● 薄暗い部屋の片隅で、一台のビデオデッキが埃をかぶっていた。 その周囲には、うず高く積まれたビデオテープの山。 再生されなくなって久しいビデオテープたちは、その中に恐怖を宿している。 闇の中、ひたひたと迫り、気付いた時にはもう遅い――そんな恐怖。 そして。ある日、そこに気紛れな神秘が舞い降りた。 埃をかぶったビデオデッキの中で、一本のビデオテープが人知れず目覚める。 誰にも気付かれないまま、ビデオテープは己に宿した恐怖をひっそりと育てていた。 ● 「皆にお願いしたいのはアーティファクトの回収あるいは破壊だ。 今すぐ危険があるわけじゃないが、持ち主は一般人なんで早めに対処するに越したことはない」 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は集まったリベリスタ達に向けてそう口を開いた。 「アーティファクトは一本のビデオテープ。 使われてないビデオデッキの中に放置されてたのが偶然革醒したみたいだな」 どうやら、持ち主はあまりマメに部屋の整理整頓を行うような人物ではないらしい。 「現場は単身者向けのマンションで、ビデオデッキは部屋の片隅に転がってる。 そこそこの広さはあるが、色々な物が散乱してて足場はあまり良くない」 飛ぶなりすれば邪魔にはならないだろうけどな、と言って、数史は説明を続ける。 「ビデオテープだが、デッキごと壊すとか、あるいはデッキを動かしたり、イジェクトボタンでテープを取り出そうとすると三体のE・フォースを生み出して自分の身を守ろうとする」 そして、出現するE・フォースはビデオテープに録画された内容を反映するらしい。 「……でもって、持ち主はホラー映画愛好家なんだな、これが」 つまり、ビデオテープの中にはホラー映画がぎっしり詰まっていると。 「E・フォースは三体ともブロックはできない。 さらに、ホラー映画の化身だけあって、素直に真正面からは出てこない。 あの手この手で、不意を打とうとしてくるはずだ」 出現条件を満たしても、どのタイミングで出てくるかはわからないので、くれぐれも注意してほしいと数史は言う。 「無事にE・フォースを全滅させることができれば、テープの回収も破壊も簡単だ。 持ち主の留守を狙って侵入し、任務を遂行してくれ」 どうか気をつけてな、と言って、数史は手にしたファイルを閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月17日(火)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 日の当たらないマンションの廊下は、それだけで何だか気味が悪く思えた。 部屋のドアには鍵がかかっており、合鍵らしきものも見当たらない。『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が持参した包帯をドアノブに巻きつけ、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が銃でそれを撃ち抜く。 鍵の壊れたドアからリベリスタ達が中に入ると、カーテンで閉め切られた部屋は廊下よりさらに薄暗かった。 『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)が手探りで照明のスイッチを入れたものの、蛍光灯の一本が切れかけており、ちらちらと不規則に明滅している。雑然とした室内は空気が淀み、何とも嫌な雰囲気だった。 ――コ ワ い。 思わず表情を強張らせたアナスタシアが、念のために一般人除けの強力な結界を展開する。 人目を気にする心配はないとは言われていたが、今回の任務を考えると、うっかり大声を出してしまいかねない。 「ホラー映画って、見た目より出現の仕方と効果音が怖いですよね」 室内をぐるりと見回した『駆け出し射手』聖鳳院・稲作(BNE003485)が、そんな言葉を口にする。怖いながらも、ついついホラー映画を観てしまう彼女だった。 今回の任務は、そんなホラーな世界を具現化するアーティファクトの始末である。 (まさかホラー映画の主人公のような境遇が訪れるとは) 内心でワクワクする気持ちを抑えつつ、『剣を捨てし者』護堂 陽斗(BNE003398)が戦いに向けて気を引き締める。『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が、部屋の片隅に打ち捨てられている古いビデオデッキを見た。 「ホラー映画の中身の実体化ですか。 もう少し楽しい内容のものでしたら、心証が変わったかもしれませんね」 表情が硬いアナスタシアと、怯えた様子でパピヨンの耳を伏せる『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)を眺め、福松が口を開いた。 「人は理解の外にある未知なるモノに対して怖れを抱くらしいが、 神秘に対処してるオレ達リベリスタにはさほど目新しいモノではあるまい」 そう言いつつも、さりげなく薄暗い場所を避けて比較的明るいところに立つ福松。 「……怖くなど無いぞ?」 一方、『悪食』マク・アヌ(BNE003173)の表情には恐怖の欠片も見当たらなかった。 「ぜんぶたべる。おいしそう奴から食べるする」 いたって平常運行である。 「こうして考えると、今更だが生活用品でも何でも革醒するのだな……」 葛葉はそう呟きながら、身近に存在する神秘と、それによってもたらされる危険とを改めて感じた。 『万華鏡』と、それを扱うフォーチュナの存在がなければ、これらの危険を事前に察知することは難しいだろう。 (……全く、フォーチュナの皆には頭が上がらんな) それはフォーチュナも同じこと。戦う力を持たない彼らは、自らの視た未来をリベリスタ達に託すほかないのだから。 ● 床に散らばっている雑多な物を、孝平が手早く隅に寄せる。足場の対策としては焼け石に水かもしれないが、やらないよりはマシだろう。出来ることを怠った結果、足を滑らせて危機に陥るのではたまったものではない。 「ビスハだから不意打ち無効なんだもん! だから怖くないもん!」 アーティファクト化したテープが入ったビデオデッキの前に進み出た文が、自分に言い聞かせるように声を張り上げる。 しかし、無理は長く続かないもので。 「怖くない怖くない……やっぱり怖い――っ!!」 たちまち半泣きになり、姉貴分として慕うアナスタシアのもとに猛ダッシュ。彼女が一緒でなかったらマジ泣きしていたかもしれない。 もっとも、妹分を優しくなだめるアナスタシアの足も震えているのだが。 「は、はふふ、やっぱり四月とはいえホットパンツは寒かったねぃ! ウン!」 ややあって、少し落ち着いたらしい文が恐る恐るビデオデッキの前に戻る。 「おおお押すよ? いい? みんな準備いい? 押すよ? 押すよ?」 震える指が、イジェクトボタンにゆっくり伸びた。 「頑張って下さい!」 文を激励する稲作が周囲を警戒し、回復の要たる陽斗を葛葉が庇う。 全員、今か今かと、ボタンが押される瞬間を待っていた。 「――え、早く押せ? ははははい、じゃあ、いいいいいきます!」 とうとう意を決した文が、イジェクトボタンを一息に押す。 アナスタシアが、透視で壁の向こうを警戒した。本音を言えばあまり見たくはないが。 「昔、テレビ画面からこちらに這い出してくる幽霊の映画があったな……」 相棒たるサタデーナイトスペシャルを手に、室内を見渡せる壁際に立った福松が呟く。 ホラー映画さながらの登場らしいが、身構えていればどうという事はあるまい――。 その時、彼の首筋に冷たい手が触れた。 「うひゃおぅッ!?」 叫び声とともに振り向いた先、壁際に置かれた棚のガラス戸から長い髪の女が這い出してくる。 「……な、何でもないぞ」 そう言って福松が銃を構え直そうとした時、文の高い悲鳴が響いた。 「キャアアアアア―――――っ!! 出た――――――っ!!」 いつの間にか天井に貼り付いていたらしい人形が、ナイフを手に文の眼前へと降り立つ。 ほぼ同時、部屋の隅に積まれたゴミの山から、血濡れの斧を振りかざすゴムマスクの男が現れた。 「現れました! 背後気をつけて下さい!」 神事に用いられる四方竹弓を構えた稲作が、矢をつがえながら注意を促す。 ホラー映画の化身と、リベリスタ達の戦いがここに幕を開けた。 ● 誰よりも速く動いた孝平が、仲間達との距離を取りながら身体能力のギアを大幅に上げる。 ボロ布を纏い、足元まで届く髪を引き摺るようにして地を這うマクが、唸り声を上げて長い髪の女に襲い掛かった。体が半分透けていようとお構いなく、E・フォースに組み付いて牙を立てる。 陽斗が仲間全員に小さな翼の加護を与えると、アナスタシアが己の身をふわりと浮かせた。 「ココは頑張ってE・フォースを倒して、頼れるトコを見せないとねぃ! がん、が、ががががんばるよぅ!!」 声を震わせながらも、アナスタシアは長い髪の女に向かって空中を駆ける。 “Jason&Freddy”と名付けられたフレイルが、冷気を纏って唸りを上げた。 鉤爪のような有刺鉄線が巻きつけられたマチェットの刃を床に伏せてかわし、長い髪の女がマクを睨む。 回避に優れるマクは邪眼の呪いを免れたが、白目を剥いた女の形相を横から見てしまったアナスタシアが表情を引きつらせた。 青い瞳や口をカタカタと不気味に動かしながら、人形が文の背後に回りこむ。 鋭い刃が与える傷の痛みよりも、今はただ純粋な恐怖が勝っていた。 文が悲鳴を上げる中、稲作が本弭に赤いリボンを飾った“時雨”から三本の矢を立て続けに射る。 「そんなのはフィクションだけにして下さい! リアルでなんて……怖いじゃないですか」 お化けや幽霊なんてものは、寝ぼけた人が見間違えたくらいで丁度良いのだ。 「貴様らの能力……中々厄介。ならば、強引にでもその力、我が拳にて断たせて頂く……!」 葛葉が大きく踏み込んで間合いを奪い、長い髪の女に強烈な拳を叩き込む。 女の動きが一瞬止まったところに、目にうっすら涙を浮かべた文が接近し、全身から気糸を放って女を絡め取った。数歩下がって距離を取った福松が、サタデーナイトスペシャルの早撃ちで髪に隠された女の片目を貫く。 ゴムマスクの男が振り下ろした血濡れの斧を武器で防いだ孝平が、淀みない連続攻撃を男に浴びせた。 「簡単にはやらせはしません」 全員に回復が行き渡るように部屋を見渡す陽斗が、仲間達に十字の加護を与えて意志力を高める。 天井近くまで跳躍した人形が長い髪の女の頭上に降り立ち、女を囲む前衛たちを彼女もろともナイフで切り刻んだ。 「……っ!」 反射のダメージでわずかにヒビの入った人形の顔面を、アナスタシアが咄嗟に掴む。 いきなり上から降ってこられた上に視線が合ってしまうと、何と言うかものすごく心臓に悪い。 彼女はそのまま、雪崩の如き勢いをもって人形を激しく床に叩き付ける。 「洋風も和風も一緒に退治しちゃいますよ!」 複数の矢を連続で放つ稲作が、和洋折衷のE・フォースたちを射抜いた。 拳にオーラを纏わせた葛葉が長い髪の女を打ち、福松が不可視の殺意で女の頭を狙撃する。 続けて文が放ったオーラの糸を、人形は素早く跳ねることでギリギリかわした。 ケタケタケタと不気味な笑う人形を見て、文の耳がぺたりと伏せる。 視界の端に、おぞましい叫びを上げて気糸を引き千切る長い髪の女が映った。 ● 孝平が、ずば抜けたスピードをもって眼前に立つゴムマスクの男を翻弄する。 音速の斬撃がゴムマスクの男の動きを封じ込めた直後、マクが女の髪に噛み付いた。 「あ゛ー……」 女の黒髪と、マクの水色の髪が絡み合う中、女の頭皮からぶちぶちと音を立てて髪が喰い千切られる。 あからさまに喉につかえそうな長い髪を、マクは苦もなく咀嚼し、飲み込んでいった。 ここだけ見ると、どちらがホラーだか分かったものではない。 E・フォースたちの攻撃力は侮れず、麻痺からの回復もなかなかに早い。 しかし、リベリスタ達は陽斗や稲作の回復に背中を支えられ、着実に攻撃を加えていった。 敵には厄介な状態異常も多いが、いざという時には福松が陽斗を庇い、回復の要を守る構えである。 壁を背にして死角を防ぎながら、陽斗が神聖なる輝きをもって仲間達の状態異常を払う。 出現時こそガラス戸や天井から出てきたものの、戦いが始まってからはE・フォースたちが壁を抜けて攻撃を仕掛けてくる様子はない。ここに立てば、背後からの不意打ちは防げるはずだ。 万が一の時は戦局の維持が最優先とは思うものの、可能な限り自分を庇うことに手数を消費させたくはない。仮に狙われても耐えてみせると、陽斗は盾を強く握り締める。 続いて、稲作が天使の歌を響かせて仲間達の傷を癒した。 「稲作、歌います! くーる♪ きっとくる♪」 この状況だと何となく敵側が勢いづきそうな歌ではあるが、仲間達を応援する彼女の気持ちは真剣である。 踊るようにナイフを振るい、頭上から襲い掛かる人形を見て、葛葉が口を開いた。 「……今更だ。多くの恐怖と多くの敵を乗り越えてきたのだ」 攻撃を拳に装着した鉤爪で受け流し、直撃を防ぐ。 「故に……この程度で立ち止まる訳にはいかん!」 輝くオーラを纏った拳が長い髪の女を真っ直ぐに貫き、その姿を霧散させる。 これに勢いづいたリベリスタ達は、そのままゴムマスクの男に集中攻撃を仕掛けた。 傷つきながらも麻痺から立ち直ったゴムマスクの男が、獣のような雄叫びとともに血濡れの斧を力任せに振り回す。前衛達に施された翼と十字の加護が消滅すると同時に、全身に及ぶ麻痺が彼らの動きを封じる。 すかさず、陽斗のブレイクフィアーが輝き、仲間達を解き放った。 お返しとばかりに繰り出されたアナスタシアの“Jason&Freddy”が、眼前に立つ男の血肉を激しく貪ると同時に、彼の全身を凍りつかせる。 好機と見てリベリスタ達が次々に攻撃を加える中、福松がサタデーナイトスペシャルの銃口を向けた。 「残念だったな。お前等の世界では無敵なんだろうが、此処はオレ達の世界だ」 不可視の殺意がゴムマスクの男のこめかみを撃ち抜き、消滅に追いやる。 ただ一体残された人形が、次なる獲物を求めて駆け出したマクとすれ違うようにして背後に回り、彼女の首筋に勢い良くナイフを突き立てた。一瞬遅れて、文がオーラの糸で人形の動きを封じる。 「マクさん、大丈……っ!?」 深手を負ったマクを気遣って彼女を見た文の表情が、たちまち凍りついた。 ゾンビのような唸り声を上げて、マクが人形の腕に喰らいつく。 己の運命を犠牲に生を繋いだ彼女は、飢餓に突き動かされるままに人形の腕を牙で喰い千切った。 本当に、どちらがホラーだか分からない。 「全員が生き残ることができたなら、ホラー映画じゃなくなってしまうかな」 冗談めかした一言を口にしつつ、陽斗が癒しの微風をマクに届ける。 ホラー映画といえば、幽霊や殺人鬼による虐殺がお約束なのだが――。 「目指すは大団円だ!」 彼の言葉と回復に背を押され、リベリスタ達は人形を追い詰めていった。 葛葉がオーラの拳で人形を打ち、範囲攻撃を警戒して距離を置いたアナスタシアが斬風脚を繰り出す。 天使の歌を響かせて皆を癒す稲作が、背から生えた小さな翼を羽ばたかせながら呟いた。 「ふわふわ浮いていると、自分もお化けになった気分です。えっと……化け狐?」 密かに持ちネタを増やした稲作の前方で、人形がナイフを滅茶苦茶に振り回す。 ちょこまかと跳ね回る人形を、孝平がその神速をもって完全に捉えた。 流れるような連続攻撃を前にして文字通り手も足も出せず、人形が動きを封じられていく。 追撃を加えるべく人形との間合いを詰めた文は、じたばたともがく人形の凄まじい形相を目の当たりにしてしまった。 「おばけこわいこわいこわい――っ! 早く消えて―――っ!」 涙声の悲鳴とともに、死の刻印が人形へと打ち込まれる。 泣きべそをかく文の眼前で、人形の姿が溶けるように消えていった。 ● 全てのE・フォースが消滅したのを確認して、稲作が小さく息をつく。 「凄い体験をしましたね。夜が怖いですね」 「は……はふ……しばらく夜でなくても一人になれない気がするよぅ……」 まだ何かいるような気がして、アナスタシアは思わず自分の背後を振り返った。 ビデオデッキの前に屈んだ陽斗が、改めてイジェクトボタンを押し、ビデオテープを取り出す。 彼がアーティファクトを回収しようとした時、文が叫んだ。 「こんな危険なアーティファクトっ! 壊そう絶対壊そう何が何でも壊そうったら壊そう!」 じたばたと両腕を振り回して必死に主張する文の前で、陽斗からテープを受け取った葛葉がそれを破壊する。 神秘の残り香につられたのか、マクがテープの残骸を掴み、自分の口に放り込んだ。 戦いの痕跡を消すべく、リベリスタ達は手早く部屋の片付けを行う。 孝平がふとカーテンを開けて外を見ると、そろそろ日が傾きかけていた。 「もう夕方ですね――」 それを聞き、稲作が仲間達の顔をまじまじと見る。 「……皆さん一緒に帰りませんか? 一人では怖いので!」 福松は無言でオレンジ味の棒つきキャンディーを咥えていたが、その提案に異を唱えようとはしなかった。 他のメンバーからも反対意見はなく、皆で一緒に帰るのは本日の決定事項になったようである。 「後でちょっぴりホラーだケド、コメディ色の強い映画を借りよ! コワい思い出は上書き上書きっ! ねぃ!」 今も不気味に明滅を続ける蛍光灯の下、アナスタシアがそれを振り払うように明るい声を上げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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