● 「塵輪鬼が出るぞー!」 一匹の鬼の叫びに、戒めの鎖が解かれ、小山が動く。 否、正確には小山ほどもある一匹の鬼だ。だが鬼とは言えど普通の二本足で立つ類の鬼では無く、角を生やした醜い頭が八つもある大牛と巨大蜘蛛の相の子の様な姿の鬼だ。 其々の顔の、其々の口から、殺戮と破壊への衝動に唾液を滝の様に、そう、正に滝の如く流れ落とし、塵輪鬼は月に咆哮を轟かせる。 塵輪鬼とは、岡山のある地方に伝わる化物の名だ。 嘗て弓で射殺された塵輪鬼は、頭が黄島、胴が前島、尾が青島と、3つの島になったと言う。 それどころか、成仏できなかった塵輪鬼は牛鬼と化し、更に討伐されて黒島、中ノ小島、端ノ小島に変化したそうだ。 勿論眉唾物の伝承である。 だが神秘に携わる者ならば、この伝承が、昔の人々の心胆を寒からしめた化物の存在の示唆であったことに気付けるだろう。 塵輪鬼。この世界の常識では計れない、巨大な体を持つ怪物……アザーバイド。 其の巨大な足が一歩、遥か彼方の人間の群れ、陣を構えたリベリスタ達に向かって踏み出された。 ● 「さて諸君、戦争だ。敵は化物。切って叩いて焼いて潰して鏖殺せよ。老いも若いも雄も雌も一切の区別無く鏖にするのだ」 顔に精気を漲らせ、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が告げる。 温羅への切り札になる『逆棘の矢』の争奪戦は完全な勝利には至らなかった。 アークの精兵の力を持ってしても尚も鬼は手強い。確保できたのは2本の矢。 「非道だと思うか? だがこれは生物としての生存の為の戦いだ。諸君等が一匹敵を逃せば、一人以上の人間が死ぬ。それを厭うならただ只管に敵を殺せ」 そして尚も事態は急を告げる。 アークが誇る切り札、『万華鏡』が予測したのは鬼達の人間社会への大規模な進撃。 殺し、喰らい、鬼道を知らしめ、崩界を促す。 けれどそうさせない為にアークが存在するのだ。 「諸君。決戦だ。戦争だ。情けを捨てよ。精兵たれ。作戦目標は鬼道の本拠地『鬼ノ城』の制圧及び鬼ノ王『温羅』の撃破」 だが勿論それは容易い事ではない。 城外には四天王『烏ヶ御前』率いる迎撃部隊。城門は同じく四天王の『風鳴童子』が守護している。 更には御庭には鬼の官吏『鬼角』率いる精鋭近衛部隊が戦いの時を今か今かと待ち受けており、そして本丸下部はあの最初にして最後の四天王『禍鬼』のエリアだ。 ずらりと並ぶ強敵に、溢れんばかりの鬼の群れ。 「……ははは、愉しくなって来ただろう? だが戦争の醍醐味はまだまだ此処からだ。さて諸君の任務の話に移ろうか。今回、諸君等に挑んで貰うのは迎撃部隊の先鋒として突っ込んで来る敵の陸上戦艦をどうにかする事だ」 楽しげな笑みが、逆貫の唇に張り付く。 勿論陸上戦艦と言っても、現代兵器が相手な訳では無い。 「塵輪鬼。伝承にも残る巨大な鬼、腐れ化物が背に鬼を積んで本陣に特攻を仕掛けて来る。……丘や小山程もある化物だ。其れを許せば本陣は踏み躙られ大きな被害を出すだろう」 笑みを浮かべたままの逆貫だが、其の瞳に嘘の色は混じっていない。冗句の一片も混じらず、其の非常識な鬼は存在し、本陣目掛けて突貫して来るのだ。 「無論アークとて無策で此れを看過はしない。先日、あの狭い『鯉喰神社』では異空間での戦いになったそうだが、あれは何も鬼だけの専売特許ではない。居るだろう? アークにも、忌々しい事に、へらへらと笑うあのだらしない乳をした魔女が」 そう、確かに高度な隠蔽や『無限回廊』をはじめとした様々な魔術を行使してアークを苦しめた彼女は今、アークの同盟者として協力者として、こちら側に居る。 「おっと、こんな物言いは彼女に失礼だな。そうアークには今アシュレイ君が居る。彼女の魔術ならば一時的に塵輪鬼を異空間に閉じ込める事が可能らしい。戦場を無軌道に走り回られるだけでも甚大な影響が出そうなだけに此れは非常にありがたい事だな」 バサリと放られた資料の束。 「諸君等は異空間を疾走する塵輪鬼に乗り込み、……まあ別に足を止めてから乗り込んでも構わんが、兎に角よじ登って巨大な奴の、8つの頭部の角を全て切り落として欲しい。そうすれば塵輪鬼は止まるだろう。何、異空間だ。多少の無茶も許される。一切の手段は問わん」 8つの頭部は其々2本ずつの角を持つ。 「注意せよ。塵輪鬼の背は鬼達が乗っており、諸君等の妨害を試みるだろう。更には2本の角を切られた頭は力を失うが、代わりに牛鬼となって復活する。ははは、楽しい話だろう? 思う存分に戦える。さあ、私は諸君の健闘を祈ろう」 資料 塵輪鬼 今回の敵にしてフィールド。小山程もある巨大な鬼。蜘蛛と牛が交じり合ったような胴体と、牛と人の混じった様な8つの顔を持つ。 常に時速80km程で移動しており、其の背は非常に揺れる。 牛鬼 体長5m程の鬼。蜘蛛の様な体と牛と人の入り混じったような鬼の顔を持つ。 非常に残忍・獰猛な性格で、毒を吐き、人を食い殺すことを好む。 塵輪鬼の頭の角が2本とも落とされ、力を失えば其の無念と怒りが形を成して牛鬼と化す。 枯花(カカ) 人型で平安貴族風の優男。手には扇子を持つ。 今回塵輪鬼の背に乗る鬼達のリーダー。 四天王、烏ヶ御前の配下であり、同じく烏ヶ御前配下の蕾の兄。 のんびりした気性で弟思い。 戦闘指揮2lvと、扇子を振るって麻痺・死毒の花粉を飛ばす、扇子を振るって枯れた花びらを舞わせて切り付けるなどの広範囲への攻撃を得意とする。 大鬼×10 耐久度に優れた体格の良い鬼。 武器は金棒。脳筋。殴る、振り回すの様な単純な攻撃を行う。全て近範、ノックBつき。 鬼弓兵×30 弓で武装した人間サイズの鬼です。ブレイクが付いた遠距離範囲攻撃を行います。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月12日(木)23:33 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「やっぱり人間はあなどれへんなぁ……」 疾走する塵輪鬼の揺れる背の上でも揺らがぬ枯花は、けれども其の言の葉に僅かな驚きと賞賛を滲ませる。 ぐねりと揺らいで歪み、変化する事の無くなった異様な景色は、此処が尋常ならざる空間である事を告げていた。 巨大な質量と、それに見合ったエネルギーを内在する塵輪鬼を異空間に捕らえる等、恐らくは彼等の直接の主である御前にすら難しい筈なのに……。 配下の鬼達に広がる動揺に、しかし枯花は其の手の扇子をバサリと開き、 「皆、そうあわてな。そりゃ人間も必死や。対策の一つや二つは講じてきよるよ。でも塵輪鬼を完全に捕らえるなんて不可能や。……な? きばりぃや。頼んだで塵輪鬼。この道かて無限やあらへん。壁は必ずあるさかいな。それより……」 そう、塵輪鬼を封じ続ける事が不可能ならば、人間達が講じるだろう対策は此れ一つでは無く、寧ろこの稼いだ時間に塵輪鬼を落とし来る連中が、本命が居る筈なのだ。 「対策は一個やないやろ。もう直ぐ人間が来よるわ。戦闘準備や。……皆、いくで?」 「まるでカーチェイスね! わくわくしてきた!」 徐々に大きくなって来た塵輪鬼の後姿を、トラックの荷台の『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は瞳を期待と興奮にきらきらと輝かせながら見詰める。 風で飛ばされそうになるロシアンハットを片手で押さえる彼女……否、彼の期待に応える様に『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)は更にアクセルを踏み込む。 唸りを上げるエンジン音も、近付く塵輪鬼の足音に掻き消されがちだが、それでも最大速力はまだ僅かにトラックが上回っている。 見た目がほぼ小学生にしか見えない都斗の足でアクセルをべた踏みするのは多少……いやかなりの無茶があるが、身長が足りずに多少前が見えずとも前を向いて走りさえすれば、何せただ只管に馬鹿でかい、或いは都斗が言う所の巨大で醜悪な塵輪鬼の事だ。ぶち当たるだけなら不可能ではない。 無論、後の保証は全く無いが。 ● まるで雨の様に降り注ぐ無数の矢を、しかしエレオノーラと『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)、高回避を誇り、尚且つ全力を防御に注ぐ二人は耐え凌ぐ。 回避機動についていけず置き去りになったロシアンハットは矢だらけの姿となって塵輪鬼の背を転がり、落ちていく。 ユーヌのスカートが避け損ねた矢に裂かれ、エレオノーラは頬から赤い血を流す。其れでも二人は動きを止めない。圧倒的多勢が放つ矢は耐える事無く降り注ぐ。掻い潜り、掻い潜り、掻い潜り、また傷付いていく。 だが二人とてただ無策に嬲られる為に上がって来たのでは決してない。 二人に更なる攻撃を加えんと弓を引き絞る鬼弓兵に対し、濁流の様に溢れ出た黒鎖が、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の腕から溢れ出した血液、高速詠唱により起動した葬操曲・黒が彼等を呑み込み呪縛と猛毒、流血と不運の状態異常の海に溺れさせる。 エレオノーラ、ユーヌ、氷璃の翼を持つ3人が敢えて危険を冒して先んじて塵輪鬼を登り背に降り立ったのは、橋頭堡の確保の為だ。 ゴツゴツとした塵輪鬼の背を鉤が噛み、だらりと何本も繋ぐ事で長く伸ばされたロープが垂らされる。耐え凌ぎ、強襲し、ほんの一時の時間を稼ぎ出した3人の、命懸けの成果。 だが間断なく行われる鬼弓兵達の一斉射撃に、エレオノーラは仲間達が辿りつく前に運命を対価に踏み止まる事を余儀無くされる。 ぐしゃり。 質量の違いとは、即ちその存在が持つエネルギー量の違いに直結する。 並の人間と比べれば遥かに大きな質量と、それに速度を掛ける事で巨大な運動エネルギーを発揮出来るトラックも、小山にすら例えられる塵輪鬼と比すればそこらの石ころと大きな差は無いだろう。 あっけなく踏み潰され、次いで起こった爆発も塵輪鬼の足を揺るがす事すら叶わない。 だが彼等は、リベリスタ達は、其の理不尽な質量差を、塵輪鬼の持つ巨大なエネルギーをひっくり返すために此処に居るのだ。 遥か上から垂れるロープを片手に握る『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の小脇には、寸での所で踏み潰されるトラックを飛び出した都斗の姿もある。 フツの翼の加護による限定的な飛行能力と、更にはエレオノーラ、ユーヌ、氷璃、3人が上から垂らしたロープを掴んでも尚、塵輪鬼の登攀は決して容易い事ではない。 本来ならばフツは新たに習得した陰陽・結界縛を用いて塵輪鬼の動きを鈍らせたかったのだが……、陰陽・結界縛が効果を及ぼす範囲より、比べる事すら馬鹿らしいほど遥かに巨大で、内在するエネルギー量も桁が違いすぎる塵輪鬼に影響を及ぼす事は出来なかったのだ。 巨大な質量が生み出す大きな揺れと風に、ともすれば流されそうになる身体を、リベリスタ達は翼の加護で得た飛行能力を塵輪鬼の体に自らを押し付ける事に使い、一歩一歩と確実に、だが出来る限りの速さで登って行く。3人の仲間が命懸けで稼ぐ時間を、僅かたりとも無駄にせぬ為に。 ● 山を登りきってみる景色は格別だと言う。 無論、塵輪鬼の背へよじ登る事は単なる登山とは大きく意味を異にする。 けれど一刻の予断も許さない緊迫感溢れるこの状況がそう感じさせたのか、塵輪鬼の背から見渡せる周りの光景に『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)は、そんな場合ではないと判っては居ても、思わず一瞬目を奪われた。 高く、視界が広い。吹き荒ぶ風の向こうに、捩れて歪んだ空間が広がる。何処までも、何処までも。 下から登る時以上に感じる塵輪鬼の強大さと、其れを一時とは言え封じられる、何時までもそうだとは限らないが今は味方であるだらしない乳の魔女ことアシュレイの魔術の凄まじさに、虎美の唇が薄っすらと吊り上がる。 狩り甲斐のある相手に喜びを隠し切れていない、何処にでも居そうな可愛らしい乙女の容姿とは裏腹の、虎美が内に秘める猟奇的と称されるが所以。彼女の最愛の兄が絡まねば中々見る機会も無い虎の牙が、ちらりと覗く。 一方前に躍り出て半円状の防御陣を敷く前衛達の一人である、虎美の兄、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が手の刃で一体の鬼弓兵を切り伏せる。 結びつけたワイヤーを命綱に、ハイバランサーでバランスをとって戦う彼。 鬼だから殺す、そういう納得の仕方は俺はしたくないと彼は言う。彼が鬼と戦うのは、ただ、敵だから。 敵を倒さねば無辜の人々がやられる故に、しょうがない。 反吐の出るクソ甘えた生温い理屈。敵を救える程の強さを持たぬ故に『しょうがない』。 だがそのしょうがないを唱えねば修羅の真似も出来ぬどっちつかずの彼の甘さ、或いは優しさは、竜一の魅力の一つなのだろう。 恋人であるユーヌ、妹である虎美、彼女等を危険から遠ざけるためにも、修羅にもなりきれぬ竜一はただ只管に鬼を斬る。 だがリベリスタ達が陣形、前衛達を半円状に前に展開し、其の内側に後衛を入れて守ると言う、後衛の持つ20m全体攻撃を活かし易く、尚且つ防御に長けた陣を展開したのと同様に、鬼達も枯花の指揮の下に其の構えを変えていく。 前に進み出るは5匹の大鬼。リベリスタのそれぞれ前衛の一人一人と対峙する。其の後ろには、幾重にも戦列を作った鬼弓兵がまるで半円を描くリベリスタ達を包み囲むかの様に、鶴が翼を広げるかの如く布陣していた。 予備兵力に半分の大鬼と一部の鬼弓兵を残す枯花。戦力の逐次投入が集団戦において愚策となり易いのは無論承知の上だ。 しかし大鬼、鬼弓兵の特性、範囲攻撃しか持たず一挙に戦力を投入しては同士討ちを招き易いが故にそうせざる得ないし、塵輪鬼が異空間を突破して敵陣を蹂躙する事が彼らにとっての勝利であるが故に持久戦にもなり易い形を選択したのだろう。 枯花にとって一番困る展開はリベリスタ達が無理矢理に肉迫して来る事だった。群れの中へと潜りこんでの撹乱を行われれば、例え相手が少数であれ其の対処に苦慮する事になったであろうから。 故にリベリスタの取った戦術は、枯花に、そして彼の率いる部隊にとっては、比較的都合の良い、組し易い物だったと言える。 ● 「貴方の弟、騎士としては優秀だけれど男としては落第ね」 戦いの其の最中、ふと氷璃が枯花に対して言葉をぶつける。彼にとっては最愛の弟の事を。 「……そうやね。否定のしようもあらへんなぁ」 緊迫した戦いの最中であれ、思わず緩む枯花の唇。振るわれた扇子の指図に従い、鬼弓兵達が弓を引き絞る。 「でもな。ボクの後ろをついて来るだけしか出来へんかったあの子が、騎士になれたんは君の言う落第点な男の矜持がそないさせたんや」 放たれた矢が、リベリスタの前衛が守る半円の、其の中に雨の様に降り注ぐ。正確に所在を把握する必要もない。前衛達が守る其の奥に、狙うべき後衛達は確実に居るのだから。 「ボクは御前はんが嫌いや。可哀想な鬼やとは思うけどな。そんな御前はんに何処までもついて行くって決めた蕾もあほうや」 回避に優れるユーヌですら偶然の一発を受け得る矢の雨は、その2人程に回避を得手としない他の後衛達にとっては厳しい試練だ。大きく揺れる足場も彼等のうちでも対策を持たぬ者には厳しい足枷となっている。 矢はフツの施した翼の加護や守護結界を容易く切り裂き、超直観による枯花の観察で攻撃タイミングを察した氷璃の警告があっても尚、都斗と、序盤の傷が残っていたユーヌが崩れかけて踏み止まった。 「でもな、弟が君の言う優秀な騎士になれたんは、間違いなく御前はんが居たからや。その恩は返さなあかん。弟の恋を止めれなかったボクに出来るんは、二鬼の道を誰にも邪魔させへん事だけなんよ」 都斗とフツの二人掛かりの天使の歌が響き傷を癒す。 「……これで納得やろか? 可愛らし人間のお嬢はん」 傷付いた氷璃と、枯花の視線が絡む。厳しく苦しい戦いは、まだ始まったばかりなのだ。 しかし数に勝り、尚且つ数を活かす戦術を取る鬼に対し、リベリスタ達は個々の自力で上回っていた。 枯花への呪縛を狙ったユーヌの呪印封縛こそ、指揮官を庇う他の鬼に防がれはすれど、 「蹴散らすよっ!」 虎美のハニーコムガトリング、半円の防御陣の向こうに群れる鬼達の多くを巻き込むその痛烈な一撃を起点に、リベリスタ達の猛攻が始まる。 見た目はチャラく、言動もともすれば軽いと思われがちだが、『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)はブレない男だ。 甘ったれた理想を口にし、現実に叩きのめされ血反吐を吐く。彼に突き刺さった悪意の牙は数知れない。 けれど焼けた鉄の様に熱く理想を胸にする彼は、叩かれる度にしなやかに強さを増した。焼けた鉄が鍛造されるかの様に。 『ヒーローじゃなくても、人は守れる。人はそんなに弱くない』 彼は未だに甘ったれた理想を口にする事をやめていない。 其の甘さを貫く為に鍛え上げられた異能の力は、彼が胸に秘める一振りの刃は、そう、確かに人を守る為に振るわれるのだ。 目にも止まらぬ速度で蹴り出された彼の蹴撃は虚空を切り裂き、鬼の群れを一直線に貫いて枯花へと突き刺さった。 「邪魔だよ。そこを、退いて……」 言葉と共に振るわれるチェーンソー、ラディカル・エンジンの一撃に弾き飛ばされた大鬼が、鬼弓兵の列へと突っ込む。 爆砕戦気による破壊的な闘気を全身に漲らせ、唸りを上げるチェーンソーでメガクラッシュを放ったのは『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)だ。 ノックバックで戦線を塵輪鬼の頭に向かって少しずつ押し上げんとするリベリスタ達の先頭を行く彼女。 身体で攻撃を受け止め、揺れる背を其のバランス感覚で強く踏みしめ、重量ある一撃を放つ羽音に、けれども大鬼とてむざむざと弾き飛ばされたままでは終らない。立ち直った大鬼により振り回された金棒が、今度は逆に羽音を半円の内側へと押し返す。 リベリスタと鬼達が築いた戦型は双方にとってこの戦場におけるノックバックの意味を大きく減じた。弾き飛ばされた味方を後衛が支える事の出来るこの現状では、ノックバックを用いて塵輪鬼の背から敵を追い落とす事が不可能だからだ。 故に白銀の片手半剣を両手で握り締めた『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142)が繰り出したのは、 「世に蔓延る悪鬼共を悉く切り伏せてきた剣を受けるがいいッス」 そう、まさに破滅的と言う以外に形容の出来ぬ威力を誇る破壊の一撃。裂帛の気合と共に突き出された片手半剣は既に傷付いていた大鬼の腹部を鮮やかに貫き、爆ぜる。 生か死か。デッドオアアライブ。後に残されたのは、腹を失い2つに分かれた大鬼の亡骸。 ● 「寡兵が大軍を打ち倒すなんてままある事よ。知ってるでしょ?」 残影剣を振るうエレオノーラの言葉通りに、戦局は徐々にリベリスタ達が押し始めていた。 だが彼らの被った被害も決して小さい物ではない。特に、鬼弓兵からの集中攻撃を受け続けた後衛の被害は甚大である。 度重なる攻撃の前に、運命を対価にした踏み止まりのカードを残せた後衛はもはや一人も残って居らず、それどころか戦線を支える要となる回復役の都斗の体力がいまや風前の灯となっていた。 「ごめんなぁ、ボクはついこないだまで封印されてたから君等の歴史とかそんな詳しないんや。ボクの知る限りじゃ2倍以上の相手に勝った戦いとかは……、人間同士の戦いやとあんまりあらへんよ?」 鬼達にも既に多くの犠牲が出ているが、枯花は未だに表情から余裕を消さず、其の指揮にも未だ翳りは見えない。 無論枯花とて追い込められつつあるのは判っているし、彼の気性は倒れ行く同胞達を誰よりも悼む。 だが彼と彼の配下の鬼達は、決死の覚悟で此処に居る。塵輪鬼の背とは言え、敵陣に真っ先に突っ込んで無事に済むとは思っていない。 命は勝利に捧げた。彼等と自分の命が全て絶えようと、塵輪鬼を敵陣に辿り着かせる。其れが彼らの勝利なのだから。 残る鬼の数が半数を切り、リベリスタ達が新たな動きを見せる。 リベリスタ達の目的は、鬼の殲滅では無く塵輪鬼の角を圧し折りこの巨怪を止める事なのだ。 「こんな玩具でお山の大将気分?」 数を減らして薄くなった鬼の層を、更に枯花へと迫って言葉を叩き付けたのは夏栖斗。 「……玩具か、まあ人間から見ればそう見えるんかも知れへん。ボクはお山の大将で結構やけどな? でもな、この子はボク等の同胞や。道具扱いはやめえ」 枯花の注意を引く為の言葉は、想像以上の反応を彼から引き出す。 けれど、だ。 動き始めた、塵輪鬼の角を圧し折る役割を担当するリベリスタ、羽音、エレオノーラ、竜一、虎美、そして深い傷を負いながらも何とか回復を絶やさんと歌い続けた天使、兎登を含めた5人の前に、温存された大鬼や鬼弓兵達が立ち塞がる。 不意に展開された多重の魔方陣から黒き閃光が放たれ、それらの鬼の一部を石と化すも羽音達が抜け出るにはまだ足りない。未だ数は、鬼達が上回るのだ。 仕返しとばかりに打ち込まれた矢が、堕天落としを放ったばかりの氷璃を引き裂く。 一度噛み合い、喰らい合った獣同士なのだ。そう易々と離しはしない。離れる事を、許しはしない。 「あかんよ。行かせへん。キミ等は危険や。この体がわやになっても、この魂がないなっても、ボクがキミ等を止めてみせる」 振るわれた扇子から放たれた枯れた花びらが、夏栖斗とイーシェの体を深々と切り裂く。 そして同時に響き渡る一際巨大な激震と言って差し支えない振動と、物理的圧力を伴う轟音。 それは遂に、異空間の壁、捩れくれた空間の終着点をを見つけた塵輪鬼が、この世界を打ち砕かんと己が身を其の壁に打ち付け始めた証左。 「こんな所で寝てる場合じゃねぇッスよ!」 響く振動に、白銀の剣を杖代わりにもう一度立ち上がるイーシェ。砕けた肩当がガシャリと地に落ちる。 鎧に覆われていた筈の彼女の肌を覗かせる幾つもの大きな裂け目は、枯花の攻撃の脅威を雄弁に物語っていた。 血に塗れた肌を惜しげなく晒し、それでもイーシェは剣を振るう。 イーシェは騎士だ。日常の境界を、其の刃で守り抜く騎士。其の彼女がこんな場所で無様に寝ている訳にはいかないではないか。 「そうだ。こんな所で倒れたら、こいつを逃したら、何人死ぬかわからない……そんなのは絶対嫌だ」 塵輪鬼を逃せばどれほどの被害が出るのだろう。そんな未来を、夏栖斗は拒絶する。 「何の為の異能だ。そんなの決まってる」 運命を対価に立ち上がり、叫ぶ夏栖斗。 「守るためだ!」 放たれた蹴撃が鬼達を貫く。 戦況は新たな局面へと移行していく。 ● 誰もが血を流す過酷な戦場で、新たな局面を切り開いたのは羽音だった。 唸りを上げてばら撒かれた虎美の放つハニーコムガトリングの弾丸が体力を失っていた鬼達の動きを止め、再度放たれた氷璃の大技、嘗てクレイジーマリアと呼ばれたフィクサードの特技を氷璃が模倣・改造した堕天落としが立ちはだかる鬼達を石と化す。 更に頭部へと先行せんとするリベリスタを阻む最後の壁、金棒を振り上げた大鬼の周囲に幾重にも展開された呪印、ユーヌの放った呪印封縛が現れ、其の動きを完全に封じ込む。そして其の大鬼に叩きつけられるのは、羽音の全身全霊をラディカル・エンジンへと込めたメガクラッシュの一撃。 弾き飛ばされた大鬼が塵輪鬼の背より放り出され……、異空間の壁に体当たりする塵輪鬼の足に巻き込まれて其の存在を掻き消される。 ほんの僅かな、仕掛けられた石化や呪縛が解かれるまでの少ない時間、開かれた塵輪鬼の頭部への扉。 開いた道へ真っ先に滑り込んだのは、ハイスピードで自らの速度を更に増したエレオノーラ。次いで兎登、そして竜一が其の後へと続く。 しかし其れはリベリスタにとっては勝利へ続くか細い道だが、鬼達にとっては看過の出来ない正に鬼門。 「いかせへんて言うたやろ!」 放たれる枯れ果てた花びらの舞いは、先頭を走るエレオノーラ、後に続く兎登には届かない……が、 「お兄ちゃん!」 ユーヌが思わず息を飲み、虎美の悲痛な叫びが響く。花びらは最後尾を走っていた竜一の背を貫き、胸へと抜けた。 不意に開いた胸の穴に、走る膝から力が抜け、崩れ掛ける竜一。 だが血を流したのは竜一だけでは無く枯花も同様だ。攻撃の為に背を向けた彼の肩口に突き刺さった鴉の嘴、フツの放った式符・鴉が、枯花に大きな痛手を負わせたのだ。 更に、 「人間はぜい弱だがな……」 崩れ掛けた膝に拳を叩き込み、倒れる事を拒否する竜一。 「易々と倒しきれると、思うんじゃねえよ……!」 運命を対価にもう一度、駆ける力を其の足に。完全に鬼達の攻撃範囲を抜け、塵輪鬼の頭部へと駆けるエレオノーラ、兎登、竜一の3人。 だが鬼達に其の3人を追う事は叶わない。残るリベリスタ達が、其れをさせない。 「3人は追わせないッス。追いたくば、かかって来なさい!」 イーシェの剣にまた1匹、鬼弓兵が倒れ伏した。 石化をふり解いた大鬼の金棒が横合いから羽音を捉え、其の身体をボールの様に塵輪鬼の背より放り出す。けれど羽音は優れたバランス感覚で空中にありながらも平衡を取り戻し、塵輪鬼の側面に己が武器を突き刺し何とか落下だけは免れる。思わず全身を流れる冷や汗。 落下するだけならまだ良いのだ。だが落下した場所に塵輪鬼の足が降って来でもすれば全てが終わる。運命の有無も関係が無い。潰された後には挽肉すら残らぬ圧倒的な質量。アシュレイの回収が間に合うかどうかの賭けをするには、賭け金が余りに大きすぎる。 一進一退のまま攻防は続くが、疲弊は明らかに鬼の方が大きくなっていた。 フツの天使の歌が仲間達を癒し、其の身体に活力を与える。鬼とリベリスタの一番大きな差は、癒し手の有無だ。 数で勝り、総合的な攻撃力も勝っていた鬼ではあるが、癒し手に支えられて中々倒れないリベリスタと違い、数を減じれば其の攻撃力も徐々に落ちていく。 傷付き、鬼達が数を減らす中、ユーヌの視線は枯花を捉え続けていた。庇う鬼さえ居なくなれば、ユーヌならば先手を取って枯花を呪縛の内に捕らえる事も不可能ではない。 ……やがて。 ● 「ちょっと痛いかも知れないけど、我慢して頂戴ね。もっと痛めつけるんだから」 怖い台詞を吐きながら、一つの頭の、残る一本の角へとナイフを振るうエレオノーラ。切れ味鋭いその斬撃に、塵輪鬼の角が半ばより断たれ……首が力を失いガクンと垂れ下がる。 だが其の首より噴き出す怨念。己の角を切り落としたエレオノーラに対して、小賢しくも二刀を別の頭の角に叩きつけた不遜な竜一に対して、そして其の身の丈に似合わぬデスサイズを振るってもう一本の角を薙いだ都斗に対しての、恨み辛み憎しみ悪意嫌悪殺意が凝り固まって一匹の鬼、元となった塵輪鬼に比べれば遥かに小さいが、其れでも並みの鬼よりはずっと大きな、一匹の牛鬼が出現する。 更に竜一が潰したもう一つの頭からも、もう一体。此処に、予めの班分け通りに虎美と、羽音が辿り着く事が出来ていれば、或いはこの牛鬼達への対処、或いは足止めも可能だったかも知れない。 ずぶりと、都斗の小さな体を、近接型のパワーファイターのデュランダルでありながらも癒し手の役割に徹し続けた健気な、時には腹黒でもある天使の其の腹を、牛鬼の角が背中まで貫き通す。 びくりと震えて力を失う都斗の四肢。だが幸いであったのは、この空間がアシュレイの手の及ぶ範囲である事だ。次の瞬間、意識を失った都斗の身体はアシュレイの腕の中へと飛ばされていた。 牛鬼は残虐で人を喰らう事を好む鬼。もし彼女による回収が間に合っていなければ、都斗の運命は火を見るよりも明らかだっただろう。 牛鬼の口より吐き出された毒を浴び、竜一の顔が苦痛に歪む。 振るう二刀は牛鬼の身体を捉えるが、巨体の牛鬼を弾き飛ばすには至らない。 牛鬼の牙に肉を毟られる竜一。 次の頭を目指すエレオノーラを追う牛鬼。エレオノーラの回避性能や速度を考慮すれば一匹の牛鬼をやり過ごしながら次の頭を潰す事は、実はそう難しい事ではない。 けれどそれは牛鬼が一匹であればの話。頭を潰せば潰す程、牛鬼は増える。牛鬼が二匹なら、或いは三匹なら……。 戦いの終わりが少しずつ近付いて来る。もう、後続が来た所で、間に合わない。 ● 「なあ、お嬢はん。キミは……、弟の、蕾の居る戦場に行くんやろか?」 身を縛る呪縛に枯花は苦笑いをしながら、彼に弟の話をした氷璃に尋ねる。 枯花の身体を捕らえたのはユーヌの呪印封縛。 長く続いた戦いの末に鬼の殆どは力尽き、やがてユーヌの呪縛は幾度目かに枯花の動きを完全に封じた。 枯花の体力ももう残り少ない。この呪縛が解けるまで、リベリスタ達の攻撃に耐え切る事は不可能だろう。 話しかけられはすれど、傷だらけで大量の血を攻撃にまわした氷璃に、言葉を返す力はもう残っていない。ただ小さく其の首を動かすのが精一杯。 「そうかぁ、行かせたないなぁ。キミ等は怖いわ。……でもしゃーない。ボクは此処までや」 構えるイーシェの刃が白銀の光を放つ。 「一つ、お願いや。お嬢はん。後で、蕾がどないに戦ったか、教えてくれへんやろか? ボクは地獄で待ってるさかい。蕾に切られて会いに来てぇな」 鬼は、鬼でしかなく、鬼にしかなれない。 判り合えない。血に濡れて歪んだ愛情。 「蕾、堪忍なぁ。でも……この戦いは」 振るわれるイーシェの斬撃が枯花の首を刎ね飛ばす。 ―ボク等の勝ちや― 宙を舞う枯花の唇は確かにそう動き、同時に、ビシリと不吉の音が異空間内に響く。 夏栖斗が叫び、羽音が走り、虎美の銃が牛鬼に向かって火を噴く。フツの式符がせめてももう一本の角を折ろうと放たれ鴉へとその姿を変じるが……、全てはもう手遅れだ。 異空間の壁が、砕け散る。 「待ってくれアシュレイ! 僕等はまだ戦える!」 夏栖斗の言葉は、けれども届かない。この空間が崩れ去ってしまえば、もうアシュレイにもリベリスタの回収は不可能になる。 傷付いた彼等を回収出来るのは、この時を置いて他に無い。 リベリスタ達の悲痛な叫びを置き去りに、塵輪鬼は異空間を突破する。 3つの頭と背に乗せた同胞を失いつつも、異空間を抜けた塵輪鬼の眼前に姿を見せたのは、無限・錬気回復部隊。 鬼が放った一本の矢。逆さの棘はあらねども、人類のどてっぱらに喰らい付く塵輪鬼と言う名の一矢が、破壊の予兆に咆哮を上げる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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