●黒翼教の台頭 「白き翼を捧げよ」 直後、祭壇の上で苦悶の悲鳴が上がった。 心臓にパイプの様な物を打ち込まれた血塗れのフライエンジェが吊るされる。その翼は白。 パイプを伝い、血液が黒い壷の中に注がれる。とくとくと、とくとくと流れて行く。 それは命の滴。人を生かす生命と言う名の神秘。それが今、失われて行こうとしている。 けれど、祭壇を取り巻く人々はその様に何一つ感慨を抱かない。 何処か無機質な、けれど熱の篭もった、歯車の外れた狂的な眼差しでその様を見守っている。 まるでこの惨劇が、神聖な儀式ででもあるかの様に。 「白き翼を捧げよ」 祭壇の上で、黒い法衣を纏った男が声を上げる。 それに誰かが応じる。1人が2人に、2人が4人に。倍々に増えて重なっていく。 僅かのタイムラグも無い。同じトーン、同じ抑揚の同じ言葉。 あたかも同じ人間が、大勢の他人の口を使って詠っているかの様な。 「「白き翼を捧げよ」」 「「「白き翼を捧げよ」」」 「「「「白き翼を捧げよ」」」」 「「「「「白き翼を捧げよ」」」」」 総和する。唱和する。男も女も、翼の有る者も無い者も。 場に居る者達が一人残らず口を揃えて謳い上げる。 祈りの様に、呪いの様に、声で以って世界を侵そうとでもするかの様に。 「「「「「「――――――黒翼は至貴き故に」」」」」」 その数、千人にも及ぼうか。儀場を埋め尽くす人の群。 けれどそれすら全てでは無い。この国の裏側で急激に規模を拡大している“名も無き新興宗教団体” 誰知らず、自然と付けられていたその通称。――黒翼教と、人は彼らをそう呼んだ。 アーク本部内、ブリーフィングルーム。 「調査の結果が出た」 『研究開発室長』真白・智親(nBNE000501)の言葉こそがこの場に於ける全てを物語っている。 以前起きた一般人によるフライエンジェ襲撃事件の情報収集。 アークはこの初動で躓いていた。被害者は完全に口を噤んでしまい、加害者の実像すら不明瞭。 説得も懐柔もまるきり効果を上げず、実態不明の敵より岡山の鬼への対応を優先せざるを得ない。 長く続いたこの状況を覆したのは仁蝮組、及び某女性の胸部に特別な拘りのある団体の持つ、 フィクサード間の情報網である。言葉通りの、蛇の道は蛇と言う事か。 けれど漸く敵の全体像が明らかになった頃には、既に事態は悪化の一途を辿っていた。 今展開されているモニターの映像。これが調査の遅延が齎した物であるとしたなら、それは。 「……まず、回収された破界器らしき結晶体。核となっている羽の様な物はこの世界の物じゃない。 だが、その周囲を囲んでいる黒い何かは別だ。 分析の結果、あれはエリューション化した人間の血液である事が判明した」 けれど智親の言葉への反応は鈍い。意外とありふれた物だったからか。一瞬奇妙な間が開く。 「1本につき約2000cc。1人の人間の血液を絞りつくして大凡2本。 此処に回収された短剣が3本在る。破壊した物を含めれば12本。この意味が分かるな」 集まっていたリベリスタ達に漸く理解が浸透する。それは、つまり。 「固形化している技術は良く分からんが此方の物じゃないだろう。 まあ、なんだ。確かに革醒者は破界器の“素材”には適してる。加工の必要が無いからな。 あくまで、人間を原材料として見られるなら、だが……ちっ、胸糞悪い」 自らもまた破界器製作者であるからか。智親が珍しくいらつく様に髪を掻き上げる。 動物の骨で鏃を作る様な物だ。血液を圧縮して短剣にする。 それをリベリスタやフィクサードで行えば、 確かに特別な付与魔術等無くとも破界器と呼ぶに相応しい物が出来るだろう。 エリューションを傷付けるに最適な物はエリューション。 道義的、人道的観点を省けば合理的では有るのかもしれない。だが、しかしだ。 「こんな奴らを放って置いたら、とんでもない事になる」 数ヶ月の間に、彼らはその数を千人単位にまで増やしている。 その殆どが一般人であるとは言え数が数。 敵方の目的も狙いも知れぬ物の、様子見していられる猶予はまるでない。 鬼との決着すら付いてない現状である。迅速に対処しなければ手遅れになり兼ねない。 「――だから、ここからは皆の出番」 智親の傍ら、モニターを操作していた『リンクカレイド』真白イヴ(nBNE000001)が顔を出す。 「……調査の結果、この黒翼教は募金活動を通して一般の人達に接触してるみたい。 この活動が行われる地点は毎回決まってないけれど……これと同じ物が使われてるなら」 これ、と指されたのは血晶の短剣。この破界器には何故か人の精神に干渉する効果がある。 それが核となっている羽の所為なのか、それ以外の要因に依る物なのかは不明ながら、 組織としての爆発的な人数の増加がこの破界器にあるのだとすればこれはアークの領分である。 「万華鏡で、探知可能」 はっきりとイヴが断言し智親が頷く。神秘技術の最先端を行く研究者とその担い手のお墨付き。 これほど頼りになる確約も無い。 「敵は広範囲に分散する事が目されるけど、でも全部倒す必要は無い。 相手に何らかの事情を知る人が1人でも含まれて居れば良い」 即ち威力偵察である。モニターの表示が切り替わり、其処に灯るのは複数の赤い点。 「襲撃ポイントは3箇所。A、B、C、後になるほど難易度と効果が上がる見通し。 複数個所襲撃しても良いけど、結果が出ないことには始まらないよ」 任務の大前提を忘れちゃだめ、と念押しし、イヴはリベリスタ達に地図を差し出す。 「場所は静岡県浜松市。特別危険な相手は探知されてないけど、C地点にだけは気をつけてね。 アザーバイド『バードマン』らしき個体がいるから」 ●天珠の黒太子 ――同時候。異世界『天珠』。 「此方に居られましたか」 白い草原を見下ろす白い丘。黒樹の根元で眼下を見下ろしていた少年に、壮年の男が声を掛ける。 「将軍……戦後処理は終わったのですか?」 振り返った少年の背には黒い翼。のみならず、黒い軍服。黒髪、黒目。黒尽くめである。 唯一の例外は腰に下げた長剣か。その唾には黒と白の翼が刻まれている。 「はっ。将兵の補給及び捕虜の搬送、前線の再構築も滞りなく。 この調子であれば数ヶ月の内にはプロノトリアを陥落させる事も叶いましょう」 意気揚々と告げる男。将軍と呼ばれた彼の背には篝火の様な赤い翼。 纏った重鎧もまた赤く、戦いは終わったと言うのに手には未だ血のこびり付いた突撃槍を握っている。 赤麗の民の中でも特に血気盛んな彼らしいと、少年――ルシエルは小さく呼気を溢す。 「……では、補給物資を振る舞い兵を存分に労って下さい。明日には進軍を再開します」 「な、明日、ですか。それは流石に些か性急ではないか、と……」 その言にもう一度、息を吐くと視線を落す。戦場跡。勝利の跡。そして、殺し合いの跡。 あと何度こんな事を繰り返し、その果てに自分達は何を為すと言うのか。 彼にはこれが有益な行為であるとは到底思えない。例えそれが敬愛する父の命であったとしても。 「そうですね、僕もそう思います」 前線の指令としてはあるまじき言葉。けれど、それも当然だ。 実質的な指揮官はあくまで背に控える壮年の男。自分は御輿として担がれているに過ぎない。 「ですが、これは兄様の命です」 彼が此処に居る事から、彼が此処で行う事まで。その全てが。 父の。引いてはその名代である兄の掌の上での出来事。 例え何一つ納得出来なくとも、この惨状をどうにかしようと足掻く事すら許されない。 「……了解致しました。準備を急がせます」 敬礼と共に、踵を返す赤き将。残されたルシエルは空を見つめ瞳を細める。 今日は満月。空には黒い月が昇る。つまり、“あちら”は新月か。 「話せば分かる、人達だった」 敵性世界――底界。その呼称は、この3か月程で一気に広まっている。 天珠と良く似た、けれど全く異なる世界。 異なる色の翼のみならず、翼無き者までもが共に在る奇妙な町並み。鉄の翼。学校。それに―― 「革醒者」 リベリスタと、フィクサード。複翼獣に匹敵する戦闘力を持つ人々の集団。 それを脅威だ、と言うのは分かる。危険だ、とするのも理解出来ないではない。 白飛に協力していた節が在ると言うのも、兄が言う以上何らかの根拠の在る話なのだろう。 けれど、だから敵対しても仕方無い。と割り切れるほど彼は大人では無い。 「……――」 思わず詩を紡ぎそうになり、奥歯を噛み締め耐える。 彼は、希少な男性の“詠い手”である。条件さえ整えば単独で世界を渡る事すら出来る。 けれど、駄目だ。一人では行ったまま戻れなくなる。共鳴法には相方が必要だ。 以前、彼の唯一の協力者であった義理の妹は今正にその“底界”に居る筈である。どうしようもない。 何より、彼は例え形式上であれ指令官なのだ。 突然行方不明になった日には、大騒ぎになるのが目に見えている。 「――くっ」 分かっている。これは枷だ。兄は、自分に場を掻き回されたくないのだろう。 けれど、それでも。だとしても。このままで良いとはどうしても思えない。 血何て、誰も流したく無い筈なのに。命何て、誰も失いたく無い筈なのに。 どうして戦う事を止めるのは、こんなにも難しいんだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月18日(水)23:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Check Point 「これか、何度となくちょっかい出してくる有翼人の事件てのは」 浜松城公園までの道程。周囲を見回しながら、ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が呟く。 異世界『天珠』よりの使者。識別名アザーバイド『バードマン』。 大凡10ヶ月程前より度々“此方側”への干渉が見られる異世界の住人達であるが、 この一件に関わりの無い者にとっての認知度は決して高いとは言い難い。 目的も不明、スタンスも不明、敵か味方かも不明瞭。 余りに分からない事が多過ぎる為、組織としてのアークも立ち位置を決めかねているのが実情である。 「バードマンの目的が何であろうと連中は私の敵よ。この世界に仇なす者が留まり続けている。 鬼のように根付いてしまう前に殲滅する必要があるわ」 けれど『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の結論は酷くシンプルである。 世界に悪影響を及ぼす存在は即刻排除すべし。 事実、彼らが世界間を移動する度其処には世界の亀裂、ディメンションホールが生まれる。 ディメンションホールが革醒を助長する事情を鑑みれば、その答は当然とすら言えよう。 「最近この世界において、勢力を伸ばしているようですしね。 最初はこの世界にたまたま紛れこんだだけのものかと思っていましたが……」 公園までの地図に視線を落とし『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)もまた思索に没する。 『バードマン』に度々関わって来た星龍からすれば、昨今の情勢の悪化は他人事では無い。 この一連の事件が関わりの無い人間にまで浸透しつつある、と言う事実は 逆説的に件のアザーバイドの脅威度が増加していると言う事を指している。 氷璃の弁では無いが、岡山の鬼との抗争で出た犠牲者の数を考えれば見過ごす事等到底出来ない。 「……」 他方、只管に沈黙を保つ『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)。 その心情の程は若干複雑である。ハーケインはかつて黒翼教の尖兵らしき者達と矛を交えている。 その結果、護衛対象である少女が命を落とした。その苦さ。その痛み。誤魔化せる物ではない。 今の彼を動かしているのは義務感でも、使命感でもなく悲壮なまでの決意である。 これから行われる戦いは、贖罪であり償いなのだ。これ以上の悲劇を、繰り返さない為に。 「……まだ戦力の増強が必要なのでしょうか」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)の溢した疑問に、 先を歩いていた『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016)が足を止める。 「妙な……教団。ルシエル、はどう思ってるんだろう……?」 黒翼の異邦人『黒貴』と対した天乃と、白翼の歌姫『白姫』と対したヴィンセント。 2人の思考は比較的近い位置にある。即ち、現状に於ける違和感。 伝え聞く言動と対した人物像。それらと相反する露骨なまでの敵性行動。 それらはまるでピースの噛み合わないパズルの様で、知己があるが故に引っ掛かる。 「悩んでも仕方ないですよ~、あちらが白い翼を狙ってるのは分かってるんですし~ 今は少しでも被害を抑えて情報を得る事が最優先です~」 ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)がやんわりと忠告するも、 ヴィンセントの懸念が晴れる事は無い。黒翼教が擁するフィクサードの存在にしてもそうだ。 彼らが何者で、何を目的としているのか。現時点では情報が足りな過ぎる。 「そろそろ着くぞ、ハーケイン。準備は出来てるか?」 「ああ。問題無い」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の問い掛けに、 革醒者である事を隠蔽したハーケインが頷く。幸い今回は探知系スキルの持ち主に恵まれている。 天乃の超直観が複数名の人間が纏まって動いた痕跡を捉え、ユーヌの集音装置が誘いの言を聞き留める。 星龍の探査が退屈に類する感情を察知すれば、居場所の特定はそれ程難しくは無かった・ 視線の先には、黒いローブを羽織った3名の人影。けれど彼等は一向に動かない。 主に募金兼勧誘活動をしているのはそれ以外の6人である。 位置はばらけており一所に纏まってはいない。煙草を吸いながら遠巻きに様子を窺うハーケイン。 せめて1人だけでも引き剥がそうと、相手が寄って来るのを待つ。 程無くして、内の1人が距離を詰めてくる。見れば分かる、相手は間違いなくフィクサードだ。 小銭を用意したハーケインが思わず問う。 「あんたら宗教やってて調子はどうだ?、何か良い事はあったか……?」 だが、彼等は遂ぞ気付かなかった。その見落とし。小さな解れに。対する答えは想定を大きく外れた物。 「勿論、今日も勝利の女神は我々に微笑んでいるよ」 ●Fail In にぃ、と浮かんだ歪な笑み。ハーケインの脳裏に最上級の危険信号が灯る。 だが如何せん彼に逆撃に対する備え等無い。背より取り出された凶刃がその隙を縫って振り抜かれる。 その太刀筋、一目見れば分かる。電撃を纏った剛剣――ギガクラッシュ。 デュランダルの強烈な一撃が、不意を討たれ防具すら顕現していなかった男の体躯を深く切り裂く。 何故、ばれたのか。不可解な事象に返る答は唯一つ。公園に到るまでの警戒の不足。 彼等はリベリスタを発見次第、連絡を取り合っているのだ。 例え駅前であれ、1人2人ならともかく8人もの革醒者が纏まって闊歩している光景は酷く目立つ。 せめて誰か一人でも道中のフィクサードの存在に気を配っていたなら。 奇襲を失敗を懸念し、影に潜み隠れていたユーフォリアが慌てて姿を現すと、 露骨なまでに大きく広げられたその白い翼にローブ姿の3人が色めき立つ。 「白き翼を捧げよ!」 「「白き翼を捧げよ!!」」 「「「白き翼を捧げよ!!!」」」 募金に協力していた僅かな一般人がその声に怯えた様に距離を取る。 だが、近い。昨今殺人事件が増加傾向に有ると言っても日本人の危機意識は劇的には変わらない。 そんな距離では何時巻き込まれるとも知れないと言うのに“普通の”人々は動かない。 「馬鹿! 何やってるんださっさと逃げろ!」 白く染めた翼をはためかせ、此方もやはり囮役の様子を見ていたユーヌが駆ける。 隣を走るのは、同様に隠れていた茂みから跳びだしたツァイン。 2人から放たれた気糸の精密射撃と十字の光砲がローブ姿の人物の内2人を射抜く。 彼らの目的はあくまで事情を知る者の捕縛。逃がさぬ事を優とするその戦法に揺らぎは無い。 「折角来たんだ、楽しいお茶会でもどうだ? そちらの野蛮な流儀に合わせた相応の持て成しの準備はあるぞ?」 「この――白卑風情が……!」 激昂したローブ姿の男が腰から刺突剣らしき物を抜く。風に揺れるローブの背には確かな黒い翼。 突き出された剣先より放たれた白い灼光がユーヌの体躯を僅か掠める。 「ん、意外と大した事は無いな」 けれそユーヌの類稀な反射神経は衝撃の大半を殺し切る。 直撃すれば多大な被害を齎すだろう一撃も、まともに当たらないならばどうと言う事は無い。 「……邪魔」 ローブ姿のバードマン達がユーヌとツァインと交戦している最中、 別所より仕掛けた天乃が対したのは異様に動きの速いフィクサードである。 「邪魔なのはお互い様だろうがよぉ――!」 ソードミラージュと思しき男の音速を越える剣閃が、狙い違わず天乃を切り裂く。 痛撃、だがそれ以上に痛手だったのは体の痺れである。動きが止まる。抑え込まれる。 「この世界を、侵食などさせませんよ」 星龍のライフル。ワンオブサウザンドから放たれた光が炎雷となって降り注ぐ。 高精度のインドラの矢は前衛であるフィクサードらに大きな打撃を当たるばかりか その余りに派手な攻撃で以って一般人の危機意識を刺激する。 遠巻きに見ている者が減りつつある。それその物は良い傾向である――が。 「凄い攻撃ね、貴方が一番適役かな」 星龍の意図せぬ所で、その攻撃は良く目を引いた。良くも悪くも。 ころりと耳を擽ったのは甘える様な媚を含んだ少女の声音。 彼の周囲には誰も居ないと言うのにその声は耳元間近より響いてくる。 星龍にだけ聞こえる声。誰もそれに、気付かない。 「必殺~、分身殺法です~、って、きゃ~っ!」 他方ユーフォリアはと言えばこれに対するフィクサード総数3名。 その極端な数の偏りは単に、最初に場に跳び出した所以だろう。 だが本来撹乱はユーフォリアの得意とする所。けれどこれも今回ばかりは上手く運ばない。 彼女の立ち位置が他の仲間達と丸きり外れている為だ。 多重残像の剣戟に巻き込めたのは、ハーケインと対するデュランダルと、 ユーフォリア自身を足止めするクロスイージスの2人のみ。 そして直後に放たれた30m圏からの精密狙撃が、彼女の体躯を正確に射抜く。ぐらりと揺れる体躯。 「意外と面倒な編成ですね」 蜂の巣を叩く様な音を立てて放たれる散弾。視線を巡らせたヴィンセントが小さく呻く。 デュランダル、ソードミラージュ、クロスイージス、前衛最後の一人は覇界闘士か。 かなり精度の高い風の刃が彼を無視してユーフォリアに放たれるのが見える。 「俺は、お前らと関わって嫌な思いをした!」 「ならお前も我々の仲間になれば良い。俗世の柵なぞ気にならなくなる」 「話にならんっ!」 ハーケインの剣とデュランダルの大剣が競り合い、火花を散らす。 実力的にはより優れるだろうハーケインが拮抗されているのは最初の一撃が有ればこそ。 全身に浸透した電撃が、自己再生を相殺する。漆黒解放による底上げは決して馬鹿に出来ないが、 リミットを外したデュランダルの一撃は瞬間的にその耐久力を上回る。 それでも耐える事に利があるとすれば、敵もまた攻撃の反動で傷付いていると言う一点に尽きる。 全体攻撃の質と量が極めて高いリベリスタ達である。その影響は馬鹿に出来ない。 「“『天珠』より世界を渡って来た者は全て殲滅すべし” ルシエル・ヴァン・ゼノフェイムの兄からの要求だそうだけれど、 貴方達は誰の許可を得て世界を渡って来たのかしら?」 他方、魔陣を描く為出来た猶予を問い掛けに用いる氷璃は奇しくも 金糸を縫いこんだローブを目深に被った小柄な人物と相対していた。 「それは何、動揺でも誘ってるの? 馬鹿ね、兄様がそんな事言う筈無いじゃない」 響いた声はかろやかに、けれど毒の様に甘い少女の物。 女の勘とでも言おうか、瞬時に直感する。この相手は恐らく氷璃と非常に相性が悪い。 言うなれば女を武器にするタイプだ。平時なら無関心の、対すれば侮蔑の対象となる類の。 「兄様、と言うのは?」 それでも、世界の守護は感情に優する。再度問う氷璃に返るは嘲ける様な笑い。 「物の道理も分からないの? 聞けば答えて貰えると思ってるの? あは、滑稽ね」 話にならない。その結論が出るまでそれ程時間は必要無かった。 相手もまた会話を続ける気は無かったのだろう。ぱちんと鳴らされる指先。 ――その音に応える様に星劉のライフルが仲間達に向けられた瞬間、戦いは泥沼を迎える。 ●Internal Error ユーヌの盲点はたった一つである。要するに、彼女は速過ぎた。 その速度域ではまず先手を取ってしまう以上、彼女がブレイクフィアーを用いる事が出来るのは、 “状態異常が継続した場合”に限られる。一方で、ツァインの初動は遅い。 2人の間に殆ど全てのメンバーの行動が内包される構成は継続的な状態異常の影響を抑え込む。 だが“魅了”とは相性が悪い。継続しなくとも手番が消費されるだけで大打撃だからだ。 回復に欠ける編成が相手の射程圏で畳み掛ける戦術は、嵌れば半ば一方的な結果を叩き出す。 けれど今回に限ればフィクサード全てが格下である以上、 全体の行動を制限出来る氷璃は、初手より攻めに出るべきだっただろう。 或いは星龍とヴィンセントは敵幹部の射程圏にだけは居るべきではなかった。 例えそれで攻撃範囲に入る敵の数が多少減ったとしても、である。 解き放たれたインドラの矢はリベリスタ達を等しく焼き放つ。 重ねる様に動き出したのは最後の後衛。マグメイガス。 魔陣を描いていたのは氷璃だけでは無かったと言う事か。 威力も精度も遥かに劣る物の、ジェネレーターの影響で速度に爆弾を抱える氷瑠よりは速い。 放たれたる四色の魔光が氷の天使を穿つ。 「なかなか、厳しいな」 「一朝一夕とはいかない様で~、って危ないじゃないですか~!」 視線を交える白翼2名。ハーケインと互いの体力を削りあっていたデュランダルを ユーフォリアの残像が見事斬り捨てる。だが、そうかと思えば続けて距離を詰める覇界闘士。 状況は決して芳しくない。ユーヌとツァインを足止めするバードマンは未だ健在。 魅了された星龍はツァインのブレイクフィアーによって何とか解放されているが、 星龍の回避を鑑みればこれは同じ事の繰り返しになる可能性が高い。 その上、奇襲に失敗した為ハーケインとユーフォリアが突出してしまったのが痛い。 これにより“前衛をガードしつつ怒りによって敵を引き付ける”事が可能な ユーヌとツァインが最前線まで辿り着けていない。打って出て来たバードマンと1対1である。 結果的として、負けないが勝てない。と言う構図が出来上がってしまっている。 其処に仲間が度々魅了され味方を撃つ、と言う要素が加わればどうなるか。 「っ、まるで人間を相手にしている気がしない」 とはいえハーケインの呟きは道理である。仲間であるデュランダルが倒れ、 ヴィンセントは半ばフリーで銃弾をばら撒いている。敵方優位とも言えない筈だ。 「この、止まれ……!」 ソードミラージュの束縛を抜けた天乃が気糸を手繰れば、 呪縛の網に絡め取られた剣士は人形の如く崩折れる。精々が拮抗。 いや、運分天分の恵みも有ってか戦況はむしろ少しずつリベリスタ側へ傾きつつある。 それなのに、黒翼教には退く素振りがまるでない。 「お前等、自分達を黒貴と呼んで、ここを底界って言ってるんだってな? あぁ、ずっと前から言いたかった事があってよ……」 「白卑に組する愚か者共が、貴様らに預ける耳など無いわ!」 「ボトム、舐めんなぁ――ッ!」 怒りと共に叩き付けるツァインのブロードソードが黒翼を裂く。ローブが破れ見えたのは女性の顔。 その眼差しは怒りに燃え、己が傷をも省みず護りを貫く閃光を放つ。 「な、女!?」 「死ねっ、底界人!」 「馬鹿……!」 一瞬の驚きを突かれ被りそうになった痛打を防いだのは式符で織った鴉の群。 倒れ得る仲間に視線を向けていたのは彼女の功。そしてその一撃が最後の後押しとなる。 式符に群がられ最後の気力を奪われた黒翼の女が倒れ伏す。これで2人。否。 「魔曲・四重奏程度で、何時までも私を縛れると思っていたのかしら?」 麻痺を独力で解除し、運命までも味方に着けた氷璃が遂にマグメイガスの先手を取る。 「無慈悲に、残酷に、黒鎖の濁流へ沈みなさい」 奏でられるは緻密に織られた葬送の魔曲。己が血を媒体とした魔術の奥義のその一つ。 無数の鎖がマグメイガスのみならず、金糸のローブを羽織った人物以外の殆どを飲み下す。 趨勢は決した。リベリスタ達とて余力は無い物の、呪縛によって呻く者達に劣るほどではない。 「――チェックメイトです」 「あら、それはどうかしら?」 告げたヴィンセントに、唯一まともな打撃を被っていないバードマンが応える。 「此処からが、本番でしょう?」 嫌な予感。それは奇襲が読まれていた段階でこの場の誰もが何と無く抱いていた物だった。 だからこそ、その言葉の真意を理解する前に――ツァインと、ユーヌ。ハーケインが動く。 「不味いですね、援軍が来てます」 背後を振り返り星龍が声を上げる。そう、自分達の特徴だけがばれる、等と言う事が在る筈も無い。 リベリスタ達の後背より迫るフィクサードが6名。現状ままでこれを打破するのは、まず不可能である。 ツァインとユーヌが最初に倒したバードマンを背負う。 「次は私の方からお誘いしようかしら。楽しいお茶会の、ね」 「教団、を作るのは……ルシエル、の意志?」 今にも退路を断たれそうな状況下。囲まれれば敗戦は免れない。 それでも問い掛けずにはいられなかったのは、戦いにしか興が沸かない天乃にしては稀有な事。 「伝えて、欲しい……星川が、もう一度……クレープでも食べながら、話がしたいって」 「急ぎなさい、囲まれるわ」 既に撤収にかかった氷璃が逃げ遅れている天乃に言葉を残すも、その様に何の気紛れが向いたか。 金糸のローブの少女が彼女の声を遮る様に告げる。 「貴女はルシエル兄さんの味方? それとも、白卑の味方?」 その問の答えを、天乃は持たない。 けれど同じ問は既に幾度も投げられ、これからも投げられ続ける物。 白か黒か。誰を切り捨て誰も救い、何を信じ何を疑うのか。 踵を返すリベリスタ達。その最後尾をフィクサード達が追い掛ける。 足を止めるはハーケイン一人。咆哮と共にカッツバルケルを振り上げる。 彼は最初から決めていた。 撤収する事があれば、己が殿を努める事を。それが彼の、本任務に賭けた意地であれば。 「殺せるものなら殺してみろ……っ!」 夕闇に包まれた新月の夜。今宵最後の戦いが、始まる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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