● 「お願い、私を助けて……」 鏡の中に閉じ込められたという少女は、鏡に映った僕と二重写しになっている。 とっくの昔に廃業になったホテル。 表から見た部屋の数と中にある部屋の数が違うなんていうのは、よくある怪談だ。 「正解は、スタッフオンリーのリネン室でしたぁ……」 ですよね~。な正解を探り当てた俺は床に無造作に転がされた鏡に気がついた。 こんなところより、貴賓室の暖炉の上にでも飾っといた方がいいんじゃないかというゴージャスな鏡。 のぞきこむと、冴えない自分の顔が写っている。 そこに、急に向こう側から飛びついてくるように女の子が駆け寄ってきた。 「お願い。私を助けて。ここから出して……!」 差し出された手をつかめばいいと言われて、俺はつい言われたとおりに手を伸ばす。 つかんだ手は小さくて、俺は小さく息を呑んだ。 「唱えて。『鏡の中から』」 「『鏡の中から』」 「『もどってらっしゃい』」 「『もどってらっしゃい』?」 鏡の中から戻ってらっしゃい。わたしの、大事な、可愛い子。 その瞬間、鏡が割れて、全てが、赤になった。 ● 「例えば。みんなに一般人の大事な人がいて。これから戦闘になるって言うとき、できれば絶対不可侵の安全な場所にいてほしいって思うのは、非難できないことだと思う」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情だ。 「戦闘の結果、その絶対不可侵の安全な場所が、牢獄になってしまったことを悲しい事故と片付けるのは忍びないけれど、起きてしまったことは取り返しがつかない」 イヴは、改めてモニターに豪奢な鏡を映し出す。 「アーティファクト『護りの鏡』」 「中に、一人だけ入り込むことが出来る。いかなる者も『護りの鏡』の中にいるものを傷つけることは出来ない。中に人がいる状態の鏡を破壊することも出来ない。だけど、中に入り込んだものは自分で出ることは出来ない。鏡の中にいる者を鏡の外に引っ張り出せるのは、合言葉を唱えた革醒者だけ」 ホテルのオーナー家族が惨殺されたのが、革醒者同士の戦闘であったことに当時気がついた者はいない。 鏡の中に隠れているように言われた娘を、リネン室に隠されたアーティファクトの中から出してくれる革醒者――両親はなく。 廃業になったホテルには訪れる人もなく。 アーティファクトは、娘を内包したまま幾年月を経ていた。 「彼には彼女を救えない。革醒者ではないから、鏡――アーティファクトの力に耐えられない。放置していたら、大怪我することになる」 イヴは、一つ息をついた。 「そして、みんなにも彼女は救えない。アーティファクトの内部にいすぎた。彼女は革醒している。ノーフェイスとして」 リベリスタの幾人かは、目を閉じた。 「今回は、ノーフェイス討伐及び一般人の保護。アーティファクトの回収もしくは破壊」 イヴは、リベリスタを見回した。 「幸い、何とか彼が鏡に手を差し出す前には突入できるから、彼の代わりに彼女の手をとって――」 イヴの無表情は動かない。 「急いで鏡の外に引きずり出して、倒して。鏡の中に引きこもられると、ダメージが与えられない」 ああ、倒さなくてはならないのだと、改めて思い知る。 「彼女は、何も知らない。崩壊のことも、両親が革醒者だったことも。鏡の中では時間も曖昧。それでも、生存本能が彼女を戦わせる。弱くない。鏡の中にみんなを突き落として逃げるくらいのことはする」 イヴは、リベリスタに鏡から開放する呪文を教えた。 アーティファクトが、邪悪な用途で作られた訳ではないことを表す合言葉。 「鏡の中に落ちた誰かを助けるには、誰かが合言葉を唱えながら、手を貸さなくてはならない。その間、最低二人は戦闘に参加できない。戦闘終了後にたすけることは可能。その辺どうするかは、チームに任せる」 これは、発芽しようとしている崩界の芽を摘む仕事。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月16日(月)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● その人は、大きく目を見開いていた。 たすけて。 そう伝えると、大きく何度か頷いてくれた。 合言葉を伝える。 『――ちゃん。どこかな。どこにいるのかな?』 かくれんぼ。 ママはそう言って、あたしを探した。 一通り探すと、部屋の真ん中に立ってこういうのだ。 『たんすの陰から戻ってらっしゃい。私の大事な、可愛い子』 かくれんぼは、ちゃんと見つけないといけないと抗議する私に、そんな埃っぽいところに顔を突っ込むのはいやだと、ママは子供みたいに口を尖らせた。 だから合言葉は、ママと私の大事な言葉。 でも、多分、ママはもう来ない。 『すぐに、来るから』 どのくらい時間がたったのかよく分からないけれど、もういつから待っているのか分からないくらい待った。時々見える部屋の廊下には真っ白になるほど埃が積もっている。 だから、私をたすけて。 ここから出て、ママとパパを探しにいかなくちゃ。 ● 大切なものを守るはずの鏡が、逆に幽閉する牢獄に。 そして、それにより、恩寵なき革醒が引き起こされてしまった。 リベリスタ達は、それぞれ、その状況に心を痛めていた。 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)は、取り寄せた資料に目を通し、深々と息をついた。 とあるフィクサードから逆恨みされ、自宅を襲撃されたリベリスタ夫妻。 フィクサードを倒すことに成功したが、夫妻も手ひどい傷を負った。 動かなければ、一命を取り留めたかもしれない。 だが、二人はホテルの廊下で息絶えていた。 リネン室まで、あとほんのわずかのところだった。 (やりきれないな。彼女にとっては多分、運が悪かった。それだけのことなんだろうけど) 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、廃ホテルの廊下を走っている。 埃っぽい。 瀟洒なホテルだったのだろう。 等間隔についているランプも、壁の色も抑え目の色彩ながら格調が感じられる。 (歯痒い。目の前にいる子に手を差し伸べれないなんて) リネン室とかかれたドア。 「STUFF ONLY」と優雅な字体で書かれている。 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、ドアを蹴破った。 (最速なんて必要ない。ただ、こぼれ落ちかけた運命に手が届く、それだけの速さがあればいい) 「西村明さんですね!?」 大音声で、最もシンプルな問い掛け。 何事かと振り返る西村青年の額には血が汗の粒のように浮き出している。 それをまだ本人は気がついていない。 もしも、最後まで唱えていたらと思うと、肝が冷える。 人の名前には言霊が宿る。 名前を呼ばれて答えなければ、人ではなくて、妖怪だという地域もあるくらいだ。 少なくとも、突然知らない人に名前を呼ばれるというのは一種のショックを与えるには効果的だ。(仮に何らかの魅了をかけられていたとしても、正気に戻るかもしれない。そして当然、合言葉も中断されるはず) 「へ? あ、はい?」 舞姫のもくろみは成功した。 ごくわずかな時間。 しかし、舞姫にとっては十分だった。 床を蹴り、棚を蹴り、西村青年を、続けて部屋に飛び込んできた『微睡みの眠り姫』 氷雨・那雪(BNE000463)の手の中に。 共に部屋に入った京一が、リベリスタの背に仮初の翼を贈る。 那雪は、事の展開に呆然としている西村青年を背後の仲間に引き渡そうとした。 「――じゃねーよ。あんた達、何者なんだ? え? 羽根? なんで俺のこと知ってんの? あの鏡、何なんだよ。中に女の子が……。俺、助けてやんなきゃ!!」 その腕を、那雪はぎゅっと捕まえて放さない。 (ただ、助けたい……それだけなのに……ね。どうして、ままならない、のかしら……? とはいえ、ノーフェイスとなってしまった以上……留まらせるわけには、いかないもの……ね。……前の時と違って、何か、もやもやするのは……。私の中で、何か、変わってきたから……?) リベリスタの膂力は、常人を超える。 「……すまない。だが、彼女は……人の領域を超えてしまったんだ」 エリス・トワイニング(BNE002382)が、西村青年に近づいた。 「ここを出ましょう。あとは任せて」 訥々としゃべるエリスは、でもとだってを繰り返す西村青年にそう告げた。 (困りましたね……悪い人じゃない様ですが……なんとか遠ざけながらでやるしかないですね……) 羽柴・美鳥(BNE003191) は、エリスと目を見交わした。 「お願い」 エリスの後天的に異性に働きかける力だけではない、彼にこの後の事を見せたくないという思いから発せられる一言には、相応の重みがあった。 美鳥は、西村青年の腕を取って部屋の外に連れ出した。 戦姫は、鏡面の向こうに沈みかけた指を取り、合言葉を叫んだ。 「鏡の中から戻ってらっしゃい。私の大事な、可愛い子」 (だけどもう、鏡の外にあなたの戻る場所は無い……。このまま、何もない鏡の牢獄で朽ちていくのが幸せだったのかもしれない。だけど……、あなたの両親は、そんなこと望んでなかったはずだ!) 娘がノーフェイスになるとは思っていなかったかもしれないが。 いや、その可能性が分かっていたからこそ、瀕死の重傷であるにもかかわらず這って来たのかもしれない。 次の瞬間、彼女は、E・ノーフェイス「まどろみ姫」は、現世に帰ってきた。 胸にしっかり鏡を抱いて。 ● 「パパ、ママ……!」 立ち上がり、ふらりと一歩踏み出した。 少女らしい花柄のパジャマ姿だ。 襲撃は、夜闇に乗じたものだったから。 (善意の選択によって世界の敵となる、か。ノーフェイスになってしまったのは運命の皮肉ってヤツなのかしら……) 『愛煙家』アシュリー・アディ(BNE002834)は、流星の加護を身にまとい、まどろみ姫の足に狙いを定めた。 銃弾が裸足の足の甲を貫く。 「ああああああ――!!」 泣き叫ぶ少女の顔に、アシュリーの顔も知らずゆがむ。 (恨んでくれてかまわない、姫さんにはここで果ててもらうわ) 悲痛な叫びがドアの外から漏れ、それを聞いた西村青年は美鳥を押しのけて部屋の中に戻ろうとする。 「なんだ、今の悲鳴!? 銃声したぞ。中でなにやってんだよ!?」 (結界張れば、無力化できると思ったのに……) 結界で彼の関心を拡散させるには、あまりにも彼は深く関わりすぎてしまった。 「ここにいて。おねがいだから」 あの女の子があなたに危害を加えるかもしれないからとは言えなかった。 (大事な人がノーフェイスになってしまったと知ったら、リベリスタであった親御さんはどう思うかしら ……せめて何か被害を出す前に倒してあげるしか、ないか) 『抗いし騎士』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)の盾から白い十字光が放たれた。 とっさに構えられた鏡。 厚いレナーテの防御をすり抜けて、いくばくかの傷がつく。 「いや、怖い。怖いよ……おおおおおおおぉぉぉぉ!!」 穿たれた足の痛みが、放たれた光線が、少女の怪物化を進行させる。 可憐だった頬に亀裂が走り、別の目と鼻と口が。 頭にも、肩にも。 「いや、もう一人はいや……。一緒にいてよ。一緒にいてよぉ……!?」 無造作に伸ばされた手がレナーテの髪をつかんだ。 掻き消えるレナーテ。 少女の胸に抱えられた鏡に映るリベリスタに重なるようにして、向こうからレナーテが手を差し伸べてきている。指が鏡面を震わせた。 舞姫が手を伸ばし、再び合言葉を唇に上らせた。 「鏡の中から戻ってらっしゃい。私の大事な、可愛い子」 引きずり出されるレナーテを見て、まどろみ姫は金切り声を上げた。 「やめてえ! ママを連れていかないでえ! あたしのまま! ずっといっしょにいるのぉ。もう、置いていかないでえ!」 えぐえぐとすすり泣く。 進んでいく異形化。 みるみる乾燥していく肌、ずるずると伸びていくのに、色を失っていく髪。 見るに忍びなかった。 那雪の糸が、特別な一点を探り当て、几帳面にえぐりたてる。 「……守る為の道具が、害する……か。皮肉な結果になってしまったな」 杏樹の攻撃は容赦ない。 長引かせず終わらせるために、より貫通力の高い撃ち方に切り替えた。 「ごめん。貴方はもう、ここに居ちゃいけない」 (事情を話せるものなら話したいけど、聞いてはくれないだろうな) どんなに言葉を費やしても、それはもうまどろみ姫には届かない。 彼女の心はとうに壊れて、そのゆがんだ発露が肉体さえも変質させている最中だから。 (愛されてた故の結末が、なんで救えないのか) 世界は、さほど優しくない。 それでも、先ほど杏樹が念のためにとかけた鍵を外せとドアをたたきまくっている青年がいる。 ただ、わけも分からず、助けを求められたからという単純な理由で助けようとしている青年がいる。 世界はそんなに優しくないけど、そこに生きる人には優しい奴もそれなりにいる。 だから、見せたくなかった。 こんな化け物のようになってしまったまどろみ姫の姿を彼に見せずに終わらせたかった。 京一の表情は悲痛を極めた。 彼の可愛い娘は、まどろみ姫よりも幼い。 (不幸な事故で起きたとは言え、まどろみ姫が両親のことをどう思っていたか、私も子を持つ親として気になっていました) 泣くのだ。 恋しがって、泣くのだ。 声を上げて、身も世もなく、悶えながら泣くのだ。 寂しいのはもういやだと、歩を進めるまどろみ姫がぱっと顔を輝かせた。 「ぱぱ」 そう言って見上げてくる目は、安心しきった目は、愛娘のあどけなさに似て。 「ここにいたのね」 次の瞬間、京一は鏡の中に囚われた。 「鏡の中から戻ってらっしゃい。私の大事な、可愛い子!!」 間髪いれずに那雪が鏡から京一を引きずり出す。 「あはは……、照れますね。この合言葉……」 本当にそう叫びたかったのだろうと。迎えに来たかったのだろうと。 先ほど踏み越えてきた廊下の途中で事切れた夫妻の無念をひしひしと感じる。 だからこそ、せめて苦しみを長引かせたりはしない。 舞姫の刃からもたらせれる音速の衝撃がごくわずかな挙動でもまどろみ姫の体をえぐりたてた。 わずかな隙もリベリスタは見逃さない。 銃弾が、気の糸が、矢が。 彼女の苦しみを終わらせようと、最大限の繊細さと最大限の鉄量を持って示された。 舞姫は鏡に手をかける。 手の甲の血管がはぜた痛みが、それを無視して鏡に蓄積された思念を読み取る。 「さようなら、まどろみ姫。あなたは、本当に……愛されていたのよ」 「おやすみなさい。愛しい子」 不良シスターの声には間違いなく慈愛に満ち溢れた響きがあった。 放たれる矢は、お休みのキスにも等しいものだ。 「もう、おやすみ……君を待っている人がいるだろう?」 那雪の糸が、突き刺さる。 あどけない顔つきで、かくんと頷いたように見えた。 それきり、まどろみ姫は動かなくなった。 ● 「血だ!」 廃ホテルのエントランス。 リベリスタに指摘され、自分の額をぬぐった西村青年は。血など見慣れてしまったリベリスタにとって至極まっとうかつ新鮮な反応をして見せた。 それを見た瞬間、さっきまで元気にドアを連打していたのに、紙みたいな顔色になってその場にへたり込んだのだ。 ホントか嘘かは定かじゃないが、男には急所が三つあって、その内の一つは血だという。 リベリスタは、愛すべき一般人の手当てを始めた。 幸い、軽症ですんだ。 「という事は、あの女の子は、ヨーカイみたいなもんで。俺、かなり危なかったって事ですか」 リベリスタ達は無言で頷いた。 下手なことを言うより、自分で納得してもらった方がいいに決まっている。 情報漏えいも少なければ少ないほどいい。 「で、俺が危なかったから、退治しちゃったと……」 トーンダウンする西村青年の様子に居心地悪げにリベリスタ達は視線を交わす。 その気まずい雰囲気を読んで、西村青年はことさら明るい声を出した。 「いや~、退治屋さんているんですね~、あれですか、やっぱ他言無用とかですか、言ったら消されちゃいますか。大丈夫です、言いません。つか、信じてもらえないし」 たははと頭をかく。 「いや、俺が変な気を起こさなければ、ヨーカイちゃん退治されなくてすんだのかなって……」 「ねえ、一ついいかな?」 レナーテが西村青年の前にしゃがみこんだ。 「どうしてそんなにたすけたいと思ったの? 知り合いに似てるとかそういうのかしら?」 西村青年は、きょとんとしていた。 「いや、あんだけ必死に助けてって言われたらたすけるでしょ、そりゃ」 その答えに、レナーテは笑顔を見せた。 「……いずれにせよ、今回は残念だったけど、その気持ちは忘れないで欲しいと思う。挫けそうな事もあるし、持ち続けるのはなかなか大変かも、だけどね。それでも。大事な事だから」 「……彼女、貴方が手を差し伸べてくれたこと……きっと、嬉しかったと思うの、よ? ……ずっと一人、誰かを待ち続けて、いたから……」 那雪は、先頭の緊張感から開放されて船を漕ぎ出す一歩手前だ。 「私がいうの、おかしいけれど……ありがとう、なの……」 「囚われの姫を救い出したのは、間違いなく西村さんの勇気、でした」 美少女達ににそう断言されて照れない青少年はいない。 紙のような顔色に一気に朱が上るのに、一同は小さく笑みを浮かべた。 京一は、鏡を小脇に抱えて暖炉の上を見上げる。 階上では、まどろみ姫の遺体の回収作業が進んでいることだろう。 何かが取り払われた不自然な空白。 かつて、そこに鏡が飾られていたとおぼしき空白。 京一は、そこに花束を置いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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