて瞬時に身構えたが、『神華』司馬 鷲祐(BNE000288)の反応速度は彼をさらに上回っていた。 ヒーザンの背後から迫る鷲祐は瞬く間に距離を詰め、身体能力のギアをスピードに特化して高めていく。 ――速い。 思わず目を見張ったヒーザンがオートマチックの早撃ちで鷲祐の脚を掠めた時、彼の頭上から『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)が降ってきた。 「ハローハロー。ぐるぐさんもまーぜてっ」 背の翼を広げ、ビルの上から滑るように舞い降りたぐるぐが、脳の伝達処理を高めながら眼前のヒーザンに声をかける。獣の因子を有するヒーザンに奇襲は通用しない――だが、退路を塞ぎ、一手でヒーザンに接敵するという狙いの上では極めて有効といえた。 直後、ヒーザンの前方から八人のリベリスタが殺到する。『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が仲間達に翼の加護を与えると、ユーキのロングコートから漆黒の闇が広がった。 「やれやれ、全く意地の悪い。無慈悲な短剣とでも改名したら如何ですかね」 闇から生み出した無形の武具を纏いながら、彼女はヒーザンと、彼の手でノーフェイスと化したスーツ姿の男を見る。捻じ曲げられた運命を想い、ふつふつと怒りが湧いた。 「こういう手合いはさっさと黙らせるに限ります。……さて、仕事だ」 ふわりと低空を舞う『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が、薄氷の色をした瞳で『慈悲の短剣』を睨む。 「――ミセリコルデとは名ばかりの代物に成り下がったのね。戯れに人々を革醒させた罪は重いわ」 幾重にも描かれた魔方陣が、氷璃自身をも陣の一部となして展開し、黒き閃光を放った。 触れたものを石と化す黒の輝きが、仲間達を巻き込まぬギリギリの地点からヒーザンを襲う。幾許かの幸運も味方したか、彼はすんでのところで直撃を避けた。 「変わった手品だなぁ、お嬢ちゃん!」 ヒーザンがヒュウ、と口笛を吹いた直後、ノーフェイスが豪腕を振るってユーキを打つ。犬のE・ビーストが、背に生えた無数の毒針をリベリスタ達に放った。 頭上から降り注ぐ針を両手の鉤爪で弾いた『√3』一条・玄弥(BNE003422)が、漆黒の闇をその身に纏う。 「慈悲の短剣なんぞといっても助からない命を殺して慈悲とは片腹痛いのぉ。 所詮は人殺して慈悲なんぞという人道的なお話でさなぁ――」 そもそも、それは主観で見た慈悲なのか、客観で見た慈悲なのか。 「何にしてもあっしはきっちり仕事させてもらいやすがねぇ、くけけっ」 含み笑いを漏らす玄弥の脇を抜けて前に出た『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)が、E・ビーストのブロックに回りながら射撃手としての感覚を研ぎ澄ます。 「慈悲なんてその場その場で意味が変わるもんやけどなぁ。 望まん慈悲なんぞもろても嬉しゅうないわな」 続いて、光り輝く防御のオーラに身を包んだエルヴィンがヒーザンの前に立った。 「なんの因果か、同じモン持ってる相手と戦うことになるとはね」 彼が手にする武器もまた、慈悲の短剣――“ミセリコルデ”。 戦場で致命傷を負った者を苦しめずに殺す、ただそれだけを目的に作られた刃。 (こっちはただの骨董品、たいした力も無いけど。……負ける訳にはいかないな) 毒針がもたらす猛毒と痺れを神聖なる光で打ち払った『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が、 「無理やり革醒させるアーティファクトですか」と口を開く。過去の報告書にも同様のものが散見されるが、革醒という現象は必要以上に起こして良いものではない。まして、本人の意思を無視して行うとなれば。 「敵性エリューションになる危険性が大きいですから看過できませんね。 その凶行は必ず止めませんと」 中衛に立つ彼女は、状態異常の癒し手として、また二枚目の盾として、戦場を見据える。 ● 「お前らに用はねぇよ。もう革醒してる奴を刺してもつまんねぇだろぉ?」 リベリスタ達を興味なさげに見やり、ヒーザンが『慈悲の短剣』を閃かせる。態度は投げやりでも、荒れ狂うオロチの如き攻撃に秘められた殺意は本物。赤い舌をちろりと覗かせた彼は、麻痺に陥ったぐるぐの背後を奪い、すかさず流血の追い打ちを見舞った。 「はー。物騒な世の中になっちゃったよねー。やれやれだよー」 後方で癒し手を担当するアリステアが溜め息を漏らせば、活性化した魔力を強力に循環させるエリス・トワイニング(BNE002382)が訥々と口を開く。 「革醒は……無理に……引き起こす……必要は……ない……もの」 彼女のブレイクフィアーで即座に麻痺から立ち直ったぐるぐが、鈍器として扱う重い銃と、大きなスパナを同時に振るった。 「ギャンブルの成功率はおいくつ?」 「さぁ、おいくつだろうねぇ? 当ててみな」 こめかみ、人中、鳩尾、そして金的――急所を狙った容赦のない連撃を叩き込まれても、ヒーザンは歪んだ笑みを面に貼り付けている。効いていないのではない。ぐるぐの打撃で骨を砕かれ、それが傷口を突き破ろうとも、一切の痛みを感じていないのだ。 『慈悲の短剣』の刃にかかってエリューション化した者、そして革醒に至らず死亡した者の数を、果たしてこの男は覚えているだろうか。 犬のE・ビーストが鋭い爪を振るって真空の刃を生み出し、リベリスタ達を切り裂く。続くノーフェイスの足踏みを見切った玄弥は、咄嗟に飛び退いて衝撃波の直撃を避けると、暗黒の瘴気で全ての敵を撃った。 敵と味方が入り乱れる前線を見て、氷璃が自らの血液を媒介に黒鎖を生み出す。濁流の如き鎖がE・ビーストを絡め取った直後、ユーキの“スケフィントンの娘”がノーフェイスを捕らえた。あらゆる苦痛を秘めた黒き箱に閉じ込められ、獣の如き絶叫を上げる男を見て、ユーキが眉を寄せる。 「名前もわからないのですね。……碌でもない話です」 仁太の“パンツァーテュラン”が、その禍々しい威容から無数の弾丸を吐き出し、動きを封じられたE・ビーストとノーフェイスを中心に、全ての敵を激しく穿つ。運と浪漫に頼る彼のスタイルは当たり外れが激しいが、今日は良い風が吹いているようだった。 真琴のブレイクフィアーが致命の呪いを払い、エルヴィンがぐるぐに癒しの微風を届けて彼女の傷を癒す。 その神速をもって瞬く間に集中を高めた鷲祐が、眼前のE・ビーストをすり抜けるように動いた。 「――腹を捌くには都合がいいッ!」 繰り出された斬撃が音速の刃となって胴を割き、E・ビーストを縦方向に両断する。 咄嗟に伸ばそうとした爪はおろか、返り血さえも鷲祐には届かなかった。 ヒーザンの暴れ大蛇が、彼の前に立つエルヴィンとぐるぐを傷つける。 「なぁ、どいてくんねぇ? おりゃ忙しいの、遊びで」 麻痺が効かない上に守りが堅いエルヴィンを見て、ヒーザンがうんざりしたように口を開いた。 “ミセリコルデ”を構えるエルヴィンの表情が、険しさを増す。 「この武器とも呼べないような代物は。 苦しんでる相手をそいつから解放してやる為に、優しさを以って振るわれる凶器だ。 自分の近くにいる相手、大切な人を殺す為に使われる、最悪の代物なんだ――」 誰にでも使うような物じゃない。傷つける為に使う道具じゃない。 それを、この男は遊びと言うのか。遊びで、慈悲の短剣を振るうのか。 仲間達から回復を受けたぐるぐが、再びノックダウン・コンボをヒーザンに見舞う。 許せない――そんな感情は、長い時を生きていく中でいつの間にか薄れてしまった。 幾人もの人生を見送る中、ただ、そういう人もいるのだと思うようになった。 自ら“ヒーザン(外道)”を名乗るこの男もそうであり、彼の悪戯に運命をにじられた人も、また。 そんな想いは幼い仮面の奥に隠し、ぐるぐはただ、両手に構えた鈍器を振るう。 ヒーザンの抑えに回る二人を中衛に控える真琴がフォローする中、堕天落としの機を見出した氷璃が多重の魔方陣を展開し始めた。 「犠牲者を加害者に変質させる凶器に、戦場を駆け巡る騎士の剣たる『慈悲』の名は相応しく無いわ」 視線をヒーザンの『慈悲の短剣』に向けたまま、彼女は魔方陣から黒き閃光を解き放つ。 貴方の狂気に魅入られた哀れなフィクサード諸共滅びなさい――。 閃光が、ヒーザンの全身を石に変えた。その隙に、玄弥が暗黒の瘴気を敵に浴びせていく。 ノーフェイスが内側から呪いの箱を砕いたのを見て、鷲祐が咄嗟にユーキを庇った。破壊の気を込めた拳が叩き込まれ、彼の内臓を傷つける。 「何、回復手には困らんからな、ダウンする奴を生まなければ、勝てる」 口から血を流しながらも、鷲祐の声は確信に満ちていた。ユーキがすかさず漆黒の霧を呼び、ノーフェイスを再びスケフィントンの箱に封じる。 「……貴方には罪はないのですがね。本当に、申し訳ない」 いつもながら意地の悪いやり口だと、自分でも思う。だからこそ、詫びる言葉は自然に口をついて出た。 仁太が、“パンツァーテュラン”の銃口を箱の中のノーフェイスに向ける。 「まぁ本人が死を望んどるかは別やけど、妻や息子を手にかけたくはないくらいは分かるぜよ。 理性を失っていつか殺してしまう前に殺してやる、そういうのが慈悲やろ」 もっとも、殺さないで済む方法があれば、それに越したことはないのだが――。 「わっしらにできるんはこれだけなんや、すまんな」 巨銃から放たれた弾丸が哀れな男の心臓を貫き、爆発とともにその身を撃ち倒した。 ● 取り巻きの全滅を受けて、リベリスタ達はヒーザンに攻撃を集中させる。 悪運に恵まれて石化から解き放たれたヒーザンは、執拗にぐるぐを狙った。自分をブロックする二人のうち、エルヴィンより彼女の方が脆いと見抜いている。理性は失われていても、知性までは失われていない。 「交代します。下がってください」 首筋を斬り裂かれ、血を流すぐるぐに真琴が交代を申し出るも、ぐるぐは一歩も退かない。 ひたすらに攻め続け、射撃の用をなさぬ重い銃と大きなスパナで急所を砕いていく。 痛みを忘れた男は、それでもなお薄ら笑いを浮かべていたが―― それでも、ぐるぐの瞳には、男が徐々に追い詰められていくさまがはっきりと見えた。 (気付いてる? 自己再生が機能してないこと) 痛みを感じないというのは、肉体の危険信号を無視するということ。 身体の悲鳴から耳を塞ぎ、危機から目を逸らして、さらなる過負荷に追い込むということだ。 ぐるぐが操るノックダウン・コンボが癒しを封じる技であることを、ヒーザンは知らなかった。 玄弥の暗黒の瘴気に続いて、氷璃が放つ黒鎖の濁流がヒーザンを呑み込む。 「土は土に、灰は灰に、塵は塵に。さぁ、安らかな死を受け入れなさい」 動きを封じることは叶わずとも、呪縛そのものは男の身に刻まれる。 禍々しい漆黒の光を帯びたユーキの剣が、告死の呪いでヒーザンを貫いた。 「……俺の妹分が『是非倒してきて!』って騒ぐもんでな。……被ってるんだと」 回復を受けて態勢を立て直した鷲祐が、高められた集中から音速の刃を繰り出す。 ……まぁ、そうでなくとも…… 「貴様は嫌いだ」 常人では残像すら捉えられぬ神速の連撃が、ヒーザンを深く抉った。 顔にまで飛び散った自らの血を舌で舐め取りながら、彼はトカゲの瞳を細める。 「んっとに、めんどくせぇなぁ、オイ」 そう言って、ヒーザンは『慈悲の短剣』を高く掲げた。 “慈悲の一刺し”が来る――リベリスタ達の全員がそれを察知したものの、対応は間に合わない。 真琴が後方に立つ癒し手たちを庇うより前に『溜め』の動作を終えたヒーザンは、直後、アーティファクトの力を一度に解放した。 空中に『慈悲の短剣』が無数に浮かび上がり、その幻が一斉にリベリスタ達を襲う。 技を盗むべく“慈悲の一刺し”の発動を注視していたぐるぐが心臓を刺し貫かれ、残るメンバーもほぼ半数が呪縛に陥った。しかし、癒し手の全員を封じるには至らない。ブレイクフィアーの輝きが全員を包んだ直後、呪縛から逃れたエリスが聖神の息吹をもって全員の傷を癒した。 自らの運命を犠牲に踏み止まったぐるぐが、拳を強く握り込む。 アーティファクトがもたらす技を盗むことは叶わなかったが、彼女はまだ切り札を残していた。 ライオットシールドを翳して“慈悲の一刺し”を凌いだエルヴィンが、真っ直ぐにヒーザンを見据えて声を上げる。 「お前の慈悲とやらがなんだったのかはわからねぇさ。 もしかしたら最初は、善意からだったのかもしれねぇ。 ――だがな、これ以上その行動を続けさせる訳にはいかないんだよ!」 直後、『慈悲の短剣』に狙いを定めた仁太が“パンツァーテュラン”の一射でそれを破壊する。 半ばから折れた短剣がヒーザンの手を離れ、アスファルトに転がった。 先の一撃には間に合わなかったが、これでもう大技は使えまい。 最大の武器を失ったヒーザンは「ひっ」と短く声を漏らすと、咄嗟に側面の壁に足をかけようとした。 それよりも数段速く、鷲祐が空中からヒーザンを強襲する。 「――神速を舐めてもらっては困るッ!」 ナイフで喉笛を貫かれたヒーザンに向けて、ぐるぐが口を開いた。 「君もベットしなよ。運命様に拝み倒してさ」 ごぼりと血を吐き出し、ヒーザンが運命を削って己の身を支える。 トカゲの瞳は、未だ狂気から醒めていなかった。 「あぁ、勿体ねぇなぁ……せっかくの遊び道具を、よぅ……」 再生の暇を与えず、リベリスタ達が一気に畳みかける。 前衛たちの後方から二重に退路を塞ぎながら、氷璃が黒き血の鎖を放った。 「貴方に慈悲なんて必要無いけれど、運が良ければ――」 ――神様が貴方の願いを聞き入れて、慈悲を与えてくれるかも知れないわね? 両の鉤爪を赤く染め上げた玄弥が、ヒーザンの側面を突く。 「死ぬのが慈悲ならてめぇにたんと喰らわしたるきにぃ」 深々と刺さった鉤爪が、その肉を深く抉りながら血を啜った。 「早く再生させい。もう一回さしたるきに。痛みないから何度でも大丈夫やろ」 既に『慈悲の短剣』の加護を失ったヒーザンの口から、苦痛の呻きが漏れる。 告死の呪いを込めたユーキの剣が、そこに追い撃ちを加えた。 「……貴方に対して言う事はありません。とっとと地獄に落ちなさい」 気紛れな運命(ドラマ)で生を繋ごうとするヒーザンの眼前に、限界まで握り込まれたぐるぐの拳が迫る。 「ギャンブルってこうでしょ?」 破格の威力と、出鱈目な反動を誇る必殺の一撃――豪快絶頂拳。 ヒーザンの肉体を砕き尽くした衝撃が、それ以上の破壊力を伴ってぐるぐの全身を駆け巡る。 そして。ぐるぐは、確率12%の運命(ドラマ)の賭けに勝利を収めたのである。 ● 『慈悲の短剣』の刀身を拾い上げた玄弥が、倒れたヒーザンの目にそれを突き刺す。 どこからどう見ても既に死んでいるが、革醒者である以上油断は出来ない。 「復活してもアンデッドエリューションとして処分しちゃるきに」 眼窩にぐりぐりと刃を押し込まれるヒーザンの死体を見て、エルヴィンが唇を噛む。 結局、『慈悲の短剣』を失っても、彼の精神が正気を取り戻すことはなかった。 「……最悪だな」 これでは、誰も救われない。 仁太が、ノーフェイスの亡骸の傍らに屈み、その瞼を閉じてやる。 妻子のもとに生きて帰してやることは叶わなかったが、少なくともその腕が血に染まることだけは避けられた。 いたずらに神秘を用いて、革醒を促したことによる悲劇。このようなことを繰り返させてはならないと、真琴は思う。 ユーキが、半ばから折れた『慈悲の短剣』のもう一つの破片を手に取った。 「……大概性質が悪いので、ちと制作者が気になる所です」 アークに持ち帰り、サイレントメモリーの使用者にでも頼んで調べてもらえば、何か情報が得られるかもしれない――。 死の運命と引き換えに革醒をもたらす『慈悲の短剣』。 それが意味する慈悲が何であったのか――答えられる者は、誰もいない。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|