● 「ねえ、貴女。……素敵ね」 町を行く彩加は、不意にかけられた声にびくりと足を止める。 嗚呼、嫌だ。またナンパだろうか? こんな人通りの少ない時に声をかけられるなんて本当に運が悪い。 彩加はこんな時に思わず立ち止まってしまう、気の弱い自分を、……だからこそ良く声をかけられるのだろうが、呪いながら渋々と振り返る。 けれど、其処に居たのは一人の女性だった。 そう、素敵と言う言葉が似合うのは寧ろ其の女性の筈だ。 背が高く、ロールアップしたジーンズから細く綺麗な足を見せ、 テーラードジャケットを羽織る……格好良い女性。 憧れつつも、自分の似合う系統じゃないと諦める服を着こなす其の女性は、彩加に向かって笑みを向ける。 気恥ずかしさに彩加の頬が僅かに赤らむ。 彩加も自分の容姿に自信がない訳ではない。日々の努力は怠らず、自分の容姿に似合う服装の……どうしても可愛い系のワンピースやブラウスになってしまうが、組み合わせを身に付けて、なるべく柔らかい雰囲気を出せるようにメイクをし……。 「貴女、とっても可愛いわ」 ですよねー。どうせ私はそっち系。本当は貴女みたいになりたかったのに。 「だから、ね」 え、なんだろう? 近い近い近い。恥ずかしい。 「貴女を頂戴」 ぷつり、不意に近付いた女性が彩加に刺したのは一本のストロー。 じゅるるるっ、じゅるるるるるるっ、音が響き……。 やがて、今まで着ていた皮を脱ぎ捨てた、一人の、筋骨隆々とした逞しい男が、残された彩加の皮にするりともぐりこむ。 ● 「諸君等はどう足掻いても手の届かない他人になってみたいと思った事はあるだろうか」 集まったリベリスタ達を前に『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)は問う。 「人は自分に無い物を欲し、互いに羨み合う。実に浅ましい。私もそうだ。私は諸君等が憎く、妬ましい」 ふんと自嘲気味に鼻を鳴らし、逆貫は資料を机の上に広げる。 「まあそんな事はどうでも良い。今回の敵は『なりたかった相手』の皮を被って成りすます、気味の悪い『黄泉ヶ辻』のフィクサードだ」 幻視、幻影の類の虚像を操ったり、百面相やスタイルチェンジ等、革醒者ともなれば見た目を誤魔化す手段には富む。 だが今回のフィクサードが取る手法はそれ等とは全く違う外法だ。 「敵は気に入った女性をアーティファクトを用いて啜り尽くし、残った皮を、まあ恐らくは此れもアーティファクトの力か何かだろうが……、何らかの手段で着込む事で完全に相手になります」 まるで服を撰ぶかの様に、服を箪笥に集めるかの様に、気に入った女性の皮を蒐集して着込むフィクサード。 資料 フィクサード:お洒落ミルクセヰキ 筋骨隆々とした男のフィクサード。黄泉ヶ辻所属。 女性になる事を望み、好みの女性になる事に喜びを覚える。 所持アーティファクト 『人間シェイク戴きます』 ストロー型アーティファクト。伸縮自在(10cm~30m)で刺した相手の中身を液状にして啜れる。 一般人なら一刺しで中身が液状になるが、革醒者に対しては一刺しごとに徐々に内部を液状化(ダメージを与え)し、此れを啜った場合回復(与えたダメージ分)する。 『人間シェイク入ります』 ストロー型アーティファクト。『人間シェイク戴きます』と対になっており、彼のアーティファクトで作られた皮にこのアーティファクトを差し込む事で、所持者を液状化して皮の中に詰め込み適応させる。 所持EXスキル 『まあはしたない』 アーティファクトのストローを構えて液体を噴く。遠2貫出血致命必殺。 「全くもって気持ちが悪い。非常に不愉快だ。……奴は町をうろつき、気に入る女性を探している。どんな姿で居るのかは判らん。だが何とか探し出し、奴を撃破して欲しい。では諸君の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月17日(火)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 彼女、否、彼がそれに気付いたのは偶然だった。 「あら、まあ、珍しい。ふうん」 気取られぬ様に、顔も目も動かさず其れを視界の端に捉えたままお洒落ミルクセヰキは交差点をすれ違う。 彼が警戒する其れとは、E能力者、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。 繊細で儚げな其の容姿、白い肌、良く言えば華奢、悪く言えば少しばかり凹凸に欠ける体形の彼女の、一体どこらに普通を主張出来る要素があるのかは謎だが、其の見てくれはお洒落ミルクセヰキの食指が動くに充分である。 そんな彼女がシャーベットカラーの花柄プリントワンピに身を包み、ツインテールで眼鏡をかけて気弱を装えば……、其の姿は彼氏に見せてあげるべきじゃないだろうか? 最も、其の頭の中では『不憫すぎるし、いっそ踏みつぶして去勢してやるのが情けか』等と物騒にも程がある毒気に満ちた思考をしているのだが……。 「怖い怖い。うふふ」 けれど、小さく呟いたお洒落ミルクセヰキは其の侭に通り過ぎていく。 耳に入った呟きにユーヌが背後を振り返るが、目に入るのは多くの人の背。 風に帽子を飛ばされぬ様、抑えながら歩き去って行く女性、携帯電話を片手に通話しながら歩く女性、数人で喧しく騒ぎながらはしゃぐ女生徒達。 空耳か、はたまた通話の内容を漏れ聞いたのか、女生徒達の四方山話を拾ってしまったか、思いなおすユーヌだったが、真相は違う。 お洒落ミルクセヰキは確かに其処に居た。彼がユーヌをターゲットに定めなかった理由はただ一つ。 囮のユーヌを護衛する他の面々の中でも、特に巨体で目立ち尚且つユーヌをカヴァー出来る位置を保っていた『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)の姿を見つけたからだ。 ただでさえE能力者であるユーヌは獲物に選ぶには慎重にならざる得ない相手である。それに護衛まで付いてるとあっては、この場をやり過ごす判断をお洒落ミルクセヰキが取るのも当然だろう。 その気になって探せば、フードを被って(E能力者である事は隠せないし、逆に目立つ)ユーヌを視界の端から見守って居た『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)や、スーツとサングラスで男装の麗人と化した(その整った顔立ちと相俟って逆にお洒落ミルクセヰキのツボに入りそうな)『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)の姿も、確りと発見されてしまう。 お洒落ミルクセヰキが狙いそうな少女を護衛するE能力者の群れ。ならば彼等がお洒落ミルクセヰキを討伐に来たリベリスタである事は直ぐに判った。 携帯電話を片手に通話しながら歩く女性、の皮を被ったお洒落ミルクセヰキは、其の唇を興奮に僅かに笑みに歪め、歩き去る。 「電話なんて珍しいな。ミルク、骨なしの友よ」 通話の相手は『骨抜きカルビ』。 「相変わらずカルビちゃんは硬いわね。それより、なんだかアタシ、リベリスタに狙われてるみたいなんだけど、ヘマした覚えないんだけどなあ……」 大胆にも、彼は同僚にして同好、友人にして蓄集家、同じ穴の狢への通話を行いながら、リベリスタ達を誤魔化したのだ。 「ああ、恐らくそれはアークの連中だろう。噂程度にしか知らぬが、なんでも彼等の情報網は随分特殊らしい。速やかな撤退を勧めるが?」 世間の常識に照らし合わせれば気狂いの類である彼らも、同好の士を、友人を気遣う事位はある。 「うーん。そうねえ。でもそれも業腹じゃない? 素敵な皮も何枚かいたしー……ね?」 複数のE能力者を正面切って相手にする腹は無い。だが、彼等はお洒落ミルクセヰキにとってはあくまで獲物だ。 狩人気取りで追い立てに来た、勘違いした獲物相手に簡単に引き下がるのは業腹だ。 「はっ、全く。好きにすれば良い。どうせ業からは逃げれない。こちらも蓄集の最中だ。切るぞ」 皮を集める事がお洒落ミルクセヰキの業ならば、骨抜きカルビの背負う業は……、見えぬ電波の届く先でも悲劇はいま正に起きている。 ● 「わ・た・し・は・お洒落☆ミルクセヰーキ♪」 屋上のカフェテラスでミルクセーキを一口啜り、上機嫌のお洒落ミルクセヰキは何やら口ずさみながら双眼鏡を覗き込む。 「やーん。ごめんなさい。あの、えっと、ごめんなさい!」 スモーキーピンクのブラウスと黒いフレアスカートを着用した『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)がナンパに捕まり頭を下げる……が、 「え、いや謝んなくても良いから。あ、そうだ少し遊びに付き合ってくれたらそれで良いよ」 勘違いをした男は更に言い募る。 超幻視とステルスでE能力者である事を隠蔽したイスタルテは、お洒落ミルクセヰキの目から見ても一般人にしか見えない。 恐らく、ユーヌより先に彼女を見付けてしまっていたら、お洒落ミルクセヰキはあっさりと引っ掛かっていただろう。其れは想像するだけで恐ろしい。 だが其の危機を乗り越えれたと言う事は、自分には今ツキがある。リベリスタ達の皮を手に入れろと運命が囁いているのだとお洒落ミルクセヰキは確信していた。 双眼鏡をずらせば、ナンパを中々振り切れないイスタルテに心配を隠し切れない、フードとサングラスで微妙に変装した『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)や、超直観と集音装置をフルに働かせてイスタルテに近寄る不審者を見逃さんとする『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)、何時もの着物では無く私服に赤い帽子を被り、何時もに比べれば目立たぬ物の、矢張り派手な『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)等の姿がある。 いや、寧ろ彼等がイスタルテを見守って居たからこそ、お洒落ミルクセヰキは囮のイスタルテに気付けたのだ。其の点では彼等に深く感謝せねばなるまい。 懸命に自分の姿を探す彼等を、お洒落ミルクセヰキは遠くから上機嫌に眺める。 例えるならば、そう、まるでスパイ映画のヒロインの様な心持で。 「でも、駄目よ。私を助けに来るヒーローは居ないの。でも、大丈夫。私は次世代のヒロインだから、きっとこの状況も一人で切り抜けれるわ。そうよ。うふふ」 既に、念の為に、リベリスタ達の前を一度通った皮とは別の皮に着替えたお洒落ミルクセヰキは時を待つ。 今、リベリスタ達の敵は時間だ。時間が彼等を磨耗させる。 お洒落ミルクセヰキは時を待つ。彼等が磨り減り、食べ頃になるその時を。 ● 徒労感。既に敵はこの街から逃げ去ったのではないかと言う疑念と、使命感が鬩ぎ合い疲労を生み出す。 日は落ちかけ、街が紅く染まる。 無論其の疲労度は人により異なるが、中でも超直観や集音装置を使用し、他人より多くの情報を処理し続ける虎美の磨耗は激しい。 それでもイスタルテの周辺に対して払う注意に翳りが無いのはその使命感がなせる技だろう。けれど其れが故に、頭を疲労させた虎美はイスタルテの周辺以外に対しての注意が逆にすっぽりと抜け落ちていた。 ぷつり、最初に感じたのは違和感。肩口に、不意に走った鈍い痛みと、腕の力が一気に抜け落ちる……まるで重過ぎる荷物を持たされた時の様な無力感。 じゅる、じゅるるるるるるる。ダブルアクション。吸い上げまでに時間は掛からなかった。 咄嗟に銃を引き抜き後ろを振り返る虎美……いや、彼女は確かに引き抜いた心算だったのだ。だが彼女の片腕は既に吸われ尽くし、風に靡く皮を残すのみ。 敵対者は、小ざっぱりしたスーツに身を包むOL風の女性。 「あまーい。うぅん、此れは恋の味ね。貴女になって、恋をするのも悪くないわ。ねえ、貴女の相手はどんな人?」 怖気を震う囁き声とその内容に虎美の産毛が逆立つ。 だが此処は拙い。既に異変に気付いた人々の視線が、虎美の皮だけとなった片腕に注がれ始めている。 誘う様に逃げ出したお洒落ミルクセヰキを虎美と、合流した夏栖斗にゼルマ、更にAFで残る四人の仲間に連絡したイスタルテが追いかけ始めた。 路地を曲がり逃げるお洒落ミルクセヰキに、追跡するリベリスタ達は誰もがしめたとばかりに追跡の速度を上げる。人通りが少なく、行き止まりの多い路地に追い込めば人数に勝るリベリスタにとっては都合が良い。 だが幾つか目の曲がり角を曲がった時、リベリスタの前に転がり出たのは何故かずれた下着姿の、15~7歳の少女。 ブラとパンツを其の手で出来る限り隠し、突然現れたリベリスタ達に怯えを隠せない少女の姿に、驚き目を伏せる夏栖斗に、 「駄目ッ、そいつ!」 超直観による捨て目で、路地の隅に先程まで追っていたOL女性の服が脱ぎ散らかしてあるのを見つけた虎美の警告の声が飛ぶ。 「ぐあっ」 ぶすり、とブラから引き抜かれたストローが夏栖斗の胸に刺さり、だぷんと、夏栖斗の胸筋が液体と化す。たたらを踏んだ夏栖斗の足が、地面に落ちた携帯電話を踏み砕く。 普段ならば違和感に直ぐ気付くであろう中途半端な早着替えによる変装も、半日以上の時間を探索に費やして疲れた彼等が一瞬戸惑うには充分だ。 ゼルマの聖神の息吹が夏栖斗の液状化を食い止め癒し、更にイスタルテの神気閃光が路地裏を白く染め上げるも、……しかし戦いのイニシアチブはお洒落ミルクセヰキに握られていた。 路地裏の狭さに重なったリベリスタ達を、ストローより噴出された液体が貫き通す。 ● この日、お洒落ミルクセヰキはツイていた。 一つ目の幸運は、ステルス等で偽装したイスタルテを囮としたB班では無く、E能力者であると知れるユーヌを囮とするA班に先に出会った事。 もう一つの幸運は、A班では無くB班の虎美を最初のターゲットに選んだ事だ。 どちらの時点でも、その時に完全な逃げを選んでさえいれば、お洒落ミルクセヰキは別の町で蓄集を続ける事が出来たのに。 お洒落ミルクセヰキは其の幸運を運命が戦えと囁いたのだと誤解した。 故に 「ちょっと、やめてよほんと洒落にならないわ。貴方達ずるいにも程があるわよ。卑怯って言葉知らないの?」 こうなる。 「知らんな。半端に手間を掛けさせて、迷惑な」 何とか呪縛を振り切ったお洒落ミルクセヰキに放たれるユーヌの呪印封縛と、其れを何とか真芯で喰らう事を外した所で、 「変身願望は判らなくも無いが、身の程はわきまえるべきだな」 無慈悲な言葉と共に放たれる碧衣のトラップネストに囚われる。 高い実力を持っていようと、ただの一人では高命中を誇る複数の捕縛者に対抗する余地は、残念ながら無い。 「ゴキゲン麗しゅう、お洒落ミルクセヰキちゃん、だっけ? おしゃれだね。人の皮を奪って女の子になって楽しい?」 ゼルマと俊介、二人掛かりの回復にダメージを完全に回復させた夏栖斗が、瞳に冷たい怒りを湛えて問う。 「楽しいに決まってるじゃないの。やめてよ離して! せめてそこの貴女を吸わせて!」 何がせめてなのかは判らないが、お洒落ミルクセヰキの指名を受けたイスタルテがびくりと其の身体を怖気に震わせる。 「気持ち悪!!」 俊介の言葉はただ只管にストレートだ。女性への変身願望は兎も角として、人を吸う其の行いがどうにも生理的に駄目だったのだ。 まあヴァンパイアも似た様な事をしてると思うのだけれど。 「さても気色の悪い真似をしよる。虎美、大丈夫か?」 虎美の吸われた腕を癒しながら、問うゼルマ。 まだ見た目は少し痩せたままだが、神秘の力による癒しに徐々に虎美の腕も元の姿を取り戻しつつある。 「うん。まだ一寸力はいんないけど、……で、私を吸って私になってお兄ちゃんをどうするって?」 残された片腕で、お洒落ミルクセヰキの頭部に銃をごりっと押し付ける虎美。当然ながら彼女も、些かたりとも目が笑っていない。 「ああ、捕縛した。任務は終了だ」 コレクションの皮を処分し、犠牲となった者の無念に黙祷し終ったディートリッヒは本部への連絡を取る。 余りに安易に捕縛が行われ、些か拍子抜けした感は否めないが、もしあのままお洒落ミルクセヰキが逃亡していたらと思えば笑えはしない。お洒落ミルクセヰキを捕縛できたのは、彼自身の油断による所が大きいのだ。 アーティファクトを奪われ、戦闘能力も封じられ、だがそれ故にそれ以上の攻撃をお洒落ミルクセヰキは受けなかった。 無抵抗な相手への攻撃を躊躇う気持ちも確かにあった。だがリベリスタ達の心境で一番強かったのは『殺すのも気持ち悪い』と言う、そう人間が見たくない虫を発見してしまった時の心境に良く似ている。 事件は終わり、日が沈む。 一欠けらの悪意の糸、壊れた携帯電話を街の片隅に残して。 電話が繋がらない。 胸騒ぎに電話をかけてみれば、其の不安は的中していた。 「ミルク、骨なしの友よ。どうした。お前の道は其処で終ったのか? ……嗚呼、此れは喪失感か。違いは有れど道を追い求めた友を奪いし、奴等は……許さない」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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