● ――空から降ってきた大きな芋虫が、あたしの心臓を食べた。 芋虫は、するりとあたしの体の中に潜り込んで。 がつがつと音を立てて、あたしの心臓をあっという間に食い荒らした。 不思議と痛くなかったし、血も出なかった。 その後のことは、よく覚えていない。 次に気がついた時、あたしはちゃんと生きていて。 心臓だって、しっかりと動いていた。とくん、とくんと、変わらない鼓動で。 だから、あれは悪い夢。 心臓を食べられて、生きていられるはずがないじゃない。 今日は、とても良い天気。 つまんない授業なんかやめて、早く帰りたいな。 ずっと撮りためてたドラマ、今日こそは観ないと。 友達との話に、ついていけなくなっちゃうもの――。 ● 「……任務の説明の前に、皆に伝えておくことがある。 今回、一般人の犠牲は避けられない。それを覚えておいてくれ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は沈痛な面持ちでそう前置きした後、手元のファイルに視線を落とした。 「任務はアザーバイドの撃破。ディメンションホールは既に閉じてるんで、倒すしかない。 どっちにしても、送還はまず無理な話だが――」 リベリスタの一人が首を傾げたところに、数史は言葉を続ける。 「アザーバイドは『ハートイーター』と呼ばれる奴で、掌くらいの大きさをした芋虫みたいな姿をしているんだが……こいつは生き物の心臓を食って、その心臓に擬態するという習性がある」 つまり、心臓がそっくりそのままアザーバイドと入れ替わってしまうのだ。 『ハートイーター』は喰らった心臓の代わりとしてその体に居座り、血液から養分を得て自らの命を繋ぐのだという。要は寄生生物ということか。 「宿主になっている一般人は増山富絵(ますやま・とみえ)、十六歳の高校生だ」 つい先日、運悪く『ハートイーター』に遭遇した彼女は心臓を喰われて宿主になった。 今のところ、アザーバイドは完全に増山富絵の心臓になりきっており、彼女もそれを自覚しないまま普段通りの生活を続けている。 しかし、『ハートイーター』はフェイトを獲得していない。このまま放っておけば、崩界の加速に繋がることは明らかだ。当然、アークとしてはそれを見過ごすわけにいかない。 「先に言った通り、ディメンションホールは既に閉じている。 心臓の代わりとして宿主と完全に融合している以上、引き剥がすことも不可能だ。 『ハートイーター』を撃破するには、宿主ごと滅ぼすしかない……」 “万華鏡”の力をもってしても、それ以外の方法は見つけられなかった――そう言って、数史は唇を噛む。 ブリーフィングルームに、重苦しい沈黙が落ちた。ややあって、黒翼のフォーチュナが再び口を開く。 「増山富絵と接触して『ハートイーター』を撃破するには、学校から一人で帰る彼女を待ち伏せるのが一番いい。帰り道の途中に廃工場があるんで、できればその中で戦うのが人目につかなくて良いと思う」 『ハートイーター』は危険を察知すると宿主の肉体を乗っ取り、自分と宿主の身を守ろうとする。血液を自在に操って攻撃するほか、血液を媒介に分身を生み出す能力もあり、決して侮れない相手だ。 「心情面でも、戦いにくい相手だとは思う。 『ハートイーター』に心臓を喰われた時点で、増山富絵はすでに死んでいると解釈できなくもないが、な」 いずれにせよ、フェイトを得ていないアザーバイドを放置するわけにはいかない。それだけは、確かだった。 数史はファイルを閉じて、リベリスタ達の顔を見る。 「俺からは以上だ。色々な意味で厳しい任務になるが……頼まれてくれるか」 そう言って、黒翼のフォーチュナは全員に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月13日(金)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタ達が廃工場に辿り着いた時、指定された時刻にはまだ少し余裕があった。 今回の任務は、アザーバイドに心臓を乗っ取られた一般人の少女を待ち伏せ、これを倒すこと。 錆の浮いた鉄骨を眺め、『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)が誰にともなく口を開く。 「フェイトの無いアザーバイドに寄生されましたか……。 まぁ、任務内容としてはノーフェイスの始末のようなものですね」 それは、リベリスタとして幾度となく経験してきたこと。何時も通りの、くそったれな運命の産物。何も、変わりはしない。 「気がついたら身体を奪われてるなんてとってもホラー。こわぁい」 いや、気づくことすら不可能なのか――と『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が言うと、ユーキ・R・ブランド(BNE003416)は思わず乾いた笑いを漏らした。 「はは、アザーバイドにはままあるやり口ですねえ」 既に心臓を喰われた少女を、救う手立てはない。 知った時には既に遅く、今からではどうしようもないというのも、結構聞く話で。 「心臓がないんだったらもう死んでますよね。 アンデッドと変わりない、今回は人殺しじゃない、はず……」 誰よりも自分に言い聞かせるような『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)の言葉に、頷く者はいない。肯定も否定も、誰も口にできなかった。 「犠牲ありきの任務ですか。いやあ、『本当に残念です』」 代わりに呟いたのは、『進ぬ!電波少女』尾宇江・ユナ(BNE003660)。 「こういう状況をなんて言うんでしたっけ? カルネアデスの板? 世界そのものと女の子一人というひどい対比ですけど」 波間に漂う、たった一枚の板。 板にしがみつく世界が生き延びるためには、手を伸ばす少女を払いのけるしかない。 誰の目にも明らかな、あまりにもわかりきった緊急避難。 「救われないのぅ……出来れば心臓だけ貫いて体は傷つけずに終わらせたいのじゃが。それは難しいの」 わしはまだまだ未熟じゃ――と呟き、『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)が悲しげに眉を寄せる。『三つ目のピクシー』赤翅 明(BNE003483)は黙ったまま、これからターゲットの少女が歩いてくるはずの道を眺めていた。 心臓を喰われた記憶を悪夢として封じ、いつも通りの生活を送る少女。 リベリスタ達に討たれた時、彼女はそれも悪い夢の続きと思って死んでいくのだろうか。 (夢ではないと自覚させたいんだ。良いか悪いかは、わからない) 何が正しいのかは、誰にもわかりはしない。 ならば、せめて。自らが望む結末のため、動くしかないのだ。 「参りましょう。どれだけ同情をしようとも討たねばならないのですから」 静かな声で仲間達を促す『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)に、ユーキが頷く。 「……仕事、しましょうか。目を逸らすわけにもいきませんし」 そう。なすべきことは、変わらない。 ● リベリスタ達は、ターゲットの誘導役である与市を残して廃工場に入る。 工場の中はかなりの広さがあり、いくつかの機材が隅に打ち捨てられていた。 周囲を見渡した明が、壁際の一点を指して「あそこがいいんじゃないかな」と仲間達に告げる。一般人除けの結界を展開したカルナが、黙って頷いた。 廃工場に人の姿はないが、ここは住宅地からそう離れていない。工場の外で戦えば、一般人に目撃される可能性がある。 そこで、リベリスタ達は一計を案じた。急病人を装ったユナが工場内で倒れ、与市がターゲットの少女――増山富絵に助けを求めて、彼女を工場内に誘き寄せようというのだ。 病人役のユナを除く六人が、機材の陰に身を隠す。 入口から目立つ位置で倒れるユナにターゲットが近付いた時、一斉に飛び出して包囲する手筈になっていた。アザーバイドが熱感知を行える可能性を考慮して、ユーキが工場の壁から剥がしてきたビニールシートを水で濡らし、待機組に被せる。どこまで効果があるかはわからないが、備えておくに越したことはないだろう。 物陰で息を潜めながら、ヘルマン、リーゼロットが自らの集中を高める。 千里眼で周囲を窺う葬識が、囁くようにして口を開いた。 「ねぇ、心(たましい)って心臓にあるのかな? 脳にあるのかな?」 異界より現れたアザーバイドに心臓を喰われた少女。彼女の心(たましい)は今、どこに宿っているのか。 「心臓がなくなって、なにも変わらず動いていても、ソレは人だと思う? アザーバイドなのだと思う? いったい何になってしまったんだろうねぇ~」 仲間達から、返事はない。 それは、古来より答えの出ない哲学論。悲しいほどに、何度も論じられる遊戯。 廃工場の外で待機していた与市が、道の向こうから歩いてくる少女の姿を捉えた。 間違いない、増山富絵だ。 アザーバイドとの戦いをスムーズに進めるには富絵を工場内に誘わなくてはならず、そのためには彼女に嘘をつかなければならない。 (……あんまりやりたくはないのじゃが。しょうがないのぅ) 気は進まないが、他に良い手段がない以上は実行しないわけにもいかなかった。 義手になっている左腕が目につかないよう気を配りながら、与市は富絵に駆け寄る。 「友達とネコを探していたら、友達が倒れてしまった。 工場の中に放っておくことも出来ないので手を貸して欲しいのじゃ」 「――え?」 富絵は最初、与市の瞳を見て違和感をおぼえた様子だったが、自分より小さな子供が眉を寄せて助けを求める姿に心を動かされたのか、「友達が倒れたの? どこ?」と訊き返してきた。富絵が平和な日常に生きており、危機感や警戒心に薄かったことも幸運だったかもしれない。 与市の案内で廃工場に入った富絵は、うつ伏せに倒れ、苦しそうに胸を押さえるユナに駆け寄り、彼女のそばに屈んだ。富絵に気取られぬよう、与市がそっと後退する。 「胸が苦しいの? 救急車とか、呼んだほうがいいのかな……」 富絵がおろおろしながら携帯電話を取り出そうとした時、ユナが倒れたまま含み笑いを漏らした。 「く……くく……ふふふ。増山富絵さん、学生……年齢は十六歳。 経歴に怪しい点はなく、補導歴もない善良な一般市民。ですよね?」 「え? ……なんで、あたしの名前」 困惑する富絵には答えず、ユナはゆっくり立ち上がる。 「増山さん、あなたご両親から『知らない人についていってはいけない』と教わらなかったんですか?」 富絵が答えるより先に、待機していたリベリスタ達が物陰から飛び出し、彼女をぐるりと取り囲んだ。 ――どくん。 富絵の心臓が、大きく鼓動を打つ。 彼女の全身から、赤い血が飛沫を上げた。 ● 富絵の全身から噴き出した血が三ヶ所に集まり、それぞれが瞬く間に芋虫のような形になる。 「……なに、これ」 まったく状況を呑みこめないまま、富絵は自らの肉体の自由を奪われた。 驚愕と恐怖に目を見開いた富絵の体が、彼女の意思に反して戦闘態勢を取る。 「ねえ……いったい、何が起こってるの!?」 周囲の魔力を取り込んで自らの力を高めるカルナの耳に、富絵の叫び声が聞こえた。 入口を背にして退路を塞ぎつつ、ヘルマンが富絵に接近する。 至近距離から放たれた蹴撃が真空の刃を生み、富絵の右足を切り裂いた。 すかさず、リーゼロットが“パイルシューター”の引き金を絞り、杭の弾丸を左足に撃ち込む。 逃走のリスクを少しでも抑えるため、まずは脚を潰す狙いだった。 「何時も通りのくそったれな運命でやるせませんが、今回だけ特別、なんてワケにもいきません。 ――何時も通りアークの害を潰し、アークに利益を」 両足を襲う激痛に、富絵が一瞬遅れて高い悲鳴を上げる。 それに呼応するように血の色をした霧が広がり、リベリスタ達を包み込んだ。 赤い霧が針の如く肌を刺し、全身を蝕む。 後退して動体視力を強化する与市の義手から弓が飛び出し、入れ替わりに前進した葬識が芋虫の形をした分身に駆け寄った。闇のオーラを纏いながら仲間達に声をかけ、分身の一体を抑えに回る。心臓を喰われた少女に、かける言葉はないけれど。 同じく、闇の衣を纏った明が残る分身の片方をブロックすると、分身たちが一斉に攻勢に転じた。 血潮を固めた弾丸が葬識と明を撃ち、血で紡がれた真紅の網がヘルマンの頭上に降り注ぐ。 網を放った分身にユーキが肉迫し、あらゆる苦痛を秘めし黒き箱“スケフィントンの娘”にそれを封じこめた。幾重もの呪いが分身を縛り、その身を削る。富絵から距離を置くように後退したユナが、ブレイクフィアーの神々しい光で仲間達の状態異常を払った。 「痛い! 痛い! ねえ何なの、あたしの体、どうしちゃったのッ!?」 富絵の泣き叫ぶ声とともに、血液を媒介にした魔力の網が彼女を中心に広がる。分身の放つそれより数段強力な真紅の網が、リベリスタ達を次々に絡め取った。 前衛に立つ明に射線を遮られて呪縛を逃れたカルナが、聖神の息吹で仲間を縛める網を消し去り、全員の傷を癒す。続いて、ヘルマンの斬風脚が“スケフィントンの娘”に囚われた分身を抉った。 残る二体の分身が、血潮の弾丸を撃つ。眼前に迫る弾丸を紙一重でかわした葬識が暗黒の瘴気を放つと、明も彼の後に続いて攻撃を重ねた。二人のダークナイトが生み出した瘴気が富絵と分身たちを覆い、その身を蝕んでいく。 戦術的にも、また心情的にも、長期戦は避けたい。分身から数を減らすことを目標にしつつも、リベリスタ達は可能な限り富絵を巻き込んで攻撃を浴びせていく。そのたびに、富絵の口から高い悲鳴が上がった。 富絵の心臓に成り代わり、彼女に寄生する『ハートイーター』もまた、激しく抵抗する。大量の血液を空気中に撒き散らし、赤い霧に変えてリベリスタ達を包み込んだ。 後衛の位置に下がっていたユナも、例外ではない。肌を刺す痛みとともに、彼女の全身から血が流れ出す。体から力が抜けていくのを感じながらも、ユナは神聖なる光を放った。 薄暗い廃工場を眩い輝きが照らし、出血を止める。失われた体力は、カルナの奏でる天使の歌が癒した。 二人の回復役に支えられて、リベリスタ達はさらに攻撃の手を強める。リーゼロットの“パイルシューター”が吐き出す杭の弾丸、与市の“絡繰義手・蜂羽堕”から放たれる光の矢が、富絵と分身たちを次々に貫き、二体の分身を消し去った。 漆黒の闇を無形の武具として纏うユーキが、最後に残った分身に禍々しく輝く剣を振り下ろす。告死の呪いを帯びた刃が分身を断ち割り、赤い血を飛び散らせた。 ● 分身を失った『ハートイーター』の攻撃は、いっそう激しさを増した。 宿主である富絵の意思に関係なく、ただ自らの生存本能に従ってリベリスタ達に抵抗する。 聖神の息吹で仲間達の傷を癒すカルナが、静かな口調で富絵に語りかけた。 「富絵さん。貴方の心臓は、もう貴方のものではありません――」 カルナは、事実を包み隠さず告げる。 富絵が全てを理解できるとは考えていないし、納得してもらおうとも思わない。それでも、富絵には伝えておく必要があった。自分が何故、殺されなければならないのかということを。 (人殺しと罵られようとも、それを甘んじて受け入れましょう。 富絵さんは、ほんの少し運が悪かっただけで死ぬ事を余儀なくされているのですから) リベリスタ達の猛攻に晒される少女は、苦痛と恐怖に痺れた思考でカルナの言葉を聞いた。話の半分も理解できなかったが、ただ一つ、はっきりしたことがある。 自分は、この人たちに殺されるのだ。今、ここで。 「いやぁッ! 死にたくないッ! 誰か、誰か助けてよ……っ!!」 絶叫とともに、富絵の全身に穿たれた傷から鮮血が噴き出した。 たちまち広がった赤い霧に、リベリスタ達の体から流れる血の赤が加わっていく。 続けて血潮の弾丸がユナを貫き、彼女を撃ち倒した。運命を引き寄せること叶わず、ユナはそのまま床に崩れ落ちる。 富絵の眼前に立つヘルマンが、気を込めた蹴りを彼女に叩き込んだ。 体内を破壊の気が駆け巡り、少女の肉体を内側から傷つけていく。 血を吐いた富絵の唇が、「ひとごろし」と声なき叫びを漏らした。 涙を溜めた富絵の瞳がヘルマンを映した瞬間、もういやだ、という感情が彼の中で湧き上がる。 この子は、死にたくないから抵抗しているだけなのに。 生きているのに。その辺を歩いている女の子と、何も変わらないのに。 ――なんでこんな子を殺さないといけないんですか、なんで、なんで! 喉まで出かけた叫びを、ヘルマンは寸前で押し殺す。 代わりに口をついて出たのは、まったく別の一言だった。 「ええ、我々は人殺しです」 一番辛いのは、この子だ。自分は、彼女に何も言えない。 だから。絶対に泣いてはいけないし、弱音も吐いてはいけない。 少なくとも、この子の前では。 リーゼロットが杭の弾丸で富絵を撃ち貫き、与市が仲間達との距離を空けるように動きながら弓に矢をつがえる。 「……どうせ、この矢は当らないのじゃ」 言葉とは裏腹に、放たれた矢は正確に富絵を射抜いた。 富絵の死角に回り込んだ葬識が、暗黒の魔力が宿る歪な大鋏で彼女を切り裂く。 明が己の生命力を糧に瘴気を放ち、富絵を包み込んだ。 「なんで……どうして、あたしが……」 瘴気に咳き込む富絵に、明が声をかける。 「非日常の本当の始まりは、いつだった? 最近、変わった事なかった?」 手遅れとは理解しても、彼女が『終わっている』とは思えない。 まだ生きてる。意識はある。 でも、その続きを守る力は、術は、ない。 「怖い夢を、見たの。……でも、あれはただの夢で」 「……夢ではないんですよ。以前の悪夢も、今のこの戦いも」 剣を振り下ろすユーキの声が、富絵の呟きに重なる。 告死の呪いに身を刻まれる少女の悲鳴を聞きながら、ユーキは心中で詫びた。 怒りが、ふつふつと湧き上がる。 (……私はねえ。好きで殺しやってるわけじゃぁないんですよ) でも、子供達が頑張ってこんな仕事をしているのに。 自分が、薄情けで日和るわけにはいかないではないか。 「畜生……ふざけるなよアザーバイド……!」 いやいやと、富絵が首を横に振る。 傷口から溢れる血液が、なおも己の身を守ろうと真紅の網を作り、リベリスタ達を絡め取った。 前衛に守られるカルナが、聖神の息吹を呼び起こす。呪縛から解放されたリーゼロットが、再び“パイルシューター”を構えた。すべき事を歯車のように、リーゼロットは一切の情を排し、富絵を杭の弾丸で撃ち貫く。 与市もまた、鋭く矢を放った。弓兵は、ただひたすらに射ろと言われたもの射続ける――それは那須野家の道ではなく、自分なりの道。那須野家の弓を探すには、今回はいささか辛すぎる。 「助けられなくて、ごめん」 暗黒の瘴気で富絵を蝕みながら、明が呟いた。 恨んで良い。罵って良い。それを受け止めてなお、砕くしかないから。 だけど、これだけは伝えたい。世界に嫌われて死ぬのではないと。 「君は、化け物として駆逐されるんじゃない」 彼女は、ただの犠牲者だ。 血潮の弾丸が、眼前に立つヘルマンを撃つ。 絶対命中(クリティカル)の弾丸に胸を貫かれた彼は、己が運命を犠牲にして耐えた。 「貴方は何も悪くないんです。あの、……ええと」 ――何か、言い残すことは……ありますか。 問われた少女が、恐怖に顔を歪ませる。言葉は、声にならなかった。 それを見たヘルマンは自らの脚に破壊の気を込めると、渾身の力で富絵の心臓を蹴り抜いた。 「ご、」 最期を迎える彼女に、ごめんなさいとは言えなかった。 人殺しには多分、そんな権利なんてないから。 心臓を砕かれ、『ハートイーター』とともに死した富絵に、葬識が歩み寄る。 彼は“逸脱者のススメ”で彼女の首を落とそうとし――そして手を止めた。 殺人鬼を名乗る葬識には哲学がある。 彼が狩るべきはフィクサード。一般人は『殺戮』の対象にはならず、衝動は満たされない。 「俺様ちゃんは、君に『ヒト』として敬意を払うよ」 優しげにも聞こえる声で、葬識はそっと囁いた。 ● 富絵の死を見届けたリーゼロットが無言で視線を伏せ、カルナが短く祈りを捧げる。 傷ついた身をゆっくり起こしたユナが、ぽつりと口を開いた。 「せめて彼女の魂の平穏を祈りましょうかね。……。『祈るだけ』なら誰も損しませんし」 与市が、富絵の学生鞄から携帯電話を取り出し、彼女の家族や友人にメールを打つ。 助けを求めた少女の言葉を、伝えるために。 「結局、我々はどこまで行っても人殺しなんですね」 そう呟いてわずかに肩を震わせたヘルマンが、これから呑みに行くと告げたユーキを思わず振り返る。 「……呑みますとも。呑まないでやってられますかこんな仕事」 「美人に誘われるとかうーれしっ★ バルシュミーデちゃんもおいでよ~」 ユーキに誘われたらしい葬識が、ヘルマンを手招きした。 「いや、わたくしは……」 泣いてないですから、と慌てて目の端を擦るヘルマンの背を、明の掌が叩く。 「年上に手酌なんてさせられないよ! ささ、一杯!」 それは、生きている重みを再認識するための儀式。 廃工場を出たリベリスタ達は、夕暮れに染まる街を歩いていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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