●まあもう三十過ぎてますが 月ヶ瀬夜倉、三十一歳丁度の朝。 正確には出生時間は昼頃だったそうだ。何と医療機関に優しい胎児だったのだろうか。 だが、よもやこの歳にもなって色好い話が無いとか実家が聞いたら何というか。 いや、既に父の葬式を最後に縁が絶えて久しいのだが。 そして、爽やかとは言い難い朝に振動する携帯もどうなのか。取らざるを得ないが。 『お早う、夜倉。三十一歳おめでとう』 「……平音。今『三十一歳』に恐ろしい威圧感を感じたんだが。病院じゃなかったのか」 『退院したに決まってるでしょう。もう四月よ。快気祝いの一つも無いなんて薄情ね』 「知るか。……養生しろ。切るぞ」 行動は素早かった。言うや否や通話終了のバーをフリックし、スリープモードに。 日曜だから仕事らしい仕事は無い筈だが、天下のアーク兼三高平学園である。 教師にもフォーチュナにも、休日出勤の概念が色濃い以上支度をするしか無いのだ。 平成二十四年四月八日。三十一回目の誕生日は、こうして何事も無かったかのように始まる。 何事も無かったかのように、多分終わる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月21日(土)00:29 |
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■メイン参加者 27人■ | |||||
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●そろそろ部活競技と化しかねない 日曜だというのに想像よりも人の気配が濃い学園の雰囲気は理解できなくもないが……それ以上に気になることがあった。 「おや、夜倉さんこんにちは。探している人達がたくさん居ましたが……人気者なんですね。そういう事にしておきます」 「素直に受け止めていいものか迷いますが……オリガ君はこちらの勉強ですか。熱心ですね」 唐突に現実化した捜索願。探される身の覚えが余り無いのだが、いったい何が起きているというのだろう。あまり想像したくはない。 「誕生日だとも聞きましたよ、おめでとうございます」 「ああ、バレてたんですね。僕が言えた義理ではありませんが、オリガ君もまだまだ頑張り時だと想いますよ?」 妹さんによろしく、と足早に去っていく夜倉に、しかしオリガの視線は生温かかった。 「狩られるのもきっとリベリスタ達の愛情表現、というやつですね」 ええ、きっと。 「おめでとー!」 「へ、えぇっ!?」 学園内を移動していて気付いたことがひとつ。すれちがった生徒達が、尽くクラッカーを鳴らしてきたのだ。どうやら祝ってくれているのだろうが、お祝いテロとは新しすぎる。 加えて、張り巡らされた罠と罠と罠と罠。一歩間違えれば即捕縛とは、オワタ式というやつだろうか。オワタ式お祝いとか斬新過ぎる。 曲がり角を曲がったところで、まさかのテロ第二弾。床一面にてかてかと光るワックス。それを超えても明らかに仕掛けがある。 「いや、本当怖いですねこれ……っ!?」 滑って転ぶのはゴメンだが、おっかなびっくりは危険度が高い。三角飛びの要領で左右の壁に手をつきつつ、左右にアグレッシヴに滑りながらワックス廊下を突破する。 何で突破した先に花火が仕掛けられてるんでしょうね? 「花火は人に向けちゃいけないんだからな! 気をつけろよ!」 「その言葉は自身に対するセリフですよね竜一君……!?」 花火に驚いて転ばなかったのは奇跡だ。その先に居た竜一が、とても笑顔で包帯を差し出してくるのには苦笑いを返すしか無かった。 「夜倉狩りとか、なんでこんな風習できたんだろうね?」 「本当、何ででしょうね」 「学園やアーク本部に出没し、唐突に夜倉さんを追い掛け回す夜倉狩り。それが俺たちだ」 その様子を知ってか知らずか、大学キャンパス周辺でニヒルに笑う姿があった。平日ど、じゃなかった快にほかならない。 クラッカーテロは大体彼のせい。まさに祝ってやるの権化。 「夜倉先生~っ!」 「ぅぐぇぼっ!?」 ジーニアス最速の全力タックル。悪気は無い分リミッターとか加減とか存在しない。どうしてこうなった。 「せーんせっ! やっと見つけたの!」 「る、ルア君……相変わらず元気で何よりです……」 元気よく顔を上げたルアの表情は明るい。受け止めた夜倉の目元は若干揺れが見えなくもないが、何とか耐え切ったようにも思えた。 「あのね、夜倉先生、今日お誕生日だから、プレゼントなのっ」 すかさず持っていた紙袋から細長い箱を取り出し、誕生日プレゼントを渡すルア。促されるままに夜倉が包みを解くと、中に入っていたのは、デイジー(雛菊)の死集が施されたネクタイだった。 「はぁ、これはなかなか……ルア君、良いセンスしてますね」 「デージーの花言葉は幸福。先生に幸せが来ますようにって」 頭に載せられた手の感触に目を細めつつ素直に応じるルアの姿は、癒しにも程がある。平和である、少なくとも、今は。 ところで。 非常勤とは言え、夜倉は教師である。故に、生徒に対する指導も行わねばならぬ身の上だ。更に言うなれば、行動に問題がある生徒に対しては多少厳しくあたらねばならない、という意識くらいは持ち合わせている。 まあ、何が言いたいかというと。 \ふぉーっふぉっふぉっふぉー/ 「……あー」 分かりやすい高笑いを飛ばす人間など一人しか知らない。少なくとも、夜倉は。 「甘党のおじさまも唸らせる、魅惑のスイーツをご馳走するわ!」 自分をおじさま呼ばわりする人間は一人だけだろう。ご期待できない。 「紐って……、紐って……戦場ヶ原先輩がそんな事言うから紐水着ってことになっちゃうじゃないですか……」 「……さすが、ピンクは淫乱……」 「明らかに貴女のせいですよね」 プラスワンの被害者。 まあ多くは語るまい。ミーノ、マグロ(舞姫)、京子。【害獣谷+】の三名だ。廊下のど真ん中。それなりの生徒が居る状況で現れた彼女たちは、水着だった。 いや、水着だけならまだいい。トチ狂った水泳部ぐらいにしておけばまだ教師としての体面も保てよう。 「ぷれぜんとはミーノたちよーん、うっふーん」 「どうぞ、好きなだけ、ペロペロしていってください……」 「ねぇ、センセ……、食べて……?」 水着姿の上にクリームだのアラザンだのフルーツだのを盛りつけ、まあアレだ、肉体言語的スイーツだ。こいつはひどい。京子なんて紐じゃねえか。 「ででーん、今なら夜倉さんの包帯と私の紐を交換できます! レートは紐1に対して包帯10」 「却下」 「三十一歳の社会的立場にロックオン☆」 「チッ……あのですねぇ君達、まだ四月ですよ四月! 女性がそんな薄っぺらい服装で! 春先のこの不安定な気候の中! ほっつき歩かないでくださいよ冷え性になるでしょうが!」 保健体育的に、彼女らをこの格好で放置するわけには行かない。 しかし、このテンションについていくには何かと難しいものがある。 「大丈夫です、元カノさんには言いませんから」 つかつかつかつかつか、ずぼっ。 「うぎゃぅっ!?」 舞姫に、安心と信頼の腹パン。体力差が天地ほどあってもちゃんと効くとは素晴らしい。 「まってー? なんでそんなあっさり逃げていくのー?」 「……ミーノ君、年上としてその二人に指導をお願いしたいのですが」 呆れ気味に返すと、しかし彼女は何事もなかったかのようにどこからともなく取り出した菓子袋を差し出してくる。 「これからもよろしくなの~せんせっ!」 「はぁ。ありがとうございます……」 なんだろう、この展開。あと周囲の視線がやっぱり痛いです。色々ロックオンされたんじゃないでしょうか。 「丁度良かった、ちょっと寄っていかないか?」 「何ですか突然。包帯なら足りてますよ」 「いいから、寄って行け」 職員室への道は遠い。偶然にも保健室の前を通りがかったところで、神夜に引っ張り込まれるという惨事。新しい保健室の主はどうした。 「というか、こんな休みに保健室って酔狂ですね神夜君も。僕が言えたことじゃありませんが」 「これは、私が知ってるとある男に関する話なんだがな……」 「スルーしますか!?」 「まあいいじゃないか。聞けって」 常々思うが、この相手は本当にマイペースである。ちょっとやそっとのツッコミもものともしない。だからこそ、なのだろうか。 彼の話は、破壊の力を求めた癒し手、その末路だった。結果として、力と己の生き方に疑問を持った男のフィクサード化、という顛末までを話してから、表情を変えず神夜は続ける。 「せっかくの誕生日だし、後悔しないよう散歩でもしてきたらどうだ?」 「……はぁ。まあなんというか、『その人』も大層な苦労人ですよね」 「どうかな」 軽くはぐらかした神夜は、夜倉をそのまま保健室から追い出し、次の行動について考え始めていた。 その数分後に、ツァインが駆け込んでくるのだが……それはまた別の話である。 「……お祝い」 「おや、エリス君。有難うございます。クッキーですか。手作りで?」 夜倉の問いに、エリスは小さく頷く。気を使わせない様にとの配慮で簡単なものらしいが、手作りというあたりですでに有り難さが限界突破である。ありがてぇありがてぇ。 「ところで、何で二つあるんでしょうか」 「もう一つは……平音さんに。夜倉さんから……渡して……欲しい」 「……善処します」 このタイミングで平音の名前を聞くとは思わなかった。あいつ、案外名前が知られていたのだろうか。 「え、月ヶ瀬さんの元奥さんが退院? その前に結婚してたのッ? え、しかも月ヶ瀬さんからフッタ?」 ツァイン、衝撃の事実(一部捏造)を神夜から聞き、居ても立っても居られず参戦。 「せっかくの誕生日だしな」 翔太、本音と建前がうまい男。常々夜倉の包帯を気にかけている彼にとって、貴重なチャンスだ。M・G・K(ミタカダイラ・ガード・ナイツ)の名は伊達ではない。無いと思う。 予定調和のように追い詰められる先が職員室という偶然。いやもうこれは必然なのだろう。なんてこった。 「やった職員室だ! 職務完遂で帰れる! これは勝て……なァっ!?」 だが、混乱している夜倉には計画的に追い詰められたなどとは気付けない。焦りつつも達成感に浸って引き戸を開けたらさらなるベタトラップが待ち構えていただなんて、どうして知れようか。 「黒板消しとはまたベタな……ん?」 黒板消しだけなら、只のトラップ。一緒に振ってきたのは紙吹雪と小型のくす玉から降りたメッセージだった。誕生日を祝われてると気付くのに、おおよそ十秒ほどかかった。 「誕生日と言えばサプライズよね。はい、プレゼント」 「……常勤のソラ君は格が違った……っていうかダミー食品ですか。芸が細かいですね。素晴らしいですね」 多くのトラップの末に、祝おうという気持ちがこれでもかと詰め込まれたダミー食品。何ともソラらしく、趣向を感じる祝い方である。 「どうだった、中々スリリングだったか?」 「何を勘違いしてるんだ月ヶ瀬さん、俺達は誕生日をお祝いしにきただけさ……」 翔太、そしてツァインらがそんな夜倉の様子を覗き込みながら手に手にプレゼントを持ち、職員室に入ってくる。 「まだ半日も経ってないのに二日分くらい襲撃を受けた濃密さでしたよ。若いっていいですね……ところで、翔太君の包帯は有難いですが、ツァイン君。『超強力育毛剤ハエルンデスGX』って。この歳で何で頭皮の心配されるんですか、僕は」 「隠さなくてもいいんですよ? その包帯……ハゲ隠しなんですよね?」 手をわきわきさせながら迫るツァイン。これはひどい。何が酷いって、冤罪が酷い。 「ハゲてないと言うなら見せろ! 包帯剥かせろぉーッ!」 「駄目に決まってるでしょう、翔……」 「あ、でも俺もその包帯の下は気になる」 「いいじゃない、減るもんじゃないし。見せなさいよ」 「こいつァ酷ェーッ!?」 結局、いつもの夜倉狩りでした。 ●平音無事(へいおんぶじ。not誤字) 朝峰 平音はリベリスタである。知名度は中の下だと思う。 「朝峰さんですね。お体の調子はいかがですか?」 「朝峰さん直接は初めましてだねー! 退院おめでとう!」 然るに、壱也と凛子のようなそこそこ名の通った相手に話しかけられること自体、彼女にとっては異例といえただろう。 「あなた達、たしかアークの……お陰様で調子はいいけれど、何で」 「職業病です。つい、聞いてしまうもので」 「ちょっとお散歩しよー! リハビリ!」 しかし、問いに対する答えに被るように、元気ある挨拶……そのベクトルが自分に向けられているのには、不思議ではあるが。 「退院おめでとう~☆ 良くなって嬉しいな♪」 「……久しぶりね、とらちゃん」 更に、偶然なのか装ったのか、花束を持って駆け寄ってきたのはとらだった。入院中に幾度か顔をあわせている故か、双方に一分の緊張も感じられない。 この距離感の詰め方の速さが、その強みなのだろうか。 「そういえば、昔の月ヶ瀬さんのお話をと思いまして……」 「私も聞きたい!」 小首を傾げて凛子が問おうとすると、応じるように壱也も反応する。夜倉の近況を伝えてくる彼女たちではあったが、そのどれもが苦労話や襲撃を受ける話ばかりなのは何故なんだろう。本当に。 「……変わらないのね、夜倉は」 呆れたように平音が笑うと、その反応に満足がいったのか、代わりとばかりに夜倉について聞こうと興味深げに視線を向けてくる姿があった。ここまで興味津々の反応をされるのか不思議でならない、とも思うが。 「あなた達が知っているのと大して変わらないと思うわよ、夜倉は? 私も殆ど包帯まみれの姿しか知らないし……でも、前は頭部と胴にしか巻いてなかったかしらね。性格も変わってないと思うけれど。人使いが荒くてぶっきらぼうでその癖最低限気遣いしてるような」 「夜倉先生がぶっきらぼう……?」 「夜倉お兄さんは気遣いが出来る人だとばかり……」 「……あら?」 ここで、ひとつの語弊が発生する。平音にとっての夜倉は上記の通りだが、少なくともとらや壱也、夜倉狩りに精を出すリベリスタの多くには「何だかんだいって応じる懐が広い人間」のような扱いを受けている……ような、フシがないでもない。 「あの独りよがりのミイラ男、平音にだけは特別冷たいですよね」 ひょっこりと現れたエーデルワイスは、その違和感を聞き逃さなかった。というか、望む回答が平音本人の口から出たのに少なからず喜んでいる気さえする。 「平音と関わるとフォーチュナとしての判断が鈍るからとか言ってましたけど、それだけ意識してると思うんですよね。会いましょう、そうしましょう」 「じゃあ行きましょう! 私も夜倉先生(と先輩)に用がありますから丁度いいです!」 なんという強引な流れ。斯くして、平音はアーク本部に赴くことになったのである。……ある? ●三高平市内の日常、またはアークの平常運転 所変わって、アトリエ・ステラ。日常的にリベリスタが出入りし、その肖像画の発注や完成に喜び合うその屋上で、まおはひなたぼっこに興じていた。 やもり探しも大事だが、こうしてのんびりすることも彼女にとっての幸せの一つなのだ。だが、この日ばかりは普段のようにはいかなかった。狩りを名目に街中を奔走するリベリスタたちを目にして、アトリエに訪れる人々の噂を耳にして、浅からぬ縁のあるフォーチュナの誕生日であることに気付いた様子。慌てながらも屋上から地上に降りるその挙動には一切の無駄がない。そのまま、市内へと全力ダッシュするのだった。 「……夜倉」 「ぅおっ!? ……って天乃君ですか。どうしました、唐突に」 背後からの急襲はよく遭うが、抑え気味の声色というのはなかなかに慣れないものだ。 特に、街中ともなれば多少は安心していただけに余計。 「市役所にある……誕生日の掲示が無かったら、忘れてたかもしれない」 「ああ、もしかして僕の、ですか? 律儀ですねぇ天乃君も」 「さっき、新田を腹パンして、きたから……暫くは追われない、と思う」 淡々と事実を告げる天乃を前に、夜倉は内心で快に対し十字を切った。生きろ。 だが、そんなことを告げる彼女はといえば、周囲に見知ったりベリスタが居ないことをしきりに確認しているように思えた。 「……おめでとう」 「有難うございます、天乃君。君には何かと助けられてますからね。これからもよろしく頼みます」 成人女性の頭を撫でるというのは個人的に如何なものかと思うが、学園的には教え子である。まあ、許されるのではないだろうか。そんな葛藤があったりなかったりしつつ、夜倉は天乃を数度撫でると、その場では別れを告げてアーク本部へと向かう。 「誕生日おめでとうございます。大人気ですね」 「疾風君の綺麗過ぎる解釈に感動すら覚えますよ……あ、有難うございます」 街中とはいえ、事あるごとに夜倉狩りが横行する三高平では平和に生きるのは生ぬるい願いである。疾風から受け取ったケーキが実に嬉しいのは言わずもがなだが、彼の純粋さに触れるにつけ、さりげない幸せを感じないでもなく。 ふと、彼の恋人は喫茶店なんぞをやっていたんだったかなぁと思うと、事実と異なるとわかっていてもついにやついた視線を向けてしまう自分が憎い。これだからリア充は。 「夜倉さんこんにちはー☆ でもってはっぴばー♪ ……疲れてるー?」 「終君は今から帰宅ですか? 僕はこれから雑用ですね」 「疲れてる時は甘いものだよ! 良かったら貰って☆」 そう言って終がバイクのサイドカーから引っ張りだしたのは、桜餅。どうやら彼の手製らしい。しかも自信作らしい。 「有難うございます。後でしっかり頂きます」 サムズアップを返してから、改めて時計を確認した終は慌ただしくも帰路に就く。これから、中学時代の友人と花見だという。楽しそうで何よりである、と思いつつ見送ると、アークの受け付けでブリーフィングルームへ向かうように指示を受ける。はて、今日は事務作業だけだったはずなのだが。 「臨時ミーティング……? 随分と奇矯なことをするものですね」 奇矯というか唐突だなとは思うものの、アークのやることなんて大抵奇矯かつ唐突なのはお約束だ。今更細かいことを考えてはいけないのだろう。 故に。 扉を開けた次の瞬間、早業で繰り出されたティアリアによる包帯ぐるぐる巻きの刑には反応するしないのレベルではなかったのである。っていうか手元のケーキに影響無いってすげーな。 「――、――!?」 「動きづらくてさぞ苦しいでしょう? 更に湿らせたら大変でしょうねぇ♪」 「!? ……!!」 びったんびたん。丘に上がった魚か自分は、などと反応していると、戒めが解放されるような感覚。何だこれ。絶対に許さないテイストのことをしただろうか。 「驚かせてばかりでも悪いわね。もう普通に祝ってあげるわ」 「ティアリア君まじこw」 「何か言ったかしら?」 「イイエナニモ」 間髪入れずに返答出来る辺り、変なふうに慣れてしまっているなと思いつつも、ブリーフィングルームを見渡す。 フォーチュナどころか、そこに居並ぶリベリスタの数は依頼などの人数を上回る。快も居るが、どうやら腹パンの影響はなさそうだ。よかった、イベントシナリオで腹パン重傷なんてなかった。なんのことか知らないけど。 「はい夜倉さん。直汲みの生原酒買ってきたからおすそ分け」 「え、ちょっといいんですかこれマジで。滅茶苦茶いいヤツじゃないですか」 腹パンはしても手元のそれは大丈夫だったらしい。グッジョブ天乃。 「夜倉さん、お誕生日おめでとうございます。今後もお仕事がんばって下さいね」 「有難うございます。チョコケーキですか。何とも趣のある……」 どうやら、ブリーフィングルームを借りたのはカイだったらしい。切り分けられたケーキと淹れたてと思われるコーヒーの芳香が空腹感を刺激する。 「月ヶ瀬誕生日おめでとう! なんかリベリスタに狩られて大変そうだけど頑張れよ!」 モノマの景気のいい励ましが飛んでくる。助力も邪魔もしないから頑張れというテイストなのが何とも彼らしい。で、差し出されたのは映画のチケット。何故か二枚。 「ほら、プレゼントだ。朝峰と一緒に行ってこいよ」 「ええ、まあ、善処は……しますが」 「夜倉せんせー!お誕生日おめでとうございますっ」 で、背後から響いたその恋人の声に振り向き、次の瞬間硬直した夜倉の姿があったりする。 「よう、いつぞやは大変だったな。退院おめでとう、朝峰」 「有難う、その節は迷惑をかけたわね。そっちも無事で何よりだわ」 「…………えぇー……」 もう、えー、とかあー、とかしか声が出ない。何でここに平音が居るの。何で。 「前回の薄い本、好評で完売しました! 今度は誰と一緒がいいでしょうか……悩みますね~」 「いやちょっと待ってくださ壱也君、君前回の課題提出で30ページの『大作』を提出しやがりましたよね、あれもしかしてコピ原ですかもしかして売ったんですかそしてその売上をどこに使うつもりだコノヤロォ!?」 「落ち着きなさいな夜倉」 壱也のマシンガントーク(腐)の破壊力は本当に恐ろしい。というか、課題出すっつって薄い本を厚くして返してきた彼女の根性にどう返せば。てか何で平音居るんだよ。 「ああ、そりゃ俺と壱也で二人を引き合わせようと思ったからだよ。そいじゃ、俺らはデートにでも行ってくるから」 「これはひどい……」 「えへへ、今日は何食べましょうかぁ~」 そんなことをのたまいながら、壱也とモノマはカップル臭漂わせてデートに行ってしまった。これはひどい。 ついでに首筋から指を離してくれたはいいけど、もうこの空気どうするのこれ。 「たまには赤いネクタイでもどうぞ」 「あ、凛子君は有難うございます。何だか申し訳ない。平音がご迷惑をかけませんでしたか?」 「いえ、色々と面白いことを伺えたので」 「夜倉お兄さんのあんな事やこんな事をね!」 「とら君もですか……一体何を……」 最早呆れしか口から出てこないが、どうやら何を聞いても答えは出そうにないので放置することにする。 ところで。 「……あら、着信? はい、えぇ……」 平音はその後、唐突に鳴った電話のせいでブリーフィングルームから出ていき、その場のパーティー(?)は恙無く進行したのだった。 何かフラグっぽいけどなんだろうね。 ●夕暮れはキケンな調べ アーク本部を出る頃には、既に陽が傾き始める頃合いだった。夕陽の中を息切らして駆けてきたのは、まおだ。普段が普段なだけに、こうやって普通に走り回っているのを見るのは夜倉としてはとってもレアだ。何時ぞやのやもりのポイントでも聞きに来たのだろうか。 「えーっとえーっと……こんばんおめでとたべてくださいー!」 「え? ああ……メロンパンですか? しかも移動販売の高いやつじゃないですか……お財布は大丈夫ですか、まお君?」 挨拶とお祝いと意思表示を一緒に示そうとして混乱するとか、やだこのビスハ可愛い。思わず撫でてしまう。というか、飽くまで夜倉の私見だが。まおはかわいい。純朴可愛い。十分くらい延々と撫でながら褒めてあげたいくらい可愛い。なんなのこの生き物。 「っていうか、出来立てですねこれ。すごく嬉しいです。ありがたく頂きますよ」 だが、それも出来ないのが歯痒い限りである。軽く撫でてあげるしかできない。許せ。 「おい、やぐら、ルカにもなんかかってくれ」 「何ですか、ルカルカ君は突然。このなごましい雰囲気に突然」 だが、すぐさま背後から強引に腕を掴んでくるルカルカは平常運転この上なかった。 「ルカの生まれ故郷では、誕生日のやつが生まれさせてくれてありがとうの意味で奢りまくるって。今初期設定つくったの」 「そりゃまあ随分とアバンギャルドでニューカマーな故郷ですね」 「三高平いちせくしーなルカと一緒にデートとか超プレゼントじゃない? 嫌なの? じゃあ狩る。お約束」 「何度目のお約束を強要されるんですかね僕」 マシンガントークこの上ない。だが、対処できてる辺り自分が恐ろしい。何この成長。嬉しいようで全然嬉しくない。 「はい、ネクタイ。いつもつけてるから」 結局くれるのか。ネクタイは有難いので嬉しいが。 「夜倉様は大の苦党との由……苦さが体に良いからでしょうか」 「そうですね、よくご存知ですねシエル君」 「え、あ、はい。初めて御目にかかります、シエルと申します」 「フォーチュナの月ヶ瀬です」 帰路、スーパーにて。どんな思考だったのか、ぽわぽわとした雰囲気をまとったシエルと遭遇した。 どうやら自分を祝おうとしていたらしいと知れば微笑ましいが、お互いに深々と頭を下げるこの状況。なんだろうこれ。 まあ、面割れという意味ではいいのかもしれないが。 お菓子屋に寄ったら寄ったで、エナーシアが居たわけで。営業スマイルからジト目に変化するスピードがとんでもなかったぞ。 「夜倉さんがこういう店に来るなんて珍しいわね。誰に買っていくの?春でも来たのかしら、……ってそう言えばたしか今日が誕生日だったわね。桜さんと一緒なので憶えていたわ」 「それはどうも。そちらにも宜しく言っておいて下さい……というか、エナーシア君の営業スマイルとか貴重なものを見てしまいましたね」 「そうそう、バレンタインのお礼と言っては何だけど、オマケしましょう。甘くないやつを」 「はぁ、それはどうも……」 何だかんだで、得をした気がする。いいのだろうか。 で、自宅前。包帯の秘密の件もあるのでオートロック式だ。おいそれと入れまい。だからだろうか。 「ハピバ、夜倉サン。寂しいと思って平音サンに料理を作ってもらおうと思ったんだけどいかが? アタシ急用デキチャッタカラ帰ルケド」 「……おろち君……」 なんという遠大な嫌がらせ、否気遣いであろうか。買い物袋を持って立っている平音がもうなんて言うかもう、怖い。ちょー怖い。 「おろち君、でしたら買ってきたケーキをあげましょう。色々有難うございます」 深々と頭を下げると、そのままアパートへ入ることにする。だが、彼女含め諸々の気遣いを無碍にするわけにもいくまい。 「――平音、飯くらい食ってけ。そしたら帰れ」 以上が、月ヶ瀬 夜倉の三十一回目の誕生日に起きた「日常」の顛末である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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