●名無し 我に名前など必要ない。 “温羅の血より流れだした鬼”それだけで十分なのだ。 それだけで我は我足り得る。 ――名は体を表す。 ああ真だ。我の名は“温羅の血より流れ出した鬼”である。 ならば我は“我”の元に戻らねばならぬ。 全ては、あるべき所へ帰るのだ。 「そうだ……我、は……我の元へ……と……!」 体が歪む。軋む。先の闘いにおいて己が“あの日”を破られ、肉体を構成出来ない。 故に駄目だ。あぁ駄目なのだ。我は“我”の所へと戻らなければ。 散りゆく前に。なんとしてもあの日を無念のままで終わらせてなるものか。 「あの日は未だ我の“今”なのだ……誰であろうとあの日を“過去”などとは言わせん……!」 千四百年の時は人間にとって“過去”かもしれない。 だが鬼にとってはリアルタイムで“現在”なのだ。この瞬間ですらあの日の続き。 嫌だ、果ててなるものか。たかが残滓で終わって成るものか。 「ォォォォォ……ォォオオオオオ――!」 幾重の願いと無念が自身の中で爆発を繰り返し、その力を増大させていく。 そうして名も無き血鬼は往くのだ。目標は鬼ノ城。そこからさらに目指すは唯一点。 己が己であった場所―― ――温羅の居場所である。 ●ブリーフィングルーム 「やぁ諸君。逆棘の件ではご苦労だった。完璧な勝利で無かったのは残念だが……何、室長はあらゆる状況を想定している。むしろ二本も手に入れる事が出来て良き結果だったと言えるだろうさ」 笑みを携え、『ただの詐欺師』睦蔵・八雲(nBNE000203)が口を開けば、 「しかし鬼達とてこのままゆっくりしている筈も無し……万華鏡が鬼達の大規模侵攻の計画を捉えた。アークとしてはこの動きに対し、先手を打って叩き潰す。詰まる所――決戦だ」 そう、とうとう訪れるのだ。鬼達との長きにわたる因縁に決着を付ける時が。 逆棘の矢を手に入れて温羅に対抗しうる手段は手に入れている。残りの三本は鬼の手中であるが、まだ奪える可能性は潰えていない。今回の作戦行動には関係ないのでそこの部分は割愛するが、 「アーク全体の作戦目標は『鬼ノ城の制圧』及び『温羅の撃破』だ。現在の鬼ノ城はかなり頑強な防御能力を持っている。攻城戦は常に攻撃側が不利である故、厳しい戦いに成るのは間違いないが……諸君らにそれを承知で押し通って貰うぞ」 どの道、ここまで段階が進んで退く選択肢は無いのだ。 厳しい戦いになるなど遥か前から想像付いていた者もいる。故に、覚悟は充分だ。 この戦いに赴く覚悟と――生き抜く覚悟は。 「主たる作戦行動は四つに分かれる。城外の制圧・城門の制圧・御庭の制圧・本丸の制圧だ。それぞれ『烏ヶ御前』・『風鳴童子』・『鬼角』そして『禍鬼』の四者及びその配下衆が守護をしており、アーク全体の回復支援や進撃を効率化させる為には『烏ヶ御前』・『風鳴童子』率いる鬼達を撃破させる必要がある」 城外や城門に鬼達が大勢生き残っていれば進みにくいのは当たり前だ。 逆に言えばそれらを撃破すればあらゆる意味での効率が良くなる。大規模作戦であるが故に、余裕のあるスペースを奪い取らねばならないのだ。 「城内に入れば『鬼角』と『禍鬼』率いる精鋭集団との戦いに成る。ここでの作戦に成功すれば温羅の防御力低下や進撃の効率化に繋がるが……まぁ今回の諸君らの担当では無いので詳しい説明は省こう。それで、だ」 一息。 「諸君らに担当してもらうのは城外の西付近。『烏ヶ御前』の支配する防衛ラインの一角を制圧し、後退回復支援万全化を図って貰う――筈だったのだがな。事情が変わった。これを見て欲しい」 言うなりブリーフィングルームのモニターに映像が映し出される。 そこにいたのは黒に限りなく近い赤き水を引き摺りながら鬼ノ城に接近している鬼だ。 これはたしか―― 「血鬼だ。前回、逆棘を所持していた鬼の一体だな。奴は現在鬼ノ城にゆっくりと近付いており、目標は温羅との合流だと思われる。ハッキリとした事は言えんが……合流されれば温羅自身の強化に繋がる可能性がある、との事だ。諸君らにはコレを撃破してもらう」 もし温羅の強化に繋がれば面倒な事態に成るのは間違いない。 と、なれば合流前に撃破せねばならないのは必然だ。なんとしても血鬼が鬼ノ城内部に入る前に潰さねばならない。 鬼達の野望は、ここで必ず打ち砕かねばならないのだ。 「気を付けたまえ。前回とはさらに様子が違う。より凶悪に、何かに固執する姿に成っている様だ。戦いはここでは終わらぬ。生きて、帰って来たまえよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月14日(土)00:15 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●思 ――何故我はあの日に負けたのだろうか。 ●現 「よぉ。んなに日も経ってねぇが……久しぶりだな?」 城外、数多の人間と鬼達が入り乱れる戦場の一角にて――桐生 武臣(BNE002824)は血鬼へと語り掛ける。 血鬼の進行方向たる城を背に、行かせまいと立ち塞がりながら、 「貴様ッ、あぁ覚えているぞ……あの時の一人か!」 「おおともさ。……じゃあ白黒付ける為にもよ――戦ろうや」 豁然と啖呵を切りながら、彼は血鬼を睨みつける。 前回の闘いはなんとかリベリスタらの勝利に終わったものの、それは“矢”を奪い取れたと言う結果に過ぎない。血鬼そのものは健在であり、勝ちはしたが倒し切れなかった。 で、あるからこそ彼はここにいる。決着を、彼なりの言葉で言えば――白黒を付ける為に。 「く、けけ! そんじゃ殺り合っていきましょうかい!」 瞬間、闇が走った。それは血鬼らを覆い尽くす形での動きであり、攻撃。 『√3』一条・玄弥(BNE003422)の放つ生命力を代価とした瘴気である。三体全てを標的として漆黒の塊が広がれば、反応するは左腕だ。 血鬼の周囲に浮かぶ血鬼の作りし――虚ろたる鬼の腕。“ソレ”が本体たる血鬼を護らんと、射線を塞ぐ。 「だからここは俺の出番、てなッ!」 声と同時。闇の中を突き抜ける一条の線があった。 いや、正確にはそれは矢だ。『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の所有するヘビーボウより紡がれた一撃。全身のエネルギーを集中させてからの一撃は、血鬼を庇った虚鬼の左腕に食い込んで――そこを起点にある事が発生する。 すなわち強制後退。衝撃は腕の全体へと渡り、しかし逃げる事無く慣性に従って左腕を遥か後方へと押しのける。 「やれやれ。策が上手く行ってくれれば良いのじゃがな」 そしてすかさず『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が後方へと吹き飛ばされた左腕との距離を詰める。目的は単純に、ブロックだ。先の玄弥の攻撃に自動で反応したような防衛行動をそう何度も取らせる訳にはいかない。故にその阻害として彼女は向かう。 だがその前に、道中にて懐より符を取り出してから、 「リスクは高いが、役に立って欲しいのう――来たれ影人」 取りだした符は一枚。宙に舞わせて術を込めれば、ソレは瞬時に形を成す。 影人。 簡単な命令しか聞けない式だが、誰かを庇わせる事ぐらいならば容易だ。瑠琵の前進とは逆に、回復手たる者達の護衛をせんと後方に影人は向かう。 「オォォ小賢しい! そんなモノ如きで我の一撃を止めれるつもりかァ?!」 叫び問い、血鬼は行動する。右の腕を大きく振り被ってから、 「砕け、れェッ!」 半円の形に全力で振るった。直後にその軌道を沿って、高速の一撃が繰り出される。 ――血で出来た雷の群だ。それらは血鬼の認識しうる全てを滅ぼさんと、リベリスタ達を薙ぎに掛る。 数は十数、いやそれ以上か。正しく視界を埋める勢いたるその領域を、 「行ッ――くよぉ!」 『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)は恐れず駆け抜けた。 左の足で踏み込んで、左腕を雷撃の迫る前へと突き出す。同時、左手首下を雷が“掠めた”。いやより厳密に言えば“掠らせた”のだ。 衝撃が左手首下から上へと広がり、左腕が跳ね上がる。が、その反動と共に上半身を右に反らせば、全身が半回転。雷撃は直撃せず彼女の背を掠め通った形となった。 さらに止まらない。踏み込ませなかった右脚を浮かせて半回転の勢いに沿わせれば右腕を伸ばせる。視角的に右目だけだが血鬼を捉え、伸ばした右手の中に存在するは己が銃。 故に、射撃した。 「ヌウゥ?! 貴様は、貴様はあの時の小娘カァ――!」 だがその時、嵐子の体に違和感が生じた。 一瞬であるが、まるで血が止まる様な。血が何か別の存在に“制御”されたかの様な。 引き金を引き絞るタイミングがその影響で一瞬遅れる。戦いの最中における一瞬とはある意味致命的。その為に銃弾が命中せず、空を走るだけなのは必然で、 「ッう……! また面倒な能力を備えてるね……!」 血ノ制御。事前情報にあったとは言え厄介な事この上無い。 あらゆるタイミングで自由介入し強制失敗に導く。人に当たり前の如く流れる血を制御されては抵抗不可。唯一、血に頼らぬ運命だけがその制御をすり抜けるのだ。 「また我の前に現れるとは良い度胸だ……嬲り殺してくれるわ小娘ガ!」 「いいえ、倒れるのはそちらですよ」 言うは『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)。彼が紡ぐのは気糸の罠で、発生させた場所は血鬼の横。 虚鬼の右腕である。 「折角分離してくれているチャンス。逃す訳には行きません……ここで確実に叩かせて頂きましょう。故に、まずはそちらの腕から」 右腕の動きが気糸によって縛られる。血鬼本体の性能はどうあってもリベリスタ達を上回る要因があるが、虚鬼の腕らは話が別だ。耐久力と攻撃力はともかくとしてそれ以外のステータスに特筆する様な点は無い。つまり、血鬼と違って縛り付ける事は十二分に可能なのだ。 「どんな信念があろうと、憤怒に染められた妄執があろうと、通す訳に行きません」 「大丈夫、皆が心を合わせれば……この敵にだって勝てるよ!」 集中を行う『棘纏侍女』三島・五月(BNE002662)と共に『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)が極限の集中による動体視力の強化を身に施し、彼女らもまた前進する。 攻める為には前に出なければならないからだ。遠距離からでは虚鬼の腕の能力により庇われる可能性がある。突き放してブロックしていても、油断は禁物だ。 「回復は任せて! 絶対、ここは押さえて見せるよ!」 「戦いはこの一戦だけじゃないし……必ず無事に、帰りましょう」 元気の良い『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は言葉を紡ぎ、来栖・小夜香(BNE000038)は自己の強化を身に施す。 小夜香は体内の魔力を循環させる術であり、ルーメリアが紡ぐは癒しの技だ。先程の雷撃で傷付いた者達の治癒を高らかなる詠唱によって行っていく。声の震えが各人の肌を撫でれば、血は薄まって傷口を塞ぎ始めた。 紡ぐ。紡ぐ。紡がれる。 今を担う者達が、先人達の思いを引き継いで。 ●思 ――何故、我はあの日。人間如きに負けたのだろうか。 ●現 「庇ってもらってよ、怖いのか俺の一撃が! それとも、忘れ去られていく事がか!?」 遠距離からの攻撃に関わらず血鬼を庇おうとする残った右腕。 それに対して瞬時に竜一は反応する。ヘビーボウを構え、放てば先の左腕と同様に後方へと強制後退させる。 ……まさか剣士たる俺が弓を装備して戦う事になるなんてな! 本来竜一は剣で戦うスタイルだ。が、今回に限って言えばソレを装備して戦う訳にはいかなかった。 血ノ模倣。リベリスタ達の最高戦闘力を常に模倣し、改良するあのスキルがある限り単純な力押しでは倒せない。本人としては剣士として戦いたい面はあったが―― 「……ま、ゼロ距離射撃ってのもやってみたかったしな。丁度良い機会だろこれは!」 前向きに、ポジティブを保ちつつ血鬼を見据える。 ともかくこれで庇う能力を持つ右腕と左腕は後方へと吹き飛ばす事が出来た。このままブロックし続ける事が出来れば、守護の力は実質的に無効化出来ていると言っていいだろう。 「……む、見つけましたよ。どうも今、目は左腕の部分にあるようですな」 正道の言葉は、移動する血鬼の“目”の事であった。 体の一部分にランダム出現させて移動させる目。唯一マトモにダメージが通る弱点――というより、長所のダメージ半減恩恵を受けていない箇所であるので、正確には“弱点”と言うよりも“強くない箇所”なのだが……まぁ細かい事はともかく。正道はその目の位置を発見したのだ。 それは超直観による発見。通常の目視においては“目”を見つける事は不可能であるが、神秘を介した何かであれば発見はそう難しくは無い。毎度見つける事が出来るかどうかの保証はないものの、超直観持ちは他にも複数人いる。これだけの数がいれば目の位置を特定する事は容易かった。 「よし、ならそこを狙っていくぞ!」 「今度はさっきみたいにはいかないよ……当ててみせる!」 そして特定されれば後はそこに攻撃を集中させるのみ。武臣に嵐子の矢と銃弾が左腕に対してぶち込まれれば、血鬼の顔が歪む。どうやら目へと確かに命中したようで、 「おのれェ、我が目を捉えるとは……だがこの程度通じんなァ!」 収束する。水で出来ているが為に大気に散らばる血の水蒸気が、敵を滅さんと収束する。 酸素が、風が、一点に集中。極小の粒となりてワンテンポ置いてから、 ――轟音を轟かせて爆発した。 「っ、うぅ! 雷よりやっぱり痛いね、けど……!」 対象となったのは京子だ。彼女の足元にて炸裂し、痛みと熱が走り抜ける。 だが、と思い、京子は爆発の衝撃で倒れそうになる体を、奥歯を噛み締めて強引に立て直した。そして、 「気持ちはいつもフルスロットル――! この程度で倒れる訳がありませんよ!」 射撃する。 多少のダメージなど、まだ戦いは始まったばかりだ。故にどうとでもなる。それよりも今は攻撃を通す方が大事。射線は真っすぐ左腕で、銃弾は水で出来た体を突き破る。 「大丈夫!? 直ぐに私が回復を――なッ!?」 そして京子のダメージを見たルーメリアがすかさず癒しの微風を発生させようと……したのだが、今度は彼女の血が“制御”される。何が起こったかと言うとつまり、 「そう何度も回復行動をさせるとでも思っているのカ! 力尽くでも止めてくれるワ!」 「回復ぐらいさーせーてーよー! 御免ね来栖さん、私の方は失敗させられちゃった!」 「了解したわ。でも、大丈夫。私の方でフォローするから」 ルーメリアの強制失敗が起こったのだ。が、回復手は彼女一人だけでは無い。ルーメリアの合図を受けて回復の役割を小夜香が代わりに担う事となる。 今回の戦いにおいて回復役が二人以上いるのは非常に編成として良い傾向だ。一人だけならば血ノ制御によって度々止められその本領を発揮しにくいだろうが、二人ならば片方が止められてももう片方がフォロー出来る。 「――祝福よ、あれ」 声と共に発生するのは風だ。癒しの力を持った、微風。 流れる先は京子の足元で、傷付いた箇所を風は優しく撫でて行く。 「さぁ、此処で散って頂きます」 さらに五月が飛びこむ。血鬼の左腕を己が右拳で打ち砕かんと振り被り、 穿つ。 「な、にィ、我が防を打ち砕いて……?!」 「世の中、こういう攻撃方法もあるんですよ」 五月の一撃は血鬼の防御を超えた。それは内部に気を叩き込んだが故の結果。 如何にリベリスタらの力を得て上回ろうとその効果は無効化出来ない。血鬼の防御は意味を成さず、ダメージはそのまま素通りしたのだ。 「力で押さえるだけがブロッカーの役割じゃありやせん……何を、どうやって、どのように抑えるかが重要なんでありやすよ」 「しかし血鬼め、馬鹿みたいに力が高いの。影人の供給が追いつけば良いが……」 血鬼側後方においては玄弥と瑠琵が虚鬼相手にブロックを続けていた。 直後、天から振り下ろされると誇張して遜色無い腕らの一撃が二人へと叩き下ろされる。衝撃は強大で地響きすら発生させるが――そんな中で玄弥は足捌きを工夫して、のらりくらりと攻撃を躱わし切り、あるいはダメージを軽減させていた。 瑠琵の方はと言うと戦闘開始以来より影人の作成を続けている真っ最中だ。回復手の護衛を優先させ、なんとしても戦線を維持すべく幾重もの符を消費し続ける。が、雷撃が飛ぶ度に必ず、ではないが高確率で影人が散り果て、中々数を増やす事がままならない様だ。 「何度小賢しいと言わせれば気が済むのだ貴様らハ! そんな物何体呼び起こした所で……」 血鬼の体が揺らぐ。 ダメージを受けた訳ではない、体中を弛緩させただけだ。それはつまり何がしかの行動の初動であると言う事で―― 「纏めて薙ぎ払えば済む話ではないカ――!」 次の瞬間、場を覆い尽くす雷撃の雨が再び降り注がれた。 今メンバーの中で最高の命中率を持つ嵐子のソレを上回る精度だ。回復役たる者達を庇う影人は消し飛び、他の者達にも浅く無い傷が生み出される。 「ま、だ間に合わせる! すぐに回復を――」 「誰がこれで終わりだと言ったのだ人間ッ!」 庇った影人は消し飛んだが、それの代わりに無傷で生き残ったルーメリアが回復を紡ごうと行動する――よりも早く、血鬼が二度目の行動を開始した。 血ノ模倣における最大クラスの脅威。DA率の圧倒的高さが故だ。血鬼が二回行動する確率はもはや六割を超えており、全リベリスタを自動的に能力値で上回る事も合わさって恐ろしい事この上ない。十対三の数的不利を打ち消すばかりか、圧倒せんとする勢いだ。 「ヌゥゥゥンッ!」 左腕を下から突き上げるかのように振り抜けば、真実二度目の雷撃が発生した。一度目の攻撃の隙間を縫うかのような軌道で、横からリベリスタ達を薙いで行く。 「――づぅ、ぉ! 複数行動たぁ面倒だがなぁ……!」 赤き雷撃が武臣の脇腹を抉って行く。 削り、穿って血が漏れるが、雷撃の通り過ぎを狙ってすぐさま反撃に彼は転ずる。 「てめぇだけの専売特許だと……思ってんじゃ、ねぇぞ――!」 地を蹴り、一歩で距離を詰めてお返しとばかりに矢を放つ。その際に集中する事も忘れない。いや、集中する事も出来た、と言うべきか。武臣もまた血鬼とおなじ二回行動によってその命中精度を高めたのだ。 直観に従って彼が矢を放った先は右の足。特に変わった所は見られない箇所だが、どの道マトモに見えはしないのだ。ならば己の直観を信じるのみで、 「む、ゥ! おのれ、また当てるとは……!」 「その反応……やっぱりソコって事だよね。皆! 右の足を狙っていこう!」 京子の叫びは右脚への集中を意味していた。声を出すのは中々に重要だ。流れるように状況が変動する戦いの中では意思の疎通が一体どこまで出来ているかで勝敗が変わる事もあろう。 だが、能力で圧倒する血鬼と、数と連携で押し包むリベリスタ達。 どちらが勝つのか、この時点ではまだ予測を付けることすら難しかった。 ●思 ――我らの何かが劣っていたとでも言うのか。 ●現 「わらわはこのまま影人を作り続けるぞ! 正道、回復の方は頼む!」 「ええ、分かりました。瑠琵さんの方は存分にお願いします」 何度目か分からぬ影人の作成を瑠琵は行い、現在の状況を端的に分析している最中だ。その結果は、 ……押し切れぬかえ!? 血鬼は健在だ。血鬼に攻撃を集中させているメンバーはよくやっているが――いかんせん、攻撃が通りづらい。やはりこの点で“血ノ模倣”の影響が強く出ていると言えるだろう。当てるだけならなんとかなるが、大きなダメージを通すとなると難しい話となるのだ。 やはり“血ノ模倣”が厄介すぎる。これの効果を押さえる為にステータス調整すら慎重に調節してきたリベリスタ達だったが――それでもやはり、なお厳しい。 「それでも、手応えが無い訳じゃ、ないッ!」 血が爆発する攻撃を、嵐子は左腕で受け止めながら血鬼を見据える。 たしかに攻撃は通り辛い。だが言葉通り、全く手応えが無い訳では無いのだ。 「勝ちの目はある筈だ……コイツの妄執は、ここで終わらせてやる!」 続けて竜一が弓を引き絞り、全身の闘気を集中させれば――矢が弾け飛ぶ勢いで血鬼の左目に突き刺さる。凄まじい破壊力は血鬼の防御すら上回って、 「チッ――!」 体に突き刺さった矢を強引に引きぬいて血鬼は思考する。面倒だ、と。 ……先程から噛み合わせが悪すぎル! 能力面においてリベリスタを圧倒する血鬼だが、こちらもこちらで攻め切れていなかった。理由はリベリスタ側の編成だ。 回復手が二人いる事により血ノ制御ですら全ての回復行動を阻害させる事が出来ず、その回復手を狙おうとしても影人が執拗に庇い続ける。本来ならEP切れを待てばいいが、正道の行動により中々底が見えず、回復手を放って瑠琵と正道を狙おうものなら回復手によりこれまた中々倒せない。 雷撃の真なる力である最大出力を使えばリベリスタ達に大ダメージを与える事は可能だが、アレは時間が掛り過ぎる。その時間の間に影人を揃えられてしまえば実質的に効果は半減だ。まぁ影人などという存在を戦闘の初期から見て知る事が出来たのは、無駄な時間を使わないで済む為、その点は血鬼にとってプラスだったが、 「貴様、先程からチクチクと……!」 「どうぞお気になさらず。これは私の切り札みたいな物ですので!」 五月だ。彼のスキルの一つ“針鼠”が血鬼にとって最大の邪魔なのである。 これは血鬼のEX――鬼道・天地玄妙神辺変通力離との相性が最悪なのだ。復活し、攻撃した直後に針鼠でカウンター死亡など冗談では無い。血鬼にとってなによりも先に潰す必要があるリベリスタだった。 「千四百年経ってもしぶとい連中だナ……! しかし我らを止める事は出来んぞ……我が、温羅が復活しているのダ。我は負けぬ、貴様ら全て塵に返すまで何千年経とうが負けぬゾ!」 それは叫び。心の奥底からの本心にして確信だった。 負ける筈が無い。人間如きに、二度も負ける訳が無い。もう奴はいないのだから―― 「……おいテメェ、温羅がなんだって……? 寝ぼけてんのかテメェはよ?」 その時だ。血鬼の言葉に反応したのは武臣で、 「千四百年前なんざどうでも良いだろうが! テメェは、テメェだ! こないだ俺らと命懸けてやりあった“テメェ”だろうがよ! 温羅なんざよ、一片も関係ねぇだろうがよ!」 「なんだと貴様――」 「うるせぇ! クソつまらねぇ御託並べてねぇで“テメェ”が掛ってこいよ! どこまでいってもなぁ、ここで勝つのは“俺ら”か“テメェ”かだ! それ以外なんざ所詮“見知らぬ誰か”なんだよ!」 温羅がどうした。人間が何だと言うのだ。 関係ない。一切合財関係ない。ここにいるのはあくまで“血鬼”と“俺ら”だけなのだと、叫びきる。 「何を言うカ……! 我は、我は千四百年前のあの日から今に至るまで“我”なのダ。故に“我”から“我”を抜くことなどありえヌ。そうだ、我は、我は温羅の一部なのダ!」 「過去の恨み辛みの塊……ああ、成る程。盲目でありやすねぇ、生きるってのは自分の欲望じゃなきゃいけやせんというのに」 虚鬼の右腕たる一撃を防ぎながら、玄弥もまた、言う。 「他人の理由に依存して、悩みが無いなんて羨ましいのぉ――反吐がでますぜ。そんな芯の無い輩には負けやせん。業が深いのはお互い様でやすが……所詮、過去の遺物は過去って事かねぇ」 「芯が無イ……!? この我が、我が芯が無いト!?」 「――えぇ、その通りですね」 そこからさらに新たな言葉を繋ぐのは五月である。 彼が言うのは、ある種の否定で、 「あなたは過去なんです。何があろうと、消えゆくべき……過去なんです」 「過去?! 貴様は過去と言うのカ! たかが千四百年の時を経た程度で過去だト!? ふざけるなよ短命ガァ! 貴様らの物差しで我の感覚を語るナ! 我にとっては“あの日”はつい先程にも等しイ!」 だから、 「“あの日”は今、この瞬間にも続いているのダ!」 「それでも!」 五月は一喝する。 認めない。認める訳にはいかない。血鬼、あなたは―― 「あなたは……あなたは過去だ! どれだけ言葉を重ねても、貴方が語り、見ているのは“今”では無く千四百年前の“過去”でしかない! “明日”を見ていないあなたは――」 幾千。 幾万。 時を重ねようとも、 「消えゆくべき“過去”なんです!」 「――ほ、ざいたな、人間共ッ!」 言い終わるや否や雷撃が天より降り注ぐ。 幾度と無く戦場に打ち込まれた血鬼の無念の雨である。もはや戦場の地形を抉っている場所もあり、壮絶な威力を持っている事を悟るのは難しくない。その中でも、特大の一撃がリベリスタ達を中心に襲い掛かった。 「ッ、う! このままじゃあ回復が追いつかなくなるかもしれないわね……癒しよ、あ――」 「させヌ!」 小夜香が癒しの術を唱えようとしたまさにその瞬間を狙い、血鬼は小夜香の血を制御する。 攻め時、そう判断しているのだろうか。血鬼がこのタイミングでさらに回復行動の妨害に掛かったは。 「今度は私が引き継ぐね! みんなが痛がる姿なんて、見たくない。だから……!」 しかしその妨害ルーメリアが挽回する。 彼女の口から漏れる言葉は詠唱。高位存在の希薄ともいえる意思を読み取って行う術――聖神の息吹。 彼女が認識する全てのリベリスタの傷が、どこからともなく吹かれる息吹によって癒されていく。 「貴様らもまもなく限界だろウ? そろそろ本格的に押しつぶしてくれるワ!」 「おおぉ上等だオラァ! やってみろや名無しの血鬼――!」 「決着をつけにきたんだ……負けは、しないよ!」 竜一が、嵐子が、癒えたばかりの体を動かして血鬼へと再び進撃する。 負けられない、絶対に勝つ。 潰れろ、邪魔だ、消え失せろ。 様々な思いと信念はぶつかり合って、しかし譲らず削り合う。 故に、ああだからこそ故に、 戦いは削り合いの末とうとう――終幕へと導かれる。 ●思 ――否! 否である! 我が、我が人如きに劣る筈が無い! ――証明して見せようではないか、こいつらを倒して、直ぐにでも証明してくれよう! ●現 「ここまで戦ったんだから……絶対、勝ちますよ!」 攻撃入り乱れる戦場を、京子が突っ走った。 己のガトリングガン――運命刈りと名付けたソレを力強く構えて狙うは、 「胴体下……!」 呟きながら、引き金を絞り上げた。 連続する射撃音が鳴り響いて、血鬼の胴体下部分を抉り取って行く。だが、 「フ、フフ……効かぬ……効かぬなァ!」 血鬼に対するダメージは軽微だった。元々回避力が高い為でもあろう。運が悪かったのかもしれない。 とはいえ、血鬼の体力もあまり余裕のある物では無かった。前回の戦いにおけるダメージに加え、いくら能力値が高くても手数で押されれば余裕と言う訳にはいかない。リベリスタも、血鬼も、限界が近付いていた。 「ではこちらの番だな……さぁ、潰して行こうカ!」 雷電の閃光が輝き、真一文字に地表をなぞる。 無論一人たりとも逃がさぬと、全て捉えて駆け抜ける。さすれば耐久力の低い影人は一瞬で蒸発して、 「わ、わらわの影人が一瞬で消える――! えぇい、役に立つのか微妙だなホントにこれ!」 「くけけ! ヘソ取られたらかなわんのぅ、避雷針代わりや!」 愚痴る瑠琵にアームキャノンを避雷針として直撃を避けようと試みる玄弥ら、ブロック陣の二名。 実際として影人がどれほど役に立っているかと言うと――この戦いにおいては非常に役立っていた。血鬼の驚異的な攻撃力と命中率によってほぼ一瞬で溶けてしまう壁だが、それでも一回の攻撃を防ぐには役立つ上、何より雷撃之血雨・真を使わせる事自体を間接的に躊躇わせているのだから。 「さぁ、まずは貴様ダ!」 そして瞬時、雷が成り止んだ直後に血鬼は血の水蒸気をある一点に収束させる。 その対象となったのは――五月だ。 「ぐ、ぅ――?!」 超至近距離において爆発したその威力たるや脅威。一発だけの威力としてみれば雷撃を超えているのだ。思わぬ一撃に五月は口より吐血し、片膝をついてしまう。とは言え諦めるつもりはなく、運命を燃やして彼は未だ戦線に残るつもりである。 「流石に複数回行動を連続されるとキツイな……だけど、よ!」 竜一が背後から血鬼へと踏み込めば、全身の闘気を再び矢に込める。 デッドオアアライブ。先程の一撃と同様の高攻撃力をもって、血鬼の防御を突き破るつもりなのだ。そして実際に矢を放てば――血鬼の目へと確かに命中した。だから、 「攻め時だ……! 今、ここで勝負を付けるべきだ!」 「タイミング的にも限界が近いし、ね!」 武臣に嵐子の、血鬼に最も近い攻撃陣が一斉に血鬼へと総攻撃を仕掛けたのだ。 彼らは足りぬ命中率を補うために集中を一度施してから攻撃を行っている。それ自体は非常に有効ではあるのだが――攻撃までの間にどうしても一ターン分ラグが出来てしまう。 故に彼らはここが正念場と踏んだ。この一手で、少なくとも血鬼の体力を限界まで削り取る。 「舐めるなよ人間……我が、我ガァ! この程度で落ちるカァ!」 しかし足りない。あと少し、あと少しなのだがそれが届かない。 「――ええ、まぁ、そうでしょうな。流石にそんなに甘くはありませんな」 故に、 「ここは私も攻撃の手を取らせていただく事にしましょう!」 正道が行った。回復手のルーメリアや小夜香、影人要員の瑠琵のEP補給に全力を注いでいた彼だが、事ここに至っては補給よりも倒す事に力を注ぐが先決と判断。接近し、機械と化しているその巨大な右腕を――叩き込んだ。 「ぬ、ぐ、ぉ、ォォオ――?! 貴、様ァ! この一撃ハ……!?」 それは必殺の一撃。ドラマ的な復活を許さぬ属性を付与した攻撃であった。 その攻撃が通った以上、フェイトを持たぬアザーバイドは死すより他無い―― 「ク、フハ、フハハハハ……貴様ァ! この一撃がどういう意味をもつのか分かっているのだろうナ!?」 ――筈なのだが、血鬼に限って言えば話は別だ。 鬼道・天地玄妙神辺変通力離。 それは、人を祓う鬼のまじない。血鬼に問答無用でもう一度立つ力を与える人外の理。 「影の式は先程粉砕したばかり……この状況ならば一掃できるわッ! 散るが良い人間どモォォォォ――!」 その時、空が黒き雲に包まれた。 この一帯だけが唐突に光を失う。おかしい、妙だ。こんな天気の在り方など存在しない。ならば原因は唯一つだが、その事に思考を裂いている暇は無かった。 ――次の瞬間には天より巨大な光が落ちてきたのだから。 「く、ぅぉ、こいつは――?!」 光の音が今更に轟音を響かせている。ああ、分かった。これは雷だ。 その閃光が大きすぎて気付くのに一瞬遅れるが、間違いない。数度となく使われた血の雷――それら全てがゴミに見える様な威力を持つ怒りのイカズチ。 人を焼いて、人を滅ぼす為に。この一撃は存在しているのだ。 「で、すが、切り札を使った瞬間こそ、私の切り札が輝く時です……!」 しかし、と五月が天より注ぐ雷を真正面から受け止めるつもりだった。 自身には針鼠がある。その効力を使えばこの時点で血鬼を倒す事が出来―― 「無駄ダ。何のためにお前を最優先で倒したと思っていル。そのまま朽ちてゆくが良イ」 ――る。その未来は、血鬼の妨害によって成り立つことは無かった。 血ノ制御。それによって針鼠の発動を無効化させたのだ。もっとも、スキルを根底から無効化させている訳では無いのでこの一瞬限りの話ではあるが、 一度フェイト消費した五月を戦闘不能にするだけなら充分だ。 「――?!」 雷撃が着弾する。 極大の、戦場諸共消し飛ばさんとする意思がリベリスタ達を一人残さず呑み込んだのだ。攻撃陣も、ブロック組も、回復手も、等しく位置を認識されている以上逃れられない。隙間無く天より降り注ぐ雷撃をどう回避せよと言うのだ。 「なら回避しなければ良いだけの話――だよねぇ!」 嵐子が踏み込んだ。全身が焼き切れる様な激痛走る中でもなお、歩みは止めない。 必要であると言うのなら運命ですら燃やして突き進む覚悟である。何、どれほどの痛みであろうとそんなモノは前回にも充分経験した事だ。身命賭して相手へと近付けば――全てのダメージを集中させていた左腕を強引に突き出して、血鬼の首へと捻じりこませた。 「ぬ、ぐ――無、駄ナ事をォ――!」 嵐子の狙いは己が血を鬼の体内に混入させる事だ。リベリスタ達の血を模倣しているのならば、血が余分に混じればその性能に何かしら狂いが生じるのではないかと。そう考え、今の今まで敢えて左腕にダメージを集中させていたのだ。 もっとも、事はそう甘く無い。血を入れる事に成功はしたが、相手は血の塊。血で血を染めても効果が薄かったのだ。少なくとも嵐子の狙いは外れてしまったと言えるだろう。 ――だがこの行動は別の意味で意外な働きをする。鬼の血で固まった存在に、嫌悪する人の血が入ればどうなるか。それも、その行動を行った存在が前回苦渋を舐めさせた人物なれば、自然と意識は嵐子に集中する物だ。つまり、 「隙あり、ってなぁ!」 僅かであろうと、他の者達から注意が逸れる。なれば、それは好機だ。 竜一はその一瞬を逃さない。血ノ制御で止められるのと同様に、一瞬の隙と言うのはリベリスタにとっても血鬼にとっても致命的なのだ。ヘビーボウを構え、確実に当てる為に――突撃する。 「むッ!? 何故貴様がそうまで無事なのダ……!?」 「おいおい舐めすぎだろ。あんな技、警戒しない奴がいないとでも思ってんのか?」 言うのは武臣だ。先のイカズチが発生するよりも早く、血鬼の体力の限界を感じ取った彼は竜一を庇う行動にいち早く出たのだ。デッドオアアライブによるダメージ蓄積により血鬼の自動的な怒りは竜一に向いていた事も合わさって、武臣の行動は実に効果的であったと言える。 「誰かの刃がお前に届けばいい……ただそれはな。オレじゃなくてもいいんだよ」 「ッ、く! だがなぁ、コイツの存在を忘れているまいナァ?!」 気付き、竜一の方向へと振り返る血鬼だが、既に行動している者を止めるのはもう難しい段階となっていた。 故に血鬼は呼び寄せる。虚ろなる鬼の右腕を。自分を直接庇わせる為に。 「そうはさせやせんぜ! じじいには、じじいの仕事があるってもんやからなぁ!」 しかしその道中にて、横から玄弥が強烈な蹴りを叩き込んだ。無論、ブロックの為である。 彼の役割は一貫して虚鬼の右腕を塞ぎ続ける事だ。故にここは抜かせない。例え傷を負おうとも、それが彼の役割であり仕事なのだから。 「まだまだ……負けない、負けない……よ! ここは、絶対に通さない!」 ルーメリアも同様に、己の本分たる回復行動を全力で行い続けている。 通さない。血鬼を通してしまえば間違い無く危険な事が起きると、どことなく勘で理解しているのか、気迫は傷付いた今でも衰えていない。 「結城さん! 頭部よ! 奴はさっき結城さんの方を振り返ったわ! 奴の目は今、頭部にある!」 「私の方でも確認しました! 奴はたしかに、竜一さんを“見”ましたぞ!」 そして、血鬼の様子を絶えず窺い続けていた小夜香に正道が現在の目の位置を確かに感じ取った。 先程血鬼は竜一を見る為に“振り返った”のだ。それはつまり、現在の左目が頭部に位置している事を意味している。どこぞへと移動し続けるとは言え、目の役割を果たしているのならば――と観察を続けていたが故に気付けたのだ。 「さらばだ、血鬼よ。俺という竜は、貴様という川を昇り――今こそ天へと至る!」 声を豁然と放ち、竜一が矢を放つ。隙を突いた上で、目の位置を確信した一撃は想像以上の威力を誇って、 今度こそ決着が―― 「づ、ォォォォォオオオオオ――!!」 つかない。隙を突き、必殺の一撃で確かに抉った筈だと言うのに、血鬼は未だ健在だった。これは、まさか、 「二回目、じゃと?! 馬鹿な、そんなしぶとい余力をどこに……」 暴れる虚鬼の左腕を必死に押さえつつ、瑠琵は疑問する。 これは端的に言うと血鬼の戦術であった。回復手に影人、EP回復要員にEX対策の針鼠持ち。相手の編成が良く、どこから潰せばいいのか悩ましい。だからこそ、血鬼は賭けた。五月を真っ先に潰しカウンターで倒されないようにした上で、“EX技の連続”によってリベリスタを始末しようと。 諸刃の剣でもある。もし影人が残っている内に体力が限界を迎えれば誰かは生き残り、返す刀で自分が潰されるだろうし、EPを消費しすぎる勢いで攻撃すれば二度目のEXは発生しない。だがその賭けに――血鬼は勝った。 「こ、れで、真実終わり、ダ! 消えて無くなれ人間どモ――!」 EPはもはや絞り滓程度。だが関係ない、ここで倒せれば、ここで倒しきれば我の勝ちだと確信して、 血鬼は最期のイカズチを繰り出した―― ●最期ノ思 ――勝つ、勝てる。そう確信したのは間違いない。 ――ああ、我はとうとう人に勝つのだ。千四百年前の無念は、ここにて晴らされる! ――勝つ! 勝つのだ、我は、我は――! ●最期ノ現 「我、は……我は……!」 イカズチは放った。間違い無く、今度こそリベリスタ達を全滅させるに等しい一撃だ。 唯一人、武臣に庇われていた竜一だけは生き残るかもしれないがブロック組が倒れていれば問題ない。虚鬼の右腕と左腕を加えればまず間違いなく倒せる。 だと言うのに、何故だ。何故、我の、我の体に、 「亀裂……が……」 意味が分からない。何故、どうして。攻撃したのは我だ。なのに何故我が攻撃を受けている? 「人を……甘く見過ぎなのですよあなたは」 声がする。誰の声だ。何が起こった。何故貴様が“立って”いる。 「私が立つとは思いませんでしたか? 歪めなきゃいけない運命なんていりません……私は、私の意思で運命を勝ち取ったんです」 ――五月だ。フェイトも消費し、完全に倒れた筈の彼が立てたのは、ドラマによる復活があったのだ。歪曲はいらないとばかりに強く願った為かある程度補正は掛ったのかもしれないが……それでも、先の攻撃から立ちあがれた為にこれが決定打となった。使ったばかりの血ノ制御で止める事は出来ない。 一度は無効にされた針鼠は、二度目に血鬼を刺したと言う訳だ。 とはいえ、イカズチ自体はそのままリベリスタ達に通っている。此方側の損傷も多大であり、喋る事すらキツくはあるが、 「う、ぐ、ぉぉ、こんな、こんな最期など……我は、我の元へと……!」 「……流れ出た古い血が今更宿主の所には戻れんじゃろう。川となったお主は……海に流れるが道理なのじゃ」 複数回におけるイカズチを喰らった事によって多大な傷を負った瑠琵が見据えるのは、宙に浮かぶ虚鬼の腕らだ。 血鬼の崩壊が進んでいる為か、それらも同時に壊れようとしている。仮に生き残っていたとしても攻撃力の基となっている血鬼が消え去れば攻撃力は0以下の“無”だ。どの道脅威ではないだろう。 「その姿、見苦しいとは言わねぇよ。俺の名の下で、お前はお前として永遠になりな」 そう、 「一個の、鬼としてな」 「――」 竜一の言は何を示唆していたのだろうか。 一度流れ出でた水はもう二度と元には戻らない。 で、あるとすれば血鬼はそもそもこの世に生れ出た時点で、完全に独立した存在であったのかもしれない。温羅とは関係ない、ただの一個としての鬼。 妄執に取り付かれた、ただの――鬼。 「ォ……ォォォォオオオオ……!」 血鬼の体が亀裂を始めとして崩れて行く。 ……一度流れ出でた水はもう二度と元には戻らない。 それを人は“覆水盆に返らず”と言う。 短くすれば“覆水不返”。 さて、どういう意味が奴にはあったのか。 「本物じゃない存在の紛い物の力。そんなのには、何度闘っても絶対負けないよ、私達は……!」 嵐子が言い切る。身体は限界に近いなれど、力強く、ハッキリと宣言すれば、 「――!」 千四百年の妄執と過去に囚われた鬼の体が――完全に砕け散った。 超圧縮されていた血吸川の水が、形を成していた血鬼の喪失によって、ただの水と化す。四方に薄く散開し、一時的にこの一帯が水浸しとなる程の量が零れれば。空を不自然に覆っていた雲もまた四散する。 ――夜空が、見えた。 「……一旦退きましょう。まだあちこちで戦闘が続いてる。私達も体勢を整えないと」 小夜香の言に皆が頷けば、重傷者だらけだ。 一度、後方に撤退して治療を受ける必要があるだろう。戦いは、まだ続くのだから。 ただ……この地における戦いは終わった。 千四百年。その月日に拘った存在終着が今――確かに、舞い降りたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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