● 「いぃやじゃぁぁぁぁああああ!!!!」 絶叫。 静寂。 ご機嫌斜めのポーズ。 端的に言うと、荒ぶっていた。 「えぇい、何故! なぜ! ぬわぁぁぜこの儂がこのようなところに押し込められねばならぬのじゃ!」 「それはね」 ここは三高平大学に存在するとある一室。モニターやコード類が所狭しと並び、リノリウムの床が蛍光灯を白々と照らしていた。 そこで荒ぶる少女を、真白イヴ(nBNE000001)が懇々と説き伏せている。 「それは、貴女が今回の研究に協力してくれるって言ったからよ」 説き伏せる、というか。 それは単なる事実確認なのである。 ぷんすかと怒る少女は濡れた絹のように美しい白髪を垂らし、腰の辺りで結わえていた。見えるところで顔と首と手、恐らく全身にもだが、朱色の顔料で文様が描かれており、着衣はいまどき珍しい朱袴の千早。異彩を放っているが、それだけならば人間としておかしくは無い。 驚くべきは、宙に浮く羽衣と彼女自身だ。羽衣は艶やかに輝いていて、その両端からは大きな筆がぶら下がっている。おそらくその姿は、日本人のみならぬ人間にもある種の存在を想起させただろう。 神々しく清らかな人ならぬ存在。 そんなものが空中でやだやだと駄々をこねているのは何とも始末に終えなかった。 「言ったけども! けどもよ、おんし!」 「けども?」 「飽きたわい!」 イヴがなにかに躓いたようにずっこけた。 「あぁ、もう、貴女は……」 「だぁって、ここにはげぇむもまんがもいんたーねっともないのじゃよ」 ぷーぷーと唇を尖らせる。 彼女は、所謂アザーバイドだ。争いに関わることは滅多にないが、それでもこうして時々自身のことを調べることを許したり自身の力を貸すことで、アークから衣食住を提供されている。云わば外部協力と言った風情。 彼女は、自らを筆音花比売(ふでねのはなのひめ)と名乗っている。 俗世に染まりきった彼女が空中でごろ寝をするのを眺めて、イヴがじと目を突き刺した。 「えぇい。見返りが飯だけでは面白うないぞ」 「そう言われても……」 「そうじゃ!」 ぽすんと叩いた手に、如何ほどの力が篭っているものか。イヴには知れない。 知れないが、そのにやり面に不吉なものを感じた。 「うむ。おんしら、ちと儂と遊べ」 「遊べ、って」 「何でも良い。儂を楽しませい。したら、大人しゅうしてやろう」 「え、ちょ、ちょっと」 「ふふん、案ずるでない。神秘の秘匿じゃろ? 儂とて約束を違えることはせん」 くっくっく、と腕を組んで笑っている。少女の姿は仁王立ちという奴。 「じゃが、儂を捨て置けばこの街がどうなるかのう!!」 しゅる、と絹ずれの音が走る。 折りしも今日は、風が強い。雨雲も発達していた。 羽衣から吊り下げられた筆の一本を手に取ると、窓の外に向けて走らせる。丁度それは、風が吹く様を線で表すようで―― 激しい風が吹き荒れ始めた。 「嵐……?!」 イヴが振り返った。次いで、空中に筆を走らせる。雲から雨だれが振り落ちる様子を描けば、そのまま現実となった。 「ふははっ。さぁ、この儂をどうにかせねば暴風で傘がひっくり返ったり雨が吹き込んだりそれはそれはもう大変なことになるぞよ?」 「な、ちょっと、こんな」 「でわさらばっ」 垂れ下がっていたもう一本の筆を取ると、窓に向かって走らせる。豆腐か何かのように窓が横にずれて、落ちた。高笑いとともに窓から飛び出して行く。 「……ちょ」 ああ、呆然。無常。 イヴは少しの間あきれ返った後、リベリスタ達へと連絡を取った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月25日(水)23:28 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 吹けよ風、呼べよ嵐! 巷はただの遊び場と化していた。残酷な大自然は容赦なく傘の中に浸水し、シャツは濡れ透け、女性は髪と着衣を乱す。けしからぬ。 と言うのもこの筆音花比売、三度の飯より騒ぐのが大好きだ。丁度発達した低気圧が季節外れの大風を吹かそうとしていたので、少し誘導してやればこの通り。さながらその状況は、完成間近のドミノを目の前にした悪ガキのごとし。 「むふふ。ほーれまだまだ! ふふふ」 そうしてどびゅんどびゅんと風を吹かす。間近の傘も折れて…… 「む?」 折れていない。 「……何奴!!」 その誰何の声に、くるりと少女が向き直った。 イリーナ・M・ヴィッテンフェルト(ID:BNE000726)の手には、一本の傘がある。傘と言うには極めて汎用性は低い流線形のボディは、風を最適の姿勢で受け流すのだ。結構有名なイッピンである。 「勝負ですわ! あなたの起こす風でも、耐えられるかどうか」 「……」 ずびっ、とイリーナが指差す。 僅かな沈黙。 風が止んだ。先程まで年甲斐もなくはしゃいでいた女が、俯いている。あれ? という顔でイリーナが首をかしげた。その傘の陰から、一ノ瀬 あきら(ID:BNE003715)が顔を出す。お嬢さんとキャッキャウフフ出来ると聞いてきたのに、騙された! と先程まで息巻いていた年齢=彼女居ない暦だが、女がわりと美人なのには嬉しそうであった。幸い少し大人しくなった所で、ここ幸いとばかりに口を開く。 「せやせや、筆ちゃんと遊ぼ思てんねん。鬼ごっこ! どや」 「……おんしら」 どや。 あきらが異変に気付いたのは、俯いていたこの少女が今になりぷるぷると震えだしたのだ。怒らせた? と思っていたり。が、様子が違う。どうやら…… 「……ふ。ふ、ふ、ふふふふふふ!!」 ばっ、と一本の筆を構えた。 「……早く逃げたほうが良い感じですのよ?」 「せやろな」 二人頷く。くるりと振り向いて、一目散に駆け出した。イリーナの傘が風見鶏宜しく縦横無尽に振り回されている。ことここに至って、あきらはお祭女を喜ばせてしまったことをようやく理解したのだ。 ● 「……おぉ?」 ぽかん、と。 逃げ出した下手人二人を追い掛け回した末に、筆音は集団の目の前に出た。おや、これはどういうことだろう。はて、と考えて ……恐ろしいことに、この女は自分のしでかした依頼をすっぱりと忘れ切っていたのである。だが、リベリスタ達も一筋縄では行かない。様々に手段を考えて来ているのだ。 それをどうするか。どう扱うか。受け取るのは女次第。とはいえ。 「おぉ……さすが現代科学……」 「……あかんわほんま」 イリーナは乱れる風に翻弄されながらもとうとう最後まで原型を保っていた傘を存分に称え、そしてあきらはぐったりとしていた。それは多分に精神的なものによるのだが。ゴミで視界は悪いし地面は濡れているし、本当なら美少女ときゃっきゃうふふだったのにと、そんな下心があるから彼女できねーんだよ。もとい。 「よーし、見せてみるが良い!」 というわけで、わがままアザーバイドのヒマツブシ大作戦、開幕なのである。 ●ステップワン:グラップラー筆音 とある空き地にて。 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(ID:BNE002939)は窮地に立たされていた。 「や、あの、だから」 「ふむ、じゃから、おんしが相手してくれるのじゃろ?」 「いや、ですね」 話しを引き戻すと、烏頭森。彼女は、道場破りか何かをしようと提案したのだ。とはいえその辺は目算もつかぬこと。道場も別に知っているわけじゃない。ならば 「ふでひめ」 「む?」 「単純に説明して貰ってよろしいですかね」 「虎はもともと強いからのう」 「説明になってない!?」 烏頭森が後ずさる分だけ、筆音が前に進んだ。じりじりと厭な感触。とはいえ、はっとした。急な展開にびっくりはしたが、元々あてが見つからないのなら自分が相手をしようと思っていたのではないか。 ちなみに、相手が見つからなかったという背景には、行き先の選定をしようとした矢先の『……これ以上私の仕事を増やす気?』というイヴのふてくされた通信が来たという事情があったのだが。 「……ふふり。まぁ、良いでしょう。この私、烏頭森・ハガル・エーデルワイス。漫画的なシチュエーションを再現するべく本気でやっちゃいますよ」 「ほう、よう申した」 随分と日本文化のニッチな部分に染まりきった異邦人は、たちまち空に局地的な嵐と雷鳴を描く。地味に劇画タッチ。二人の影が交錯する。前蹴りから始まったガチンコファイト、特に彼女と戦うことについて深く考えていなかった烏頭森はたじたじだ。 「くくっ、既に貴様の技は見切った……」 しかし、そこはさすがリベリスタ。 スピードと重さこそあれど、単調な筆音の攻撃に目が慣れるのに時間はかからなかった。上下の打ち分けから大外回りの蹴りを打ち込んでくるのも織り込み済み。そしてそこからの一撃は大きく体勢を崩す。読み切った、勝った。そう確信したからこそのこの台詞だが、しかし何か、これ自体負けのフラグっぽい台詞だ。てか三下っぽいなぁ、なんか。 「今だぁ!!」 「……かかったのう」 筆音の大振りの一撃、烏頭森がしめたとばかりにカウンターを合わせにかかる。 が、それは罠!! ぴたりと止まる、捻りの加わった拳はそれを戻す勢いでそのまま烏頭森の拳を受け流すのだ。止まらない烏頭森の身体。 「ば、馬鹿な?!」 「目にばかり頼るからこうなるのじゃ!!」 「ぐふぅ……む、無念」 どすん、と重い肘が鳩尾に突き刺さった。呻くとばったり地面に倒れ込む。 「ふ、敵に相対して無策は痛かったのう」 「よしよし、ですよ~」 来栖 奏音(ID:BNE002598)が天使の歌を歌いながら烏頭森の頭をなでなで。アザーバイドはぶいっとブイサイン。けっこういい運動になったらしく、いい笑顔だ。 「さあ、次じゃ!!」 ●ステップ2:現代視覚文化研究 ゲーム選びとは、戦場である。 限られた予算の中で、如何に現在のフィーリングに合った作品をチョイスするか。たとえそれが名作の類であっても、その時の気分に合わなければそれは駄作なのだ。胃もたれしてしまっては意味がない。アクションがやりたい時にシミュレーションを選ぶとか、そういうのも辛い。 そういう覚悟を、後に思い知ることになるのだ。 「ほほう、袴に似ておる。面妖な洋服じゃのう」 くるりと空中で回る。ひめちゃんはブラウス姿にキュロットスカートだ。必要経費はきちんと落ちるのがアークのいいところ。 「へへ、だろ? あ、ほら。ここ、ここ」 『ミサイルガール』白石 明奈(ID:BNE000717)が案内するのは漫画本含め古書新書の立ち並ぶ書店だ。なにやらうきうきとした顔をしているアザーバイドに釣られて彼女も笑顔。 「ふむ、儂もたまには新しく手を広げてみるのも良いかも知れんなぁ……」 「でしたら、ライトノベルとか」 文字ばかりの小説は、読むのを放棄してしまいそうだから……とぼそりと言うイリーナに、眉を吊り上げると腰に手を当てて何やら筆音はご立腹の様子だ。 「儂を馬鹿にしておるのか! が、らいとのべるとやらには興味がある」 本当に、怒りもすぐさますっぽぬける様子だ。奏音がにゃんこが出てくる漫画を薦めるのにふむふむ、と頷くと、明奈の薦めるままにアメコミをぽいぽいと籠に入れる。どうやら魔界の支配者によって地獄のパワーを手に入れたホームレスの王っぽいダークヒーローがお気に入りのようである。 ちなみに、ショッピングの賜物たる荷物はすべてあきらが持っているのであった。荷物餅で好感度アップでうふふ、とか考えていたのだろうが、それではパシリにしかなれないぞ。 ともあれ。 「ゲームやろうよゲーム!」 両手を広げてわーいと言うオノマトペも付属する幻視付き。『From dreamland』臼間井 美月(ID:BNE001362)は既に古今東西のハードを用意していた。 「美月部長とワタシはゲーム研究会って部活やってんだ。でもなー」 部長の選びには問題あるからなー、と目を逸らしながら言うのにショックを受ける美月をさておいて、筆音は紙袋を漁っていた。遠慮もへったくれもあったもんじゃない。 「ほうほう……お、これはファモⅡのクロスレビューで高評価を得ていた逸品。それにこれは続編を待たれながらも制作会社の解散により一作のみの発表となってしまった未完の名作! ほんで、おいネズ公。おんしの土産は?」 「う、うと、それが……」 「こむ、主の選別はほとんどがハシにもボーにもかからない駄作、所謂クソゲーでしたので」 それに対して返事をするのは、美月の式神だ。 「うぅ……だ、だって彼女にもクソゲーの魅力を判ってもらおうと」 「黙りなさい主、もとい小娘。あなたの尻拭いが私の仕事です」 「別に言い直す必要なかったよね今!? クソゲーはスルメなんだぞー!!」 ぎゃーぎゃーとやり合う二人の背後から、ひょいと小包を拾う筆音。それは誰あろう美月厳選のクソゲー小包だ。 「あっ、それは……」 「うむ。やりたい。貰って帰る」 「……!!」 ぱぁっと輝く美月の顔。それを見てひとつ笑うと、明奈がさあさあと二人の背中を押した。 「んじゃ、お近付きの印にひとつ、みんなでやるかい。ボトムチャンネルが誇るゲームという芸術を堪能するのだ!」 「いいね! 接待プレイなんかしないよ。全力で行かないと失礼だしね!」 ちなみに、4人でバトルロワイヤルをやるようなゲームを沢山やったのだが。 皆が横並びの中で、美月だけが頭一つ抜けて弱かったのは周知の秘密だ。……部長? 「さあ、次じゃ!!」 ●ステップ3:孤独じゃないグルメ 食。 和食、フレンチ、イタリアン。東に西に、数えだせば枚挙に暇が無い。が、それによって満たされるものは等しい。 ファミレスは却下された、が。 「まぁ、誰であろうと、閉じ込められていればイヤにもなろう」 「そぉーうなのじゃよ!!」 がつん、とグラスをテーブルに置く。既に若干酒臭い。その姿に、『黒太子』カイン・ブラッドストーン(ID:BNE003445)は、若干ひいた。予めリストアップしたレストランやらの類から、筆音が迷いなく選択したのは焼き鳥屋だったのだ。 まぁ、これはこれで良いのかもしれない。日本酒片手に楽しそうな筆音は、奏音と一緒に頭を寄せ合い、買った猫の漫画を読んでにゃーにゃー言っている。どうにもアンバランスだが可愛らしい。 「うむ、今日は良う楽しませてくれた。儂は大層満足じゃ」 ぽんぽん、とお腹を叩く。その姿に、むっとした声が飛ばされた。 「でも、ご不満だからって暴れて迷惑かけるのはダメですよー?」 『メリー・メリー・クリスマス』冬童・ユキメ(ID:BNE003710)が、料理を運んでくる。知っている料理を片端から、と意気込んでいた彼女は、大好物らしい酒の肴になりそうなものを次々と作っている。可愛らしい姿だが、なかなかどうして。はっきり言う性格の様子だ。酒のグラスを掲げてふほほと笑いながら、筆音は謝っている。 「すまんすまん、じゃがの。たまにゃこの世界の人間とも遊びたかったのじゃよ。素性をひた隠すのも、これはこれで大変じゃからの」 ぷへ、と酒を呷る。気楽に見えても、長命。彼女に仲間はいるのか、いたとして、今はどこにいるのか。近くに居るのか、人知れず息衝いているのか、知れるものではない。 ただ、寂しがっていたのだな、と。そんなことはこの場の誰にでも判った。 「……次回はリベンジですよ!」 ビシっと指を突きつける、烏頭森。 「まぁ、さ。暇してたらまた声かけてよ」 「その時は僕たち、またゲーム薦めますし」 明奈と美月。 「お勧めした本、全部電子ブックに纏めてみましたから。是非読んでみて下さいな」 「ネコさんの漫画、大事にしてくださいね~」 イリーナ、奏音。 ふへへ、と少女に似たアザーバイドは笑った。 「うむ。皆で食卓を囲んで食べるのは良いな、やはり」 「おうとも」 「また脱走など、せぬようにな」 カインが手を伸ばそうとする。頭を撫でるのを、ひょいと避けた。 「無礼もん。じゃが、良いえすこーとじゃったぞ、褒めて遣わす」 「……え、俺は?」 あきらが自分を指差す。 「……んー、未来に期待?」 「ちくしょう!」 そんなことを喋りながら次々と出されるケーキは、筆音の紋様に服装を象ったものばかり。そして最後にユキメが持って来たのは、新作の桜ホールケーキだ。 細かく刻んだ桜の葉と花びら型のチョコが散らされてあって、クリームも桜のを使っている。イチゴも乗ってとっても春らしい見た目。 「見た目もふでねさんに似合ってると思うんですが、どうでしょう……?」 「善い哉!」 感極まったように満面の笑みのまま、アザーバイドは外に駆け出す。リベリスタ達が慌てておいかけると、並木の桜、既に葉っぱになりつつあるものに向けて彼女は筆を向けていた。 「ん、これくらいはお天道様も許してくれるじゃろ」 そう言うと、宙に向かっていくつもの輪を描き始めたのだ。桜のケーキというのにインスピレーションを受けたのか、その顔には実に楽しそうだ。 「リベリスタよ、感謝するぞ! また儂と遊ぼう!」 ほんのちょっと季節外れの満開の桜達を背景に、からからと楽しげに、アザーバイドは笑う。 今年も、よい風が吹く季節になった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|