●吉備津彦伝承 岡山県、かつて吉備と呼ばれた土地に鬼が存在した。 鬼ノ城と呼ばれる場所を根城とした鬼達は、百済の王子と言われている温羅を大将とし、麓の土地を襲っては略奪を行っていた。 その暴虐の数々に対して大和朝廷は討伐の勅旨を出し、大王の血縁である吉備津彦命に温羅討伐を命じた。 命を受けた吉備津彦は三人の部下を引き連れ、討伐に向かった。 犬飼部の犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)。 鳥飼部の留玉臣命(とみたまおみのみこと)。 猿飼部の楽々森彦命(ささもりひこのみこと)。 これら三人の部下を連れた吉備津彦は楯築遺跡において岩楯を築き、鬼ノ城の温羅と対峙した。 温羅は巨大な岩を投げ、吉備津彦は逆棘の矢を以ってその岩を撃ち落した。 何度かの攻防の後、矢は温羅の右目を貫いた。溢れる血は血吸川の流れへと変じた。 温羅は鯉に変じ、川を下って逃走を図った。それに対し、吉備津彦は鵜へと変じ温羅を捕らえ、丸呑みにした。 こうして鬼は討伐され、吉備の地は吉備津彦によって統治され栄えたという。 ●禍イ集イテ鬼ト成ル 鬼ノ城。 かつて鬼達が君臨し、今再び蘇った魔城。 難攻不落の構造を持ち、数多の外敵を排除してきたその巨城の下層部に禍鬼は存在していた。 「襲撃、ねぇ」 面倒臭そうに祟り鬼は呟く。 略奪と暴虐は鬼の華である。禍鬼とて人々の絶望と怨嗟を喰らう時を楽しみにしているのは変わらない。 だが、彼は確信をしていた。今までも何らかの行動を行った場合、あの人間達は妨害に現れた。ほぼ確実に何らかの手段でこちらの行動を察知しているのは間違いないだろう。 そしてそれは概ね間違いがなかった。人間達の反撃への備えとして、城内は慌しくなっている。 「面倒だねえ、本当」 正直禍鬼にとって、反撃に来られるのは在り難くはない。反撃に転じる人間というものは、得てして希望に満ちているものだ。そういった人間が見たいわけではないのだ。 「禍鬼殿、準備は出来ているのか?」 側近である右獄が禍鬼へと問いかける。 右獄に左獄。二体の大鬼は禍鬼に対しての不信感を持っていないわけではない。だが、同様に二人は禍鬼の実力を認めている貴重な存在ではあるのだ。それ故に禍鬼は二人を側に置いている。 力こそが至上である鬼において、禍鬼の能力は異質である。それ故に低く見られている為に、実力を理解した上で配下にいる存在は重要なのだ。 「心配すんなって、俺を誰だと思ってやがる? キシシ」 禍鬼は癇に障る哂いを上げる。実際、禍鬼にとって下準備はすでに整っている。他のどの鬼が人間を見下そうとも、禍鬼は決して油断はしない。 すでに三度襲撃者たる人間達と相対し、その全てにおいて圧勝には至っていない。吉備津彦のような強さはないが、粘りと人数で攻めてくる人間達への油断などありはしない。それ故にこの広間において、禍鬼は自らの持つ技術の全てを投じたのだ。 瘴気を集め、怨念を操り鬼達へ力を与える結界。これにより、この広間においての鬼達は普段の実力を超える。それを右獄左獄達が指揮することで防衛は万全となるだろう。 「ならばいいが。さすがにここまで攻め入っては来れないだろうがな」 そういい残すと右獄は離れていった。それを見送り……ニイ、と禍鬼は邪悪な笑みを浮かべた。 (まあ、それだけじゃないんだけどな) 禍鬼が仕掛けた結界は、実は一つではない。一つは鬼達の力を増幅する結界である。だが、もう一つの結界は他の誰にも禍鬼は告げていなかった。 それは、死者の魂と力を奪う外法。範囲内の死者の命を禍鬼一人に結集する技であった。 その事実を他者に告げてはいない。何故ならばこれは虎の子であり、禍鬼が自らの為だけに作り上げた術式である。 ゆくゆくはこの技を使うことで得るつもりだったのだ。王の力を。 その為の手段は手に入っていた。鬼に仇なす逆棘の矢。今は封印を施し懐に潜ませているソレを、隙を突いて温羅に突き立て、命をも奪う。全盛の王ならまだしも、今の胡乱なる王ならばさほど難しくはあるまい。 「――まあ、まずは人間をなんとかしてから、だな。キシシ」 どこまでも下劣。どこまでも卑劣。されども全ては人に害成し怨嗟を喰らう為に。 場内には不快な哂いが響く。自らの未来と、攻め入る人間達にいかにして絶望を味あわせるか。その二つへの期待に満ちた哂いが。 ●ブリーフィングルーム 「状況は良くない」 アークのブリーフィングルームにおいて『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、リベリスタ達に告げた。 彼女の言うとおり、状況はかなり切迫していた。 温羅への切り札となる『逆棘の矢』。先んじて争奪戦が行われたが、それはアークにとって完全な勝利ではなかった。 一定の成果――二本の矢を確保はしたが、三本の矢は奪われた。手に入ったことは確かだが、決して万全といえる対策ではないかもしれない。 さらに万華鏡が予知したもの。それは鬼達の侵攻する未来であった。 「鬼達にそんな事させるわけにはいかない。だから逆に、反撃に移る」 状況は混沌としており、万全ではない。されど、そのような状況であっても鬼達に暴虐を行わせるわけにはいかないのだ。 「鬼ノ城への攻撃、制圧、温羅の撃破。厳しい戦いになると思う」 鬼ノ城自然公園に出現した、鬼達の本拠地。それは堅牢であり、並大抵の手段では攻略は危うい。だが、危ういからといって引ける状況でもない。 死中に活を見出す、といえば聞こえはいいが実際は反撃に転ざるを得ない状況。それ故にこの作戦はやり切るしか道がないのだ。 「この作戦は鬼ノ城の下層の攻略になる。守将は禍鬼」 人を呪い、仇なす祟り鬼。三度アークと交戦し、四度目となる敵である。 他の鬼とは大きくことなる思考をし、得体の知れない相手ではある。だが、攻略しないことには温羅に対する接近は阻まれ、戦力は大きく削がれることになるだろう。 「禍鬼は城の内部に結界を展開しているみたい。それは鬼の力を強くする。 ――それだけではないみたいだけれど」 多数の敵が存在し、禍鬼自身も良からぬ仕掛けを施してある城の攻略。考えるだけで気が遠くなる状況である。 「この戦いは失敗が許されない。だから、クェーサーが協力してくれる」 先んじてアークに合流する決断をした、最後のクェーサー。深春・クェーサーは下層の攻略に合流するという。 味方の力を最大限に引き出すための技術を習熟した彼女と、その残された部下達。それらはこの戦いにおいて大きな力となってくれるだろう。 「鬼退治、がんばって。あと、無事に帰ってきて」 言葉少ない少女の願い。リベリスタ達は背負い、戦場へ行く。岡山の地――しいては日本の命運を賭けた決戦へと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月14日(土)22:32 |
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●鬼ノ牙城ニテ 鬼ノ城決戦。 封印から逃れ、岡山一帯への襲撃を始めようとする鬼と相対する決戦の舞台である。 鬼の王たる温羅は復活し、着々と戦力を整えている。そして太古の時代の如く、近隣を蹂躙し略奪し殺戮の限りをつくそうと。 かつての暴虐において、その暴威を止めたのは吉備津彦命である。 今世において桃太郎の原型とも言われる、その人物。太古において神秘が今より遥かに身近であった時代、神の血族と言われる者も存在した。その一人が、彼であった。 現代においてそれほど強大な力を持つものは少ない。ましてや都合よく助けに現れる救世主等も。 ――しかし、結束することでそれを逃れる知恵を人類は持っている。 今は薄まった神秘であろうとも、結集することで押し返すことは出来る。 それを証明し、実行する為の組織。それがアークなのだから。 城内における激戦は多数。ある者は渾身の力でそれを乗り越え、ある者は一度倒れつつも仲間の助けを借りて再び立ち上がる。そうして鬼の城を攻めあがってきたのだ。 誰一人として無傷な者、平穏な者はいない。だが、それでも皆の力を結集し鬼の王を倒すべく攻め上がってきたのだ。 そしてここに、最後の関門とも言える場所がある。 上層に存在する鬼の王。その前に立ち塞がるのは、どの鬼よりも人を呪い、怨み、好む。人類の怨嗟を糧とし、人々に再分配する悪意の鬼。 ――禍鬼。リベリスタ達の前に三度立ちはだかり、そして今また立ち塞がる。 その下層の広間、温羅へと辿り着く最後の場所。そこはすでに禍鬼のテリトリーである。 数多の戦場を潜り抜け、辿り着いたリベリスタが感じたのはその広間に満ちる圧倒的な瘴気であった。 「良くぞここまで群れたものだ」 優希が眼前の光景を前に、吐き捨てるように言った。 その発言は数を集めて攻め入っているリベリスタ達にとっても見事なブーメランではあるが、そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。 瘴気に満ちたその広間にいる鬼の数は多数。リベリスタ達の数にも決して劣らないそのエネミーは、全身から殺意と暴力の気配を撒き散らし、迫るリベリスタ達を言葉なく威圧する。 「この規模になると戦争だねー」 愛用のハルバードを担いだ岬はどこか気楽な、だが目の前の戦場に期待するかのように呟く。 そう、これは戦争である。鬼と人、二つの種族の生存を賭けた戦争なのだ。 「本当に凄い数……そしてとても強そう」 人によって感想は違う。ジズは僅かな恐れと共にここに立つ。戦う者と支える者、そして恐れつつも立ち向かう者。皆それぞれの覚悟と共に、この場まで駆け抜けてきたのだ。 「――それ故にここで打ち倒し、滅ぼさなくてはならない。その為に私はここにいるのだから」 眼前の布陣に対し警戒態勢を取るリベリスタの後ろから声が響く。 それは鬼に勝利する為にアークへ迎合することを選んだ少女。世界で最も小さいリベリスタ集団であったクェーサーの最後の一人。 深春・クェーサー。温羅への道を切り開き、真なる決戦への活路を繋ぐ。味方へと指示を放ち、自在に戦場を操る技術を持つ彼女、そしてその同行者。彼女達はリベリスタ達の切り開いた戦場を潜り、今この場に立つ。何故ならば。 「クェーサーに敗北はない。例え何度押されようとも、最後には勝利する」 ただ一つの望み、勝利を導く為に。 「言うねえお嬢さん。こりゃ俺達も少々気張らないとまずいかね?」 その隣で皮肉げに茶化す、白いパナマ帽の男。かつてアークと相対し、今は肩を並べるやくざ者。フォックストロットは一見不真面目な態度を示しながらもその眼光に油断はない。 彼だけではない。共にいる長身の僑客、青大将も。司祭服に身を包むクローセルも。アークと同様、鬼には苦渋を飲まされつつもここに立っている。戦う為の決意は決してアークに劣らない。 「いよっす、旦那方。御無沙汰で」 「よ、あの時の。まさかこうして肩を並べる時があるとは思ってもみなかったけどな」 ツァインがそのような二人に声をかける。 「こういう日が来る予感はしてたんだよねぇ。あの時一緒に戦った女の子、覚えてるかい?」 その言葉にびくり、と一人の少女が肩を震わせる。何故ならそれは、少女――京子の姉だったのだから。 「あの子、ジャックに殺されちまってさ……。でも――」 その言葉を途中でフォックストロット制止する。 「ああ、良く知ってるぜ。大した奴だったさ。――だが、今相手にするべき敵が前にいるだろ?」 その少女の面影を残す、黒髪の妹のほうへ目配せを送りつつ、男は集中すべき戦いへと意識を向ける。昔話は悪くない。だが、今から行われる戦いは過去の物ではなく、未来の為の物故に。 同様に戦線へ目を向ける、青大将。全ては終わった後にすべき事。鬼を撃破すれば未来はいくらでも繋がるのだから。 「ああ、そうだな。さっさと鬼共片付けて久々にバトるぞ、青大将!」 ……さらに先の喧嘩まで要求してくる影継に対し、軽く頷きつつ。 「来たなぁ、人間!」 戦いの機を測り、遠巻きに相対する広間に耳障りな声が響く。この広間の主たる禍鬼の声。人の神経を逆撫でし、陰鬱たる気分を与えるその声が。 「この戦いは最高だ! お前達人間が一抹の希望に縋り攻め入ってきた! その最中において多数の絶望、恐れ、苦痛が生まれやがる、最高の気分だ! キシシシシ!」 下劣にして外道。人を煽るも全ては感情を操り、糧とする為に。禍鬼という鬼はどこまでも人を呪う。それこそが彼のアイデンティティなのだから。 「黙れよ。今までさんざん好き勝手してくれたな、キメェ鬼さんよ?」 禍鬼の言葉に対し、瀬恋は怒り心頭とばかりに声を張り上げる。それを源一郎が制した。何故ならば、彼はよく知っている。禍鬼という相手を、何度か相対したのだから。 「まともに相手をしないほうがいい。向こうの掌上に乗る必要はない」 深春が言葉を以って、同様に制する。禍鬼は悪態をつくことでリベリスタ達を怒らせ、憎しみを引き出そうとしているのだ。それこそが彼の望みなのだから。下手をすれば勝利以上に。 「知恵は回る様だが其の頭、今宵限りで見納めと参ろう」 源一郎の静かな声が響いた。彼だけではなく、多数の人間がその覚悟を以ってここに立っている。禍鬼を、そして鬼という種を。ここで殲滅し、見納めとする覚悟をもって立っているのだ。 「長話は趣味ではない。鬼の血を以って語るとしよう!」 深春が一歩前へと進み、声を張り上げた。その言葉に対し、禍鬼はニイと邪悪な笑みを浮かべ哄笑を上げた。 「キシシシシ! こちらの血だけ、ってかよ、言ってくれるぜ! ならばこっちも宣言してやるよ、人間の血を以っ……て……?」 売り言葉に買い言葉。禍鬼が同様の悪態を返している最中に、それは行われた。 前進した深春の行動。どこかオーバースロー気味のフォームから放たれたのは、一つの光球。生み出したそれは、放物線を描き、迎え撃とうと布陣する鬼達の最中へと飛んでいく。 「――対騒音及び閃光防御」 ヘッドフォンを装着しなおし、ポケットの中にある音楽プレーヤーのボリュームを一気に上げる深春。 ヘッドフォンからアップテンポで重厚ながら、メロディアスなサウンドが音漏れし。深春の言葉を聞き取ったリベリスタが咄嗟に耳を塞ぎ、目を覆った瞬間。 ――唖然とそれを見ていた鬼の只中で、閃光と轟音が炸裂した。 ●血戦 閃光と轟音、それに伴う衝撃を開戦の狼煙として戦端は開かれた。 深春が挨拶がわりとばかりに投げた閃光は、鬼達の視界を聴覚を奪い、動きを抑える。その隙を逃さぬまいとばかりにリベリスタ達は鬼達へと駆け出した。 普段は少数で活動する事の多いリベリスタであるが、今は決戦の時。多数のリベリスタが敵へと突撃する足音が地響きとなり、広間に響き渡る。 「貴様ら、子供騙しに惑うな! 陣形を乱さず応戦せよ!」 浮き足立つ兵達に、鬼の指揮官の一人である左獄が怒声を飛ばす。不完全ながらも鬼達はリベリスタを迎撃しようと布陣し、応戦を開始する。 風切り音が響き、リベリスタ達へと矢が飛来する。散発的ながらも、鬼の兵は数が多い。それだけでも雨のように大量の矢が解き放たれ、降り注いだ。 迫る矢を前に、紫月が印を結び結界を展開する。守りの力がリベリスタ達を包み、傷を防がんと張り巡らされた。 「させません……皆さん存分に戦ってください!」 激励を飛ばし、自らも共に立ち向かう。前哨、だがそれ故に重要な一手目。 「まずは私が守るのデス!」 「おっと、怖い怖い。まさに決戦って感じだね」 それらの大量に降り注ぐ矢を、仲間の前に先行した心が自分の重装甲を生かして受け止め、与作はフットワークを用いてかわし、弾き、凌いでいく。それぞれの得意な分野、スタイルにおいて戦線を固め、安定させようとする立ち回り。 他の仲間の盾となり、少しでも相手の攻撃を受け止め、逸らすことで仲間がより自由に戦えるように。一人でも多くの仲間を無事に前線へ押し上げようと支える者達。 されど凄まじい量の矢の雨がリベリスタ達を貫き、穿ち、刻む。纏った結界が切り裂かれ、霧散する。 だがその量に対してリベリスタ達の被害は多くはない。敵の連携が未だ万全ではない事と、守りに徹した者がいることで、被害は抑えられている。 その最中、突き立った矢の林を蹴散らし二つの影が躍り出る。それはその場にいる誰よりも確実な機動力を持った存在。騎馬に搭乗した者達である。 「その程度か! ならば貴様等の腕で我を撃ち抜くは叶わんぞ!」 「いくですよ、ハイパー馬です号!」 刃紅郎とイーリス、二人の騎兵はお互いの得物を携え、敵の布陣へと突撃していく。そしてその二つの影を追い抜く青い閃光。 「お前達の――その眼で追えるかッ!」 司馬鷲祐は疾風をさらに上回る速度で敵陣へと切り込んでいく。血路を開き、味方をさらに前進させる為に。その速さは鬼をも切り裂く。 鷲祐の握るナイフが陽炎の如く揺らめいた。瞬間壁を構築する歩兵が鮮血を噴出し、地に伏す。研ぎ澄まされた速度は殺傷力へと変わり、その一撃は鬼といえども無事では済まない。 「蹴散らせ!イーリスクラーッシュ!」 人馬一体、馬上で扱うに相応しい騎兵槍を構えたイーリスは一塊の砲弾のような勢いで鬼の群れへと突入する。古来より運用され続ける必殺の騎馬戦闘術、チャージ。それは伝統的なる必殺の戦法。 「雑兵が、立ちはだかるか!」 刃紅郎も馬上より獅子王の刃を振り回す。豪腕から放たれるその一撃は鬼を蹴散らし、陣をさらに崩壊へと導いていく。 開幕は大きくリソースを奪ったリベリスタ。だが鬼達も歴戦。いつまでもリベリスタ達に自由にさせることはない。 「布陣を立て直せ! 包囲せよ!」 もう一人の指揮鬼である右獄が号令を放つ。体制を立て直した鬼達が再び布陣を組みなおし、先行し切り崩しにきたリベリスタを包囲し、叩き潰そうとした。 そこに突入するはリベリスタの後続部隊。相手が布陣を整えたいのと同じく、リベリスタは相手の布陣を切り崩したいのだ。総大将を討ち果たす為に。 「いくぞ、翔太! 完膚なきまでに叩きのめしてくれる!」 「ああ、やってやろうぜ優希!」 黒と赤、二人の男が連れ立って敵の組みなおそうとされている布陣へと切り込み、刃を、武器を振るった。 優希のトンファーが帯電し、電光を撒き散らしつつ鬼達へと打ち付けられる。動きの鈍った歩兵に対し、追撃するように翔太が飛び掛り、切り捨てる。お互いの動きを補うように立ち回り、切り崩す。 「相手は魂を吸収する、可能な限りは殺さずに攻めろよ!」 影継が多数の鬼達に逆手に握ったリボルバーを乱射してはリロードする。同時に仲間達に警告を飛ばしていく。 アークにとって禍鬼が命を奪い力を増す結界を展開しているのはわかっている。万華鏡の予知の力によって手の内が判明しているのだ。 だが、だからこそ油断ならない。リベリスタは結果的に、禍鬼に対して配慮しながらの戦いを強いられることとなっている。 「面倒なことだわ。悪鬼には地獄は楽園でしょうに!」 エナーシアが手にしたショットガンを乱射し、鬼達へ大量の散弾をばら撒いて行く。数を鎮圧するのに最適なその銃は的確に、時に幸運にも鬼達の急所を捉え、怯ませていく。 彼女の立ち回りは常に多数を討ち果たす為に行われる。個別を討つのは誰でも出来る。だが、多数を討てるものはそう多くは無い。そしてエナーシアはそれを得手とするのだから。適材適所。冷静に彼女はそれを判断し、立ち回る。 後に続くように様々な者が追撃を仕掛ける。交戦の序盤こそ、多数の相手を討ち果たすチャンス。出鼻を挫くことでその後の戦いも有利になるのだから。 同様に敵を打ち払う、もう一人の獅子がいる。 「こりゃあ圧倒的な数だ。倒し甲斐があるってね?」 若き獅子、ジェラルドは手にした短槍を肩に担ぎ、不敵に笑う。 「酷い戦場に狩り出された物だな。だがまぁ……悪くは無い。悪くは――な」 共に歩むトリストラムは強弓を手にし、立つ。二人は共立って戦場へと向かい、今こうして眼前の敵へと立ち向かおうとしている。 「後に続け、トリストラム。任せたぜ?」 言葉を紡ぎ終わらぬうちにジェラルドは駆け出し、そのまま勢いを乗せて手にした槍を投擲した。短めの槍は投げるという行為に適しており、真っ直ぐに鬼へと飛び、貫く。投擲後、新たなる槍を虚空よりダウンロードし、さらに投げる。先ほどの矢の意趣返しとばかりに、只管に。 「任せておけ。しかしなんとも、撃てば当たってしまうかのような密集具合だな!」 ジェラルドが撃ち漏らした相手を補うかのように、トリストラムの番えた矢が放たれ、鬼を穿つ。二人揃って鬼達を蹴散らし、進軍していく。 「ふむ、中々に頼もしい。ではサポートと参りましょうか」 全力で突き進む二人を補うように、正道が追従し活力を供給していく。注がれた活力を使い、さらに二人は進軍していく。 リベリスタ達はじわりじわりと突き進む。少しでも前へ。禍鬼の元へ届くよう。 鬼達もまた応戦する。刃を振るい弓を放つ。咆哮がリベリスタ達を打ち据え、巨大な武器が薙ぎ払う。リベリスタ達もそれを凌ぎ、受け止め、押し返す。結果として両者の進軍は膠着状態となっていた。 「戦況は今一歩、動けないようですわね」 布陣の後方、深春の所在する地点。彼女を守るように立つ、アリスは俯瞰的な視野から戦場を観察し、呟いた。 前哨、それ故に一進一退。お互いに状況は万全であり、布陣も十分。それ故に決定打に欠ける状況である。 「面倒だよ~! なんとかならないの?」 陽菜が前線へと砲撃を行いながら問う。手にした高射砲が火を吹くたびに前線へと弾丸が降り注ぎ、衝撃が広間へ広がる。だが、決定的な一撃を生み出せない苛立ちが口を突いて出ていた。 「何かやれることはないの? このままじゃ一向に進めないです」 ティセが後方を狙い迫ってくる鬼を、蹴りより生み出される風の刃を用いて食い止める。ここはいわば本陣、リベリスタ達は深春へと一定の指揮を託している。そこが切り崩されることは決して良くは無い為、こうして護衛にいくばくかの人員が残っているのだ。 「敵陣への突破口が欲しい。何か手はないのか?」 後方へ流れてくる攻撃を受け流しつつ、アルトリアが深春へと尋ねる。この状況をひっくり返す決定打が欲しい。それ故の問い。 「俺が貴女の盾になる。あの人達の分まで――だから、頼む」 そう言った快の脳裏に浮かぶのは、かつての戦いで倒れたクェーサー陣営の仲間達。志し半ばで倒れた彼ら、その分の穴は自分が埋める。そのような覚悟であった。 「――本当にそれが可能ならば、なんとかしよう」 深春が一歩前へと踏み出す。外部より来た自分にアークのリベリスタは信頼を置いてくれた。ならば、それに最低限は応えねばならない。 何よりも、ここで動かなければ勝利はない。クェーサーの矜持は、何よりも勝たねばならないのだ。 「鬼達よ、この程度か! 我々は誰一人としてお前達に屈してはいない!」 深春は声を張りあげる。戦場全体に響くように、凛とした声を。声の届く、全ての鬼に伝わるように。 「力を誇示し、暴力を駆使しようともこの程度。まったくもって話にならない」 解りきった、見え透いた挑発。例え相手が短絡的であろうとも、知能がある以上はそんな単純な挑発に乗りはしない。指揮系統も存在するのだから。 「――それではお前達全員、禍鬼以下だ」 その一言を発するまでは。 鬼達にとっての正義は、力である。それも単純な暴力であればあるほど良い。鬼の王たる温羅の如く。 だが、禍鬼は腕力は決して優れてはいない。むしろ鬼の中では蔑まれていたと言ってもいいぐらいである。 それなのに、禍鬼以下だと言ったのだ。この小さな人間は。 戦場に怒気が張り詰め、その多くが深春へと向けられた。等しく向けられるのは、多数の弓。 「!? 危ない!」 空を切り裂く音が響き、大量の矢が深春の場所へと降り注いだ。アルトリアが即座に間に立ち塞がり、剣を振るい盾を構え、切り払い受け止め、打ち落とす。快もまた、同様に深春の盾となり相手の攻撃を防いでいた。 「大丈夫ですか? 今傷を塞ぎます」 「じっとしててね、すぐ治すから」 さながら針鼠の如く矢をその身に受けつつ、深春を守りきった二人へクローセルとニニギアの両名が即座に近づき、癒しを施す。傷は見る間に塞がり、二人に生命力を取り戻していった。 「無茶なことをするな!?」 「打開しろと言ったのはそちら。要求どおり、敵の布陣に隙が出来た」 思わず怒声を上げる快に対し、深春が答えた。彼女の言うとおり、敵の布陣には決定的な隙が生まれていた。深春に対して怒気を発し、余計な攻撃を加えた鬼。その為に敵の動きには付け込むに値するだけの隙が発生したのだ。 「おやおや、相手の動きが手薄になったみたいですね?」 戦場より遥かな高みに舞う茅根が楽しげに笑う。直接戦線に立たず、俯瞰より戦場全体を見届けているのが彼であった。即座にその情報を前線へと送り、ほくそ笑んだ。 「皆さん頑張ってくださいね? 死んじゃったら大変ですし。――いや、冗談ですけどね?」 誰に聞かせるわけでもなく、独り言のように呟いた彼はそのまま戦場へと向かう。激化する戦いを高みより援護する為に。 ●命喰ライテ 「今が好機、全力で切り抜けよ!」 源一郎の叫びがリベリスタ達を鼓舞する。後方より届いた連絡に従い、出来た隙を突き一気に切り込んでいく。 弾丸をばら撒き、眼前の鬼を打ち倒し、進む。さらに次の鬼に立ち向かい、打ちのめし、進む。 一歩一歩の積み重ねが相手の陣形を深く切り刻み、穿つ。確実に、迅速に。的の喉笛に牙が届く時まで。 「邪魔だっての! どいて!」 瞑のナイフが振るわれ、針が鬼を穿つ。一人でも多くの刃が道を切り開くと信じ、進む。 「お前達に構っている暇はない! ――切り拓く、止めてみろ!」 手にした奇妙な曲刀を振りかぶり、拓真は勢い良くそれを投擲した。肉厚の刃は奇怪な軌道を描き、鬼達を切り刻み、曲がり、飛び回った後に再び拓真の手へと戻る。 一つの刃を積み重ね、剣林弾雨を作り上げる。敵を打ち倒し、進む。さらに一歩。討つべき敵の所まで。 屋根に覆われた場内に、赤い月が昇る。レンが生み出したその月は、鬼達へと不吉を運び災厄を与える。赤い光に打たれた鬼が悶え、のたうち回る。 「俺は俺に出来ることをするまでだ。皆で帰るんだ、必ず」 レンの決意は未来の為に。今この場を切り抜けた先の為に。その為に、血路を開く。全力で、自分の力を出し尽くすまで。 「今だ、頼む!」 「はいはい、お任せ!」 影継の号令に合わせ、祥子が閃光を放つ。清浄なる光に打たれた鬼のうち、弱った鬼が崩れ落ちて動かなくなる。死にはしていない。殺すということは禍鬼へ力を与えるということだ。 「一筋縄ではいかないか……だが、戦わなくては。護らなきゃいけないんだ、誰かの日常って奴を」 義弘が鈍器を振りぬくと閃光が鬼を打つ。殺さぬ為の光、相手の戦闘力を奪い、殺さぬ為の一撃。自分が辿り着いた結論、平穏を護るという理想。その為に振るわれる、その一撃。 だが、殺さぬにも限度がある。 「こ、怖くない怖くない……今治すから」 「争い事はやはり苦手です……されどこれも縁、覚悟は決めました。皆様のお怪我、何度でも癒します」 鬼達は決して弱くはなく、今もリベリスタ達を傷つけていく。戦場の只中、倒れそうになる度に美月やシエルのような癒し手が治療を施していく。 恐怖を堪え、戦いへの嫌悪を抑え。ただ、一人でも多く無事で居て欲しいと。その先に沢山の人々の無事があるようにと願って、踏みとどまる。悲鳴を上げ、眉を顰めつつも、癒す。 だが、耐えることと倒すこと、そして殺さぬこと。その全てが叶えられるほど甘くは無い。ましてや殺さぬ力を持つ者の絶対数が足りない場合。 多数の鬼が地に伏し、命を失っていく。そしてそれを楽しげに見る、禍鬼。鬼が死ぬことではない。彼が悦しんでいるのは、その先にあるもの。人間達の苦悶、苦痛、絶望。満ちに満ちた、負の感情。 鬼の同胞が死ぬ事も、全てはそこに繋がっている。今、禍鬼はあらゆる物を利用して人間の負の感情を引き出し、味わおうとしているのだ。 「そろそろ十分かね? さて、頑張ってくれよ俺の仕込んだ結界チャンよ!」 禍鬼が声を張り上げると同時に、部屋の気温が急激に下がったように感じた。それは気温の低下ではなく、瘴気の濃度が増した故に。体感される空気が底冷えするように変質し……それは起きる。 ごぼり、と奇妙な音を立てて死した鬼の肉体より何かが抜け出す。それは実体のない、何か。怨念と苦痛、そして失われた命。そういったものが一体となり、抽出された瘴気の塊。 それらのモノは一纏まりとなり、広間を飛び交い、禍鬼へと吸収されていく。取り込まれるほどに、禍鬼の放つ瘴気が増幅されていく。以前よりさらに強大に、力強く。怨念は濃く練り上げられ、部屋そのものが禍鬼をさらに高みへ押し上げんとせんばかりに。 「見ろ、自ら戦いもせずお前らの死を弄る男がいる!」 その様を見た時、風斗が大きく声を張り上げた。同胞の命すらも喰らい、力を増す禍鬼。その様には鬼は黙っていられないだろう、そう目測を立てた上で。 「禍鬼は貴様等が死した後にはその魂を喰らう心算よ。そんな外道をお前達は護るのか!」 優希もまた、言葉を続けるように声を張り上げる。少しでも勝機を。鬼の不和を引き出しつけいる隙とせんとして。 ざわつく鬼。外法の技を行使し、腕力に優れぬ禍鬼。その性質も合わせ、決して鬼達にとっても好意的な相手ではない。だが、その罪を告発するは人間。その言葉を鵜呑みにしてもいいものか。 されど、眼前にある光景はまごうことなき現実。確かにあの祟り鬼は同胞の命を喰らい、力と変えている。戸惑う視線がリベリスタ達と禍鬼の姿を往復し―― 「キシ、キシシ! キシシシシ!」 広間に禍鬼の哄笑が響き渡った。それは自らの不利を悟るといった風ではない。明らかに馬鹿にした笑い。 戸惑う同胞の鬼を。不和を撒かんとする人間を。全てのものを小馬鹿にし、禍鬼は哂う。 「お前ら馬鹿じゃねえの? 俺が魂を喰らう? それがどうしたよ。お前らは人間に簡単にブッ殺されるような鬼なのかよ?」 語る、語る。不愉快な響きのその声で、禍鬼は囀る。鬼達へ、自らへ疑念を向ける鬼へと。お前達はその程度なのかと。 「自分が人間様に殺される、死んだ上に死にたくない、助けてーってか? それが天下の剛力無双、鬼の言うことかよ? ああ、馬鹿じゃねえの? キシシシシ!」 禍鬼は擽る、鬼の矜持を。力が全ての鬼にとって、死後の疑念はただの臆病風である。その程度の鬼は鬼に相応しくないのだ。それは、周りの鬼が禍鬼のような異端に投げつけ続けた言葉なのだから。 「それにお前らが護らなきゃいけないのは俺じゃないだろ? 王を護ってるんだろ? だったら――グダグダ言ってねえでさっさと戦えよ? キシシシシ!」 禍鬼は自覚している。自らが鬼達に信頼されていない事など。さらに言えば、見下されている事など。だがそのようなことは関係がないのだ。そもそもの目的が違うのだから。 禍鬼など関係がないのだ。温羅を護る戦いなのだから、その為に戦うだけなのだ、鬼達は。 鬼の瞳が再びリベリスタ達へ向けられ、咆哮が上がる。わずかな時間は稼げたかもしれない。だが、自体を好転するには至らぬこの状況。 「この結界……なんとか破壊できればいいのに」 嵐子は禍鬼が口上を上げている最中も間断なく周囲を確認していた。 厄介なのは禍鬼を鍛え上げるこの結界。その根本を破壊してしまえば全ては解決するはずなのだが……。 「うひー、面倒臭い呪印っすよ、これ」 同じく結界の根本を探る計都が、嵐子の言葉に答えた。 部屋全体を使い施された結界。それだけでも対処するのは厄介なものである。さらにこの結界は禍鬼を儀式の一部として取り込んでいる。すなわち―― 「あいつを倒さない限り、結界は破壊出来ないってか」 悔しげに舌打ちする嵐子。深淵を見通す計都の導き出した結論は、結局のところの最終目標。禍鬼の撃破であった。 「さあ思う存分殺しあえよ! 相手を憎み、仲間の苦痛を悲しみ、俺へと怨嗟を叩きつけろ! 最高の状況ってやつだ、今この状況はな! キシシシシ!」 哂う、哂う。広間全てに響き渡れといわんばかりに哂う。人も鬼も等しく、自らの糧とする。殺し合い、憎みあい。禍鬼はより強くなっていく。 「――人間の強さってのは、意志の強さや団結力にあるんだ」 迫る鬼に対し、手にした鉄槌を叩きつける静。自らの限界を超えた一撃を、我が身が壊れることもいとわずに叩きつけつつ、呟く。 「仲間の魂を喰らって強くなろうとするお前なんかには、絶対負けねえ!」 禍鬼に対し、静は吠える。自分の見た人間の生き様、矜持。その全てを嘲笑う祟り鬼へと、怒りを剥き出しに吠える。 「いい怒りじゃねえの! ほら、もっと怒れよ! そして絶望しやがれ!」 それすらも愉しげに禍鬼は哂う。どこまでも下劣で、外道。祟り鬼へ心のままに、静は叫んだ。 「お前は絶対、許さない!」 言葉をぶつけ、刃をぶつけ。お互いの命を削りあい、憎しみあい。禍鬼の思惑のまま、広間には怨嗟と苦痛満ちて…… やがてリベリスタは喰らいつく。鬼の布陣の、より中枢へと。 それは、そこに至るまでの蓄積の結果であった。 押し込むリベリスタと迎え撃つ鬼。剣戟が響き、矢弾が降り注ぐ。お互いに傷が穿たれ、血と命が流れる。五体満足な者は誰一人として存在しない状況。 後衛が支援を行い、前衛が突破する。そのサイクルを構築することでじりじりと押し進む戦線。終わりの見えぬ攻防の最中、その光明は突如現れたのだった。 「興味深くはあるが厄介な儀式。さてどう突破したものかの」 敵味方がぶつかり合う最前線にて、ゼルマは思案する。どの支援役よりも最前線に入り込み、最も傷つく領域で傷を塞ぎ続ける。その最中にも神秘に対する探求は止まらず、状況の打開を模索する。 「厄介な相手だ。だがここで負けるわけにはいかんだろう?」 ゼルマが最前線にて支援を続けられるのも、共に立つゲルトの護りがあるが故。強き盾ありて優れた癒し手あり。二人は共に支え続けていた。血風舞う最前線を。 「手段など問わない、前に進むのみだ!」 広場を支配するものとはまた違う、異質の瘴気を纏った剣をバゼットが振るい、鬼を打ち倒す。愚直な進軍を繰り返す。それが現在のリベリスタに許された行動。 だが、その一撃で光明が差したのだ。打ち倒された鬼の向こうに見える、その存在が。 それは弓を携えた鬼の群れ。現在に至るまでリベリスタの進軍を制限してきた、厄介なる相手。その集団が今見えた。そこに至る道は確かに作り上げられていたのだ。 「全軍、突破口は見えた! 体制を建て直し突貫せよ!」 その活路を深春は見逃さず、リベリスタ達に号令をかける。同時に檄を飛ばされた彼らに満ちるのは、不思議な活力。さらに眼前の障害を粉砕するための、力。 「承知しました。皆様、もう一押しです!」 「主役の方々の出番でございやすね。皆様、後顧の憂いは脇役にお任せくだせえ」 ルカが皆の傷を見る間に塞ぐ息吹を放ち、偽一は活力を補充していく。切り込む者が主役ならば、支える者もまた主役。例え自らを脇役と論じようとも、この戦場は多数の主役によって廻っている。 「突破口を開く! いくぞ!」 「ちょっと、貴方一番脆いんですから無理しないでくださいよ?」 「うるさい!」 風斗気焔を吐けばうさぎが茶化す。お互いに煽り、怒鳴りあいながらも二人は互いの死角を封じるように連携し、敵陣を切り開いていく。 風斗が手にした大剣を振り回し、眼前の鬼を切り捨てる。その時生まれた隙を狙う鬼を、うさぎが握り込んだ奇怪な刃が抉り、血の花を咲かす。強引に敵陣を抉りとっていく二人。それを支える者もまたあり。 「そうね、そこの白黒よりは私のほうが頑丈だわ。バックアップはしてあげる」 二人の後ろを追従するようにアンナが動き、傷つく先からそれを塞ぐ。無理無茶無謀とも言える猛進も、支える者がいるならば可能なものとなる。 「にひひひ、上手くやれりゃ御褒美もたっぷり。期待してやすぜ、にひひ」 そんな彼らの後ろをさらに追従し、漁夫の利とばかりに立ち回るタヱのような者もいるが。尤も、彼女もまた前線の突破に貢献しているのもまた事実である。内心冷や汗をかこうとも、口では軽口を叩き、自らの恐怖を押さえ込んで、彼女は進む。 「アンタレス、打ち砕けーっ!」 愛用のハルバードを叩きつけ、岬が進軍する。一心同体とも言えるその武器を巧みに操る彼女の殺傷力は決して鬼にもひけをとらない。いわば小型の戦車の如き突破力である。 「わたしも負けてられないもんね! 何度だって叩き込んでやる!」 岬と併走するように壱也もまた、刃を振るう。自ら小さな力と揶揄する身でも、他者と束ねることが出来るなら。必ず届く、その為の仲間なのだから。 「そこを……どいてください!」 二人が切り開いた場所へとシャルロッテが番えた矢に漆黒の波動が纏い、放たれた。暗黒の矢は眼前の鬼を打ち払い、再度弓兵の姿を露にした。 「今ですわ! 人間の意志の強さ、誇り……見せて差し上げましょう!」 僅かな突破口。その好機を逃さぬように、ミルフィがその身を強引に捻じ込んでいき、刃を振るう。エリューションを切り裂く為に作り出されたその刃が、敵の布陣をさらに切り開き押し広げていく。 同様に次々と捻じ込み、各方面で突破口が切り開かれていく。右へ、左へ、禍々しき中央へ。執念が実ったかのように、リベリスタの刃は敵陣を侵食していく。 「少しでも役に……!」 ジズが印を結び、魔力を解き放つ。放たれた力は炎へと変じ、弓兵達を包み込んだ。遠距離においてはリベリスタを翻弄し続けた弓隊ではあるが、接近されてはその本領を発揮することは出来ない。こうなればリベリスタの思いの展開へと、状況は流れていく。 「ほら鬼さんこちら、手の鳴る方へ、だ」 天斗が切り込み、手にした木刀で鬼達を打ち払う。残像が実体を持つかのように、鬼達が次々と打ち据えられ、崩れ落ちる。立ち回り、走り回り。浮き足立つ弓兵を攪拌するかのように暴れ、挑発する。 「より強くなる為に――」 「邪魔な相手は排除させて貰うわよ」 華丸が鬼を正面から受け止め、その背後より美華の放つ真空の刃が鬼を襲う。 「露払いぐらいはしてやるさ!」 「我が半身、ペルセフォネよ。正念場だ!」 禅次郎がさらに一歩踏み込み、闇を撒き散らし鬼を飲み込む。それに重ねるように惟が愛剣を振るい、闇はさらに加速する。暗黒は悪鬼を蝕み、朽ちさせていく。 堅牢さを誇る布陣は食い千切られ、弓の領域は切り崩されていく。好機を最大限に生かさんとリベリスタ達は渾身の力を持って攻め入っていく。 「陣形を立て直せ! 弓隊は再度後方へ下がり、精鋭は奴らを阻止するのだ!」 再び鬼の号令が轟き、鬼達が動きはじめる。深く切り込まれた人間達を排除するように陣を最適化し、迎え撃とうと組み直されていく。 「……させない」 その時であった。立て直そうと下がろうとする弓隊の退路に一人の影が天井より舞い降りた。 その影は飛び降りると同時に両腕に供えられた鉤爪を振り回し、下がろうとした鬼達を刻む。舞うように、なますへと。 このタイミングを待っていたのだ。鬼達が、弓兵が纏まりつつ隙の生まれる瞬間を星川天乃は。 「ここで終わりにしてやる、覚悟しろよ!」 狼頭の男、吾郎が吠える。退路を絶たれた弓兵達に獣の如く襲い掛かり、振り回す刃は爪牙の如く相手を抉る。 「死ねよ、クソがぁ!」 怯む鬼を逃がすまいと、追撃の銃弾が瀬恋より放たれる。正確に狙いを定められた弾丸が鬼を撃ち抜き、命を絶つ。絶たれた生命は瘴気と変わり、禍鬼の元へと集い、食われる。 「敵の数は十分に減らした! 狙うは大将首だ!」 誰かの叫びが戦場に響く。そう、十分に戦った。命を奪えば奪うほど、あの祟り鬼は力を増し、障害となる。ならば倒す相手は適度でいい。 「来るか、人間」 「不甲斐ない同胞よ。人間め、逆らう愚かさを教えてやろう」 左右対の異貌の鬼。右獄と左獄が動きを変えたリベリスタ達を見、獰猛な笑みを浮かべた。 力こそ矜持。二人の大鬼は攻め入ってくる人間へもその理屈を押し付けようとしている。 至極単純な、強い者が正しいと言う理屈。リベリスタもまた、その理屈にて押し通ろうと立ち向かう。 「帳尻を合わせてみせる。禍鬼の起こしたことと、出した犠牲全てに……絶対にここで禍鬼を討つよ!」 ウェスティアが真っ直ぐに禍鬼の居場所を睨みつけ、叫んだ。 リベリスタは引きはしない。この戦いを終わらせる為に。暴力による支配を拒否する為に。 ●右ヘ左ヘ地獄ヲ巡リ 拳が唸り、骨の砕ける音が響く。 リベリスタ達は戦況が有利である現在のうちに、敵の大将格を討つ行動に出た。多数の鬼の中を掻い潜り、時には誰かが鬼を阻止し、一人でも多くを大将へと通そうと動く。 青大将もまた、敵地を進む。無造作に進み、拳を振るう。口も開かず、ただ鬼を打ち倒し進むことが当然とばかりに。 多勢であろうとも、その歩みは止まらない。並の者よりは優れた技量を持つ彼ではあるが、多数を相手にすることが得手なわけではない。囲まれ、刃をその身に受けてはお礼参りとばかりに拳を叩きつける。無骨すぎるほどの進軍であった。 力尽きるまで突き進まんとする彼を救ったのは一人の男。かつて敵として相対し、それ故に良く知る相手。翔太はそれ故に極道上がりのこの男、青大将を見捨てることは出来なかった。 「あの時の借りはこれで返させてもらうぜ?」 気だるげな態度ながらも、その視線に迷いは無い。信念の元にかつての敵を庇い、共に並んで突き進む。 青大将はそのような翔太の姿に、苦笑を漏らした。律儀にもほどがある、だがそれ故に真っ直ぐ。人の心にも鬼は住むという。ならば真っ直ぐなこの男は鬼と対峙するには相応しいのだろう。 彼らしくもないそのような考えに、自嘲気味に苦笑を浮かべ。青大将は拳を振るう。 戦場が加熱するほどに、バックアップする者もまた走り回ることとなる。 「ピンチな人は一度下がるのダ。我輩達が傷を治すのダ!」 甲高い、変声機を通したような独特の声。オウムのような声を出す、その実見事にオウムの頭部を持ったカイが仲間達へと声を掛け、癒しのメロディを奏でる。 独特な響きではあるが、癒しの力に変わりはない。その旋律は戦場に響き、リベリスタ達の傷を塞いでいく。 「厳しい戦場ですね。俺に出来ることは支援といった所ですか」 「同感だ、洒落にならねえ。他の連中へ支援するのが限度だな」 似たような顔の二人組が、愚痴とも軽口とも取れない言葉を交わしながらも後退してきた仲間達へ活力を与えていく。 山田中の修一修二兄弟。戦いの場に立つ経験があまりない二人にとって、この巨大な戦場はまさに地獄であった。 迂闊に踏み込めば無事では済まない、それは明白と自覚している。だが、二人には出来ることがある。仲間達をアシストする行為は立派な戦術であり、重要な行為だ。 「美しい肌に傷が残ったら良くないからね。ほら、並びなよ。綺麗さっぱり治してあげるよ、不慣れだけどね」 露骨に男女で対処の丁寧さが違うクレイグもまた、その態度とは裏腹に見事に仕事をこなして行く。癒しも不慣れ、戦いも不得手と言わんばかりのクレイグは飄々と治していく。 他の癒し手の手の回らない場所へ、流れるように動きながら。戦いの穴を埋める重要な仕事である、とわんばかりのその態度。 彼らのようなバックアップが前線をさらに押し上げ、命を失うことなく戦線を維持する原動力となっている。 ここにも一人、支援に徹していた者がいる。本来は射手である、鳶色の翼腕。七海は戦場の只中にて守りの術を施し、活力を与えていく。 「おやおや、以前の時とは随分と様変わりした立ち回りだな。宗旨替えかい?」 そんな彼に声を掛けるのは白いパナマ帽の男。クェーサー旗下のフォックストロット。 二人は翔太やツァイン、青大将と同じく以前に別の戦場で相対し、戦ったことがある。相模の蝮の事変において、両者は命を賭けて衝突したのだ。 「どうも、トロットの旦那。今日はそういうノリってだけですよ」 どこか卑屈にも見える態度の七海は、かつての敵に対する意趣なのか。そのような様子を見て、フォックストロットはニヤリと笑い、悪戯っぽい提案を行う。 「ノリ程度なら、こっちのノリに付き合えよ。別に置いてきたわけじゃないんだろ? 弓」 「せっかくなので付き合いますよ。お互いここは死に場所じゃない」 フォックストロットが愛用の二丁の軽機関銃を構え、七海もまた愛用の弓へと矢を番える。かつてはお互いを狙っていた二つの武器。それが現在、この戦いにおいては同じ方向へと向けられている。 連発する銃声と、風を切る飛来音。二つの音が競合するように響き――戦場を切り裂いた。 「今だ、押し通れ!」 どこかから飛来する射撃が眼前の鬼を打ち倒したことを確認した孝平が、仲間達へと檄を飛ばした。同時に刃を振るい、さらに相手を打ち払う。 敵の布陣は精鋭たる鬼達、そして巨大なる鬼が主体となっていた。指揮官へと辿り着く為の、最後の障害。だが、数は決して多くは無く突破が望めない相手ではない。 風を裂く刃が兵を切り裂き、同様に兵の刃が孝平へと叩き込まれる。激しい出血が地面を濡らし、男の生命力を悪戯に浪費させていく。 だが、ここで引くわけにはいかない。この壁を貫けば、辿り着くのだから。この鬼達を壁とし、布陣させ戦場を操る指揮官達に。暴力の快楽に魅入られた化け物達へと。 (あの時、私達は敗れて。温羅の復活を許してしまった) 前線にて佇むは悠月。かつてというほど長くない過去、禍鬼を阻止出来なかったが為にこの状況が存在する。少なからず責任を感じていないわけではない。 「――これ以上はやらせません」 悠月は手を伸ばし、戦場を指差す。その指から、バチリと何かが弾けるような音が響き……戦場に紫電が吹き荒れた。 練り上げられた魔力は破壊の嵐となって、荒れ狂う。次々と壁となる鬼をその電撃の牙に捕らえ、苦痛を与え、打ち倒した。 大きく切り開かれた進路へ、リベリスタ達が駆け出す。人の波は三つに拡散し、それぞれがそれぞれ、目的の一点を目指して特攻する。 刃を携えし右の鬼。 貫く槍の左の鬼。 そして人を呪いし祟り鬼。 三つの流れが狙うは、その三つ。全てを打ち倒せば敵は指揮系統のない雑兵。そこに至ることが、今ここにいるリベリスタ達の目的なのだ。 「死は誰かに干渉されるものじゃない――」 誰よりも早くその道を駆けるは鷲祐。神速で駆け抜け、研ぎ澄まされた一撃をもって、切り付ける。 「ましてや貴様達のような下郎にはなッ!」 狙うは左獄。斬撃が先か、鷲祐が駆け抜けるのが先か。全力の速度が載せられた刃が、左獄の腕を大きく刻み、血を噴出させる。 「早い……! だが、それでは我は打ち倒せぬ!」 決して浅くは無い傷ではあるが、左獄は不敵な笑みを浮かべる。この一撃で倒れるほど、名のある鬼は脆くはない。剛の者であればあるほどだ。 「左獄様!」 陣を突破された鬼の兵達が追いすがり、不遜な人間を逃がすまいと迫る。だが、その前に立ち塞がるのはリベリスタ。 「おっと、行かせないぜ」 「攻守逆転なのデス!」 義弘が、心が、鬼達の進路を塞ぐ。なんとか繋いだこの状況、仲間の盾となり防ぐだけの覚悟も力もある。決してこの先には通しはしない。 「きっちりとカタをつけさせて貰おう。忌々しいその槍、今度こそへし折ってくれる!」 仲間によってクリアにさせた進路を駆け抜ける騎馬。刃紅郎が威風堂々駆ける、駆ける。怨敵左獄を討ち果たさんと駆け、全力の一撃を叩き込む。 加速された重量が正面から激突し、刃が軋み槍が撓む。火花が散り、金属のぶつかり削れる音が甲高く響き渡る。 次々とリベリスタ達が終結し、左の鬼を討ち果たそうと襲い掛かる。 「グルアァァァァァ!」 左獄が叫び、咆哮が衝撃波となりリベリスタ達へと叩きつけられる。圧力がリベリスタ達を怯ませ、その動きを鈍らせる。そこへさらに左獄は大槍を振るい、薙ぎ払おうとした。 「アンタの好きにはさせないぜ?」 「注意力散漫だよ!」 振り被る左獄へ、闘気を纏った投げ槍が、真空の刃が、襲い掛かる。ジェラルドと岬、二人が放った攻撃は左獄の出鼻を挫き、致命的な一撃が放たれるのを防ぐこととなった。 「邪魔をするか、小童が! ただでは済まぬぞ!」 「元より五体無事で居られるとは思ってなどいないさ!」 怒声を浴びせる左獄へとトリストラムの矢が放たれる。最初の意趣返しとばかりに降り注ぐ矢に苛立ちを隠すこともなく、左獄は激しく暴れ回る。 「大人しくして!」 攻勢を絶やさぬよう、間断なく攻撃が叩き込まれる。ジズの魔力の矢も撃ち込まれ、頭部に命中したソレは左獄を怯ませ目を眩ませる。 「はん、暴れるだけか。トロいんだよ!」 惑う相手を嘲笑い、暴れ回る巨体へと木刀を叩きつける。そのまま股下を潜り抜けて回避行動を取る天斗。相手を挑発し、冷静さを奪わんと。 「おのれ、人間風情が!」 相手が多勢であろうとも、左獄の勢いは簡単には止まらない。槍を振り回し、薙ぎ払う。足元に張り付き撹乱する者は蹴り飛ばす。腕力に任せた立ち回りは、単純故に一筋縄ではいきはしない。 だが、いかに強き鬼といえどもリベリスタ達には今の鬼にはないものがある。それは背後を任せるに足りる仲間。強力なバックアップの存在。 「なかなかにしぶといですな。ですが、無尽蔵というわけでもありますまい」 仲間達へと活力を供給しつつ、正道が冷静に戦場の状態を見切る。優れた闘士といえども、あくまで命ある生物である。それは、いくら傷を与えようとも死なぬ限りは塞ぎ、再び立ち向かってくるリベリスタ達に対しての決定的な不利要素であった。 「厳しい人は下がりなさい!」 アンナが叫び、下がるリベリスタ達の傷を癒し、再び送り出す。共に戦う二人の姿からは眼を離さず、いつでも支援出来るようにしながら。例え膝が笑っていようとも。恐怖に歯の根が合わなかろうと。 徐々に疲労と負傷で動きが鈍る左獄。波状で攻め立てるリベリスタ。誰かが下がれば誰かが攻め、繰り返される攻撃の波。 「馬鹿な……脆弱な人間に、追い詰められるだと!?」 状況が信じられないとばかりに叫び、槍を構える左獄。その構えから繰り出されるのは渾身の一撃。空を食み、穿つ風の牙。 「我は、認めぬ!」 渾身の力を込めて繰り出された、槍より生み出される竜巻。それは収束し、獲物を穿たんと襲い掛かる。 「――俺は、引かない!」 それを風斗は正面から受け止め、切り抜けにかかる。かわすのが困難な一撃ならばこそ、正面から迎え撃つ。危険、されど最もシンプルな立ち回り。 肉が抉れ、穴が穿たれる。肉体は刻まれ激しく鮮血が噴出すが、風斗の進撃は止まらない。 「やれ! ここで仕留めるんだ!」 レンが生み出し、放つ魔力のカードは左獄へと次々突き刺さり、不運を導く。迫る不運は、リベリスタの刃。 「だから……無理しないでって言ったでしょう!?」 「何――!?」 死角から声が響き、驚愕する左獄。そこにいたのはうさぎであった。戦場の混乱の最中、いつの間にかその手の届く所まで接近していたうさぎは、左獄へと握り込んだ奇怪な刃物を捻じ込むように刺し……引き抜いた。 同時に左獄の肉が弾け、爆裂する。口付けのように甘く、死と等しく甘いその一撃。捻じ込まれたのは爆ぜる抱擁。 その衝撃、その隙で十分だった。風斗の渾身の刃が、左獄に突き刺さるには。 「うおおおぉぉぉ!」 風斗が絶叫し、気迫に呼応するように身に着けた防具、手にする刃に赤いラインが輝く。感情の高ぶりに装備が答え、それに伴い鮮血が激しく左獄より撒き散らされ―― 槍を操り鬼を操った左の鬼は、ここに滅した。 右もまた、激戦となっていた。 押し寄せる鬼、押し返すリベリスタ。激戦がさらに激戦を生み、人鬼入り乱れ血を払い、命をやり取りしていく。 右獄へと向かう班はより強引な突破を行うこととなっていた。布陣する敵を強引に押し開けていく突入。押し開け、捻じ込み、突き進む。多くを殺すわけにはいかないのもある。だからこそ危険を含めた突入となる。 「さて、集団で動けるのはクェーサーだけではないってことで」 手にしたチェーンソーが多重回転の轟音を奏であげ、弐升は鬼を強引に押さえ込み、切り開いていく。振り回す得物が獲物を求め、血を撒き散らし跳ね回る。切り開いた場所へ身を押し入れ、さらに鬼を押しのけ道を広げていく。 「邪魔だ、どくがいい!」 「無理にでも通して貰うわよぉ?」 バゼットが呪いを刻む刃を振るい、シャルロッテが漆黒の光弾を叩き込む。鬼を打ち倒し、進軍する。その攻めにより、両者問わず多くの血が流れることとなる。 「ひ、ひいい……っ!」 その様に小動物のように美月は震えつつも、後ろに続いて前を進む仲間達の傷を癒していく。 場違いではある。そもそもこのような過酷な戦場は避けてきたのだ、彼女は。 だが、今の状況はここだけの凄惨な状況ではない。これを放置することは、ゆくゆくは日本全てが等しく同じ状態になるということ。それを避ける為に、あえて戦場に立つ。 ビクビクと震えながら。尻尾を巻いて、いつでも逃げかねない状態で。それでも立ち向かう、タチムカウ。 「癒すしか能はない私ですが……せめて心を込めて」 シエルもまた、癒すことで戦線を支える。全てを癒しきってしまいたい、だがそれでは自分の支援は長くは続かない。断腸の思いで、感情を押し込んで。より効率的に、小刻みに癒す。 右を切り開く陣営は、これらのバックアップがあって始めて切り開ける泥試合のような局面であった。命を切り売りし、命を削り取り。先の見えぬ進軍を続け、進む。 やがて、その覚悟は実を結ぶ。 「――っ! いるぞ、右獄だ!」 優希が叩きのめした鬼の先、そこに立つのは右の鬼。左右対極の司令塔にして、大刀操る武人鬼。 時はかかった。だが、今その姿をリベリスタは明確に捉えたのだ。 「なんと、見つけたのです! いくですよ、ハイパー馬です号!」 普段はどこか間の抜けたようなイーリスだが、戦場においては誰よりも研ぎ澄まされた感覚を発揮する時がある。それは勇者として自らに課した責務故か。持って生まれた戦闘に対しての執着故にか。 愛馬を加速させ、手綱を離す。制御を失う馬ではあるが、騎乗者の闘志が乗り移ったかのように、眼前の敵を恐れず真っ直ぐに突き進む。 「食らうです、ヒンメルンラージェ(天の咆哮)! イーリスストライク!」 裂帛の気合と共に、人馬槍と三位一体となったイーリスは敵陣を切り裂く。愚直に真っ直ぐに、それ故に破壊力を秘めた質量となって。 「来たか、人間!」 待ちかねたとばかりに右獄は手にした巨大刀を構え、流星のように突っ込んでくるイーリスへと振り抜く。衝撃が両者を襲い、お互いに決定打となることなく反発し、大きくその場を動かし、逸らされる。 それほどの衝撃を受けながらも刃こぼれも起こさず、右獄の持つ巨大刀はそこに存在していた。右獄の技量故か、それほどの業物か。あるいはその両方か。 吉備津彦神社に奉納されていた、常軌を逸した巨大刀、備州長船法光。吉備津彦の伝承より遥かに後年に奉納されたその刃は、今現在は本尊である吉備津彦の怨敵たる鬼の手にある。何の因果か、奇妙な定めの下に人に対して相対する事となる。 「ふむ、扱えば扱うほどに見事な剣よ」 満足げに右獄が頷く。武人たる右獄にとって、優れた武器は代え難いものだ。ましてやこれほどの鋳造鍛造技術は右獄達、鬼が全盛だった頃には存在していなかったのだから。 「折角の名刀も、鬼に使われては不憫よのう」 その様に、一人の剣士が相対する。古風ながらも大胆に着崩した着物姿に、巨大な鉄塊のような大刀。神狩陣兵衛は、剣士として右獄へと相対する。 「ならばこの刃を満足に扱えぬ人に、使われもせずに飾られているのが幸福だとでも言うのか? それこそ不憫だろう」 右獄もまた、自らの理屈を振りかざす。間違いなく、その大刀は実用の為に作られた形状をしている。取り回しやすいように長くつくられた柄、適切な反り、しっかりと刻まれた血溝。それらの全ての要素が実用品であることを主張している。 ならば、相手が鬼であろうとも使える者に使われるのが幸福なのか? それは使い手が知り、その刃を評価する者が知り。刀自身が知ることである。 「それをお主が扱えるというのならば、越えて見せようぞ」 友の名を冠する巨刀を軽々と構え、陣兵衛が啖呵を切る。右獄もまた、それに対して真っ向から刃を構え、迎え撃つ。 両者が地を駆け、空を裂く音が響く。双方の重量を誇る刃が轟音を響かせ、両者の間に奔る。金属同士がぶつかり合うその音は、一種独特のメロディとなり戦場へと響き渡る。 しかし鬼の膂力は凄まじく、真っ向から相対する以上は優れた剣士であろうとも至難である。ましてや右獄は恵まれた体躯に技術を上乗せする、戦う為に自らを鍛え上げた正真正銘の武人なのだ。心根がどうであろうとも、その力は決して右獄自身を裏切りはしない。 単騎である以上はじわじわと押し込まれていく。だが、リベリスタは一人ではない。団結し、今この場に立っているのだ。 「させねえよ!」 ユーニアが二人の戦いに割り入り、その手にした長大な棘を突き立てる。単騎の戦いに集中していた右獄はその一撃を甘んじて受けることとなる。 「貴様……せっかく戦いを邪魔するか!」 「あ? 知らねえよ、俺ガキだし。俺は気に入った人達を守りたいし助けたいから戦うんだ」 若きリベリスタは右獄を真っ直ぐ睨みつけ、啖呵を切る。青臭い、未熟と自覚した上で、強大なる鬼へと言葉を吐く。 「強くなる手段を選ばないのは俺もあんたらと同じだけどさ。強くなる目的は選ぶぜ?」 突き立てた棘に力を込める。瘴気が溢れ、右獄を蝕む。侵食する呪詛に右極は眉を顰める。 「あんたがここまで強くなったのは卑怯者の踏み台になる為なのか? 禍鬼はあんたや温羅の力を狙ってるんじゃねーのか!?」 さらに深く捻りこむ。深く深く、呪詛が右獄を抉っていく。 「奴の事はどうでも良い。我は王の武力を信じ、禍鬼は心根は知らぬが外法とはいえ確かな実力を持っているが故に従っているのみ。そして我の戦いには全ての物は関係がない!」 「――ああ、そうかい!」 纏わりつく羽虫を吹き散らすように拳を握り、ユーニアを殴りつける右獄。咄嗟に手を離し、それを回避するユーニア。拳が空を裂き、薄皮一枚衝撃で削ぎ取るかのように、かすめた。 「お前の理屈など知ったことかよ! こっちは覚悟決めてんだ、勝利して生きて帰るって覚悟をな!」 影継がそこに飛び込み、手にした小型の電動剣を叩きつける。小型なれど機械動力に支えられ、さらに渾身の一撃であるソレは右獄の身体を大きく切り裂く。 それに追従するようにリベリスタ達の一斉攻撃が行われる。翔太が宙を舞うように飛び掛り、刻み、離れる。優希が右獄の体勢を崩させ、打撃を叩き込む。 右獄もまたその手にした刃を振り回し、リベリスタ達を刻んでいく。一連ね、二連ね。みるみる連ねられ、連撃と化した刃が舞い、鮮血を撒き散らす。 「何人でも構わん! 全て叩き伏せるのみよ!」 啖呵を切り、自らの暴力を思うままに披露する右獄。力に酔い、暴力に酔う。優れど歪みしその暴威は遺憾なく発揮され、リベリスタ達へと向けられ続ける。 ――それ故に。自らの力に酔う故に、生まれる隙もある。 本当にそれは僅かな瞬間であった。だが、その刹那を狙い続けていた者がいるのだ。 「ぐっ……!?」 銃声が響き、右獄がのけぞる。硬質な衝突音が響き、何かが弾かれるように飛んだ。 それは右獄の角であった。正確に狙われたその銃弾は、確実に角を捉え、圧し折った。鬼である証明であり、存在の証明である角。それを狙い、撃ち抜いたのは……。 「――この一撃では仕留めるに『足らず』」 古風なフォルムをした銃を手にした男。堅気ではない雰囲気を漂わせたその男は、右獄との衝突が行われて以降、ずっと狙い続けていたのだ。 「だが、致命の一撃にはなるだろうよ」 「角が! 我の角がぁ!」 その言葉の通り、角を折られた右獄は冷静さを失い、暴れる。ただひたすらに手にした刃を振り回し、近づくものを蹴散らそうと。 「誰だ! 我の角を折った人間は! 殺してやる、楽には死なさん! 意識を残したまま挽肉になるまで刻んでやる!」 怒り、吠える。殺意を撒き散らし、刃を振り回す。 ――結果、それは角を折られた時の比ではない隙を生み出すこととなった。 右獄がそれに気付いた時には遅かった。大刀を下げ、静かに立つ陣兵衛が、自らの間合いのわずか外に立ち、至極冷静な瞳で自分を見つめていることに気付いた時には。 「種を賭けた戦いである以上、最後まで満足の行く一騎打ちを望みは出来ぬか」 静かに言葉を吐く陣兵衛。その集中は極限まで研ぎ澄まされ、次の一撃へ込められる。 「ならばせめてその刀。――邪悪なる束縛から解放してみせようぞ!」 下段より地を削り、振り上げられる巨刀。床を鞘とし、打ち砕きながら解き放たれるその一撃は疾く、重く…… 「貴様……ッ!?」 右獄の積み重ねられた戦闘感覚は、その一撃すらも捉える。完全に防ぐことは叶わない。ならばせめて、受け流すことで致命の一撃は避けようと……守りに引いた刃が、引っかかる。長すぎるその刃は、緊急の動きにおいて右獄の動きを阻害することとなったのだ。 圧倒的殺傷力を持った刃が、右獄の胴を半ばより断ち割った。何が起きたか理解出来ぬまま、右獄の胴は避け、宙を舞い。絶命する。 ――名刀は持ち主を選ぶ。ある意味都市伝説めいた言葉ではあるが、今まさに備州長船法光は持ち主を選んだ。鬼を拒み、人を選んだのだ。 ●禍ツ鬼 「この戦場を護る、それが今の自分の役目だ」 ロシア軍服を身に纏った男は戦場の最前線に立ち、独白する。自らの決意を、任務を確認するかのように。 「突貫せよ! 奴を仕留めればこの戦いは制したも同然だ!」 静かながらも力ある言葉を吐き、ウラジミールは敵陣を切り裂く。手にした白兵戦用のナイフを振り回し、突き、眼前の敵を排除していく。 「キシシシシ! 来いよ、来いよ! 俺を殺したいんだろう? もっとお前達の憎しみを寄越せよ!」 迫るリベリスタに対し、禍鬼が言葉を投げつける。リベリスタ達の使命感、それすらも自らの糧であるといわんばかりに。 他の方面に比べれば薄いと言える防壁。それは単に指揮系統が左右に散っており、禍鬼が操っているわけではないことが、まず一つ。 そして禍鬼が自らの力に自信があるということが一つ。この部屋そのものを巨大な儀式場とした結界は、今もなお禍鬼に力を与え続ける。 同胞が死ねば死ぬほど、禍鬼は強さを増す。それは戦力が低下しないという意味でもある。死んだ数だけ強くなる者がいるとは、そういうことだ。 すぐには殺さず、戦えぬように痛めつけ転がした鬼もいる。それらの配慮は多少なりとも効果はあると言える。だが、その技術を持つものが少なく、万全の結果を出したとは言えない。 「さあ殺せ、どんどん殺せ! 殺意を高めて俺に向かって来いよ! お前らの全てが俺を悦ばせてくれるんだろ? キシシシシ!」 煽る、煽る。不快感を煽り、敵意を煽る。もっと寄越せ。殺意を、敵意を、憎しみを。あらゆる負の感情が、禍鬼にとって力となるのだから。 「黙れ。前はお前にしてやられたが、今度はそうはいかない!」 零児が鉄塊の如き愛剣を振り回し、眼前の鬼を打ち払い、突き進む。眼前に立ち塞がる鬼達はどれも精鋭であり、巨大である。多大な殺傷を相手に与える代わりに、零児もまた多大な殺傷を受ける。お互いに傷つけあいながらも、止まらない。足を止められないぐらいの威力を、彼の剣は秘めている。 「無理はしないで、ね……。傷は頑張って治すから、必ず討とうね」 それを支えるのはやはり癒し手達。かつてクェーサーと共に禍鬼と相対したあひるは、今もまた共に戦場に立つ。俯瞰となる宙から戦場の全てを監視し、危険があれば癒しの力を飛ばしていく。前線において彼女らの支えは大きい。 「同族を喰らい、最終的には王をも喰らおうってか? ふざけんなよ」 やや後方より同じく味方を癒し、支えるエルヴィンが悪態をつく。禍鬼の態度が、挙動が、行動が。勘に障り、口を突く言葉へと変わっていく。 「好きに言えよ。俺は自分に恥じることは何一つしてねえぜ? キシシ」 禍鬼が哂い、エルヴィンの表情がさらに険しくなる。 悪態以上に、禍鬼がエルヴィンへと言葉を投げかけ煽るには理由がある。先ほどから瘴気を集め、解き放とうとしているのだがその全てをエルヴィンが放つ破邪の光によってかき消されているのだ。それ故にせめてもの口撃。最低限にして最低の意趣返し。 禍鬼の性質はどこまでも小物。自らが小物であり、邪道であり、外道である。その全てを自覚し、飲み込んでこの鬼は存在しているのだ。 「なんとも気分の悪い相手です、味方すら食い物にする様は下劣で卑劣だ」 エルヴィンと共に立つオリガが思わずそう漏らすのも仕方がない。そしてそれを恥じない相手。悪態をつくのも仕方はない。その悪態すらも、禍鬼の糧となっているという事実はさらに苛立たせるものではあるが。 「しかしこのまま手を拱いているわけにはいきませんね」 膠着する戦場で、禍鬼は一方的にリベリスタ達へと挑発を繰り返す。逆にリベリスタからの挑発は綺麗さっぱり受け流していく禍鬼。苛立ちのみが積み重なり、状況に光明は見えず。 「僕の神よ、僕に鬼を打ち祓う力をお与え下さい」 日本古来の土着の神と、大陸を渡って渡来した西洋の神。宗派と世界背景が違えど、神に捧げる祈りに込められた思いは同じもの。魔力を帯びた矢が、禍鬼へと解き放たれる。 それを禍鬼はかわし、切捨て、防ぐ。以前の禍鬼を知る者からすれば、同一の者とは思えぬその立ち回り。命を奪い、力を増すという事実を疑う理由はない光景であった。 「どうした人間、お前達はしつこいが弱いなぁ! 俺の居る場所にすら未だに辿り着けないでいる! キシシシシ!」 哄笑を上げ、禍鬼はリベリスタをさらに煽る。進まぬ戦線、進めども思うようにいかない戦場。その苛立ちをさらに膨れ上がらせて、それを喰らう。禍鬼は悦楽の中にいた。 「そう? でも……人間を舐めるなッ!」 「あん?」 その声は、禍鬼の上より響いた。上にあるのは天井のみ。城の下層であるこの場所に、見える天は存在しない。 そう、天井がある。すなわち、そこを抜けてきた者がいるのだ。 複数の人影が天井より飛び降りてくる。その影は冷気の帯を引き、寒冷地の風の如く煌き舞い降り……それを禍鬼に叩きつける。 「おっとぉ!? またお前かよ、人間!」 切り込んできた集団に、愉快そうな哂いを浮かべて身をよじり、かろうじてその一撃をかわす禍鬼。だが、そこに次から次へと追撃が叩き込まれていく。 「よっし、あたしのナイスジョブ! 今日のバイトは終了したも同然ってやつっすか?」 遠方より様子を窺う計都がガッツポーズを見せる。そう、この襲撃は彼女が仕込んだ襲撃である。一部のリベリスタを加護によって天に打ち上げ、奇襲する。その起点となったのは彼女の施した加護である。 強襲する者は、誰もが禍鬼に対しての必殺の覚悟を持った眼をしていた。特に強い瞳をしているのは、舞姫。過去三度に渡り禍鬼と相対し、今この場において四度目の邂逅となる。 「やっほー禍鬼。あんたの顔を見納めにきたよ」 共に立つ、終。彼もまた、舞姫と共に禍鬼へと当たってきた者である。今と同じく、冷気を纏いて禍鬼に立ち向かってきたのだ。 「本当にしつこいねえ、テメエら。馬鹿の一つ覚えみたいに仕掛けてきやがって」 効果的であるからこそ、幾度でも繰り返させるその戦法。シンプル故に、理解した所で対処も難しい、冷凍戦術。さすがの禍鬼もいい加減飽き飽きするほどに、効果的。 「知ってる通り、オレ達はしつこいよ? それにあんたが言うなって、呪詛返し」 表情とは裏腹にその眼は真剣そのもの。何度目かわからない、ここで必ず仕留めるという覚悟。それは回を重ねるごとに強固になり、終を支えている。 「お腰につけた吉備団子、お腰に佩いた鬼鳴丸。つまり……禍鬼、それがあんたの力の正体よ! なんとなく字面も似ているしね」 桃色の髪を靡かせ、ドヤ顔で自らの珍推理を披露するウーニャ。その推理に対し禍鬼は…… 「あん? お前頭大丈夫か?」 「失礼な!?」 素で心配されていた。 「やっぱり私が居なきゃ駄目だな。二人だけで戦って、無理してきたんだから」 桜の少女は銃を担ぎ、堂々と立つ。舞姫と終、二人の友である彼女、京子。二人が今までどれほどの苦渋をこの鬼から舐めさせられてきたかは良く知っている。 だからこそ、共に戦うのだ。死なせない為に、そして二人の思いを貫き通す為に。それが親友というものだから。 (……一緒に姫ちんを守ってよ、おねぇ) そして、先に逝った姉の思いと。奇しくも決戦の始まりにおいて、因縁ある者の話題に上った京子の姉。その姉と共通の友である彼女を守るのだ。姉の代わりに。姉と共に。 「いいぜ、雁首揃えやがって。かかってこいよ、殺意は忘れんなよ!」 禍鬼が哂い、腰に佩いた妖剣『鬼鳴丸』を抜剣する。武器にして鬼にしてアーティファクト、禍鬼の相棒であるその刃は錆びた金属をこすり合せるような哄笑を上げ、戦いへの歓喜を表す。 「お言葉に甘えて。行くぜ!」 冷気を纏うナイフを構え、終が禍鬼へと切りかかる。だが、以前と違い禍鬼はそれを危なげなくかわす。多数の魂を喰らった禍鬼の身体能力は、外見からはわからないが凄まじい向上を見せている。何故ならば以前の禍鬼ならばあれを危なげなくかわすなどということはなかった。 畳み掛けるように舞姫が愛用の短刀を振るい、京子の銃が銃声を上げる。それらを凌ぎ、かわし、防ぐ。何度か傷を与えることはあるが、冷気は禍鬼の動きを阻害するには至らない。 「キシシシシ! 最高だ、最高の殺意だぜ! 直接戦えないとこれは味わえないよなぁ、今なら他の脳筋共の気持ちがわかるぜ!」 奇怪なる術には優れる禍鬼ではあるが、その身体能力は他の鬼に比べて特別高いというわけではなかった。それ故に鬼の中でも見下され、排斥されていた。手段を問わず強さがあれば利用する、温羅の支配下であったからこそここまで禍鬼は自由に動けたのだ。 だが、それであっても禍鬼が鬼の中で浮いていたことには変わりはない。現在も指揮はしているが支配は出来ていない。禍鬼の憎しみは実際の所、人間だけに向けられていたわけではないのだ。 人への怨嗟は祟り鬼たる種としての特性。そして禍鬼が心の中で育んできたものは、あらゆる物に対する怨嗟。人も鬼も世界も。王でさえも等しく、禍鬼にとっては憎しみの対象であり負の悦楽を求める存在だったのだ。 温羅の力が欲しいのではない。逆棘の矢を手にしたのも、温羅の力を狙うのも力が目的ではないのだ。力を奪うことによる、温羅の絶望こそが彼の望みだったのだ。 「ほらほら、もっと抗えよ、絶望しろよ! キシシシシ!」 鬼の刃を振るい、禍鬼が立ち回る。今までと変わらぬ動き、だがそのキレだけが桁外れに上昇している。剣筋は目で追うのが困難で、防ぐのもまた困難である。 抉られた傷口からは鬼鳴丸によって血液を吸われ、肉を食われる。呪詛が身体へ染み入り、内部よりリベリスタを蝕んでいく。 「ここで倒れてられないわ、みんな頑張れ! 害獣になーれ!」 言葉の意味は解らないが、害獣の少女の施す術式が傷を癒していく。彼女が癒し手に徹していなければ、この奇襲もあっさりと崩壊していたことだろう。少数故の脆さ、それをギリギリの線で維持し、立ち向かっていた。 ――劣勢は、やがて覆される。 防壁たる鬼にも限りがあり、右獄と左獄を失った兵達は統率を失った。禍鬼にはそれを統率する術はないし、鬼達も禍鬼に統率される謂れはない。自然に戦線は乱れ、リベリスタ達は優位となっていく。 「禍鬼ぃ!」 やがて、防壁は意味を無くし。リベリスタ達が次々と禍鬼目掛けて殺到する。 ボーダーラインの白い制服に身を包む設楽悠里が誰よりも早く、その戦線へと喰らいついてきた。その手に握られた黒いナイフには、仄かに煌きが見える。それは周囲の大気が凍りつき、光を反射する煌き。 「あぁん? なんかテメエムカツク顔してんな。幸せを味わってる人間の顔だ。つーか、テメエも馬鹿の一つ覚えかよ!」 禍鬼が悪態をつくが、悠里は今、それには相手をしない。今必要なのは口汚く言い争うことではなく、戦線を変える一撃。 冷気による束縛は禍鬼には有効であることは、リベリスタの誰もが理解している。それ故にワンパターンで構わない。必要なのは決定打なのだ。 肉迫する悠里を余裕の表情で見ていた禍鬼だが、その表情が険しく変わる。突きこんできたナイフ、それが想像を遥かに上回る精度で放たれてきたからだ。 正面からその刃を鬼鳴丸で受け止め、受け流す。この一撃をまともに貰うのはまずい、と禍鬼の勘が告げていた。力を増した自分に通用するだけの精度を、その一撃は持っていると見たのだ。 悠里の突入を切欠として、リベリスタ達が次々と殺到する。自らの戦線を突破した者、一度は引いて傷を癒し、再度戦線へ突入した者。すでに鬼とリベリスタの数は逆転し、鬼の優位はなくなっていた。 「四度も逃がす失態は犯さぬ!」 「テメエもかよ! 奇跡は何度も起きねえぞ!?」 「今宵にそのような物は不要!」 禍鬼との因縁深き源一郎も戦線へと突入し、銃弾を叩き込む。銃弾を刃で逸らし、禍鬼はさらに刃を振るう。 「いくぜ、祟り鬼! 今俺達を指揮するクェーサーの名に……敗北は無ぇんだよぉーッ!」 全身鎧に身を包むツァインが光を放ち、聖戦の加護を仲間達に施す。また、自らも肉薄し禍鬼の行動を制限していく。 包囲する人間が増えれば増えるほどに、禍鬼の動きは阻害されていく。かわし、防ごうとも次の刃が襲い掛かり、傷つける。多勢をもってして、ようやく今の禍鬼とやりあえる、そのような状況であった。 「うじゃうじゃと徒党を組んで襲ってくるたぁ、それでこそ人間だぜ、最高だ! いいぜ、お前達に痛みを分けてやるよ! 俺の受けた、テメエらの与えた痛みをなぁ!」 禍鬼の纏う瘴気が膨れ上がり、辺りを包む。その瘴気に包まれたリベリスタ達の全身に傷が開き、大量の血を吹き出す。 それは今までの蓄積。禍鬼に与えてきた、リベリスタ達の応戦の証が今丸ごとリベリスタへと与えられたのだ。 「俺だけ傷つくとか不公平だろ? 人間は公平なものが大好きだからなぁ、嬉しいか? キシシシシ!」 哂う、哂う。傷つけ、傷つけられ哂う。憎み、憎まれ、殺意をぶつけ合い。そのような地獄を禍鬼は愛し、人へと提供する。祟る形の集大成。 「ふざけないでよ! 禍鬼、貴方だけは絶対に許さない!」 かろうじて直撃の範囲を避けたウェスティアが魔力の矢を紡ぎ、叩きつける。幾度となく邂逅し、煮え湯を飲まされてきた相手。それ故にその一撃に練りこまれた魔力は彼女の執念を思わせる。 「おお怖い怖い。キシシ」 魔力の矢をその身で受け止め、哂う禍鬼。痛くないわけではないが、今の禍鬼にとっては些細な問題。それを上回るだけの力が、今はあるのだから。 その禍鬼へ、巨大な銃弾が飛来する。かつてフィクサードが所持し、奪い取ったその巨銃の破壊力は無視できるものではない。禍鬼はそれをかわし、爆風に煽られる。 「今じゃあ! 行けぇ、設楽ァー!」 砲撃の主、狐顔の仁太が叫ぶ。全ては一撃、たった一度足を止めるだけでいいのだ。後は信頼できる仲間がなんとかしてくれる。 「!? テメエ……ッ!」 迫る悠里に対し、鬼鳴丸を構え、貫こうと禍鬼は刃を勢い良く突き出した。が、それを邪魔する者がいる。 間に立ち塞がったのは舞姫。刃の勢いは止まらず、舞姫を貫く。深く、深く。刃が背中に抜けるほどに、深く。 だが、舞姫はその刃を押さえて離さない。これが最大の好機。この機を逃しては、勝利も逃す。そう確信して。 「我が血肉こそ妖刀の鞘――この身を以って封印せん!」 「――ッ! クソ、離せよテメェ!」 だが、離しはしない。腕を、刃を押さえられ自由を縛られし祟り鬼に悠里が迫り…… 「お前は一人だ! 信頼する仲間がいる僕達に――勝てるはずが、ないだろう!」 冷気を纏ったナイフが、深く禍鬼を抉った。 「ぐぅっ……!」 突き刺さったナイフが冷気を伝え、禍鬼の身を拘束していく。腹が、腕が、足が凍りつき、禍鬼の動きを妨げる。 決定的なチャンス。今まで自由に動き回っていた禍鬼を確実に捕らえることが出来る。その瞬間を待ち望んでいた男がいた。 「よう、借りを返しに来たぜ。利子をつけてな!」 黒鉄の手甲を握り、モノマが駆ける。以前の不覚を取り戻す、いや、逆に相手に熨斗をつけて叩きつける。その千載一遇の機会を狙い、彼は駆ける。 「モノマさん、矢は禍鬼の懐に!」 茉莉がその所在を指し示す。戦場において敵を駆逐しつつ、この瞬間の為に彼女はひたすら観察していたのだ。 鬼に対する切り札となる逆棘の矢、それを今回こそ禍鬼が持っているのは明白であった。その所在を、彼女の眼は探り、探し当てたのだ。 「今開封してやるぜ――逆棘の矢!」 握るモノマの拳が放電を始める。電光を纏った拳は禍鬼の腹へと叩き込まれ、紫電を上げて弾け、痛撃を与える。 「貰ったぁ!」 そのまま矢を握り、引き摺り出す。鬼への切り札たる矢は、モノマの手中に収められ…… ――瞬間。モノマの運命は捻れ、流転し歪曲する。否、『歪曲される』。 モノマが望んだ。だが、それだけではない。より大きな意志がそこには存在していた。 「ぐ、ぎゃああああああぁぁぁ!?」 禍鬼が突如、悲痛な叫びを上げた。モノマが握り込んだ逆棘の矢が激しい光を放つ。その光は触れた瘴気を浄化し、消し去っていく。部屋に満ちる瘴気も。そして禍鬼自身が溜め込んだ瘴気すらも。 そう。モノマの歪曲を望んだのは逆棘の矢。正しくはそれに込められた思い。 禍鬼は人間を侮らなかった。弱いが故に徒党を組み、しつこく粘る人間達は決して油断ならない。その点についてはどの鬼よりも理解していただろう。 だが、それ故に彼は他の鬼が抱えるものを忘れていたのだ。それは、鬼の天敵の存在。彼の英雄がどれほどの執念を以って鬼を駆逐したかを。 ――禍鬼は人を警戒したが故に、吉備津彦への畏れを忘れたのだ。 矢に込められた吉備津彦の執念は、封じられた矢を開放せんとするモノマに呼応し、彼の運命を使い封を切った。そこに存在するのは、鬼を殺す為の神器である。 「今がチャンス……勝ち取るんだ、勝利を!」 京子が我に返り、その銃身を叩きつける。禍鬼に対してではない。舞姫が自らの肉体を使い拘束した、鬼鳴丸を。 鬼鳴丸もまた、瘴気と命を喰らう鬼にして魔剣。逆棘の奇跡の前に、致命的な障害を受けており。 断末魔の如き甲高い金属音を上げ、鬼の刃は砕け散った。かつて何度も挑み、折れなかった妖刀が呆気なく。 「テメエ、ら――ッ!」 自らの懐で炸裂した鬼払いの光。直撃を受けた禍鬼は満身創痍であった。あれほど溜め込んでいた力は全て霧散し、本来の禍鬼自身の力も大きく減退している。 「ここまでだな。さらばだ、禍鬼!」 零児が振るう刃が、禍鬼の胴を半ばまで断ち切る。その身からは不思議なほどに出血は少なく、まるで鬼の血が蒸発してしまったかのようにすら見える。 その一撃を切欠にリベリスタ達が殺到する。剣が、銃弾が、拳が。禍鬼を貫き、穿ち、打ち据える。今までの怨念を全て返すかのように、徹底的に。 「キシ、キシシ――これで、終わりか、よ」 針鼠の如く全身に刃を突き立てられた禍鬼が哂う。自らが糧としてきた人間の怨みが、敵意が、彼を今討ち滅ぼすこととなったのだ。 「私の変わりに誰かが言ったが――彼の言うとおり。クェーサーの名に敗北はない」 例え不覚を取ろうとも。自らの命続く限り追い、討ち果たす。最後に与えられる勝利にのみ、クェーサーの矜持は存在するのだ。 その言葉に対し、禍鬼は力なく哂う。鬼達からも疎まれ、人からは畏れられ。どこまでも一人であらゆる物を敵として、怨嗟を撒き散らした一人の鬼。彼は今、ここに朽ちようとしていた。最後まで、一人で。誰にも理解されることもなく。 「最後まで、一人――かよ」 自嘲気味に。どことなく孤独の色を滲ませた声音で、中空を眺めながら。 「――なんていうと、思うかよ? バーカ!」 その表情が愉しげに歪んだ。禍鬼の身より抜け落ちたはずの瘴気が再び爆発的に膨れ上がる。 「――いかん、下がれ!?」 禍鬼の挙動に注目し、警戒していたウラジミールが叫ぶ。元より腑に落ちなかったのだ。禍鬼の持つという切り札。それが果たして魂を喰らうものではないとしたら? もっと違う、危険な代物だとしたら? ウラジミールの判断は結果的に正しく、禍鬼の最後の企みを察知することが叶った。彼の叫びに反応し、リベリスタ達は一斉に禍鬼から離れる。だが、咄嗟に反応できたのはごく一部に過ぎない。多数は間に合わず、むざむざと禍鬼の一撃を受けることとなる。 ――供犠はここに成された。人を呪い続けた一体の鬼、その命を以ってして。 瘴気が爆発し、耳を劈くような怨嗟と悲鳴、身を引き裂くような苦痛が禍鬼を中心に広がった。それは心を直接蝕み、肉体にまで達する呪詛。自らの命を払い、行使される呪い。 ――爆発が晴れた時、そこに残されていたのは不運にも巻き込まれ地に伏したリベリスタに、巻き添えを受けた鬼達。禍鬼を貫いていた刃達。 ……禍鬼の身体は、そこにはない。 骨の一つ、塵の一つも残さず禍鬼は逝った。あらゆる物に対する怨嗟のみを残して。 鬼ノ城下層における攻防はこれにて終結する。 怨嗟は人の心を蝕む害毒である。禍鬼は死すとも、その怨みの念はあらゆる者の中にいる。 ――禍鬼は怨みの概念となり。戦った者達を記憶の中で、蝕み続ける。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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