●桜 春を代表する花と聞いて、日本人ならまず真っ先に桜を思い浮かべるだろう。 バラ科サクラ属サクラ亜属の落葉広葉樹で、春には白から薄紅色の花を咲かせる。 平安以降の古文などにおいて単に『花』というだけなら、『桜』を意味することも多い。それぐらいに日本人とは馴染み深い花である。 今年も桜が咲く。春風が心地よい花の匂いを運んできた。 ●春うらら仲間と歩く観桜 「花見とか興味ねぇか?」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)は開口一番そう言った。二番目には地図を開き、 「ここの河原に桜並木があって、この時期にはいい感じで咲くんだよ」 流れる川と春の日差し、そして桜のトンネル。この時期だけの景観だとか。 「ただ歩くだけもよし。河原で遊ぶもよし。もちろん座って花見するもよし。そんな場所だ」 駅から離れているから、人はあまり来ない。それでも神秘の類は封印しておけよ、と徹は一言追加した。 「夜になれば月も出る。そいつを肴に一杯って言うのも悪くねぇぜ」 どうもこの男の目的はそっちらしい。猪口を傾けるポーズのまま、にやりと微笑む。 「ま、戦いばかりってのも大変だからな。世界を守るリベリスタだからって、一日ぐらい気を抜いたってバチはあたらねぇよ。 ま、気が向いたら参加してくれや」 徹は笑いながら下駄を鳴らし、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月17日(火)23:11 |
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●AM9:03 よいしょよいしょと声を上げながら富子が大量の弁当を運ぶ。 「さぁさ、あんた達! たくさんこしらえたからねぇ、しっかり食べとくれっ!」 丸富食堂からの出来立て直送。富子お母さんのお弁当が河原に届く。食堂のメニューからいくつかと、からあげ、やきそば、イカ焼きなど屋台っぽいものもいくつか。 「ひゃっほー! メシだー!」 「やった! お富さんだ! これで勝つる!」 「慌てるんじゃないよ! たくさんあるから、順番に並びな!」 はーい。食の前には皆素直になる。ましてや富子の料理とあれば、大人しくならないわけがない。 春の陽気が気持ちいい。富子は桜の木を見ながら、腰に手を当てた。 「しかしこりゃ満開じゃないかっ。雅だねぇ」 今年も桜が咲く。今年の桜を見ることがかなわなかった者のことを回顧し、目を閉じる。 (アンタも見えるかい? 今年も綺麗なモンだよ) 回想は一瞬。すぐに宴会のお母さんモードに戻る。 さぁ、花見の始まりだ。 ●AM9:42 リーゼロットは春の陽気に当てられていた。ベンチに座って薄紅色の花を静かに見ている。 「綺麗なモノを何も考えずただボーっと見ているだけというのも、たまには良いでしょう」 暖かい空気が気持ちを穏やかにする。桜を見ながら心を癒す。そんな花見も、また風情。 (……お金もかかりませんし) まぁ、そういう理由もあるわけですが。 「桜並木綺麗ッスねぇ」 「ええ、綺麗ですね」 リルと凛子が桜並木を歩く。リトル・トイズの仲間として、二人は一緒に桜並木を歩いていた。アークに来てからは霧の殺人鬼や鬼の戦いにと連戦続き。ようやくゆっくりできると、誘われるままに外に出たのだ。 「凛子さんの和服もすごく新鮮ッス」 ジュース片手にリルは凛子の和服を見ながら、素直な感想を告げた。朱傘を差し、和服で歩く姿は風流だ。凛子自身も久しぶりの和服に不慣れな動きをしながら、しかし背筋を伸ばして道を歩く。 適当な所で腰を下ろし、凛子の用意した弁当を食べる。満開の桜を見ながらおなかを満たし、暖かな空気に眠くなる。いつしかリルは凛子に膝枕されていた。 「桜の木の下でのんびりと……ですね」 リルは心地よい日差しの中、しかし激しく響く自分の心音に眠れずにいた。 (すごくドキドキで嬉しいッス。恥ずかしいッスけど) 柔らかな膝の感覚が頬から伝わってくる。密着した凛子の体温が暖かい。 薄目を開ければ、自分を覗き込む凛子の顔と桜の花びら。その風景に、心臓がまた激しくなった。 「ねぇ、創太」 桜のトンネルを歩くエアウ。その隣にいる創太は舞い散る桜の動きを眼で追いながら、言葉を待った。 「どうなるかと思ったけど、一応一人前くらいには……なれたかな?」 リベリスタとしての経験の浅いエアウは、桜の屋根を見ながら不安げに尋ねる。『誰かがないているのを見たくない』……そんな理由で戦い始めたが、まだ未熟であることは彼女自身理解している。 「こんな私でも、誰かの力になれてるならいいんだけど……」 安易に『大丈夫さ』と答えることもできただろう。無難な答えだと思う。 「さーな?」 だけど創太はそう答えなかった。彼なりにエアウの質問を受け、彼なりに思考し、 「この手で何とかできた事もあっし、出来なかった事もある。……ま、高みは遠くともやれてんじゃねーのかな」 彼なりの答えを返した。 できることを一つずつ。高みに上るということは一歩進むことを何度も繰り返すことだ。舞い散る桜を見ながら……持っていた缶ジュースをエアウの首筋に押し付けた。 「ひゃうん!?」 冷たいものを首筋に押し付けられ、声を上げるエアウ。その様を見て笑う創太。 「ま、今はこっち楽しもうぜ? 今日くらい考え事捨てて桜に興じても罰はあたんねーよ」 「もう~……創太くんの馬鹿ぁ」 顔を背けるエアウ。それは怒りではなく、照れからくるもの。弛緩する心に春風が吹き込んだ。確かに、今日ぐらいはいいだろう。 「でも……ありがとう。今は今、桜を楽しまないとだね♪」 そしてのんびり歩く創太とエアウ。 「悪い、待たせちまったな」 「遅いよ~」 ランディはベンチで眠るニニギアのもとにやってくる。ニニギアは夢うつつになっていた意識を覚醒させ、待ち人に向かって頬を膨らませる。そのまま寄りかかるようにランディの腕に自分の腕を絡ませて、桜並木を歩き出す。 「桜、きれいね」 「ああ、きれいだな」 なんでもない一日。タダゆっくりと時間が流れていく。……それが当たり前ではないのがリベリスタだ。 「覚えてるか? 俺達がここで戦う様になったのは去年の今頃だぜ」 思えばいろんなことがあった。様々な戦いを経験し、苦しみ、傷つき、そして生き残ってきた。悲惨な現実を見ることもあった。救えなかった人間もいた。 「……思い返して辛くなっちゃった?」 微妙な表情の違いでニニギアはランディの心中を悟る。組んだ腕を強く握り、ランディの顔を覗き込む。その様子に心配させたか、とランディは表情を崩し笑みを帰した。 「いや、ただこうして一年経って、隣に居られるってのは嬉しいって思っただけだ」 ニニギアの肩を抱き、髪を撫でる。ウェーブのかかった黒髪を手で梳きながらはいた言葉は、偽りなき真実。 「また来年もこれを見ような、約束だ」 「うん」 ランディの言葉に、首肯するニニギア。当たり前のように明日が来るわけじゃない。いつも命がけの戦いに身を投じているのだ。来年、二人がこの道を歩いている保障なんて、誰もできないのだ。それでも。だからこそ。 「来年も一緒に」 心からの約束を、ここに。 ランディは見上げるニニギアの額に誓いの口付けをし、そのまま抱き寄せた。 「すっかり春だ」 「春でござるな!」 雷音と虎鐵は自分たちのペースで並木を歩く。血の繋がらない親子はそのまま桜を見ながら歩いていた。 「アークの仕事をはじめて1年か。虎鐵はどれだけのものを救ってきた? どれだけ傷ついてきた?」 雷音は虎鐵の背中に視線を移し、問いかける。主に問いかけたいのは、後半の質問なのだろう。虎鐵はそれを理解していた。 「まぁ、拙者的に言えば傷つけはしたが助けたって感覚はないでござるな」 元フィクサードの虎鐵は背中を揺らしてそう答える。 「ボクは……たすけれないものもたくさんあった」 努力すれば救えたのではなかろうか。力があれば救えたのではなかろうか。手を伸ばす。桜の花びらを掴もうとして、風に舞って捕らえられなかった。手は空しく、握られる。 「全部を救うなんてできないでござるよ」 それは娘より長く生きた父からの言葉。 「拙者達の守れる範囲で頑張るしかないでござろう? 拙者は雷音が傷つかなければそれでいいでござる!」 だから手の届くものは守ろう。何かを傷つけてでも、愛するものを守る。そんな愛もある。 ああ、この人は。雷音は瞑目し、安堵し、そして目を開けて前を見た。目の前には虎鐵の背中。そして薄紅色の桜並木。 雷音は手を伸ばす。ひらりひらりと舞う桜の花びらを、今度は掴むことができた。手は優しく、握られた。 この手はきっと、何かを掴むことができる。手を伸ばす限り。 「虎鐵は、桜は好きか?」 「勿論、長い冬を耐えて必死に咲こうとする桜はやはり綺麗でござるしな」 「ボクも好きだ。新しい一年を感じさせる花だ」 花咲く過程を美しいと思う父と、新しい一歩を好む娘。 「また来年も、一緒に桜が見れたらいいと思う」 「もちろんでござる! 雷音と一緒に桜並木を歩くでござる。今拙者幸せでござる!」 虎鐵の声が並木に響く。その様子に雷音は笑みを浮かべて歩き出した。 ●AM10:11 「ひゃっほう! 妹達とでーとでーと!」 夏栖斗は忌避、妹、鈴葉、麻奈の四人の妹を連れて河原を降りる。春の日差しもあってテンションは高調……なんだけど、わりといつもどおりとも言う。 「はい、たこさんウインナーもいっぱいあります。落ち着いて食べるのですよ!」 妹は朝早く起きて作った弁当を広げる。御厨家の中でも世話好きの妹は、朝早く起きることもにー、ねー達のためと思えば苦にはならない。 「忌避は花より団子! いやどっちも!」 妹の弁当に心引かれながら、しかし忌避は桜の花にも心奪われていた。咲いてすぐ散る桜の花の情緒に心くすぐられる。これも愛だね。愛なのよ! 「や、この歳でこんなだけのもん作れるんやったらたいしたもんやわ」 麻奈は妹の弁当をつまみながら感心する。兄の夏栖斗と話をしたことはあるが、他の妹たちと話をするのは初めてだ。そんな緊張も、妹の弁当の美味しさによって崩れていく。 「本当、美味しいわ」 鈴葉も妹の弁当に箸をつけ、舌鼓をうつ。 「まいちゃんまいちゃん、たこさんウインナーある? たこさん! りんごもウサギさん? 麻奈ちゃんも食べよ! いっぱほぐぅぅ!」 「カズトォォオうるさああああい!」 騒ぎ立てる夏栖斗に腹パンする鈴葉。くの字に折れ曲がる夏栖斗の身体。 「フェイトを減らせる域にないのが残念」 「全く……はしゃぎすぎやろ。れいちゃんも暴れたらあかんで」 うずくまる夏栖斗の頭を撫でながら、麻奈が暴れる兄妹を諌める。そんなわけで夏栖斗も『大人しく』なり、御厨家の花見は和気藹々と進んでいく。 「ややっ!」 忌避が河原に捨てられた空き缶を見つける。仕方ないなぁ、とばかりに立ち上がってごみ拾いを始めた。やばーい、忌避超いいコー。 「しゃーないなぁ。うちも手伝うわ」 その様子を見ていた麻奈もごみ拾いを手伝う。ごみを拾ってもどうせ誰かがまた捨てるだろう、という合理的な考えが浮かぶがだからといって妹がやっていることを無視もできない。そんな麻奈であった。 「あれ? カズトは何処行ったの?」 気が着けばどこかに走って行った夏栖斗を鈴葉は探す。兄はすぐに見つかった。両手一杯に桜の花びらを集め、妹達の前でぶわーっ、と舞わす。 「桜吹雪ー! すっげー綺麗! 妹マジかわいい!」 「……これは花吹雪というより花びら塗れと言うんじゃない?」 冷静にツッコむ鈴葉。取り合えず桜の花びらをそういう風に使うものではない、と説教をしようとしたが、妹の方を見て言葉が止まった。 「桜吹雪……! きれいなものを見ました……」 ほわっ、とした笑顔を浮かべる妹。 「……こないだまで、まいはずっと一人っ子だと思ってました。 けれどこんな賑やかな家族が居て、まいは幸せものなのですっ」 その言葉に喜ぶ夏栖斗。今日ぐらいはいいか、とため息をつく鈴葉。 「いえーい! ゴール!」 「きーちゃん、ゴミは投げへんと入れような」 視界の端で、ごみを拾うことに一生懸命になっている忌避と麻奈の姿。そんな御厨兄妹の春のひとコマ。 「それでは、大御堂重機械工業株式会社のこれからの繁栄を願って」 乾杯! 彩花の音頭と共にグラスが掲げられ、大御堂重工の花見が始まった。 「ハラショー! よく通りすがりに桜の木を見ていますけど、やっぱり間近の実物は格別の良さがあります」 チャイカは初めての桜の木に喜び、土筆に驚き。日本の四季に大喜びしていた。 「いい場所だろう? 周りに迷惑をかけない程度に早い時間から訪れてとった場所だ。当然フェイトは使用したぜ!」 うそこくな。しかしカルラにそれだけの気概が入っていたのは事実だ。 「カルラさんとチャイカさんですね。改めて歓迎します。今後ともよろしくお願いしますね」 彩花は大御堂重工の新人達に挨拶をする。この花見は新入社員の歓迎会も兼ねているのだ。 「あ、代表。お疲れさまです。まずは一献」 カルラが新入社員よろしくジュースを彩花に注いだ。 「日本の文化では、新入りさんがこうして動き回るのを是としているんですよね?」 「気をつかわなくてもいいですわ」 いいながらグラスを空けてチャイカのジュースを受け取る。チャイカは彩花がさっき食べた揚げ物を考慮し、脂肪分解を促進するお茶を注いだ。 「面倒臭い雑用はとりあえず全部モニカに任せておくから、大丈夫――」 「自分で考えて行動するのも成長の一つ。モニカは皆様の成長の邪魔をする気はありません」 テキパキと配膳や片付けなどをこなすモニカ。メイドの矜持か、宴会の進行を手際よくこなしている。それでいて一緒に参加するわけでもなければ、料理を口にするわけでもない。彩花に仕えるということを心に置いている為だ。 「モニカさんも中身はともかく、メイドとしての実力は本物だしね」 ミュゼーヌはそんなもにかの動きを見ながら、ジュースを口にする。彼女は社員ではなく、支部長の友人兼優良顧客である。その縁で参加していた。 「尤も、私の執事だって負けていないのだけど」 「メイドさんがいるなら、執事がいたっておかしくないです、よねっ」 『執事』と紹介されたのはタキシードを着た三千。ミュゼーヌの恋人として、無様な真似は見せられない。彩花やモニカとは以前依頼でもあっている。そのお礼をかねての参加だ。 「もし良かったら、こちらをどうぞっ。桜色のノンアルコール・カクテルです。 柘榴のシロップと洋なしのジュースを、ソーダで割ってあります」 「……レベルたけぇ」 「ハラショー! 本当に桜色のカクテルです」 大御堂重工のメイドと執事のレベルの高さに驚く。それぞれの主は心の中でその働きに満足の笑みを浮かべながら、コップを口にした。 「穏やかな陽気に美しい桜。信頼出来る会社の人達に、何より愛する人。 幸せな春のひと時ね」 ミュゼーヌは桜を見上げ、この瞬間を深く感じていた。 「鬼との戦いお疲れさまでした! 勝利を祝して……カンパーイッ!」 同じく春の日差しの下で乾杯の杯を掲げたのは、ツァイン率いるM・G・K(ミタカダイラ・ガード・ナイツ)の面々だ。花見に合わせたのかツァインの服は洋服ではなく浴衣姿である。 「フ、花見か。雅なものだな。満面の桜の下に集うのも、悪くは無い」 戦いの中では見せない穏やかな顔で桜を見上げる優希。 「そしてなんと……日野原大明神様の手作り弁当があるのでーすッ!」 ツァインの手の先には祥子と、彼女が用意したお弁当。四段重箱の中にはおにぎりを中心に、から揚げや卵焼きなどおいしそうなものばかり。 「手作り……弁当っ……!」 正座して頂きますの姿勢をとる優希。普段は外食化コンビニ弁当なため、手料理からは縁とおい。ツァインではないが、祥子が神々しく見える。 「この卵焼きは誰にも渡さねぇ!」 早速始まるおかずの争奪戦。翔太は箸を手に卵焼きを死守していた。スピード勝負はソードミラージュの十八番である。 「旨い、マジで旨い! サンキューな日野原!」 「ありがと。たくさんあるから争わずにね」 ものすごい勢いで食べるM・G・Kの面々に、慣れた様子で対応する祥子。 「さて、お腹が一杯になったら芸でも披露しますか!」 「はぁ、一発芸だぁ!? 聞いてねぇぞおい……!」 ツァインの一言に慌てる翔太。他のメンバーはそれぞれ用意していた小道具を用意し始める。 「それでは一発芸の利き酒をします」 七海はジュースや酒のビンを横一直線に並べ、手刀を構える。そのまま横なぎに払いスパッ! っと口を切り裂いた。 「利き酒じゃねぇ!?」 「七海、酔ってるだろ!?」 「大丈夫です。酔ってません」 大抵の酔っ払いはそういう。 「次、ほむほむ」 「誰がほむほむだっ! 羽子板の上で、独楽を回すぞ」 優希は羽子板の上で独楽を回し、その軸の上に乗せるようにさらに独楽を回す。さらに羽子板を用意して、独楽を羽子板から羽子板に移動させたり、独楽を躍らせたりする。 「ヒューヒュー、魅せるねぇー! じゃあオレな!」 ツァインは浴衣のすそから扇を取り出し、舞い始める。見よう見まねの舞に場が沈黙し始めたタイミングで扇で舞っている花びらを受け止め、扇を閉じた。 くるりと回転すると同時に、袖に仕込んでおいた花弁を大量に舞わせた。広がる花吹雪。 薄紅色の乱舞に、思わず歓声が上がる。ひらひらと舞う桜の中、ツァインは一礼する。 「舞と見せかけた手品でしたー、お粗末様です」 拍手喝さい。M・G・Kの花見はまだまだ続く。 ●AM10:31 「酒の飲めない学生で集まって花見をしよう! 主催はワタシ、白石です!」 そんな趣旨で始まった学生会。ブルーシートに十五名の学生たちが集まった。明奈が始まりの音頭を取ると夢乃を始めとした学生たちがやいのやいのとはやし立てて、ソフトドリンクで乾杯する。 「春だ! 桜だ! 花見だー! オレンジジュースで乾杯なのだ!」 なずながハイテンションにオレンジジュースを掲げる。作ってきたサンドイッチと毛羽先から揚げを広げた。 「別に早起きして張り切って台所に立ったりしてないんだからな!」 「わーい、骨付きチキンのからあげ! 定番だよね! なずなちゃん料理上手!」 惠一は両手を挙げてなずなのお弁当を食べ始める。冷え性のため、この気温でもマフラーを巻いている。惠一いわくまだ少し寒いらしい。 「酒など飲まずとも、楽しく花を愛でることはできるのだ……」 ジュースで喉を潤しながら風斗は桜を見る。心地よい春風が、桜の花を凪いだ。その光景に心奪われる。 「桜餅は……沢山……持ってきたから……皆で……食べてほしい」 エリスは二種類の桜餅を持ってきた。長命寺と道明寺。小麦粉で焼いた生地と桜の葉でクレープのように餡子を包む長命寺と、餅米を乾燥させた粉と桜の葉で饅頭のように餡子を包む道明寺。桜の香りが鼻をくすぐる。 「桜のマカロン、持ってきたの」 那雪がおずおずとマカロンを出す。ガナッシュの代わりに桜あんクリームを挟んだ、和と洋のコラボレーション。こっそり自信作。 「うん、桜あんの甘さが丁度よくておいしいな」 レンがそれを口にして、笑顔で感想を告げる。お返しにとばかりにきつけの紅茶専門店で売っているスコーンの桜味を出した。 「那雪もよかったらどうぞ。ここのスコーンはしっとりしていておいしいんだ」 「スコーン、好き……嬉しい」 しっとりとした甘い味が口に広がる。那雪はほんわかとした表情になった。 「以前、桜は迎えてくれる花と、教わりました」 フィネは陽斗にジュースを注ぐ。日ごろの感謝を込めて、笑顔を向けた。薄紅色の花びらは誰もを受け入れる優しさを感じさせる。ここにいてもいいのだという勇気を与えてくれた。 「……本当でした、ね」 フィネの周りには明るく騒ぐリベリスタたち。初対面ばかりだが彼女を拒絶するものはいない。 「今日のこの日は、フィネさんの新生活への第一歩だよ」 陽斗もフィネに向かって酌を返す。オレンジジュースを注ぎながら、フィネを見た。陽斗の目に映るのは、一人ぼっちの暗殺者ではない。小さな勇気を振り絞り、輪の中に入っていこうとする。そんな何処にでもいる少女だ。 「素敵な一年になるよう、応援しています」 彼女はもう充分、勇気と行動力でもってこの世界を渡り歩いてる。冷たいジュースで喉を潤しながら、陽斗は笑顔を返した。 「この春からの新入生になるので、三高平の先輩方と交流を深めておこうかと。 差し入れは……ククク、『自爆ボタン』です」 怪しい笑みを浮かべながら、ユナが円筒状のスイッチを持ってくる。自爆ボタン、という響きにどよっとした空気が流れる。 「爆発物とか持ってきちゃだめー!? 押すなよ、絶対押すなよ!」 「絶対押すな……? ああ、わかりました。押せって事ですね」 ポチっとな。ぽふん、という空気がはじけるような音と共に爆発するように広がる――桜の花びら。火薬を抑え、中に桜の花びらを仕込んだようだ。人工的な桜吹雪が広がる。 「フフフ、どうですこの無駄に洗練された無駄のない無駄な一発芸は」 「おどかしすぎだっ!」 驚きはしたが、桜吹雪の美しさに和むものもいる。 しばし桜の下で学校のことや日常のことを語り合ったあと、唐突に明奈が立ち上がり、 「こういう場で付き物なのが隠し芸だよね!」 と、言い出した。一部の人は聞いていたがそうでない人は慌てふためく。 「えっ、ちょ、え? えええ!? き、聞いて無いよそんなの!? どうしようみに!?」 今まで普通に友達と話していた美月は、不意の芸披露にパニックを起こし、お菓子を食べている式神に問いかけた。その返答は、 『脱げば如何ですか?』 「わあい全く参考にならないなげやり生返事ありがとう! どどどどどうしよう!?」 美月、撃沈。 「……えーとえーと………で、デコが光り――」 「アンナ、それいつものことだから芸でもなんでもない」 「うわあん!」 アンナ、轟沈。 「私は見る専なのだ!」 なずなは腕を組んで、始めから戦線離脱。 「ちゃんとかくし芸は用意してきた」 風斗は立ち上がり、おもむろに上着とズボンを脱ぎだす。その下には―― 「ミニスカチャイナー!?」 そう。そこには薄緑色のチャイナ服を着た風斗が存在していた。ミニスカなので、ふとももとかばっちり覗いている。周りにはキラキラと光が舞い、風斗の周りを彩っていた(演出:うさぎ)。 「さあ、今日はこの楠神風子(中国製)がみんなにお酌をしてやろう! ですわよ!」 「あほだ、あほがいるー!」 「でもサイコー! 風子ちゃん写メとっていい?」 「写真は撮るな!?」 「げへ」 「って何をやってるんだお前は!」 「いえ、臆病者なりの自己啓発を」 「わはははー。次は誰だー?」 宴は盛り上がる。仲間の絆と共に、いくらでも。 「フツ、あーんって、してして……っ! えへへ」 「ウム、ウマイ! 花より団子なんて言うが、花より弁当、花よりあひるだな!」 桜の木の下で、フツとあひるは寿司を食べていた。より正確に言えば、あひるが作ってきた一口サイズのお寿司を、あひるがフツに食べさせていた。 喧騒から少し離れて二人きりの空間。春の陽気と隣にいる人の温もりが二人を暖めていた。 「よし。桜の木を上から見ないか? 空を飛んで」 「だめだよ……っ。神秘の類は封印しておけ、って九条さんが……っ」 あ、そうか。頭を掻くフツ。上空から桜並木を見るのもオツだと思ったが、仕方ない。 「まぁでも、あひるとのんびりできるのならそれが一番か」 「あひるもっ……! あひるもフツの隣に居ることができて、とっても幸せだわ。 また来年も、一緒にお花見しましょうね……!」 「ああ、来年も一緒だ」 フツは答えと同時にあひるを抱き寄せた。突然の抱擁に、顔を赤らめるあひる。そしてあひるもフツをぎゅっ、と抱きしめた。 「り、リクエストの一口カツ、作ってきました……!」 レジャーシートの上に作ってきたお弁当を広げ、壱也は気合充分とばかりに相手を見上げた。間違いではない。壱也は相手の膝の上にちょこん、と座り相手に身体を密着させて見上げていた。 「お、サンキュ。よくできてるじゃないか」 その相手――モノマはリクエストした一口カツを最初に口にする。 壱也はモノマが咀嚼する様子をずっと見ていた。彼のために前日から仕込みをし、朝早く起きて作ってきたのだ。料理はあまり得意ではない。口に合わなかったらどうしよう、とか料理下手な子は嫌われるんだよね、とか不安が心を支配する。 「料理下手だといってたがうまいじゃないか。 遠慮なく食わせてもらうが、壱也も食べなくていいのか? うまくて全部くっちまうぞ?」 モノマは言って壱也が作ってきたおにぎりを彼女の目の前にもっていく。壱也はモノマに褒めてもらった喜びと、彼から食べさせてもらうというシチュエーションにドキドキしていた。ゆっくりと口をあけて、おにぎりを食べる。 そのまま二人は弁当を食べながら、桜を見ていた。 「先輩と一緒に見れて幸せです~えへへ。 あ、そうだ。写メ、撮っていいかな……先輩と桜と、わたしも一緒に」 「ん? いいぞ」 ぱしゃ! 桜とモノマと壱也。二人で過ごす流れる時間の一瞬を、写して保存する。時が流れても、この一瞬だけはこのデータがある限り残り続けるのだ。 「あのねっ、お弁当持ってきたのっ」 「ルアくんの手作りお弁当! これは嬉しいなぁ、有難う」 ルアはバスケットを片手に土手を降りる。スケキヨはそんなルアを見ながら、驚きの声を上げた。弁当を見せようとしてバスケットから取りだそうとして……下り坂でバランスを崩して転んでしまう。 「……ありゃ。大丈夫?」 「あいたたたた……大丈夫だよ、ってああっ!? お弁当がぁ……!」 転んで形が崩れた弁当を前に、ルアが涙を流す。地面に落ちて汚れたわけではないが、形が崩れたため、美味しくなさそうに見える。 スケキヨは転んだルアを立たせると、形の崩れた弁当を一口食べた。 「大丈夫。味は凄く美味しいよ。それに、ルアくんがボクのために作ってくれた事が、何より嬉しいんだ」 「スケキヨさん!」 「ああもう本当に可愛いなぁ!」 その優しさにルアはスケキヨの胸に飛び込んでいた。スケキヨはそんなルアの頭を撫でてやる。 二人はシートを引き、お弁当を食べる。気がつけばルアはスケキヨの膝の上に座っていた。そのままスケキヨの顔を見上げるように、デザートの苺をスケキヨの口に運んでいた。 「あーん」 「もぐっ。美味しいよ、ルアくん」 ルアの頭に載った桜の花びらを払いながら、スケキヨは苺を口にする。にまー、と笑うルアに愛おしさを感じる。 「ルアくん、大好きだよ!」 スケキヨは思ったことをそのままに口にした。ある程度アルコールが入っていることもあるが、偽りなき心の言葉だ。 「ふふ……わたしも大好きなの」 そしてふたりの影は一つに重なった。 ●AM9:30~PM9:56 さて、そんな花見の中で昼から晩まで思いっきり騒ごうという企画があった。昼の陽気を受けて桜を見た後で、夜桜も見ようというものだ。 「これはここでいいかな?」 宴の準備に余念がないのは疾風。ブルーシートを広げ、皆が持ってきた酒やつまみを振り分ける。 「……うむ、見事な桜だな。良い時期に、九条も声を掛けてくれたものだ」 葛葉が持参の酒を置きながら桜を見る。桜自体は毎年見ているのだが、たまにはアークの人と見るのもいいだろう、と参加したのだ。 「サンドイッチとおにぎりを持ってきたです」 そあらが色とりどりのサンドイッチとおにぎりを持ってくる。サンドイッチは定番のたまご、ツナ、ハムに苺のフルーツサンド。苺の量が若干少なめなのは、そあらのおなかに納まったためだ。そしておにぎりは梅、おかか、しゃけ、たらこといろいろある。 「幹事お疲れ様、ティアリアさん」 実家が酒屋の快は様々な日本酒を持ってきた。発案者のティアリアに労いの言葉をかける。 「ふふ、こんなに集まってくれて冥利に尽きるわ」 ティアリアは洋酒を中心に持ってくる。 「快と二人っきりの飲み会になるかと思っていたわ」 それも悪くないけれどね? という声は心の中に留めておく。ともあれあつまった十四名はそれぞれ席につき……あれ、予定は十五名じゃなかったっけ? 「い、いや~寝坊してもーたわい! 済まんのー!」 遅刻寸前。ギリギリのところで間に合ったレイラインがやってくる。 「これ、差し入れじゃ」 「お、春野菜の煮物だ。これを作って遅れたのか」 「ああ、指の絆創膏もそれが原因か」 「こ、これは違うんじゃ! え、えーっと……そう! 本のページで切れちゃって……え? 何の本かってそりゃ料理本に決まって……あ」 顔を赤く染めて弁解するレイライン。その様子に自然と笑みが浮かぶ。 とにかく全員そろった。皆好きなお酒をカップに注ぐ。音頭を取るのは、徹だ。毛のない頭を掻きながら、御猪口を掲げる。 「満開の桜とアークのリベリスタに、乾杯!」 「「「「乾杯!」」」」」 チン! グラスにちょこに紙コップに。それぞれの杯がぶつかり合い、そして同時に酒を口に含む。そのあとは皆それぞれのペースで飲み始めた。 「ここのところ鬼やらなにやらで忙しかったからなぁ。こういう風にのんびりとする時間も必要だ」 義弘が日本酒を口にしながら、桜を見上げる。本来ならこうして風流を感じるのが粋なのだが、たまにはこうして騒ぐのもいいだろう。持ってきた和菓子をつまみにして、義弘は酒を飲む。和菓子は彼自身甘党ということもあるが、未成年用の食べ物として持ってきたものだ。 「日本の花見とは斯くも愉快な物だな」 未成年であるアルトリアは義弘の和菓子を口にしながら、ジュースを口にする。これだけの人数が集まり、明るく騒ぎ出すのだ。料理も上手く、雰囲気も楽しい。釣られてアルトリアの食もすすむ。 「鬼のこともあり気が張っていたからな。緩急付けられるのはよい事だ」 戦いも終わり、今は心を休めるときだ。次の戦いに備えてコップを口に運ぶ。 「ドイツでも日本から来た桜を見掛ける事はあったけどやっぱり本場は違うわね」 同じく未成年のルーチェも甘酒を手に宴会の様子に心踊っていた。持ってきたスパイスクッキーは好評で、甘酒とよくあっている。 「あら、花弁が……」 ふと手元に目を落とすとルーチェの杯浮かぶ桜の一片。ゆらゆらと水面で揺れる薄紅色の花弁は、白の甘酒とあいまってとても美しく見えた。 「このまま飲み干すのが風流って奴なのかしら?」 「その風景を楽しむもよし、だぜ。もちろんこういう『逆さ桜』を楽しむのもな」 悩んでいるルーチェに徹が声をかける。そして酒に写る桜の花を眺めた。透き通った日本酒に写る『逆さ桜』。そのうん蓄に耳を傾けながら、他にはどのようなものがあるかルーチェは先を促した。 「ささ、イセリアさん、ぐぐっと!」 快はお酒が好きな人に酒をついで回っていた。桜の花を思わせる、この時期ならではの桃色薄濁り。桃色の水面にイセリアの顔が映る。 「新田殿! 飲んでるかー!」 イセリアはビールを飲み干し、快の酒を受け取る。 「これはなんだ! 日本の酒か! 香りがいいな! 純米大吟醸!」 ばんばんと快の背中を叩きながら、イセリアは日本酒を口にする。桃色の液体が視覚を刺激し、アルコール独特の香りと醗酵した麹の香りが嗅覚を刺激する。そしてじわりと全身に酒が染み渡る感覚。体中がぽかぽかしてくる。 「新田酒店! やるじゃないか!」 「どうも。花見の方は楽しんでる?」 「花? え、ええと、ああ、あれかっ! そうだな! そのなんだこう、ピンクのちり紙のようで華やかだなっ!」 桜をはじめてみた外国人は、大抵そう言うとか。 「もう少し何かあるだろう、だと? さては、きさまあ、よっぱあっていうな!? ひっく!」 酔っ払い加速中。そんな様子を見て笑うリベリスタたち。 「空気清浄機でース。イセリアさん、これ美味しいですよ」 「なんだこれは、さかなのハンバーグか! そうかおでんというのか!」 マイナスイオンを振りまきながら冥真がやってくる。 「宴会の酒気を正常化しつつマイナスイオンを振りまきに来た。泣いたり笑ったりさせてやる! 和ませてやる! 覚悟しろ!」 お前も酔っているのか、と思ったが意外と素面。お酒をちびちび飲みながら、酔っ払っているイセリアを適度なところで休ませたりしていた。 「花見にかこつけて一日中お酒を飲めるなんて最高だねえ」 七もかなりのペースで酒を飲んでいた。いつもは本屋で一日中本を読んでいたりするのだが、今日は春を満喫する為に宴会に出席していた。酒が気分を上向きにし、満開の桜が心を癒していく。 「日本人で良かった。最高」 酒の肴用に作ってきた筑前煮を口にする。少し濃くした味付けが、酒とマッチして食もすすむ。日本酒と煮物と桜。お腹も気分も満たされる。 「桜が散る前にさおりんと京都あたりで夜桜を楽しみたいのです。 ロマンチックな雰囲気でそれからそれから……」 酒の入ったそあらは既に夢の中。夢の中で愛する人とデートができればいいね、と優しく毛布をかけられる。 「いい夢見ろよ……ってどうしたお嬢ちゃん?」 そあらを見ながら酒を飲んでいた徹の前に、結が腰に手を当てて仁王立ちしていた。目線的に座って酒を飲む徹と仁王立ちする結の目線がちょうどあう。 「むっちゃんは家族でお花見なのだ」 「おう」 「あんまり離れちゃダメっていいつけを破ってここにいるのだ。悪い子なのだ。さあ、投げるといいのだ!」 結が徹に見せ付けるのは今回の花見のビラ。『迷惑をかける悪い子は、九条に河に投げられます』……の件。いや、正確にはシナリオの詳細なのだが、まぁそれはそれとして。 「あー……つまり投げてほしいのか」 「うむ! あ、でも水が冷たそうだから河は勘弁するのだ。あっちのふかふかしてそうな草むらがいいぞ!」 「あー……つまり遊んでほしいのか」 「さあ! さあ! さあ!」 しょうがねぇよなぁ、という顔をして徹は立ち上がり、結を抱える。そのまま回転したり、投げるフリをしたりしていた。 「お! おお! おおう!」 結も目まぐるしく変わる景色と激しく上下する感覚に喜んでいると、 「むっ。お母さんどうしたのだ」 結のお母さんがやってきた。どうもうちの娘がご迷惑を。いえいえ、お気になさらずに。そんなやり取りの中、結は目を回しながら仁王立ちしていた。 「お母さん、むっちゃんは今あーくのせんぱいに遊んで貰って、おお? ちょ、まだ投げられてないのだー! やーだー!」 結はそのまま引きずられていく。徹は達者でなー、と手を振り……そのまま宴に戻っていった。 やがて日は落ち、夜になる。 「ほら、快はもっと飲みなさいよ。ふふ、たまには羽目を外したっていいじゃない?」 「ティアリアさん、酔ってる?」 「……何よ、酔ってなんかいないわよ? ほらぁ、こっち来なさい。 まだまだ宴は続くわよ」 日が落ちても、宴は続く。ここからは白の花びらが夜を彩る時間だ。 ●PM7:54 雲ひとつない夜空に満月が浮かぶ。 ほのかにライトアップされた桜と月光が河に写り、幻想的な桃色の河となる。 そして桜そのものも光を受けて桃色の光を返しており、見る人を魅了していた。 「軽く飛ばすからしっかり捕まってろ?」 「なんか速い!」 そんな桜並木に一台の自転車がやってくる。火車と朱子の二人だ。二人乗りの自転車は、しっかり捕まっていないと危険である。だからというわけでもないが、朱子は火車の腰に手を回し、しっかり掴んだ。 (こ、これは……やってみたかった……恋人と自転車の二人乗り……!) (……考えてなかったけど、なん……コレぇ! 密着しすぎじゃね!?) 恥ずかしさを隠す為、ペダルをさらに踏み込む。そうなると速度も増し、振り下ろされないようにさらに朱子は火車をぎゅっと掴むことになる。 (い、いつもより余分にくっついても……き、きっと気づかれないよね) (うわっ!? 余計なことは考えるな! 今はペダルを踏むことに集中しろ!) そしてさらに密着する二人。その分桜並木には早く到着する。 「……火車くん、大丈夫?」 「ははっ! 大丈夫だ、ぜ……!」 息絶え絶えに自転車を押す火車。その顔が赤いのは酸欠だけではないのだが。 ともあれ、二人は夜桜のトンネルを歩いていた。いつしか隣にいることが当たり前になっている。そんな気持ちを不思議と思いながら心地よく感じ、淡々と歩いている。同じ時間を過ごすことが、ただ一緒にいることが、こんなに特別だなんて感じされられる。 「朱子飯食った? まだなら月に桜。こいつ等眺めて一緒に食おうぜ」 くる途中で買ってきたコンビニ弁当を自転車のかごから出す。 「お手軽だけど……毎日は体に悪いよ?」 「いや弁当なんて作ったことないし」 「じゃ、じゃあ……今度作ってこようか? 自炊もできるし、結構料理は出来るつもりなんだ……けど……?」 「え。朱子が作る弁当……!? も、もちろん食うぜ!」 次のお出かけが楽しみだ。互いにそう思いながら、夜桜の下を歩く。 龍治は桜を眺めるということをしない。桜を見たことがないわけではなく、観桜を目的とした経験は遠い過去。ましてや夜桜を見るなど酔狂とさえ思えた。 だが、 「へへー、やっと来れたぜ」 桜の下を歩く木蓮。桜と彼女を見た瞬間に、その考えは払拭された。木蓮に引っ張られる形で来たのだが、確かにこれは素晴らしい。 「成程、これは見事なものだな」 「昼から軽く見ては回っていたが、夜桜もやっぱ好きだなぁ。 ……龍治と一緒に見れたから、倍好きになった」 「そうか。そうだな、俺もとても気に入った。お前と似た理由で、な」 うわ、聞こえてた。木蓮は恥ずかしさを隠す為に龍治の腕に自分の腕を絡ませた。 「な、何を……」 「……やっぱちょっとハズいか? 大丈夫、桜はライトアップされてても夜だ。暗くてよく見えないぜ!」 「た、確かにこの暗さならそう人目に留まる事は無いだろうが」 互いに恥ずかしがりながら、それでも悪くない気分で夜桜の下を歩く。 「今日は夜桜の夢が見たいなぁ、もちろん龍治と一緒に!」 二人で思い出話をしながら、眠りにつこう。そうすれば夜桜の夢が見れるかもしれない。 「そうだな。のんびりと語り合うというのも、たまには良い」 木蓮と龍治は帰路につく。今日のこの瞬間も、いつか思い出になる。柄ではないが、夜桜の夢というのも悪くないそんな事を思いながら、二人は桜を見上げた。 「桜はいいよね、やっぱり」 「日本に生まれてよかったと思える瞬間だな」 宗一と霧香が桜の下を歩く。互いの肩が触れあるか触れ合わないかの微妙な距離。そんな距離を維持しながら、二人は歩いていた。 「特に夜桜は幻想的でいいよな」 「うん。夜の暗い中に白く浮かび上がる桜もあたしは好きだなぁ」 霧香はライトアップされた桜を見る。黒の夜空に白の花びら。幻想的と宗一は言ったが、まさに幻のようだ。そのまま心奪われてしまいそうな美しさ……なのだが、夜店からの香ばしい臭いに現実に戻される。すこしおなかすいた。 「そういや夜店もそれなりに出てるけど、何か買っていくか?」 「あ、じゃあ何か食べようかなっ。……もしかして、花より団子って思われてる?」 「割りといつも食べてるような気がしたからな。傷つけたか、すまない」 「そんなことは無いんだからねっ! ……たぶん」 頬を膨らませながら、しかし食欲を抑えることは難しいようだ。タイヤキを食べながら霧香と宗一桜並木を歩く。この餡子おいしい、やっぱりクリームだよ。しばらくそんなタイヤキのことを話していた時に、 「最近は色んなことに付き合ってるよな。いつも誘ってくれたり、付き合ってくれたりしてホントにサンキュな」 唐突に宗一がそんな話を切り出した。霧香はその言葉に反応して緊張してしまう。いつも。その言葉を意識してしまう。 「いつも……そうだね。こちらこそ、一緒に付き合ってくれてありがとうだよ」 「ま、なんだ。これからもよろしく」 宗一は霧香に向かって悪手を求めるように手を差し出す。その手をじっと見ながら、霧香は宗一の言葉を反芻した。これからも。ゆっくりと手が握られる。 「……うん。これからも、よろしくね、宗一君」 握られる手。その強さは二人の絆の如く。この温もりと力強さはどんなに辛い戦いの中でも立ち上がる勇気をくれるだろう。手はゆっくりと離れ、二人は桜並木を歩き出す。 「……大好きだよ」 「ん? 何か言ったか?」 「なぁんでもない」 「? まあいいや」 幻想的な桜のトンネルを二人で歩く。互いの肩が触れあるか触れ合わないかの微妙な距離。ただ少しだけ、二人の距離は近づいた気がした。 通りの向こうから猫の鳴き声が聞こえる。 猫の頭の形をした提灯を片手にもつレイシアを先導に様々な柄の猫が歩いてくる。黒、白、白黒バイカラー、灰、灰白、三毛、縞三毛、とび三毛、キジ、キジトラ白、茶トラ、茶トラ白、サバトラ、白サバトラ、サビ、ヒョウ柄、ムギワラ、ハチワレ、ポインテッド、シミ付、ホワイトソックス……。 ちなみに何故夜かというと、 「さすがに百匹近くの猫と一緒だと、昼は迷惑だし夜になー」 とのことである。まぁ、夜でも百匹を越える猫とすれ違えば普通に驚くが、それはともかく。 「その姿、さながら百猫夜行!」 列の後方で桜を見ながら、光介が手を叩く。仄かな灯りに照らされて、宵闇に映える満開の桜。それを見上げながら、アメリカンショートヘアーを抱いた。 「桜、きれいだね~。あれ? 君は桜よりご飯の方がいいのかな?」 舞い散る桜の花びらに興味津々と爪を伸ばす猫たち。その様に心和みながら光介は夜桜を楽しんでいた。 レイシアが桜並木を歩いていると、気がつけばいろいろ増えていた。猫とか猫とか人とか。……人? 振り向くと、 「何だか、面白そうだから着いてきちゃったけど……いいよね?」 綾兎が猫をもふもふ撫でていた。 「おお、いいぜー!」 「猫好き、宴会参加者の接触は大歓迎です~!」 レイシアと光介、そして猫たちが火となきして同意し、綾兎が百猫夜行に加わる。綾兎は猫の一匹を肩に乗せた。 「……ちょっと寒いし肩に乗せるよ。 別に仲良くなりたいとかじゃなくて……寒いからだよ」 肩に乗せられた猫は擦り寄るように綾兎にほお擦りをした。 カンカン、という音がする。レイシアが猫缶を叩き、止まれの合図を出した。 「しゅうごー! ここで花見タイムだー!」 レイシアは紙皿の上に餌を盛り、人間用にお菓子を用意する。綾兎は紅茶を用意し、レイシアと光介に振舞った。春とはいえまだ少し冷える。身体の奥から温まる紅茶はありがたかった。 月見に花見、そして猫。河原は騒然としながらしかしそのざわめきを迷惑と思うものはいなかった。 ●PM8:23 エナーシアは自分のコーポレーションで行なった観梅の後、こう言った。 「自分の処の花見は騒がしいお祭り騒ぎになっているのよね。 正直言うとそれも満更悪いものでもないのだけど、ゆっくりと桜を見るのも良いものなのだわ」 そんなわけで、夜桜だ。月の夜桜。遠くに聞こえる大宴会の喧騒も風の音に消える。お弁当とお酒を用意して、エナーシアは腰を下ろした。 「今年もまた、花見が出来る事に感謝はせねばなるまい」 ウラジミールが祖国の意向によりこの国に来て二年目。花見やら風流やらは自分にはまだわからないが、花を見て酒を飲み皆と語り合うというのは良いモノだと思う。それができるのも、今こうして生きているからだ。 「こっちよ、九条さん」 「あいよ」 やってきたのは徹。昼から続く宴会でアルコールが抜け切っていないのか、顔はまだ赤い。だが足取りはしっかりしたものだ。 「それでは、乾杯!」 「お互いに未だに生きている事に乾杯だ」 「死んでしまえば、酒は飲めねぇからな。乾杯だ!」 チン! コロナビールと日本酒とウォッカの三種類の杯が重なり合う。一気に飲み干し、息を吐く。 「今宵は酒は側仕え。主賓は夜桜だわ。存分に楽しみましょう」 「うむ、エナ女史はあまり酒に強くないからな。大人の花見をするならそのほうがいい」 「ウラジミールに比べれば、大概の人間は弱いだろうよ」 「九条殿もかなりのものだと思うがね」 「そういえば紅葉に初日の出に今回の桜と、九条さんは季節物でも儚く散りゆくものがとりわけ好みなのね」 エナーシアの問いかけに、徹は桜を見ながら答える。 「好みっていうか、ぱっと咲いてさっと散る様に美しさを感じるんだよ。諸行無常とかそういうのを」 「わびさびのような日本人的な感覚なのだろうな」 そんなものよ、とウラミジールの言葉に徹は同意を返した。 「こんばんは、九条さん。宜しければお隣いいでしょうか?」 「おう、亘か。正月ぶりだな」 ジュースとお菓子を手に亘がやってくる。 「この前はとんだ粗相を」 「たいしたことねぇよ、アレぐらい」 頭を下げる亘。それを気にするなと軽く流し、酒を飲む徹。 亘は徹の隣に座り、甘酒を口にする。空に月。地に桜。そして流れる河を見た。 「月と桜と静かな河原。一つだけでも素晴らしいですが、全てが合わさり調和した時の美しさ。見てるだけで心が満たされていきますね」 「ああ、この瞬間にしかないものだ。そしてこのときにいる仲間も、調和の一つだぜ」 「ええ。九条さんや皆と一緒に見れたら感動も一入なのです」 甘酒と日本酒の杯が打ち合わされる。亘と徹は一緒に杯の中の液体を飲み干した。 「桜の花が綺麗なのは……死体が埋まってるからだそうです……。 一人、二人、三人……ふふ、冗談です……」 気がつけばリンシードがジュースの入ったカップを手にシートに座っていた。気配遮断+ステルスとかどんだけ。 「あ、こんばんわ。九条さん。お誘いありがとうございます……」 「お、おう。いや、普通に出てきてくれてもいいんだぜ」 突然の登場に驚く徹。その様子に無表情に頷くリンシード。そのまま彼女は春風にそよぐ桜を見た。無表情に問いかける。 「桜ってなんでこんなに綺麗なんでしょうか、気になりませんか? 作られて、ではなく……自然と綺麗になるって、素晴らしいと思います」 「桜が綺麗、なんじゃねーぜ。リンシードに桜を見て『綺麗と思う心』がある。それだけだ」 「私に……『綺麗と思う心』が……ある?」 虚をつかれたのか、リンシードは言葉を反芻する。 「自然であれ創作物であれ、美しさを感じるのは心だ。だったらそこには心があるんだよ」 「興味深い話ですね。詳しく聞かせてもらえませんか?」 会話に割り込んできたのは苺だ。今まで黙って桜を見ていたのだが、徹とリンシードの会話を聞いて興味がわいたとばかりにやってくる。 「大したことねぇよ。酒飲みの戯言――」 「世界を守る為に心は必要ですか?」 苺は真剣に徹に問いかける。それに押される形で徹は言葉を止めた。 「苺は桜を見ても何も感じません。これが桜だという知識を得ただけです」 とあるリベリスタ組織で『作られた』苺を連れ出した人は、世界を守るなら色んな物を見て色んな事を感じろと言った。知識を得る以上の答えを苺は見つけることはできなかった。 苺には心がないのだ。それを認識したのだ。 「世界を守る為に心が必要であるのなら、心はどうやったら得ることが出来ますか?」 苺の真剣な問いかけを、 「知らん」 徹はばっさりと一刀両断した。 「心なんて決まったモノがあるわけじゃねぇ。様々な経験をして、気付いたら『自分の心』は作られているんだ。苺の心はお前にしか得ることができねぇのさ。 酔った俺に見えるのは、まだ経験の足りない一人のリベリスタだ。悩む前にいろんな経験をしてみな。そうしたらまた世界は違って見えるぜ」 ――徹もまた、苺を連れ出した人と同じことを言った。 解を得ることはできなかった。だけど、 「わかりました」 がんばってみよう。そう思うことはできた。 「こんばんは、九条さん」 日本酒を片手に悠里がやってくる。 「お、今日は別嬪さんと一緒じゃないのか?」 「はは。なんとなく一人で飲みたい気分だったんで」 笑って悠里は夜桜を見る。そのまま酒を口にした。 ……いや、なんとなくではない。理由はわかっている。はるか遠く、三ッ池公園のことを思い出す。先日戦ったEエレメント。その戦いと、そしてそれが生まれた原因を思う。 「九条さん、三ツ池公園の『穴』って防げると思う?」 悠里は徹の傍に腰を下ろし、問いかけた。誰にも言ったことのない不安。 技術的なもので言えばアシュレイに聞くべきだろう。未来を予測するならフォーチュナだ。だからこの質問は、それ以外の意図を持って尋ねられていたことは徹にもわかる。 「そいつは――おまえの頑張り次第だろ?」 徹は拳骨を握り、悠里に向けた。 安易に『できる』と言ってもよかった。アシュレイに聞け、と丸投げすることもできた。だけどそんな答えはきっと意味がない。不安を解消させることが重要なのではない。 不安に立ち向かう理由。悠里に必要なのはこっちだ。そう判断してあえて突き放した。自分で答えを見つけろ。その拳は、何のためにある? そう問いかけるように突き出された拳。 悠里は突き出された拳を前に自問する。答えなどわかるはずもない。だけど、 「ありがとう。九条さん」 握られる悠里の手。その拳は徹の拳と打ち合わされる。硬く握られた拳同士がぶつかり合い、そして再び酒宴が始まった。 「桜、綺麗ですね」 「ああ、月見酒に花見酒。最高だね」 酒が五臓六腑に染み渡る。心に群雲がかかるとも、それはいつか晴れるだろう。だから今は、酒を飲もう。 ●PM9:03 ――たまにゃァ、誰にも声掛けないでブラつくのも良いだろ。 そんな理由でユートはぶらりと一人夜桜を見ていた。 「あいつら、元気でやってっかなァ……」 ユートは桜と河原で飲んでいる人を見ながら、昔の仲間を思い出す。いや、今でも仲間だ。ユートは仲間の保護を条件にアークで働いている。日本から遠く離れた地。小規模な革醒者チーム。彼らは元気でやっているだろうか。桜の花はそんな望郷感を沸き立たせる。 「……つまんねェ方に頭が向いてンな。寝るか」 踵を返すユート。頭を掻きながら、帰路についた。 「たまにはお兄ちゃんらしく、妹を可愛がって上げないとね」 見た目は十歳ぐらいの竜一は、妹の虎美と花見をすることにしました。 「わーい。お花見は兄妹水入らずでべったりまったりいちゃいちゃして過ごすんだ!」 見た目は小学生低学年並み虎美はとても喜びました。お弁当を用意して、一日中桜を見ながらおにいちゃん成分を補給するんだー。 「でもほんとお兄ちゃん小さくなったよね」 「お兄ちゃんは大きい方がいい?」 「ううん。むしろ虎美、新しい世界の扉が開きそうだよ……ショタの世界に」 説明が必要だろう。 竜一はとあるノーフェイスの返り血を浴びて、その結果小学校高学年ぐらいの外見に変化したのだ。そんなわけで(見た目)小学生だけど高校生の虎美と(見た目)小学生のだけど高校生の竜一というある意味小学生同士の健全なカップルとなってしまった。 「お兄ちゃん、あーん」 「あーん。ぱくっ。虎美、ジュースだぞー」 健全な。 「わーい。なでてなでてー」 「うん。なでなでー。さあ膝の上に乗りなさい」 健全……。 「あ、膝に乗るなら向かい合ってがいいな」 「虎美はかわいいなぁ。ぺろぺろしちゃう」 「きゃー。お兄ちゃんくすぐったいよー」 ……愛情表現は行き過ぎているが、健全で仲のいい兄妹である。きっと。 (こうして抱き合ってずっと過ごしたい……) 虎美はあたりが暗くなるまで竜一と花見を続け、帰路につく。 「家まで俺がおんぶするよ」 「えへへー。おにいちゃんありがとー」 こうして兄は妹をおんぶし、家に帰るのでした。 「日本の桜は初めてなんだけど……もう、すっげえキレイ」 プレインフェザーは幻想的な夜桜と月に感動していた。基本気分屋な彼女だが、この景色の前には心を奪われた。 「どうだ。すごいだろう」 頷くようにして腕を組む喜平。眼帯で覆ってない目で桜を見、そしてプレインフェザーを見た。 「うん……。あたしのしたかったコト、また1コ達成」 「なんだそりゃ?」 「お花見。……あんたも一緒で良かった」 「嬉しいねぇ」 オールバックの髪型を手櫛で治しながら、喜平は笑う。そのままシートに座り、酒を口にした。 「近頃忙しかったし。羽伸ばすつもりで、どんどん飲んじゃえよ」 「そのつもりだ。お前もどうだ? ジュースだが」 「お、ありがと」 喜平が持ってきたつまみとプレインフェザーが作ってきた桜のパウンドケーキを食べながら、静かに二人は花見をする。春の陽気と桜色の吹雪が、自然と心を溶かし素直な言葉が口に出る。 「……ずっとこうしてられたらイイのにな……」 思わず口にした言葉にプレインフェザーは泡えて手を振って、 「……! えっと、その……花見のコトだよ、って……!」 不意に、喜平はプレインフェザーの肩を抱き寄せる。レインフェザーは一瞬驚いた顔をしたけど、そのまま喜平に身体を寄せた。 「……将来的には一緒に飲めたりしたらいいな。今日の様な桜の下でさ」 「え、それって……」 言葉の真意を探ろうとプレインフェザーは喜平の瞳を見る。眼帯に隠れていない目はプレインフェザーを真剣に見て―― 「なんてな。おじさん酔いが回ったかもなぁ」 「あー! なに誤魔化してるんだこのー!」 追求するプレインフェザー。酔いどれおじさんに戻る喜平。 「お、良い感じで咲いてる。こりゃ、満開だなあ」 夜の河原に足を運んだ猛は、その景色に驚いた。 桜自体は毎年見ているけど、夜桜は滅多にない。猛は夜桜の雰囲気に包まれていた。 「幻想的って言葉が似合う、不思議な雰囲気」 猛につれられて夜桜にきたリセリアも、その雰囲気に飲まれていた。暖かい日差しの元で咲くのが昼の桜なら、夜の桜はそこにある美しさ。宵闇の中、白く映える花は幻想的であった。 「日中の桜もちらっと見ましたけど、夜の桜も綺麗ですね……」 「そうだな。夜桜、ってだけこうも雰囲気って変わる物なんだな……」 あたりに人がいない場所で、言葉なく猛とリセリアは桜の風景に感動していた。 猛はふと横を見る。桜を見るリセリアの表情。日本に来て桜を見たいといっていた彼女。その桜を前に、感動している横顔はとても綺麗だった。 ――気がつけば、猛はリセリアを抱きしめていた。思わず身体を硬くするリセリア。 「俺さ、やっぱリセリアの事が好きだ。……迷惑かな」 「それは……迷惑……ではない、です」 身体の力を抜きながら、リセリアは猛に答える。迷惑ではないのだ。むしろ嬉しくもある。少なくとも猛にそう言われて、鼓動が激しくなる自分を自覚する。だけど、 「答え、出さないと駄目……ですか?」 戸惑いと不安。答えてしまえば何かが変わるだろう。今の関係を壊しかねないぐらいの変化。それが答えを出すことを躊躇していた。 「……いや、別に良いさ。ただ、暫くこうさせてくれるか?」 猛もそれを察したのか、無理に答えを求めなかった。自分の気持ちは伝えた。無理に答えを出してもらう必要はない。今はただ、こうしていたい。 二人はそのまま、夜桜を見る。春風が暖かい。だけど互いの体温がその風よりも暖かかった。 「日の下の桜も綺麗だけど、月夜の桜も、素敵だね……♪」 桜の木の下に座り、羽音が俊介に向かって言う。集合時間間違えかけたけど、幻想纏いって便利。連絡を入れて、合流しました。 「ああ、綺麗だな!」 桜も綺麗だけど、羽音葉もっと綺麗だ。俊介はそう思いながら羽音の弁当を口にした。弁当の中身は俊介が好きなドリア。冷めても美味しいようにチーズは控え目でソースはたっぷり。 「はい、あーん……♪」 「ん! やっぱり羽音の食べ物はおいし!」 ドリアを口にして、喜ぶ俊介。お返しに今度は俊介が羽音にドリアを食べさせる。そんなコトヲしておなかも膨れたころ、二人はまた桜を見――押し倒した。 「え……? 俊介?」 押し倒された羽音はきょとんとした顔で俊介を見た。俊介葉落ちている桜の花びらを羽音の頭に乗せる。丁寧に、丁寧に。桜色に染まれと。 「羽音」 「何……っ」 その真剣な表情に思わず身を硬くする羽音。 「君は、俺のものだ」 言ってやさしく口付けを交わす。 「あたしは、俊介のものだから……俊介の好きな色に、染めて?」 頬を赤く染めて、羽音が答える。俊介に愛を刻み付けてほしい。 「もう、離したりなんかしねえよ」 そのまま二人は抱きしめあった。 「夜に観るのは、随分と雰囲気が変わりますね……」 悠月は夜桜の下、思いにふける。義心館の桜、そしてあの公園の桜並木。三高平の桜の思い出は多く、そのどれもが良い思い出だった。 「……思えば、随分と桜は俺の大切な思い出と共に在るな」 拓真もまた、同じ桜を見て一年前を回顧する。そのとき悠月彼女に名で呼んで欲しい、と頼んだのだったか。桜は拓真の原風景……そして別れに、出会い。多くの場面を共にして来た。 悠月と拓真。二人は寄り添い、月光に移る夜桜を見ていた。淡い光が桜に当たり、薄紅色の光を映す。風に揺られ花弁が揺れる。音もなく花弁に反射した光が踊った。 「……とても綺麗。静かな河原で観る夜桜……素敵です」 「綺麗だな、とても。このまま、時が止まっても良いと思える位には」 拓真は悠月と掌を重ね、指を絡めて言葉を紡ぐ。悠月も重ねた手をしっかり握り、拓真を見た。 「悠月。君を愛しているよ」 「私も愛しています、拓真さん」 共に瞳を閉じ、唇を重ねる。 月下――今の時を、幸いと共に受け止める。この幸せが永遠でありますように。 ●咲いて散る様が儚げならば、人の夢もまた桜の如く 明日仕事だからと一人、また一人席を立ち上がる。 宴もたけなわ。少しずつ桜を見るものも減り、そして宴は終わりを告げる。 月も明日には欠けてしまい、この桜もいずれ散って消える。 だが今日の月と桜は人の心には永遠に残るだろう。 咲いて散る様が儚げならば 人の夢もまた桜の如く。一瞬こそが、最高の夢。この一瞬に、全てをかけて咲き誇ろう。 この一瞬を永遠に。永遠に残る一瞬をここに。 今年も、桜が咲く――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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